或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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先週の水星の魔女・・・・・・あの結末を見せつけられた上で3ヶ月放置とか正気ですか?


scene.69 指切りげんまん

 「杏子さん、5分経ちましたよ」

 

 “起きなかったら起こして”と言われていたタイムリミットの5分が経過し、俺は席に座ったままテーブルを挟んだ反対側で突っ伏して眠る堀宮へ声をかける。

 

 「・・・・・・ん~・・・ふぁ~・・・・・・ありがと~さとる~」

 「(これは・・・完全に寝起きだ)」

 

 テーブル越しに時間を告げる声に反応した堀宮は、如何にも“良く寝た”と言わんばかりに天井に向けて両手を広げてあくびを済ませると、寝起き気味の声で俺に感謝の言葉をかけてきた。とりあえずこの5分間、彼女は本当にずっと眠っていたみたいだ。

 

 「・・・なんか5分どころか3時間ぐらい爆睡した気分だわ。えっ?もしかしてほんとに3時間経ってる?」

 「そんなに待てないですよ俺は。そこの時計を見てください、ちゃんと5分しか経ってないんで」

 「ほんとにぃ・・・?あぁ、ほんとに5分しか経ってない」

 

 ダルそうに俺から誘導される恰好で覚め始めた碧眼の目をミーティングルームの壁に掛けられた時計に向ける堀宮の表情は、芸能人の裏側なんて知る由もない大衆がよく知る“普段の表情(かお)”だ。

 

 「なんかごめんね急に寝ちゃったりして、気まずかったでしょ?」

 「いえ、感情をリセットするのも役者として立派な仕事だと俺は思っているんで、全然平気ですよ」

 「じゃああたしが3時間寝るって言ったら?」

 「さすがに限度があります。てか杏子さんこの後普通に打ち合わせあるでしょ?」

 「?・・・あぁうん、知ってる」

 「(絶対忘れてたなこれ・・・)仮に忘れていても俺は責任取れませんよ」

 

 そして全く申し訳ないとは思ってなさそうな素振りでいつもみたいに俺を弄る先輩と、その先輩のダル絡みに仕方なく付き合う後輩という気が付くとすっかり慣れた光景。

 

 「・・・で?あたしたち何の話してたんだっけ?」

 「“処世術”がどうのこうのって話です」

 「処世術?」

 「まさか寝たら感情と一緒に片っ端から忘れるパターンですか?」

 「ううん・・・あぁ~ハイハイなるほど、思い出したからもう大丈夫」

 「本当ですか?」

 「うん、ほんとほんと」

 「(ホントかよ・・・)・・・そうですか」

 

 ともあれ一応感情をリセットして平常運転に戻った堀宮を見て、俺は言葉と態度では呆れつつもようやく心の底から安心できた。

 

 「そんなことよりさ・・・“感情をリセットするのも役者として立派な仕事だと俺は思っている”って、偶にはカッコイイこと言ってくれるじゃんさとる?」

 「思ったことをそのまま口にしただけですよ。大したことは言ってません」

 

 本当は堀宮の“処世術”の話の続きを聞きたいところだったが、そんなことをして感情がぶり返してまた目の前で“リセット”なんてされたらすこぶる気まずくなる予感がしたから、ひとまず俺は堀宮(相手)のペースに乗ることにした。

 

 「も~、せっかく未来のアカデミー賞女優・堀宮杏子が褒めてやってるっていうのにさとるは冷たいな~」

 「アカデミー賞女優って、すごい自信ですね?(・・・確かこの前は天才女優だったっけ?)」

 

 普通に自分の思ったことを伝えただけの俺を、堀宮は相も変わらず少しわざとらしく褒める。それにしても自分のことを天才女優とか未来のアカデミー賞女優だとか、よく恥ずかし気もなくここまで堂々と言えるものだ。

 

 「自信も何も当たり前のことだよ。あたしは誰にも負けないって自信があるからずっと女優やってるし、そう思い続けることが“高望み”だなんて思ったことは一度もないからね」

 

 もちろん自信家な態度の裏側に女優(やくしゃ)としての確たる自信や覚悟があるということは、一切の謙遜をすることなく真っ直ぐに俺の眼を見て本心の詰まっている言葉を返す感情ですぐに分かった。

 

 「さとるだってそうじゃなかった?“将来有望”な自分を否定しちゃったら負けだって、あたしに言ってたじゃん」

 

 

 

 “『憬もそうでしょ?』”

 

 

 

 「・・・そうでしたね」

 

 テーブル越しに向けられた感情に、昨日のエスカレーターで蓮が覗かせた眼差しが“リンク”した。役者として生きている人たちはこの世界で主演俳優からエキストラに至るまで数えるとキリがないほどにごまんといるが、作品においてメインを張れる人間はごく一握りだ。

 

 「それにさ・・・自分が“2番手”だとか“こいつには敵わない”なんていつまでも心の中で思ったままじゃ、いつまで経っても主人公になんてなれないのが“芸能(あたしたち)”の世界じゃない?

 

 そんな弱肉強食の世界で自分だけのできる“”を勝ち取り生き抜いていくためには、常に自分が他の役者(だれ)よりも優れているということを証明しなければならない。

 

 「ですね・・・他人は他人、自分は自分・・・俺たちは“誰かの真似”をしてるわけじゃないですからね

 「おぉ~言うようになったね~芸歴2年目のさとるくん?」

 「芸歴なんて関係ないですよ」

 

 だから自分より前を誰かが歩いていようと、その背中が果てしなく遠くとも、生存するにはその背中を追い続け、立ちはだかる壁をひとつひとつ越えるしかない。

 

 「・・・やっぱりさとるとこうやって話してると楽しいよ」

 「急になんですか?」

 「もしかしたら芸能界でここまで気の合う同業者(ひと)に会えたのはさとるが初めてかも」

 「・・・流石に言い過ぎですよそれは」

 

 いま目の前でテーブルを挟んで楽しく打ち合わせまでの繋ぎとなる自由時間を一緒に満喫している堀宮も例外じゃない。もちろんその逆だって然りだ。

 

 「ほんとは嬉しいくせに?」

 「・・・まぁ、少しだけ」

 「正直でよろしい。では褒美として貴殿の頭を撫でてやろう」

 「・・・言っときますけど“貴殿”の使い方普通に間違ってますからね(何で毎回頭を撫でるんだこの人は・・・)」

 

 そんな“シリアス”なことを脳の片隅で考えているなんて全く知らないであろう堀宮は、イスから立ち上がり正面に座る俺の背後に移動して、例の如く俺の頭を犬に見立てるように撫で始める。本当は恥ずかしさから今すぐにでも手をどけたい気分だが、彼女の“何一つの悪意もない”手を容赦なく払いのけられるほど俺は人として強く出来ていない。

 

 「もちろんわざとだよ」

 

 それでも例え事務所が同じであろうと、どんなに互いの馬が合っていようと、同じカメラの前で対峙すれば役者として喰うか喰われるかを争う強敵へと変わる。目まぐるしく変わる世界の1年分を見てきた俺ですらそれを感じ始めていることだから、主演俳優として活躍し続ける役者(ひと)たちは当然それを知り尽くしていて、今日も何処かで芝居を武器に相手(だれか)と戦っているのだろう。

 

 

 

 特に、同世代の“天才女優”によって何度も“居場所”を奪われてきたという堀宮は・・・

 

 

 「・・・霧生は入れそう?」

 

 なんて下らない憶測をする俺の頭を撫でながら、背後から堀宮は志望校の話題を振る。

 

 「えぇ。これでも仕事がないときはちゃんと勉強に時間を割いているんで、何とか行けると思います」

 「へぇ~調子よさげっぽいじゃん。これで本当に受かったら学校でも“先輩後輩”になれるねあたしたち?」

 

 ちなみに堀宮は霧生学園高等学校の芸能コースに在籍しているためこれでもし俺が霧生に受かった場合、彼女は文字通り学校の先輩になる。言うまでもなく、互いにこの話は既に知っている。

 

 「・・・そういうことになりますね」

 

 こうして頭を撫でられている俺は、堀宮がそこに通っていることを知った上で霧生学園を志望している。もちろんこれは同じ事務所にいる気の合う先輩がいるからとかではなく、あくまで自由な校風と学校側の判断によっては文字通り“俳優活動に専念”したまま進級及び卒業できるという校則に惹かれたからだ。更に海堂曰く、学費の一部は事務所が負担してくれるというオマケ付き。

 

 「あれ?あんまり嬉しくなさそう」

 「そんなことないですよ。ただ学校でもこんな感じで絡まれると恥ずかしいってだけで」

 

 こんな感じで効率を重視している心を知ってか知らずか核心に近い部分をついてきた堀宮に、俺は正直に自分の気持ちを伝える。もちろん堀宮だとか一緒に受けることになっている蓮も含めて馬が合う人が同じ学校にいることは嬉しい反面、傍からこんな姿を見られるのはこれといった理由はないがやっぱり恥ずかしさが勝ってしまう。

 

 「恥ずかしいって、それはちょっとヒドくない?

 

 とりあえずいつもと変わらない調子で本音を伝えたら、思った以上に本気の感情となって返ってきた。無邪気な笑みと声色はそのままだが、背後から伝わる本気の視線と空気の微妙な違いが僅かな重みとなって心を突く。

 

 「言い方が悪かったですね。俺が言いたいのは、いまみたいに頭を撫でるのを人前でやるのはやめて欲しいってことです」

 「えぇ~いいじゃんあたしたち“仲良し”なんだからさぁ、これぐらいのスキンシップする人なんてフツーにどこでもいるでしょ?それに学年も違ければお互いに芸能活動も忙しくなるだろうし、言うほど学校で会う機会は少ないと思うよ?(あたしはほんのちょっと寂しいけど)」

 「そうかもしれないけど俺は恥ずかしいんですよ」

 「何で?どういうふうに?」

 「どうって・・・特にこれといった理由はないですけど」

 「理由がないならよくない?」

 「杏子さんは良くても俺的には良くないんで、そこはすいません」

 「逆にさとるは何で嫌なの?例えば“お子様扱いされてるみたいでヤダー”的な感じ?」

 「(一応そういう自覚はあんのか・・・?)じゃあ・・・そういうことでいいですよ」

 

 言葉足らずだったことに気付いた俺が動揺を隠して平然を装いながら足りない部分を補うと機嫌はすぐに元通りになったが、今度は元通りになったらなったで質問攻めを食らう。こうなったらそれなりにめんどくさいが、ここで折れてしまったらそれこそ“いいように使われるだけの言いなり”と同じだから相手が先輩だろうと自分を貫くべきところは貫き、観念するまでやり過ごす。これもまた、堀宮からの“ダル絡み”を何度も経験して身に着いたほぼ何の役にも立たない知恵のようなものだ。

 

 「・・・“従順そう”に見えて意外と強情なんだよな~さとるって(そういうとこもカワイイけど)」

 

 しょうもない押し問答が幾らか続いたところで観念した堀宮は俺の頭から手を放し、再び自分の座っていたイスに戻るや否やテーブルに突っ伏し向かって正面にいる俺の顔を見つめる。

 

 「“従順そう”って何なんすか・・・」

 

 サラッとした亜麻(あま)色のミディアムヘアに可愛さとクールさが合わさった小さく可憐な顔立ちに、一番のトレードマークでもある青空のように澄んだ碧眼。もうすっかり見慣れてしまったから平然としていられるが、薄手の黒いジャンパーと無地の白Tシャツ、下はジーンズというザ・普段着な服装でただテーブルに突っ伏しながら正面の位置にいる俺に視線を送っているだけなのに、それでもまるで写真集の中にある1枚を見ているように見える鮮やかさは同業者の身からしても中々だと思う。

 

 もちろん堀宮の女優(やくしゃ)としての一番の個性(みりょく)は“ヒロイン”という感じの見た目と“メソッド演技”を武器にした没入度の深い芝居のギャップなのだが、残念ながら彼女の本来の良さは今のところ世間には伝わりきっていない。

 

 “『なぁ夕野。シェアウォーターのCMに出てる堀宮杏子って女優、超カワイイよな』”

 

 ついでに余談として牧のことを子役時代からずっとファンとして追っかけていたという有島は、堀宮の出演しているシェアウォーターのCMをリアルタイムで目の当たりにするや否や一瞬で彼女に揺らぎ始めた。こんなことを言うと色々と面倒な文句を言われそうだから心に留めておくが、所詮は有島(あいつ)とて好きな女優の好みはその都度変わる“ミーハー”だということだ。

 

 ただ、女子としての堀宮の魅力を知っている同じ“男子”としてその気持ちは分からなくはないが。

 

 「わかったわかった・・・じゃああたしがさとるの頭を撫でるのは“2人きり”のときだけってことでどう?“マジのマジのマジ”で約束するから」

 「・・・“マジ”を3回も言う必要なんてあります?」

 「それだけ“本気”って意味だよ。ほら、“本気と書いてマジ”ってどっかの誰かも言ってたみたいにさ?」

 「・・・はぁ」

 

 その堀宮は突っ伏した体勢のまま、写真集の1枚と同じような笑みで“マジのマジのマジ”というややゴリ押した理論で約束をこぎ着ける。

 

 「・・・分かりました。じゃあそれでお願いします」

 

 もちろん堀宮が俺の頭を撫でるのは “純粋”な善意だということはとっくに知っているから恥ずかしいけれどそれを断る理由はないし、”人の善意“を踏みにじるような真似なんてしたくもない。

 

 「サンクスさとる!」

 

 渋々と約束を引き受けた俺に堀宮は起き上がりながら元気よく感謝を告げると、小指を立てたまま俺へと右手を差し伸べる。

 

 「・・・何ですか?」

 「見て分からない?指切りげんまん」

 「いや、普通に見れば分かりますよ」

 

 そして差し出された右手に渋々と同じように小指を立てながら右手を差し伸べると、俺の右手の小指に堀宮の小指が絡む。

 

 「指切りする前に超どうでもいいこと言っていいかな?」

 「はい。別にいいですけど」

 「実はあたし、男子とこうやって指切りするの初めてなんだ・・・・・・どうでもいいでしょ?」

 

 

 

 “『・・・っていうか当たり前だよこうやって人と手を繋ぐこと自体が私も初めてだから』”

 

 

 

 「・・・どうでもいいですね」

 「あれ?何か思ってたリアクションと違う」

 

 指切りの状態のまま打ち明けられたどうでもいいカミングアウトで蓮と“恋人繋ぎ”をした昨日の光景が不意に頭に浮かんで曖昧なリアクションになった俺を、堀宮が軽く意表を突かれたと言いたげな表情で見つめる。

 

 「俺も初めてですよ。女子と指切りするのは・・・

 

 思えば俺もこうやって女子と指切りをするのは初めてだ。役者になる前から接点のあった唯一の“女子”でもある蓮とは何気にこういう形で約束をしたことは一度もない。そもそも小6のときに蓮が転校してくるまで友達と言える存在が1人もいなかった俺にとって、今のところ“指切りげんまん”をしたのは有島と初めて映画(ビデオ)の貸し借りをしたときの一回だけだ。

 

 「・・・じゃあさとるとあたしは“一緒”だ」

 

 そんな俺が“流れ”で同じようにどうでもいいカミングアウトをすると、堀宮は碧眼を輝かせながらクールに笑う。

 

 「“一緒”って、どういうことですか?」

 「“初めて同士”ってことよ。こうやって“異性”と指切りげんまんするのが・・・

 

 少なくともそれは彼女が偶に見せるもう一つの笑顔ではなく、普段通りの偶像と同じ笑顔(かお)だった。

 

 「・・・そういうことですか」

 「てゆーかとりまこの体勢でずっといるの地味にめんどいから早くやろ?」

 「あぁはい」

 

 

 

 ただ、全く同じ笑顔のはずなのに普段と微妙に“何か”が違うような感覚を一瞬だけ覚えたが、この時の俺は“違和感の正体”に気付くことはできなかった。

 

 

 

 「指切りげんまん嘘ついたら針千本の~ます、指切った」

 

 普通に仲の良いクラスメイトと適当な話を駄弁るぐらいのテンションで“ほとんど一方的な約束(指切りげんまん)”をして、右手の小指に絡んだ堀宮の右の小指が離れる。

 

 「どうよ?初めての“指切り”は?」

 「・・・やらされた感がすごいですね」

 「後は?」

 「特にないです」

 

 “異性”との指切りの感想を静かに笑いながら聞いてきた堀宮に、俺は馬鹿正直に本心を伝える。生まれて初めての女子との指切りは、あまりにも“やらされた感”が強くて特にこれといった感情(モノ)は何も生まれず、昨日の“恋人繋ぎ”とは打って変わってあっさりと終わった。

 

 「はぁ~、マジでさとるってあたしに対してドライだよねほんとに。“将大さん”かおまえは?」

 「別に“ドライ”じゃないですよ。自分に正直なだけで(ていうかいま“お前”って・・・)」

 

 こんな具合で“ドライ”な対応で返した俺に、堀宮は明らかにわざとな溜息と共に“お前”呼ばわりして文句を返す。さり気なく“冷徹敏腕マネージャー”の菅生に例えられたり初めて“お前”と呼ばれたりしたが、芸歴2年目で地道に身に着き始めた“スルースキル”でやり過ごす。

 

 「・・・でもさとるのそういうちょっと“冷めてる”ところ、あたしは“らしく”て割と好きだよ

 

 そして一方的にやらされた約束とやや理不尽な文句をスルーでやり過ごす俺に、堀宮はわざとらしくいきなり褒め出すと俺の顔を真っ直ぐな視線で捉えたまま“にっ”と白い歯を出して笑いかけた。

 

 

 

 “・・・・・・いまの顔・・・・・・

 

 

 

 「・・・・・・“らしく”って・・・何なんすか

 

 コンコン_

 

 「失礼します」

 

 俺が良く分からない“心の動揺”を平然で隠しながら堀宮へ言葉を返したタイミングで、俺を含めて2人しかいないミーティングルームにノックと共に20代前半ぐらいの1人の女性が入ってきた。

 

 「おぉ“セーラ”、おつかれちゃん」

 「世良(せら)です。もう間もなく“SONNey”の担当者が事務所(こちら)に来られるとのことです」

 「えっウソ?もうそんな時間?」

 

 堀宮から“セーラ”というあだ名で呼ばれているこの女性は今年の4月から事務所(カイプロ)に入った新人マネージャーの世良(せら)という人で、今は教育係でもある菅生の元でアシスタントとしてマネージャーのノウハウを学んでおり、近いうちに堀宮の専属マネージャーに昇格すると俺は風の噂で聞いている。

 

 補足として俺のマネージャーである菅生曰く、世良は“かなり仕事が出来るほう”らしい。

 

 「ゴメン、この後あたし“SONNEY”の人とCMのことで打ち合わせしなくちゃだからもう出るね」

 「(やっと帰れる)そうですか、お疲れ様です」

 「あれ?なんかちょっと嬉しそう」

 「そんなことないですよ(ヤバい顔に出過ぎたか・・・?)」

 

 打ち合わせの時間が迫りミーティングルームを後にしようとする堀宮に思わず“本音”が顔に出てしまったらしく、案の定笑いながら鋭くツッコまれるという我ながらの不覚。

 

 ちなみに堀宮がこの後に参加する打ち合わせとは、彼女が来年のイメージキャラクターになるということが水面下で決定している世界的な音響機器メーカーで知られる“SONNEY”の音楽プレーヤーのCMに向けたコンセプトを、イメージキャラクターでもある堀宮自身の意見も交えて話し合うとのことらしい。

 

 本当に堀宮は俺と同じ事務所に移籍してからというもの、これまでの下積み(苦労)が嘘のようにとんとん拍子でスターダムを駆け上がり始めている。

 

 

 

 “『お前の本格的な出番は来年だ。ただし・・・来年からは一気に忙しくなるから覚悟しとけ』”

 

 

 

 海堂のあの言葉が本当だとしたら、来年からはいよいよ俺も現実よりも“ カメラや観客”の前にいる時間のほうが圧倒的に増えていくということだろうか。まだ今一つイメージは湧かないけれど、それが役者としての成長に繋がるのであれば多少の“犠牲”を伴うとしても快く引き受けるだけの覚悟は持っているつもりだ。

 

 「じゃあねさとる、また事務所(ここ)かどっかのスタジオで会ったらなんか奢るから」

 「なんで事務所で会う前提なんすか・・・」

 

 マネージャーの世良と一緒に缶ジュースと夏ドラマの企画書を片手にミーティングルームから出て行く堀宮を見送ると、この部屋にいるのは俺一人だけになった。

 

 “・・・帰るか・・・”

 

 いよいよここに留まる理由もなくなった俺は、堀宮から奢りで貰った缶ジュースの残りを一気に飲み干す。

 

 “『・・・・・・ねぇ』”

 

 そして空になった缶ジュースを持つ右手をふと見た瞬間、頭の中に寝言を言いながら爆睡していた堀宮の姿が何故か浮かんだ。

 

 

 

 “『・・・・・・繋いでいい?』”

 

 

 

 夢を見ながら小さく呟いた寝言とリンクして手を繋ごうとするかのように微かに動いた左の掌に、俺は自分の右の掌を近づけ手を繋ごうとした。

 

 “『・・・ん~・・・』”

 

 繋ごうと掌を近づけたところで言葉にならない寝言が聞こえて、俺は我に返った。普通に考えて寝ている人の掌を何の断りもなしに勝手に繋ぐなんて真似は人として気持ちが悪いし、それを差し引いても夢の中で“メイ”を演じきっている堀宮に対してそんなことをするのは“同じ役者としてズルい”と本能的に感じた。

 

 そんなこんなで俺は音を立てないようにそろりと立ち上がって元にいた位置に戻り、海堂から受け取ったドラマの企画書に目を通して2分の残り時間を潰した。

 

 

 

 “・・・なんで手を繋ごうとしたんだろうな・・・俺

 

 あの瞬間、どうして俺は寝言を溢しながら眠っていた堀宮の手を繋ごうとしたのか、考えようとしても分からない。ただ分かっていることがあるとすれば、少なくとも“繋いでいい?”という言葉にただ単純に反応したわけではないということ。

 

 “『じゃあ・・・・・・繋いでみる?』”

 

 手を繋ごうとしたときに俺の頭の中にいたのは“メイ”じゃなくて“”だったということ・・・駄目だ。考えれば考えるほど自分が脳内で思っていたことが分からなくなる。

 

 “だいたい、堀宮ってまあまあ“謎が多い”んだよな・・・”

 

 自分の考えていたことすら分からないならば、他人のことが分からないのは尚更な話だ。このところ事務所の先輩として直接“会っている”回数だけは蓮より多い堀宮においても、例外じゃない。

 

 もちろん同じ事務所の俳優同士として、言ってることがその場のノリでコロコロと変わるようなところがあることや少しだけ抜けている一面があることや俺のことを純粋に後輩として可愛がってくれていること、そして明るくおどけた振る舞いをする裏で女優(ひと)として相当な“覚悟”を心に秘めているということぐらいは分かるようになったつもりだが、

 

 “『・・・牧静流(あいつ)はあたしの“居場所”を目の前で何度もすまし顔で奪い去っていった“(かたき)”だから、この地球上にいる誰よりも最高に“いけ好かない”・・・・・・ってあたしが心の中で思ってたらどうする・・・?』”

 

 “『それってさあ・・・・・・もうデートじゃね?』”

 

 “『・・・何も言うなってことはさあ・・・・・・“超ビッグ”な仕事(オファー)ってこと?』”

 

 偶に見せる無邪気さと不敵さが同居したようなもう一つの素顔(笑み)の真の意味はまだ分からない。

 

 “『はい・・・・・・誠心誠意、引き受けさせていただきます』”

 

 それに海堂から『ユースフル・デイズ』の企画書を渡されたときの“心の内面”が一気に表へと姿を現したような真剣な眼差しと、感情を殺して別の人格になりきるという“処世術”に至っては今日初めて知った。

 

 “『実はあたしもさとると同じでさ・・・本当に感情がどうにかなっちゃいそうになときはああやって抑えているんだ・・・』”

 

 そんな堀宮の持つ肝心の“処世術”は、詳しい内容は聞けずじまいで今日は解散になった。でも、ああいうのは“役者としての在り方”のひとつだと言われたらそれまでのことだから、特別に俺は気に留めてはいない。

 

 結局のところ、俺の中で堀宮は“めんどくさいところもあるけど何だかんだ心の中では尊敬している気の合う先輩”という立ち位置に過ぎないからだ。

 

 “・・・でも・・・

 

 

 

 “『・・・でもさとるのそういうちょっと“冷めてる”ところ、あたしは“らしく”て割と好きだよ』“

 

 

 

 でも、“冷めてるところが“らしく”て割と好きだ”と言って俺に白い歯を見せつけ“にっ”と笑った堀宮の感情(かお)は、シェアウォーターの広告に映る無邪気な笑みやリョージの隣を歩いているときのメイとは比べ物にならないくらい“綺麗”で、相手が女優だとか美人だとかは関係なくただ“純粋”に“可愛い”かった・・・・・・そして“不意打ちの笑顔”を真正面で向けられたときの俺は、思うように言葉が出てこないくらい動揺していた。

 

 どうしてあんなに動揺してしまったのかは、自分でも全然分からないが・・・・・・

 

 

 

 “・・・って、さっきから何を1人で考え込んでんだ俺”

 

 特にこれといった用事も仕事もないのにただ一人ミーティングルームで何の役にも立たない“絵空事”のようなことを考え込んでいる自分に気付き、ふと我に返る。本当に俺は、こんな誰もいないミーティングルームで何を1人で勝手に考え込んで勝手に時間を浪費しているのだろう・・・こういう時ばかりは、家に帰って大人しく“勉強”をした方が良さそうだ。

 

 “・・・そういえば堀宮にまだ“蓮”のこと話してなかった気がするけど・・・別に今はいいか・・・”

 

 堀宮に“幼馴染”の正体をまだ教えていないことを頭の片隅で考えながら、憬はミーティングルームを後にして帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2001年_3月某日_お台場_

 

 「本日はお忙しい所わざわざ“レインボーブリッジの向こう側”までお越し頂いて本当にありがとうございます皆さま」

 

 時は飛んで2001年3月某日。東京のお台場にそびえ立つ民放テレビ局の大会議室でプロデューサーの上地亮(かみじとおる)は、制作に携わる関係者を一同に集めて自らが企画したドラマの制作会議を開き熱弁を振るっていた。

 

 「_ということで以上の4名がこのドラマの主要(メイン)キャストになります。まだ芸歴2年目ながら既に連続ドラマや映画で主演を務めた経験のある神波新太役の“”はともかく、他の3人は三者三様で飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍し始めているとはいえプライム帯のドラマでメインを飾るにはまだ知名度と数字に不安がある点はあるかもしれませんが・・・・・・このドラマが最終回(フィナーレ)を迎えるころには4人とも替えの利かない比類なき俳優(スター)としてこのドラマと共に“名を残している”ことを、わたくしが身を持って“保証”いたします

 

 水面下で実に1年半もの月日をかけて企画されてきたそのドラマは、何度もお蔵入りの危機に陥りかけながらも上地や周囲の協力者たちの手によってようやく日の目を見ることとなった。

 

 「さて皆さん。これから先の“20年”を牽引していく “21世紀の俳優”たちと一緒に・・・・・・“新時代”という歴史を創ってみませんか?

 

 ドラマのタイトルは、『ユースフル・デイズ』。そしてこのドラマの撮影を通じて主要キャスト4人はそれぞれ役者としての“試練”にぶち当たることになるのだが、それはまだ少しだけ先の話。




そういや上地Pを登場させたのってすげー久々な気がする。そして登場させるのが久しぶり過ぎて若干キャラを忘れてる感が否めん・・・・・・相変わらずぶっ飛んだキャラを書くの本当に苦手なんですよね、僕。

というわけで物語の時系列は一旦2018年(現在)に戻ります。ついでに、chapter3.5は次回で終わります。
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