或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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scene.70 馬橋公園

 2018年_9月2日_馬橋公園_

 

 「もう大丈夫か?夕野?」

 「あぁ、おかげさまで完全に落ち着いた」

 

 昼下がりの馬橋公園。突如として襲い掛かってきた走馬灯とも似つかない無秩序な記憶と夢が混合したかのような説明も理解もしようがない光景が頭の中で広がった俺は、軽くパニックを起こした状態になり天知に連れられる恰好で赤レンガで建てられたパーゴラのベンチへと向かい、そこで混乱していた思考回路を落ち着かせていた。

 

 「帰りはどうする?車を用意して欲しいなら僕のほうで連絡して出しても構わないけれどね?」

 「いやいい・・・せっかくの“休日”だ、こんな野暮用であんたの部下が呼び出されるのも申し訳ない」

 「お気遣いありがとうございます」

 「あんたには言ってない

 

 無論、頭が混乱しだした辺りからベンチに着くまでの記憶はほとんどなく、感覚的にはほぼ瞬間移動したに等しい状況だ。

 

 「ただ僕としてはそんな状態で君が本当に帰れるのか、少しばかり心配ですよ」

 「珍しいな。天知さんが心配してくれるなんて」

 「またパニックを起こして路上で倒れたりなんて問題を起こされたら、君の作家活動を支援(バックアップ)している“”も“とばっちり”は避けられないからね」

 「こんな“憩いの場”で“守銭奴の戯言”だけは聞きたくなかったな」

 

 ひとまずベンチに座り平常に戻った俺に、1人分のスペースを空けて右隣に座る天知は一旦プロデューサーとしての“仮面”で感情に蓋をして“がめつい”話で軽く煽る。言われなくとも、このタイミングで俺が路上で倒れるなんて真似をしたら回り回って墨字の映画製作にも少なからず影響が出てくるだろうから、ちゃんと自分の状態を理解した上で俺は大丈夫だと言っている。ただ天知がどうなろうと知ったことではないが。

 

 「・・・この公園に入る前、夕野は僕に馬橋公園(ここ)へ来るのはさっき昼食(ランチ)を食べた喫茶店と同じだと言っていたが・・・その時も今みたいな現象に襲われたのかい?

 

 そしてすぐさま“”に戻り、前に馬橋公園(ここ)へ来たときのことを天知は聞いてきた。

 

 「あの時か・・・・・・

 

 馬橋公園。俺は『hole』を全て書き終えたときに喫茶店(アグリス)に寄って“いつものメニュー”を食べた後にここへと立ち寄った。

 

 

 

 土砂降りの馬橋公園の夜。ここで傘もささずにずぶ濡れになって空を見上げる白いワンピースを着た画家の女と、喫茶店のバイト終わりで通りすがったところで偶然その女を見つけた駆け出しの小説家。土砂降りの雨が降る公園で出会うことで、この2人の二十歳(はたち)の歪んだ恋愛が始まる・・・

 

 

 

 「・・・・・・あの話は嘘だ

 

 そんな物語の始まりの舞台となるこの公園に“あの時”立ち寄ったというのは、だ。

 

 「嘘?・・・君が嘘をつくなんて珍しいじゃないか」

 

 嘘を打ち明けた俺に、天知はさっきのお返しとでも言いたげな言葉を返す。

 

 「嘘とは言っても、馬橋公園(ここ)へ向かおうととしていたのは本当だけどな・・・」

 

 この場所に立ち寄ったと言われたら嘘にはなるが、あの日も俺は例の喫茶店であのメニューを食べた後、この場所へと歩みを進めていた。個人的な“ロケハン”で訪れている今日とは理由は少しだけ違っただろうが、あの時の俺もまた『hole』(物語)のことを頭の片隅に浮かべながら“目的地”へと歩みを進めていた。

 

 「それでこの公園の中に足を踏み入れようとしたけど・・・覚えている限りだと入ろうとしたところで俺は引き返した

 「・・・それは何故だい?」

 「・・・それがさ・・・・・・全然覚えてないんだよ、俺

 

 一体なぜ俺はこの場所に足を踏み入れようとしたところで引き返したのか、それは全く覚えていない。もしかしたらさっきのような“現象”が起こっていたかもしれないと言われてみればそうとも考えられるかもしれないが、本当に俺はあの時のことだけはどんなに思い出そうと頭を回転させても思い出せる気配すら感じない。

 

 「・・・もしかしたらついさっきと同じように軽くパニックを起こしそうになって、引き返したのかもしれませんね・・・・・・あくまで僕の憶測ですが

 

 そんなことを頭の中で巡らせていたら、隣から案の定の問いかけが聞こえた。

 

 「・・・そうだと言われたら・・・きっとそうだろうな」

 

 当然そう言われてしまったら、こう答えるしか今の俺にはできない。

 

 「・・・けど・・・思い出せないからと言って考え込むのも疲れたわ

 

 かと言って思い出せる気配すらなさそうな記憶を無理やり掘り起こすのは、かなり疲れる。ただでさえ突然頭を巡った“謎の記憶”で混乱しかけた状態でそんなことをすれば、ついさっきの二の舞になることは避けられないだろう。

 

 

 

 「キャハハハ!

 

 

 

 向かって前方の方からやけに元気のいい笑い声が聞こえて、俺はどこを見るでもなかった視線を声の聞こえた方角へと移す。

 

 “・・・子どもか・・・”

 

 すると視線の先にある広場で、3歳ぐらいの子どもたちが近くで談笑しながらも2人の母親とみられる人から見守られながら遊具で遊んでいる。今は日曜日の昼下がりでちょうど雨も上がったとなれば、子供心はあんなふうに遊びたくなるのだろうか。

 

 

 

 無論、小6まで友達と言える存在が周りにいなかった俺は幼少の頃にあんな感じで誰かと無邪気なままに遊んだことは一度もなく、そのことに寂しさを感じたことだって一度たりともない。

 

 

 

 「・・・子どもという生き物は良いものですね・・・・・・こうして何も考えずただ傍観しているだけで癒される・・・

 

 その光景を暫く無心になって見ていたら、1人分を挟んで右隣に座る天知が目の前に見える広場で無邪気なままにブランコと滑り台を行ったりきたりしながらはしゃぐ子どもたちに視線を送ったまま俺に向けて呟いた。

 

 「・・・天知さんがそんなことを言うとすごく不気味に聞こえるな」

 「偏見が酷いな君は」

 「人の人生を金で図るあんたには言われたくない」

 

 右から聞こえた意味深な呟きを、俺は皮肉で返す。

 

 「少なくとも今こうして遊具で遊んでいる“無邪気な子ども”がここにいる“邪気に塗れた大人の不誠実さ”を目の当たりにしたら・・・さぞ将来に不安を抱くことでしょうね」

 「何一つ上手くないんだよ」

 

 そして返された皮肉を天知はさり気なく“うまいこと”を率いてこれまた皮肉で返す。天知(こいつ)から言われた手前で認めたくはないが、確かにこんな不毛にも程がある大人のやり取りを子どもが見たらまず良い気分はしないだろう。

 

 「ともかく僕たち大人が遠い昔に捨て去った“純粋無垢な感情”を見ていると・・・自分自身のことが随分と“醜く”思えてしまうものです

 「・・・・・・それは言えるな

 

 純粋無垢であるがままで生きる子どもの未来なんて、当事者ですら分からない。そして3歳児の持つ純粋無垢な心はいつしか学校や社会という名の“荒波と縮図”に飲まれていき、その道中にある“反抗期と思春期”を経てありとあらゆる感情を知ってしまうことで自分の中に“醜さ”が芽生え、純粋であるだけでは生きられない身体になってしまう。きっと世界中を探せばそういった縮図に縛られずに生きている人たちに出会えるかもしれないが、悲しいことに世界中の殆どの人間はその縮図の中で何とか自分を保ちながら一日を過ごしている。

 

 言うまでもなく、今こうして無心な素振りをして“純粋無垢な感情”を傍観している俺と天知も、広い括りで見れば縮図という“四角い空”の下で生きている量産型の部類だ。

 

 「生まれたときは皆等しく、愛されたいと泣き笑うだけの赤子だったはずなのに・・・僕たちは何をどう間違ってしまったのか」

 「ほんとにな」

 「おや?愚直さを売りにしていた君もいよいよ“こちら側”につくのかい?」

 「馬鹿か。死んでもあんたみたいな奴と同類にはなりたくないわ一応そういう“自覚”はあったんだな天知さん・・・)」

 

 共に芸能界という異端な世界を経てそれぞれ小説家とプロデューサーになった俺と天知も、生まれた瞬間は全く同じ感情を持つ“子ども”だったはずなのに・・・揃いも揃って随分と醜くなってしまったものだ。

 

 「天知さん・・・・・・人が生きる上での一番の“幸せ”は何だと思う?

 

 隣で座り同じような感情で目の前の広場で遊ぶ子どもたちを見つめる天知に、1ヶ月ぐらい前の取材でブランチのリポーターに言ったのと同じ言葉をぶつける。

 

 「それはもちろん・・・何も知らないことですよね?

 

 俺からの問いに、天知はほとんど間髪を入れないうちに正解となるひとつの答えを告げる。

 

 「あの日の“収録”は責任を持ってこの私が全編に渡ってチェックさせてもらっていますから・・・」

 「・・・知ってる

 

 そもそもあの“収録”が天知の掌の上で動いていたことをとっくに知っている身からすれば、こんな質問は“1+1=”の問題を解くに等しいくらい簡単なことだ。

 

 「30何年か生きてきたなかで、方法は違えど俺たちは喜怒哀楽の中にある無数の感情を手に入れてきた・・・・・・天知さんはどうだったかは知らないけど、俺は“芝居”で得てきたあらゆる感情によって“殺され”ちまった・・・・・・そうして自分が“芝居に殺されて”初めて気付いたのが・・・人が生きる上での一番の“幸せ”は“何も知らない”まま生きるというどうしようもない“机上の空論”ってとこさ・・・

 

 知り合いの中で唯一全く同じ“持論”を持っている隣のプロデューサーに、俺はこの持論に辿り着いた経緯を打ち明けた。特に打ち明けたところで何かが変わるわけではないことは分かりきっているが。

 

 

 

 

 

 

 “『・・・やっぱさとると一緒にいるときが一番楽しいわ、あたし』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・俺はもう行くわ」

 「何だもう帰るのか?」

 「あぁ・・・今日はこれ以上居座っても“収穫”はなさそうだしな」

 

 何分か広場で遊ぶ子どもたちのはしゃぐ様子を何をするでもなく眺めた俺はベンチから立ち上がり、馬橋公園を後にしようと公園の出口へと足を進める。

 

 「・・・このまま帰るくらいなら最後に黒山のいる“事務所”にでも寄ってみるか?ここから歩いてそう遠くないところにあるから気晴らしにでもどうだい?」

 

 出口へと足を進めそそくさと帰ろうとした俺を、天知が呼び止める。実はここから歩いて5分ほどの場所に黒山が1年前に立ち上げた芸能事務所の『スタジオ大黒天』があるのだが、“珍客”のせいで色々と消耗してしまった今はとにかく家に戻って“感情をリセット”したい気分だ。

 

 「行きたければ天知さん1人で勝手に行けばいい。今日はもう“疲れた”からな・・・」

 

 とにかく作家のような自由業をやっていて良かったと思えるのは、こんな感じで自分のペースを保ったまま仕事ができるというところだ。当然その分、サボればサボった分だけのしわ寄せが100%の形で襲ってくるのだが、対価としては雀の涙のように安いものだ。

 

 「それもそうですね・・・・・・これ以上余計な無茶をされてまた何かを起こされたら溜まったものではないので

 「やかましいわ

 

 こうして天知から遠回しに忠告をされた俺は、最初に考えていた予定よりもかなり早い時間帯で阿佐ヶ谷を後にした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「・・・・・・はぁー」

 

 22階のバルコニー。自炊の買い出しと掃除を終えていつの間にか雲の隙間から西日が覗きだした午後5時過ぎの都心の空と喧騒を眺めながら嗜好品(セッター)の煙を吐き出すと、ふと溜息が漏れた。

 

 “・・・ロクでもない一日だな、今日は”

 

 無理はない。今まで見たこともないようなよく分からない夢から醒めて、“3日目”の雨が降っている空を見てしまったことへの気分転換も兼ねて『hole』のロケハンで阿佐ヶ谷を訪れてみればよりによって“休暇中”の招かねざる客に遭遇し、せっかく辿り着いた一番の“目的地”では頭の中にある回路が暴走したとでも言いたげに“強烈な景色”がフラッシュバックの如く襲い掛かってきたせいでロケハンどころではなくなってしまった。

 

 結局のところ、今日の個人的な“ロケハン”で収穫できたネタは久しぶりに食べた“いつものメニュー”が相も変わらずに美味しかったということぐらいだ。

 

 “・・・何で俺は引き返したんだろうな・・・前に来た時・・・”

 

 一服をしてある程度だけ気分がリラックスできたところで、俺は前に馬橋公園へ向かおうとして入り口で引き返した時のことをもう一度思い出そうとする。

 

 “・・・やっぱり何も思い出せない・・・”

 

 だがやはり、どうして引き返したのかは場所が変わろうが精神が安定しようが全く思い出せる気配すらない。

 

 

 

 “・・・あれ・・・俺は何を見ていたんだ?

 

 

 

 そして次の瞬間には、俺の身に起きた“フラッシュバック”のような景色が何だったのかも忘れていた。思い出そうとしても、朝に見た奇妙な夢と同じように内容は全く思い出せなくなっている。もしかしたらいよいよ俺は33歳にしてボケ始めてきたというか・・・?

 

 “ないな、それは”

 

 いや、夢の内容を思い出せないのは誰だってそうだと自分に言い聞かせ、一口分のタールを吸い込んで空へと吐き出す。ハタチになったばかりの頃は“役に入っているとき以外は絶対に俺は吸わない”と決めていたはずが、今はそんなことなど一切考えずに吸いたい気分になる度にこうやって嗜んでいる。ある意味これは、俺の身体が順調にニコチンによって毒され始めているということだろうか。

 

 無論、そんなことを頭で考えているうちは煙草なんて吸おうとすら思えないようなものなのかもしれないが。

 

 「・・・さすがに減らすか本数・・・」

 

 半分の長さになるまで吸った煙草(セッター)に目をやり、徐に呟く。別に長生きなんてしたいとは思わないが、大作映画のシナリオを考えだした辺りから目に見えて嗜好品に頼る回数が増えている不安定な現状はどうにかしたほうがいいとは薄々思い続けていたところだ。

 

 仮に精神安定剤の如く“こんなもの”に頼り始めている現実がこのところの“不調”に繋がっているとしたら、尚更のことだ。

 

 “・・・今日はこれで終いだな”

 

 そして本日最後の一服を済ませて煙草(セッター)の灯火を消し、リビングに戻りソファーに座り観たい番組があるわけでもないが55型のリモコンを手に取り、電源をつける。特に“テレビっ子”というわけではなく、テレビも好んで観ているわけでもない俺は『二人芝居』(シナリオ)を頭の片隅に置きつつ、ここ2年ほどで急速に勢いをつけ始めているストリーミングサービスで配信されている映画を観ようと専用のボタンに親指を置いた。

 

 『分かってくれ・・・これは(れい)の為なんだ』

 

 躊躇なくそのボタンを押そうとした瞬間、偶然流れていた55型からどこか聞き覚えのある声が耳に入り画面へと意識を移すと、案の定そこには見覚えのある主演(やつ)の顔が映るドラマのCMが流れていた。

 

 “・・・確か”日劇“には初出演だっけか、一色(こいつ)・・・

 

 いま目の前の画面に映っているCMは、“日劇”という日曜夜9時の民放テレビドラマ枠で現在放送中の連続ドラマ『メソッド』の番宣だ。あくまでこのドラマ自体は観ていないので内容は大まかになってしまうが、ストーリーとしては俳優として忙しい日々を送りながらも自分を支えてくれる妻子にも恵まれ公私共に順風満帆そのものだった人気俳優の主人公が、とある映画の撮影で若手女優と“主演と相手役”として役作りと撮影を重ねていく過程で2人がそれぞれ持つ“心の闇”に触れたことで“禁断の恋”が始まっていくというもの。

 

 主人公の人気俳優を演じているのは一色十夜(あいつ)で、主人公と不倫関係になる若手女優を演じているのは堂島光(どうじまひかり)という20代前半の人気女優だ。ちなみに俺は彼女との共演経験はないが、まだ役者としてカメラや観客の前に立っていた頃に人気子役として活躍していたことを俺は覚えている。

 

 『・・・なんで・・・なんで・・・』

 

 自分の部屋の中と思われるベッドの上で1人、膝を抱えて消え入りそうな掠れた声で涙を溜めて受け入れ難い現実を拒絶する若手女優。狙って見るつもりは毛頭なかったが、数秒に過ぎないワンシーンのごく一部が流れただけで芝居の上手さに思わず見入りかける。

 

 “・・・大きくなったな・・・“ヒカリちゃん”・・・”

 

 生憎にもあの頃の俺は主戦場としていた現場が“テレビ以外”だった上に、“ヒカリちゃん”が“堂島光”としてドラマのみならず映画界にも進出し始めて子役から女優へのスターダムを駆け上がったころには俺はもう役者ではなくなっていたこともあり、彼女と共演することは一度もなかった。

 

 “・・・やっぱり若手の成長速度はすごいな・・・”

 

 それにしてもMHKの子供向け番組のメインキャラクターを演じてアイドル的な人気を博していたあの“ヒカリちゃん”が、10年以上の時を経た今ではすっかり20代を代表する演技派女優としてかかせない存在となっているのを見ると、時の流れの早さと残酷さを感じる。

 

 ただ、芝居の世界から離れた今となっては“だからどうした”で済まされてしまう話だが。

 

 『素晴らしい芝居だった。これで司波(しば)ちゃんの最優秀主演男優賞は間違いなしだな』

 『やめてくださいよカントク』

 

 一方で画面の中では晴れてクランクアップを迎えたであろう主人公を映画監督が大袈裟に褒め称え、花束を持つ主人公が何食わぬ顔で謙遜して握手を交わす。

 

 “・・・本当に“画”になるな、一色十夜(あんた)ってやつは・・・

 

 “絶世の美少年”、そして“スターズの王子様”という異名で一世を風靡し名声を欲しいままにしていた10代。“何やかんや”があってスターズを退所して自ら“いばらの道”に突き進むも下積みで着実に役者としての力をつけて再び這い上がった20代。そして生まれ持った“自分の武器”を最大限(フル)に活かしたクールな二枚目や影のあるニヒルな敵役、武器(それ)を逆手に取ったコミカルでアクの強い曲者、果ては狂気に満ちたシリアルキラーやトランスジェンダーに至るまで変幻自在に演じ分ける“カメレオン俳優”として第一線への“完全復活(カムバック)”を遂げた現在

 

 “・・・お互い色々と大変だったよな・・・

 

 役者だった頃の俺と同じくらいかそれ以上に波乱万丈な生き様を経てもなお画面に映るだけで視線が勝手に持っていかれてしまうような存在感と甘いマスクは相変わらずで、そんな生き様が芝居と風格という“背景(バックボーン)”に変換されたことで役者(おとこ)としての“魅力”は寧ろ増しており、“美少年”と呼ばれていた頃と比べても俳優(スター)としての人気が勝るとも劣らないのも頷ける。

 

 少なくとも一色十夜という役者(おとこ)は、“天性”という部分に関しては共演したことのある役者の中でも頭一つ抜きん出ていたと言っても過言ではないぐらい、同じ役者として飛び抜けた存在だった。

 

 

 

 “『サトルはショートケーキの上に乗っている苺をどのタイミングで食べる?』”

 

 

 

 今にして思えば、よくもまぁあんな王賀美陸と百城千世子の才能と個性を“そのまま足した”ような“怪物”とかつての俺は役者(ライバル)として競い合っていたものだ。そしてただでさえ生まれ持った天性が飛び抜けていたところに下積みで培った“努力”が爆発している現在(いま)の一色は、文句なしで日本の俳優界を背負って立つ存在(ひとり)になっている。

 

 

 

 “『夕野さんは今まさに日本の俳優界を背負って立っているわけですが_』”

 

 

 

 いつかの取材で、どっかのインタビュアーが“あなたは今まさに日本の俳優界を背負って立っているわけですが”と聞いてきたことがあったが、そんなものは今じゃ単なる昔話だ。

 

 それ以前に、少なくとも俺は誰かを超えたいと思って芝居をしても、俳優界を背負って立とうなんて野望を抱いて役者をしていたことは一度たりともなかった。

 

 

 

 ただ純粋に、俺は1秒でも長く芝居(しあわせ)を噛みしめたかっただけだった・・・

 

 

 

 『・・・・・・なにこれ』

 

 そして画面に意識を戻すと、堀宮杏子演じる同じく女優として活躍している主人公の妻が“夫のスキャンダル”を報じるネットニュースをスマートフォンで見て茫然としている場面が映されていた。このドラマ自体は観ていないが、一色と同様に堀宮が出演していること自体は知っている。

 

 “もう17年も前になるのか・・・“あれ”は・・・

 

 一色と堀宮の2人が同じ画面に映ると、どうしても17年前に主要(メイン)キャストとして出演した“あのドラマ”の撮影に臨んでいた頃の記憶がフラッシュバックする。しかも一色と堀宮が演じている芸能人夫婦の娘役として出ているのは、あのドラマで転校生の役を演じていた永瀬(ながせ)あずさの実娘ときたものだから、彼らの活躍をこんな形で目撃するのはただの“視聴者”に成り下がった身分からすれば少しだけ気分は複雑になる。

 

 『答えて・・・ここに書かれてることは、全部本当なの?』

 

 だから俺は、あの頃に役者(ライバル)として競い合っていた“連中”が出ているドラマや映画を冷静に観ることができない。

 

 

 

 “『くれぐれも芝居にだけは溺れないでね・・・・・・憬くん』”

 

 

 

 特に、10年前に死んだ“あいつ”が出ている作品は・・・・・・

 

 

 

 「・・・・・・」

 

 十夜が主演を務めるドラマのCMが終わりバラエティ番組の番宣に画面が切り替わった瞬間、憬はストリーミングサービスのボタンを押した。




プロローグの締めとは思えない味気のない地味な第一部の締め括りとなりましたが、chapter3.5はこれにて終わり、次回から物語は第二部に突入します。

それに伴い拙作は、本日より第二部へ向けた“充電”の関係で1〜2ヶ月ほど休載させて頂きます。遅くも卒業シーズンかチヨコエルの誕生日あたりまでには連載を再開させるつもりでいますので、それまで本編とスピンオフを行き来しておさらいするなどしながらお待ちして頂けると幸いです。

また第二部からはこれまでの日曜のみの投稿から、月金(※週2日投稿ではございません)での投稿に変わります。ただし、肝心の作者が安定の遅筆&書きたいことリストが増える予定のため、ペースはあまり変わらないどころか逆に落ちるかもしれません。ていうか落ちると思います。なるべく頑張りますが、ごめんなさい。

そして最後に、アクタージュSSに求められているであろう需要をことごとく無視して突っ走り続ける自分勝手な物語(スピンオフも含む)をここまで読んで下さった読者の皆さま、本当にご愛読ありがとうございます。こんな変わり種で自分勝手な物語ですが、これからも引き続きよろしくお願いします。

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