#002. 4月1日
2001年_4月1日_東京・渋谷_
この日、“スターズの王子様”の異名を持つ1人の俳優が渋谷の街を“ジャック”した。
『では早速ですがかつてないほど“
『はい!私がいま来ていますのは渋谷のスクランブル交差点前なのですが見てください!なんと!スクランブル交差点から見える全ての広告が今!ひとりの“王子様”によって“
『いやぁ~これはまたエラいことになってますね~大久保さん?』
『はい!渋谷の街は今まさに一色十夜ならぬ“
『ただでさえ休日の渋谷は人通りが非常に多いのですがこれはもう異様じゃないですか?』
『そうですねぇ~、少なくとも私はこれまでレポーターを15年ほどやってきたのですが、ここまで人混みの多い渋谷もこれだけ大規模な広告ジャックを目撃したのも初めてです!』
『一色十夜さんといったら今や“歩く社会現象”と言っても過言ではないほどのカリスマ性と勢いがある“
『ただパニックとか暴動とか起きなければいいんだけどね?そこだけは心配ですねちょっと』
『はい、立ち止まってカメラを構えたりしたくなる気持ちは分かりますが、盛り上がるにしてもルールを守るべきところは守ってもらえればといったところですね~、ということで前代未聞となる“渋谷ジャック”が巻き起こるスクランブル交差点前から大久保がお伝えしました!』
その
「えっ?中止?」
『そうよ。私たちの想定していた以上に人が集まってしまったから、このままあなたが姿を見せようものなら間違いなく怪我人と逮捕者が出るほど渋谷の街は混乱することでしょうしね』
「ハハッ、オレは新手のテロリストかよ」
『ある意味、あなたはテロリストより恐ろしいかもしれないわね』
「それはどーもです」
『褒めてないわよ』
真っ昼間の渋谷がファンと野次馬たちでごった返しているのを他所に、10時から行われていた明後日に撮影するCMのスポンサーとの打ち合わせを終えた十夜は、突然携帯に掛かってきたアリサからの電話に答えながらマネージャーの藤井が運転する車で東京近郊にある“とある場所”へと向かっていた。
『とにかく“野暮用”が済んだら、今日はこのまま“ニチテレ”に15時までに向かうように』
「ハイハイ直行パターンね・・・でも待って、確か“おしゃれリズム”の収録開始は17時だからそれだとすげぇ時間が有り余りそうだけど大丈夫?」
スポンサーからプレゼントされた最新式の携帯から掛かってきた電話の内容は、この後の15時に
ていうか、たかが駅前のスクランブルの広告が“俺だけ”になっただけでご本人に会えるわけでもないのに仕事が1つ潰れるほど群がるとか、“お前らは猿か?”ってツッコみたくなってしまうくらい馬鹿げた話だ。
『そこは大丈夫よ。元々ゲリライベントを想定して限界ギリギリまで入り時間を遅らせていたから、私のほうで番組のプロデューサーに頼み込んで調整は済ませたわ』
「さすが敏腕社長は仕事が早いことで」
『その前にまず言うことがあるでしょう?』
「有難うございます。“アリサお母様”」
『その呼び方はいい加減控えることね、十夜』
ということで渋谷の中心で“
『藤井には私から改めて連絡するから、目的地に着いたら十夜のほうで直接伝えてちょうだい』
「任されよ」
『とにかく図らずも無理をお願いして迷惑をかけてしまっているから、くれぐれも遅れないように頼むわよ』
「がってんしょうちのすけ」
アリサからの事務的なやり取りを終えてふと気分をリセットしたくなり右の車窓に視線を向けると、前に住んでいた実家からほど近い場所の飛行場の隣についこの間オープンした巨大なスタジアムが中央分離帯越しにそびえ立っていた。どっかのニュースで言ってたけれど、どうやらここはJリーグのチームのホームスタジアムらしい。
「藤くん、この後のゲリラなくなったから“墓参り”済んだら麹町に直行で」
「察しております」
「あと霊園に着いたらアリサさんが電話して欲しいってさ」
「了解しました」
俺は視線を一旦前に移して、マネージャーの藤井にスケジュールが変わったこととアリサからの伝言を口頭で伝え、中央分離帯の向こう側に見えるスタジアムに視線を再び向ける。
“・・・そういや最近サッカー全然やれてないけどPK決めれるかな・・・”
「しかし、家族の話を滅多にしない十夜さんが“お兄さん”の墓参りに行きたいと言い出すとは・・・」
右側のスタジアムを見てふと麹町で収録するトークバラエティーで1日だけ前倒しの誕生日プレゼントをかけた“PK5本勝負”のことを思い浮かべていた意識に、運転席でハンドルを握る藤井の独り言のような言葉が飛び込んで俺はふと我に返る。
「そんなに珍しいかな?オレがこういうことすんの?」
「アリサさんも仰ってましたよ。“何か心変わりするようなことでもあったのか”と」
“・・・ったく、人の家族の心配する暇あるなら自分の
「・・・それ以外には何か言ってた?オレのこと?」
「いえ、“今のは独り言だから忘れてくれ”と言われただけです」
「藤くんに言った意味ねぇじゃんアリサさん」
「言われてみればそうですね。すみません、余計なことを言いました」
「一周回ってアリサさんへの“煽り”になってるよそれ」
さり気なく社長からの命令を裏切って“煽り”も同然の謝罪をする藤井に言葉を返しながら、心の中で俺と“一色家”との関係を知っているアリサに言い返す。
「・・・やっぱ藤くんは“おもしれぇ”わ」
「すみません。私には“おもしれぇ”の意味が何一つ思い浮かばないのですが?」
にしても、藤井というマネージャーは“スターズの王子様”とかいうありがた迷惑な異名を持つ事務所の“広告塔”でもある俺や社長のアリサ、そして現場で会う大物や大御所を相手にしても全く物怖じしない。まあ、アリサがつい余計に“ヤンチャ”をしてしまいがちな俺の“ストッパー”として生真面目な先輩マネージャーの杉田*1を差し置いて専属にさせただけあって、マネージャーの類として考えるとかなり癖の強い
「そーいうとこだよ」
ちなみに俺は藤井のただ真面目で仕事ができるだけじゃない癖が強めで“おもしれぇ”ところは人として普通に気に入っているから、藤井のことは親しみを込めて“藤くん”と呼んでいる。皮肉にもそれが
「じゃあちょっとだけ寝るから着いたら起こして」
「このままいけばあと5分ほどで着いてしまいますが?」
「いいからいいから」
「・・・承知しました」
そんな藤井に最後の言葉をかけた俺は、仮眠用で持ち歩いている常用のアイマスクで視界を遮断してこの後の墓参りに向けた“瞑想”へと入った。
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13時10分_府中霊園_
CMの打ち合わせが行われた事務所から車で約50分。ちょうど5年前の今日に“あの人たち”の元を離れてからご無沙汰になっていた兄さんの眠る墓前に、霊園の近くにある花屋で買ったカーネーションを片手に訪れる。もちろん本来の“王子”とはかけ離れたグランジの私服と目元まで深く被ったニット帽で“武装”してきたおかげで、渋谷とは打って変わって何の混乱も起きずにカーネーションを買って霊園に入ることができた。
というより、まずあの“一色十夜”が真っ昼間にお墓参りをしているなんて思ってる連中は余程の物好き以外はいないだろうから、堂々としていれば意外にも普通にバレることなく行動できる。
“こんな遠かったっけここ?”
霊園の中を歩き、兄さんのお墓に辿り着いたところでふとこんなことが頭の中でよぎった。でも思い返せば5年前までは三鷹にあった実家から毎年この日に“あの人たち”に連れられてこの場所に来ていたから、物理的に遠くなってるわけだから当然のことだ。
“・・・まだ来てないな・・・”
兄さんの眠る“一色家之墓”と刻まれたお墓に目を向けると、お供えの花すらなくさっぱりとしている。考えるまでもない話だ。だって“あの人たち”は兄さんが亡くなったという時間、“15時31分”に決まってこの場所を訪れるということを俺は知っているから。
「5年ぶりだな、
“あの人たち”から離れてからの5年間ずっと心の奥で“封印していた過去”を呼び覚まして、俺は5年ぶりに兄さんに挨拶をした。
「・・・って何を言っても、“こっちの世界で一度も会ったことがない”オレが来たところで兄さんはあんまり嬉しくはないか・・・」
“『おかあさん、これ誰?』”
生前の兄さんは3歳のときに生まれて初めてピアノに触れたことをきっかけに音楽に目覚め、ピアノを弾き始めるとヴァイオリニストとして活躍している姉さんと同じように一気に才能が開花する。そして9歳のときに若手音楽家の登竜門と言われている全日本音楽コンクールのピアノ部門・小学生の部にて史上最年少で金賞を受賞したことで“天才少年”、“小学生ピアニスト”として将来を期待されたが、それから半年後に白血病に侵され、1年近くの闘病の末にちょうど20年前の4月1日に11歳でこの世を去った。
俺が生まれたのは、それから2年と1日後のことだった。
“『十夜も弾いてみる?ピアノ?』”
これは単なる偶然か、はたまた“運命の悪戯”かは分からないけれど、実家のアトリエで作品を創作している合間で
そして俺にとってピアノを弾くことは自分にとって大切な“趣味”の1つになった。当然、あくまで俺の場合は兄さんのような“ガチ”じゃなくてただの趣味だった。そもそも兄さんと姉さんが偶然にも同じ音楽の道に進んでいっただけで音楽一家というわけでもなかったから、本当に色んなことを好きなようにやっていた俺は、家族の“なすがまま”に
ちなみに実家にある推定金額約2000万のグランドピアノは、兄さんが10歳の誕生日を迎えたときにあの人たちが“プレゼント”として買ったものらしい。姉さん曰く、この頃から兄さんは体調を崩すようになり、白血病に侵されていたことが分かったのはグランドピアノをプレゼントされてから僅か1ヶ月後のことだったという。
“『やっぱり十夜は、一夜の生まれ変わりね』”
所詮は趣味だとはいえ、幸か不幸か俺はレコードから流れる曲をたった一度だけ聴いただけで旋律の全てを覚えることができる生まれついての“天才”だったようで、それに比例するように死んだ兄さんと同じようにピアノの才能もすぐに開花して、小学校に上がる頃には
だから俺がお気に入りの曲をレコードで聴いてそれを完璧に覚えてピアノで弾くのを本当に嬉しそうに眺めていた
あの頃の俺は誰かと競うとかそういうことを一切考えず、ただただピアノを弾くことを楽しんでいたから、優勝に値する金賞が獲れなかった悔しさは全くなかった。
“『十夜くんは将来、お兄さんやお姉さんのように音楽の道に進むのかな?』”
だけれど最初で最後のコンクールが終わった後に待ち受けていたのは、コンクールで賞を獲ったことを恰好のいいネタに仕立て上げ、“一色ファミリーの美少年”として追い始めるようになった“
この頃から、
「これでもオレさ・・・小っちゃいときは写真の中でピアノを弾いてる兄さんの姿を見て、心の底からカッコイイなって思って憧れてたんだぜ。いつかはオレもあんなふうにピアノを弾けるようになれたらなってさ・・・・・・だからって兄さんのように早死にするのは御免だけど」
お墓の花立てにカーネーションを供えながら、俺は5年の間ずっと“封印していた過去”を思い起こしながら目の前に“眠っている”兄さんに語りかける。考えるまでもなく、俺が何を言ったところで言葉は返ってくるはずもない。
「だからひとつだけ教えてくれよ・・・・・・兄さんにとってオレは“あんたの生まれ変わり”なのか?」
それでも
「・・・・・・何も言ってこないってことは・・・オレはまだまだ“生まれ変わり”のままってことでいいんだな?兄さん?」
“あの人たち”から距離を置いたのがちょうど5年前の今日のこと。それから3年が経ち、俺は芸能界を離れた“幼馴染の
こうして自分の道をあるがままに歩き続けて2年弱、この俺を単なる“
“自分で言うのもアレだけど、“生まれ変わり”にしては上出来だろ?”
「それもそうだよな・・・・・・こんなところで終わるようじゃ、“俺”はあんたの“生まれ変わり”にすらなれてないからな・・・」
なんて思い上がるようじゃ、俺はいつまで経っても“
“・・・だから天国から指でもくわえて見てろよ兄さん・・・・・・“
ヴゥゥ_ヴゥゥ_
カーネーションを供えて兄さんに限りなく喧嘩を売るに等しい挨拶を済ませたタイミングを図ったかのように、右ポケットに入れていたマナーモードの携帯のバイブレーションが新着メールの着信を知らせる。
“・・・
最新型の折り畳み式の画面を開くと、そこには件名が何も書かれていない千里さんからの新着メールが届いていた。
“・・・まさか・・・”
件名のない千里さんからのメールに何やら尋常じゃない“予感”を感じた俺は、急に襲ってきた謎の緊張と共に恐る恐るそのメールを開く。
相変わらず俺の直感は・・・良くも悪くも大抵は“全部”当たるからだ。
“『_十夜くん。お仕事お疲れ様。
「・・・・・・マジでか」
11歳の天才少年ピアニストが永遠の眠りに就いてからちょうど20年後の4月1日の昼下がりに突然舞い込んできた、新たな
ということで本日から『或る小説家の物語』、第二部スタートです。よろろすおねがいするます。