或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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【人物紹介】

・一色十夜(いっしきとおや)
職業:俳優
生年月日:1983年4月2日生まれ
血液型:AB型
身長:169cm(16歳)→ 171cm(18歳)→ 172cm(現在)



#003. 天使と王子

 “・・・なんか・・・身体がやけに重いな・・・”

 

 深層心理(ゆめ)と現実の境界線を行き来する曖昧な意識の中で、俺はベッドから起き上がろうと身体を動かそうとするが、まるで何かに押さえつけられているかのようにこの身体はちっとも動かない。それどころか、瞼を開けて現実に戻ろうとしても肝心の瞼も鉛のように重く、全力で目を開けようとする意識に反して全く言うことを聞いてくれない。

 

 “・・・こんな日に“金縛り”に襲われるなんて・・・今日の運勢は最悪だろうな・・・”

 

 何も焦ることはない。年に2,3回ほどの割合で俺を襲ってくるただの“金縛り”。言葉だけを聞くと怪奇現象(オカルト)のように聞こえるが、こいつは単なる“睡眠麻痺(ナルコレプシー)”の一種だ。とはいえこいつに襲われるということは俺の身体はいま不規則な生活リズムと精神的ストレスで“やられ始めている”ということ。参ったな、今日は“撮休”だからいつもよりスケジュールにゆとりがあるってのに・・・

 

 “考えても見ればここ2,3ヶ月は基本的に“4時起き”が続いてるからな・・・無理はないか・・・”

 

 でも大丈夫。金縛りと言うのは所詮は科学的な現象に過ぎないから、“コツ”さえ掴めば割と簡単に抜け出すことが出来る。その方法は至ってシンプルで、ただ無理に身体を動かそうとせずに深呼吸をすればいいだけだ。こうやって自分の呼吸を意識することによって睡眠状態から徐々に抜け出せて身体が覚醒し、自由に動かせることができる・・・のかは個人の見解だが、俺はそうやって金縛りを解いてきた。

 

 なんてことはない。1年が365日もあるならば、こんな“星占い12位”のような日が月1回ぐらいはあっても不思議じゃない。もちろん、365日を常に星占い1位でハッピーに過ごせたらそれに越したことはないけれど、それはそれでメリハリが無さすぎて味気がない。

 

 やっぱり役者たるもの、多少は日常がギクシャクしているほうが“生きてる”っていう感じがして心地が良い。さて、いつものように呼吸に全神経を集中させて・・・

 

 “・・・あれ?・・・・・・息ができない・・・”

 

 おいおいどうしたFW(フォワード)?ビビッてんのか?いつも金縛りに遭ったときには必ずやっているルーティンじゃないか?何も難しいことはない、ただゆっくりと気分を落ち着かせて深呼吸すればいいんだ。それに今日はイメージキャラクターとして契約している大手証券会社のCMの撮影と、現在放送中&絶賛撮影中の“主演ドラマ”に関連するインタビューだけという“イージー”なスケジュールだから何も焦る必要なんてない。金縛りなんてたかが多くても数分程度のロスタイムにすぎない。だからこれぐらいのこと

 

 “ってマジで息ができねぇ・・・!?

 

 アレ?これマジでヤバいやつじゃないか?だって俺いま普通にベッドの上で金縛りに遭ってるだけで、水中にいるわけでもないし・・・じゃあ何で息が“全くできない”んだ・・・?

 

 “・・・まさかこのまま突然死するのか?・・・俺・・・

 

 そっか、息が出来なくなったってことはもう俺は死ぬってことか。なるほど、稀にニュースとかで聞く“突然死”ってやつは、こんな感じのものなのか。いやでもさ、それが本当だとしたらあまりに呆気ない最期じゃないのかこれ。自分で自分を棚に上げるのは本気で嫌だけど、“芸能人抱かれたい男ランキング5年連続1位”にして同世代の環蓮と並ぶトップ俳優として芸能界に君臨する“一色十夜”の死に様がコレってどうなのよ神様?まぁ俺は優しいから百歩譲ってこのまま死んだとしても受け入れるけど、俺を生き甲斐にしているこの世に取り残されたファンの人たちはどうすんの?本当にこんな死に方をしたら、悲しみに暮れるとかそういうレベルの話じゃなくなってくると思うぜ?と思いつつも、それだけみんなが死んだ俺のことを悲しんでくれたら、不謹慎だけど冥利に尽きるところもあるから、寂しくもあるし嬉しくもあったりする。

 

 

 

 “ちょっと待てよ・・・・・・てことは“千夜子”も置き去りになるわけか・・・

 

 

 

 でも、千夜子と離れ離れになるには、さすがにまだ早いな。だって千夜子、いま女優として凄く頑張ってるし、まだ言葉を喋れるかどうかぐらいの小さかったときから千夜子の成長を視てきたから、せめてあの“天使”がいまの俺と同じくらいの“大人”になるまでは、“女優・百城千世子”の成長を同じ役者として、そして“ただの叔父”として見届けたい。

 

 

 

 “やっぱり俺は・・・・・・こんな中途半端ところで死にたくない

 

 

 

 「・・・・・・そろそろ起きないと死んじゃうよ?王子さま?

 

 急に聞き覚えのある天使の異名を裏切らない甘く透き通った声が意識に届き、俺は声のする方へと思い切り右手を伸ばそうとした。

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・ッ!・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 

 聞き覚えがあり過ぎる声が聞こえた瞬間、俺の意識は悪夢から覚めたかの如く一瞬で冴えて、止まっていた呼吸も水中から出たときと同じように何の抵抗もなく出来るようになった。どうやら金縛りからは抜けられたみたいだ。本気で焦ったけれど、終わってみればいつもと何ら変わらないことだった。

 

 “・・・ん?”

 

 驚かせやがって・・・と身体を起こそうとしたが、どういう訳か意識ははっきりしても身体はまるで“馬乗り”にされているかのような上からの重みで動けない。

 

 「・・・・・・千夜子・・・何で?

 

 ふと視線と意識を“重み”へと向けると、閉めていたはずのカーテンが開いていて、そこから射し込む光に照らされるように、“祖母”の遺伝子を見事に引き継ぐ煌びやかな白銀の髪とぱっちりした琥珀色の瞳の可憐な“天使”が通っている高校の制服を身に纏い、ベッドで眠る俺の身体に馬乗りになって無駄に綺麗な微笑み(かお)を浮かべながら見下ろしていた。

 

 「やっと起きてくれた。十夜さんが寝坊するなんて珍しいね?」

 「・・・寝坊?」

 

 俺の身体に馬乗りしている“千夜子”を見た瞬間、今までのは“金縛り”じゃなかったことを理解した。それにしても右側から照らす外の世界の光に照らされた千夜子の姿は、当たり前だけど“スターズの天使(百城千世子)”そのものだ。どうして学校の制服を着ているのかは謎だが。

 

 「・・・まず何でお前は俺の身体に馬乗りになってんの?意味が分からないんだけど」

 

 とりあえず今言えることは、大衆(みんな)の知っている百城千世子は男の人の身体に馬乗りになるような真似は絶対にしないということだろう。

 

 「だって“わたし”がどんなに声をかけても身体を揺すっても全然起きてくれなかったからさ。だからこうやって馬乗りになって、鼻を押さえつけてたってわけ。そしたら全然口で呼吸してくれないからこのまま窒息して“死ぬんじゃないか”って一瞬だけ思ったけど、無事に生還できたみたいで何よりだね」

 「冗談抜きで俺が死んだらどうすんだオイ(あと鼻つまむだけなら馬乗りになる必要なくね?)」

 「大丈夫大丈夫、“”は“天使”だから殺したりしないよ?」

 「いやどっからどう見ても“悪魔”だろ

 

 もう説明しなくてもご存じかもしれないが、天使のように綺麗な顔を浮かべながらべッドで眠っていた叔父(おじ)さんを危うく殺しかけた目の前の彼女こそ、表舞台から降りて20年が経った今でもなお伝説的な天才女優として語り継がれている元女優・星アリサが“最高傑作”として送り出す“スターズの天使”にして、Z世代の女優の代表格(アイコン)として大衆を魅了し続ける若手トップ女優・百城千世子(ももしろちよこ)その人である。

 

 「言っとくけど鼻つまんでも起きなかったら“禁じ手”をお見舞いするつもりだったから」

 「“禁じ手”って?」

 「“金的”」

 「天使が“金的”なんて品のないこと言うなよ」

 「だって“いま”は天使じゃないし」

 「さっき自分で自分のこと“天使”って言ってなかったか?」

 

 

 

 本名、城原千夜子(きはらちよこ)。姉でヴァイオリニストの一色小夜子(いっしきさよこ)(現姓:城原(きはら))と義理の兄で作曲家の城原千里(きはらせんり)の娘にして俺の姪であり、“食卓同盟”を結び同じマンションで生活している隣人でもある。

 

 

 

 「もう、寝坊した分際で偉そうに」

 「さっきから寝坊寝坊って、あと何で千夜子は制服着てるんだよ?」

 「何でって、だって今日はわたしの“登校日”だから」

 「・・・・・・あ」

 「やっと分かったかダメ人間

 

 そして起きたら千夜子に馬乗りされていることに加えて3ヶ月ぶりぐらいに見る衣装ではない本物の制服姿のインパクトのせいで頭が混乱していたが、俺はようやく寝る前にアラームをセットするのを忘れていたことと、今日が芸能活動で忙しい千夜子の約3ヶ月ぶりの“登校日”だということを思い出した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 2018年9月3日、月曜日。時刻は朝の6時30分。本日の天候は晴れ。

 

 「なにこれ?」

 「見て分からない?スクランブルエッグ」

 「いや見れば分かるけどホントに千夜子が作ったのかこれ?」

 「逆にわたしじゃなかったら心霊か泥棒が作ったってことになっちゃうけど?」

 

 俺の住む2LDKの食卓(ダイニング)に置かれた本日の朝食は、トーストしたパンとマーマレードジャムに、ミニトマトの1つすら添えられていないシンプルな“スクランブルエッグ”のズボラ飯。

 

 「・・・いつもは俺がいないと“ウィーダーゼリー”か“カロリーメート”で朝を済ませてる千夜子にしちゃ頑張ったな」

 

 ちなみにこれでも千夜子が普段作る朝食と比べるとかなり気合が入っているほうだが、俺からしてみれば“リアル10秒メシ”が“ズボラ飯”になっただけだ。ただ見るからに火加減が完璧なスクランブルエッグのおかげで、“天使”の面影はどうにか保たれている。本気を出せばちゃんと美味い料理も普通に作れるぐらいの器用さはあるのに、なんでその労力を“気が向いた”ときにしか使わないのかと俺は叔父としてつい思ってしまう。

 

 ただし、千夜子が偶に気まぐれで作る手料理は使っている食材が“個性派”なせいで逆に“天使の面影”が全くないのだけれど。

 

 「そうでしょ?霧生(本物)の制服着て本物の学校行くの久しぶりだから気合い入れて頑張った」

 「うん、見れば分かるよ」

 「さすがに十夜さんみたいに“モーニング”を作る気にはなれなかったけど」

 

 とまぁ、心の中ではボヤきたくなることこそあるものの、千夜子は本当に女優としてずっと頑張り続けているから、正直なところ千夜子(こいつ)なりにやる気を出して作ってくれただけでも叔父さんは嬉しい。

 

 「そうだ、次から一緒にここで食べる朝ごはんは“交代制”で作るのはどうだ?」

 「そしたらわたしが作るときは食パンとウィーダーとかになるけどいい?」

 「駄目に決まってんだろ。作るなら最低でもこれぐらいの朝食(もの)を作れ」

 「じゃあ十夜さんが寝坊したとき以外は作らない」

 「それって逆に俺が寝坊したら作ってくれるってことか?」

 「別にいいけどその代わり寝坊するたびに容赦なく“蹴り”起こすから」

 「とりあえずどこを“蹴る”つもりなのかは聞かないでおこうホントに“スターズの天使”かこいつ?)」

 

 “百城千世子(天使)”としての仮面を外して俺と家族にしか見せない“城原千世子(ありのまま)”の姿で揶揄いながら甘えてくる千夜子()を相手にしながら、“気合い”を入れて作ったという朝食が並ぶ食卓の席に座る。欲を言えば、せめて今日ぐらいに手の込んだものを俺がいないときにも自分で作って食べてくれたら、叔父さんはもっと嬉しい。無論、強制はできないが。

 

 「美味(うま)(かて)

 「美味(うま)(かて)

 

 そして千夜子がテーブルを挟んだ正面に座ったのを確認し、手を合わせて食事前に必ずやっている“一色家”に伝わる挨拶を唱えて、俺は千夜子の作った朝食を口へ運ぶ。

 

 

 

 そもそもどうして隣の部屋に住む千夜子が俺の部屋に上がってダイニングでこうして一緒に朝食を食べているのか。それは千夜子がいま通っている高校に上がるにあたり隣の部屋で1人暮らしをすることが決まったときに、俺と千夜子の間で取り決めた“食卓同盟”たるものがきっかけだ。

 

 ただ“食卓同盟”と名前だけ聞くと堅苦しいが、これを要約すると俺と千夜子の芸能活動のスケジュールに合わせて互いがそれぞれ朝食か夕食、あるいはそのどちらもを一緒に過ごせる時間と余裕があるときは俺のところで一緒に食卓を囲んでご飯を食べるというもので、今のところ千夜子が高校を卒業する来年の3月までは続くことになっている。言うまでもなく、料理担当はもっぱらこの俺だ。

 

 ちなみにどうして俺の部屋なのかというと、それは千夜子が自分の部屋のキッチンを自分以外の人に使われたくないことに加えて、俺が大の“虫嫌い”だからだ。もちろん千夜子が仕事や撮影で何日、あるいは何週間も部屋を空けるようなことになれば俺が代わりに千夜子の部屋に出入りして餌やりをしているのだが、“ガサゴソ”と不気味な異音を立てる“あの部屋”で夜行性の(けもの)を相手にする時間は未だに慣れず、多少の耐性がついたとはいえ生きた心地は全くしない。

 

 じゃあ隣に住む俺も仕事で餌をやれないときはどうしているのかという話になるが、ご心配なく。2人が各々の芸能活動で帰れないときは千夜子の専属マネージャーの“マクベス”こと眞壁(まかべ)くんが餌を用意して、餌をやる為だけに千夜子の部屋を訪れて俺たちに代わって面倒を見てくれている。もちろん餌はマクベスの自前だから、本人曰くキッチンは一切使ったことがないという。

 

 ついでに言っておくと、千夜子が俺の隣の部屋に住むことになったのは“百城千世子”の生みの親でもあるアリサさんの意向によるものだ。まぁ、普段の千夜子は“努力の鬼”でついつい“自分磨き”にのめり込みすぎて自分の身体が二の次になってしまいがちな危ういところがあるから、規則正しい食生活を心掛けている俺に“世話役”を任せたアリサさんの考えは、結果的に理にかなっていると言わざるを得ない。

 

 過去に“喧嘩別れに近い形でスターズを退所している”俺からしてみれば、身内絡みとはいえ今でも平然とスターズの人間と家族ぐるみのような関係を保っている現状に、時折若干の複雑さを覚えてしまうのだけれど。

 

 

 

 「どう?スクランブルエッグ?」

 「うん、普通に美味しい。甘みと塩味のバランスもちょうどいいし」

 「お気に召してくれて何よりです」

 

 そんなこんなで“スターズの天使(百城千世子)”の名前で若手トップ女優として大衆を魅了している千夜子と時間が取れたときにこうやって食卓を囲んで一緒にご飯を食べる日常は、気が付くともう2年と半年ほど続いている。

 

 「ただ欲を言うとトマトやレタスあたりを添えたら見映えも含めてもっと良くなるだろうな」

 「ほんと十夜さんって色んな野菜(もの)を飾るのが好きだよね」

 「好きというか、やっぱり色鮮やかなほうが食欲とかも湧くしさ。料理ってそういうもんでしょ?」

 「ううん特に」

 「“千夜子のこと”だからそう言うと思ったよ」

 「ていうか別に食べてみて美味かったならそれでいいじゃん」

 「確かにその理論も正しいっちゃ正しいけどさ、料理っていうのはもっとこう奥深くて」

 「話変わるけど十夜さんはアリサさんの手料理とわたしの手料理だったらどっちがいい?」

 「そりゃもちろん考えるまでもなく千夜子だよ(あからさまに“聞きたくねぇ”って顔してるな・・・)」

 「うわ芸能界の“恩人”を差し置いて・・・アリサさんに“十夜さんがアリサさんの手料理は食えたもんじゃない”って言ってたって伝えとこ」

 「それだけはマジでやめろ社会的に殺される

 

 今日の朝はいつもとは違って俺が作る“普通の朝ごはん”ではなくて千夜子が気合いを入れて作ったただの“スクランブルエッグ”とトーストだけれど、味だけはちゃんと美味いから“終わり良ければ総て良し”と言ったところだ。

 

 「・・・でもうるさいくらいにグルメな十夜さんが美味しいって言ってくれると、気合いを入れて作った甲斐があるよ」

 

 もしも一番肝心な味のほうもコケていたとしても、そこに百城千世子が魅せる煌びやかで可憐な“天使の表情(仮面)”よりも一層綺麗で愛おしい“ありのままの千夜子”の何一つ着飾らない笑顔があれば、俺はそれだけで十分すぎるぐらい幸せだ。

 

 「・・・“うるさい”は余計だ」

 「もう、今日の“王子さま”は素直じゃないな~」

 

 こんなふうに互いが“他人を演じる”という異端な世界の孤独を忘れて“普通の人”として食卓を囲んでご飯を食べる瞬間(しあわせ)があるからこそ、俺と千夜子は芝居を心の底から楽しめている。

 

 

 

 “・・・そんなささやかな幸せすらもアリサさんの“思惑”だと知ったら、千夜子は何を思うのだろう・・・

 

 

 

 「ねぇ見て十夜さん」

 「ん?どうした千夜子?」

 

 ふと“アリサさんとの約束”のことを思い浮かべながら朝食を食べ終えると、いつの間にか同じく朝食を食べ終えていた千夜子が椅子に座る俺の隣に立ってこっちを見下ろしていた。

 

 「ちょっとだけいつもと髪型変えてみたんだけどこれならバレないかな?」

 

 隣に立つ千夜子は、いつも学校へ行くときはシンプルな1つ結びでまとめているショートボブの髪をハーフアップにして、テレビや広告でよく見るような“天使の笑み”とは違う“ありのままの笑顔”を俺に向けて浮かべていた。

 

 「とりあえずこれによそ行きのときにかけてる伊達眼鏡をかければ大丈夫なんじゃないか?」

 「ほんとに?」

 「大丈夫じゃなかったらとっくに口出ししてるわ。てか、今までのままでもバレてないのにイメチェンする必要あんのかそれ?」

 「だってショートにしてからずっと学校には1つ結び(あの髪型)で通学してたからそろそろ髪型変えないとバレるかな~って思ってさ」

 「気まぐれかと思ったら意外と真面目だった」

 

 “カモフラージュ”の髪型を変えた理由が普通に真面目だったことはともかく、何気にハーフアップに髪を纏めた千夜子を見るのは初めてだ。

 

 「・・・何かその髪型にするとちょっとだけ大人っぽくなるな」

 「でしょ?これも“千夜子様”の作戦だから」

 「普通そこは“天使様”だろ」

 

 イメージチェンジをした髪型をわざとらしく誇らしげに見せつける千夜子。図に乗りそうだから言葉にも表情にも表さないが何の違和感もなく似合っていて、控えめに言って相変わらず“天使”だということには変わらない。

 

 「だって“天使”のままだとわたしが“百城千世子”だってバレちゃうでしょ?」

 「俺からしてみたらどっちも“千夜子”なのは変わらないけどな」

 

 正直言って、“校則の都合”があるとはいえこれによそ行きの伊達眼鏡をかけただけの変装で今まで誰からも気づかれずに公共交通機関(バス)で通学できていることは、身内の俺でも未だにどこか信じられないところがある。とはいえ、視線誘導などを駆使して意図的に“オーラ”を消すことは俺でも出来るからきっと千夜子も巧くオーラを消しているのだろう。

 

 「そうだよ・・・十夜さんの言う通り、“天使”になって仮面をつけている“百城千世子()”も、“普通の女の子”として十夜さん(あなた)の前に立っている今の“城原千夜子(わたし)”も・・・どっちも“自分(ちよこ)”だから

 「少なくとも明らかに普通じゃない今の“オーラ”を出したら一発でアウトだぞ

 

 なんて勝手に考えている俺を嘲笑うかのように、千夜子はわざと“天使(かめん)の笑み”を浮かべて普段のように揶揄う。

 

 「大丈夫だよ。だってわたしはちゃんと“切り替えて”行動するタイプだから」

 

 こんな感じで千夜子は時々、自分が10年間努力して身に付けた“プロ意識”を俺に見せつけてくる。

 

 「そんなことはとっくに知ってるよ・・・

 

 

 

 

 

 

 去年の春。今日の俺とは逆に一度だけ千夜子が寝坊したとき、モーニングコールに出なかった千夜子を起こすためにスペアのカードキーを使って千夜子(となり)の部屋に入ったことがあった。

 

 “・・・これって・・・

 

 そのときにふと、寝る前に片付け忘れたであろう一冊のノートがリビングのテーブルに置かれているのが目に留まった。

 

 “・・・まだ寝てるよな・・・?

 

 自分が寝坊しているなんてつゆ知らずに千夜子が寝室で静かに寝息を立てていることを確認した俺は、本当は“いけないこと”だと分かっていながらそのノートを開いて中身を確かめた。

 

 “・・・千夜子・・・お前・・・

 

 

 

 テーブルに置かれたノートの中に書かれていたのは、“天使”として大衆を虜にし続けている1人の少女がたった1人で抱え続ける、誰よりも一番近くにいる俺にすら打ち明けなかった血の滲むほどの努力の日々が凝縮された“健気な結晶”だった。

 

 

 

 

 

 

 「・・・何さっきからボーっとしてるの十夜さん?」

 「・・・えっ?いや何でもない」

 「何でもないって言うときは大抵何かしら“言いたいこと”がある証拠だよ?」

 

 おっといけない。俺としたことが“あの日”のことを思い出してうわの空になっていた。

 

 「(ホント無駄に勘が鋭いんだよなぁこいつ・・・)・・・そういやこの髪型の千夜子は初めて見るな~って思ってさ、本当にそれだけ」

 「・・・ふ~ん」

 「・・・何?」

 

 とりあえず適当にそれっぽい言い訳で誤魔化してみたが、千夜子は徐に椅子に座る俺に顔を近づけて美術館に置かれた名画を“吟味”するように凝視する。一歩間違えればキスしそうなほどの至近距離に顔を近づけてきたのはともかく、さすがにこれは“あからさま”が過ぎたか?

 

 「だったら最初からそう言えばいいのに」

 「それより顔を近づけた意味はあるのか?」

 「だって十夜さんもわたしによくやってたじゃん」

 「“昔の話”な」

 

 という心配は杞憂だったようで、千夜子は俺の苦し紛れな“言い訳”を素直に受け入れてそのままやや慌ただしく玄関のほうへと歩みを進める。

 

 「じゃあそろそろこっちは支度しないとだから、もう出るね」

 「おう・・・あぁそうだ千夜子、今日は仕事終わりに食材買って帰るから多分だけどお前のほうが絶対早いと思う」

 「おっけー」

 「順調にいけば6時半ぐらいには帰れると思うけど、もし帰りが7時を過ぎそうになったらLIMEするから余ってる冷蔵庫の食材でも使ってなんか作って先に食べといて」

 「りょーかい」

 

 そんな千夜子の後を追って俺は立ち上がり玄関へと向かい、“夕食”のことを伝える。

 

 「いってきます

 「行ってらっしゃい

 

 そして一色(いっしき)の血が流れる人間の中で誰よりも“努力家”な普通の女の子(千夜子)は、玄関で見送る俺にウインクをして扉の外へと出て行った。

 

 

 

 “『わたしって十夜さんみたいな“天才”なんかじゃなくて周りより少しだけ器用なだけの“普通の女の子”だから、これぐらいのことをしないとわたしはこの世界で“主役”になんてなれないんだよ・・・』”

 

 

 

 「・・・ったく、せめて自分の皿ぐらいは片付けていけよ」

 

 千世子がいなくなったダイニングに戻った十夜は、テーブルの上に置きっぱなしにされた皿に向けて“身内”だからこそ言える悪態をつきながら自分の食器と合わせて片付け、自分の支度を済ませた。




仮タイトル『お隣の天使様は王子を許さない』

全国の千世子推しの読者の皆さま、どうかお許しください。だって原作の裏設定に、こんな感じの“隠しコマンド”があってもおかしくないと作者は思いましたので・・・まあ、既にアキラ君と阿笠みみでさり気なく前科はやってるので・・・・・・はい。

ちなみにキャラクター自体は原作の百城千世子と全くの同一人物ですので、“一部のキャラクター”の独白を除いて名前の表記は全て“千世子”とさせていきます。
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