或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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これは、黒山が憬の元に夜凪景の映像を見せに来る数日前の話。


scene.6.5《幕間》 正直者

 極秘であるが俺は今、2つの作品を掛け持ちしている。

 

 「秘密が暴かれていくと共に歪んだ関係がこうしてひとつになっていき、最終的にそれぞれ行き着くところに辿り着くような結末。これまでの夕野先生の作品ではありそうでなかった斬新さがあって良いと思いますよ」

 

 憬は来客用リビングで編集者とある小説の出版に向けた打ち合わせをしていた。

 小説のタイトルは『hole(ホール)』。“心の穴”をテーマに男に捨てられ“声”を失った画家の主人公と、誰にも言えない秘密を抱えている駆け出しの小説家による二十歳(はたち)の歪んだ恋愛を生々しく描いた最新作。

 

 無論、黒山の大作映画とは“全くの別件”だ。

 

 「この調子で原稿が通れば、予定通り8月中の出版に間に合いそうですね」

 「そうだね」

 

 小説というものは1人でただ黙々と文章を書き連ねていくイメージがあるが、本来は本を出す出版社との二人三脚で企画やプロットから始まり、何回もの修正を繰り返しながら編集者と共に1つの原稿を作り上げていくものだ。

 そして完成した原稿は校正・校閲者の元に届けられ、彼らによる“検問”を突破して初めて世に出回ることを許される。

 

 

 

 「それにしても驚きましたよ。この小説が映画化されるということを知った時は」

 「・・・ごめん。阿笠(あがさ)さんにそんな話したっけ俺?」

 

 彼女の一言に、憬は思わず呆気にとられる。

 少なくとも俺がこの小説を映画化する前提で書いているということは現時点では“2人”しか知らないはずだ。

 

 そんな予期せぬ質問をしてきた彼女の名前は阿笠寧々(あがさねね)。この小説の編集者である。まだ25歳で単独での担当は初めてだというが、少しでも疑問に感じたことは変に気を遣わずありのまま伝え、物怖じせずクールに課題を与えてくる。一人前になったばかりの若手ながら、寧々は肝が据わっていて編集者として目の付け所もいい。

 

 「実は・・・編集長と天知さんが弊社のオフィスで話し合いをしているところを偶然通りがかってしまって、思わず盗み聞きして今回のことを知りました」

 

 物事をいちいち解説のように組み立てながら話すようなところが、彼女の真面目で愚直な人柄を表している。

 その反面として、真面目な割には妙に怖いもの知らずなところがあるという二面性も併せ持つが。

 

 「阿笠さん・・・どこまで聞いたかは問わないが、この話は絶対に口外しないで欲しい。絶対だ」

 「・・・そうですよね。細かくは聞き取れませんでしたが天知さんも『この話はまだ寝かせておいて下さい』と言っていた気がしますから」

 

 流石は天知だ。目の前に転がってきたものが少しでも金になると分かるや否や、すぐさま関係者各所のところへ神出鬼没に現れては、大金とその見返りとなる “良い話”をばら撒いていく。

 

 「相変わらず出版業界でも人気者なんだねあいつは」

 「はい。天知さんの腕にかかればどんな作品でも大ヒットしますからね。おかげさまで映画にドラマに舞台と大変世話になっていますよ」

 

 天知心一の名は、今や映画界や芸能界に留まらず、出版業界でもよく知られている。

 

 「でもあの人ってあまりいい噂を聞かないんですよね。プロデューサーとしては本当に優秀ですけど根っからの守銭奴で目を付けた役者には“良い話”と称して過剰なプロモーションで売り込もうとしたり、作品の為なら手段を選ばないようなところがあるという話をよく聞くと言うか」

 「基本、あいつの行動原理はプロデュースする作品や目を付けた役者が金になるかならないかだからな。腕は確かだが、人間性は褒めたもんじゃない」

 「やっぱり、噂通りなんですね。味方になると誰よりも心強いのですが、私はどうしても天知さんという方を好きになれないです」

 「あまり気にするな。大方の同業者はそう思ってるよ」

 

 プロデューサーとしての優秀さは誰もが認めざるを得ないが、金の為なら手段を選ばず人の感情を平気で逆撫ですることも厭わない悪名高き守銭奴。

 

 プロデューサー・天知心一とはそういう男だ。

 

 「でも何故、そこまでして映画に拘るのですか?これまで作品の映像化をことごとく断ってきた先生が自ら、映画化して欲しいと頼み込んだなんて信じられないです」

 「何だ失望したか?メディア嫌いの “孤高のベストセラー作家”がすっかり“軟派”に落ちぶれたことに」

 

 あまりこの件について答えたくない憬は、寧々にわざと揶揄(からか)うような態度をみせる。

 

 「そうじゃなくて!・・・理由を聞いているんです・・・すいません。感情的になってしまいました」

 

 すると寧々は、如何にも申し訳なさそうな顔で俺に頭を下げる。ほんの少しだけからかうつもりで言っただけだが、こんな感じで本気で謝って来られると胸が痛む。

 

 「いや・・・今のは俺が謝るべきだ。ごめん」

 「あの・・・どうしても言えないのならやっぱり大丈夫です。すみません・・・変なことを聞きました」

 

 そう言うと彼女は再び頭を下げて謝る。

 

 はっきり言って今回の一件ばかりは、是が非でも寧々を巻き込みたくないと思っている。そもそも彼女のような正直で真っ直ぐな人間が、こんな“危険な吊り橋”に足を踏み入れて良いはずがないのだから。

 

 「友人との約束を果たすため・・・俺の口から言えるのはそれだけだ」

 

 そんな彼女に説明できるのは、せいぜいその程度の言葉だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「ところで阿笠さん。1つだけ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 「何でしょうか?」

 

 そう言えば、ある映画を観てからずっと気になっていたことが1つだけあった。

 

 「ついこの間観た映画で阿笠さんによく似た女優がいたんだけど、名前が出てこないんだよね」

 「・・・似ていると言うか、多分それって私の妹だと思います」

 

 思い出した。先週に偶然鑑賞した映画で助演として出演していた彼女。今どきの若手にしては珍しく繊細かつ没入の深い演技を武器にしている典型的な演技派で、主役を喰うような派手さはないが観終わった後も妙に彼女の芝居が頭に残っていた。 

 

 「・・・もしかして、“阿笠みみ”のことか?」

 「はい」

 

 今のところスクリーン以外では目立った活躍はないが、遅かれ早かれ開花(ブレイク)する日が来ることだろう。

 

 「先生もご存じなのですか?妹の美々(みみ)のこと」

 「彼女の出演している映画を一度だけ観た。彼女は今いる10代の女優にしては貴重な演技派だ。特別に華があるわけではないが、実に繊細で良い芝居をする役者だよ」

 「華がない」

 「ああすまん、決して女優として華がないということじゃない。彼女には彼女にしか出せない魅力があるってことだ」

 「無理にフォローしなくてもいいですよ。美々はそういうタイプの役者ではないので」

 

 ついやってしまう、悪い癖。役者の話になると相手の気持ちを考えずに話してしまう。

 何度も治そうと心に誓っているが、芝居から離れて10年が経とうとする今でも油断したらすぐに出る。

 

 「でも俺は煌びやかで洗練された役者よりも、あんたの妹のような人間臭さのある役者の方が好きだ」

 「・・・そうですか」

 

 役者にはそれぞれ十人十色で違った魅力を持っている。大事なのはその魅力を正しく周りの“保護者”たちが磨いてあげるということ。

 

 「あの・・・もしよろしければ、私の話を聞いて頂けますか?」

 「・・・相談があるなら乗るよ」

 

 寧々が妹の美々のことを気にかけているということはすぐに察することができた。

 

 「本当は心の底から美々のことを応援したいのですけど、どうしてもこの先が心配なんです」

 「心配・・・それは美々さん自身のことか?」

 「・・・はい」

 「もし阿笠さんが大丈夫なら美々さんの話を聞かせてくれないか?彼女のこれからのために」

 

 憬は芸能界という異端な世界を見てきたからこそ、ここまで妹の美々を気にかける寧々の気持ちが痛いほど分かる。

 寧々もまた、そんな誰にも相談できないような悩みを打ち明けられるのは美々の憧れでもある憬しかいなかった。

 

 「美々は元々じっくり時間をかけて役を落とし込むような役作りをする役者です。今でこそ美々は純粋に芝居を楽しんでいるみたいですが、当然女優として売れて行くとスケジュールも多忙になり自分の意思に反するような仕事も強いられると思います。その時に下手な人に目を付けられて自分を見失って、やがて壊れてしまわないか・・・それが恐いんです。美々は良くも悪くも真面目で正直者なので」

 

 寧々の話を聞く限り、美々のような正直者(役者)はテレビの世界で広告塔として活躍するよりも名だたる映画監督や劇作家たちと共に自分の芝居をじっくり追求する方が幸せなのかもしれない。

 でもそんな幸せを決められる権利は俺たちにはない。そんな俺たちが出来ることは限られている。

 

 こんな時、彼女にとって“親となる存在”はどうやってその幸せを正しい方向へ導いていくのだろうか。そもそも幸せって、一体何なのだろうか。

 

 「美々さんはきっと、その覚悟を持ってこの世界に飛び込んでいったんだと思う。そうじゃないとあんなお芝居は出来ないよ」

 

 俺がまだ10代のガキだった頃、かつての恩師は言っていた。“芝居が商業活動である限り俳優は商品”であるということ。そしてその事実に“生かされる者”もいれば“殺される者”もいるということ。

 

 「この先どうなるかなんて誰にも分からない。でも彼女が芝居を続けることに喜びを感じている間は、素直に応援してあげることが一番の支えになると思う。他人の幸せは誰にも決められないしね」

 

 それでも役者たちは現実にもがき、現実と戦い続けてきた。やがてそれは、眩い光となって今日も世界中を照らし続けている。

 

 「って役者を辞めた俺が言ったところで説得力は皆無だよな」

 

 そう言って憬は場を和ませるように寧々に向けて自嘲気味におどけてみせる。

 

 「そんなことないですよ。先生の言葉は、説得力の塊のようなものです」

 「説得力の塊?」

 「はい。芸能界の表と裏の両方を見てきたであろう先生だからこそ言えるアドバイスかと」

 「・・・なんかちょいちょい俺のこと馬鹿にしてね?」

 「馬鹿になんてしていません。これは本心です」

 

 今更言うことではないが、どうやら妹の愚直さは姉譲りのようだ。悪気のない正直者ほど、(タチ)の悪いものはない。

 こんなことで言い争っても仕方がないのですぐに俺は話を戻した。

 

 「少なくとも、美々さんが女優として開花する日は遅かれ早かれ必ず来るよ」

 「・・・そうですか」

 「派手さはないが間違いなく役者として光るものを持っているからね。演出家次第ですぐに化けるよ、彼女は」

 「・・・そう言ってもらえると美々もきっと喜びますよ。美々は役者として今でも先生のことを尊敬していますから」

 

 少しばかりの照れを隠しつつ寧々は静かに答える。

 美々が尊敬してやまない女優・環蓮と共に、憬もまた彼女にとっては尊敬すべき役者の1人である。偉大な先輩からの有難い言葉を、寧々は美々の分まで噛みしめる。

 

 “俺なんかを尊敬しているのか、あんたの妹は”

 

 そんな寧々を、憬は複雑な思いで見つめる。

 

 「でもやっぱり恐いんですよ。芸能界って何が起こるか本当に分からないじゃないですか」

 

 複雑な感情を内にしまい込み、憬は引き続きアドバイスを続ける。

 

 「芸能界に足を突っ込んだ以上、そういう危険とは常に隣り合わせだ。時には矛盾と理不尽という受け入れ難い苦痛にぶち当たる。正直者の役者にとっては尚更だ。恐らく美々さんにもその“苦しみ”が多少なりとも襲い掛かってくる日がいずれ来ると思う」

 「じゃあやっぱり美々は」

 「でも美々さんにとって“帰る場所”さえあれば、どんな困難があっても彼女は自分を見失わずに済む」

 「帰る場所、ですか?」

 「そう。だから“寧々”さんは彼女にとっての“帰る場所”として支えてあげて欲しい」

 

 今の俺が寧々に出来る、精一杯のアドバイス。

 常に自分を俯瞰してくれる存在がいるから、どんなに芝居に飲まれようと自分を見失わずにいられる。それはどの国の役者であろうと万国共通の処世術だ。

 

 “全く、役者として“終わった”男が今更何を言っているのやら”

 

 気が付くと打ち合わせは、いつの間にか人生相談となっていた。

 

 

 

 「刊行に向けた打ち合わせのはずが、すっかり人生相談になってしまいましたね。すみません」

 「いや、俺の方こそすまない。こんなアドバイスぐらいしか出来なくて」

 「いえ、とんでもないです。こうして先生の話を聞いていたら、今の幸せそうな美々の姿を見て余計な心配をしていた自分が馬鹿らしく思えてきました」

 「でもそうやって心配してくれる存在がいることが何よりも大事だ。馬鹿らしく思うことなんてない。支えになってくれる人がいるかいないかじゃ大違いだからね」

 「・・・はい」

 「説得力あるだろ?俺が言うと」

 「そうですね」

 

 ちょっと年下をからかってやろうかと思ったら悪意のないすまし顔の返り討ちを喰い、地味に消えたくなるような恥ずかしさが全身を襲う。もちろん消えはしないが。

 それでも何やかんやで掛け持ちの片方がひとまずこうしてひと段落を迎えると、気分はどことなく晴れやかになる。

 

 「今日は本当にありがとうございました」

 「あぁ、こちらこそありがとう」

 

 こうして互いに会釈をして全てがひと段落しようかという時、憬は寧々にある真実を打ち明ける。

 

 「最後に1つだけ聞いておきたいことがある」

 「はい、何でしょうか?」

 

 すると憬は淡々と寧々に問いかける。

 

 「もし俺が、あんたのことを物語を書くために利用していたら・・・どう思う?」

 「・・・もしかして、私のことを利用してます?」

 

 寧々の問いに憬は悪びれる様子もなく

 

 「利用したよ」

 

 と、寧々の目を真っすぐ見つめて言い放った。

 

 1つの物語を作り上げていくピースは、ふとした日常に転がっている。ヒントになるものはどんな些細なものでも利用する。例えそれが他人の人生であっても。

 役者だってそうだ。自分ではない他の誰かを演じている時点で、既に他人の人生を利用しているようなものだ。

 

 そんな人としての道を踏み外した奴らが追い求めてやまない“常軌を逸した喜び”が、常人から理解されることは稀有なことだ。

 

 「失望したか?」

 「いえ・・・異論は全くないです」

 「本当にそう思ってるのか?」

 「確かに人としては褒めたようなものではないかもしれませんが、私は先生が“小説家”として間違っていると思ったことは一度もないです」

 「(さり気なくディスられた?)・・・そうか?」

 「これはあくまで個人の見解ですが、人の人生を書くということは、誰かの人生を利用するということ。そしてその積み重ねがないと、読者の心を打つ小説は書けない。だから、夕野憬の小説はあれだけ多くの人から愛されていると私は思っています」

 

 今までの担当5人に全く同じことを打ち明けたら、全員揃ってその日を最後に俺の元を離れていった。結局そいつらは俺の書く物語(生き様)ではなく、手前の文章しか見ていなかった。

 

 「・・・愛されているのか。俺の作品は」

 「当たり前じゃないですか。そうでないと5作連続で賞なんて獲れないですよ。中身がどうであれ、私はそんな夕野先生の表現する“生き様”を心から尊敬しています」

 

 俺は一部の心無い声と手前の文章しか見ていない出版社の人間に過敏になり、寧々のような純粋な読者の声に耳を傾けることを久しく忘れていたのかもしれない。

 7つ年下の担当“その6”からこうして己の未熟さを痛感させられるとは思っても見なかった。そしてようやく思い出した。大切なのはそんな俺の物語を心から愛してくれる読者の声であるということ。

 

 

 

 「阿笠さん。もし次の物語が思い浮かんだら、その時はまた頼みます」

 

 帰り際の寧々に憬は声をかける。尊敬している小説家からこうして『次も頼む』と言われた時ほど、やりがいを感じる時はない。

 

 「そう仰って頂けて本当に光栄です。次作もよろしくお願いします」

 

 すると寧々は“嘘のない笑顔”で会釈し、憬の部屋を後にする。

 

 

 

 そんな彼女の正直で純粋(まっすぐ)な心すらも、俺は自分の物語の為に利用する。

 




本来であればscene6はこれと二部構成みたいな形にする予定でしたが、尺が長いわどちらも主張が強すぎるわということで分けました。

分かる人には分かりますが、シングルのカップリングにするはずが主張が強すぎてアルバム送りにされた佐倉市出身のロックバンドさんの曲と同じような理由です。はい。

そしてまさかあのキャラクターがこんな形で登場するとは、そう思った方も1人くらいはいるのではないでしょうか?

彼女の為に言っておきますが、彼女だって十分役者としての才能はあるんです。夜凪がおかしいだけなんです。ていうか「阿笠さん」ってすげぇ言いづらそう。

ということで2章もよろしくお願いします。


10/31追記:劇中の小説『hole』のあらすじを少し変えました(今後のストーリーの展開次第ではまた変わっていくかもしれませんがご了承ください)

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