或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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【人物紹介】

・百城千世子(ももしろちよこ)
職業:女優
生年月日:2001年4月1日生まれ
血液型:AB型
身長:157cm

本名:城原千夜子(きはらちよこ)


#004. 憧れ

 中野区の一等地に校舎を構え、全国でも数えるほどしかない芸能コースを設ける“芸能人御用達”の進学校、霧生(きりゅう)学園高等学校。この高校の出身者には数多くの著名な芸能人がおり、大手芸能事務所・スターズの社長であると共に“天才女優”として国民的な人気と支持を集めていた元女優・星アリサの息子にして、ウルトラ仮面で今や“ニチアサの顔”となっているスターズが誇る人気イケメン俳優・星アキラ。“芸能人好感度ランキング例年1位”にして“視聴率女王”の異名をもち、今年は既に4本のドラマで主演を務めることが確定し、再来年の大河ドラマ『キネマのうた』で主演であり“日本一の女優”として語り継がれている薬師寺真波(やくしじまなみ)を演じることが発表されたばかりの国民的トップ女優・環蓮。更には5年連続で“芸能人抱かれたい男ランキング1位”に選ばれるほどの甘いマスクと、ただの二枚目に収まらない幅広い演技力を武器にドラマや映画で活躍する“王子”こと、カメレオン俳優・一色十夜の母校としても有名である。

 

 無論、これらの錚々たる顔ぶれはあくまで“ほんの一例”であり、著名な卒業生の数を上げるとキリがない。

 

 「ねぇ、あれって“なっちゃん”じゃない?」

 「嘘・・・ほんとだ学校来てる」

 

 そして現在、そんな著名人(スター)を多数輩出している霧生学園に通っている在校生の中でも特に名前が知られているのは、共に17歳の2人の少女だ。

 

 「やっぱり生で見ると新名(にいな)さんって“オーラ”があるよね~」

 「だって“なっちゃん”は今年の6月にあった道グループ&坂道グループの合同選抜総選挙で毎年上位7位を独占してた道グループ(ライバル)の“七神(しちかみ)”に割って入る3位を取った“紀伊国坂(きのくにざか)のエース”だからね。シングルのセンターは“不動のセンター”って呼ばれてた1期生の“やまち”の7回に次いで5回も取っていて、歌と踊りは紀伊国坂の中でもダントツで上手いし、かわりにトークはちょっと苦手だけどあの歌ってるときとは正反対な“オドオド”した感じのギャップもまた可愛いし、もうなっちゃんしか勝たんわ」

 「あははっ、ほんとマナって新名さんのこと好きだよね」

 「だってなっちゃんは“推し”だから。ファンが“推し”を応援するのは当然でしょ?」

 「それはもちろん。でも寂しくなるよね~、そんな“紀伊国坂のエース”が来月の後楽園ドームのライブで卒業しちゃうなんてさ」

 「うん・・・元々なっちゃんが女優志望なのはファンの間じゃ割と有名な話だったから“推し”としては本当の夢に向かうなっちゃんのことは応援したいけど・・・紀伊国坂で踊ってる姿を拝められるのもとうとう見納めか・・・・・・卒業公演終わったら絶対“ロスる”自信しかないわアタシ」

 「心中お察しします」

 

 

 

 新名夏(にいななつ)。“日本一のアイドルグループ”として知られる桜田通り48(さくらだどおりフォーティーエイト)と双璧をなすアイドルグループ・紀伊国坂46(きのくにざかフォーティーシックス)の2期生メンバーにしてCMの起用数やファンの数も紀伊国坂の現メンバー内では最多の人気を誇る“紀伊国坂のエース”。ファンやメディアからは“なっちゃん”の愛称で親しまれ、アイドル業界の中でも“実力者揃いのアイドルグループ”として知られている紀伊国坂46の中でも歌唱力とダンスの技術は群を抜いており、一昨年に卒業し“不動のセンター”の異名をとった1期生・東山知花(ひがしやまちか)(愛称:やまち)と共に、“今日(こんにち)の紀伊国坂46の人気と栄光はこの2人を無くして語れない”と業界から語られるほどのグループの功労者でもある。

 

 

 

 “・・・あぁぁやばいやばい久しぶりに登校したらなんか色んなところから視線を感じて緊張する・・・・・・いやいや落ち着け、落ち着くんだ新名夏・・・大丈夫、ここにいる人たちはみんな“無害”・・・これまで何万人もの観客(ファン)を前に何度も歌って踊ってきただろ私・・・!

 

 

 

 ただその反面“緊張しい”なところがあり、バラエティー番組などでは不意に話題を振られると緊張してつい“オドオド”とした態度をとってしまうなどフリートークはやや不得手だが、そういった“ちょっとポンコツ”な素の部分も含めて新名夏という偶像(アイドル)、何よりも彼女自身そのものの魅力であり、“スターズの天使”として大衆から愛され続ける若手トップ女優・百城千世子と同じように彼女もまた“紀伊国坂のエース”、そして“なっちゃん”としてアイドルの境界を飛び越えて大衆から愛されている。

 

 

 

 「・・・ねぇ?あれってカナの“推し”じゃない?」

 「えっ?いやいやただでさえ“なっちゃん”でもお腹がいっぱいなぐらいなのにさすがに・・・・・・ってホントに来てる!?」

 「シッ、声がでかいってカナ」

 「だって“千世子ちゃん”だよ?この間の夏休みに突然渋谷に現れてトゥイッターのトレンドを独占した“天使”が私たちと同じ制服を着て霧生(ここ)に来てるんだよ!?・・・ただでさえテレビに映画に引っ張りだこで全然学校に来てなかったから・・・そりゃ驚くって」

 「それを言うならなっちゃんも一緒でしょ・・・でも意外とプライベートの“天使”って地味なんだね?」

 「騙されないでマナ。あれは大人しめな髪型と眼鏡でオーラを消してるだけだから・・・でも、あんな“絶妙に地味な眼鏡*1をかけてもやっぱり可愛さは隠しきれない千世子ちゃん・・・・・・マジ天使

 「カナってたまに人を褒めてるのかディスってるのかわかんなくなるよね」

 

 

 

 百城千世子。“スターズの天使”として活躍する大手芸能事務所・スターズ所属の若手トップ女優。“天使”と称される唯一無二の可憐で煌びやかな出で立ちとは裏腹に、撮影においては自分のカメラ映りや自分を映すカメラの性能を完璧に把握する驚異的な“俯瞰力”も持ち合わせ、時にはその“俯瞰力の高さ”で共演者のNGすらもフォローしてOKシーンとして成立させてしまうほどの役者としての“立ち回り”の巧さや演技に関する器用さは、関係者や評論家からも非常に高く評価されており、そんな彼女の“プロ意識”の高さと“カリスマ性”を慕う同業者も多い。

 

 また女優としての育ての親でもある星アリサが“必ず大衆の心を虜にする私の最高傑作”と称するように、彼女は自分の“商品価値”を完全に理解し、そして“幼く、無邪気で、悪戯で、それでいて美しくあること”がいかに自分を視る“観客”を“”にするのかを熟知している、大衆から愛されるべくして愛された“天使”である。

 

 

 

 “・・・やっぱり“門”の中に入っちゃうとこれぐらいの“変装”じゃ通用しないかー・・・・・・ま、正門に入るまでは誰にも気づかれなかったから今日も“わたしの勝ち”だけどね

 

 

 

 ただし、そんな1人の“女の子”が“天使”として今の地位と人気を確立するに至るまでには密かに重ね続けた10年にも及ぶ“血が滲むほどの努力”が秘められているということは、ごく限られた人しか知らない。

 

 

 

 「・・・ていうかさ・・・“あの2人”が同じ日に霧生(がっこう)に来たのって、いつぶりだっけ?」

 「アタシの記憶が正しかったら・・・・・・4月の始業式以来?」

 「はぇ~・・・これは隕石が降ってくるやつだわ」

 「“自然災害”が起きて大混乱になるのだけは勘弁だよ」

 

 “紀伊国坂のエース”と、“スターズの天使”。誰もが知る2人の人気者(スター)が約5ヶ月ぶりに揃って学校に登校したこの日、霧生学園は静かな高揚と物珍しさを含んだような独特の緊張感に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 “・・・神様仏様天使様・・・どうか屋上に誰もいませんように・・・”

 

 午前中の授業を終えた昼休み。私は周りの人目を気にしながら階段を上った先にある屋上に繋がる扉をそろりそろりと開ける。この学校は珍しく屋上が解放されているから、こうやって“何食わぬ顔”で階段を上って外に出ても、誰一人すら文句を言わない。多分。

 

 “よし!・・・今日は誰もいない・・・”

 

 閉ざされていた扉を開けて、快晴の青空に照らされた学校の屋上にいるのが“自分だけ”だということを知って、思わず安堵する。これまでコンサートや握手会で何千何万のファンの人たちを相手にしてきたはずなのに、未だに私のことを“野次馬のように視る人たち”から無作為に視線を向けられると変に緊張して無駄に疲れてしまう。

 

 “・・・やっぱり休み時間は1人に限る・・・”

 

 自分でも度々、“こんな人見知りでよく紀伊国坂46の“センター”になれたな”って思う瞬間がある。まさに今だってそうだ。

 

 そもそも私は小さい時からみんなでガヤガヤと遊んだり話したりすることが得意じゃない人見知りで、アイドルや業界の“イロハ”を教えてくれた1期生の先輩方や不器用な私を慕ってくれる3期生と4期生の後輩たち、そして時に競いつつも1分1秒を互いに支え合ってきた同期のメンバーと共に応援してくれる観客(ファン)を前に歌って踊り続けていたら改善できたかと言われても、やっぱり根っこにある“人見知り”なところは全く治らず、今日もこうして昼休みに周囲の雑音を避けて屋上で1人、空を見上げている私。あぁ、来世は陽キャかパリピに生まれ変わりたい・・・

 

 “・・・さて、誰も“見てない”ことですしぼちぼちとやりますか・・・”

 

 そんなときはもちろん、“自主練”をするに限る。ていうか、今日だって“そのため”に屋上(ここ)に来た。

 

 “今の出来(まま)で卒業なんてしたら・・・・・・女優になることを許してくれた“みんな”に顔向けできないし・・・

 

 先週のMステ。“最後のセンター”になった私のために冬木(ふゆき)先生が書いてくれた曲なのに、もしかしたら最後のMステになるかもしれないのに、あんまり上手く踊れなかった。みんなは“ちゃんと上手く踊れてた”、“いつも通り輝いてた”って1ヶ月後には卒業してしまう“裏切り者”同然の私のことを労ってくれたし、傍から見たらきっといつも通りに視えていたのかもしれない。

 

 だけど・・・“いつも通り(あんなザマ)”のままじゃ今まで頑張ってきた“5年間”が全部無駄になる。アイドルを卒業してずっと憧れ続けていた“女優”になれるからと手放しで喜ぶような人は、一生“”なんて掴めやしない。

 

 

 

 生半可な覚悟で・・・私はアイドルを辞めるわけじゃない・・・

 

 

 

 「・・・ワン、トゥ、スリー」

 

 自分以外の誰もいない学校の屋上のど真ん中に立って、私はカウントを合図に先週のMステでうまく踊れなかった曲のサビを歌い踊る。

 

 「君 の 心 に 天 使 が 舞 い 降 り た ら ~

 

 

 

 

 

 

 “私の将来の夢は、女優になることです

 

 小学校の卒業文集に書いた将来の夢。これを読んだクラスメイトたちの反応は“えっ?恥ずかしがり屋な夏ちゃんが?”とか、“いやいやなっちゃんに女優さんは無理でしょ“とか、“新名が女優になってる姿なんて想像つかない”とか、ほとんどがバカにするか懐疑的かのどっちかだった。もちろん“そんなことないよ”と言って反論してくれた友達もいたけれど、私は表立って先頭に立つクラスのリーダーのようなタイプでもなければ、隣のクラスにいたカリスマみたいな“独特の存在感”でクラスのみんなから一目置かれていた“孤高の美少女”でもない、クラスで3番目ぐらいに勉強ができること以外は特にこれと言った取り柄のない地味で目立たないただの人見知り。そんな端役(モブ)みたいな子がいきなり“女優になりたい”なんて言い出したら、そりゃあみんなから“嘘だろ?”って思われても仕方なかったし、自分をバカにする言葉に私は何も言い返せなかった。

 

 そもそもあの頃の私は、テレビの中で華々しく活躍する芸能人に憧れておきながら“どうすれば女優になれるか”なんてちっとも分かっていなかったから、言い返せなかったのは当然のことだった。それでも卒業文集の将来の夢に“女優になりたい”と書いたのは、隣のクラスにいた“孤高の美少女(憧れの人)”に少しでも近づきたいと思ってしまった、あまりに無謀な思い上がりだった。

 

 “『こういうのがあるんだけどナツはどうかな?』”

 

 だけれど幸か不幸か、転機はすぐに訪れた。私が思い上がりで卒業文集に書いた将来の夢を知ったお姉ちゃんが、“ちょうど新メンバーを募集している”というオーディションのサイトを見せてくれた。

 

 

 

 “紀伊国坂46_新メンバー募集開始_未完成なキミは_世界で一番美しい_

 

 

 

 そのオーディションは、私が小学生のときからアイドルグループとして超が付くぐらい人気だった“桜田通り48”を中心とした“道グループ”の“ライバル”となる“坂道グループ”の第一弾として誕生したアイドルグループ、“紀伊国坂46”の2期生を募集するオーディションだった。

 

 “・・・女優じゃないんだ・・・

 

 お姉ちゃんからオーディションのことを聞かされたとき、私はあんまり喜べなかった。自分がなりたいと思っているのは女優なのに、どうして私がアイドルなんかと。確かにアイドルもアイドルで華やかで“いいなぁ”と子供心ながらに思っていたこともあったかもしれないけど、それは私にとっては“本当の夢”じゃなかった。

 

 “『なり方が分からないで悩むくらいだったら試しに受けてみればいいじゃん。多分だけど、これはナツが将来の夢を叶えられるまたとない“絶好のチャンス”だって、私は思ってるから』”

 

 それでも勇気を込めて書いた将来の夢を全部肯定して背中を押してくれたお姉ちゃんの言葉が本当に嬉しくて、私は2期生のオーディションを受けることを決めた。お父さんとお母さんも最初に打ち明けたときは少しだけ心配そうだったけど、お姉ちゃんが説得してくれたおかげで私の夢を応援してくれるようになった。

 

 

 

 “『紀伊国坂46、2期生最終オーディション・・・最後の合格者は・・・・・・エントリーNo.99、新名夏。おめでとう』”

 

 

 

 こうして家族総出で背中を押された私は、凄まじい倍率のオーディションを勝ち抜いて晴れて“最年少メンバー”として紀伊国坂46の2期生の1人に抜擢された。正直、2期生入りが決まった瞬間は自分が選ばれた喜びよりも、圧倒的に“えっ?私?”という驚きが大きかった。だって私は2期生に選ばれた同期の誰よりも踊りがぎこちなくて、誰よりも歌が下手くそで、最初から最後まで緊張しっぱなしで、褒めるべきところなんてほとんどなかったからだ。

 

 強いて褒めるところを上げるとしたら、最終オーディションまでに自分の中でやれることは全部やれたことと、どんなに不安と緊張でボロボロになっても“折れずに最後までやり切る”ことが辛うじて出来たぐらいだった。それが精一杯だった。

 

 女優だってアイドルだって、どちらも“一発勝負”で全てが決まってしまう世界。そんな一発勝負の本番を終始“ボロボロ”のまま終えた自分が選ばれたという現実(こと)が、まるで起きたまま夢を見ているように思えて実感が全く湧かなかった。

 

 

 

 “『キミは誰よりも“未完成”だった。だから僕は新名君(キミ)を選んだ』”

 

 

 

 “選ばれた理由”を分からずに困惑していた私に言ってくれた、プロデューサーの冬木先生からの“静かな激励”。

 

 “未完成だから私を選んだ”という冬木先生の言葉は、文字にすると独特に思えて今一つ伝わりづらくなるけれど、何度も不安と緊張で心が押しつぶされそうになりながらもどうにか自分なりに精一杯の力を出し切って合格(ここ)まで辿り着いた過程を経た私には、冬木先生の激励に隠された“意味”がすぐに分かった。

 

 

 

 “未完成な人は、誰よりも前に進める。未完成な人は、どこまでも高く()べる

 

 

 

 2期生の一員としてメンバー入りした私は、冬木先生の言葉を座右の銘にして周りに追いつこうと必死に頑張った。とにかく私は同期の中では誰よりも“実力”がなかったし、決して物事を器用にこなせるタイプの人間じゃないから、誰よりも足りていない実力をつけるために“技術”を磨き上げる作業(こと)に時間を費やした。レッスンがあるときは誰よりも早く稽古場に向かって誰よりも長く振付の練習や体幹を鍛えるトレーニングをして、ボイストレーニングのときは無理やり講師の先生に頼み込み“休日返上”で付き合ってもらったこともあった。

 

 そしてレッスンが終わったら講師の先生や同期の仲間から撮ってもらった課題曲のダンスをしている動画を視て、時には寝る時間すらも犠牲にして改善点を徹底的に分析してノートに書き留めて、それらを元に自分の踊りを修正していく作業を日々続けた。もちろん学校の勉強も疎かになんてしなかった。アイドルになったからと言ってそれ以外のことを蔑ろにしていたら、こんな“未完成”な私を選んでくれた冬木先生(恩師)や一緒に“目標(センター)”を目指して毎日戦っている同期の戦友(ライバル)、そして隣のクラスにいた“憧れの人”を想い続けてここまで頑張ってきた自分を裏切ってしまうことになるから。

 

 それに、どんな形であれ“自分が1番”だということを証明しなければ“本当の夢”が夢のままで終わってしまう気がしたから、アイドルになったからには実力で“トップ”になってみせるということは、座右の銘を頂いた日からずっと決意していた。

 

 

 

 “『あの、皆さん・・・こんな私ですが、ありがたいことに次のシングルでセンターを務めさせていただくことになりました・・・』”

 

 

 

 幸運なことに、努力はそのまま“数字(かたち)”になって私のところに返って来た。14歳のときに初めて選抜メンバーに選ばれてからはずっと選抜(そこ)に定着し、紀伊国坂46がライバルの桜田通り48に次ぐぐらいファンの数も世間からの注目度も上がっていく勢いに後押しされるかのように、高校1年になった頃には“不動のセンター”と呼ばれていた知花先輩やキャプテンの光希(こうき)先輩をはじめとした1期生の先輩方とセンターの座を対等に争えるまでになり、果てには“次期エース最有力候補”とまで言われるようになった。

 

 もちろんそこまで周囲が“期待”をしてくれる領域まで辿り着けたのは私が誰よりも“努力”したからとかじゃなくて、紀伊国坂46を応援してくれている“ファン”の人たちや一緒に戦うチームの仲間たちの支えがあったからだ。

 

 “努力が報われる”人が本当に数えるほどしかいないこの世界で、出会いに恵まれ、出会いを糧にして自分が“やるべきこと”をただ馬鹿みたいにやり続けた“努力(モノ)”が結果になってちゃんと返って来ているアイドル(いま)の私は、これ以上ないくらいの“幸せ者”だなってつくづくと思っていた。

 

 

 

 “『キャプテン(コウ)とわたしが今日まで歩いてきたみんなの5年間を思う存分引っ張ってきたように、 “なっち”は上に1期生(わたしたち)がいるとか関係なく2期生と3期生、そしてこれから入る4期生のみんなを思う存分引っ張っていってほしい・・・・・・紀伊国坂46の“未来”は・・・・・・“なっち”にかかってるから・・・』”

 

 

 

 そして16歳になったばかりのクリスマス。紀伊国坂46の5周年を締めくくるスーパーアリーナ公演が終わった直後、私はこの日の公演をもってグループを卒業する知花先輩から直々に“エース”を託された。アイドルの道に進んでからずっと1つの目標にしてきた、“不動のセンター”としてステージの先頭に立ってキャプテンの光希先輩と共にチームを引っ張る、強くてかっこよくて優しくて芯のある替えの利かない“1人のアイドル”。

 

 

 

 “・・・“女優”になりたかったはずなのに・・・・・・どうして私は“こんなところ”にいるんだろう・・・

 

 

 

 そんな“不動のセンター”の背中に手が届いた先にあったのは、“センター”しか見ることの出来ない綺麗な“満天の星空”だったけれど、“女優になる”という夢を捨てずに“センター”になってしまった私には、目の前に広がる満員の観客が作り上げた“満天の星空”がひどく眩しく見えてしまって、少しだけ息苦しかった。

 

 だけれど再び迷い始めた私の心と反比例して、名実共に国民的アイドルグループとなった紀伊国坂46の勢いはさらに加速していった。

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・・・・はぁ~」

 

 曲の一番の見せ場となるサビを歌い踊り終えて真っ先に口からこぼれたのは、力の抜け切った溜息。振付は完璧。歌声だってほとんどブレていない。表情もちゃんと作れている。“問題”は、ない。

 

 そんなもの、選抜に選ばれ続けている以上は常に出来ていて当然のこと。

 

 1か月後に迫る紀伊国坂46にとって念願となる後楽園ドーム公演にして、“紀伊国坂のエース・新名夏”として最後の晴れ舞台。このまま“終わってしまう”ことは私を支えてくれた“みんな”と、託された“未来”を捨ててでも“女優”になる道を選んだ“自分”が許さない。

 

 

 

 “『冬木先生・・・・・・』”

 

 

 

 でも、強気であろうとする自分と同じくらいのエネルギーを持つ得体の知れない“不安”が、冬木先生に“決意”を伝えた日から常に付きまとっている。“全て”を打ち明けて席を譲ったら幾らか気持ちは楽になると思っていたけど、実際は真逆だった。それだけアイドルとして生きてきた“5年”は大きかった。

 

 “・・・こんな複雑に絡んだ思いを抱えたまま“終わり”に向かうくらいなら・・・やっぱり最初から一筋に女優を目指していれば良かったのかな・・・・・・だって女優はアイドルとは違って“1人(ひとり)”だし、そもそも“卒業”なんて残酷な概念も存在しないし・・・

 

 いやいやいや、弱気になるな新名夏。いま抱えている私の悩みなんて、たった1人しか立てない“センター”の座を目指している戦友(ライバル)心情に比べたら、“不動のセンター”として卒業するまでずっとチームを引っ張っていた知花先輩が抱えていた重圧に比べたら、“キャプテン”として結成からずっとチームを支え続けている光希先輩の抱える責任に比べたら、どうしようもないくらいに“ちっぽけ”なものだ。これぐらいのことでウジウジと悩んでいるようじゃ、“紀伊国坂のエース”の名が廃る。

 

 

 

 こんなことで自分にすら負けているようじゃ、“憧れ”の隣になんて永遠に立てない

 

 

 

 「(・・・よし、次は最初から通しでやって)」

 「今日は良い天気だね新名さん

 「うわ゛ぁ゛っ!す、すみませんっ!勝手に屋上を“占領”してしま・・・って・・・」

 

 弱気になりかけていた心をどうにか鼓舞して“自主練”を再開しようとした背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、おおよそアイドルとは思えない“素っ頓狂”なリアクションで謝り倒しながら振り返ると、目の前には私がアイドルになるずっと前から憧れていた“孤高の美少女(天使)”がいた。

 

 「ふふっ、やっぱり“なっちゃん”は視ていて飽きないからついつい声をかけずにはいられなくなっちゃうよ・・・」

 「・・・・・・城原さん」

*1
原作32話にて、千世子がカムパネルラの役作りで悩む夜凪を連れて渋谷でお忍びデートをしたときに変装用としてかけていた眼鏡




※本編に登場するアイドルグループは、実在するアイドルグループとは一切関係ありません。もちろん“Mステ”も同様です。

ちなみに補足として劇中でなっちゃんが歌っていた楽曲のメロディーは以下の通りです。

(B3) (E4) (F4#) (G4#) (G4#) (G4#) (G4#) (B4) (A4) (G4#) (F4#) (D4#) (E4) (F4#) (E4) (D4#) (D4#E4)




自分で言うのも難ですが、ワンフレーズとはいえメロディーと歌詞が天から降ってくる感覚を初めて体感しました。もし万が一全く同じor瓜二つのメロディーの曲があった場合は、差し替えます。
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