―今回のドラマでは“メソッド演技”を武器にする主演俳優・
『まず司波京一はオレみたいな“役は役、自分は自分”という考えとは対極にいる役そのものに“憑依”する人種の役者ですからね。オレにとって司波京一という役者は演じ方も生き様も何もかもが違う“宇宙人”みたいな存在で理解し難い部分ばかりだったから、まだ1話の脚本が出来てない段階から監督に無理言ってプロットを貰って、“オレならコイツをこう演じるけど、お前は?”っていう感じで
―一色さんは自分とは全く違うとおっしゃっている司波京一ですが、ここは“似ているな”と感じる自分との共通点はありますか?
『何でしょうね?もう根本的に人間が違うので“これ”といったものは思いつかないですね・・・あぁでも、強いて言えば他人が人知れずに抱えている“痛み”とか“心の闇”に敏感で、そういうのを1人で抱え込んじゃってる人を見つけるとつい助け舟を貸したくなるようなところがある、みたいな?・・・多分ですけど、零みたいな子が現実世界で本当に身の回りにいたらオレでもほっとけないと思います。そういう意味では、オレは司波の抱えている苦悩や葛藤がよく分かるんですよ』
―ドラマ『メソッド』のストーリーもいよいよ終盤に差し掛かったわけですが、撮影期間も含めて約半年に及ぶという役作りを経てここまで演じてきた一色さんにとって“司波京一”はどういう存在ですか?
『一言で表すなら“面白い
―最後に、一色さんは今回の『メソッド』が“日劇初出演”ということなのですが、初めて出演する日劇の率直な感想を教えてください。
『やっぱりキャストのみなさんが豪華で実力者揃いなこともあって純粋に楽しいですね。ただその分、共演者が軒並み芝居の上手い方たちばかりなんで、主人公として一人一人の芝居を受け止めながらもオレはオレで誰よりも攻めた芝居をしなくちゃいけないわけだから、撮影はシンプルに疲れます(笑)。でも、本気で疲れたって堂々とこうして愚痴れるってことは、それだけこのドラマの現場の空気を心から“楽しめている”ことだとオレは確信しています。とにかく1つだけ言えるとしたら・・・オレにとって最初の日劇が『メソッド』で本当に良かったな、ってことです』
2018年9月3日_午後5時35分_赤坂_
「お勤めご苦労様です。“
「?・・・・・・なんだ“
赤坂のスタジオで行われたドラマ関連のインタビューを終えて、徒歩2分ほどの場所にある愛車を止めている地下駐車場へ戻ると、30年来の付き合いになる“幼馴染”の芸能プロデューサーの
「ホント、お前って奴は神出鬼没だな」
「先に言っておきますが、私は仕事の都合で“偶然”この場所に居合わせただけですのでお気に召さらず」
「心ちゃんの言葉に1ミリも“信憑性”が感じられないのは日ごろの行いか?」
「一色も酷いことを言うようになったな。かつての君は私のことを尊敬はしていなくとも“信頼”だけはしていたはずなのに」
「“金に取りつかれた悪魔”にまで墜ちた奴をどう信じろっていうんだ?無茶言うなよ」
移動中の変装としてかけているブルーのサングラス越しに、何を考えているかまるで分からない不敵な笑みと無駄にスタイルの良い出で立ちがこの眼に映る。“心ちゃん”こと天知心一という男の芸能プロデューサーとしての腕は超が付くほど一流で、こいつがプロデューサーとして携わった企画は全て大成功を収めているばかりか、“裏で芸能界を牛耳っている”という噂が流れるほどの人脈を持つ言わば“権化”のような存在だ。もちろん、褒めているつもりなど毛頭ない。
「全く、君は誰のおかげで“崖っぷち”からここまで這い上がれたと思っている?」
「当然“オレの実力”に決まっているだろ。違うか?」
「ここ最近の君の様子を見て“スターズの王子様”と呼ばれていた頃と比べてすっかり人間的に丸くなってしまったかと勝手に心配していたが・・・どうやら私の杞憂だったようだな」
俺が自ら芸能界の“崖っぷち”に飛び込んでいった“15年前の諍い”を例に上げて自分の“尊厳さ”を見せつける心一の人間性には、もうすっかり慣れ切ってしまって何の感情も湧いてこない。ただ、俺が
「要らない心配してくれてサンキュー」
そんなこんなで心一とは“幼馴染同士”から“俳優と芸能プロデューサー”、時と場合によっては“ビジネスパートナー”といった具合でずっと腐れ縁的に関係は続いている。
「で?今回は何の用だ?」
だから心一が何の前触れもなくいきなり俺の前に現れるときは、何かしらの“用事”があるということは1秒足らずで理解できる。
「先に言っとくけどこれからオレは姪っ子に食べさせる
「心配する必要はない、今日は“1枚のチケット”を君に渡すだけだから15秒から30秒もあれば終わる」
「
「私はまだやるべき仕事が残っているからね。残念ながら長話はまたの機会ということで」
「フッ、そいつは“残念”だ」
「役者だったらもっと上手く誤魔化して欲しいところだよ」
「にしてもたかが1枚のチケットを渡す為だけにわざわざ“出待ち”までしてオレに会いに来るなんて、心ちゃんは本当に“ファンの鏡”だな」
「実につまらないジョークをありがとう一色」
1ミリたりとも“思っていない感情”で皮肉を交えて感謝を述べる俺に向けて心底呆れたような溜息を交えて嫌味を吐いた心一は、スーツの内ポケットから1枚のチケットのようなものを取り出して俺に手渡してきた。
「・・・“銀河鉄道の夜”・・・・・・
「“演劇界の巨匠”である巌裕次郎に“演劇界のカメレオン”の明神阿良也という“鬼に金棒”な組み合わせに加えて、追加キャストで星アキラも参加・・・今までの劇団天球の舞台とは一味違うことは明らかだ。それに、“日劇”の撮影を終えてひと段落したタイミングには丁度いいかと・・・」
「・・・何となく予想はつくけどオレのスケジュールは誰から聞いた?」
「君の良き“ビジネスパートナー”からです」
「だろうな。チケットの日付を見た瞬間で分かった」
今月末に上演が予定されている演劇界の巨匠・巌裕次郎が率いる劇団天球の舞台、『銀河鉄道の夜』。元となった小説があまりにも有名かつ偉大すぎるが故にこれまでに映画や舞台とあらゆる形であらゆる人たちが“1つの作品”にしてきたが、意外にも彼が“
「・・・とにかく君が観て絶対に損はしない最高の舞台になるだろうから、くれぐれも捨てずにとっておくことをお勧めするよ。では、私は“野暮用”がありますのでこれで」
その巌裕次郎が手掛ける『銀河鉄道の夜』のチケットを手渡した心一は、舞台の最低限な情報だけを教えて颯爽とした足取りで駐車場の出口へと向かおうとした。
「・・・・・・“心一”」
すれ違いざま、俺は心一を本名で呼び止める。普段は幼少期から使っている“あだ名”でこいつのことは呼んでいるが、心一と“どうしても話したい”ことがあるときは本名を使う。そうするとこいつは、俺の言葉に耳を傾けてくれる。それはこいつがかつて“
「・・・お前は“カムパネルラ役の彼女”のことはもう知っているか?」
合言葉で立ち止まった心一に、俺は頭に浮かんだ“予感”を言葉にしてぶつける。
「・・・えぇ・・・無論、存じ上げています」
「・・・そうか」
「では、お疲れ様でした」
そして俺からの問いかけに正直に答えると、心一はそのまま地下駐車場のドアへと歩みを進めて、地上階に繋がる階段を上って行った。こいつは昔から“嘘”だけは吐かない男だということは知っているから、声さえ聴けば返された言葉の信憑性は考えるまでもない。
“・・・夜凪景・・・”
今月末の舞台、『銀河鉄道の夜』でいきなりカムパネルラという大役を任された謎の新人女優・
まぁ、どっちも直接聞けば分かることはあるだろが俺はあくまで部外者に過ぎず、こういう類の話に首を突っ込んだところで“良い思い”はしないことは明白だから、余計な詮索はしないと決めている。第一に俺は役者であって、“宣伝される側”の人間として
“・・・“予感”がする・・・”
しかしながら、こうして何が起きようとも不思議じゃない予測不能な幾つもの思惑が交錯している『
“『1つだけ聞きたいんだが・・・・・・お前、“芝居”は好きか?』”
_ピロンッ♪
“・・・千夜子か・・・”
1枚のチケットから感じる複雑な思惑に不吉とも似つかない“予感”で埋め尽くされた感情が、LIMEのポップな着信音で一気に現実に引き戻される。
これから帰ります
”
買い物して帰ります。
遅くなるようならまた連絡する。
”
「・・・“り”って何だよ(文脈的には“了解”ってことか?)」
“予感”に苛まれていた感情を千世子への返信と共にリセットして、十夜は愛車のDB9へと足を進めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ちょうど同じころ、スケジュール調整を兼ねた来夏に撮影を開始する予定の映画への出演オファーの打ち合わせを終えた千世子を後部座席に乗せ、専属マネージャーである
「どうでしたか?千世子さんから見て監督の國近さんは?」
千世子の自宅マンションへ向かう道中、眞壁は今日の打ち合わせで初めて対面した映画監督の
「うん。今まで会ったことのない
「・・・それは“良い意味”ということでよろしいですか?」
「じゃなかったらマクベスはどうする?」
「眞壁です。じゃなかったらそもそも千世子さんはこのオファーを断っていると思います」
「分かってるならどうして“そんなこと”を私に聞くの?」
「念のための確認ですよ。何せ制作サイドが千世子さんに提示したオファーは明日から
「ははっ、自分から仕事を取ってきたのに随分と私のことを心配してくれるんだね?」
打ち合わせを通じて初めて対面した國近監督の印象を聞く僕を、霧生学園の制服を着た千世子さんの“天使”の如く視えそうで視えない感情と半ば揶揄うかのような態度で笑う琥珀の眼がバックミラー越しに捉える。
「心配はしていないですよ・・・ただ、最近の千世子さんは今まで以上にお芝居を楽しんでいるように私には視えるので」
今まで通りの“スターズの天使”と変わらないように思える、千世子さんからの視線。でも煌びやかに輝いた琥珀の瞳の奥に禍々しく灯る内面の
“『久しぶりに新しい“友達”が出来たんだよ。ほんのちょっとだけ“恐い”ところがあるけど、すごく“面白い”友達でさ』”
自分とは何もかもが対極な存在を生まれて初めて相手にしたことで生まれた“新しい感情”と、自覚し始めた“
「・・・なるべく表に出ないように隠してたけど、マクベスにはバレちゃうか・・・」
そんな自分の“女優としての寿命”を自覚して、“天使の殻”を破ろうと模索し始めた千世子さんに思い切って自分なりの答えを伝えると、千世子さんはどこか物憂げな眼で笑みを浮かべながらあっさりと“負け”を認めた。こうして専属マネージャーとして5年に渡って百城千世子の女優としての活躍をアリサさん以上に近くで支え続けていれば分かる、ここ数か月で静かながらも着実に変わり始めた彼女の心境。
「否定しないんですか?」
「しないよ?だって“本当”のことだから」
「・・・そうですか」
例えるなら、これはある種の“反抗期”みたいなものだろうとマネージャーの僕は勝手に解釈している。生まれたての可愛い赤ん坊だった子どもが人生経験を重ねて視野が広がり始めることで、それまで何とも思っていなかった大人が決めた社会のルールや慣習に疑問を抱いて現実の自分と理想とのギャップに苦しみ始める・・・それは俳優業においても同じことだ。
“『悪いなリュウ・・・・・・俺には“日本の芸能界”っていう世界は狭すぎて生きていけなかったみたいだ・・・』”
「でもさすが・・・マクベスは“元子役”なだけあってそこら辺の人より勘が鋭いよなぁ~」
16のときに単身でハリウッドに飛んだ“リク”のことを不意に思い浮かべていた僕に、右側の車窓に視線を向けたまま千世子さんが個人的に“あんまり触れて欲しくない過去”を交えながら語りかける。
「別に普通ですよ。それと私は確かに“子役”でしたけど、もうそれは“過去”の話です」
「だけど國近さんはちゃんと覚えていたよ?マクベスのこと?」
「えぇ・・・まぁ」
“『あれ?お前もしかして隆之介か?』”
“『えぇ・・・お久しぶりです』”
“『やっぱりか?顔見た瞬間になんか妙に面影あるな~って思ったけど、大きくなったよな隆之介』”
「しかも“主役”の私を差し置いていきなり握手まで求められちゃってさ。ほんと初めてだよ、女優より先にマネージャーに握手をしてきた監督さんなんて」
「はい・・・國近監督の映画に出演したことのある身分とはいえ、監督が無礼をお掛けました」
今日の打ち合わせでの一幕を、千世子さんはわざとらしく拗ねたリアクションで愚痴る。もちろん当の本人はその程度のことなど全く気にも留めていないことは一瞬で分かったが、念のために謝っておく。
「ま、私はちっとも気にしてないんだけどね」
「(年上の大人を揶揄いやがって・・・)そうですか、なら良かったです」
打ち合わせを行った小会議室に約束の16時ピッタリに姿を現した國近さんは、会議室に入り僕と目が合うや否や、隣にいた千世子さんを差し置いて“子役だったときに映画に出演したことのある”僕に握手を求めてきた。言うまでもなくマネジメントをしている千世子さんを差し置いて先に監督と握手なんて“始末書レベル”の無礼をする度胸もつもりもないので、咄嗟に千世子さんを紹介して無礼は回避した。
「・・・って口先では私に謝ってるけど、ほんとは嬉しかったでしょ?」
「何がですか?」
「國近さんがマクベスのことをちゃんと覚えてくれていて・・・」
“・・・そりゃ嬉しいに決まってるだろ・・・あんな“偉大”な人が20年近くの時間が経っても自分の名前と顔を覚えていてくれてたなんて・・・”
「・・・もちろん光栄でしたよ。あの“國近独”から名前を覚えられていたってことは」
心の内側に隠していたはずの本音を暴いてきた後部座席からの言葉に、僕はつい本音で答えていた。
「すいません。私のような分際が図に乗りました」
「今ので図に乗ったなんて言われたら、私たち役者はみんな図に乗ってることになっちゃうよ」
不意に身勝手な本音を溢してしまった僕を、後部座席の右側に座る千世子さんは飄々とした態度で慰める。
全く、才能もなければ壁に立ち向かう度胸もなく、自分が落ちたオーディションに受かり“テレビ戦士”に選ばれて子役としてブレイクした“弟”の存在や、15で同じ世界に飛び込んで一瞬で追いつき追い抜いていったかつての“親友”の活躍を目の当たりにして挫折したこの僕が、自分の存在をちゃんと覚えていてくれていたぐらいで何を喜んでいるのか。
「けど、あの國近さんからそんなふうに覚えられてたら誰だって気分は舞い上がると思うよ・・・」
ドキュメンタリーディレクター出身ならではの繊細かつ写実的な映像表現と、“型にはまらない自然体の芝居”をモットーにしたリアルな演出方法で“國近作品”とカテゴライズされる数多くの傑作を創り続けている今の日本を代表する映画監督、國近独。“活動弁士”の時代から続く日本の映画界の歴史の中でまだ4人しか成し遂げていない、カンヌ国際映画祭の中でも最高賞として知られる“パルム・ドール”を受賞した日本人映画監督の1人。
そのような日本の映画史に間違いなく残るであろう偉大な
“『やったな隆之介。NGはゼロだ』”
「・・・だと、良いんですけどね」
それでも嬉しいものは過去がどうだろうと純粋に嬉しく思ってしまう僕は、随分と幼少の頃の“純粋さ”が失われてしまったのかもしれない・・・なんて色々考えたところで、所詮は“過去”のことだからどうにもならないが。
「やっぱり満更でもないじゃん」
「“原作”の小説は早ければ明日、千世子さんの元に届く予定です」
「あ、話題逸らした」
図星を突いてきた言葉への動揺を隠しながら何食わぬ顔で話題を逸らした眞壁を、千世子はバックミラー越しに微笑むようにじっと見つめた。
スポーツって、やっぱり良いよね。