・夕野憬(せきのさとる)
職業:俳優
生年月日:1985年6月30日生まれ
血液型:A型
身長:170cm(14歳:中2)→ 174cm(16歳:高1)→ 179cm(現在)
scene.71 蓮ふたたび
2001年_4月5日_中野サンライズプラザ_
“・・・本当にこんなところで入学式をやるのか・・・・・・”
2001年4月5日、12時45分。面接と一般入試と同レベルの学力テストと合格通知を経て、晴れて俺は真新しい黒のリュックを背負い、真新しい霧生学園の制服を着て入学式に出るため学校の正門・・・ではなく、中野サンライズプラザという多目的ホールの裏口に来ていた。普通は学校の入学式というのは学校の体育館とかでやるのが当たり前だと思っていたから学校の資料を見たときに一度驚き、そして実際にこうやって自分の目で目の当たりにして俺は二度驚いている。
ちなみになぜ正面ではなく裏口から入ることになったかというと、それは芸能コースの生徒がもれなく全員ジャンルは違えど文字通りの“芸能人”であるため、一般生徒や周囲の混乱を避けるという目的を兼ねている。
“・・・なんかすげぇ
しかしさすがは“芸能人御用達”とも言われている霧生学園。事務所の先輩である堀宮は言わずもがな、5日前のエイプリルフールに渋谷の街を“ジャック”して(※正確に言えばスクランブル交差点周辺の広告を全てジャックした)ワイドショーを賑わせたばかりの“スターズの王子様”、一色十夜もこの学校に生徒として通っているらしい。もちろんこの2人を抜きにしても、全国的に名が知られているアイドルやかつて一世を風靡した元人気子役といった面子が当たり前のように身の回りにいて、中には“名門”と謳われる歌舞伎の家柄出身の人もいたりと、とにかく一般人からしてみればこの芸能コース自体がそもそも“スター集団”みたいなものだ。我ながら、とんでもない
“『おっ、クラス一緒じゃん』”
まだ蓮と同じ学校に通って同じクラスで好きな映画の話とかをして盛り上がっていた中1の時は、
そして俺は今、日本で最も芸能人の在校生と卒業生が多いと噂される霧生学園高等学校・芸能コースの新一年生として、この場所に立っている。もの凄く達観した表現をすると、本当に“人生っていうのは何が起こるか分からない”の一言に尽きる。と、俺は思う。
“よし、行くか”
「・・・ふっ」
裏口の扉の前で緊張を呼吸で吐き出して、扉の横に付けられたオートロックのインターフォンに手を伸ばし、事前に教えられていた暗証番号を打ち込んで裏口の扉を開けて、集合場所となる正面玄関のロビーに向けて連絡通路を進む。
“『卒業生、起立』”
去年の秋に公開された『ロストチャイルド』が日本アカデミー賞で賞を獲り世間からもそれなり以上の注目をされたことで、俺を取り巻く環境は更に一変した。
“『夕野憬』”
“『はい』”
結論から言うと、俺はこの映画で特に賞を獲ったわけではない。新人賞の座は
その証拠と言ってしまうと嫌味のようになってしまうが現時点で俺は大手企業3社とのCM契約に加えて、正式な発表は来週だが7月から放送が始まる“火10”にメインキャストの1人として出演することが決まっている。
“『見て、本物来た』”
“『やっぱりオーラあるよなぁ』”
“『まさか環蓮だけじゃなくて夕野憬まで
“『ヤバくね?同じクラスに2人も芸能人がいたなんて一生の自慢になるぜコレ』”
ということがあって、『ロストチャイルド』が話題になってギーナのCMが話題になってと段階を踏んでいくように、気が付くと俺は正真正銘の“
“『よぉ夕野?勉強は順調か?』”
もちろんアイツが誰なのかは、説明するまでもない。流れを割いてついでに言っておくと、アイツこと有島は地元の横浜では最難関として知られている偏差値75を誇る名門高校に無事進学した。しかもロクに受験勉強もしなかったばかりか、周りより一足早く霧生に受かった俺のところで受験シーズン真っ只中にも関わらず普通にいつもと同じ感覚で映画のビデオを観に来たりしていたのに一発合格した。進学校と言えどまだ“ザラにある”レベルの霧生を推薦で受けた俺ですら、俳優活動を幾らかセーブして受験勉強に時間を割いていたのに。でも、有島は見えないところでちゃんと“努力”している奴だというのは知っていたから、アイツが合格したとすまし顔で報告してきたときは素直に“おめでとう”と祝う気持ちで心の中は溢れていた。
“『夕野先輩!サインください!』”
“『夕野くん、一緒に写真撮っていい?』”
“『夕野さ~ん!こっち向いて~!』”
話を戻して有名人に“なりすぎた”ことで逆に周囲から距離を置かれていた俺だったが、卒業式の日だけはそうはいかなかった。同学年だとかも関係なく、“最後のチャンス”と言わんばかりに卒業式が終わった瞬間に俺のクラスの前に次々と人が殺到して、軽くパニックになった。ただこれも、4月に入った頃には“いい思い出”になっていた。
“『全く。変装しなければまともに街すら歩けない。こんなことになるくらいだったら
ちょうど2年前の春休み、渋谷でチンピラにイチャモンをつけられていた俺たちを助けてくれた天馬心の言っていた言葉。あれから1年と約半年後に助演で自分の出た映画を蓮と一緒に鑑賞しに行ったときは、渋谷のセンター街を歩く雑踏は一般人に紛れた2人の芸能人に全く見向きもしなかった。
“『マジでビッグスターだな、お前?』”
“『ホントな・・・2時間後には事務所に顔出さなきゃいけないのに勘弁してくれって話だよ・・・』”
あの日からまた数か月が経ち、そんなどこか“
“『けど・・・こうやって注目してくれる人たちがいることはさ・・・それだけ俺は役者として応援されてるってことだよな?』”
“『俺に聞いてどうすんだよ夕野?』”
“『確かに、言われてみれば』”
だけど日本で“
“『でも俺は夕野がここまで人気者になれたのは必然だと思ってるぜ。だってお前の芝居は・・・こんだけの人の心を動かせる凄いものだってことぐらいは、俺は知ってるからよ・・・』”
“『有島ってさ・・・やっぱり良いこと言うよな』”
“『当然だろ?俺にとって夕野は最高の“ダチ”だからな!』”
“『おう。俺にとっても有島は最高の“ダチ”だよ』”
“『いやそこは環だろ?』”
“『何でだよ?そうしたらお前が可哀想だろ?』”
“『夕野お前・・・・・・最高かよ』”
それに俺の周りには、有島や蓮のように有名になった俺のことを初めて話したときと変わらない下らない話で“ありのまま”に接してくれる“親友”がいる。そんな親友の存在と言葉に、俺はこれまで何度も助けられてきた。もしも親友という存在がいないまま役者になっていたら、母ちゃんと共に過去と向き合い乗り越えることなんて出来なかっただろうから、間違いなくいまの俺はいない。
“『・・・憬には私とか
そして何より、あんなに“辛い過去”を抱えながらも芸能界という異端の世界で生きていくことを決めた俺を反対するどころか力強く背中を押してくれた母ちゃんには、今さらながら本当に感謝している。俺はこの母親に育てられ、この母親がいたからこそ役者と芝居に興味を持ち、親友と呼べる存在に出会えたことで“自分が自分でいられる幸せな世界”を知ることができたから。
“『憬・・・
“『そもそも耐えられなくなるようだったらここから通えるところにしてるわ、ってか“恋しく”とか変な例えすんのやめろ』”
“『そうやって強がってる子に限って2,3週間もしたらホームシックになって泣きながら実家に電話してくるようなものよ』”
“『偏見が酷すぎるだろオイ』”
“『何なら一日一回電話とかメールとかする?それならさすがに憬でも大丈夫だと思うから』”
“『唐突に俺はマザコンか』”
だけど俺がすっかり当たり前の日常になっていた301号室を出る日になっても、母ちゃんは相変わらず“母ちゃん”だった。15で親元を離れて寮生活を始めるこの俺を心配する素振りなど全く見せず、そればかりかもうすぐ40になるというのに年齢に合わない“友達”のような感覚で容赦なく揶揄いながら301から出て行く俺を見送った。こんな感じの飄々とした振る舞いのおかげで、結局俺は母ちゃんに直接“ありがとう”の気持ちは伝えないまま住み慣れた部屋を出た。
というか、そんな簡単なことはいちいち言わなくても伝わっているということは気丈に振る舞う母ちゃんの笑顔を視た瞬間から分かっていたし、そういう水臭いことは互いに好きじゃないことだってとっくに知っていたから、最初から言葉にする必要なんてなかった。
“『・・・行ってきます』”
「おっ、“有名人”の夕野憬じゃん。おはよー」
連絡通路を進んでロビーに辿り着いて受付でパンフレットと指定された席が書かれた用紙を受け取りホールの入り口へ向かおうとすると、他のコースの新入生と共にロビーで入学式の時間を待つ芸能コースの新入生の集団の中から霧生の制服を着た蓮が俺の姿を見つけるや早速、俺のことを“有名人”だと半ば煽り揶揄うような態度でクールに笑いながらやってきた。
「“有名人”って・・・それを言うなら
中2の夏に
「うん、おかげさまで私も“そこそこ”有名になり始めてるから」
「6月の映画でまあまあ出番のありそうな役を
そんな蓮はあれから季節が七度変わり芸能人として忙しくなり始めた俺に負けじと、6月に公開予定の“バトルロワイアル”系の映画で事実上サブヒロインにあたる役を演じ、テレビのCMでも偶に見かけるようになるなどこいつの芸能活動も今年に入って上り調子だ。ちなみに1ヶ月前の電話で本人から既に聞いているがその映画の撮影は8月から9月にかけて行われたというから、つまりは受験真っ只中のタイミングでこいつは撮影に臨んでいたということになる。ただ、こいつの学力は少なくとも俺(クラスの中で大体3,4番目ぐらい)と有島(ダントツ1位)の中間ぐらいはあるから特に心配はしていなかったが。
「言ってもストーリーの立ち位置じゃ3番手ぐらいのキャラだからね。“メイン”じゃないし私のキャラって原作だと中盤ぐらいで死んじゃうし」
「おいドサマギでネタバレしてんじゃねぇよ楽しみがなくなっちまうだろが」
「あくまで原作の話だよ。言っとくけど映画の内容は世界観と人物設定以外は結構色々と脚色されてるから」
「そういう問題かこれ?」
「問題以前に憬のことだから“自分が出る作品”以外の原作はどうせロクに読まないでしょ?」
「“ことだから”は余計だ」
「読まないこと否定しないんだ?」
「自分に嘘はつかないってだけだ」
「ははっ、もうほんっと憬は高校に上がっても変わんないよな~良くも悪くも」
「お前が言うなクソドSが」
でもこうやって面と向かって互いに口を開けば、小6のときと全く変わらない距離と空気で大した中身のない戯言と憎まれ口で俺たちはふざけ合う。良くも悪くも蓮は俺に対して本当に容赦がないから割と本気で“ムッ”と来ることもあるけれど、そういうところも含めてこいつと一緒にいるのは何だかんだで波長が合って楽しいから、つい俺はこいつの揶揄いを大目に見てしまう。
「・・・ていうか蓮、サブヒロインの役を貰えたとかすげぇじゃん」
「でしょ?何だかんだでちゃんとストーリーに絡んでくる役を演じられるのは憬と出た月9以来だから、
「そっか・・・それは良かった」
何より蓮は、本当に
ついでにこれは余談になるが、蓮がサブヒロインを演じた映画でヒロインを演じているのは俺にとっては事務所の先輩でもある堀宮だ。
「ま、國近監督の映画で
「人がせっかく讃えてやったのになんだその態度は」
「その前に誰のおかげで最後まで演じ切れたと思ってるんですかね後輩くん?」
「チッ、すげぇとか言うんじゃなかったわ」
にしても蓮のやつはこうやって会うたびに垢抜けていって段々と“芸能人”っぽくなっているように感じる。きっとそれは転校してから偶にしか会っていなかったせいだろうか、あるいは単純に纏う雰囲気に芸能人としての“オーラ”が出てきたからか・・・よくよく考えてみれば170くらいはある身長にスレンダーな体型と、何気に蓮は芸能人として普通に“良い素材”を持っているから、テレビなどで偶に見かけるような顔が何人もいるような空間にいてもひときわ“華”があるように俺には視える・・・相変わらず揶揄い好きで生意気なところは全くと言っていいほどブレないが。
「・・・やっぱり憬と話してるとそれだけで楽しいわ。愉快だし」
「いい感じのことを言えば何でも解決するとは思うなよ」
ただそんなことは、俺にとっては特に重要なことじゃない。何より大切なのは互いに有名になって、周りを取り巻く環境が本格的に“芸能人”らしくなってきてもこうやってしょうもない話ができる“親友”という唯一無二の関係でいられるこの瞬間が、これからも続いていけるのかということ。
“『・・・次はちゃんと“カメラの前”でこんなふうに芝居が出来たらいいよね・・・私たち?』”
「・・・なぁ、蓮?」
「ん?」
だから俺は目の前にいる
だから・・・ここからの3年間は役者として蓮の隣に一気に近づける最後のチャンスだと思っている。
「・・・お前ってさ」
「あ、いたいた!ごめん“タマ”遅れた~」
頭の中に浮かんだ言葉を蓮に伝えようと口を開いたタイミングで突如後ろのほうから蓮と思われる名前を呼ぶ女子の声が聞こえ、右側から微かに風のような気配を感じたかと思ったら俺たちと同じ制服を着た少し小柄な女子が駆け足のまま目の前の蓮に抱きついた。
「よかった~ギリギリ間に合った~」
「もー、だから言わんこっちゃなかったのに」
「シンプルに反対側の出口に降りたせいで軽く迷子になりかけた」
「
「だってここはミュージカルの仕事で来たことがあったから“大丈夫、行ける”って思ったんだよ」
「方向音痴の“大丈夫”ほど信用できないものはないっつの」
背後から突然と現れ、自分のことを独特なあだ名で呼ぶ遅れてやってきた女友達と思われる女子に蓮は“やれやれ”と言わんばかりの表情でクールにツッコむ。とりあえずこの2人が友達だというのはものの数秒のやり取りで感じ取れた。多分彼女は、転校先で蓮と仲良くなった友達の1人だろう。そして他のコースと少し距離を置いてたむろする芸能コースの集団に“臆する”ことなく近づいて来たということは、見慣れない顔だけど彼女もまた“芸能人”だということ。
“あと・・・なんかすげぇ気まずいんだけど俺・・・”
「(・・・多分これって邪魔なやつだな、俺)」
「ところでタマと仲良く話してたぽかったあなたは誰?」
「えっ?(“タマ”って蓮のことだよな・・・?)」
という感じでいきなり目の前で始まった女子同士のやり取りに何とも言えない気まずさを感じてさり気なくフェードアウトしようとした俺を、蓮の隣に立つ女友達からの疑心の視線がいきなり捉える。
「あぁそうそう、この人が横浜の学校に通ってたときにクラスメイトだった“愉快な友達”」
「“愉快な友達”ってどういう意味だ」
そしてたった今まで友達と話していた同業者の幼馴染を、蓮は悪い意味で誇張しまくって女友達に紹介する。というか百歩譲って“芝居バカ”は認めるとして、“愉快な友達”はさすがに一言は言いたくなる。
「・・・もしかしてこの人がタマの言ってた“愉快な友達”の夕野憬さん?」
「そう、彼が噂の“愉快な友達”の夕野憬さんだよ」
「“愉快な友達”じゃない・・・ていうか知ってたんですね俺のこと」
「うん。タマと一緒に『ロストチャイルド』を観たから」
「あぁ、アレ観てくれたんすね」
蓮の女友達が既に俺のことを知っていたことはともかく、今は彼女の中に植え付けられた俺のイメージが“愉快な友達”という奇々怪々じみた変人でないことをただ祈りたい。
「普段はわたしってああいうタイプの映画ってあんまり観ないんだけど、出ている演者さんの演技がみんな上手くて最後まで見入っちゃったよ」
「ありがとうございます」
「特に夕野さんの演技は同い年とは思えないくらい凄くて、観ていて思わず嫉妬しちゃった」
「あはは、嫉妬は大袈裟だよ・・・(可愛い声に反して言ってることが怖えぇなこの子)」
蓮と一緒に観たという『ロストチャイルド』の感想を、女友達の彼女はキラキラした瞳と少し鼻にかかる可愛らしい声で真っ直ぐ俺を見つめながら“嫉妬した”と馬鹿正直に伝えてきた。ひとまずこれでただの“愉快な友達”だと思い込んでいる節はほぼ消えたが、同時に可愛い声に反した正直な感情に得体の知れない“影”のようなものを感じた。
「そこ、煽てられたからって図に乗らない」
「別に乗ってねぇだろ」
「あと伊織、名前教えなくて大丈夫?多分相手が誰だか全く理解してないよ
「・・・確かに。なにやってんだわたし」
そんな女友達がまだ俺に自己紹介をしていないことに気付いた蓮がそれを指摘すると、彼女は“すっかり忘れてた”と言わんばかりの表情を浮かべて両手で自分の頬を軽く叩いて自分に喝を入れた。そして同時に俺は確信した。彼女は“裏”があるとかそういうのではなくて、ただ単に“天然”だということを。
「じゃあ気を取り直して・・・わたしは
改めてかしこまりながら、蓮の女友達は自己紹介をして礼をする。
「・・・もう蓮から名前は聞いてると思うけど、俺は夕野憬です。そこにいる蓮とは小6から中2の1学期まで同じクラスで、蓮と同じく役者やってます」
「うん、夕野さんの名前はちょくちょくテレビでも聞くようになってきたからね。さすがは“有名人”」
「いやいや、まだ俺なんて全然だよ」
「それを言うならわたしなんて“声優”って時点で尚更だよ」
彼女の名前は
「声優・・・」
そして彼女は声優をやっているというが、そもそもアニメは全くと言っていいほど観ない上に洋画は基本的に字幕で観ている身分の俺は、失礼ながら彼女のことは全く存じ上げていなかった。
「えっまさか憬って役者の分際で“声優”すら知らないの?」
「それぐらい分かるわ、アニメのキャラクターだとか洋画の吹き替えで海外の俳優に声を当ててる人のことだろ?」
「う~ん、ちょっとざっくりしてる感は否めないけど一応正解」
「あぁ、良かった」
「普段は“声優”のことを1ミリも知ろうともしない分際で伊織に偉そうに」
「
俺が声優に纏わる知識に乏しいところを利用して、蓮が容赦なくキラーパスで印象を落としにかかる。正直言って声優に関してはアニメをほとんど観ずに育ったせいで本当にニワカ以下の知識しかないから、もの凄く浅い範囲でしか言葉で説明できない。
「言っとくけど伊織、今MHKで夕方に放送してるアニメで“ヒロイン”の声やってるから」
「・・・ヒロイン?凄いじゃん(凄いのは分かるけどどう凄いのかが伝わらない・・・)」
だからアニメでヒロインの役をやっているということが“どれだけ凄い”ことなのか、俺には今一つ想像ができない。
「毎週火曜の夕方6時にBS2でやるから良かったら観てね。スケジュール的にキツそうだったらどっちでもいいけど」
「来週火曜か・・・今のところスケジュールは空いてるから観てみるよ。楽しみにしてる」
「ほんとに?ありがと夕野さん」
故にそんな俺に向かって“純粋な感情”で優しく微笑みながら自分がヒロインで出ているアニメのことを俺に話す初音の笑顔を視ていると、自分自身の無知さに少しだけ罪悪感を感じる。
“・・・これを機にアニメとか吹き替えも観るようにするか・・・・・・きっとこういうのも芝居をすることにおいて何かの役に立ちそうだし・・・”
「騙されないで伊織。
「おいマジでてめぇ」
「ううん、わたしは全然平気だよ~“声優”って職業はやっぱり俳優に比べるとまだまだマイナーだし、こういうのは“慣れっこ”だから」
「いやあの、俺は本当にそういうつもりじゃ」
「大丈夫大丈夫、タマなんて最初は声優のことを“スーパーで働いてる人”だって本気で信じてたくらいだから」
「ちょっと伊織!?」
そして幸か不幸か、ニワカ以下の俺よりも遥か上を行くレベルの
「あ、ごめん。今の言わないほうが良かった?」
「うん。普通に言わないほうが良かったかな・・・悪いのは私だけど」
さすがにこればっかりは蓮があまりにも酷すぎて、例え親友だろうと何の擁護もできない。
「蓮。お前よくそれで人に向かって偉そうな口叩けたな」
ていうか声優と“そっちのセイユウ”の違いが分からないとか、こんなやつとよく友達になろうと思ったよな初音さん・・・・・・って、そいつの親友でもある俺が言ったところで、説得力は皆無だけれど。
「・・・ま、まぁ、あれは中2のバカだったときの私で、今はもう全然違うから」
「今さら挽回したって見苦しさしかねぇぞ(本当に役者かこいつ・・・?)」
「・・・うっさいな“ひねくれ仮面”」
「あ、“新ネタ”増えた」
初音の純粋な“天然”さが流れ弾になって被弾して、珍しく弱った蓮を普段の仕返しとばかりに軽く弄る。そういやこいつもこいつで、一切アニメの話題をしてこなかったのは、そういう事だったのだろうか。
「これ以上私を辱めたら憬の恥ずかしいエピソードを学校中にバラシてやるからな?」
「自業自得のくせによく言うわ」
「だいたい憬が食わず嫌いでアニメとか全然観ないからいけないんだよ」
「それは関係ないってかお互い様だろ?」
だからこそ普段から実写の映画やドラマしか観てこなかった俺たちは互いに波長が合って、互いに役者になれた・・・のかもしれない。
「やっぱり、タマと夕野さんって本当に仲が良いんだね」
そんな俺と蓮のやり取りを傍観者になって見ていた初音が、俺たち2人に向けて微笑ましく笑う。
「・・・・・・」
すると蓮はどういう訳か、どこか気まずそうに俺から視線を逸らして黙り込んだ。
“『ねぇ、環さんって夕野くんと仲良いよね?』”
“『うん、だってアイツは私の“親友”だから』”
“・・・蓮?”
『まもなく開式のお時間となりますので、各コースの新入生並びに参列される保護者の皆さまは指定された席にお座りくださいますよう、お願いいたします』
蓮のどこかぎこちないリアクションに俺は僅かな“違和感”を覚えたが、理由を聞こうとしたタイミングでちょうど集合を告げるアナウンスが流れたせいで聞きそびれてしまった。
※本編で軽く触れた声優の事情についてはあくまでストーリーの中での話であり、実際の2001年当時の事情についても諸説があります。
ちなみに話は変わりますが、ひょんなことから“女の子の食卓”という漫画を見つけたのですが、1巻の表紙に描かれている女の子にどことなく“千世子っぽさ”を感じたのは僕だけでしょうか?(気になる人はググってみてください)