或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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【人物紹介】

・環蓮(たまきれん)
職業:女優
生年月日:1985年9月16日生まれ
血液型:O型
身長:162cm(中2)→ 169.5cm(高1)→ 171cm(現在)



scene.72 メインキャスト①

 4月5日_中野サンライズプラザ8F_第3研修室_

 

 大ホールでの入学式を終えた霧生学園芸能コースの新入生47名は、8階にある第3研修室に移動してホームルームを受けることになっている。

 

 「ねぇタマ?夕野さんは?」

 

 だがいるべきはずの研修室に、入学式に出席していたはずの憬の姿はない。

 

 「憬はこの後“どうしても外せない用事”があるみたいだから入学式だけ出てそのまま早退したよ」

 

 ホームルームの開始前、それに気づいた初音が出席番号の関係でちょうど隣の席に座っていた環に声をかける。

 

 「外せないってどんなの?打ち合わせみたいな?」

 「うん。打ち合わせがあるとは言ってた」

 「・・・へぇ~」

 

 

 

 “『えっ?憬もう帰るの?』”

 

 入学式が終わってホールの外に出ようとしたところでみんなとは違い裏口の方へと歩いて行く憬がちょうど見えて、私は呼び止めて理由を聞いた。

 

 “『あぁ悪い、この後どうしても外せない用事があるからもうここを出ないと駄目でさ』”

 “『・・・外せない用事・・・・・・何かの打ち合わせとか?』”

 “『・・・まぁそんなところだけどよく当てれたな』”

 “『“女優の勘”、みたいなものだよ。鋭いでしょ私?』”

 “『勘って・・・そういや牧さんからも同じようなこと言われた気がするわ俺』”

 “『そんなことより早く行ったほうがいいんじゃないの油売ってないで』”

 “『自分から呼び止めておいてその態度かよ・・・』”

 

 

 

 「入学式早々から早退ね~・・・ひょっとして夕野さんって意外と“ワル”だったりする?」

 「いや今のどこに“ワル”の要素あった?」

 「だってドラマとか学園モノの漫画でたまにいるじゃん?入学初日から学校サボるような不良生徒とか」

 

 そのときのことを話すと、伊織は想像の斜め上を突いた疑問を私にぶつけてきた。

 

 「確かにそういうのはたまにいそうだけど・・・残念ながら憬は不良とは無縁の“真面目ちゃん”だから」

 「うん、さっき話した感じからしてそんな気がしてた」

 「じゃあ何で聞いたし」

 「ホントかどうか気になって」

 

 ただこういうところは私が芸能活動の都合で東京(こっち)に来てからずっとクラスメイト同士ってこともあってだいぶ慣れてきたし、そもそも伊織の普段は少し抜けているけれどたまにぶっ飛んだことを言ってくるようなところは“親友”として私的には気に入っていたりする。

 

 

 

 “『オーディションを受けて、蓮と同じように俺も役者になる』”

 

 

 

 「気になるも何も見れば分かるでしょ?アイツのどこに不良の要素があるのさ?」

 「でも漫画とかで普段はメガネ掛けた大人しいガリ勉キャラなのにめっちゃ喧嘩が強いみたいなパターンもたまにいるじゃん?」

 「とりあえず伊織は漫画から一旦離れよっか

 

 

 

 きっとこんなふうに私の身の回りにいる友達に“曲者”が増えていったのは、もしかしなくても(アイツ)のせいだ。だって私にとって心を開ける“友達”になれるかどうかの基準は、いつだって最初に“親友”になれた憬だからだ。

 

 “『悔しい?』”

 

 そんな憬と受験の息抜きも兼ねて渋谷の映画館で『ロストチャイルド』を観に行ったとき、映画を観終えた私に向けられた言葉は忘れられない。スクリーンの中でユウトという少年を演じていた憬の芝居は、スクリーンの席に座って黙って観ただけで今の私より断然上手いのは手に取るようにわかった。同時にこれが主演の隣に立てる才能だっていうのも分からされて、同じぐらいの土俵かあるいは一歩差で私の後ろにいたと思っていたライバルに“いきなり二歩先を行かれた”気がして、自分が惨めに感じて無性に悔しくなった。

 

 “『だったら“芝居で勝つ”だけだろ・・・・・・蓮に勝った感じはしないけど』”

 

 でも憬は、惨めに負け惜しみをぶつけた私を見ても自分が勝っているなんて1ミリも思っていなかった。あの日の会話で偶然にも同じ高校を目指していたことを知って、私のことを親友としてだけじゃなく女優としても見てくれていることも知れて嬉しかった反面、その言葉を聞いた私は、暫く会わないうちに役者としても“親友”としても距離が広がってしまっていることを思い知った。

 

 それで負けず嫌いが斜め上に発動した私は、映画館からスタバに向かう途中で隣を歩く憬にやるつもりのなかった“らしくない”ことをしてしまった。

 

 

 

 「・・・でもなんだか羨ましいよね。夕野さんみたいに早退するのって」

 「何が?」

 「だって“仕事があるから”って理由で早退だとか学校休んだりするのってさ、なんか人気者みたいでシンプルに憧れない?」

 

 外せない用事があるからと入学式が終わってすぐに早退した憬のことを、“シンプルに憧れる”と伊織はどこか儚げに笑いながら言う。

 

 「あ~、言われれば私も分かるかもそれ」

 「タマはもう十分人気者じゃん。6月の映画でサブヒロインやるわけだし」

 「それ言うなら伊織は現在進行形でヒロインやってるでしょ」

 「一応タマよりは長い間お芝居やってるからね」

 「急に先輩らしいこと言ってきたな」

 

 そう言って憬を羨ましがっている伊織も、MHK衛星で毎週火曜の夕方6時に放送されているアニメでヒロインの声を()っている。

 

 「これでもわたし、声優歴はまだ3年目だけど芸歴だけなら10年目だから。遅咲きの底力を舐めないで頂きたい」

 「いやナメてないです“伊織先輩”」

 

 正直言って声優という仕事の現場のことは畑が全く違うからよく分からないけれど、声優になる前は子役をしていてミュージカルで主人公の幼少期や物語のキーマンを演じたり、端役ながら見せ場のある役で大河ドラマにも出たことがあったりと伊織には声優以前に女優としての実力も実績も十分にあることは私も知っている。

 

 「けどさぁ、ヒロインになれたからって収録が毎回放課後からだから結局学校休めないんだよね~」

 「別に仕事で学校を休むこと(イコール)人気者ってわけじゃないでしょ。事務所と相談して学校が休みの日にまとめてスケジュールを入れるなんてこともやろうと思えばできるし」

 「うん、知ってる」

 

 ただ静流のように“先輩”という雰囲気が全くしない振る舞いのせいで伝わりづらいけれど、私にとって伊織は役者としては“先輩”だしヒロインの役を勝ち取れるだけの実力も価値もある。だから4年目の私がまだ“3番手の価値”しかないことは、致し方ないことかもしれない。

 

 だって私は・・・

 

 

 

 “_『ユースフル・デイズ』半井亜美役オーディション・最終選考_

 

 

 

 

 

 

                        _不合格とさせていただきます。_

 

 

 

 「・・・私だって憬が羨ましい

 

 ヒロインと準主役を射止めた2人の親友と自分を比べて少しだけネガティブになった心が、言うつもりのなかった独り言を呟かせた。

 

 「どうして?夕野さんが自分より人気者だから?

 「・・・ううん。そうじゃない

 

 相変わらずの裏表のなさそうな表情(かお)で見つめる伊織に、私は少しだけ強がって笑みを作る。

 

 「伊織と一緒だよ。自分より先に誰かが走っているなら、その人に追いついて追い越したくなるのが“私”だからさ・・・

 

 せっかく掴みかけたチャンスは、またしても私の掌からこぼれ落ちた。悔しいけれど、いまの私には“主人公とその隣(メインキャスト)”になれる実力と運はない。悔しいけれど、私には憬のように一回で“感情を盗める”ような才能もない。きっと憬だって誰にも負けないくらい努力しているけれど、それは私だって同じだ。

 

 

 

 “『・・・なんで母ちゃんは・・・・・・俺を殺そうとしたの?』”

 

 

 

 でもどんなに努力したって、“天性の才能”っていうものは時に努力を嘲笑うかのように軽々と飛び越えて行って、“大丈夫だ”と自分に言い聞かせていた強がりをただの“弱虫”にしてしまう。

 

 

 

 “『私と憬・・・どっちが先に自分の芝居を恥ずかしがらずに堂々と見れるようになれるか、勝負しようよ』”

 

 

 

 それでも自分が負け続ける現実を受け入れたくないから、(ライバル)にこれ以上置いていかれたくないから・・・できることならこれからもずっと、2人してしわしわになったおじいちゃんとおばあちゃんになっても役者でいたいから・・・逃げないと決めた。

 

 

 

 “『・・・・・・』”

 

 なのに・・・どうして私はまた・・・

 

 

 

 「・・・タマなら大丈夫だよ。だってタマにはもう主人公(ヒロイン)になれる力はとっくにあるんだから

 

 私のどうしようもない強がりなプライドに、聞き慣れた可愛らしい声と芯を突く言葉が心に伝わる。ほんと、“持つべきものは友”とはよく言うけれど、こういうときにいつも何気ない一言でクラっときてしまう流されやすい自分は相変わらず嫌いだ。

 

 「・・・伊織ってさ、たまに凄く“先輩”らしくなるよね?」

 「えっホントに?じゃあ一生に一度のお願いでもっかい言ってくれる?」

 「こーいうところがなかったら普通に先輩として尊敬できるのになー」

 「も~せっかくイイ感じのアドバイスしたのに冷たいこと言う」

 

 

 

 “『今日は蓮の声を聞けて本当に良かった・・・・・・ありがとう・・・』”

 

 

 

 「けど・・・おかげで“スイッチ”は入ったみたい・・・ありがとう

 

 

 

 だから私は他人の言葉に流され続ける弱い自分と決別して、何としてもライバル(みんな)に勝って物語の主人公(ヒロイン)にならなくちゃいけない。そうしないと“みんな”からどんどんと置いていかれて、女優のまま生きることが許されなくなってしまいそうだから。

 

 

 

 「・・・どういたしまして

 

 1年の芸能コースを担当する教師が研修室に入りホームルームまでの待機時間が終わる数秒前、隣の席に座る悩める親友からの不器用な感謝に、初音は“先輩”として優しく感謝を返した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 同日_成城メディアスタジオ_

 

 4月5日。本当だったら入学式を終えてその後にホームルームをやって、そのまま今日から卒業までお世話になる芸能コースの寮に向かう予定だったはずが、どういうわけか俺は成城にあるテレビスタジオに来ていた。その理由はただ一つ、7月から火10で放送される予定のドラマ『ユースフル・デイズ』のメインキャスト4人の初めての顔合わせと、来週火曜からの情報解禁に向けて宣伝用として4人が揃ったティザーを撮影するためだ。

 

 “まさか入学式と丸被りになるなんてな・・・”

 

 ちなみに俺も含めたメインキャスト4人は当初のスケジュールだと一昨日には全部終わらせていたはずが、当日の朝になってそのうちの1人に“代役”で急遽仕事が入ったことで今日に変更された。もちろん、あのようなスケジュールの急な変更は芸能界(この世界)じゃ決して珍しいことではないというから、よほどの許容範囲(キャパシティ)を超えてこない限りは大人しく妥協して受け入れるしかない。これもまた、芸能界を生き抜くための術の1つだ。

 

 ただ・・・

 

 “今更だけど、初めましての顔合わせで制服ってどうなのよって話じゃね?”

 

 まさか霧生の制服を着たまま“こんなところ”に向かう羽目になるとは思わなかった。他の2人は今日が初めましてだから分からないけれど・・・堀宮は絶対に何かしら言ってくることは容易に想像ができる・・・と、頭の中で雑念をまき散らしながら15分後からメインキャスト4人の初顔合わせが行われる2階の会議室Bへと足を進める。

 

 “そういえば最初に出たドラマの顔合わせも、“ここ”だったよな・・・”

 

 初めての顔合わせ。本当に右も左も何もかもが分からなかった中2のとき、牧に連れられてこの通路を歩いた日がもう既になんだか懐かしい。あの頃の俺は周りを取り巻く有名人と目が合うたびにドギマギするような“赤ちゃん”だったが、今じゃこうやって“メインキャスト”の看板と共に堂々と1人で歩けるようになった。

 

 

 

 “『・・・やっぱり憬と話してるとそれだけで楽しいわ。愉快だし』”

 

 

 

 ここまでの場所に辿り着けたのは、同じ世界で同じ夢を生きる親友()の存在を無くして語ることはできない。相も変わらず売られた喧嘩を買ったのに未だに蓮の背中を追い続けている現状は変わらないけれど、自分の目の前にライバルが走っていればそれだけで深い理由なんてなくても頑張れることが出来て、互いが切磋琢磨をして自分の芝居を高められる。それを繰り返してみんながみんな巡ってきたチャンスを掴んでいったように、俺もチャンスを掴んでメインの1人を張ることを任された。

 

 そうして親友だけでなく“役者”としても近づいたつもりだったのに、蓮のことを理解出来なくなる瞬間は減るどころかここに来て増え始めている。

 

 

 

 “『お前ってさ、俺のことどう思ってる?』”

 

 

 

 入学式が始まる前にロビーで会ったときに聞こうとしてすっかり聞きそびれてしまった答え。俺のことを相も変わらず“親友”だと思っているのか、それとも“役者(ライバル)”だと意識しているのか、あるいは・・・

 

 “・・・いや・・・“あるいは”、はないな・・・

 

 いや、多分あいつに限ってそれはないだろう。そもそも蓮は、俺みたいに芝居の感情を日常にまで持ち込まないと役を作れないような不器用なやつじゃない。

 

 “『本当に“惚れる”なんてやめてよね?』”

 

 ただ、『ロストチャイルド』を観た後に“シミュレーション”と称して恋人繋ぎをしてガチな芝居を仕掛けて来たときは本気で焦った。もちろん即興劇(エチュード)をしていたという意識が根底にあったから抜け出せたけど、あれを見せつけられたことで近づいていたと思っていた蓮との差は逆に広がっていたということを思い知った。

 

 “『・・・・・・』”

 

 それにしても、どうして蓮はあんなに気まずそうにしながらよそよそしく俺から視線を逸らしたのだろう。まぁ確かに、傍から“仲が良いね”と言われたら本当のはずなのに訳もなく少しだけ恥ずかしくなる感覚は俺だってわかる。だけど、俺の知っている蓮はそうやって本当の自分を隠すようなことはしない。

 

 少なくとも、俺が役者になる前は・・・

 

 

 

 “『ねぇ、環さんって夕野くんと仲良いよね?』”

 “『うん、だってアイツは私の“親友”だから』”

 

 

 

 “・・・って、こんなときに俺は何で蓮のことを考えてんだ?

 

 2階に上がり、顔合わせを行う会議室の扉が見えたところでハッと我に返る。本当に俺は、何を馬鹿みたいに蓮のことを考えていたのか。

 

 “『えっ?憬もう帰るの?』”

 

 あの後、入学式が終わって一足先にホールを後にしようとした俺に話しかけてきたときの蓮は、本当にいつも通りのただの親友だった。冷静に考えてみれば、あれはきっと初音から“仲が良いね”と言われて何となく恥ずかしくなってしまっただけ。あんまり意識はしたことないが、蓮は女優以前にれっきとした女子だ。だとしたらどうってことはない。あのリアクションは“思春期”的なやつだろう。

 

 “参ったな・・・こんなことを無意識に考えるようになったのは“役作り(純也)”の影響か?”

 

 ひとまず斜め上の方角へ傾いていた思考を半ば無理やり一旦リセットして、俺はメインキャスト4人の顔合わせが行われる会議室Bの中へと入った。

 

 

 

 「噂をしてたらほんとに来たよ」

 「・・・何の噂ですが杏子さん?」

 「だって今日って霧生は入学式なわけじゃん?だからスケジュールを逆算したら絶対に制服で来るだろーなって、“あずさ”と話してた」

 「どんだけしょうもないことを話してたんすか・・・」

 

 月9の顔合わせをした会議室Aに比べて少人数で事足りる会議室Bに入ると、既に先着して用意された席に座っていた千代雅(ちしろみやび)役の堀宮が制服のまま顔合わせに現れた俺の話題に早速触れる。言うまでもなく、この辺りのことは予測していたからどうってことはない。

 

 「ちょっと杏子、あんまり揶揄うのは」

 「あぁゴメンゴメン。そうだそうだ、あずさはさとるとは初対面だったか」

 

 そして堀宮の隣には、少し紫がかった髪をした“和風美人”っぽさのある清楚な雰囲気の凛とした顔立ちの1歳年上の女子が座っていた。もちろん彼女のことは、同じ芸能界(せかい)を生きる人間として既に知っている。

 

 「初めまして・・・私はスターズ所属の永瀬(ながせ)あずさと言います。お互いに今回が初めてになりますが、一緒に頑張りましょう」

 

 堀宮の隣に座っていた彼女は、椅子から立ち上がり清楚な雰囲気そのままに礼儀正しく深々と礼をしながら少しばかり緊張気味に挨拶する。

 

 「カイ・プロダクション所属の夕野憬です。こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 

 永瀬(ながせ)あずさ。スターズが今現在プッシュしている若手女優で、2年前に行われたスターズの新人発掘オーディション(※ちなみに俺は3次審査で落ちた)で“スターズの王子様”として知られる一色十夜と共にグランプリを獲得し、女優としてデビューした所謂同世代だ。ただデビューしてすぐに事務所の広告塔として一気にスターダムを駆け上がっていった一色とは対照的に、永瀬の名前が世の中に広く知られ始めるようになったのは去年の後半辺りからだ。その理由としてはちょうどタイミングが受験と重なったことなどを考慮して最初の1年間は女優及び芸能人としての育成に当てていたため、本格的に芸能活動を始めたのが去年からになった・・・と“風の噂”で俺は聞いている。

 

 ただ、表舞台に出始めてからの活躍はさすが新人発掘オーディションでグランプリを獲っただけあって目覚ましい。去年の後期に放送されたMHKの朝ドラに物語後半からの登場とはいえ重要な役どころを演じて注目を集め、今年は隣にいる堀宮から引き継ぐ形でイメージキャラクターに抜擢されたシェアウォーターを始め既に4社の大手企業のCMに出演し、7月には初主演の映画が公開されるなど女優活動は順風満帆だ。

 

 もちろん彼女こそ、今回の『ユースフル・デイズ』で4人の主要人物の1人である半井亜美(なからいあみ)役に抜擢されたメインキャストだ。

 

 

 

 「2人とも肩に力入れ過ぎだよ、これから“クラスメイト”になるんだからもっとラフに行こ?」

 「・・・そう、ですね。ちょっとかしこまり過ぎてしまいましたね」

 「うん、俺も雰囲気に飲まれてつい」

 「さっきから冴えない男女のお見合いか

 

 大真面目に自己紹介を終えた俺と永瀬によってすっかり堅苦しくなった空気を、4人のキャストの中では最も芸歴が長い堀宮が先輩らしくツッコミを入れつつ和らげる。今になって気付いたが、よくよく考えてみれば新旧のシェアウォーターのイメージキャラクターが2人して揃っているこの光景は、何気に凄いのかもしれない。

 

 「ちなみにあずさとあたしは幼稚園から中学までずっと同じだった幼馴染だから、そこんとこもよろしくね」

 「幼稚園から・・・それはすごいな」

 

 そしてどこか緊張が隠せない幼馴染を椅子に座ったままパーカーのポケットに手を突っ込み微笑む堀宮と、少しだけ恥ずかしそうにしつつも満更でもない絶妙な表情で俯く永瀬。それにしても幼稚園からの幼馴染とこうやって同じ女優としてずっと隣にいる関係を見るのは、何だか運命的な何かを見せつけられているかのような不思議な感覚になる。

 

 「そうでしょ?さすがに高校は別々になっちゃったけどね」

 

 そう思っている俺も他人のことは言えない立場にいるから、当然それは口にはしない。

 

 「・・・そう言えば、演出の黛さんとプロデューサーの上地さんはいつになったら来るんでしょうか?」

 

 俯きながら照れを隠す永瀬の言葉で、俺はこの会議室に今日の初顔合わせとティザー撮影を仕切る演出とプロデューサーの姿がないことに今更ながら気が付いた。

 

 「確かに、いない」

 「さとる今気づいたの?」

 「はい、ちょっと演じる役について考え事しながらここに入ったので気づきませんでした」

 

 俺としたことが、これは少しだけ不覚だ。何だか今日は、ちょっとだけ調子が悪いみたいだ。

 

 「あははっ、さとるってマジで変なところで抜けてるよね?」

 「笑うことじゃないですよ杏子さん」

 「いやいやいや、考え事してても入った瞬間に分かるでしょ普通?」

 「そうやって全部決めつけるのは良くないですよ」

 「決めつけるも何もほんとじゃん」

 「はぁ、こういうところがなかったら先輩として普通に尊敬できるのにな」

 「うっわ出たよ“ドライモンスター”」

 「“ドライモンスター”って何なんすか?」

 「略して“ドラいもん”」

 「略すどころかただのタチの悪い“パチモン”になってんじゃないすか」

 「うわ~ん、助けてドラいも~ん

 「“ヒミツ道具”でぶっ飛ばされたいのかアンタ?

 「・・・ふふっ」

 

 そんないつもより調子が悪い後輩を揶揄う堀宮と図星を突かれてバツの悪い感情で言い返す俺のやり取りを見ていた永瀬から、ようやく笑みがこぼれた。

 

 

 

 “『とにかくこれからは、スターズの名に恥じないような、1人前の女優になるために、日々努力したいと思っています』”

 

 

 

 俺が初めて永瀬の姿をこの目で見ることになった、ブラウン管越しに視たオーディションの合格者のデビュー会見のダイジェストの記憶がふと蘇る。つい昨日まで普通の高校生だったとは思えないほど堂々としていた一色に対して、緊張で言葉が所々で途切れながらも初々しくも健気に女優になる決意をカメラと報道陣を前に話していた永瀬。

 

 「あ、夕野さんすみません。つい・・・」

 

 “()”が付くほど真面目そうな永瀬は、意図せず笑ってしまったことを本当に申し訳なさそうにして謝る。ほんの少し言葉を交わしただけでも分かる、彼女の不器用で融通が利かない“正直”さ。

 

 「あぁいえ、俺は全然大丈夫です」

 

 どちらかというと俺も器用になんでもこなせるような人間じゃないから、いざという時に限って気の利いた言葉が思いつかない。

 

 「とりあえず・・・俺のことは下の名前で呼んでくれていいんで、何なら芸歴も同じだからタメ口で話す、っていうのはどうですか?」

 

 悩みながら紡いだ挙句、自分でも“何様だ?”と突っ込みたくなる言葉が口から出た。しかもタメ口でいいからと言っておきながら、当の本人は思いっきり敬語で話しているというチグハグさ。そしていつもならこういうときに助け舟を渡してくるはずの堀宮は、椅子に座ったままぎこちない後輩2人を優しく見守っているだけだ。

 

 「まぁ無理にとは言わないし・・・自分からタメ口でいいっておいてずっと敬語だし何言ってんだこいつ?みたいな感じになってるけど」

 「ほんとだよ」

 「分かってるから杏子さんは一旦黙っててください」

 

 16年弱生きてきてたったいま分かった。どうやら俺は、自分と似たような人種(タイプ)と話すのが苦手なようだ。思い返せば俺がこれまでの人生で出会ってきたのは揃って自分とは大きく異なる感覚を持った人たちばかりで、そういう人たちの背中ばかりを追い続けていたから良くも悪くも“引っ張ってもらえる”環境に身も心も慣れてしまい、いつの間にかそれが当たり前になっていた。

 

 でもそんな下らない苦手意識は、これからも役者を続けていくためには取っ払っていかなければならない。もちろんそれは自分の為だけじゃなく、みんながみんな自分の芝居を楽しんでいくためだ。

 

 「とにかく・・・俺は永瀬さんと“クラスメイト”になりたいから・・・・・・今日からよろしく

 

 何とか絞り出したそれっぽい言葉と一緒に、俺は永瀬に共演者(なかま)として握手を求めた。

 

 「はい・・・よろしくお願いします。憬さん

 

 俺が差し出した右手に、3秒ほどの間を空けて永瀬は真っ直ぐな視線で意思を伝えて自分の右手を差し出して、俺たちは握手を交わした。たかが初めましての自己紹介の流れで握手をしただけなのに、謎にドラマのクライマックスを観たときのような感覚が俺を襲う。

 

 「・・・良い奴でしょ?さとるって

 

 共演者として俺と握手を交わした永瀬に、ついさっきまで人のことを“ドラいもん”呼ばわりしていたことなんてなかったかのように“手のひらを返して”堀宮が優しく声をかける。相変わらず、この人はその場のノリで主張をコロコロ変えてくるから油断ならない。

 

 「・・・えぇ、多分」

 「だってよさとる?」

 「いや俺に聞かれても(あと多分て・・・)」

 

 そして幼馴染の堀宮にはにかみながら永瀬は正直に気持ちを伝える。まだ決めつけるには早いけれど、ここで下手に気を遣うようなことをせずに“多分”と素直に答えるところが、いかにも“彼女らしく”感じた。

 

 「親睦は深められたかい?高校生諸君?

 

 背後のほうで少し低めな男の人の声が聞こえ永瀬と握手したまま声のするほうへと振り返ると、この俺を芸能界に招き入れた張本人である大男のプロデューサーと今回のドラマで演出を手掛ける(まゆずみ)がいた。

 

 「おっ、いいねぇ~こうやって握手をして共演者同士で結束を深める。いかにも高校生らしいじゃないか」

 「これは高校生らしいって言えるんですか?(ていうか“らしい”って何・・・)」

 

 意気揚々とした感じで指パッチンをしながら俺と永瀬に笑いかけるプロデューサーの上地を前に、俺たちはサッと手を放す。誘拐まがいに現場に連れて行かれたあの日からもう既に何度か現場で会っているが、俺はこのプロデューサーの年齢不詳で落ち着きがないのかあるのか分からない飄々とした振る舞いには未だに慣れず、はっきり言ってしまえば苦手だ。役者を続けるなら取っ払うべきものは苦手意識だが、未だに苺嫌いを克服できないのと同じように本当に駄目なものはどうしても駄目みたいだ。

 

 「それにしても夕野くんは制服を着ていると本当に園崎純也(そのざきじゅんや)をそのまま実写にした感じだねぇ。うん、やっぱり僕たちの目は正しかった」

 「それは褒めていると取っていいんですか?」

 「もちろんだとも。ねぇ黛ちゃん?

 「そうですね

 「(・・・大丈夫かこの2人?)」

 

 霧生の制服を着た俺を見て茶化すような態度で褒めちぎる上地と、隣のプロデューサーの主張に如何にもな営業スマイルで答える演出の黛。握手をして結束を深めた俺たちとは対照的に、それぞれで我が強い2人からはプロデューサーと演出の見えない火花を感じる。ちなみに黛は俺が初めて出演した月9のときの演出補佐で会ったのはそれっきりだったが、あの頃から我が強そうな人だなとは思っていた。果たして、来月から始まる撮影はどうなることやら。

 

 “あれ・・・確か今日はもう一人・・・”

 

 「あれ上地さん?“王子様”はまだ来ないの?」

 

 心の中で浮かんだ言葉を代わりに言うかのように、堀宮が上地にメインキャストの4人のうちの1人である一色がまだ来ていないことを問う。

 

 「そうそう彼のことだけどさっき僕のところに連絡が入ってね、午前からの撮影が機材トラブルで長引いてしまったせいで遅刻するってさ」

 

 どうやら上地曰く、一色は機材トラブルがあって遅刻するらしい。元を辿れば顔合わせとティザーの撮影が今日にずれ込んだのは、このドラマで神波新太(こうなみあらた)を演じる一色に代役の仕事が舞い込んでしまったためだ。もちろんどちらも原因は不可抗力のアクシデントだから彼のことは責められないと言われたらそれまでだけれど、こうやって二度も振り回されると個人的に良い気はしない。

 

 「マジで~?まぁでも、今日集まるメンツの中じゃ一番忙しいからなぁあの人」

 「一応私の携帯には“なるはやでそっち行くからよろ”ってメールが来てました」

 「待ってあずさって一色先輩のメアド持ってんの?」

 「十夜さんは同じ事務所だから」

 「言われてみればそうじゃん・・・」

 「あの、もしかして杏子さんって一色十夜さんと何か関係が?(ていうか“先輩”って・・・)」

 「同じ学校の先輩。って言っても年中ほぼスケジュール埋まってるっぽくて学校にはほとんど来てないけどね」

 「そうなんですね(そういや霧生に通ってるのは有名な話だったな)」

 「冗談かもしれませんが、ついこのあいだ事務所でバッタリ会ったときに“オレ多分、もう卒業式以外出れないと思うわ”と言ってました」

 「さすがにそれは冗談が過ぎマクリマクリスティーだけどマジな可能性もなくはなさそうなのが何とも」

 「毎日のようにテレビで見ますからね一色十夜さんって」

 「ただぶっちゃけ芸歴はあたしのほうが先輩だからその辺がちょっと複雑なんだよねー・・・・・・はぁぁ、こっちは10年かけてここまで這い上がってきたってのにドチクショウ

 「最後のほうで思いっきり私情が溢れてますよ杏子さん」

 「知るかボケー、てゆーかよくよく考えたらさとるも後輩じゃね?」

 「でしたね」

 「気付くの遅くない?」

 「遅いも何も今日入学したばっかなんでまだ分かんないっすよ正直」

 「・・・来たかも」

 

 なんて感じで堀宮からいつもの如く弄られつつメインキャスト3人で何気ない会話をしていたら、会議室の外の空気がガラッとピりつく気配がした。

 

 「どんな手品を使ったのかは知らないけど、思ったより早く終わったみたいだね

 

 資料を片手にテーブルを挟んだ反対側へと歩きながら上地が独白のように呟くと、会議室の扉が音も立たずに開いた。

 

 「ギリギリセーフ・・・と言ったところだね。十夜くん?

 「おかげさまで

 

 上地に挨拶がてら被っていた帽子(キャップ)を取ると露になる、ブラウン管や街のビジョンで何度もこの目に映った、白銀の髪と琥珀色の瞳をした王子様。もうすっかり見慣れていたはずだったのに、こうして実物に遭遇すると彼から発せられるオーラに思わず視線(いしき)を持っていかれる。大物俳優や大御所から放たれる荘厳さとは違う、“主演俳優”しか持ち合わせない有無を言わせぬ唯一無二の存在感だけど、同じような存在感を放っていた早乙女とも違う・・・1人だけ異なる次元にいるかのような輝き。

 

 「しかし機材トラブルがあったというのに、よく間に合ったよね?」

 「だって今日はずっと“会いたかった人”に会える最高の日だからさ。そんな日に遅刻することはみんなに失礼だし・・・何よりオレがオレを許せない・・・

 

 そうして一番最後に現れたメインキャストに気を取られていたら不意に目が合い、呆気に取られていた次の瞬間・・・

 

 “・・・!?

 

 “スターズの王子様”は俺の両肩に手を掛け、一歩でも間違えればキスをしてしまいそうなほどの至近距離に顔を近づけていた。

 

 

 

 「サトルはショートケーキの上に乗っている苺をどのタイミングで食べる?

 

 これが、一色十夜とのファーストコンタクトだった。




85話目(キャラ紹介含む)にしてようやく、憬と十夜が相対しました。そしてもう一人の新人発掘オーディション合格者、永瀬あずさも85話目にしてついに本格的に登場です。ちなみに彼女が前に登場したのが9話なので、実に76話ぶりの登場になります。

というわけでほぼほぼ自己紹介だけで丸々2話を使ってしまうという安定のテンポの悪さ・・・これは草すら生えませんね・・・・・・もう少しテンポよく進めていけるよう努力します。







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