或る小説家の物語   作:ナカイユウ

86 / 145
【人物紹介】

・永瀬あずさ(ながせあずさ)
職業:女優
生年月日:1984年4月29日生まれ
血液型:A型
身長:164cm


scene.73 メインキャスト②

 「サトルはショートケーキの上に乗っている苺をどのタイミングで食べる?

 

 仮に誰かが後ろからちょっかいを出した弾みで少しでも間違って足がもつれるようなことがあろうものなら、ほぼ間違いなくキスをしてしまいそうなほどの距離感で俺を凝視する“スターズの王子様”。

 

 「・・・・・・ちょっと何言ってるか分からない」

 「何で何言ってるか分からない?」

 

 あまりにも予想外すぎた不意打ちのせいで聞き逃した俺を、一色は間髪入れずに畳みかける。とりあえず、俳優(スター)として“歩く社会現象”と言われるほどの影響力を持つあの一色十夜から初対面からいきなり至近距離で迫られて“脅されている”に近しい状況に置かれると、シンプルにビビる。

 

 言うまでもないことだが、恐ろしいことに一色は学年こそ俺の2コ上だが芸歴的には同期の直接的な“ライバル”ということになる。

 

 「ねぇ、あずさは一色先輩からショートケーキのこと聞かれた?

 「うん。私のときは普通にさり気なくだったけど、ショートケーキのことは初対面で聞かれた

 「ちなみにあずさはどのタイミングで食べる派?

 「・・・私は一番最初かな

 

 もちろん、俺の背後でギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声量の囁き声で堀宮とショートケーキの苺の話をしている永瀬も“同期”の1人で、今や同世代の若手女優の中では牧や堀宮に続いて名前が上がるようになったほどの人気者(スター)だ。

 

 「いやだって・・・急にこんなふうに顔を近づけられたら、ビビって聞き逃すでしょ普通」

 「じゃあもう“二言”はないよな?」

 「だから“じゃあ”って」

 「もう一度聞くけど、サトルはショートケーキの上に乗っている苺をどのタイミングで食べる?

 「人の話聞いてる?」

 「人の話を聞いてるからオレは同じことをサトルに二度も聞いてんじゃん

 「(駄目だこの“王子”会話が全然噛み合わねぇ・・・)」

 

 そしてこの王子と来たら、芸能人としての雰囲気だけでなく言動や振る舞いまでも“異次元”ときた。芸能界という環境で約2年を過ごしてきたからどうにか冷静に対峙出来ているが、 “月9”のときの俺だったら間違いなくオーラと変人めいた振る舞いにただ圧倒されてしどろもどろになっているだろう。

 

 「・・・そもそも俺は苺が嫌いだから、ショートケーキも食わないよ・・・

 

 とにかく“ショートケーキの上に乗っている苺をどのタイミングで食べるか?”という質問に答えなければ先に進めないことが分かったから、半ば諦めの境地になって正直に答える。

 

 「・・・・・・食わない?ショートケーキを?

 

 すると俺の目を捉える琥珀の視線がほんの一瞬だけ天井を見上げ、スッと元に戻ると“嘘だろ?”とでも言いたげな表情をわざとらしく浮かべながら倒置法で俺を問い詰める。

 

 「うん」

 「マジで言ってんの?」

 「マジ」

 「苺が食えないならケーキのとこだけ食べるとかもしないの?」

 「やったことないけど、ケーキの部分だけなら多分いけると思う」

 「じゃあ給食でたまに出てくるデザートの苺はどうしてた?」

 「普通に残してた」

 「勿体ないとか思わない?」

 「考えたこともない」

 

 言っておくが俺は苺が嫌いだ。どうして嫌いになったのかはっきりとは覚えていないけれど、ギリギリで物心が付いたあたりの頃に初めて口にしたときから身体が苺を受け付けてくれなかった。

 

 「苺のどこか嫌い?」

 「嫌いっていうか・・・身体が受け付けない、みたいな」

 

 苺より酸っぱいレモンは普通に口に出来るし、同じクラスにもう一人いた苺嫌いの奴のように見た目が嫌というわけじゃない。ただ、間違って苺が口の中に入ったりすれば身体が受け付けないレベルで苺の味を拒絶する。それだけのことだ。

 

 「・・・そんなに苺が嫌いなのか?サトルは?

 「嫌いだよ。俺にとって苺は“劇物”を口に入れるに等しいから

 

 

 

 “ていうか・・・さっきから俺はいったい何を試されているんだ・・・?

 

 

 

 「なるほどな・・・・・・やっぱりサトルは、オレの“想像通り”だ

 「・・・いや、何が?」

 

 唐突に始まった“苺談義”的なものは、何が何だか分からないうちに向こう側が勝手に解決してくれたらしく、ようやく一色は両肩に掛けていた手を離して浮遊するかのような軽やかな足取りで2歩ほど下がった。

 

 にしてもこの何を考えているのか、目の前で凝視されているのにこっち側からは本当の感情が全く読めない奇妙なこの感覚はどこかで・・・

 

 

 

 “『そっか・・・憬くんは“正直”なんだね』”

 

 

 

 「アレ?ひょっとしてサトルって霧生?」

 「えっ、あぁうん今日から・・・って何でこのタイミング?」

 「ちょうど霧生の制服着てんのに気付いたから」

 「あぁ・・・そう(にしても今?)」

 

 なんて生まれて初めての顔合わせのときのデジャブを感じたところで、一色は俺が霧生の制服を着ていることに気付いた。一瞬の驚きの表情を見た瞬間に、これはわざとではなくガチだというのは分かった。

 

 「じゃあ、4人揃ったところで始めますか」

 

 そして俺たちメインキャストの頃合いを図った上地の一言を合図に、メインキャスト4人の最初の顔合わせが始まった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「では、改めて説明させて頂きます。今回のドラマ『ユースフル・デイズ』は今年の7月からテレビフジの“火曜夜10時枠”にて放送される連続ドラマになります。そして今日ここに集められた4名の皆様はそれぞれ神波新太(こうなみあらた)役に一色十夜さん、園崎純也(そのざきじゅんや)役に夕野憬さん、千代雅(ちしろみやび)役に堀宮杏子さん、半井亜美(なからいあみ)役に永瀬あずささん、という具合で本作における主人公(メイン)となる4名を演じていただきます_」

 

 会議室Bでプロデューサーの上地と演出の黛、メインキャストの4名が机を介して対面する形で、この後のティザー撮影を前にした最初の顔合わせは淡々と進んでいった。改めて説明された内容の多くは事前に海堂から聞かされていたことから補足を兼ねたもので、どちらかというとオファーに関する意思確認を問うような感じで他の3人と共にドラマの企画や資料内容を再確認していった。

 

 「_ちなみに撮影開始(クランクイン)は現時点で決まっている皆様のスケジュールを考慮した上で5月19日を予定していますが、ここまでで何か質問は?」

 「あの」 「すいません」

 

 ひとまず淡々とした口調で続く黛からの説明がある程度のところまで進んでひと段落し、資料を見ながら受ける中でどうしても引っかかった部分があった俺は思わず声をかけたが、ほぼ同じタイミングで堀宮も声をかけたことで、不意に見合う恰好になる。

 

 「俺は後からでいいんで先にどうぞ」

 「ううんさとるが代わりに言っていいよ、多分だけど質問したいことは同じだと思うから」

 「だったら尚更、ここは先輩の杏子さんが」

 「あたしのほうが僅差で遅かったし、全然いいよ」

 「・・・じゃあ、俺が言います」

 

 幾ら相手が同じ事務所で遠慮をしない程度には近しい関係にある堀宮と言えど先輩を差し置くつもりはないから潔く譲ろうとしたが、結果的に譲り合いの状態になってそれをプロデューサーの上地から温かい視線を無言で向けられたおかげ気恥ずかしくなってしまい、根負けして俺が堀宮の分も含めて質問することになった。

 

 「脚本のところが“審議中”って書かれてますけど、これは決まっていないってことですか?」

 「てことです。良いところに気付いたね」

 「いや、普通にこう書かれてたのが気になっただけです」

 

 渡されたドラマ関連の資料の中に書かれていた“脚本:審議中”という欄を指摘すると、上地から少し大袈裟気味に言葉を返された。直接口にしたら負けだと自分の中で決めているが、俺は上地の“こういうところ”がどうも子供扱いされてる気がしていけ好かない。

 

 「では脚本の件に関しては僕のほうから説明します_」

 

 ほんの僅かに感情が乗った少し無愛想な返しなど気にも留めることなく、上地は俺たちに脚本に関する説明を始めた。

 

 上地曰く、今回の『ユースフル・デイズ』の脚本はこれまで連続ドラマを手掛けた経験のない20歳から30歳にかけての若手から公募を集めてその中から脚本家を決めるという選考形式を取っており、参加者は既に脚本として携わった映像作品が世に出ている若手脚本家や小劇場を拠点に活動している劇団に所属する無名の劇作家、更には脚本家志望で素人の大学生に至るまで多岐にわたる。そして水面下で行われていた公募に応募した500人超の中から明日、『ユースフル・デイズ』の脚本を務める“たった1人”が決まるという。

 

 

 

 “『何せこれは、今までのテレビドラマ常識を塗り替える“新時代のドラマ”にするというコンセプトがあるからな』”

 

 

 

 元々このドラマの根底にあるコンセプトが、プライム帯のドラマとしては類も見ないほど攻め込んだものだということはオファーの段階で堀宮もろとも海堂から聞かされていて、それは一色と永瀬についても同じことだろう。これから先の俳優界を担う“次世代”の役者が時代を引っ張っていく第一歩とするように、演出側もこの春の月9で脚本を書いている月島からドラマ演出のノウハウを学んだ“愛弟子”でもあり演出を担当するのは初めてになる20代後半の黛が抜擢されるなど挑戦的だ。そういうこともあって肝心の脚本もまさかと思っていたが、案の定攻めまくっていた。

 

 裏方の事情も芸能界の“奥の方”もまだ“実質2歳児ぐらいの芸能人(こども)”の俺にはよく分からないが、少なくともこのドラマの企画自体が相当ぶっ飛んだ類だということや、こんなぶっ飛んだ企画をまかり通らせた“上地P(プロデューサー)”の手腕のやばさぐらいだったら身を持って分かる。

 

 「へぇ~、面白そうじゃん」

 

 そんな敏腕プロデューサー・上地からの説明が一通り終わると、右隣でふてぶてしく足を組んで座る一色が能天気な独り言を呟く。今は上地の話が重要だから置いておくが、それにしてもこの人は“王子様(スター)”として有無を言わせない魅力と圧倒的なオーラを踏まえても、よく“こんな性格と振る舞い”で“歩く社会現象”と言われるほど売れているものだ。

 

 「で、もしそれでズブの素人が選ばれることになったとしてもちゃんと“採算”は取れんの?」

 

 と心の奥で疑っていたら、ふてぶてしい姿勢はそのままに一色は先陣を切って早速言いづらかった“核心”をぶつける。その表情を横目で一瞥したら、どこか能天気に笑う表情とは裏腹に上地を見つめる眼だけは“真剣”だった。

 

 「もちろんプライム帯のドラマの脚本であることと“新時代のドラマを確実にヒットさせる”ことを念頭に置いて僕らは“超キビシク”審査してるから、そこは保証するよ

 

 そんな王子からの真剣な眼差しに、大ヒット請負人のプロデューサーは自信に満ちた表情で応える。

 

 「・・・なるほど。上地Pがそんなに自信満々に言うなら“信じていい”ってことだね?」

 「ご納得頂けたようでなにより」

 「ま、審査で選ばれた脚本家の人と出来上がったシナリオが“原作レイプ”よろしくの“最悪(ゴミクズ)”でも、オレたち4人と演者(キャスト)のみんなでどうにかするから上地Pは数字の心配はしなくて大丈夫だよ」

 「アハハハッ、これはまた頼もしいなぁ。ねぇ黛ちゃん?」

 「私に聞かないでください」

 

 プロデューサーの謳い文句に乗る素振りをすると見せかけて笑みを浮かべながら容赦のない言葉を用いて揺さぶりをかける一色に、上地は表情一つ変えずに意味深な笑みを浮かべたまま黛を“道連れ”にしてわざとらしく褒める。

 

 「だろ?オレたちは“実力”で選ばれて“ここ”にいるからな

 

 当然“スターズの王子様”たる一色は、こんな分かりやすい煽てには一切動じず火花すら散らさない余裕綽綽なドヤ顔とビッグマウスで返す。まだ決めつけるのは早いかもしれないけれど、芸歴としてではなくこの4人の中での“年長者”として引っ張っていくという彼なりの意思が、ここまでの一連で垣間見えたような気がした。

 

 

 

 “ただ、一色十夜(この人)の芝居の()り方は・・・・・・俺的にはあまり理解ができない・・・

 

 

 

 「でもさぁ、脚本(シナリオ)書く人を明日までに審査で決めるとして1ヶ月後の撮影までに間に合うの?」

 

 ズカズカと切り込んでいった一色に続く形で、俺と永瀬を挟んで一番右側のイスに座る堀宮が質問をする。確かにここは、俺も気になってはいた。

 

 「無論、心配はご無用。何せ最終審査は“このドラマの第1話にあたる脚本(シナリオ)をそのまま書いてきてください”という課題を出しているからね。当然ながら僕や黛ちゃん、そして原作の逢沢先生で何度も話し合いを重ねて、最もドラマ版『ユースフル・デイズ』に“相応しいシナリオ”を採用して、更にここから逢沢先生を中心として演出班と共に添削をかけて、必ずや完璧な脚本に仕上げて速やかにお届けすることを約束するよ」

 「・・・てことはその審査で上地さんたちに選ばれたシナリオが、ほぼそのままの形で台本(ホン)になるってわけ?」

 「なるってわけ」

 「だってよさとる。質問した甲斐があったね」

 「わざわざ俺に聞かないでください杏子さん(まぁ甲斐はあったけど・・・)」

 

 俺たちメインキャスト陣の投げかける質問に、上地は飄々とした口ぶりで余裕を持って答えた。ひとまず脚本が撮影開始(クランクイン)までに間に合うか問題については、“不安要素”が拭えないが上地の言っていたことを要約すると“大丈夫”だという。

 

 

 

 “『・・・もちろん俺は引き受けますよ・・・役者なんで・・・』”

 

 

 

 みたいなことをそういえばオファーが来たときは意気揚々と海堂に俺は言い放っていた気がするが、今にしてみればとんでもない“箱舟”に乗ってしまった感が否めない。それでも実力に加えて運をも味方に付けなければ這い上がれない異端な世界にいる以上、俺たち“若手”は目の前にあるチャンスの1つ1つにしがみついて、己の実力を証明していくしかない。

 

 

 

 「おっと、話が大分盛り上がってきたけれどティザーの撮影時間が迫ってしまったので申し訳ないけれど今日の顔合わせはここまで」

 「あの・・・!

 「おっ、なんだい永瀬さん?」

 

 それからしばらく上地を相手にした質疑応答のやり取りが続いたのち、ティザーの撮影が迫り一旦“お開き”にしようとしたところで、ここまで黙って俺たちのやり取りを聞いていた永瀬が勇気を振り絞るように手を挙げた。

 

 「・・・最後に1つだけどうしても聞いておきたいことがあるんですけど・・・いいですか?」

 「大丈夫だよ。何でも言ってごらん?」

 

 ずっと聞くべきかどうか悩んでいたのか、少しだけ緊張気味でおっかなびっくりに呼び止めた永瀬を、上地は一色を相手にするときとは打って変わった優しい言葉と口調で語りかけて落ち着かせる。

 

 「実は・・・私が通っている学校が昨日が始業式でちょうど同じクラスに芸能事務所に所属している人がいるんですけど・・・・・・その人が“千代雅役のオーディションを受けたけど落ちた”って言っていたのを偶然聞いてしまったのですが・・・」

 

 上地の優しい口調に半ば後押しされる形で、永瀬は恐る恐るどうしても聞きたかったことを口にする。

 

 「憬さんは分かりませんが、今回のドラマのキャスティングについては杏子と十夜さんはオファーで選ばれていて、少なくともですけど私は“オーディション”があったなんて話は全く聞いていないのですが・・・・・・上地さんと黛さんは何かご存じですか?

 

 その瞬間、最初の緊張が解かれて幾分か和やかになっていた会議室の空気が一気にピりつき始めた。

 

 「えっ?それってマジな話なのあずさ?」

 「うん・・・はっきりとそう言ってた」

 「一色先輩も知らなかった?」

 「思いっきり初耳」

 「さとるは・・・あたしと一緒にオファー貰ってるから聞くまでもないか」

 「当たり前です(やっぱり先輩呼びなのか・・・)」

 

 堀宮が芸歴的には後輩にあたる一色のことを普通に“先輩”と呼んでいたことが“ふざけ”ではなくガチだったのはともかく、『ユースフル・デイズ』のメインキャストを決めるオーディションがあったという事実は風の噂ですら聞いたことがなく、俺にとっては絵に描いたような“寝耳に水”の話だ。

 

 「・・・ってことでみんな“オーディション”のことは知らないってさ」

 

 当然メインキャスト4人全員が“オーディション”があったことを知らなかったことは、ピりつき始めた空気を和ませようと少なからず感じているはずの動揺を隠して“先輩として”気丈に普段通りのテンションを装い1人1人に確認する堀宮によって証明された。

 

 「だからあたしたちに教えてくれない?このドラマの“メインキャスト”として、クランクインまでにちょっとでも“モヤモヤ”は潰しておきたいからさ

 

 場の空気を読みつつここにいるメインキャスト(4人)が揃って“何も知らない”ことを確認した堀宮は、偶に見せる晴れやかな無邪気さと底知れぬ不気味さが同居した笑みを浮かべて上地と黛を問い詰める。

 

 「・・・話してもいいですか?この子たちに?

 「うん。構わないよ

 

 堀宮から“笑み”を向けられた黛は観念するかのように隣に立つ上地に横目で視線を送り“オーディション(ほんとう)”のことを話していいか問いかけると、上地は特に考え込むような様子もなく迷わずに黛の意見を飲んだ。

 

 そんな上地のあまりの躊躇のなさに、プロデューサーとしての“自負と覚悟”がほんの一瞬だけ垣間見えたような気がした。

 

 「・・・みなさん・・・・・・心して聞いてください・・・

 

 そして黛は腹を括ったかのように一呼吸すると、メインキャストとしてのオファーを引き受けてこの場所に集った俺たちに“舞台裏の真相”を話し始めた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 同日_東京都目黒区_芸能事務所・ホリエプロ本社ビル_

 

 「お疲れ様」

 「お疲れ様。申し訳ないね、入学式でごたごたしているであろうタイミングで呼び出してしまって」

 「ううん、私は全然へっちゃらだからお気になさらず」

 

 芸能事務所・ホリエプロ本社ビルの5階にある社長室。中野サンライズプラザで行われた霧生学園の入学式に出席していた環は、その後にあったホームルームが終わった直後にマネージャーの中村から“社長から先日のオーディションについて伝えなければならないことがある”という連絡が入り、事務所が手配した車で所属している芸能事務所であるホリエプロの事務所へ向かっていた。

 

 「霧生は楽しそうか?って言っても今日1日じゃ分からないか」

 「ははっ、そんなのまだ入学式が終わったばっかだから分かんないよ・・・でも、仲の良い友達と久しぶりに同じクラスになれたから楽しみにはしてる」

 「そうか、それは良かったじゃないか」

 

 ホームルームが終わった放課後、携帯に中村さんからの電話がかかって制服を着たまま真新しいカバンを片手に事務所の社長室へ直行した私を、事務所の社長(ボス)堀家(ほりえ)さんがいつもと変わらずアットホームな感じで出迎えながら応接間のソファーに座らせる。

 

 「しかし霧生の制服を着こなす姿を見ると、グランプリを獲ったときから随分と蓮は“大人っぽく”なったとつくづく感じるよ」

 「さすがに“お世辞”だとしても大袈裟過ぎじゃない“ボス”?」

 「“お世辞”なんかじゃないさ。これでも君のことは女優として大いに期待しているからね」

 

 ちなみにこれは余談になるけれど、私が芸能界に入ってからずっとお世話になっている芸能事務所・ホリエプロには独特な“事務所の掟”があり、そのうちの一部が社長のことは“ボス”と呼ぶことと、ボスに対しては“敬語禁止”というもの。これはただ単にボスと所属している親子以上に年の離れたタレントとの距離を縮めるだけが目的ではなくて、ちゃんとした“人材育成”を基にした事務所としての方針(あり方)・・・だと私は思っている。

 

 「ボスにそう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 最初は“敬語で話しちゃダメだ”と意識し過ぎるあまりぎこちなくなりがちだったボスとの会話も、芸歴4年目になった今では何も意識をしないで平然と交わせるようになった。そんな敬語禁止の掟と事務所の家庭的な空気のおかげかは分からないけれど、いまの私は自分より上にいる人は例え相手が大先輩の大物であっても臆しないぐらいには女優(やくしゃ)として強くなれた。

 

 

 

 “『ユースフル・デイズのオーディションの件でボスから話がありますので、行事が終わり次第すぐ事務所(ほんしゃ)へ向かってください』”

 

 

 

 携帯にかかって来た中村さんからの突然の連絡は、一度は不合格になったドラマのオーディションに関係する話だった。もちろん芸能界が想像していたより“煌びやかで華やかな世界”なんかじゃないことを知っている私は、安易に淡い期待なんかしない。と思いつつ、心の中で1%ぐらいは合格した人がオファーを断ってその“おこぼれ”が私のところに来てくれないかな・・・と余計なことを願っている自分もいる。

 

 

 

 だって不合格になったとは言え・・・オーディションの手ごたえは本当に文句がないくらいにあったから・・・

 

 

 

 「それで、この前のドラマのオーディションのことで何かあった?」

 「そのことについてだが蓮・・・・・・心して聞いて欲しい

 

 応接間のいかにも高級なソファーに座り、いつもみたいに遠慮なんかせずに呼び出した理由(わけ)を聞く私に、仏のように温厚な性格がそのまま顔に出ているかのような仏顔のボスは、テーブルを挟んだ反対側のソファーに座りがてらいつになく真剣な眼つきで私を見つめる。

 

 「・・・割と本当に真面目な話みたいだね・・・・・・これ

 

 何とか私は余裕ぶっていつも通りに振る舞うが、今までで一番“怖い”ボスの表情(かお)を見た瞬間、これから話す内容が“只事”じゃないことが一瞬で分かり動揺で呼吸がほんの少しだけ浅くなる感覚を覚えた。

 

 「実は今朝方、この間の『ユースフル・デイズ』のオーディションの件でプロデューサーの上地氏から直接連絡が来てね・・・・・・環蓮を“大村凪子(おおむらなぎこ)”役として改めて起用したいというオファーなんだが、蓮はどうしたい?

 「大村凪子・・・・・・あぁ、あの弓道部にいる雅の友達ね」

 

 そして何かしらの覚悟を決めてきたいつもよりも怖い仏顔のボスから明かされたのは・・・“別の役として『ユースフル・デイズ』に出てくれないか”というオファーだった。

 

 「うん、私は全然オッケーだよ」

 

 私にオファーが来た大村凪子というキャラクターは、原作ではストーリーの中心人物になる新太、雅、純也、そして私がオーディションを受けた亜美たち4人の隣のクラスにいる弓道部に所属している生徒で、同じ弓道部の雅とは部活仲間および同期のライバルという関係で友達としても仲が良くて、ストーリーの根幹には直接関わってこないけれど何でも話せる理解者(ともだち)として雅の背中を押したり、時には叱咤激励したりと脇役ながらも見せ場は多い“オイシイ”役どころだ。

 

 「そうか。蓮のことだから“ノー”と言われたらどうしようかと思ったよ」

 「するわけないじゃん。だって凪子は私の中だと亜美の次に好きなキャラクターだし」

 

 当然私は役として“オイシイ”なんていう安い理由で凪子を好きになったわけじゃなく、凪子のキャラクターに“私もこういう人になりたい”と、人として純粋に“憧れ”ている。

 

 「それに、一度は不合格になった私にわざわざ声をかけてくれたんだから、女優として期待に応えるのは当然でしょ?」

 

 もちろん出来ることなら亜美(メイン)を演じたかったし、最終選考まで行ったのにまたしてもチャンスを掴めなかった悔しさだってある。だけど、こんな私に期待してくれる大人(ひと)達がいるならその人たちの期待に応えて、そして期待を超えて自分がいつでも“主演(メイン)”を()れることを芝居で証明してみせる。

 

 科学的な根拠はないけれど、それだけの芝居(こと)()れる自信ならいまの私にはある。

 

 「・・・けどそんな“怖い顔”をして何を言うかと思ったら、案外普通のことで安心した」

 

 だけどボスが今までで一番怖い顔をして何を言うかと身構えていたら、蓋を開けてみれば “ただのオファー”だったからどこか拍子抜けしたような気分だ。まぁ、何だかんだで続けて見せ場のありそうな役を演じられることは嬉しいし、浮上するチャンスを与えてくれたことはありがたいから後は自分でやれることをただやるだけだ。

 

 「・・・ひと安心したところで悪いが、“本題”はここからなんだ・・・

 

 なんて呑気に油断した私に、ボスは再び“覚悟を試す”表情と鋭い眼つきで話を続ける。

 

 「・・・今回のメインキャスト4人を決めるオーディションは・・・・・・厳密に言えばメインキャスト以外の生徒役を決めるために行われたものだ・・・

 「・・・え?

 

 そしてボスから明かされたオーディションの“本当の目的(真実)”に、私は完全に言葉を失った。

 

 「残酷な言い方をすると・・・蓮のところに半井亜美役を決めるオーディションのオファーが来た時点で、半井亜美を誰が演じるのかは既に水面下で“決まっていた”ということになる

 「・・・・・・は?

 

 

 

 憬と渋谷で『ロストチャイルド』を観に行った次の日に舞い込んだ、亜美役としての『ユースフル・デイズ』のオーディション参加のオファー。ずっとそこに立ってやろうと憧れ続けていたメインキャストになれるチャンスに、私は二つ返事でOKを出した。オーディションで亜美の役を掴み取るために原作の漫画を全巻まとめ買いして、徹底的にストーリーやキャラクター同士の人間関係、そして自分の演じる亜美の心境を叩き込んで受験勉強もそっちのけで役を作り込んでオーディションに臨んだ。

 

 

 

 “_不合格とさせていただきます。_

 

 

 

 ここまでして臨んだけれど、結果は不合格だった。もちろん自分の想いが伝わりきらなかったことは、誰も見てないところで涙を流さないと気分が落ち着かない程度には悔しかった。それだけこのオーディションには賭けていた。でも、最終選考の演技審査の出来栄えは自分の中では会心の出来で、審査員の反応も良かったから、これで“環蓮(わたし)”の名前と実力ぐらいは覚えてもらえただろうという確かな手応えがあったことは、唯一だけど直ぐに自信を取り戻して立ち直れることができた大きな救いだった。

 

 

 

 「何それ

 

 

 

 だけど私がオーディションに向けて役を作り込んでいた時にはもう、私よりも名前が売れている違う誰かにオファーが来ていて、オーディションの最終選考で全てを賭けて自分なりの亜美を演じていた時にはもう・・・誰が亜美を()るのかはとっくに決まっていた。

 

 

 

 「全部嘘じゃん

 

 

 

 私は最初から、役者として勝負する土俵にすら立たせてもらえていなかった。私は最初から、メインキャストの“引き立て役”として外野でいいように掌で踊らされていた・・・当然それは、私と一緒にオーディションを受けていた他の女優(ひと)たちも、同じことだ。

 

 

 

 「で?私は“メインキャストさん”の人気に乗っかって“おこぼれ”でもっと有名にでもなればいいの?

 

 ボスからオーディションの“からくり”を知らされたいまの私は、きっと鏡で見たら自分でも怖気づいてしまうくらい“怖い顔”をして笑っている。“種明かし”をされた私をテーブル越しに黙って見つめるボスは、ありとあらゆる感情が入れ交じったような表情(かお)で受け止めている。からくりを明かしたら私がこうなることを分かっていたうえで、私に“女優”としての覚悟を無言で問うている。

 

 「そうでもしないと主演になれないどころか勝負すらさせてもらえないなんて・・・・・・芸能界(せかい)って“残酷”なんだね

 

 そんなボスに自分でも信じられないくらい冷めた“言葉”をぶつけたところで、何になるわけでもない。別に芸能界が単純な実力だけじゃ這い上がれない複雑で理不尽な世界なのは嫌でも“分からされた”からもう怒りはないし、望んでいた役とは違う役でオファーが来たことに不満もないし、むしろ凪子役のオファーが最終選考での結果を踏まえたものだとしたら、これ以上にありがたいことはない。

 

 

 

 ただ、正々堂々と“勝負”をしたかったのに、勝負をする権利すら与えてもらえなかったことが・・・腸が煮えくり返って今にも爆発してしまいそうなほど悔しくて堪らない。

 

 私を選ばなかったどころか勝負の土俵にすら立たせてくれなかった大人達を・・・“芝居”という名前の実力行使で心の底から後悔させてやりたくて仕方がない。

 

 

 

 「・・・蓮・・・僕が“全部を知った”上でこのオーディションに君を参加させることにOKを出した理由は、分かるか?

 

 私の身体中を激しく巡る複雑怪奇な感情を黙って受け止めていたボスが、“お前なら分かるはずだ”と言いたげに重い口を開いて“理由”を問う。

 

 

 

 “『“主演を演じることしかできない”役者になるな。“主演も演じられる”役者になれ』”

 

 

 

 「・・・ってこと?

 

 6月に公開される映画でサブヒロインの役を貰えたときにふと“『何だ、ヒロインじゃないんだ』”という何気ない不満を漏らしてしまった私に、ボスが真剣な眼差しと表情で言ったアドバイス。もちろん、それが答えだってことは言われなくても私には分かっている。

 

 「・・・分かっているなら、もう“やること”は一つだよな?

 「当たり前だよ。私は“女優(やくしゃ)”だし

 

 分かり切った答えをぶつけた私に、ボスは続けて“覚悟”を問う。その表情はいつになく真剣ながらも、いつになく微笑んでいた。

 

 「ボス・・・・・・“爪痕”だけは絶対残して帰ってくるから

 

 その微笑みで“燃えた”私は、全部を受け止めてくれた恩師(ボス)に“女優(じぶん)の覚悟”をぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 さあ、戦え私。




静かに切られる、戦いの火蓋_






推しの子とアクタージュのクロスオーバー、誰か書いてくれないかな?



※2024/02/07 内容を一部変更しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。