2018年9月3日_午前5時30分_
♪~♪~♪~♪~♪~♪
「・・・・・・ん~」
5時30分。起床時間を告げるスマートフォンのアラームを止めて、眠気眼な身体を起こしてゆっくりと意識を
“・・・今日こそは走れる・・・”
1分弱ほどの時間をかけて眠気を飛ばしバルコニーへ向かうと、実に4日ぶりになる晴天の夜明け空が窓の向こうに広がっていて、リビングを淡く照らしていた。このところはずっと雨が続いていたせいで日課としているルーティンをやれていなかったからか、年甲斐もなくテンションが久しぶりに上がっているのを直に感じる。やれやれ、そこそこにいい歳なはずのアラサー過ぎの小説家が、何をたかが日課のランニング如きに“家族旅行へ行く日の朝に“早く行きたい”と親にせがむ5歳児”みたいな心持ちになっているのか。
“『僕たち大人が遠い昔に捨て去った“純粋無垢な感情”を見ていると・・・自分自身のことが随分と“醜く”思えてしまうものです』”
久しぶりに見る晴れた夜明けの空を前に子供じみたテンションになりかけていた心と頭を冷やそうと、テーブルの上に置かれた
「・・・・・・はぁ」
純粋に湧いて出てきた感情を無理やり煙草という安定剤で抑え込もうとしている自分を俯瞰して、すっかり汚れて“醜く”なってしまったかつての“
“・・・結局何だったんだ・・・昨日の“アレ”は・・・?”
そして昨日、個人的なロケハンの最後に訪れた馬橋公園で前触れもなく襲い掛かってきた、“フラッシュバック”のような何か。やはりそれは一晩が経とうとも一切中身も何故いきなり“それ”に襲われたのかも全く思い出せる気配すらなく、すっかり“夢の同義”と化している。
だからといって、わざわざ“それ”の正体を突き止めるためだけに
“行くか”
ひとまず気分を変えて結論のない堂々巡りを一旦終わりにするために、俺はいつものように顔を洗って髭を剃り、ランニングウェアに着替え軽いストレッチを済ませ
「本当にこんな朝っぱらから“こんなところ”を走ってんだな」
いつもの晴れた朝と変わらず歩き慣れたエントランスホールと厳重なセキュリティーで覆われた二重の扉を通り抜け、すっかり走り慣れた“トラック”でもある
「・・・・・・一色?だよな?」
不意に聞こえた声のする方へと振り返ると、そこには同じくランニングウェアと
「いかにも」
ただ一色とはかれこれ10年ほど会っていなかったせいで確信が持てなかったが、俺からの確認に“変装”をした一色がサングラスを外して、感情が視えないクールな笑みと共にメディアでよく見かける“美少年”だった10代の頃から衰えることを知らない端正な顔立ちが露になると、それが確信に変わった。
「・・・何でここにいる?」
しかしドラマや映画の演出でも中々見かけないあまりにも突拍子のないかつての“ライバル”の登場に、思考回路がこんがらがって幾分か語彙力が低下する。
「“
そんな状況を飲み込めないまま混乱している意識に“心ちゃん”という聞き覚えのあるあだ名が入り、俺は冷静さを取り戻す。
「・・・天知さんか。何をどう聞いてどう話したかは知らないが余計なことを」
「故意か偶然か昨日ドラマの撮影をしてるスタジオに顔を出してきてね。新しい仕事の話ついでにふとサトルのことを思い出したから、“おまけ”で聞いてきた」
「そいつは“大きなお世話”だな」
「そう冷たいこと言うなよサトル。これでもお互い競い合ってきた“
「昔の話な。言っておくけど俺は
「・・・へいへい。分かってますよそれぐらいのことは」
左手にはめている色違いのスマートウォッチを操作しがてら飄々とした様子で話しかけてくる一色を、俺は無難にいなす。“王子様”と呼ばれる甘いマスクと“カメレオン”と称される変幻自在な演技を武器に第一線で活躍しているこいつと同じ役者だったのはもうすっかり“昔”の話だから、芝居を捨てた今さらになってこいつと“演技論”の話をするつもりなど毛頭にもない。
「それより時期的にドラマの撮影の真っ只中で忙しいんじゃないのか?」
「あぁ、おかげさまで“絶好調”」
「それは良かったけど、“こんなとこ”まで来て寄り道する必要はあるのか?」
「今日は
「暇だからってわざわざ俺のとこに来るなよ・・・」
にしても“スターズの王子様”と呼ばれていた頃と引けを取らないくらい忙しいはずなのに何でこんなところにいるのかと思ったら、今日は“撮休”だという。別に俺にとっては何も関係ない話なのだが。
「とりあえずせっかくだから一緒に走ろうぜ。偶にはいいだろこういうの?」
なんて俺の心の事情などお構いなしに、サングラスを再びかけた一色は一方的に話の主導権を取る。相変わらず、何を考えているのか全く読めないところは初めて会った頃からほとんど変わらない。
「・・・俺についてこれるならな」
「・・・いいねぇ」
ひとまずまだ人通りが少ないうちにルーティンを終わらせて仕事に戻りたかった俺は、カウントも取らずにタイマーをスタートさせて走り始めた。
「そっちの仕事は順調か?」
「あ?まぁ、今のところおかげさまでな」
「ベストセラー連発してる大人気作家がよく言うわ」
「馬鹿言うな。“こっち”の世界にも上には上がいるんだよ」
「ははっ、確かに夏目とか太宰がいるしな」
「いつの時代だそれ。あと、比較対象がおかしいだろ」
「言っても“こっち”の世界でいう
「さっきから軒並みお亡くなりになっているだろうが」
「っていうかお前、やっぱり普段から走ってるだけあってそれなりに速いな」
「一色こそ、全然ペース落ちねぇじゃねぇか」
「ウエイトトレーニングとランニングは日頃の日課だからね。芸能人ナメんな」
走り始めて10分と少し。4周のうちの2周目を終えても一色は息すら切らさず俺と全く同じペースで左隣を安定したフォームで走る。何なら
「別にナメてないわ」
自分で言うのも難だが1kmにつきだいたい5分半ほどという普段から走り込んでいない人からすればそれなりのハイペースで走り続けているが、さすがは第一線で活躍する現役の俳優なだけあって体力づくりにも隙が無い。といったところか。
「けど、役者はやめても走り込みだけは今でも続けてるんだな?」
そんな感じで俺よりも余裕そうな顔をして隣を走る一色から、いきなり“痛いところ”を突かれる。
「あぁ。何か・・・これだけはやらないとどうも落ち着かないんだよな」
俺が今のように朝早く5~6km程度のランニングをするようになったのは役者をやめて小説を書くようになってからではなく、17のときに起きた“ある出来事”で俳優業を一時休養せざるを得ないほど
ただ何も考えず、決まった時間に決めたコースをその日その日の身体のコンディションと相談して、自分のペースで走る。5~6kmというランニングとして考えると平凡な距離なのには、“リハビリ”をしていた頃は普通にランニングをした後に学校に通って授業を受けるためにある程度は体力を温存する必要があったことや、目的は“体力づくり”というよりかは“
そして自らに課した“ルーティン”により芝居のことすら考えない“時間”を設けたことで、俺は再び役者として俳優業に復帰することができた。同時に晴天時のランニングは俺にとって感情を完全にリセットして切り替えられる貴重な“
“『バイバイ』”
10年前の“あの日”・・・23時過ぎに突然来たメールを遺言に“あいつ”が自ら命を絶った数時間後でさえ、俺は明け方の空を見るや否やいつものようにウェアに着替え、気が付いたら走っていた。何も考えず、いつものように“ルーティン”をこなした。ただこの日ばかりは、俺の記憶が正しければ体力が尽きるまでただひたすらに走り続けていた。身に降りかかる全ての現実から逃げるように、ひたすら走り続けていた。
もう・・・・・・何も考えたくなかった・・・・・・
「サトル、言っとくけどオレならもうちょいペース上げて走れるけど、どうする?」
隣を走る一色が、話の流れをぶった切ってペースを上げてみないかと俺に聞いてきた。
「・・・そうだな。偶には違うことをしてみるのも悪くはないのかもしれないな」
正直言っていきなりペースを乱されるのは普段だとあまり良い気分にはならないが、何となく今日はいつもよりペースを上げて走りたい気分だ。
「じゃあついて来いよ。オレに」
3回目のスタート地点が見えた瞬間、一色は走り始めるときに俺が放った言葉をそのまま仕返す台詞を吐いてスパートをかけて先行すると、俺もそのペースに合わせて身体のギアを上げてペースを速める。
“・・・最後まで持つのかこれ・・・?”
気が付くと俺は一色と共にランニングというよりもほとんどラストスパートに近いスピードで足を進めていた。こんなハイペースで走ったのは、一体いつぶりになるのだろうか・・・
「懐かしくないか?サトル?」
「・・・何がだ?」
呼吸がこれ以上乱れないように調整しつつ、俺は三歩分先を走る一色に問いかける。
「・・・こうやって息を切らしながら走るのは・・・・・・ドラマでお前と初めて一緒に撮影したとき以来だ・・・」
そして呼吸を整えながら問いかけた俺の声を横目に見ながら振り向いた
ピッピッピッピッ_
「・・・・・・ん~」
5時30分。起床時間を告げるスマートフォンのアラームを止めて、眠気眼な身体を起こしてゆっくりと意識を
「・・・・・・いてぇ」
だが身体を起こした次の瞬間、妙に全身が火照っている感覚と共に一時は治まっていたはずの“頭痛”がまた襲ってきた。幸いにも熱っぽいだるさはなく、頭痛も今までと同じく耐えられないような痛みではなく、
“・・・今日こそは走れたのにな・・・”
痛みでいつもより少し重くなった身体でバルコニーに向かうと、実に4日ぶりになる晴天の夜明け空が窓の向こうに広がっていて、リビングを淡く照らしていた。ただよりによって約1ヶ月ほどご無沙汰になっていた“頭痛の種”が再発したせいで、走ろうにも気力が分かない。
“そういや、夢の中で誰かと走っていたよな、俺”
ミネラルウォーターで
“『お前も少しは自分を持ったらどうなんだ?』”
“『そういうあんたはもっと自分を削った方がいい』”
それにしてもこの俺があの一色と一緒に仲良くランニングをしているなんて、本当の意味で夢の中での出来事でしか“あり得ない”くらいには可笑しな話だ。無論それは
“『やっぱサトルとは“人間”として分かり合えそうにないわ・・・・・・ま、オレはそういう“おもしれぇ”やつのほうが“役者”としては好きだけどな』”
“・・・やはり・・・何も変わっていなかったってことか・・・”
薬の効果が効き始めたおかげか、次第に何かに押さえつけられているように重かった頭が軽くなり、思考回路も回復を始める。“悪夢のような何か”を見るたびに襲いかかる頭痛は、結局のところ相も変わらず治ってなどいない。
“・・・いや、違う?”
ただ今までと少しだけ違うことは、いま見た夢が“昔の出来事”ではなく、ごく普通の夢の類だったことだ。役者だった頃の
“『・・・この公園に入る前、夕野は僕に
もしかしたらこの頭痛は、昨日のロケハンで襲い掛かった“フラッシュバック”に起因するものではないのかと思い返してみるが、案の定その前後の記憶は一晩経ってすっかり曖昧になってしまっている。だからといって、わざわざもう一度“フラッシュバック”を体感するために
“・・・そういや
薬の効果で正常に戻り出した身体で外の世界からの逆光で暗くなった
“『サトルはショートケーキの上に乗っている苺をどのタイミングで食べる?』”
“・・・なるほど・・・・・・そういうことか・・・”
ふと頭を駆け巡った“昔の記憶”と一緒に、曖昧になりかけていた夢の
だとしたら考えられるのは、“過去と現在”が混合したということだろうか。確かに一色がまだ18だったとき、16の俺は隣を一緒に走っていた。無論、それは役を演じる俺たちのことを捉えるカメラの前での話だが、先ほどの夢の中と同じように俺たちは走っていた。将来有望な10代の少年少女を
もし役者をやっていた
“・・・って、馬鹿か”
いつの間にか感傷に浸り未練がましく昔を懐かしむ思考をリセットするべく、俺は洗面台に向かって顔を洗う。冷たい水が顔にかかり、しぶとく残っていた10%ほどの睡魔が何処かへと吹き飛んだ。
「・・・ハハッ・・・・・・随分とひでぇ顔してんな・・・」
蛇口を止めて、水が下たる33歳の成れの果てを鏡越しに見つめると、力の抜けた独り言が無意識に口からこぼれた。元々俳優として顔で売っているわけではなかったが、あの頃も含めて芸能界から離れた身分になってからも身なりには最低限の注意は払っていた。とはいうものの、表に出て“
“『じゃあこの調子でいつかはドラマや映画にも・・・』”
かつての俺と今の俺を見比べた“だけ”の連中は決まって誰もが“変わらない”とでも言いたげに俺の
そもそも10年前の俺は、こんな“未来”など想像すらしていなかった・・・
“『バイバイ』”
“あいつ”が死んだ・・・・・・“
“『あなたはどのように私を化けさせてくれるの?』”
“・・・!?”
何の前触れもなく突発的に起きた10年前の“フラッシュバック”と同時に、俺の感情を
“・・・あぁそうか・・・・・・
そして俺は頭の中に浮かんだ“物語の続き”を具現化するピースを手に入れるため、感情の衝動に身を任せて百城に一通のメッセージを送った。
2つの時系列を行き来するのは、まるで別作品を同時進行で執筆しているかのような感覚に陥るのでスイッチの切り替えがとにかく大変ですね・・・・・・って、似たようなことを前にも書いたような気がする。
と、作者は愚痴を溢していますが次回からまた2001年に向かいます。