或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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GWも普通に仕事じゃ


scene.75 人気者(スター)の休日

 2001年_4月8日_お台場・マリンシティ_

 

 「すいません!お待たせしました!」

 

 午前10時48分。日曜日なのも相まって若者や家族連れ、観光客などで混み合うお台場マリンシティの中にあるシネマコンプレックスに、憬は約束していた時間から18分遅れて到着した。

 

 「もー遅いよ“さとる(ジュン)”、あと“タメ口”」

 「(あ、やべっ)悪い、途中で思った以上に乗り換えに時間がかかった」

 「だから一旦渋谷で合流して一緒に行こうかって言ったのにあたし」

 「面目ない」

 

 東京駅でホームを間違えて1本分のタイムロスをしたせいで集合時間から18分遅れて着いた俺を、堀宮はあからさまに呆れたような顔を浮かべて叱る。横浜の実家から事務所に向かうときに毎回渋谷駅を使っていたから“これぐらい”はどうにかなると堀宮からの助け舟を断った結果がこれだ。ふと思い返せば、事務所の最寄り駅までは乗り換えなしで行けていたからなるべくしてなった感は否めない。

 

 「てか“ホリミィ()”から聞いたんだけど“サトル(純也)”って東京(こっち)に来たのはついこないだからだって?」

 「あぁうん、入学式前日まで横浜の実家から事務所に通ってたから(一瞬誰かと思った)」

 「横浜からだったらまだ通えることは通えるけどやっぱり地味に大変なものなの?」

 「いや、俺が住んでたところからだと“トーヨコ”一本で渋谷に行けたからそうでもないよ。むしろ俺にとっては今のほうが逆に大変だけどね、乗り換え多いし」

 

 続いて着いた傍から事務所の先輩に軽く叱られる俺を、一色と永瀬がさり気なくフォローする。それにしても一色はミリタリージャケットと胸元に“NEW YORK CITY”と大きく書かれた白のロゴTシャツに、ニット帽とオレンジの色付きサングラスという“王子様”の要素ゼロな“変装コーデ”のせいで声を聞くまでこの人が一色だという確信が持てなかった。強いて言うならニット帽からチラッと出ている襟足だけが、この人が一色だという判断材料ってところだ。

 

 「“大変”だったら最初からあたしに相談しろっつーの」

 「だからごめんて」

 「あと遅れるならせめて“遅れる”ってメールすること。電話は無理でもマナーモードにすれば電車の中でも出来るでしょ?

 「うん・・・それはマジで気を付ける(うわこれマジだ)」

 「てゆーかあたし“さとる(ジュン)”に何通かメール送ってるはずだけど分かんなかった?

 「多分マナーモードとかにしてるから気づかなかった」

 「マナーモードでも“バイブ”はするからポケットにでも入れてたら気づくと思うけど」

 「・・・そうか・・・ちょっとメール来てるか確認するわ」

 

 そしてさり気なく“地雷”を踏んだ俺は堀宮から“先輩”としてガチのお叱りを受け、中学を卒業すると同時に卒業祝いで買った最新型の携帯電話を取り出そうとジーンズのポケットの中を漁った・・・

 

 「・・・あ」

 

 だがポケットの中に入っているはずの携帯電話はどこにもなかった。

 

 「・・・・・・やべぇ、多分寮に忘れてきた」

 

 同時にその携帯電話を寮にある自分の部屋に置いてきてしまったことを、俺は思い出した。

 

 「・・・マジで言ってるそれ?

 「・・・はい」

 

 きっとこれは最低限の操作は出来るようになったとはいえ、まだ“携帯電話を携帯する”という習慣が身体に染み付いていなかったせいだ。にしてもまさかこんな4人揃った貴重な休日に自分の人としての未熟さを痛感する羽目になるとは思ってもみなかった。

 

 「待ってそれ・・・・・・もうケータイの意味ないじゃん、ハハハッ」

 「ちょっ、笑い事じゃないってきょ・・・“千代”」

 

 そんなこんなでガチで凹みかけた俺をみた堀宮は、さすがにやり過ぎたと思ったのかそれとも単にガチ凹みをする俺のことが面白おかしくなったのか腹を抱えて笑い出した。そして久々に説教を食らって反省が過ぎた俺は、ついつい堀宮のことを危うく“本名”で呼びかけてしまった。せっかくの休日のはずが、もう既に“踏んだり蹴ったり”だ。

 

 「・・・まぁ、これも“いい勉強”になったってことで次からは気を付けることだね?」

 「・・・うす」

 

 こうして笑いが収まったところで、堀宮はいつもの晴れやかな“笑み”を浮かべて説教を終わらせた。その優しい表情を見た瞬間、堀宮が笑った理由が“前者”だったことも分かった。

 

 だからどうしたという話になるが、こういう何も飾らない堀宮の笑みを視ると理由もなく“安心”してしまう自分がいる。

 

 「あのさ・・・もうそろそろチケット受け取って中入らないとやばいと思うけど?」

 「・・・やばっ、もう上映まで10分もないじゃん。ありがと“あずさ(アミ)”」

 「“ホリミィ()”、今日はあんまり“先輩感”出すなよオレたち“クラスメイト”なんだから」

 「分かってるって“一色先輩(コウ)”」

 「言っとくけど“サトル(純也)”のこと怒ってたとき、どっからどう見ても事務所の先輩後輩にしか見えなかったわ」

 「嘘マジで?」

 「マジで、なぁ“あずさ(亜美)”?」

 「うん。私もそういうふうにしか見えなかった」

 「え~これでも結構抑えてたんだけどなぁ~・・・もう遅刻した“さとる(ジュン)”が全部悪いねこれ」

 「それまで人のせいにされるのは理不尽だわ」

 

 ひとまず目当ての映画の上映時間まであと10分を切ったことに気付いた俺たちは、3日前に一色が“偽名”でインターネットで予約したチケットをカウンターで受け取り、指定された席のあるスクリーンへと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 そもそもどうして俺たちメインキャスト4人組が、ドラマの情報解禁を明後日に控えた日曜日に互いを“役名”で呼び合いながら“四者四様”の変装コーデを着こなしてこんなところで“遊んで”いるのかというと、それは3日前のドラマのティザー撮影を兼ねた顔合わせにまで遡る。

 

 “『少なくともですけど私は“オーディション”があったなんて話は全く聞いていないのですが・・・・・・上地さんと黛さんは何かご存じですか?』”

 

 全ては撮影の時間が迫り顔合わせを“お開き”にしようとしていたタイミングで永瀬が呼び止めて勇気を振り絞るように打ち明けた、全く聞かされていなかった“オーディション”が始まりだった。

 

 “『・・・みなさん・・・・・・心して聞いてください・・・』”

 

 俺と永瀬も含めて全員が知らなかったオファーの裏の水面下で行われていた“オーディション”の件を堀宮から問われた黛は、一度だけ深呼吸をすると俺たちに向けて覚悟を試すような表情(かお)と口調で“舞台裏の真相”を話し始めた。

 

 “『・・・実は・・・_』”

 

 黛の口から告げられたのは、俺の想像を遥かに上回るほど色んな大人(ひと)達の思惑が複雑に絡み合ったかのような実態で、例えるならば知らず知らずのうちに“芸能界(この世界)の裏側”に片足を突っ込んでしまったかのような・・・そんな感覚だった。

 

 “『・・・そんなことって・・・』”

 

 オファーの舞台裏を明かされた俺たちは、しばらく二の句が全く出てこないような状況になった。

 

 “『・・・・・・こんな血も涙もない“負け戦”みたいな真似をしてでもオーディションをやったのは、何かあたしたちに“意味(メリット)”があるからってこと?』”

 

  そうして“四者四様”の感情が入れ交じる沈黙が10何秒か続いたのち、沈黙を破った堀宮は普段より1トーンほど低い静かな口調で上地に問いかけた。いつもと同じような笑みを浮かべつつ上地と黛を凝視する碧眼の瞳は、(ライバル)のことを意識しているときと同等かそれ以上ぐらいの勢いの“感情()”が燃え盛り宿っているかのようにギラついていた。

 

 “『その通りだよ。ただし、ここから先は“企業秘密”だけどね』”

 

 堀宮から向けられた“もう一つの素顔”に、上地は相も変わらずの余裕綽綽な振る舞いと口調で返した。この瞬間、オーディションの“一件”は俺たち演者の力だけじゃどうやっても解決しないことを俺は理解した。

 

 “『・・・分かった。じゃああたしは“この件”についてはもうこれ以上首を突っ込まないでパスしようってことにするけど、みんなはどうしたい?』”

 “『“揉め事”は嫌いだからオレもパス』”

 “『私も・・・演者が首を突っ込むのは違うと思うから、パスで』”

 

 この4人の中で最も“芸能界”のことを知っているであろう堀宮も俺と同じことを思ったのか、上地の言葉を聞いてこれ以上は首を突っ込まないと決めて、一色と永瀬もそれに同意する形になった。

 

 “『さとるは?』”

 “『・・・俺はあくまで“役者”としてここにいるんで、ただ自分のやるべきことをやるだけです』”

 “『フツーに“俺もパスします”って素直に言えばいいのに』”

 “『これは俺の素直な気持ちです』”

 

 もちろん俺も、他の3人と同じく“パス”を選んだ。理由は恐らく堀宮と同じだ。

 

 “『でも・・・・・・“役者(おれたち)”には“役者(おれたち)の意地”があるということも、忘れないでください』”

 

 ただ、自分たち“役者”がいま出来ることは“たった一つ”だけだとしても、本気で主人公になるために“オーディション(負け戦)”で実力を曝け出しながら自分の全てを賭けた人たちがいることだけは“メインキャスト”として“分かって”欲しかった俺は、最後の最後で“子供”になって自分の意思(わがまま)をぶつけた。

 

 別に芸能界を生きる大人達の思惑だとか、自分たちじゃどうすることもできない“芸能界(せかい)”の理不尽さに抗おうなんて気持ちはこれっぽっちもない。そもそも俺は“役者”以外の戦い方なんて知らないし、“芝居”以外の武器で他人と戦おうとも思わない。

 

 

 

 俺はただ純粋に・・・“余計なこと”から邪魔をされることなく、“役者”としてみんなと芝居をしたいだけだ。

 

 

 

 “『・・・もちろんさ。何故なら僕ら大人は常日頃から、“将来有望”な役者(こども)の“味方”だから』”

 

 オファーの裏に隠されていた真実を知らされた俺たちメインキャスト4人組はティザー撮影が終わった後に4人だけでロビーに集まって話し合い、今から撮影開始(クランクイン)までに“役者”としてやれることは全部やると決めて、先ずは“クラスメイトとしての関係を深めよう”という話になり、 早速“敬語禁止”と“偽名(※役名)呼び”、そしてなるべく“余計なこと”は考えないという縛りを課して全員のスケジュールがちょうど1日空いている日曜日に都内某所で休日(オフ)を満喫することになった。

 

 誤解されないために予め言っておくが、この休日(オフ)はあくまで“役作り”に向けた立派な手順だ。

 

 “『いい加減負けてくれないかな“ホリミィ”?さすがに“あいこ”が20回も続くとしんどいわ』”

 “『一色先輩こそいい加減に譲って欲しいなぁ~、言っとくけど“レディーファースト”ができない男の人はどんなに顔が良くても女子からはモテないよ?』”

 “『悪いなホリミィ。オレって生まれついての“男女平等(ジェンダーフリー)”主義だから“レディーファースト(そういうの)”ってよく分かんないんだよね。だから次にみんなで遊ぶときは勝たせてやるから今回は負けてくれない?』”

 “『あたしだって先輩に勝たせてやりたいんだけどさあ、負けようって思ったらついつい血が騒いじゃうんだよね。“負けず嫌い”ってやつ?』”

 

 ちなみに休日(オフ)で行く場所は“渋谷で映画鑑賞(おれ)”、“お台場で色々(堀宮)”、“上野で博物館と美術館(一色)”、“池袋で水族館と展望台(永瀬)”の4人で見事に分かれたため“じゃんけん”で決めようということになり、俺と永瀬が早々に負けて一色と堀宮がじゃんけんをして勝った方に行くということになったが、2人してじゃんけんが強すぎたせいで全く決着がつかなかった。ちなみに俺が渋谷をチョイスした理由は単純に所属事務所がそこにあるから乗り換えで迷わずに行けるのと、願わくば映画を観たいという理由だけだったから、実のところあんまり“渋谷”には執着はしていなかった。

 

 もちろん、そのせいで俺は東京駅で軽く迷子になって遅刻する羽目になってしまうことになるが。

 

 “『あの・・・もうここまで来たら多数決にしません?』”

 

 結局じゃんけんでは全く決着が付きそうにもなかったため、最終的に永瀬の提案により“多数決”という形が取られて、結果として俺と永瀬がお台場を選んだことで休日に行く場所は決まった。

 

 “『マジかよ・・・ぶっちゃけオレ的にはお台場(あそこ)って仕事で何回も行ってるから休日(オフ)って気になれないんだよなぁ』”

 

 といった流れで“多数決”でお台場になった休日(オフ)のスケジュールに一色は文句を言いつつも、“ま、博物館とか美術館に行くよりお台場で遊ぶほうが“高校生(オレたち)らしい”か”と勝手に納得して最終的に譲ったことでようやく決着した。

 

 

 

 

 

 

 「いや~、やっぱハリウッド映画はスクリーンで観るに限るわ」

 「“杏子(雅ちゃん)”、それもう3回ぐらい言ってるよ」

 

 こうして自分たちがメインキャストで出演するドラマの情報解禁を前にお台場で“お忍び”の休日(オフ)を満喫する俺たちは、一色が独断と偏見でチョイスしたハリウッド映画の鑑賞を終えて、マリンシティの中にあるバーガーショップで少しだけ遅めの昼食を食べていた。

 

 「てゆーかレオン・フラナガンの体幹ヤバくない?あんなの相当トレーニングとか積まないと絶対ムリだって」

 「当たり前だよ。だってレオンはこの映画の撮影のためだけに自宅にあるトレーニングルームを改造して半年かけて身体づくりしたぐらいだし」

 「いや“レオン様”半端なっ」

 

 恐らくこの4人の中で最も“稼いでいる一色の“奢り”で鑑賞したハリウッド映画のアクションをやや興奮気味に話す堀宮に、一色が自分の持つ知識を話す映画鑑賞終わりの席。ちなみに2人が話している内容は、俺たちが鑑賞したハリウッド映画『諜報員(エージェント)』の中でレオン・フラナガンが演じている主人公であるCIAの諜報員・アッシュ・フェリックスがターミナルに潜入し、自身の身の潔白を証明する本物の“リスト”を盗み出すために秘密部屋の天井裏から潜入してリストの入ったディスク(データ)をコピーして盗むというシーン・・・で、レオンが披露した垂直降下アクションがどれだけ凄いのかという話だ。

 

 「まぁただ、諜報員(エージェント)はアクション映画ってよりはどちらかというと全体的にシナリオに凝ってる感じだからアクション映画って考えると“地味”な部類だけどね。そもそも監督のアリー・デ・フェランが手掛けてる作品のジャンルはどちらかというとサイコホラーやサスペンスとかだし」

 「“十夜さん(新太くん)”って凄く映画に詳しいんだね?」

 「別に映画に詳しい訳じゃないけどオレの両親とアリーが知り合いでさ、その流れでアメリカに住んでたときにオレも2,3回くらい会ってるから自ずとアリーの映画を観るようになった的な感じかな?」

 「それが嘘じゃなくてマジっぽいのがアンタの家族の怖いところだよ・・・っていうかどうやって“一色先輩(コウ)”のご両親はアリー監督と知り合ったの?」

 「母親が描いた絵画をアリーが2億円で落札した縁で招待されたパーティーに行ったらそのまま仲良くなった。多分日本(こっち)でもちょっとしたニュースになってたと思うわ」

 「パーティーって?」

 「オレはまだ4歳とかで留守番させられてたから詳しくは知らないけど、ざっくり言えばアリーと親交のある“ハリウッドスター”とか“アーティスト”とか各界の“セレブ”が100人ぐらい集まって、DJも呼んで何でもありの“宴”を夜通しでやる・・・みたいな?」

 「・・・ちょっと次元が違い過ぎてついて来れないんだけどどうしよう“あずさ(アミ)”?」

 「私に聞かれても困るって」

 

 そして話はいつの間にか一色の家族とついさっき鑑賞した映画でメガホンをとっている監督が家族ぐるみで面識があったという話題にすり替わっていた。もちろんこの人の両親が揃って世界的な活躍をしている“芸術家と写真家(アーティスト)”だということは芸能界のみならず世間的にも有名な話だから、浮世離れした自慢話に聞こえてこないところが何だか恐ろしい。

 

 “ていうかこれ・・・ファミレスとかで話すような内容じゃないだろ・・・”

 

 「それよりさ、アクション映画で居眠りするやつなんて初めて見たんだけどオレ」

 「!?

 

 と、一色ファミリーとアリー監督の話をすっかり油断して注文したチーズバーガーと一緒に頼んでいたスプライトを口に運びながら傍観して聞いていた俺に、一色はいきなり心をグサッとダイレクトに刺すことを言ってきた。

 

 「おまっ・・・蒸し返すなよそれっ!」

 

 もちろん悪いのは俺だから何も言えないけれど、危うくスプライトを盛大に吹き出すところだった。

 

 「ほんとそれ。よくあんな大音量のところで寝られるよね“さとる(ジュン)”?」

 「いや、あれはわざとじゃ」

 「遅刻確定で“うわヤバイどうしよう”ってなって走ってきたせいで疲れたから寝ちゃったなんて言い訳はなしだからね?」

 「いや言い訳って・・・“永瀬さん(半井さん)”、ちょっと千代(こいつ)の口止めてくれない?」

 「ごめん“憬さん(純也くん)”。さすがに一番盛り上がってる終盤(ところ)で爆睡してたのは私もちょっとびっくりしちゃった・・・」

 「うん、ごめん・・・やっぱりシンプルに俺が悪かったわ(もう帰りたい・・・)」

 

 3人から立て続けについさっき鑑賞した映画で思いっきり爆睡をかましてしまったことを突かれて、俺はまたも“踏んだり蹴ったり”な状況になった。もう一度言うけれど、悪いのは全部俺で堀宮の言うように全力疾走で走っていて疲れたという理由で寝てしまったわけでもない。

 

 「・・・これはあれだな。“サトル(純也)”って実は洋画は“字幕で観る派”とかだろ?」

 「・・・そうなんだよね。実は」

 「だから途中で観ていて疲れて寝ちゃったとかだろ?ぶっちゃけ?」

 

 そしてざっくりとはしているが、その本当の理由をセットで買ったフライドポテトで指をさす仕草をしながら一色は俺の目を見て言い当てる。

 

 「・・・まぁ、そんなところかな」

 

 俺は元々、もっぱら洋画は小さい頃から“字幕”で観る派だった。そうなった理由は苺が嫌いなのと同じくあまり深くは覚えていないが、あるとき金曜日に放送しているロードショーで何かの吹き替え版を観たときに、何となく顔が外国人なのに“日本語”を喋っているということや、顔と声がどうも一致しない感じがして、ちっともストーリーが頭に入って来なかったことがあった。当然ストーリーが頭に入って来なかったわけだから、どんな映画を観たのかはほとんど覚えていない。

 

 ちなみに余談として堀宮と永瀬は“吹き替え派”で、一色に至っては“どっちもいける派”かつ“何もなくても観れる派”だという。

 

 「だったら最初から字幕で観たいって言えば良かったのに。そう言ってくれたらあたしは全然譲ったんだけど?」

 「そうなんだ」

 「じゃあ逆に“憬さん(純也くん)”はどうして“吹き替え”が良いって嘘をついたの?」

 「・・・嘘っていうか、これには“役者だから”って意味でワケがあってさ・・・」

 

 

 

 “『それを言うならわたしなんて“声優”って時点で尚更だよ』”

 

 “『初めまして、私はスターズ所属の永瀬あずさと言います。お互いに今回が初めてになりますが、一緒に頑張りましょう』”

 

 

 

 3日前に2人の女優(やくしゃ)に会って改めて思い知った、無意識に偏見の壁を作っていた自分の視野の狭さ。けれどもそういう身勝手な苦手意識が、他人(ひと)感情(モノ)を自分の感情(モノ)にして進化していく役者の成長を妨げていく・・・と決めつけるのは独りよがりな考えだけれど、俺の中にいる役者という“生き物”はそういうもので、そうやって俺はメインキャストに抜擢されるまでに這い上がってきた。

 

 だからこそストーリーが頭に入って来ないとか、聞こえている声は演者に声を当てている吹き替え声優の人の声で演者自身の声じゃないから、演者が演じている役の感情が入って来ないから頭に入らないとか、そういう苦手意識や偏見を取っ払うことで新しい“価値観”みたいな何かが自分の中で生まれて、役者(ひと)として今以上の高みにいけると思ったから敢えて俺は“吹き替えで観たい”と正直に3人に伝えた。

 

 “・・・やべぇ・・・全然ストーリーもアッシュの感情も何も入って来ねぇ・・・

 

 こうしていざ覚悟を決めて吹き替え版で『諜報員(エージェント)』を観たはいいものの、結果は“案の定”だった。もちろん吹き替え声優の演技が“かなり上手い”というのは、細かな台詞の言い回しや息遣いを聞けば分かった。ただやっぱり、その声とレオンから発せられているであろう声が俺の頭の中ではどうしても“一致”しなかったせいでアッシュの感情やレオンの演技が俺の感情(こころ)に伝わらず、堀宮が絶賛していたワイヤーアクションの辺りから完全について来れなくなってしまい、気が付いたら寝落ちしていた。

 

 “・・・あれ?もう終わったのかこれ?

 

 もちろんその先からエンドロールまでに何があったのか、ロクに覚えていない。

 

 

 

 「・・・だから嘘をついたわけじゃなくて、ただこれを機に“苦手なもの”を克服したかったけど駄目だった、って感じなんだよね俺って・・・」

 

 とりあえず俺は、居眠りしてしまった理由(わけ)を嘘偽りなく正直に打ち明けた。

 

 「・・・ハハハハッ」

 「ちょっ、何笑ってんだよ“一色(新太)”?」

 「あぁ悪い。別に“サトル(純也)”のことを馬鹿にしてるわけじゃないんだけど・・・何かそういうところが“お前らしい”な~って思ってさ」

 

 俺が事の顛末を打ち明けると、一色は俺に向かって“お前らしい”と言って笑いかける。もちろんそれが“馬鹿にしている”わけじゃないことは一瞬で分かった。

 

 「何て言えば良いんかな・・・・・・サトル(純也)は役者で例えると、監督や演出家(パペッティア)”の“意図()”がなくても自分の意思で勝手に動ける“人間”・・・・・・ってところだな」

 

 そして次の言葉を考える隙を与えず、続けて一色は意味深にクールな笑みを浮かべながら独創的な例えをして、俺がどういう人種(タイプ)の役者なのかというのを教えてきた。ただその例えがあまりに独特過ぎて、いまの俺には理解が追い付かない。

 

 「・・・・・・とりあえず・・・“一色(新太)”が言いたいことは何となく分かったよ

 

 ただ“ふたつ”だけ分かったことは、一色十夜という役者(ひと)はやたらと“”が鋭いということと、一色の例えは紛れもなく“正しい”ということ。

 

 

 

 というか、自分がどういう人種(タイプ)の役者なのかを他人(ひと)から当てられると・・・“こんな気分”になるんだな・・・

 

 

 

 「ハイッ、2人とも“お芝居”の話はここまで

 

 知らず知らずのうちに一色以外の周りが見えなくなって一点を凝視し始めていた俺の意識に、パチンという手を叩く音と共に堀宮の声がスッと入る。

 

 「今日は“余計なこと”は考えないで遊ぶんじゃなかったっけ?」

 

 我を忘れて役者の“スイッチ(本能)”が入りかけていた俺と一色を、堀宮は先輩らしく優しく諭す。そうだ・・・今日は役者としてではなくただの“クラスメイト”として俺はお台場(ここ)に来ていた。

 

 「そうだな。今日の休日(オフ)は“特別”だしな・・・」

 

 堀宮に感化されるように、一色がどこか儚げに微笑みながら誰に言うでもなく呟く。

 

 

 

 “『役者(おれたち)”には“役者(おれたち)の意地”があるということも、忘れないでください』” 

 

 

 

 「で?次はどこ行く?オレは“ジョイワールド(ジョイワ)”が良いんだけど?」

 「おっ、いいねぇ」

 

 そして独り言を吐き出し終えて無邪気に笑いかける一色を合図に、俺たちはすぐに“クラスメイト”に戻って、俺たち4人にとって最初で最後の“休日(オフ)”を思うがままに楽しむ。

 

 「やっぱこういう仕事(こと)やってると定期的に発散しとくのが定番だし」

 「あたし“川下り”のやつ乗りたい」

 「私は3Dシアターとか」

 「“サトル(純也)”は?」

 「俺は・・・ぶっちゃけそういうテーマパークとか行ったことないからお任せで」

 「あぁ、確かに“さとる(ジュン)”ってそういうとこ行ったことなさそうって感じするわ」

 「マジでそういうの良くないって“杏子さん(千代)”」

 

 

 

 俺たちがこうやって“余計なこと”を考えずにいられる時間は、“今”のうちだけかもしれないからだ。




休日はまだ、始まったばかり_



今回の話を書くために2001年当時のお台場について軽く調べたのですが・・・ゆりかもめは有明までしか開通してなくて、りんかい線に至っては天王洲アイル止まりというアクセスの悪さに軽く衝撃を受けました。
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