或る小説家の物語   作:ナカイユウ

9 / 145
2017年、東京___

 「天知から話は聞いているが、墨字なら俺の腕なんか借りなくてもシナリオの1つや2つぐらい作れるだろ?」

 電話越しに久々に聞いた黒山の声。話を聞けば次の映画の構想について相談したいということだった。しかもそれは、短編映画を主戦場としていた黒山にとっては初となる“長編映画”の話。

 「“映画監督・黒山墨字”にとって記念すべき“大作映画”になるんだぞ。本当に良いのか、墨字?」

 これまで脚本から演出、果ては編集までをほぼ全て1人でこなしながら映画を撮ってきた男が放った言葉は、あまりに意外なものだった。

 『お前の脚本(シナリオ)じゃなきゃ駄目なんだ』

 それまで貫いてきた自分の流儀を変えてまで、黒山が作りたい映画とは何なのか。俺の中でその感情は“期待”という形で膨れ上がった。

 「取りあえず一度会って話を聞こう。いつなら会える?」



 黒山の映画を通じて、俺はようやく自分の中にある “呪い”を解くことが出来るかもしれない。そんな気がした。



chapter 2.親友
scene.7 カウントダウン


 22階のバルコニーで夕闇に覆われた街の喧騒を眺めながら、憬は煙草(セッター)を嗜む。仕事終わり、都心の喧騒(コンクリートジャングル)を眺めながらの一服以上の至福はない。

 

 ただ今回は仕事終わりというよりは、かつてない壮大な計画の始まりの(ゴング)を告げる一服であるのだが。

 

 “誰かひとりのために物語を書くというのは、生まれて初めてのことだ”

 

 やるからにはこっちも一切の妥協はしないが、相手は俺以上に妥協を許さないであろうあの“黒山”だ。

 恐らく“土台”となる物語が良ければよいほど、“大作映画”はより際立ったものになっていくのだろう。しかし、これだとまるであいつが言ってた夜凪景と百城千世子みたいだ。 

 

“だとしたら俺が百城で、黒山(あいつ)が夜凪ってことか”

 

 脱線しかけた頭の中をリセットするように、憬は再びタールを体内に流し込んで喧騒に向けて煙を吐く。

 

 “天使と悪魔は呼び名が違うだけ”という話をどこかで聞いたことがある。全天使の長と言われた大天使であるルシファーが、創造主である神の命に反し天を追放され堕天使、すなわち悪魔になったと言われるように(※諸説があります)。

 

 黒山は百城を星アリサという“創造主”に異を唱える“ルシファー”にでもするつもりなのだろうか。今のところ百城からは天使の偶像以外の影も闇も見えてこない。近くにいるのに手が届かない煌びやかなその美しさは、まさに大天使そのものだ。だが天使と呼ばれる百城であってもふと人間に戻る瞬間がある。当たり前だが彼女は役者である以前に1人の人間にすぎないのだから。

 

 かつては天使とされていたルシファーがそうであったように、どんなに周りから善人と親しまれているような人でも“黒い内面”は必ず持っている。そして役者として生きとし生ける奴らは、カチンコの合図や照明の明転を合図に天使にもなれば悪魔にもなる。もちろんその間に存在する無数の人格すらも。

 

 だが稀に、そんな天使と悪魔の領域すらも超えていくような規格外の役者(人間)が生まれてくることもある。

 

 “夜凪景・・・”

 

 黒山の手掛けたウェブCMを見ただけでも、彼女の素質や才能がいかに突き抜けているかがよく分かる。黒山の言う通り、順調にいけば将来的に歴史に名を残す女優になってもおかしくないだろう。

 彼女の芝居からは女優だった頃の星アリサに匹敵するか、あるいはそれ以上の可能性を感じる。

 

 でも何なんだ?この何とも言えないフィルターのかかっているかのようなモヤモヤとした感覚は・・・

 

“・・・今の彼女を見ていると、ふと昔を思い出してしまう”

 

 気が付くと煙草(セッター)は半分にまで減っていた。憬は最後の一服を深く味わうかのように吸い込み暗くなり始めた空に向けて輪を2つばかり放つと、携帯灰皿に擦り付けて火を消した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 『本日の芸能トピックです。元女優の星アリサさんが去年立ち上げた芸能事務所スターズ主催の“俳優発掘オーディション”にて見事合格者となった2人のデビュー会見が、昨晩行われました』

 

 土曜日の風呂上がり。部屋着(ジャージ)に着替えた俺はリビングでスターズが主催した俳優発掘オーディションの合格者の会見を伝える22時台のワイドショーを見ていた。

 

 『一色十夜(いっしきとおや)、16歳です。なんか・・・調子狂うな、こうやってカメラとかマイクを一気に向けられると』

 『緊張しますか?』

 『緊張というか、何と言うか。これがスターの世界なんだなっていう。こんなこと言うのはまだ早いですけど』

 『どうですか?“スター”の世界は?』

 『・・・良いんじゃないすか?』

 

 調子が狂うと言いながら無数のカメラとマイクを構える報道陣に一切物怖じせず、マイペースに素直な心境を言うその姿には既にトップスターの風格すら漂っている。ついこの間までただの高校生だったとは思えないくらいに。

 

 『永瀬(ながせ)あずさ。15歳です。小さい頃からずっと憧れていた女優になるという夢が叶って本当に嬉しいです』

 『夢が叶って幸せですか?』

 『もちろん幸せです。でも、肝心なのはここからだと思うので、とにかくこれからは、スターズの名に恥じないような、1人前の女優になるために、日々努力したいと思っています』

 

 フリーダムな十夜に反して至って真面目に記者会見に臨んでいる永瀬。緊張からか所々言葉に詰まる場面があるが、誠意はしっかりと伝わってくる。何か、見ていて思わず応援したくなるような感覚だ。

 

 「結局は美男美女が揃って残ったわね」

 

 リビングに戻ってきた母親が開口一番にスターズを皮肉る。

 

 「ファンじゃなかったのかよあんた」

 「それとこれとは別よ。まぁ、何だかんだで芸能事務所のオーディションに残るような人は“華”があるから妥当っちゃ妥当ね」

 「その芸能事務所のオーディションに落ちた人の前でそれを言うか」

 「仕方ないでしょオーディションなんて中身は二の次のお見合いみたいなものだし。でも一色十夜だっけ?この子は割とカッコいいじゃない。同級生にいたら好きになってるかも」

 「結局ミーハーじゃねぇかよ」

 

 母親とのこれといった中身のない会話をやり過ごしつつ、憬は再びテレビのワイドショーに集中する。ブラウン管の中では司会者のキャスターとコメンテーターが2人の未来のスターについて語り合っていた。

 

 『中でも一色十夜さんは今年の秋に放送が予定されているテレビドラマに主演としての出演が決定しているばかりか、既にCM3本への出演も決まっているそうです。さらに驚くべきことに、一色十夜さんはなんと、あの“一ノ瀬一色夫妻”の息子さんだそうですね』

 『はい。しかもご存じの通り十夜君のお姉さんもヴァイオリニストとして世界を股に掛ける一色小夜子さんなわけですからね』

 『“華麗なる一族”とはこのことなのでしょうね』

 『まさにその通りだと思います。それにスターズは少数精鋭ながら今一番勢いのある芸能事務所の1つといっても過言ではないので良い選択だったと思いますよ。十夜君にとってもスターズにとっても』

 『そして永瀬あずささん。実は彼女、1年前に行われた別の大手芸能事務所のオーディションに最終選考まで残りながら惜しくも落選していて、今回のオーディションで駄目なら女優になる夢を諦めていたそうですね』

 『そうなんですよ。もう本当に永瀬さんにとってはこうして努力が報われて良かった、最後まで挫けずによく頑張ったと讃えてあげたいですね』

 『何でも尊敬している女優に星アリサさんの名前を真っ先に挙げていたそうなので、偶然とは思えない運命的なものを感じますね』

 『彼女は本当に真面目で誠実な努力家だなというのが会見を見ていてもひしひしと伝わってきて、何か自分の子供のように応援したくなりますよね』

 『そうですよねー。ということで本日は芸能コメンテーターの江連公明(えづれきみあき)さんにお越し頂きました。本当にありがとうございました』

 『こちらこそありがとうございました。スターズはオーディションを通じて本当に良い“買い物”をしたと思いますよ』

 『はい。スターズが2万人の中から選び抜いた2人のスターのこれからに、期待したいと思います。ではここからは今入って来ている最新のニュースをお伝えします』

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「行ってくる」

 「母さん今日帰るの遅くなるかもだから鍵持っていきな」

 「おう」

 

 日々のニュースがどんな事件やゴシップを伝えようと、俺の日常は何も変わりはしない。

 

 “『試合に勝つまで勝負を続けろ』”

 

 マンションの階段を降りて、通りに出て左へ向かういつもの通学路。

 環からのアドバイスを受け取ったはいいが、次のステップを決めきれずに進展(ドラマ)のない普通の日々が過ぎる。

 

 一方の環は、新たなCMに加えて来月から放送される予定の民放ドラマにレギュラーキャストの1人として出演が決まっている。

 そしてドラマの撮影が始まったこともあってか環は学校を休みがちになり、このところはロクに会話も交わしていない。

 少しずつ離れていく、親友との距離。どんどん前へと進んでいく環と、いつまでも平行線で停滞している俺。

 

 “何やってんだろうな、俺”

 

 自己嫌悪に似た思いに更けていると一台の高級セダン(ソブリン)が憬の横を追い抜いて、斜め手前の路肩に当然停車する。ハザードランプを付けたセダンの中からスーツを着こなしたモデル体型で年齢不詳の大男が降りてきて、憬の方に歩み寄ってゆく。憬はそのまましらを切ろうと見えないふりをする。

 

 「君が噂の夕野憬くんだね」

 

 無言の抵抗もむなしく、憬はスーツを着た大男に前を塞がれる。

 

 「・・・誰?」

 

 会ったことも見たこともない謎の男と、いきなり自分の名前を当てられるという意味不明な状況に、俺は完全に思考回路がショートしていた。

 

 「これは失敬。怖がらせてしまったね。でも安心して、僕は決して怪しい男ではないんだ」

 「いや、初対面でいきなり名前を当てられた時点で怪しすぎるんですけど」

 「あぁ確かに。それじゃあ怖がらせても仕方ないよね。それはすまなかった」

 「取りあえずこの後フツーに学校あるんで失礼します」

 

 スラっとした見た目にクールで整った顔つきのいかにも紳士的(ジェントル)な雰囲気なのに、喋ると飄々かつどこか軽薄な語り口をする謎の男。そのギャップが物凄く不気味だった。

 

 「へぇー、この後学校かー。何なら僕が送ろうか“学校”まで」

 「いいっすよ1人で行きますから」

 「そんなこと言わずに怖がらせてしまった詫びとしてさ、ねっ?」

 「ていうかマジで誰?」

 「そうだそうだ名前を言って無かったね。僕は」

 「あっ!」

 

 こんな真似は女々しいからあまり使いたくなかったが、流石に身の危険を感じた俺は咄嗟に男の背後に向けて指をさす。すると男は案の定、指をさした方向に身体を向けた。

 男が反対側を向いたのを合図に、俺は全力で逆方向に逃げの体勢を取る。足には自信がある。遅刻は避けられないかもしれないが訳の分からない大男に連れ去られるよりはマシだ。

 

 ここから逃げようと俺は足を一歩踏み入れたが、長い手足の大男の歩幅(フットワーク)からは逃れることは出来ず、直ぐに捕まってしまう。

 

 「離せよマジで!誘拐だろこんなん!」

 「安心してくれ!これは断じて誘拐ではない!」

 「安心出来るかぁ!つーか誰だよお前!?」

 

 離そうにも大男の掴んだ腕は全く微動だにしない。

 

 「このままだとホントに警察沙汰になりそうだから単刀直入に言うね!僕は君をスカウトするためにここに来た!」

 「あぁスカウト・・・・・えっ!?」

 

 大男の放った一言に、憬は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

 「申し遅れてしまって済まないね少年。僕は色々な才能を在るべき場所へ導くようなことを生業にしている者です」

 

 そういうと大男はスーツの内ポケットからスッと名刺を憬に差し出す。軽薄に満ちた言動とは対照的に、名刺を差し出す一連の所作は見た目通りで物凄く上品だった。

 

 「本業はドラマとか映画だけど芸能関連も兼務したり色々とやってるプロデューサーの上地亮(かみじとおる)と言います」

 「・・・本当に本人?」

 「正真正銘。本物です」

 

 プロデューサー・上地亮。数か月前、ドキュメンタリー番組で“大ヒット請負人”として特集されていたのを見たことがあった。彼のプロデュースした作品はいずれも高視聴率ないし大ヒットを飛ばしてばかりで凄い人なのは分かる。そんな男が、一体なぜ?

 

 「・・・俺は、横浜市立大倉中学校2年、夕野憬です」

 

 ひとまず名刺を見る限りマジで本人だという確信は着いたので自己紹介をしたが、事態は何も解決していない。

 

 「それよりプロデューサーが何で俺なんかに?」

 「そうだね・・・夕野くんにとっておきの“良い話”を持ってきたから」

 「良い話?」

 

 憬が話に食いついたことを判断すると上地は表情をガラッと変えて不敵な笑みを浮かべる。

 

“良い話、そんな言葉をどこかで聞いたような気がする”

 

 「ねぇ夕野くん。今から自分の足で学校に行くか。僕の車に乗って“学校”に行くか。どっちにする?」

 「・・・・・何を言っているんですか?」

 

 言っていることはさっぱりだったが、只事ではなさそうだと言うことはさっきまでのふざけ切った雰囲気からは想像もつかない上地の冷徹そうな笑みを見れば明らかだ。

 

 「疑われても仕方ないよね。元来僕らのやっている仕事は胡散臭く思われやすい」

 「そうじゃなくて。上地さんの言っている2択の意味が俺にはよく分からない」

 「これは失敬。ではもっと簡単な2択にしよう。今から自分の足で学校に行って普通の生活を送るか・・・僕と一緒に“現場”に行って役者になるか・・・さてどうする?」

 「どうするって言われても」

 

 戸惑う憬をまるで嘲笑うかのように、上地は憬に更なる追い打ちをかける。

 

 「なぜそんなに迷うんだい?少なくともオーディションの映像を見る限り君の芝居は誰よりも優れていたよ。合格者の2人よりもね」

 

 憬はふとオーディションの光景を思い出すが、少なくとも審査員の中には上地のような男がいた記憶はない。

 

 「まぁこんなところでこれ以上御託を並べても仕方がない。取りあえず今から僕が10秒数えるからそのうちに結論を出してもらおうか。この世界はスピードとタイミングが命だ。こうして目の前に転がっているチャンスを確実につかむことがスターダムを駆け上がる第一歩だからね。はい10」

 

 疑問を考える隙も与えず流れ作業のように上地はカウントを始める。

 

 「9、8」

 「あの」

 「今君に与えられている発言権は、行きますか行きませんだけだ。それ以外を言ったら失格ね。はい7、6」

 

 何故オーディションのことを知っているのかを聞こうとしたが、上地に釘を刺され万事休す。

 

 「5、4」

 

 こうして考えている間にも、カウントは無情に進んでいく。脳内でありとあらゆる感情が交錯し、今にも破裂しそうなくらいだ。

 憬の眼前に、凄まじいスピードで走馬灯が走る。

 

 「3、」

 

 “・・・やっぱり甘かったなー、私 “

 “私ってあんな下手くそだったんだね”

 “俺受けるよ、スターズのオーディション”

“やっぱ“才能のある奴”はちげぇわ“

 “3次審査不合格のお知らせ”

 

 「2、」

 

 “で、憬はこの後どうするの?”

 “憬が“俳優になる”ってあの時に決意してくれたおかげで、これから先の自分の姿がほんの少しだけ想像できた“

 “勝てたはずの試合に負けたまま引退(リタイア)するのは悔しくない?”

 

 「1、」

 

 “ここから先は、君次第だよ”

 “ところで憬はさ、俳優とか目指さないの?”

 

 

 

 「行きます!」

 

上地が0をカウントする寸でのタイミングで、憬は叫んだ。

 

 「・・・ごめん、どっち?」

 「行きます。いや・・・行かせて下さい。現場へ」

 

 憬からの答えに、上地は“待ってました”と言わんばかりに微笑む。

 

 「そうだ・・・それでいい。君はこうして目の前に転がっていたチャンスを自分の手で掴み取った。その積み重ねが、君の中で眠っている才能を呼び覚まし、路上に転がる原石を唯一無二の輝きを放つ高価な宝石に変えてくれる。さて、僕と一緒に“現場”へ行こうか」

 「・・・ところで現場っていうのは?」

 「そんなの決まっているじゃないか。“学校”だよ」

 

 こうして俺は、胡散臭さ全開のプロデューサーの車に乗せられ“学校”、もとい撮影現場へと向かった。




仮タイトル:『学校へ行こう』

時系列:2017年(前書き)→2018年(序盤)→1999年

ちょいと今回はギャグに振りすぎたかもしれません。それもこれも上地Pのせいだと思います。恐らく現時点では彼がぶっちぎりの曲者です。

”つーかこれ以上扱いづらいキャラクターを増やして大丈夫なのか?”

そんな作者の自問自答をよそに第二幕、もとい2章スタートです。



※ちなみに憬が敬語を使いこなせていないのは誤字ではなくガチです。

9/25 追記 一部の登場人物の名前を変えました




  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。