或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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まさか江戸前エルフで水星親子の共演が見られるとは・・・・・・てかCV能登さんのエルフとか最高過ぎる


scene.78 返信 / 大切 

 「・・・ただいま」

 

 午後の6時半。大観覧車でお開きになったメインキャスト4人のお忍び休暇を終えて阿佐ヶ谷にある芸能コースの寮の2階にある自分の部屋(ワンルーム)に入った瞬間、誰もいないことは分かり切っているはずなのに無意識に“ただいま”という呟きが口からこぼれた。

 

 “・・・って、この部屋には元から俺しかいないっつの・・・”

 

 と、心の中で自分にツッコミを入れながら部屋の電気をつけると、3日前に入居したばかりでまだ小綺麗な全景と紺色のカーテンのワンルームが露になる。ちなみに初顔合わせ&ティザー撮影があった入居初日に寮母さんから教えられたことだが、この部屋に住んでいた前の住人はあの“天馬心”だという。

 

 まぁ、“いま聞いたところで・・・”というのが本音だったが。

 

 「・・・そうだ、携帯忘れてたんだった」

 

 今日一日でとにかく色々なことがあってすっかり頭から抜け落ちていたが、携帯電話をこの部屋に置きっぱなしにしていたことをハッと思い出して部屋を見渡すと、中学の卒業祝いで買った折り畳み式の最新機種(ケータイ)は充電ケーブルが差し込まれた状態で勉強机(デスク)の上に置かれていた。思い返すと今日は朝起きてから一度も使った覚えがないから、恐らくは昨日の夜に充電をしたまま消灯して、それっきりになっていたというところか。

 

 “そういやメール送ったとか言ってたな・・・”

 

 充電ケーブルを外してベッドに座り携帯の画面を開くと、早速メッセージが来ていることを小さな画面から告げられて受信ボックスを開く。集合に遅れてきたことを割と本気なトーンで叱られたときに、堀宮からそんなことを言われていた気がする・・・なんて朝のことを思い返しながらボックスを見返すと、堀宮からの件名なしのメールが数件ほど届いていた。

 

 “・・・・・・蓮からも来てる

 

 のと同時に、一番上には今日の13:55に送られてきた蓮からのメールがあって目に留まった。そういえば、蓮からメールが来たのは携帯を買ったときにEメールで送ったメアドに試し打ちでメッセージを送ってもらって以来だった。つまり、実質的にこれは蓮から来た初めてのメールになる。

 

 “『_おつかれ。ちょっと話したいことがあるんだけど今日会えたりする?_』”

 

 “急にどうした?”と一番上のボックスにあったメッセージを開いてみれば、何だか想像していた以上に“重要そう”な文言が書かれていた。

 

 “会えたりする?って・・・急だなオイ・・・”

 

 文字だけしかないことも相まって、表情と声で相手が何を考えているかをずっと読んできた俺からしてみれば、メールだと相手がどんな心境で送って来たのかがイマイチ分からなくなる。別にテクノロジーの進化で携帯電話やEメールでのやり取りが増えていくこと自体は否定しないけれど、やっぱり話す必要があることは直接会って話すに越したことはない・・・と、役者で生きていくことを決めている俺は思う。そしてそれは蓮も同じことだから、こんなメールを俺に送ってきたんだろう。

 

 “さて・・・・・・何て送り返すか・・・”

 

 きっとわざわざメールで事前に言ってくるってことは、(あいつ)なりに大事な話をしたかったのだろう。ちょうどその頃、俺はメインキャストの面子と一緒にお台場で遊んでいたことなんてつゆ知らず・・・正直に堀宮たちとお台場で遊んでいたことを話すか?いや、下手にありのままを話したら“こんなときになに遊んでんだ”ってなって良い気分はしないだろうな・・・けどなぁ、嘘をついたらついたでバレたら間違いなく怒るしなあいつ・・・それか盛大に馬鹿にして笑ってくるか・・・

 

 「・・・あーめんどくせぇ・・・」

 

 メッセージをどう返そうかと色々と思考を巡らせていたら、それなりの声量の愚痴がこぼれた。何度でも言うが俺はこういうハイテクの進化を否定するつもりはない。ただ、相手の感情が文字でしか読み取れない“メール”と俺の相性は、どうやら決して良いとは言えないみたいだ。

 

 テレレーテレレテレレーテーテレレーレレー♪_

 

 「あ、杏子さんだ」

 

 すると俺の携帯が電子音(ジュピター)のメロディーを奏でながら堀宮からのメールが来たことを告げる。もちろん着信メロディーがジュピターなのは俺の趣味でも何でもなく、携帯(コイツ)の初期設定の着信音がどういうわけかコレだったというだけのことだ。

 

 “『_今日のことは絶対ナイショね(^_-)-☆_』”

 

 “内緒か・・・そりゃそうだな・・・”

 

 “『_了解しました。_』”

 

 ひとまず、堀宮への返信は30秒で済ませた。考えるまでもなく、お台場の観覧車の中でキスしたなんて周りに話したら変な方向に誇張された噂が広がってドラマの撮影にも何かしらの悪影響は絶対に出るし、そもそもこんなこと話せるわけがない。

 

 

 

 “『ごめん・・・びっくりした?』”

 

 

 

 というか、役作りの成り行きだったとはいえ堀宮から“マジのマジ”でキスされたんだよな・・・俺・・・

 

 “いけない、蓮にメール返さないと

 

 キスをされた直後のことを思い浮かべてまた混乱し始めた思考をリセットさせるため、ふたたび蓮が送ってきたメールを開き、作成画面を立ち上げてやや遅れた返事を打つ。

 

 “『_携帯忘れたまま打ち合わせ行ってたからいま気付いた。本当にごめん_』”

 

 「・・・大丈夫だよな?これで・・・」

 

 トータルで4,5分ほどの時間をかけて悩んだ挙句、俺は嘘と本当が半々ずつの返事を文字に起こして蓮に送った。こういう自分を正当化する言い訳を考える猶予が会話に比べてある程度の余裕があるところは、相手の感情が視えないメールの利点(メリット)の1つと言ってもいいと、少しだけ思った。

 

 

 

 “『あたしたちはただ仲良くクラスメイトを演じ切るだけじゃなくて、“共犯者”になってあたしたちのことを視ている全員(みんな)を演技で黙らせないといけないってわけ・・・もちろん“仕掛け人”のプロデューサーも含めてね』”

 

 

 

 だけれど、気心の知れた親友に“秘密”にしなければいけないことがあるとはいえこうやって嘘をつくのは、人を裏切っているような気がして何となく嫌な気分だ。

 

 

 

 “『そういう真似をされるのが一番ムカつくんだよ・・・何も分かってない癖に知ったような口聞きやがって・・・』”

 

 

 

 自分の実力を思い知らされた蓮を、これ以上気を落とさないようにと下手に嘘を取り繕って気を遣って余計に傷つけてしまった“あの日”のことは1日たりとも忘れたことはない。最もあの日の喧嘩がなければ、下手したら俺は芸能界(この世界)に足を踏み入れることはなかったのかもしれない。そう考えると、親友を勝手に傷つけては勝手に同情してヤケになってオーディションを受けて落ちたところを運よく拾われて、あれよあれよという間にその親友を差し置いてプライム帯のドラマでメインキャストに抜擢された自分が、随分と“虫のいい奴”に思えてくる。

 

 

 

 “『・・・もしも “親友”の蓮ちゃんが“敵”になってさとるに牙を向けてきたら、どうする?』”

 

 

 

 “・・・出来ればもっと違う“カタチ”で蓮とは芝居がしたいな・・・

 

 ベッドの上に寝転がり明かりのついた真っ白な天井を見上げると、ゴンドラの中で堀宮が言っていた“これからのこと”が頭をよぎった。オファーの裏で行われていた“オーディション”の実態を打ち明けられたときからもしかしたらこうなるかもしれないという覚悟はしていたつもりだったが、いざ4月10日(あさって)が近づくと自分の意図とは関係なしに心が弱虫になる。でも、時間は無情に1秒を刻んで着実に本番へと進んでいる。

 

 

 

 “・・・立ち止まっている暇はない・・・よな・・・

 

 

 

 テレレーテレレテレレーテーテレレーレレー♪_

 

 返事を送ってから2分後、俺の携帯から着信メロディーがまた鳴ってベッドから起き上がり携帯を開く。メールの送り主は、もちろん蓮だ。

 

 “『_りょーかい。じゃあ明日は?_』”

 

 “・・・随分あっさりだな・・・”

 

 返って来たメールは、思っていた以上にあっさりとしたメッセージだった。まぁ考えてみればEメールでやり取りしていたときのあいつのメールも顔文字みたいな余計なアクセントなんてないシンプルな感じだったから、別にそこまで不思議には思わない。

 

 “『_明日はオフだから大丈夫_』”

 

 どう思われているかはともかく文言だけなら疑われずに済んだことにひと安心して、俺はすぐさまメッセージを返す。

 

 テレレーテレレテレレー♪_

 

 そして程なくして、蓮からの返信。

 

 “『_じゃあ、あしたの夕方6時に憬のいる寮のすぐ近くにある公園のブランコで_』”

 

 「・・・・・・馬橋公園(あそこ)

 

 “『_分かった。絶対行く_』”

 

 テレレーテレレ♪_

 

 “『_あした私撮影で学校休むけど、多分間に合うから心配しないで_』”

 “『_OK_』”

 

 テレレ―♪_

 

 “『_あとバックレたらボコす_』”

 “『_了解です_』”

 

 それにしても蓮からのメールは、普段の明るい振る舞いとは対照的で堀宮のように顔文字はおろか“(笑)”のようなアクセントすら使ってこないから、きっとジョークで送ったのだろうけどおかげで“バックレたらボコす”の文面が少し怖いことになっている。そう言いながらも、同じくそういう類のものを全く使わないものだから結果的にメールがいつも事務連絡みたいになっている俺が言えた義理じゃないが。

 

 “・・・さて、まだ夕飯の時間までは少しあるから原作読んでおくか・・・”

 

 ともあれ今日の“イベント”がようやく終わり、中途半端に時間を持て余した俺はデスクの隣に鎮座させた本棚に手を伸ばして、世界観や人間関係を含めて純也の人物像を理解するために買い占めた『ユースフル・デイズ』の単行本を手に取り、“役作り”のことはなるべく考えないようにしながら恐らくドラマにおける佳境の場面になるであろう“文化祭編”に該当する7巻のページを開く。最初は“よくありがちな学園モノか、役作り以外じゃ絶対読まないな”とやや斜に構えていたが、読んでみたら恋愛だけじゃなくて登場人物それぞれの過去や葛藤などがストーリーに散りばめられていて、読んでいて思わず “つらくなる”展開もあったりするヒューマンドラマ的な要素も色濃くあったりして、気が付いたら普通にハマってしまった。

 

 きっと2年前の春までの俺がそう遠くない未来にこんな類の漫画にハマっているなんて、夢で見ても絶対に信じないだろう。ただ、蓮がこういうジャンルのドラマや映画でヒロインを演じるようなことがあったら、もしかしたらこのオファーがなくてもいずれはこうなっていたのか・・・は分からないけど、今にしてみればこういう作品も全然悪くないと俺は思っている。

 

 “そういや純也からキスされたときの雅って・・・原作だとどんな表情(かお)してたっけ・・・

 

 

 

 “『目、閉じて』”

 

 

 

 「!?

 

 そんな『ユースフル・デイズ』の7巻のページを開くのと同時に、観覧車での“1コマ”が脳裏をよぎり反射的にページを閉じる。そしてワンルームの部屋に沈黙が流れると、急激に上がった心拍数の鼓動が身体の内側から聞こえてきた。

 

 少なくともこの“高鳴り”には明らかに思い当たる節があるが、それを分かり切っているはずなのに・・・俺はいま、冷静さを失いかけている。

 

 

 

 “この感情はなんだ?

 

 

 

 “『あたしが演じる雅のこと、本気で“好き”になってよ』”

 

 

 

 「はぁぁ・・・・・・どいつもこいつもめんどくせぇ・・・」

 

 結局また心が冷静ではいられなくなってしまった俺は、どうにもならない気持ちを溜息交じりに溢しながらベッドに倒れ込み、同じ階の部屋に入居している芸能コースの新井から夕飯の時間になりドアをノックされて起こされるまでふて寝した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 翌日_霧生学園高等学校_1年I組・教室_

 

 「ふぁぁ~」

 「ヘイ、まだ“おねむ”か夕野っち?」

 「あぁ・・・さすがに3時間くらいしか寝れてない状態で授業受けるのはしんどいわ」

 「途中で何回か落ちかけてたしな」

 「寝不足の身体に“太陽の温もり”はマジでダメだって」

 「だから“夜更かし”は良くないっつーのに。芸能人にとって疲労は天敵だぜ?」

 「“夜更かし”じゃなくて仕事のこととか考えてたら寝付けなかったんだよ・・・ていうかそれ朝のときに新井に話した気がするんだけど?」

 「余裕で知ってる」

 

 1年I組、4限終わりの芸能コースの昼休み。前日に色々とめんどうなことがあったことやドラマのことで少し気が立っていたのに加えて、トドメのちょっと長めのふて寝が思った以上に体内時計に響いてすっかり寝不足気味な俺は、隣の席に座るクラスメイトで同じ寮に暮らしている“寮友”でもある新井からちょっかいを出されていた。とりあえず、これからは仕事がオフのときはなるべく夜以外は寝ないようにしようと朝起きたときに俺は心に決めたが、3日後には忘れている自信しかない。

 

 「・・・ウザっ」

 「どうだ?これでイライラしたから少しは目ぇ覚めたろ?」

 「うん。おかげで1パーセントぐらい」

 「うわビミョー」

 

 ちなみに新井こと新井遊大(あらいゆうだい)は、中2のときに月9の撮影で共演したときに俺が役に入り過ぎて本当に顔を殴ってしまった相手役を演じていた“元テレビ戦士”の若手俳優だ。あの現場で気負い過ぎていた俺に“役者の先輩”として気さくに話してくれてからすっかりご無沙汰になっていたが、まさか霧生(ここ)で“クラスメイト&寮友”という形で再会するとは思わなかった。そして寮で再会してからすぐに意気投合した新井とは、早くも中学のクラスメイトだった有島のように顔を合わせれば必ず何かを話すぐらいには仲良くなった。

 

 

 

 “『よっ夕野っち!久しぶり!』”

 “『・・・えーっと、ごめん誰だっけ?』”

 “『オイオイマジかよ、ほら中2んときに月9の現場で“演技論”について語り合ったじゃねぇか俺たち?』”

 “『待って・・・・・・・・・あぁ、“伊藤”?』”

 “『いやそれ俺が演じてた役の名前な』”

 

 

 

 ただ申し訳ないことに俺はそんな新井のことをすっかり忘れて、久しぶりに声をかけられたときは“伊藤”の名前で憶えていた。どんなに役者になって過去を乗り越え、プライム帯のドラマでメインを張れるようになっても、相変わらず人の名前を覚えるのは苦手で会わなくなるとすぐに忘れてしまう。もちろん山吹や牧はメディアでよく見るから忘れるわけはないし、俺が役者になるきっかけの1つになった天馬心だったりと、初対面が印象的だった場合は逆に忘れない。

 

 「そうだ伊藤、じゃなかった新井」

 「夕野っちはいい加減俺の名前を覚えてくれ」

 「ごめん。でもあんまり新井の名前って普段聞かないからさ」

 「ぐっ・・・無自覚で言ってそうなのがマジでタチ悪ぃなお前何気にその辺のことまあまあ気にしてるからね俺・・・)」

 

 故に俺は、撮影のときに役に入り過ぎて本当に顔を殴ってしまった記憶(こと)が強烈に頭に残ったせいで、あんまりテレビじゃ名前が上がらない新井の名前を今でも演じていた役名の“伊藤”と間違えて呼んでしまう。

 

 「2人とも仲良さそうになに話してるの?

 

 そんなこんなで昼休みになってやや賑やかになり出した教室の一角で隣同士の机越しにウダウダと話していた俺と新井の元に、可愛らしい声と共に1年I組唯一の声優でもある初音が加わる。

 

 「あぁ初音さん。いま夕野っちがオフをいいことに“昼寝”と“夜更かし”のコンボをキメたせいで寝不足だから俺が居眠りしないように目を覚まさせてるとこ」

 「だから“夜更かし”じゃなくて寝ようと思ったけどこれからの仕事のこととか色々と考えてたせいであんまりよく寝れなかっただけだっつの・・・それに“昼寝”も役作り的なことをして疲れたからたまたまあのタイミングで休憩してたってだけで・・・あとそもそもあれは “昼寝”じゃないし」

 「“昼寝”に“夜更かし”を決め込むなんて夕野さんって意外と不良なのね?」

 「人の話聞いてたかな初音さん?あとなんで不良・・・?)」

 

 もう俺にとってはすっかり当たり前の光景になってしまったからついつい忘れそうになるがこの1年I組にいる生徒は全員、ジャンルは様々だが何かしらの芸能活動をしている“表現者”だ。周りを見渡せばこれまでのクラスと比べると見るからに容姿が整ったクラスメイトの数は多く、さすがは芸能コースなだけあってどこかしらで見たことのあるような顔もチラホラといる。

 

 「ねぇ見て、あの夕野憬が普通に初音さんたちと話してる

 「ほんとだ、入学式も仕事で早退とかしてたから勝手にスターみたいに思ってたけど、こんな感じでクラスにいると意外と普通だよね?

 

 『ロストチャイルド』や堀宮と共演したギーナのCMが思っていた以上に注目されたことに加えて、現在進行形で出演している3社のCMがテレビで流れている俺は、そんな“スター集団”と巷で言われているらしい芸能コースのクラスの中で早くも周りから一目置かれ始めている。こんなことを言うと嫌味に聞こえるかもしれないけど、まさか芸能コースに入っても“有名人”扱いされるとは思ってもみなかった。とは言え2年のクラスには堀宮、そして3年のクラスには一色とモンスター級が揃っているわけだから、それらに比べるとランクは少しだけ落ちる。

 

 ただこれが、明日以降になるとどうなっていくのか・・・・・・いや、ここはそもそも‟スター”が揃う芸能コース。きっといつもより少しだけ盛り上がる程度でそのまま何事もなくいつもの日常に戻るはずだ。

 

 「ていうかなんやかんやでさ、せっかく同じクラスになれたのに中々一緒になれないよね“おふたりさん”?」

 「えっ?・・・あぁなんだ、蓮のことか(急すぎて一瞬誰のことかと思った・・・)」

 「そう」

 

 ちなみに晴れて三度(みたび)のクラスメイトになった蓮は、別のドラマの撮影が入っている都合で今日は学校を休んでいる。

 

 「詳しい話とかあんまり聞いてないけど忙しそうだな」

 「ほんとね~、でも本人は“1話だけのゲスト”だからわざわざ言うほどじゃないって強がってたけど」

 「そっか、それは順調そうでなによりで」

 「良いよなぁ~仕事が途切れない売れっ子は。俺なんて中学の卒業式の次の日にドラマの仕事が一本決まるまで半年間全く仕事がなかったんだぜ?ま、受験を優先してたってのもあるけどよ」

 「おう・・・それは心中をお察しします」

 「なんか上り調子な夕野っちから心配されるとちょっと複雑だな」

 「大丈夫だよ“ゆーだい”くん、チャンスは幾らでもあるから」

 「“テレビ戦士”んときの名前で呼ばれると何か虚しくなってくるからやめてくれないかな初音さん・・・てかアレ観てたんだ?」

 「うん。中1のときまでほぼ毎週観てた」

 

 どさくさで新井が思っていた以上に苦労していたことが分かったことはともかく、何だかんだで蓮の女優活動も順調そうなのをこうやって人伝で聞くと、訳もなく嬉しく思う。

 

 “・・・けど約束は18時か・・・ていうかそれまでに本当に撮影終わんのかな・・・”

 

 「そういや夕野っち、いま環さんのこと“”って呼んでなかった?」

 「えっ?」

 

 ふと蓮からのメールを思い出してスケジュールを気にしていた手前、隣の席の新井は“すげぇいいことを思いついた”とでも言いたげなテンションでいきなり俺に問いかけてくると、間髪入れずに俺の左耳に手を当ててきた。

 

 「もしかして環さんとデキてんの?

 「・・・へ?

 

 そして直後の小声で囁かれた新井からの斜め上すぎるキラーパスに、軽く取り乱した俺は自分でも訳が分からない素っ頓狂なリアクションをしてしまった。

 

 「えっ・・・ちょっおま・・・マジで?」

 「いやまだ何も言ってないからね俺?

 

 突然にも程がある問いかけに一瞬だけ取り乱したが、俺の意味不明なリアクションを変に真に受けて1人で勝手に混乱し始めた新井を見ていたらすぐに冷静になれた。とりあえず俺はいま、新井からあらぬ誤解をされていることは分かった。

 

 「新井くんが何をどう思ったのかは分かんないけど、夕野さんと蓮は小学校と中学校でクラスが同じだった友達ってだけだよ」

 「正確には小6から中2の1学期までだけだけどね?・・・まぁそんな感じで仲良かったから、普通に下の名前で呼び合ってるって感じかな(何かよく分かんないけどナイス初音さん!)」

 「何だよそれー、期待して損したわ」

 「逆に伊藤、じゃなくて新井は何を期待してたんだよ?」

 「確認だけど俺の名前わざと間違えてね?」

 「いやいや、俺が新井のことをわざと間違えたことはあったか?(まぁ悪いなとは思ってるけど・・・)」

 「(あ、この眼はマジなやつだ・・・)・・・わざとじゃなくてもそろそろ覚えてくれよ夕野っち」

 「うん。普通にそれは以後気を付ける」

 

 ひとまず新井が勝手に抱いたあらぬ誤解は、俺と蓮の関係をある程度知っている初音のナイスフォローによってあっという間に解決した。まだ知り合ったばかりで微妙なところだけれど、何となく“持つべきものは友”とはこういうことなのかもしれない・・・と、自分勝手な持論に浸る。

 

 「ちなみにわたしは新井くんの名前はちゃんと覚えてるよ。“テレビ戦士”のときから」

 「おう・・・ありがとう。なぁ、初音さんってわざと俺のことからかってたりするんかな?

 「うーん、入学式で蓮と話したときの感じだとほぼ天然かと

 「なに小声でひそひそやってるの?」

 「ん?いや別に、小声で夕野っちに変なリアクションすんなって叱ってただけ」

 「変は余計だろが」

 

 ただこうやって教室の席に座って話してみれば、クラスメイトが芸能界を生きている人だろうとそうではない普通の人だろうと同じ世界を生きている人間だということが身に染みるように感じる。

 

 

 

 “『俺は芸能界のことなんてさっぱり分かんねぇし、きっとそっちの世界じゃ朝起きて飯食って学校にいくような俺らとは一日が違うかもしれねえ。でも俺はそんな世界にいる奴とこうやって話してるわけよ。それってつまり、お前や環がいる芸能界も俺のいるフツーの世界も全く一緒ってことじゃねぇの?』”

 

 

 

 「けど、2人のおかげでやっと目が覚めてきた気がする」

 「おぉ、よかったよかった」

 「これに懲りて仕事以外で“夜更かし”なんかするんじゃねぇぞ夕野っち?」

 「しないししてねえわ」

 

 不意にかつてのクラスメイトが言っていた言葉を思い出して、2人と会話をする俺の心がほんの僅かに感傷的(センチ)になる。言うまでもなくこうしていま教室で明るく話す新井も初音も、このクラスにいる生徒はみんな“一般人”ではない。だけれどカメラも照明もカチンコも何もない教室には、普通の世界と全く同じ緊迫感とは無縁の空気で満ち満ちている。

 

 にしても、すっかり異端な世界に慣れたいまになっても元クラスメイトの“格言”が響いてくるなんて、やっぱり有島というやつは只者じゃない。

 

 「でも、夕野さんと蓮か~・・・・・・わたしは普通にお似合いだと思うよ?」

 「何が?」

 「もちろん恋人同士って意味で

 

 なんて具合に感傷に浸りかけていたら、あろうことか初音がさっきのデジャブも同然の話題を悪意なしで掘り返してきた。どうでもいいことはどうでもいいことだけど、この初音といい堀宮といい蓮といい俺の周りにいる女優(じょし)は“油断大敵”な連中ばかりだ。

 

 「・・・俺と蓮か・・・」

 「え?やっぱ夕野っちって実は満更でもない・・・?」

 

 

 

 “『・・・やっぱり憬と話してるとそれだけで楽しいよ。愉快だし』”

 

 

 

 「いや、蓮はないな

 

 ちなみに初音からの問いに対する答えは、迷うことなく最初から“ノー”だ。

 

 「そんなキッパリ言うか普通?」

 「だってマジで蓮はないから」

 「でも環さんすっげー美人じゃん。初めて生で見たときマジでビックリしたわ俺」

 「まあ、華があるのは俺だって思ってる」

 「しかも小6からの付き合いとか逆に逃す理由はないと思うぜ?って言っても邪魔なマスコミとかがいるから堂々とはできねぇけど」

 「そこなんだよねー、わたしも全然アリだと思うけど」

 「言っとくけど別にマスコミとかじゃないよ」

 

 もちろんそれはマスコミが怖いだとか、世間体を気にしているからというわけじゃない。

 

 「ただ(あいつ)とは、お互いがライバルになっても今までみたいにどんなことでも気兼ねなく話せる“親友同士”でこれからもいたい・・・・・・本当にそれだけだよ

 

 俺にとって蓮は、いつになってもかけがえのないたった1人の“大切な親友(そんざい)”だ。

 

 「うわぁカッケー・・・さっすが“スター”の言うことはサマになるわ」

 「別に俺はスターでも何でもないわ」

 

 それ以上でもそれ以下でもないけれど、“宇宙人”と呼ばれて教室の隅で閉じこもっていた“ありのまま”の俺を初めて友達として受け入れてくれたあいつとは、例え我儘だと言われようと小6のときと変わらない関係のままでこれからもいたい。

 

 

 

 “『・・・次はちゃんと“カメラの前”でこんなふうに芝居が出来たらいいよね・・・私たち?』”

 

 

 

 それだけ俺にとって蓮は“大切”だから、互いに同じカメラを前に対立して競い合うようになっても、あの日から多少の紆余曲折がありながらも続いている“親友”という関係だけは・・・・・・どうしても壊したくない。

 

 

 

 “・・・なんだ、思った以上にちゃんと蓮のこと大切に想ってるじゃん・・・・・・“愉快な友達”さん・・・

 

 

 

 「てかそろそろ購買行かね?腹減ったわ」

 「確かに、早くしないと売り切れて選択肢がどんどん減ってくしね」

 「つーわけで俺は夕野っちと購買行くけどよかったら初音さんも一緒に行く?」

 「えっ、いいの?」

 「だって“野郎2人”で行ってもなんか味気ねぇし」

 「悪かったな味気なくて」

 「分かった、じゃあ元テレビ戦士の“ゆーだい”くんのお言葉に甘えて」

 「あのさ、やっぱりわざと言ってるよね初音さん?」

 「ん?何のこと?」

 「(あ、この眼は天然だ・・・)・・・いやぁ、ヒロインやってる人気声優さんに名前を覚えてもらえて光栄だな~マジで腐らず俳優続けて良かったわ~俺」

 「ねぇ夕野さん、わたしって言われるほど“まだ”人気じゃないんだけどもしかしてゆーだいくんって意外と“猫被る”タイプ?」

 「いや、多分違うと俺は思うしそういうことは仮に思っていても本人の前では口にしないほうがいい気が」

 「とりあえず一旦泣いていいかな俺?

 

 こうして15歳の若手俳優と元人気子役と若手声優の3人は、気の合うクラスメイトになって仲良く購買へと向かって行った。




日常は進む、淡々と_



本当は堀宮が使っている顔文字は時系列的に当時流行っていたドコモ絵文字風にしようとしましたが、どうやっても上手く反映されない&色々とめんどくさいということでそれっぽい顔文字にしました・・・・・・ちなみに物語の舞台となっている2001年当時の作者はまだ物心すらついていない3歳児でしたのでガラケーには触れたことすらありません。すいま千年女優。
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