或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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懐玉・玉折のOPがこれでもかってくらいアオハルってて大好き(なお本編)


#001B.《幕間》 6月30日⓪

 2018年6月30日_午前8時35分_北鎌倉_

 

 6月30日、朝の8時30分と少し。快晴の空の下、せっかくスケジュールが丸々1日空いている完全なオフ日なのにも関わらず、私は仕事が入っているときと同じ朝4時半に起きてルーティンのストレッチとかを諸々やって、朝の7時に自宅を出て北鎌倉の円覚寺に来ていた。

 

 “・・・てかこれ、帰りに缶コーヒーとか飲んどかないと道中で死ぬな・・・”

 

 ぶっちゃけ、仕事がないのに仕事があるときと全く変わらないスケジュールで動いてるようなものだから気持ち的には普段より寝不足だし、普段の休日はノープランでその日の気分で好き勝手に過ごしているからか、イマイチ休みって気もしない。そもそも貴重な休みなんだし別にこんな朝早くから起きて片道1時間半もかけて“こんなところ”に行く必要はなくない?って話にもなるけど、“この後”に寄ると決めている場所のことを考えるとその前にこれからお世話になる人への“ご挨拶”は済ませておきたいと思ったから、私は朝の7時に“都心某所”のマンションを出てここにいる。

 

 「鎌倉とかいつぶりよ・・・」

 

 北鎌倉駅の目と鼻の先くらいのところにそびえ立つように構える円覚寺への階段を、特に深い意味なんてない独り言を呟きながら上がっていく。そういえば、こうやって鎌倉に来ること自体がなんだかものすごく久しぶりだ。

 

 “たしか前に鎌倉に行ったのは・・・・・・あぁ、“あのとき”か・・・”

 

 いったいいつぶりだろうと円覚寺の階段を上がりながら記憶を掘り下げる。そうだ、私が18から19のときに主演で出ていた朝ドラの撮影(ロケ)が鎌倉で、円覚寺に行ったのもちょうど今頃だった。

 

 “てことは・・・・・・“14年”ぶりってことね・・・

 

 

 

 

 

 

 “『いまの世の中は随分と“楽”に女優を名乗れる時代になられて、私は羨ましい限りですよ・・・・・・』”

 

 

 

 

 

 

 “・・・あぁやだやだ、こんなときに縁起の悪い思い出を私はネチネチと・・・

 

 ついでであんまり思い出したくない記憶まで浮かび上がって、私はそれを頭の中で払い除けて空を覆うほどの樹木に囲まれた遊歩道を歩いて洪鐘を目指す。とにかく今は、なるべく“ネガティブ”なことは頭の中から捨てて、向き合わないと。

 

 “・・・ここだ”

 

 円覚寺の総門から向かって右側の遊歩道を進み、道中にある弁天堂の鳥居をくぐり抜けたところから続く140段の石段を上った先にある国宝・洪鐘のすぐ隣に、私がこれから“ご挨拶”をする大女優・薬師寺真波(やくしじまなみ)は眠っている。14年前に朝ドラの撮影で鎌倉に来ていたとき、監督の“ゴローさん”から“『今日は薬師寺真波の命日だ』”と聞いて、“願掛け”も兼ねて共演者や撮影に携わっていたスタッフたちと一緒に真波さんのお墓参りをした・・・“この場所”に来るのは、それ以来のことだ。

 

 「お久しぶりです。真波さん

 

 14年ぶりに訪れた真波さんのお墓は、まだ朝の9時前という人通りが少なめな時間帯だからかお供え物は少なく思ってた以上にスッキリとしていた。14年前に来たときは、全国にいるファンの人たちが置いていったであろうお供え物がこれでもかって置かれていて、伝説の大女優のお墓とは思えないくらい雑然とした光景が広がっていたから、これはこれである意味で軽く意表を突かれた気分だ。

 

 「僭越ながら・・・再来年から始まる大河ドラマで、薬師寺真波を演じさせていただくことになりました

 

 お墓の前にある2段の段差を上がり、“”の文字が大きく刻まれた墓石の前に立ち、手を合わせて目を閉じ真波さんにご挨拶をする。

 

 

 

 

 

 

 薬師寺真波。“撮影所”という場所がまだ全盛だった時代において当時の邦画界のみならず、敗戦によって士気が下がっていた戦後の日本そのものにとっての“希望”として映画史に名を遺す名だたる名監督と呼ばれる人たちと共に数々の傑作を創り上げ邦画界に“ひとつの歴史”を遺した“日本一の女優”。47歳という若さでこの世を去ってから43年、彼女は今でもなお“映画史の1ページ”として日本のみならず世界的にもその名が語り継がれ、愛され続けている。

 

 “『キネマのうたの主演を、是非とも環蓮さんにお願いしたい』”

 

 そんな日本が誇る稀代の大女優を私が演じることになったのは、プロデューサーの中嶋(なかじま)さんと監督の“ゴローさん”こと犬井(いぬい)さんから直々にオファーが舞い込んだほんの1週間ほど前のこと。もちろん最終的に私はそのオファーを引き受けることになるのだけれど、オファーが来たときは引き受けるべきかどうか久々に悩んだ。これまでに色んなドラマや映画で主演や重要な役柄を()らせてもらって人並み以上にはプレッシャーへの耐性や度胸がついてきていたとはいえ、あの“薬師寺真波”を演じるということはオファーを引き受けた今だから言えることだけど、はっきり言って恐れ多かった。大河ドラマの主演を演じるという役者としてこれ以上の冥利に尽きることのない名誉と、“日本一の女優”の人生と軌跡を現代に伝え語り継ぐ役目を与えられるプレッシャーの板挟み。

 

 

 

 “『いまの世の中は随分と“楽”に女優を名乗れる時代になられて、私は羨ましい限りですよ・・・・・・とくに、環さん(あなた)のような女優(ひと)を見ているとね・・・』”

 

 

 

 そして思い起こされた、ある映画の撮影現場で薬師寺真波の“忘れ形見”から言われた一言と苦い思い出。16から17のときに撮ったあの映画で私は日本アカデミー賞で新人賞を獲って女優として“花開く”ことになるが、あのときはちっとも嬉しくなんてなかった。寧ろ、“あの程度でも賞を獲れてしまう”という現実を自分の手で証明してしまったようなものだから、賞を“獲ってしまった”ときは本当に苦しかったし悔しかったし悲しかった。認めたくなんてないけど、“あの2人”がいなかったら間違いなく立ち直れなかった。

 

 “『私が薬師寺真波ね~・・・』

 

 それぐらい、忘れ形見の“あの人”から言われた言葉や仕打ちはあの頃の私を追い詰めた。いま思えばあの言葉と挫折があったからこそ“”があるのは紛れもない事実で、時が経って色んな経験を踏むうちにあれもまた一種の“優しさ”だったことに気付けたから、未だに思い出すと心の中がキツくなるけれどあの人には本当に心から感謝している。

 

 “『別に“環蓮”に演じてほしいんなら私は幾らでもやるけどさ、“あの人”はなんて言うんだろうね?』

 

 だからこそ、私は容易にこのオファーを引き受けようとは思えなかった。“中途半端”な女優で終わるはずだったかつての私を変えてくれた恩を、私が真波を演じることによって仇で返すようなことになってしまったら・・・なんてどうしようもない臆病なプライドで、無意識に私は逃げ道への言葉をそれっぽい“つよがり”で取り繕っていた。

 

 “『まさかとは思うが、環は“16年前”のことをまだ引きずっているのか?』”

 

 そんな私を目覚めさせてくれたのは、14年前にヒロインで出させてくれた朝ドラからずっと親交のある“ゴローさん”の一言だった。私は何のために女優を続けているのか?ここで“大河の主演(薬師寺真波)”を()れるチャンスを自ら手放したら、それこそあの人からの恩を仇で返すことになって、もう二度とリベンジの機会なんて与えられない。女優として21世紀(この時代)を背負って立っている以上、逃げるなんて選択をしたらそれこそ“女優・環蓮”の名が廃る。

 

 

 

 それに、負けっぱなしのまま“勝ち逃げ”されてしまうのは・・・・・・最高にイヤだ。

 

 

 

 “『まさか?・・・私は“NO”だなんて最初から一言も言ってないけど?』

 

 

 

 こうして私は、再来年の大河ドラマ『キネマのうた』で日本一の女優(薬師寺真波)の人生を演じることになった。

 

 

 

 

 

 

 「真波さん並びに、薬師寺家の歴史に泥を塗らぬよう精進して最後まで“あなた”を演じ切ってみせますので・・・何卒よろしくお願いします

 

 真波さんの眠る墓前の前で手を合わせて、声を出して挨拶をする。傍からみれば何をやってるんだって話だ。私が生まれる10年も前に亡くなっていて、会ったことはおろか生前の姿を同じ時間軸で見たことすらない人に、返事なんて返ってこないことなんて分かり切っているのにこれでもかってくらい敬意を払って畏まり挨拶をする。俯瞰すればするほどおかしな光景だ。

 

 でも、大河ドラマを始めとして実在する人物を演じるということは、それぐらいの誠意と責任を持って演じ切らなければ、その人の人生を否定するに等しいことだと私は思っている。だから私は、実在する人物を演じる際には必ずその人物のもとを訪ねて“挨拶”することを心掛けている。

 

 もちろんこれも、“あの人”の芝居を通じて教わったこと。

 

 「こんな朝早くから“おばあちゃん”に何か用?

 

 真波さんへの挨拶を終えて閉じていた目を開いた瞬間、背後から妙に聞き覚えのある女の人の声が聞こえた。

 

 「・・・こんな時間にバッタリ会えるなんて奇遇だね・・・静流

 「えぇ、私も同じ心境よ

 

 私に話しかける声のする背後へと振り返ると、そこにはアイボリーホワイトのリラクシーワンピースにスニーカーというシンプルで小洒落たファッションを身に纏い、右手にカーネーションの花束を持つ薬師寺真波の孫”がいた。奇しくも今日は真波さんの命日だから、“もしかしたら”という予感はうっすらと感じてはいた。

 

 「もしかして静流も朝早くから真波さんにお参り?」

 「当たり前でしょ?人が多い時間にわざわざこんな“目立つ場所”に足を運ぶのは好きじゃない」

 「あぁ、なるほどそういう」

 

 私と同い年(※学年は1つ上)ながら芸歴でいうと10年先輩にあたる女優・牧静流。2歳で芸能界に入り天才子役として早くも一世を風靡すると、入れ替わりが激しく消費期限も短いと言われている子役の宿命(ジンクス)を跳ね除け、そのまま人気が途切れることなく天才子役から演技派女優として30年近くに渡って第一線で活躍し続けている稀有な女優で、私にとっては20年来のライバルにあたる。

 

 「まさか、よりによってあなたが再来年の大河ドラマの“主演”を演じることになるなんてね」

 「うん、おかげさまでね。そのことでたったいま真波さんに挨拶を済ませたところだよ」

 

 そして何を隠そう静流が“薬師寺真波の孫”であることは芸能界じゃずっと前からすっかり有名な話なのだけど、世間一般的には静流自身が薬師寺真波の孫だということは今日まで全くと言っていいほど知られていない。正確に言えば“顔つきがそっくり”なことや、“”という苗字が真波さんの祖母にあたる“文代(ふみよ)”という人物と同じであることを関連づけて物好きな一部のマスコミが色々と裏を回ってリークしようと暗躍し続けていると風の噂でたまに聞くが、その度に“何やかんや”が起こって真相は全部揉み消されている。

 

 ついでに補足を付け足すと静流の苗字でもある牧はあくまで芸名で、本当の苗字は“一ノ瀬(いちのせ)”だ。*1

 

 「えぇ、見れば分かる」

 

 そんな嘘と理不尽で溢れかえった芸能界という異端な世界で、私と静流は女優として人生の半分以上の時間をずっと生きている。

 

 「ていうかさ、劇場じゃないところで静流と会うのはいつぶりって話じゃない?」

 「そうね・・・私は昔過ぎて忘れたわ」

 「昔過ぎて忘れたって、“おばあちゃん”じゃないんだから」

 

 ちなみに私たちはそれぞれ私がドラマ・映画(邦画)、静流が映画(国内外問わず)・舞台と微妙に活動しているフィールドが違うこともあって今まで同じ作品で直接的に共演したことは一度もなく、おまけに互いが互いで忙しいせいで面と向かって会うのはスケジュールが空いていたときに静流が出ている舞台の楽屋に挨拶ついでに手土産を片手に軽く言葉を交わすぐらいだから、こうやって劇場以外の場所で会うのは同居生活が終わってからは片手で数えられるぐらいしかない。

 

 「あなたが遊ぶ暇もないくらいドラマに映画と引っ張りだこで忙しいからよ」

 「それを言うなら静流だって映画の撮影と舞台の公演でずっと忙しいでしょ。ましてや日本にいないときもあるし」

 「確かにそうね、私は私で明日からしばらく海外だし」

 「知ってるよ。久しぶりにハリウッド映画の出演が決まったみたいじゃない?」

 「有難いことに3年ぶりに“お声”がかかった」

 「しかも風の噂じゃあの“リッキー”と初共演するかもっていうね」

 「相手が“ドタキャン”とかのトラブルを起こさなければの話だけどね」

 「うわ~あの“お騒がせリッキー”のことだからやりそ~」

 「さりげなく王賀美くんのことを随分と馴れ馴れしい“あだ名”で呼んでるけど会ったことなんて一度もないでしょ?」

 「逆に静流は会ったことあんの?」

 「あるわ。3年前にチャイナタウンを歩いてたときにバッタリ」

 「ウソ?マジ?」

 「マジ」

 「リッキーがチャイナタウン歩いてたの??」

 「どこに食いついてんのよあなたは」

 

 墓前の石段を下り、真波さんのお墓を前に静流とリッキーの話題で軽く談笑する。

 

 「てかいっそのことこれを機会にリッキーみたいにハリウッド一本で勝負してみるってのはどう?」

 「いいや、ハリウッドの“日本人枠”はあくまで王賀美くんに任せることにするわ・・・だって彼は私よりも若いし、そもそも私は“映画専門”なんかじゃないから」

 「そー言いながらちゃっかり助演女優賞獲ってるくせに」

 「“運が良かった”だけよ、あれは」

 「にしても珍しいじゃん。あの負けず嫌いで“がんこちゃん”な静流が後輩くんに道を譲るって」

 「嫌味?」

 「ううん、褒めてる」

 「はぁ・・・まぁいいわ。分かっていると思うけど私だってもう立派な大人よ。だから必要のない勝負は受けない、弁えるところは弁える。これもまた女優としての生き方・・・」

 

 2段の石段を下りて対面する小顔で愛らしくてそれでいて凛々しくもある可憐な顔立ちは、50年以上前に撮られたカラーフィルムに映る真波さんの姿に年々似てきている。

 

 「それに・・・・・・私の目指す場所はもっと別のところにある

 「・・・ほんと、あんたは相変わらずね」

 

 特にパッチリと透き通った青紫色の瞳と右目にある泣き黒子(ぼくろ)は、お世辞抜きで真波さんと“瓜二つ”だ。地毛が黒髪ではなく赤髪だったり、160の後半はあったと言われている真波さんとは対照的に体格は150半ばぐらいでやや小柄だったりと細かな違いはあれど、30代になってすっかり大人びた静流の顔立ちは、本当に真波さんの“生き写し”なんじゃないかって思えるくらいに似ている。

 

 「・・・機会ができたら聞こうと思ってたけど、私みたいな“赤の他人”が自分の“おばあちゃん”を演じるの、静流はどう思う?

 

 入れ替わるように2段の石段を上がり墓石の前に立つ静流に、私は問いかける。

 

 

 

 

 

 

 “『みんなはおばあちゃんのことを“日本一の女優”だとか言って神様みたいに拝んでるけど・・・・・・私にとっておばあちゃんは神様なんかじゃなくてタチの悪い悪魔なんだよ・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・どう思うも何も・・・あなただったら“薬師寺真波を演じられる”って信じたから、私は了承したってだけのことよ

 「・・・あぁ、そうだった。静流は真波さんの“子孫”だったわ」

 「正確に言えば戸籍上は“赤の他人”ってところね。まぁ、私も“関係者の1人”であることに変わりはないわ」

 

 私の問いかけに、静流は“”と刻まれた墓石に目を向けたまま呆れ半分な様子で答える。当然『キネマのうた』を製作するにあたって、静流は“あの人”と同様に関係者として製作元のMHKに薬師寺真波をモデルにした大河ドラマを製作することを承諾している。

 

 「本当は全部知ってるくせに、どうしてあなたはそんなことを私に聞くの?

 

 もちろん、薬師寺真波を演じる女優が環蓮(わたし)になることも含めてだ。

 

 「“本音”を聞きたいんだよ・・・“薬師寺真波を環蓮に演じさせていただきたい”って言われたとき、静流はどう思ったか・・・“私のほうがもっとちゃんと演じられるのに”って、一瞬でも思ったんじゃないかとか

 「私の言葉がそんなに信用できない?

 「そうじゃない・・・・・・ただ、“女優”として静流の思うことが気になるってだけ

 

 自らが承諾したことを知っているうえでそのことを聞いてきた私に、静流は背を向けながら微笑んでいるとも怒っているとも捉えられる口ぶりとトーンで問いただす。“おばあちゃん”のお墓を前に私にも視えない感情を向ける後ろ姿が、在りし日の薬師寺真波の後ろ姿とリンクする。悔しいけど、本気になれば静流は私なんかよりよっぽど真波さんのことをちゃんと演じ切ることができるんじゃないかと、そう思えてしまうくらいに“日本一の女優”の幻影と重なる小柄で華奢な背中。

 

 

 

 先ずはこの“背中”を超えない限り、私が薬師寺真波を演じる資格も、私が『キネマのうた』の撮影現場に足を運ぶ資格もない。そう思った。

 

 

 

 「はぁ・・・あなたって人は、偶に会うたびにどんどんと“なりふり構わなく”なっていくわね?

 「当然だよ。どんな人間だって20年も“こんな世界”で女優なんてやっていれば、嫌でも“なりふり構わなく”なっていくからね・・・それは静流だって同じでしょ?

 

 背を向けたままの感情に、少しだけ棘が加わる。どうやら、というよりかはやっぱり、静流はただの“後輩および友達”だった頃と、本質は何にも変わっていない。

 

 「私に“薬師寺真波”を演じることはできない・・・・・・理由はそれだけ。これで満足した?

 

 観念したかのような溜息を交えてようやく溢してくれた、かつての“後輩および友達”への“本音”。静流の口から告げられた薬師寺真波の“ピース”はあまりにも抽象的だったけれど、思わぬ場所とタイミングで収穫を得られた。

 

 「・・・ありがとう・・・“本音”を話してくれて・・・

 「・・・“蓮”のそういうどこまでも真っ直ぐで“正直”なところ・・・・・・初めて会ったときからずっと嫌いだった

 

 そして純粋な感謝をする私に背中越しでありったけの嫌味を静かにぶつけ、静流はカーネーションの花束を添えるように優しく墓前に置き、そのまま目の前に眠る真波さんに向けて手を合わせて目を閉じて、無言で挨拶をし始める。

 

 

 

 

 

 

 “『私ってさ、2歳の時に芸能界(このせかい)に入っちゃったから“普通の世界”を知らないんだよね』”

 

 

 

 

 

 

 女優になるために芸能界に入り、31年。静流は今や国内の映像作品や舞台にとどまらずハリウッド映画でも王賀美陸とは違った独特な存在感を放ち、26のときには本場アメリカでアカデミー助演女優賞を受賞する快挙を果たすなど、アメリカでは役者として“第一人者”と言われている“リッキー”以上に評価されていると言っても過言ではない。そして静流が30年かけて辿り着いた景色は、“日本一の女優”であり祖母でもある薬師寺真波が志半ばで病魔に侵されたことで打ち砕かれた、女優としての“最期の夢”でもあった。

 

 

 

 “『蓮にはわからないよ。私みたいな“嘘吐き”が女優を続けている理由なんて』”

 

 

 

 皮肉にもその夢を叶えてしまったのは、“あの人”と同じく生まれたときから今日に至るまでずっと呪いのように“薬師寺真波という存在”に苦しめられ続けている、静流だった。この世界にいる誰よりも忌み嫌う存在を目の前にして、明日には日本を出るという静流は何を想い、何を伝えるために真波さんの前に立っているのか、真波さんにどんな言葉をかけているのか・・・そんなもの、所詮は“赤の他人”に過ぎない私には何も分からない。

 

 

 

 “『私は自分のことだけを考えて芝居にのめり込めるあなたたちのことが・・・・・・羨ましくて仕方ない』”

 

 

 

 でも、薬師寺真波という人間を演じるということは、死してなおも子孫に重い十字架を背負わせ続ける1人の女優がどのような女優であって人間だったのか知り、この手で触れていかなければいけない。

 

 

 

 血筋が途絶えない限り半永久的に最終回なんて訪れない“薬師寺家の歴史(キネマのうた)”を生きる、“この人たち”と共に。

 

 

 

 

 

 

 「・・・真波さんとどんなことを話した?静流?」

 

 真波さんへの無言の挨拶を終えて合わせていた手を解いた静流に、私は同じく真波さんへの挨拶を終えたときに背後から話しかけられたのを再現するように再び問う。

 

 「あなたのような“赤の他人”に、私が教えるとでも?」

 「あははっ、そーいうと思った~」

 「最初から思っていたならいちいち聞かないでくれる?」

 

 冷めた眼つきと一緒に返ってきた答えは、完全な“拒絶”。静流にとってこの私がただの可愛い“後輩および友達”だったのは、今はもう昔の話。別に“嫌いだった”と言われたことも含めて、ショックとか怒りとか、そういう感情(もの)も何も感じない。強いて言えば、“そりゃそっか”程度の感情が僅かに湧いたぐらいだ。

 

 「でも・・・教えない代わりというわけじゃないけれど、これでまたしばらくは会えなくなるだろうから“思い出話”ぐらいだったら今から近くの海にでも行って聞いてあげてもいいわ」

 「ごめんね静流。私この後どうしても“外せない野暮用”があるから行きたいのは山々だけど無理だわー」

 「そう、それは残念ね」

 「代わりに明日の撮影ドタキャンして見送りにでも行こうか?」

 「多方面に迷惑がかかるからやめなさい

 

 これ以上いても仕方がないと、私はここから離れるタイミングを伺う。とにかく薬師寺家の話は“こんな場所”でバッタリ会ったついでで話すような内容じゃない。そもそも私にはまだ“行くべき場所”が残っているから、“こんなところ”で油を売るほどの時間もない。

 

 「それじゃ、時間もあんまりないし私はこれで下りるよ。ドラマの撮影あるから見送れないけど、静流が出る3年ぶりのハリウッド映画楽しみにしてるから」

 「ありがとう。あなたもどうか頑張って」

 「うん・・・健闘を祈る」

 

 真波さんへ挨拶を済ませた静流と別れ際に軽く言葉を交わして、私は背を向けて来た道を戻ろうと足を一歩進める。

 

 「待って

 

 足を一歩進めたのと同時に、静流の呼び止める声が聞こえて振り向かずにその場で立ち止まる。

 

 「・・・最後にひとつだけ、蓮に聞きたいことがあるの

 「・・・なに?

 「“どこ”へ行くの?

 

 

 

 

 

 

 “『_憬?嘘だよね?_』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・ほんとは全部知ってるくせに、どうして“あんた”はそんなことを私に聞くんだよ?

 

 背後から聞こえた問いかけに、ついさっき言われた返答と全く同じ意味を持つ言葉を振り向かずに返す。

 

 「・・・やっぱりやめておくわ。これ以上あなたに聞いたところで、お互い“いい思い”なんてしないでしょうから

 「・・・・・・

 

 

 

 そしてちょうど10年前の6月30日(今日)という日に“あいつ”の身に起こった事情を知っている静流の言葉を無言で受け止めた私は、今度こそ真波さんのお墓を後にした。

*1
詳しくはスピンオフ『演じざかりのエトセトラ』を参照




1ヶ月ぶりでございます。断じてサボっていたわけではございません。ちょっと色々と忙しくて拙作の執筆が滞っていただけです。すいまセンターオブジアース。

ちなみに今回の話は#001の数時間前の出来事を描いた閑話になります。どうして#001の次じゃなくてこんなタイミングなのかは・・・一言で言うと“バランス”です。何か2018年に戻ると前回で言っておきながら閑話をぶち込んで読者を騙したみたいな感じになってるかもしれませんが、ちゃんと2018年に戻っているので嘘はついてません・・・はい。

そして現在(2018年)の時系列で、牧静流が初めて登場しました。だから何だよんなことより景ちゃんとかアキラ君を出せよって話ですが、こういう“よなちよ世代”が主役じゃないアクタージュだって、1つや2つや3つくらいはあってもいいじゃないですか・・・なんてね。

というわけで、何とか年内に100話の大台に乗れるよう、これからもボチボチと頑張ります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【人物紹介】

・牧静流(まきしずる)
職業:女優
生年月日:1985年1月1日生まれ
血液型:B型
身長:153cm(14歳)→ 156cm(現在)

本名:一ノ瀬静流(いちのせしずる)
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