或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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お互い頑張って行きましょうなんて言葉を返されたら、こっちも頑張るしかないじゃないですか。

8/27追記:今後の展開を考慮し、ストーリーを一部変更しました


scene.81 屋上にて

 2001年_4月10日_午後5時。テレビフジ火曜22時枠にて7月から放送されるドラマ『ユースフル・デイズ』の情報解禁(プレスリリース)がメディア各社に向けて行われた。プレスリリースにおいて解禁されたメインキャスト及び制作スタッフは以下の通り_

 

 

 

 原作:逢沢夜宵(あいざわやよい)著『ユースフル・デイズ』(K談社)

 

 神波新太(こうなみあらた)一色十夜(いっしきとおや)

 園崎純也(そのざきじゅんや)夕野憬(せきのさとる)

 千代雅(ちしろみやび)堀宮杏子(ほりみやきょうこ)

 半井亜美(なからいあみ)永瀬(ながせ)あずさ

 

 脚本:草見修司(くさみしゅうじ)

 演出:黛美和(まゆずみみわ)

 プロデューサー:上地亮(かみじとおる)

 

 制作:共テレエンタープライズ

    オフィス・ムーンパレス

 

 

 

 なお、追加キャスト等の新情報は後日解禁される模様_

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2001年4月11日_午前8時30分_霧生学園・1年I組

 

 「あ、環さんおはよー」

 「おはよー」

 

 HR(ホームルーム)前の“朝学習”が始まる15分前の8時30分。私は仕事がオフで学校へ授業を受けに行く日には、だいたいこれぐらいの時間に芸能コースが割り当てられているI組の教室に入るようにしている。ルーティンってわけじゃないけれど、ボスから言われた“15分前行動”の教えを守っているうちにいつの間にか“15分前行動”が当たり前になった。もちろんこれは、芸能界で生きていく以前に一般社会でも生きていける力を今のうちに身に付けておけ・・・ということだろうか。

 

 って、朝からこんな小難しいことはあんまり考えたくないのにな・・・と頭の中で軽く自業自得の愚痴をこぼしながら自分の席に座って、今日の授業で使う教科書を鞄から取り出して机に入れる。

 

 「おーはータマ」

 「あ、おーはー伊織」

 

 ほんの僅かに遅れて、始業式の後にやった席替えで私の真後ろの席になった伊織がいつもの元気な調子でやってきて、真後ろの席に座る。

 

 「・・・やっぱりタマは髪切ると“誰”?って感じになるよね」

 「どういう感じだよそれって」

 「“わたしの知ってるタマじゃなーい”、みたいな」

 「ぁははっ、確かにここまで短く切ったのは生まれて初めてだし。伊織はロングの私しか知らないからね」

 「けどこういう“ルーティ”みたいな髪型も似合っちゃうからいいよね~タマは」

 「ルーティ?」

 「ルーティ・カトレット。テイルズオブディスティニーのヒロインだよ」

 「テイルズ・・・・・・どっかで聞いたことあるけど何だっけ?」

 「ゲームだよゲーム。新作が出るたびにCMも普通に流れてるからタマも分かるはずだよ」

 「ゲーム?・・・・・・あぁ、もしかして“ドラクエ”的な?」

 「うん。“ドラクエ”じゃないけどまぁそんなとこRPGってとこしか合ってないけど・・・)」

 

 そして仕事の話をするわけでもなく、ただ大して中身なんてない他愛もない会話を淡々とする・・・という、“売れてると売れてないの境界線”を漂っている若手女優の、なんてことはないオフの日常。

 

 「・・・てかさー、思ったほどみんな“ザワザワ”してないね?」

 「何が?」

 「ほら、“昨日”のこと」

 

 そのはずなんだけど、何だか今日は昨日までよりも周りのクラスメイトが少しだけ“ざわついて”いる。

 

 「・・・まー当然でしょ。そもそも“本日の主役”がまだ来てないんだから」

 「あ~それもそっか」

 

 どうして周りにいるみんながざわついているのか、その理由は私が一番よく知っている自信がある。もちろん話題の中心がここに来たらどうなるかも、大体予想がつく。

 

 「あ、夕野さん来た

 「どうする?こういうときって普通におめでとうとか言うのが正解かな?

 「いや普通にそれが無難でしょ?

 「でもこのクラスの中で夕野さん以外にあの“オーディション”受けた人っていたりするんかな?何か噂だと出来レースだったらしいよ7月のドラマのやつ

 「てことはこれ落ちた人が万が一同じクラスにいたりなんかしたらマジで修羅場じゃね?

 

 ほら、私の思っていた通り。ご本人が教室に近づいただけでこの盛り上がりよう。何だかまだ教室にすら入ってないのに周りの空気がガラッと変わりだした。これぞまさに、“メインキャスト”にしか放てない圧倒的なオーラ。

 

 「おっ、きたきた“本日の主役”

 

 自分でも分かっているはずだけど、目の前で“それ”を魅せつけられると無意識に拳を握り締めそうになるくらいの感情に襲われる。入学式終わりにボスから事務所に呼び出され、“オーディション”の真実を明かされたときと同じ・・・あの“感覚”がまたぶり返す。

 

 「・・・・・・うん

 

 

 

 だって自分より前に“誰か”がいるという状況は・・・・・・その相手が“誰だろう”とシンプルに悔しいから・・・

 

 

 

 「・・・おはよ。夕野さん」

 「おはよ」

 

 機嫌を伺うようにクラスメイトの女子の1人が話しかけると、憬はいつも通りのポーカーフェイスで流れるように返して、気まずくなった教室の空気など気にもせずに自分の席に向かう。

 

 「おーはー、“メインキャスト”さん」

 「・・・皮肉?」

 「ううん、 “おめでとう”って意味」

 「そっか・・・分かりづらいけどありがとう初音さん」

 「いえいえ、お気に召さらず」

 

 そして自分の席に座った憬を、真後ろに座る伊織は気まずい空気なんてお構いなしに迎える。本当にこういうときでもずっと“平常運転”でいられる伊織のメンタルの強さは、純粋に羨ましいし役者として尊敬する。

 

 「おはよ、憬」

 「おはよ、蓮」

 

 席替えの関係で私から向かってちょうど右隣にある自分の席に座る憬に、私は何事もないかのように声をかけると、続けて憬も同じように平然と同じ言葉を返す。

 

 

 

 “『望むところだ』”

 

 

 

 私と憬が“親友同士”から“敵同士”なったのは、つい一昨日のこと。でもだからってお互いのこれまでの関係がガラッと変わったかと言われたらちっともそんなことはないから、(かたき)になっても今までどおり普通に何気なく私たちは話す。そんな“めんどくさい2人”がよりにもよって隣の席になってしまったのは、運命の悪戯か何かなのだろうか?

 

 なんて、神様のことは基本信用していない私にはわからないけれど。

 

 「案外余裕そうじゃん?」

 「何が?」

 「だって今日はクラスのみんなが君のことを注目してるよ?“火10に大抜擢されたメインキャスト”として」

 「見りゃわかるよ。俺が教室入った瞬間に静かになったのも含めて」

 「緊張しない?初めてでしょこういうの?」

 「残念ながら“こういうの”は受験生のときに経験済みだよ」

 「あーそういえば國近監督の映画に出てたわ。あとギーナのCM(やつ)も」

 「どっちも助演(バーター)だけどな」

 「(そうそう。こういうときでも普通に話せるのが“友達”なんだよね~)」(←初音は憬と環が『ユースフル・デイズ』で共演することをまだ知りません)

 

 昨日発表された“プレスリリース”をきっかけに一夜にして世間の注目を集めることになった憬は、周りのみんなから注目されていることなど気にもせず、私からの揶揄いに全く動じない。

 

 「やっぱり緊張してんじゃん」

 「何で?」

 「だって緊張しない?って私からの質問には“否定”しないし」

 「・・・そりゃあするだろ。寧ろ全く無関心で緊張しないほうが怖いわ(一色(あの人)とかはしなさそうだけど・・・)」

 

 ように見せかけてちゃんとそれなりに緊張している辺りがバカ正直な憬らしくて、平然を装っているけど初めてメインキャストに抜擢されたプレッシャーというものを人並み程度に感じているその横顔を見ているだけで何だか微笑ましくて、ライバルだということをつい忘れそうになる。

 

 「ぁははっ、強がっちゃってお可愛いこと」

 「うるせぇ(なんでいきなりお嬢様口調?)」

 

 それでもあの“宣戦布告”から今回のドラマを通じて本当に覚悟を決めてきているのは、自分に注目するクラスメイトの視線を睨むように見据えながら左隣の私に話しかける横顔でハッキリと分かる。“変わる選択”をした私と同じように・・・憬もまた役者として次の領域(ステージ)に進むために変わり始めている。

 

 

 

 ここで油断していたら・・・・・・私は憬にまた負ける・・・

 

 

 

 「って、“本日の主役”と話してたら私まで注目の的になってる」

 「“本日の主役”って何だよオイ」

 

 隣の席になった憬と何気なくいつも通りに話していたら、クラスのみんなの視線が憬から“憬と私”に移り変わっていた。

 

 「これじゃあせっかく隣同士になったのに気軽に教室で話せないよね?

 

 当たり前だ。だって私がいま友達感覚で話している憬は、7月に火10で放送されるドラマでメインキャストの4人の中の1人に選ばれた、霧生学園高校・芸能コース1年I組が誇る正真正銘の有名人。しかもそのドラマはただのドラマじゃなくて、メインキャストが全員リアルな高校生の年齢の若手俳優が占めるという視聴率がカギを握るプライム帯のドラマにおいては超が付くほど攻め込んだキャスティングに、脚本に風の噂だと高円寺を拠点に活動する小劇場劇団に所属している“草見修司(くさみしゅうじ)”という全くの無名な劇作家を起用したり・・・とまぁ、ざっくり言うと良くも悪くも放送前から色んな意味で注目を集めているドラマのメインキャストに、憬は選ばれたということだ。

 

 「・・・だな

 

 揶揄い半分に話しかけた私に、憬は至って真剣な表情のままどこか思い詰めたような口ぶりで返す。もしも出演するドラマが確実に視聴率を見込める売れ線の人気俳優を主演に置いたありきたりなドラマだったら、もっと素直にクラスのみんなは憬のことを祝福してくれたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 “_不合格とさせていただきます。_”

 

 

 

 

 

 

 でも“これ”は、そんなありきたりなドラマなんかじゃない。

 

 

 「ねぇ、昼って空いてる?

 

 まだどうしても話しておきたいことがあった私は、昼休みに憬を“ある場所”に連れて行くことにした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「そういえば憬と仲いい感じだった新井くんが来てなかったけどなんかあった?」

 「新井はドラマの撮影があるから休むってさ。ほぼエキストラみたいな役らしいけど久しぶりに現場出れるって言って喜んでた」

 「へぇ~、良かったじゃん新井くん」

 

 午前中の授業を終えた昼休み。俺は斜め前を歩く蓮に連れられる形で屋上へと続く階段を上っていた。

 

 

 

 “『ねぇ、昼って空いてる?』”

 “『昼?空いてるけどなに?』”

 “『どうしても話したいことがあるから屋上に来て』”

 “『いやだから、何で?』”

 “『いいからいいから』”

 

 

 

 といった感じの流れで、俺は蓮と昼休みに屋上へ行く約束をした。一体こんなところに来てまで話したいことは何なのかは知らないが、こいつが俺と話すのにわざわざ屋上を選んだ理由は何となく予想はついている。

 

 「よし。誰もいない」

 「そもそもこんな雨が降りそうな微妙な天気のときに屋上に上がろうとは思わないでしょ」

 

 蓮がそろりと屋上に繋がる塔屋(ペントハウス)の扉を開けると、薄暗い出入り口に光が差し込んで視界が幾分か明るくなる。今日の天候は天気予報によると一日中曇りで、ところによってはにわか雨。そんな予報通りな感じの良いとは言い難いお天気だからか、常に解放されていて放課後には吹奏楽部のたまり場の1つになっているという屋上には人が1人もいない。とりあえず天気はそんなに良くないものの、俺と話がしたい蓮にとっては最高のコンディション・・・というところだろうか。

 

 「何気に初めてだよ。学校の屋上」

 「マジで?」

 「マジ。逆に蓮は屋上あんの?」

 「あるよ。ついこないだまで通ってた中学(がっこう)の卒業式前日に伊織たちと思い出作りで」

 「ほんと蓮は初音さんと仲がいいよな」

 

 ちなみに学校の屋上にこうして上がるのは、実を言うと撮影も含めて一度もなくて生まれて初めてだ。今日はあいにくの空模様だがそれでも何となく開放的で景色がいい。吹奏楽のことは全然知らないけれど、青空の屋上で曲の練習をするのはさぞ気持ちがいいのだろうというのは容易に想像できる。

 

 「そもそも“大中(ダイチュウ)”の屋上は立ち入り禁止だったしな。覚えてない?」

 「・・・あぁ、言われてみれば」

 「俺が言うまで完全に忘れてたろお前?」

 「しょうがないじゃん。だって私途中で転校して東京(こっち)に来ちゃったし」

 「あ~俺が初めて現場に行った月9の役作りな」

 「そうそう」

 「マジで急だったからあのときは本気で焦ったわ俺。まさかお母さんを横浜(むこう)に残して1人で行くとは思わなかったし」

 「ね~、いま考えたらあそこまで自分を追い込む必要なんてなかったんだけどね・・・視界が狭くてホントにおバカだったからさ、中2の私って」

 

 そんな屋上という天井のない空間で敵になった“親友”と2人だけになると、どこか張り詰めていた教室の空気から文字通り解放されてついつい話が弾みだす。

 

 「・・・仮に必要なんてなかったとしても、あれだけ本気で頑張ったから蓮は月9を最後まで演り切れたんじゃねぇの?

 「・・・憬

 

 お互いがただの親友から同じ撮影現場で火花を散らすことになる敵同士になっても、やっぱり蓮とこうやって話していると純粋に心地良くて、話し相手がライバルだということをついつい忘れてしまいそうになる。

 

 「って、俺は思うってだけだけど」

 「君ってそんな“すけこまし”みたいなこと言うような人だっけ?」

 「人がわりとガチで褒めてんのに“すけこまし”呼ばわりはねぇだろ・・・」

 

 もちろん親友であるが故の容赦ない揶揄いに“ムッ”となることもあるけれど、それすらも変わらず楽しそうに飾らずに笑う表情ひとつで憎めなくなってしまうところが、ズルくもあって魅力的でもある。

 

 「でもありがと。こんなふうに憬から肯定してもらえるとやっぱ嬉しいわ」

 「それはまた何よりなことで」

 「ま、逆に考えれば普通に卒業まで横浜(むこう)にいたら伊織とはまだ友達になれてないし、静流とも単なる事務所の先輩後輩みたいな感じで今ほど近い関係になんてなれてなかったと思うから・・・そう考えると無駄なんかじゃなかったなって言えるかな?」

 「無駄じゃないでしょ。まず住んでる部屋の同居人が牧静流って時点でチート過ぎるわ」

 「ホントそれ。やっぱり役者はライバルが近くにいて“なんぼ”だね」

 「お前が言うと説得力がすげぇわ・・・

 

 だからこそ俺は思うことがある・・・出来れば蓮とは現場の外でも争うようなカタチじゃなくて、もう少し違う“カタチ”で芝居をしたかったと。どうしてよりによって蓮との初めての共演が、“このドラマ”なんだと。

 

 「では俳優の夕野憬さん。初めて学校の屋上に立った感想は?」

 「感想・・・なんかいきなりインタビューが始まったんだけど」

 「いいから早く。こういうときにイイ感じのコメントが言えるかどうかも芸能人だったら大事だからね?憬ってドラマの番宣で“めざまし”とかに出る羽目になったときに寒いこと言ってシラケそうだし」

 「何でシラケる前提なんだよ?」

 

 目の前に立つショートヘアの蓮が、いきなり“インタビュアー”になって右手で拳を作ってエアーで俺にマイクを向ける。制服を着ているのも相まってか、どことなく原作の“大村凪子”の姿がちらつく。

 

 「ではもう一度、初めて学校の屋上に立った感想は?」

 「・・・えーっと・・・・・・景色が開放的で、良いんじゃないですか?」

 

 それとこれとは別で、ハッキリ言って俺はバラエティ番組とかエンタメ番組のインタビューで面白いことをしようなんて微塵も思わないし、そういう芝居を求められないものに出たいとも思わない・・・とは心の中で思うもののそんな我儘を言えるほど役者として偉くなったわけじゃない俺は、蓮が勝手に始めた“予行練習”に嫌々付き合い、3割ぐらいのやる気で動く思考回路で思いついたそれっぽいコメントを適当に返す。

 

 「んー・・・普通過ぎるしシンプルにつまらないから2点」

 「勝手に採点しとけ」

 

 そして俺が適当に返したそれっぽい感想に、蓮は“2点”をつけてクールに悪戯っぽく笑う。

 

 「やっぱ憬ってバラエティーは致命的に向いてないよな~」

 「元々芝居以外じゃ勝負してねぇっつの」

 

 そんな小6のときから見慣れた悪戯で無邪気な微笑が、一昨日の公園で魅せた禍々しさすら覚える“笑み”が嘘だったんじゃないかと俺の心に語りかけてくる。こんなふうに何にも考えないでバカをやれるただの親友でいられる瞬間に1秒でも長く浸れたらと、俺の心を甘やかそうとする。

 

 

 

  “『覚悟しとけよ。憬』”

 

 

 

 それでも俺は、“親友なんていらない”と役者を続けるために“”になる決意を示してきた親友の覚悟に役者として応えると心に決めている。だから俺も蓮と同じように、自分の気持ちに甘える気持ちを一昨日の宣戦布告と一緒に“公園のブランコ”に置いてきたつもりだ。

 

 「で・・・俺を屋上にまで連れ出して話したいことは何?まさかまた喧嘩か?

 

 真正面で無邪気なままいつものように気の合う親友を揶揄う蓮に、俺は現実へと引き戻す言葉をかける。

 

 「ぁはははっ、違う違う・・・ぶっちゃけわざわざ屋上まで来て話すようなことじゃないけど、今日はとてもクラスがそんな“状況”じゃないからさ・・・」

 

 “本題”に話が移った瞬間、クールに笑いながらも蓮の表情(えがお)から数秒前までの無邪気さが消えた。心の中にあるスイッチを切り替えたであろう蓮に、俺は無言のまま心で合わせる。

 

 「憬は部活どうするの?

 「・・・・・・部活?」

 「そう。部活」

 「・・・まさかこれを聞くためだけにわざわざ俺を屋上に連れ出したのか?」

 「うん」

 

 こうして何を言い出すかと身構えてみたら、本当に“わざわざ屋上まで来て話すようなことじゃない”ことを聞いてきて、俺は完全に面を食らった。

 

 「・・・まぁ、それもそうだよな」

 

 だけれど同時に、蓮が俺を屋上に呼び出した理由も察した。

 

 「憬にしては珍しく察しがいいじゃない?」

 「珍しくは余計だ」

 

 

 

 昨日の夕方にメディア各社へと発表されたドラマ・『ユースフル・デイズ』のプレスリリース。俺はその瞬間を“別件”の打ち合わせで向かっていた事務所で立ち会う形で目撃した。今まで主演の影で密かに注目される程度だった俺が、メインキャストとして大々的に注目される瞬間。

 

 “_夕野憬って、何者?_

 

 もちろん現時点での俺は『ロストチャイルド』や堀宮の“バーター”で出演したギーナのCMで世間の一部から“演じ分けが凄い”と騒がれた程度で、一般的な世間からの反応は何ならまだまだ“無名”に等しいくらいだし、純粋な知名度だと蓮のほうが全然上だ。それでも火10での大抜擢は、日常を取り巻く環境を一夜で一変させるには十分すぎるほどの起爆剤になった。

 

 “『・・・おはよ、夕野さん』”

 

 教室に入った瞬間、I組のクラスにいたみんなが俺の存在を認識して、女子の1人がどう声をかけるべきかを探るかのように声をかけてきた。教室に入った瞬間、それまで賑やかだったクラスの空気は一瞬だけ静まり返って、独特な気まずさを纏いながらざわつき始めた。それでも蓮と初音は普段と同じように接してくれたけれど、本当に何気ない話をただしているだけでも周りから向けられる視線のせいで、場所を選ばないと他愛のない話すらできない状況。それはもしかしなくとも、あの“オーディション”の噂が“”となって芸能界に広まっているせいだ。当然、このクラスで“オーディション”を受けて落とされたのも蓮だけとは限らない。誰が敵なのかもわからない状況。もしも同じプライム帯のドラマのメインキャストの1人に抜擢されたとしても、今期の月9のように名の知れた主演俳優を添えた王道のパターンや、主演の周りを名だたる実力派やベテランが囲む朝ドラのような作品だったら、こういう状況にはなっていないはずだ。

 

 “『大出世やん!おめっとさん!』”

 

 打ち合わせを終えて寮に戻った俺の“色んな思惑が複雑に絡む大抜擢”を祝福してくれた新井は、こんな日に限って撮影が決まって学校を欠席。もちろんチョイ役ながらも久々に仕事が決まったことは素直におめでたいことだけど、もし新井がいたらわざわざ蓮が俺を屋上に呼び出さないといけないくらいの空気にはなっていなかった・・・かもわからない。

 

 

 

 ともかく、昨日を境目に俺を取り巻く環境はまたひとつ“普通の世界”から遠ざかった。

 

 

 

 「で?部活は入るの?」

 

 

 

 と、ここで一旦話を遮って補足を挟むが、霧生学園高等学校には普通科にあたる進学コース、スポーツ科学を重点的に取り入れているスポーツコース、そして憬たちが在籍している芸能コースの3つの学科(コース)が存在しており、基本的に授業を受ける際に科目によっては3つのコースの生徒が同じ教室や化学室、視聴覚室で授業を行うことがある(※ただし授業の班分けはコースごとに分けられており、他コースの生徒ならびに芸能コースの生徒は原則として双方との生徒同士での私語のやり取りは禁止となっている)。そして芸能コースの生徒が部活動に所属することに関しては、所属している芸能事務所との相談の上で部活動への所属が認められている。ただしあくまでも“芸能活動を最優先”にすることが条件であり、所属事務所と学校側の双方の合意が得られない限り大会等への出場はできないなど“制約”も多いためその制約を嫌う生徒、またはあまりにスケジュールが忙しく部活動はおろか学校に通い授業を受けることもままならないというケースもあるためどこの部活にも属さない“無所属”を選択する生徒、もしくは“”だけを置いて“幽霊部員”となる生徒も少なくない。ちなみに部活動に関しては授業に比べて他コースとの“隔たり”はある程度緩和されており(※ただし連絡先の交換などプライベートに関わるようなやり取りは禁止)、部活動の時間は他コースに通う生徒にとっては芸能コースの生徒と交流ができる“唯一の時間”でもある。

 

 

 

 「・・・とりあえず“陸上部”に入ろうって思ってる」

 「・・・へぇー、そうなんだ」

 

 とはいうものの俺たちのような芸能コースの生徒はどんなに有名になって注目されようとも、霧生学園(この学校)では芸能コース故の“特例”こそあるものの基本的には“一生徒”として扱われていることは進学コースの生徒と変わりはない。だから芸能人の俺だって、ちゃんと部活には入ろうとは思っていたし、何なら霧生への進学が決まった時点で“おやっさん”には相談もしている。

 

 「・・・なんだその感情が籠ってない微妙なリアクションは?」

 「だって憬が部活やってるイメージが全然湧かないからさ」

 「帰宅部だったしな、大中(ダイチュウ)のときは」

 

 ただ中学のときの俺は帰宅部で習いごとすらしていなかった“オタク”だったせいで、案の定蓮からは思いっきり不審がられた。まぁ、部活動なんて1ミリも興味がなかったような奴がいきなり“陸上部に入りたい”とか言い出したら意外に思われるのは、理解出来なくもない。

 

 「でも憬が陸上ね~・・・50メートルは何秒で走れる?」

 「50メートル・・・確か中3の体力テストでギリ6秒台に入った気がするわ(と言っても純也の専門は“走り幅跳び”だからただ速いだけじゃ駄目だけど)」

 「そんなに足速かったっけ憬って?」

 「何かよく分かんねぇけど小さいときから足だけはそこそこ速いんだよ俺」

 「はぁぁ~、天才は羨ましいことで」

 「天才ってかそれ言うなら蓮のほうが運動神経は普通にあるだろ・・・それに、ぶっちゃけ俺は走るか走って飛ぶ以外だと大体平均かそれ以下だし」

 「じゃあ憬が陸上部にしたのは消去法・・・」

 

 そんな俺がどうして1ミリも興味のない陸上部に入るのか・・・そこにはちゃんとした理由がある。

 

 「と見せかけて“役作り”?」

 「・・・・・・さすがオーディションに向けて読み漁っただけあるな」

 「肝心のオーディションは落ちちゃったけどね☆

 「満面の笑みで落ちたことを俺に言われても困るんですが・・・

 

 ただ、結局その理由は自分の口から明かす前に“原作”を読破している蓮に皮肉を込めた自虐と一緒に気付かれてしまったが。

 

 「ま、“そういう目的”じゃないと陸上なんてやろうって気にもならないのが憬だからどうせ役作りだろうなって思ったよ」

 「・・・ほぼ正解だけどいざ当てられるとムカつくわ」

 

 もちろんオーディションのために徹底的に亜美を作り上げてきた負けず嫌いな蓮も、俺と同じことを考えているのは“親友”としてよく分かる。

 

 「ははっ、いつまでも“ライバル”を見くびっていたら一瞬でまた“追い抜かれ”ちゃうよ?メインキャスト様?」

 「別にメインキャストになったからって俺は蓮を“追い抜いた”なんて思ってねぇよ・・・」

 

 

 

 “・・・俺が追い抜かれる、か・・・

 

 

 

 「・・・蓮は凪子と“同じ”か?

 「・・・

 

 会話の中で浮かんだ確信を蓮に伝えると、たかがメインキャストに抜擢されただけでまだライバルに何一つ勝ててない俺を見つめる表情(かお)から一瞬だけ笑みが消えた。

 

 「・・・うん

 

 そして相槌を打つと同時に真剣な眼つきで優しく微笑むように蓮は頷いた。“いまの蓮”が本心ではどう思っているかは流石に当てられないから分からないが、俺にはその感情が“役者(ライバル)”ではなく“ただの親友”のように思えた。

 

 ガチャッ_

 

 「・・・?」

 

 すると蓮が図星を突かれて俺に相槌を送った瞬間を図るように、後ろにあるペントハウスの扉が開く音が微かに聴こえて、俺は背後へと振り向いた。

 

 「なるほど~、屋上で2人きりとはなかなかやりますね。さとるセンパイ♪

 

 振り向いた視線の先には、購買で買ったパンとウィーダーゼリーを片手に屋上へと上がってきた堀宮が得意げな顔をして立っていた。




親友の間に挟まる先輩_



補足として少し前に髪を切った環のイメージは図書館戦争の笠原郁と後書きで書いていましたが、本編の時系列である2001年ではまだ図書館戦争は発表されていないので、友人であり声優の初音からはTODのヒロインであるルーティカトレットっぽく見えています。

ついでに言うと作者的にはどっちのイメージでも大丈夫って感じです。
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