或る小説家の物語   作:ナカイユウ

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scene.83 ブレるな

 「・・・どうして分かるんですか

 「キミの瞳がそう言ってるから・・・・・・って言えたらかっこいいんだけどね?

 

 真上を覆う灰色の曇り空が一瞬で晴れ渡るくらいの邪気のない笑顔で、堀宮さんは再び私の言葉を遮るように対峙する。物真似をしているわけじゃないのは分かるけれど、まるで“雅”が原作のコマからそのまま飛び出してきたと感じるほどに火10で自らが演じることになる役に憑依してみせる堀宮さん。

 

 「実は弓道部の主将が信じられないと思うけどマジのマジであたしの“はとこ”でさ」

 

 一瞬にして目の前で雅に“化けた”かと思ったら、カットがかかってスイッチが切れたかのように一瞬で“”を解いて、堀宮さんは再び素に戻る。

 

 「・・・“清水平仁(しみずへいじ)ラウール”って背の高い人ですよね?」

 「よくフルネームを覚えられたね?だいたいみんな最初は苗字かミドルネームの“ラウール”しか覚えられなくて最終的に苗字の清水をもじって“スミス”ってあだ名になるのがオチなのに」

 「一応、人の名前を覚えるのは得意なほうなんで」

 「へぇ~じゃあ台本の暗記も得意って感じ?」

 「そうですね。暗記だけは自信あるんで」

 「逆にあたしは暗記するの苦手なんだよね~、だから台本に書かれてる台詞を直ぐに覚えられる人ってほんと羨ましい・・・」

 

 素に戻った堀宮さんは目の前でフィギュアスケーターみたいな軽やかな身のこなしを魅せつけるように時計回りにくるりと回って、右隣に移ってフェンスに寄りかかる。

 

 「とまぁ“ネタバラシ”するとその“平仁”に昨日の夜メールで“新しく芸能コースの子って来た?”的なノリで聞いてみたら、“環蓮って人が弓道部に来た”って返ってきたから“ビビっと”来たってとこかな・・・あとぶっちゃけ平仁とあたしが親戚って何気に衝撃じゃない?」

 「何気どころか普通に衝撃ですよ・・・」

 「でも顔をよく見たら意外と共通点が多いのよあたしたちって・・・平仁が色黒で外国人顔だから親戚感は今一つ伝わりづらいけど」

 

 そんな普段の何気ない些細な仕草だけでもバトルロワイアルの現場に続いてこの人の“役者”としての恐ろしさを思い知って、自分がまだ真っ向勝負じゃ“勝てない”位置にいることを自覚する。

 

 

 

 だけれどそれはあくまで“現時点”の話で、未来(あした)はどうなっているかなんてわからないし、それを決められる筋合いは神様にもない。

 

 

 

 「ついでに平仁から蓮ちゃんが中学のときに体育の授業で弓道を習ってて同じクラスにいた主将の子と良い勝負してたって話も聞いちゃった」

 「・・・なるほど・・・全部筒抜けだったわけですね」

 「言っとくけど平仁のことは責めないであげてね?何の悪気もないから」

 「もちろんですよ。“スミス先輩”は私たちの事情を知らないだろうから」

 「おぉ、蓮ちゃんも平仁のことは普通に“スミス”呼びなんだね?」

 「はい。弓道部のみなさんはだいたい“ラウール”か“スミス”呼びだったし、あのふたつだったら私的にラウールよりも“スミス(こっち)”のほうがしっくり来たんで」

 「あははっ、確かにあの風貌はラウールってより“スミス”だよね〜」

 「堀宮さんもそう思ってたんですね」

 「てゆーかあたしのことは“杏子さん”って呼ばないんだ?」

 「いや、なんか堀宮さんのことはあんまり下の名前で呼ぶ気になれなくて」

 「あれ?もしかしてあたしって蓮ちゃんから嫌われてる?」

 「嫌いじゃないけど、“友達”になった覚えはないです」

 「遠回しだけどハッキリ言われた~」

 

 ひとまずこれで堀宮さんが“凪子を私が演じることになった”事実にどうやって気付いたのか、堀宮さんが私に“”を賭けさせてまでやりたいことが何なのかも大体は理解した。

 

 「・・・そんなことより、対決の内容はどうするつもりですか?堀宮さんが弓道部に籍を置いてることは昨日スミス先輩が話していたのでどうせ放課後に弓道をやるのは予想できますけど、“どのやり方”で決着をつけるつもりかだけ教えてください

 

 思惑が分かり始めた私は、再び堀宮さんのペースに持っていかれて脱線しかけた話を本題に戻した。

 

 「ん~、どうしよっかな・・・」

 

 私からの問いかけに、右隣の堀宮さんはフェンスに寄りかかりながら空を見上げてわざとらしく考え込むポーズをする。もしかしなくとも既に何をするのかは決めているのだろうけど、それが分かっていてもこの人の仕草を見ていると本当に考え込んでいるのかも知れないと思わせられてしまうところが、同じ役者としてタチが悪い。

 

 「・・・蓮ちゃんは“射詰競射(いづめきょうしゃ)”って分かる?」

 

 考え込んでから約10秒、ポーズを解いた堀宮さんは空を見上げたまま呟くようなトーンで私に聞いてきた。

 

 「はい。ざっくり言えば“的を外したら負けのサドンデス”ですよね?」

 「そうそう、よく知ってるね」

 「“さわり程度”ですが中学のときに授業で教わってたんで」

 

 もちろん中学3年の“選択体育”で弓道を習ったことのある私は、“弓道部”の堀宮さんの言う射詰競射が何を意味しているのか自体は知っている。とはいっても選択体育で選んだときも“やったことがないから”っていうノリで選んだ程度でそこまで弓道自体に思い入れがなかったから詳しいルールや作法はまだ基礎の基礎ぐらいしか分からないけど、単純に弓道で勝敗を付けるとしたら射詰競射(これ)が最も決めやすい対決方法だというのは分かる。

 

 「それと・・・原作の雅と凪子が新主将にどっちがなるのかを決めるときも、“射詰”で決着をつけてましたよね?」

 

 それに原作の内容もちゃんと頭に叩き込んでいるから“射詰競射”という単語が堀宮さんの口から出てきた瞬間、パっと閃くほどのスピードで私はこの人の企みを察した。

 

 「すごいじゃん!こういう何気ないところまでちゃんと内容を理解してるなんて、蓮ちゃんは真面目に頑張ってて偉いね」

 

 原作の中でも“名場面”の1つと言われているシーンと言えど、それを説明なしに言い当てた私に堀宮さんは顔をこっちに向けて大袈裟に褒め称える。当たり前だ。こちとらオーディションと役作りで原作の内容は全部頭の中に入れて来たから。

 

 「・・・別に、私にとっては普通なんで」

 「あ、バロワのときと同じこと言ってる」

 「言いましたっけそんなこと?」

 

 そんなことをメインキャストに用意された4つの椅子に座る人に褒められたって、1ミリたりとも嬉しくなんかないけれど。

 

 「ともかく、だとしたら対決はどっちかが的を外すまで矢を放ち続けるサドンデスですか?」

 「う~ん、ほんとは原作みたいに実際のルールに沿って行きたかったんだけど他のみんなが練習する時間を割くってなると“短期決戦”で終わらせなくちゃだから・・・“二手(ふたて)勝負”でいくか。もちろん途中でどっちかが的を外したら試合終了で」

 「“二手勝負”って実質1本勝負じゃないですか・・・決着つかなかったらどうするんですか?」

 「(4射ノーミスの自信あるんだこの子・・・)そしたら“遠近競射”で決めるまででしょ」

 「遠近・・・・・・あぁそんな手もありましたね」

 「ははっ、さすがに中学の授業でしかやったことがないんじゃド忘れしちゃうよね?」

 「さすが弓道部なだけあって詳しいんですね」

 「まあね、これでもあたしって中学上がったときから弓道やってて大会も出たことあるから。ちなみに中3で都大会個人総合3位」

 「本当ですか?(そもそもこの人が弓道やってたことが意外だけど・・・)」

 「ほんとだよ~、(うち)に表彰状あるからクランクインのとき持ってこよっか?」

 

 こうして屋上での話し合いの流れで、私は堀宮さんと“二手”で決着が付かなかったら“遠近競射”で勝者を決める条件付きの射詰で対決することになった。ちなみに射詰とは弓道の中で個人戦の優勝者を決めるもので、選手が一本ずつ矢を放って失中(※矢が的から外れること)した選手から脱落し、最後まで連続で矢を的中(※矢が的に当たること)させた選手が勝者になるというもの。もし選手が2人以上残っている状況で全員が的中、または失中したら“延長戦”になり一本ずつ放つか、放った矢が的の中心に近い人が勝ちになる遠近競射を行うこともある・・・という。

 

 「・・・そうだ、私が勝ったら“憬は”どうなるんですか?」

 

 なんて対決のことを話していたら、危うく“一番聞いておきたかったこと”をすっかり聞き忘れるところだった私は、堀宮さんに“賭け”のことを聞いた。

 

 「さとる?・・・あ~“賭け”の話ね。そりゃもちろん蓮ちゃんが勝てたらあたしは“何も”しないよ?」

 「“何も”って?」

 「そのまんまの意味よ。今まで通り蓮ちゃんとさとるは“ズッ友”でいられるってわけ。あとプラスでこの天才女優・堀宮杏子が蓮ちゃんに欲しいものを一つ奢って進ぜよう」

 「随分な自信ですね・・・」

 

 二手勝負で決着をつけるにあたって“多少のリスクがあったほうがいい”と憬を“賭ける”と言い出した堀宮さんは、憬のことを聞いた私を横目に飄々とした表情と声色で自信満々に答えた。

 

 「・・・じゃあ、私がもし負けたら」

 「“さとると絶交”

 「・・・・・・

 

 そして自分が負けた場合のことを少しだけ恐る恐ると聞いた私に、何の躊躇いもなく飄々と笑いながら“絶交”というワードを並べた言葉をぶつけてきた。

 

 「は?

 

 さすがにこればかりは、あまりにもその言葉を言い放つのに躊躇いがなかった笑顔の堀宮さんを前に言葉が出て来なくなった。

 

 「あれ?聞こえなかった?も~しょうがないな~、だから〜蓮ちゃんが負けた場合は憬と」

 「聞こえてますよ

 「じゃあなんで聞き返したの?」

 「聞こえたから“は?”って言ったんです

 

 二回も説明されなくたって、たったいま告げられた言葉が何を意味するのかは分かっている。もしも私が堀宮さんとの二手勝負で負けてしまった場合、“私は憬と絶交する”ということ。

 

 「・・・本気で言ってるんですか?

 「あたしはいつだって本気(マジ)だけど?

 

 恐る恐ると相手が本気かを確かめる意思を遮るほどのスピードで、堀宮さんは間髪入れずに“マジ”だと言い放ち顔を私のほうへ向ける。“本気”とも“冗談”とも取れるような表情を浮かべて静かに笑うこの人は、いったいどこまで本音で言っているのか分からない。

 

 でも、私はいまこの人から“試されている”ことは分かる。

 

 「・・・それともこんな“くだらない”賭けで友達を失くすのは嫌?

 

 こういうとき、どう答えるのが正解なのか。それがその場で分かるくらい勘が鋭かったら、私はもっと上手く立ち回れているはずだ・・・

 

 「・・・・・・“嫌”に決まってるでしょ

 

 だけれど、肝心なときに限って勘が回らない不器用な私は“役者の意地”ではなく “自分の本音”で無意識に答えた。

 

 「・・・はぁ・・・そっかそっか、やっぱり嫌だよね?こんな何考えてるか分かんない先輩が勝手に吹っ掛けてきた対決(ゲーム)のせいで友達を失くすかもしれないって考えたらさ・・・あたしもそんな蓮ちゃんの気持ちはすっごいよく分かる・・・

 

 答えを聞いた堀宮さんは、軽く溜息を交えて独り言を呟くようなトーンで話しかけながら背を向けるように私の前に立った。

 

 「でもさ・・・・・・そんなんじゃ蓮ちゃんは一生勝てないよ

 

 そして私に背を向けたまま、普段より1トーンほど低い声で堀宮さんは冷たく言い放った。顔は見えていなくとも、この人が“怒って”いるのは演技でも見せたことがないくらい感情が冷めた声色でハッキリと分かって、私は答えるべき言葉を“間違えた”ことを理解した。

 

 「あたしを“負かす”んでしょ?だったら“負かせる”だけの覚悟を見せてくれなきゃ・・・

 

 冷めた声色で呟く背中が振り返り、反論のしようがない正論を突き付けられて動けないでいる私の右手に力なく掴まれているトライアングルを奪い取る。

 

 「ごめんね。やっぱりあたしもお腹空いちゃったから蓮ちゃんへの奢りは“またの機会”で♪」

 「・・・・・・」

 

 なすすべもなく棒立ち状態のまま無情にトライアングルを奪い返された私を見つめる堀宮さんの表情は、1秒前まで怒っていたとは思えないほど爽やかに微笑んでいながらも、私の目を視る碧眼だけは“本当の感情”を映していた。

 

 「というわけで、今日も授業終わったら“弓道場”に遊びに来てよ。待ってるから」

 

 

 

 “『・・・蓮は違うのか?』”

 

 

 

 「・・・・・・あの

 

 トライアングルを奪い取り、ドラマのワンシーンみたいに颯爽とした足取りで屋上を降りようとする背中を、やっとの思いで出てきた声で呼び止める。

 

 「・・・堀宮さんは自分がこれからも女優を続けていくとしたら・・・・・・そのためだったら“親友”は捨てられますか?

 

 自分より後に入ったライバルに先を越された悔しさの中にある、自分で“要らない”と言葉にした親友を想い続ける感情。

 

 「・・・そんなことぐらい自分の頭でよ~く考えてみたら?蓮ちゃんはもう“新人”なんかじゃないんだしさ

 

 要らないと一度は蓋をしたはずの感情に振り回されながらどうにか思ったことを言葉にして伝えた私を、情け容赦せずに突き放す先輩の言葉。土壇場でまた言葉を間違えた私に言い返す権利なんてなくて、先輩からの言葉にただ立ち尽くすことしかできない。

 

 「じゃ、そゆことであたしは先に降りてるよ~」

 

 そんな私のことなんか全く気にも留めない様子で、堀宮さんはウィーダーを持ったままの左手で真後ろの私に軽く手を振るような仕草をして、そのまま振り返ることなく今度こそ屋上を降りて行った。

 

 「・・・・・・

 

 屋上で1人きりになった瞬間、堀宮さんに何も言い返せなかった悔しさと“”から逃げてしまった自己嫌悪が合わさった感情が一気に襲い掛かってきて、急に目頭が熱くなった。

 

 「・・・っ!

 

 溢れ出しそうな正直な感情に反抗して、フェンスに寄りかかり目をギュッと閉じて空を見上げるように私は顔を上げて感情を無理矢理リセットさせる。

 

 “・・・もっと強気になれ・・・私は事務所期待の“将来有望”な実力派若手女優だぞ・・・

 

 

 

 私は女優だ。ライバルが自分より前を走っていたら、それを躊躇いなく追い抜いて主役を勝ち取る。私をメインに選んでくれないどころか“勝負”すらもさせてくれなかった“大人”に、勝負の土俵に上がらせなかったことを絶対に後悔させてやる・・・そのためだったら親友じゃなくなる“恐怖”なんて・・・

 

 

 

 “・・・こんなことで泣いてたまるか・・・

 

 

 

 変わることに戸惑うな・・・“ただの親友”じゃいられなくなることを恐れるな・・・それで勝てるんだったら、私は“敵”になんていとも簡単になれる・・・・・・だから私は言ったんだ・・・憬に“親友なんていらない”って・・・

 

 

 

 “・・・こんなことで・・・!

 

 

 

 “『“親友なんていらない”と俺に言ったお前の“いまの気持ち”とも役者として・・・何より“親友”として向き合いたいって思ってる・・・』

 

 

 

 ブレるな・・・甘えるな・・・・・・いま“それ”に甘えてしまったら・・・私はまた“みんな”に置いていかれる、追いつけなくなる、向き合えなくなる・・・・・・ただ親友の躍進(こと)を応援するために、私は役者になんかなってない・・・憬と“ただの親友”で終わるような関係なんて・・・・・・望んでなんかいない・・・

 

 

 

 “『俺は、お前の“牙”を“メインキャスト”として全部受け止めてやる』

 

 

 

 ブレるな・・・・・・ブレるな・・・・・・ブレるな・・・・・・!

 

 

 

 

 

 

 _ポタッ

 

 「・・・?」

 

 熱くなった目頭に必死で抵抗しながら目を閉じて空を見上げていたら、強く閉じていた瞼の下に一滴の水滴が落ちた。もちろんそれが瞼の隙間から零れ落ちた涙じゃないことは頬を伝う冷たい感触で分かった。

 

 ポタポタポタポタッ_

 

 頬を伝った水滴を手で拭うと、貯めていた感情が堰を切って決壊したかのように頭上から無数の水滴が音を立てて落ち始めた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「・・・雨」

 

 ランチルームのすぐ近くにある購買の一角に置かれた自販機コーナーで少しだけ周囲の視線に気を配りながら間食用の“カロリーメート”を買って、少しだけ疲れた気分を落ち着かせるため図書室に向かい陸上競技の参考書を探していると、静寂に包まれている図書室の外から雨音が聞こえ始めた。ちなみに図書室は当然飲食禁止だから、カロリーメートは制服の内ポケットに入れている。

 

 ザァァァァ_

 

 窓の向こうで水滴が反射する音が耳に届いたかと思ったら、雨音は一気に強くなってザーっという静かな轟音に変わった。もちろん『ロストチャイルド』の撮影現場で全く同じようなシチュエーションの雨を一度経験していることもあって、これが通り雨かにわか雨だというのは一瞬で分かる。

 

 

 

 “『すげー雨だな。これ撮影大丈夫か?』”

 

 

 

 参考書を探すのを中断して何気なく微かに聴こえる雨音に耳と意識を傾けると、巡り巡って“いま”に繋がることになる映画の撮影で通り雨にさらされたときのことを思い出した。そういえばあれから一度も会っていない共演者で一緒に雨に当たった“あの人”の名前は何だったか?脇役だったけど俺とは割とガッツリ共演していたし、何ならついこの間まで頭の片隅で記憶していた気がするけど・・・ここにきて完全にド忘れした。“帰国子女”で英語の発音がめちゃくちゃネイティブだったことだけは強烈に覚えているけど、そのインパクトが強すぎて肝心の名前が・・・・・・にしても仲良くしてくれた共演者の名前を忘れるなんて中々に酷いな、俺・・・

 

 

 

 “・・・って、蓮は大丈夫か?

 

 

 

 なんてド忘れした彼方の記憶を思い出そうと自分勝手に考え込みながら雨音を聴いていたら、それどころじゃないことに気が付く。蓮のやつ、堀宮と一緒に屋上に残ったままだけど急に降り出した雨に濡れたりしてないだろうか。まぁ、あいつの運動神経を考えるとずぶ濡れになる前に避難は終わっているだろうけど。

 

 “しょうがないな”

 

 と、屋上に残した蓮のことを気にしながらも心の中である程度の余裕を持って、俺は図書室を出て屋上に繋がる階段をめがけて昼休みの廊下を走り出す。ランニングをするぐらいのペースで廊下を走っていたら案の定階段に辿り着く途中で廊下を普通に歩いていた数組の他コースの生徒からすれ違いざまに視線を向けられたが、それを気に留めている暇はないから気にせずに階段を目指す。

 

 “・・・って、俺は何をやってんだろうな”

 

 階段に辿り着いてそのままのペースで一気に2階まで駆け上がったところで、急に冷静になって足が止まる。ほんの少しだけ荒れた息を整えながら、今度はゆっくりと3階、4階、そして屋上に繋がる階段を上る。本当に、俺はさっきから“何してんだ”って話だ。あれだけカッコつけて“図書室で待ってる”と捨て台詞を吐いたくせに、俺はいま雨に濡れているかもしれない蓮のことが心配で階段を上がっている。それにあいつは俺にとって堀宮たち他のメインキャスト以上に“厄介”な存在(ライバル)のはずなのに・・・

 

 

 

 “『マジのマジでごめんなさいだけどちょっと蓮ちゃんと“話したいこと”があるからさとるは先に降りてもらっていいかな?』”

 

 

 

 堀宮が俺を屋上から降ろすように促して蓮を2人きりにしたのは、間違いなく役作りで“何か”を企んでいるということだけは俺にも想像できる。あの人が役への理解を深めるためなら“手段を厭わない”ところは、観覧車の“キス”で分からされた。かと言ってあのまま俺が意地で屋上に残ったりしたところで“メリット”は何一つとしてないのは分かり切っているから、俺は屋上から降りた。

 

 「(・・・これで2人が仲良く笑いながら降りてきたらいよいよ俺は“狂言回し”だな)」

 

 もしも俺に堀宮のようななりふり構わない強さがあったら、きっと俺は“敵”よりも“味方”を優先して真っ直ぐ図書室に行って陸上競技の参考書を探して読み漁って、見も心も陸上部に所属している純也にする役作りをしているだろう。そのほうが効率的で絶対にいいのはどこかで分かっている。俺がいまやっていることは、役作りとは何の関係もないことなのも分かっている。こんなところで“油を売って”いる暇が俺にはないということも分かっている。

 

 

 

 “・・・そもそも純也にとって凪子は・・・現実の“俺たち”とは違って“雅と仲のいい隣のクラスの顔見知り”程度の関係に過ぎない・・・・・・だから俺が今やっていることは、ある意味で純也のことを否定しているに等しいことだ・・・

 

 

 

 それでもやっぱり、“親友”が雨に打たれているかもしれない状況を黙って見過ごすことが出来ないのが・・・俺って奴だ。主役になるために捨てるべきものが親友だとしても結局それを捨てることができないのが俺って奴だ。そんなだからライバルに追いつけないんだと言われても・・・そう思う自分だけは変えたくない。

 

 

 

 “・・・もちろんこの“気持ち”は・・・・・・“甘え”なんかじゃない・・・

 

 

 

 

 

 

 「図書室にいるんじゃなかったの?憬?

 

 3階から4階の間にある踊り場までゆっくりと上がったタイミングで上のほうからついさっきまで2人きりで話していた声が聞こえて我に返ると、そこにはちょうど屋上から降りてきた蓮が“手ぶら”で踊り場に立っていた。

 

 「急に雨が降ってきたから心配して上がってきた・・・まぁパっと見た感じあんまり濡れてなさそうでなによりだけど」

 「当たり前じゃん。雨が降ってきた瞬間にマッハでダッシュして屋根の下に逃げたから」

 「音速超えてんじゃねぇかよ」

 「マッハはウソだよ」

 「だろうな。ハンカチ貸すか?髪がちょっと濡れてる」

 「大丈夫、自分で拭く」

 

 元々そこまで心配していなかったとはいえ、髪の毛が少しだけ雨に当たって濡れているのがよく視ると分かる程度しか濡れていなかったから、とりあえず余計な心配で終わって一安心だ。

 

 「杏子さんは?」

 

 ただ気になることがあるとするなら、一緒に屋上に残っていたはずの堀宮の姿がないということ。

 

 「先に降りた」

 「先に?何で?」

 「最後にちょっとだけ1人になって気分転換したくなったから堀宮さんには先に帰ってもらった。そしたらこの雨だよ」

 「そっか・・・それは災難だったな」

 

 堀宮のことを聞いた俺に、蓮はアメリカの映画やドラマでありがちな肩をすくめるジェスチャーをしながら先に降りたことを明かした。恐らくあの感じからして半ば無理やり始まったであろうめんどくさい先輩からの“女子トーク”が終わって少しばかり疲れた気分をリセットさせようとしたら土砂降りを食らった・・・ってところか。

 

 「てか、杏子さん(あの人)から何も奢られなかったのか?」

 「それについては“ノーコメント”で」

 「いや何でだよ?」

 「だってこれは憬には秘密の“女子トーク”だからさ」

 「・・・ハイハイそうでしたね」

 

 わざとらしく飄々と笑いながら、蓮は普段通りの振る舞いを“装う”。言っていることのどこまでが本当かは分からないが、少なくともいまの(こいつ)の様子をみて堀宮と“何か”があったことは考えなくても俺にはわかる。

 

 「じゃあ私は適当に購買で“カロリーメート”でも買って教室に戻ってるよ」

 「カロリーメートならちょうど俺がいま持ってるぞ?」

 「いやいい。私も君と同じで自分のお昼は自分のお金で買うって決めてるから」

 

 どこか矢継ぎ早に話を終わらせると、蓮は踊り場にいる俺のことなど気にも留めずにいつもより“早歩き”のペースで階段を下り始める。

 

 

 

 

 

 

 “『私ってあんな下手くそだったんだね』

 

 

 

 

 

 

 「・・・蓮

 

 いつもみたいに隙さえあれば面白おかしく弄り倒して揶揄うようなこともせずにそそくさと立ち去る背中を見て明らかに“思い詰めている”ことを感じ取った俺は、蓮を呼び止める。

 

 「お前さ・・・杏子さんと“何か”あったろ?

 

 そして自分の名前を呼ばれて立ち止まった蓮に、俺は感じ取ったことをそのまま言葉にして問いかけた。




あの日と同じ悩める背中、その胸中は_



余談ですが作者は弓道に関しては縁もゆかりも知識もないド素人以下です。色々と調べながら書いているとはいえツッコミどころがあるかもしれませんので、“これはおかしい”という部分がありましたら容赦なく感想にてご指摘して頂けるとありがたいです。
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