「・・・蓮」
階段の踊り場から背中越しに自分の名前を呼ぶ憬の声に、早く1人になって気持ちを冷静にしたいと願う意思に反して足が止まる。別に“聞こえないフリ”をして誤魔化すことも出来たのに、私は5段ほど階段を降りたところで思わず立ち止まった。
「お前さ・・・杏子さんと“何か”あったろ?」
立ち止まった私に一呼吸を入れる間も与えず、背後で私を見下ろす憬はダイレクトに“図星”を突く。本当にこの芝居バカは、こういうときに限ってやたらと勘が鋭いから困る。
「・・・・・・」
と言っても、上手く感情が作れず相手に図星を突かれて二の句が全く出てこないいまの私じゃ、“何かあった”ことを察せられて当然だ。
「・・・“ノーコメント”」
少しの沈黙を挟んで、私は振り向かずに言葉を吐き出す。私の言葉が言霊にでもなったかのように、激しく降っていた雨音が静まりだす。察せられてしまった以上は、もう下手な誤魔化しなんて効かない。
「“ノーコメント”ってことは、“何かあった”って解釈でいいな?」
「仮に“何か”あっても憬に言えるわけないじゃん・・・それだとせっかく堀宮さんと2人きりになった意味がない」
もういっそ放課後にこれからも“友達でいられるか”を賭けて堀宮さんと対決することになったことを打ち明けてやろうか・・・と、憬に見抜かれて吹っ切れたように背を向けたまま言葉をぶつけてみたら、思っていた以上に感情が乗ってしまった。いつもだったらもう少し上手く言い返せるのに・・・どうした私。相手は他の誰よりも知ってる憬だぞ、私。
「憬・・・1つだけ提案があるんだけど」
“・・・大丈夫・・・・・・これはあくまで“勝つ”ためだ・・・”
「・・・7月のドラマの撮影が終わるまで・・・こうやって話すのやめにしない?」
「何で?」
突然降り出した雨から逃げるようにペントハウスの中に入って、ゆっくりと階段を一歩ずつ下りながら固めた決意を、普段以上に冷静な憬の声が揺らがせる。堀宮さんとの対決に勝つためとはいえ、“これ”がその場しのぎの即席でしかないことは私が一番よく分かっている。
「だってほら、そもそも純也と凪子ってクラス違うし別に仲が良いわけでもないじゃん・・・・・・だから、こんなふうに憬と話してると何だかスイッチがイマイチ入らないんだよ・・・」
だけどこうでもしないと、いまは気持ちを切り替えられない。とにかく気持ちを切り替えていかないと、撮影が始まる前に役者として戦う
「それ・・・本当に“必要”か?」
“こうでもしないと気持ちを切り替えられない自分が・・・・・・ほんとに情けなくて嫌いだ”
「・・・うん。私にとっては」
霧生学園高等学校_弓道場_
「・・・・・・ふぅ」
学校の敷地内にある弓道場の女子更衣室。袴を締めて、胸当てを付け、弓道衣に着替えた私はその場に立ち目を瞑りゆっくりと深呼吸をしてこの後の“二手勝負”に向けて集中力を高める。昼休みのときは自己嫌悪で取り乱す一歩手前まで追い詰められたけど、形だけでも“覚悟”を示したおかげか不思議と気分は引き締まって落ち着いてきた。
「やっぱり環さんはシュッとしててスタイルが良いからカッコイイですよね先輩?」
「シッ、多分いま集中力高めてるみたいだからそっとしておいて」
後ろのほうで進学コースの女子部員のひそひそ声が耳に届く。実は私が籍を置くことになる弓道部はコースが進学だろうと芸能だろうと更衣室は同じで、練習も他のコースの人と一緒に同じメニューをこなすことになっている。もちろんそれは他の部活動も同じように、他コースと会話をすることすら許されない授業とは違って隔たりはないに等しい。
「あ、堀宮さん戻ってきた」
ただし私のいる芸能コースはあくまで“芸能活動を最優先”にしていて事務所からの合意がない限りは大会などに出ることはできないから、スケジュールとの両立が出来なくて籍だけ置くか何処にも入らない帰宅部になる人も少なくないという。
「一旦出よう」
「えっ何で?」
「いいから(なんか嫌な予感がする・・・)」
ちなみに私は役作り以前に仕事がオフのときはちゃんと練習に参加するつもりでこの弓道部に入ると決めた。もちろん女優の仕事が最優先だから大会には出ないし、仕事があったら躊躇いもなく部活も学校も休むけれど。
「・・・・・・はぁ」
体感でだいたい30秒ほどの深呼吸を終えて、瞼をゆっくりと開ける。ついさっきまで後ろにいた何人かの先輩と同期の新入りは、集中力を高めていた私に気を遣ったのか更衣室を後にしていた。この後に私と堀宮さんが“二手勝負”をすることを知っているにしても、別にここまで気を遣わなくたっていいのにって、私は思う。
「(部活だけは進学だろうと芸能だろうと普通に話しても怒られないのに・・・これじゃ意味が)」
「れ~んちゃん?」
「ひっ!?」
目を開けてから一呼吸、一足先に弓道衣に着替え終えていた堀宮さんが集中力を高め終えて油断しきった私の背後から音を立てずに忍び寄り肩に手をかけて囁くように声をかけてきた。
「ごめん、びっくりした?」
「当たり前ですよ急に肩をポンってされたら!・・・もうせっかく集中力高めてたのに」
「てゆーか蓮ちゃんリアクションめっちゃ乙女じゃん・・・可愛すぎるからもう一回やっていい?(現場でもこれやろ)」
「絶対嫌です」
おかげで私は自分でもびっくりするぐらい“乙女”なリアクションをしてしまった。ハッキリ言って、結構恥ずかしい。
「にしてもやっぱり蓮ちゃんは弓道衣が似合うよね~」
「そうですか?」
「うん。さすが凪子に抜擢されただけある」
「・・・別にこの恰好が似合う人なんて幾らでもいますよ(ちょっと嬉しいけど・・・)」
一方で堀宮さんは堀宮さんで、まるでつい4時間ほど前のことなど気にも留めていないばかりかこれから私と“二手勝負”の対決をするという緊張感すら微塵も感じられないほど穏やかな表情で、弓道衣を着た私をやや大袈裟気味に似合っていると褒める。もちろん表に出したら“負け”な気がするから感情には出さないけれど、弓道衣が似合ってると言われるのは自分が与えられた役に近づけているような気がして、意外と嬉しかったりする。
「うんうん。褒められて嬉しいんならもっと喜んでいいんだよ蓮ちゃん?(マジでさとると負けず劣らず正直だなこの子は)」
「とりあえず頭撫でるのやめてもらっていいですか?なんかムカつくので」
「あたしが頭撫でるとへそ曲げるとこもさとると一緒だね?」
「あの“バカ”と一緒にしないでください」
「も~冗談やから怒らんといて~(やっぱこの子カワイイ・・・)」
「なぜ唐突に関西弁?(しかもあからさまに“エセ”だし)」
なんて心情がバレてしまったのか、堀宮さんは手を伸ばして私の頭を撫でながら関西人じゃない人でも一瞬でエセだと分かる関西弁を交えて揶揄う。本当にこの人は、ついさっき私に“怒った”ことなんか忘れてしまったんじゃないかってくらい優しくしてくるから、どっちが本当の堀宮さんなのか分からなくなる。そりゃあ、こんな人が事務所の先輩で互いに下の名前で呼び合うほど親しくなれていれば、役作りなんてしていなくても演技力は磨かれそうだ。
“・・・ていうか普通に堀宮さんのこと下の名前で呼んでたな・・・憬・・・”
「・・・そういう堀宮さんも似合ってますよ。弓道衣」
「えっ?ホントに?お世辞じゃなくて?」
「ホントですよ。お世辞は言わない主義なんで」
一瞬だけ心の中に出てきた雑念を捨て去って、ひとまず後輩として堀宮さんを褒め返す。もちろんこれはお世辞なんかじゃなくて、お世辞抜きでよく似合っているから私は褒めている。
「そっか。蓮ちゃんからそう言ってもらえると嬉しいよ、あたし」
私から褒め返された堀宮さんは、弓道用にポニーテールにした髪を魅せつけるかのように清純派女優の本領発揮と言わんばかりの爽やかな表情で微笑む。にしてもこの人は清純派で売っているだけあって、制服だとかこういう服装がいちいち絵になるから羨ましい。
「・・・堀宮さん」
本当はこんなふうに穏やかなままで行けたらラクなんだけれど・・・そうもいかないのが私たち女優だ。
「ん?」
この後の二手勝負に向けて、更衣室の空気が重くなっていく
「・・・あの、さっきは」
「分かってるよ。蓮ちゃんが“そんなつもり”で“嫌”って言ったんじゃないってことぐらい。だから今日も“
私が言いたいことを察した堀宮さんは穏やかな表情をキープしたまま、 “全部お見通し”と言いたげな口ぶりで私が言おうとしたことを代わりに言って笑いかけ、せっかく気持ちを切り替えた私の心に矢を突きつけるかのように覚悟を問いてくる。
“『あたしに“芝居”で負けることがそんなに怖い?』”
「・・・当然です」
堀宮さんと初めて共演した“バトルロワイアル”の撮影自体は酸いも甘いも知ったことをひっくるめてもすごく楽しくて、
「勝ちに来たんで」
昨日発表された『ユースフル・デイズ』だけでなく、色んな作品でメインを張るまでに注目されてブレイクしている堀宮さんとの差は、きっとバトルロワイアルのときからほとんど縮まってなんかいないし、逆に遠ざかっているとも言える。
“『そんなんじゃ蓮ちゃんは一生勝てないよ』”
それでもやっぱり同じ相手に“二度も負ける”のは・・・どれだけ自分が不利な立場にいるとしても、受け入れることなんて出来ないし・・・受け入れたくもない。
「・・・
“勝ちに来た”と改めて覚悟をぶつけた私に、堀宮さんは一歩近づいて私の両肩に手を置いて眼をギラつかせながら清純派の欠片もない不敵な表情を浮かべて笑い、更衣室の空気が一気に重くなる。
「“マジ”です」
「“マジのマジ”で言ってる?」
「“マジのマジ”です」
容赦なく
「じゃあさ、あたしに勝てたら何奢って欲しい?」
私の両肩に手を置き、不敵に笑って睨むようにまじまじと凝視したまま堀宮さんは私が勝ったときに貰うことになる“奢り”を聞いてくる。バトルロワイアルのときにもこんな表情を私に見せたことがあったけれど、あのときは“喰われる”という恐怖に心が負けてしまった。今だってそうだ。私はこの人から覗かれる視線にゾッとして、周りの酸素が少しだけ薄くなるような感覚を感じている。
“『ねぇ、じゃんけんしよ?』”
だけど、これから“ライバル”として前に立つ以上は、これぐらいのことで萎縮なんてしていられない。
「・・・“トライアングル”。奢ってください」
呼吸を整えてどうにか心の動揺をコントロールして、ギラつく碧眼から眼を逸らさずに二手勝負の“ご褒美”を願う。堀宮さんに二手勝負で勝てたら奢って欲しいものは、“トライアングル”一択。
「そんなのでいいの?このあたしにかかればファミレスのセットぐらいは奢れるよ?」
「トライアングルでお願いします」
「ぶっちゃけアレより美味しいものなんて幾らでもあるよ?」
一個150円で買える購買のパンを奢って欲しいと言った私に堀宮さんはファミレスを餌に意思を惑わそうと試すけど、これ以外の選択肢は頭の中にはないからもう惑わされない。別にめちゃくちゃ好きなわけじゃないけれど、今は“アレ”をこの人に奢らせたい。
「いや、“アレ”がいいんです」
もちろんその理由はただ一つ・・・
「
冷静になってみればたかが150円のパンのために親友を賭けるのはどう考えてもバカな話だ。けれどもこれが、覚悟が足りなかった私から一度奢ったパンを奪い取った堀宮さんへの私なりの
「(やっぱり何だかんだで気持ちは切り替えてくるとは思っていたから、ここまでは予想通り・・・ただ問題は、無理やり切り替えた
「・・・うん。悪くない」
私をまじまじと凝視して見つめる視線と表情がほくそ笑んで、一歩後ろに下がると同時に両肩に置かれた手が離れて身体が少しだけ身軽になる。
「
「・・・はい。もちろん」
そして私のことを“役名”で呼んだ堀宮さんの楽しげな表情に真正面から応えて、私は射場へ向かった。
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霧生学園高等学校_総合グラウンド_
夕方の曇り空の下。去年に出来上がったばかりの新しい“総合グラウンド”の外れにある、一直線に伸びていくまだ綺麗な赤色をしたピット。斜め下に落としていた視線を前に向けると、踏み切り板の奥で今から跳ぶ俺を待ち構え鎮座するように地面に佇む砂場が視界に入る。幸いにも昼間に降った雨がすぐに止んでくれたおかげでピットは渇き、コンディションは良好。
「・・・・・・」
視線を再び斜め下の地面に下ろして、全身に伝わる力を極限までゼロにして身体をリラックスさせながら集中力を研ぎ澄ます。
“・・・助走距離は40メートル。中間地点に置いた第1マークと第2マークを基準にして、“6・6・6”のリズムで40メートル先の踏み切り板までで18歩を刻む。最初の6歩で踏み切りまでのリズムを作りながら一気に加速し、次の6歩でリズムとペースを保ちながら踏み切り動作に入るために腰の位置を上げ、最後の6歩でリズムとスピードをキープしつつ踏切準備にかかり、踏み切る。そして踏み切ってからは空中で“6・6・6”のリズムで一歩ずつを刻んで “出来る限り遠くへ足を置く”ことを意識して身体が前へと進んでいく力を地面に身体が着くギリギリのタイミングまでフルに使って、その力をバネにして最後は両足を前に出し切り、出し切った足が着いた場所まで跳ぶイメージで腰から着地する・・・”
「・・・・・・」
助走から着地までのイメージを浮かべて、最後にもう一度マークの位置と自分の歩数を確認して、スタートラインの位置に左足を置き頭の中で“6・6・6”のリズムを刻みながらスタンディングスタートの体勢をとる。スタート前、ここから40メートル先に向けて加速していく身体に勢いを付けさせるために、重心を一旦後ろに反らしてその反動を使って左足のつま先を上げる。
「・・・・・・っ」
そして“6・6・6”のリズムに合わせて全身にかかる力を前方に持っていくイメージで左足を軽く曲げて前傾姿勢を作ると同時に、その力を左足に全て集中させつつリズムを意識しながら地面を押すように走り出す。
“1”
加速し始めた勢いを利用して左足に集中していた力を利き足の右足に移動させて、頭の中で流れるリズムに合わせて自然に身体が前に進んでいく力を最大限に利用して地面を押すイメージで加速を強める。
“2、3、4、5”
ここから6歩目にかけては頭の中で刻んでいるリズムで地面を押す両足で具現化させて、リズムの安定性を保ちながらも第1マークを目掛けて一気にトップスピードまで加速させる。
“6”
6歩目。リズムを刻み加速している俺の身体は、スタート直前に思い描いたイメージ通りにジャストなタイミングとポジションで左足が第1マークの地点を踏み込んだ。もちろん第1マークをドンピシャで踏めたことを喜ぶなんてことはせず、第2マークに向けてリズム、スピード、歩幅をキープする。
“7、8、9”
地面を押すリズムとスピードと歩幅が乱れないように意識を足に向けながら、9歩目を目安に最後の踏み切り動作に入るまでの体勢を作るために腰を上げて姿勢を作る。
“10、11、12”
踏み切り動作への体勢が出来上がり、そのままペースを保ったまま第2マークでキッチリと左足で12歩目を踏み込む。リズム、スピード、歩幅、体勢、完成形まではまだ遠いだろうけど我ながらここまでは順調だ。
“13、14、15”
第2マークを通過して、6歩先まで迫る踏み切り板の場所を意識しつつも“
“16”
16歩目を踏み込んだところで、ここからリズム・スピード・体勢をキープしつつ17歩目の動作に入る右足に力を込めて、ピッチを上げる。走り幅跳びにおいて肝心なのは最後の2歩で、一番の理想は踏み切りの2歩前の歩幅を大きくとり、最後の1歩は小さく刻むこと。ここで踏み切り板の存在を意識し過ぎて最後の一歩を大きくとって合わせることをすると後ろ足の重心が後ろに逸れてしまって、結果的に前に進む勢いが潰されてしまうからだ。
“17”
実践前の反復練習で教わったアドバイス通りに踏み切り板の位置は敢えてあまり意識せずに“2歩前を大きく、1歩前を小さく”を意識しながら17歩目で踏み切りに向けて大きく最後の勢いをつけ、最後の18歩目は身体を空中に上げるイメージで踏み込む。
“18”
18歩目。空中動作に移ったほうがいいと無意識に反ろうとする身体を理性で抑えて神経を踏み込む左足と目の前の砂場へ意識させて、姿勢を保ちつつ僅かに重心を下げて左足をバネにして上へと跳ぶ準備をして、踏み込む。踏み込んだ瞬間、左足の底から板を踏んだ感触が僅かながらに伝わる。それを合図に18歩目を刻む左足にグッと力を入れて押し込み、反動でジャンプをするように上へと跳ぶ。
地面を押す感覚がなくなり、宙に浮かぶ身体。前に進む力で浮かんだ身体をより遠くへ跳ばすため、空中を漕ぐように素早く右足を前に・・・
ザッ_
という空中動作をイメージしながら右足から砂場にスッと着地して、そこからゆっくりと前に進む身体を止めるために数歩ほど足を進めて、止める。もちろん俺がいまやっていることは助走と踏み切りまでの動作を行う練習だから、空中動作はやっていない。
「“ギリ及第点”ってとこだが、コツは掴めたみたいだな?」
踏み切り動作を終えた俺を、今日から直々の先輩となった走り幅跳びの2年生エースが“ギリ及第点”と冷静に評価する。
「一応さっきの反復練習でイメージだけは掴めたつもりです。ただ、ここから跳ぶって動作に持っていこうとすると自分の中にあるイメージに身体がついていかない感じがありますね」
実践練習の前に踏み切り動作の反復練習をしたことでどうにかイメージを掴めたおかげか、踏み切り動作までとはいえ2年生エースの先輩からはまずまずの評価を貰えた。けれども身体が宙に浮いた瞬間、頭の中にある純也の
「当たり前だ。陸上を中学から続けてたならともかく、昨日今日で陸上始めたような奴がいきなり空中動作まで完璧に出来るなんてあり得ねぇ。こういうのはひたすら練習を重ねて身体で覚えさせていくのがセオリーってやつだ」
「はい、もちろんです」
「本当に分かって言ってんのか?」
「いまこうやって助走ありで踏み切りまでやってみて分かりました」
なんてことをほぼそのままの意味で言葉にしたら、若干説教じみた感じでもっともなことを言われた。それにしてもこの2年生エースの先輩は、相手が7月のドラマでメインキャストをやるような奴が相手でも全く贔屓しないで普通に“後輩その1”のように淡々とクールに接してくる。自分で自分をメインキャストって言うのは事実とは言えまあまあ癪だが。
「とりあえず夕野はもっと喜べよ。そもそも今まで陸上なんぞ全くやったことのねぇズブの素人が一日足らずで“ギリ及第点”まで行けんのはすげぇことだから」
そんな走り幅跳び2年生エースの先輩にしてスポーツコースに在籍しているこの人の名前は、
練習開始前の同じ学年の部員との会話にて_
「ガク、早速1年の女子からお前宛てにラブレター来てたけどひょっとして口説いた?」
「は?んなこと俺がするわけねぇだろ。つか持ってくんないちいち」
ついでに付け足すとこの人は一色や早乙女といった“芸能界でも屈指のイケメン”と共演者として会っている俺から見ても“あの人たちと普通に勝負できるんじゃないか?”と思わせるほど端正な顔立ちの持ち主で、180以上は確実にありそうな高身長も相まって校内では下手な芸能コースの男子生徒よりも俄然女子からの人気があるらしい。
「どうする?とりま中身だけでも見とく?」
「・・・一応中身ぐらいは見ておくか。そうしねぇと断りの返事書くか会って直接断るか決めらんねぇしな」
「ははっ、相変わらずガクは優しいのか冷たいのかよく分かんねぇな」
そしてその噂通りなのか今日は練習前に会ったことすらない1年の女子からラブレターを送られたことを同期の部員に愚痴っていた・・・ところをちょうど練習着に着替えて近くを通りがかった俺は盗み聞きの形で偶然にも聞いた。ひとまず、漫画や芸能人の武勇伝ぐらいでしか聞いたことのない内容の話を耳にした俺は、盗み聞きをしたことは黙っておくことにした。
「・・・そうですね。自分で言うのもアレだけど、凄いことですよね」
最終的な完成形まではまだまだ遠い“ギリ及第点”とはいえ1日足らずでどうにかコツを掴んで形にしたことをもっと喜べとクールな表情で言う“王賀美先輩”に、俺は咄嗟の作り笑いで言葉を返す。もちろん純也を演じることを加味すると、この現状では1ミリたりとも満足も安心もできない。
「・・・あんま嬉しくなさそうだな」
「えっ?そうですか?」
「“俺はちっとも満足してません”ってのが顔に出てる」
上手く作り笑いで誤魔化したつもりが、指導をする先輩からはあっという間にバレてしまった。
「・・・まぁ、はい」
もちろん嘘を吐くのが得意じゃない俺は誤魔化しを重ねるようなことはせず、あっさりと白状する。
「ドラマのことか?」
素直に喜べないことを白状した俺に、王賀美先輩は更に核心を攻める。考えてみれば、メディアを通じて公開された“メインキャスト”の話を、コースは違えど同じ学校に通う生徒が知らないなんてことは余程のことがない限りあり得ない話だ。きっとこの人も『ユースフル・デイズ』のことはニュースか何かで見ていて、“部外者”と言えど勘づいているんだろう。
「どうしてですか?」
「そんぐらい話題になってんだよ。俺ら“パンピー”の間でも」
ただ、幾らなんでも勘が鋭すぎないか・・・と少しだけ思うけれど。
「・・・詳しくは言えないんですけど・・・そういうことです」
とはいえそれをお互いが悟られ悟った以上、俺はもう言い逃れはしない。とにかく、全ては完璧に“純也”を演じるためだ。
“『7月のドラマの撮影が終わるまで・・・こうやって話すのやめにしない?』”
「夕野・・・踏み切った後の空中動作はこの際どうだっていいから、5分休憩したら試しに本気で跳んでみろ」
詳しい話なんて言えるわけないが半ば観念して端的にドラマ関係のことだと打ち明けた俺に、王賀美先輩はぶっつけ本番で跳んでみろと静かに発破をかける。
“『ジュン・・・・・・ううん、なんでもない』”
「はい」
“同じ種目”を専門にしている先輩からの挑戦状に、心を切り替えた俺は“雅”のことを思い浮かべながら引き受けた。
戦いは、それぞれのペースで進んでいる_
アクタージュを書いているはずなのに、最近調べているのは弓道と陸上のことばかり・・・・・・無論、作者は陸上に関しても未経験の素人以下なので基本的にフィーリングで書いています。さーせん。
※ここから先の後書きに書かれていることはアクタージュとは何の関係もない作者のひとりごとです。そこそこの長文ですので、興味ねぇよって方はスルーして頂いて大丈夫です。
話は変わりますが、“秋の日本グランプリ”は今年で見納めになります。もちろんこの時期は台風の影響も相まって天候が荒れやすいから春に開催したほうがいいという考えは本当によく分かります。決勝が短縮された去年の鈴鹿が記憶に新しいですが、特に2014年は台風による悪天候の中で予定通り決勝がスタートして、結果論ですがジュール・ビアンキ選手が亡くなるという悲劇も起きています。このように台風によって何度も泣かされてきた過去がありますので、日本グランプリの春開催に舵を切ったFIAの判断はいちファンとしてやむを得ないと思うのと同時に、大いに賛成しています。ただ・・・やっぱりチャンピオン争いが絡まない序盤戦の鈴鹿というのは、ファン歴18年からすればどうしても何か物足りないような寂しさを感じてしまうんですよ・・・・・・ほんのちょっとだけなんですけどね。
しかし、台風などの悪天候に左右されるリスクが少ない、フォーミュラE(東京)との二週連続開催による相乗効果、物流面での効率化による温室効果ガス排出量の削減・・・最後のやつに関してはファンにとってはそこまで関係のないことかもしれませんが、春開催ならではのメリットはたくさんありますので、ひとまずはいちモタスポファンとしてF1の転換期を受け入れて来週末に迫る“最後の秋”、そして“新しい春”のどちらも純粋な気持ちで楽しみながら53周のハイスピードドラマを見届けたいと思います。
がんばれつのっち