プロローグ
放課後の校舎裏。
そんなラノベや漫画における定番スポットと言っても過言ではないこの場所で、今まさにラノベや漫画のような光景が繰り広げられていた。
「
そう言って深く頭を下げた男子生徒の左巻きな旋毛を何とはなしに観察しながら僕は考える。
ブサイクと言うほどではないけれど、地味な顔立ちに華奢な体躯。わずかに上擦って震える声音は、不安と恐怖とほんの少しの期待を込めたからだろうか。この見るからに奥手そうな少年は、きっと
「……んー、ごめんねぇ」
「そ、そうですか」
そんな彼がありったけの勇気を振り絞って決行した一世一代の告白は、失敗に終わった。
でもそれは、きっと彼の人生において”悪い”失敗ではないのだろう。今は辛くても、数年か、十数年後には『あのとき勇気を振り絞って好きな子に告白できた』という事実は、彼の青春の一ページとして確かな財産となるはずだから。
「……でも、ね?」
だから、苦くて苦しい、痛くて辛い、そんなじくじくとした”想い”も、きっといつかは彼の中で消化して昇華されて、在りし日の輝かしい”想い出”として彼の人生の糧になってくれるはずなのだ。
────本来ならば。
「今日は残念だったけど、
「わ、わかりましたっ! 絶対にあきらめません!!!」
ぽやっとした笑顔でとんでもないことを平然と宣う校内一の美少女に戦慄しながら、僕はチラリと手元のスマートフォンに目を落とし、カウントしていたタイマー表示を確認する。うん、時間だ。
僕は頬を紅潮させて鼻息荒く意気込んでいる目の前の地味ボーイの肩を掴み、くるりと体勢を一八〇度回転させて彼の背中を押しながら事務的に告げる。
「はい、時間切れです。またの機会に告白してください。次の方、どうぞ」
「三年二組の大宮だ! 鳩山さん、君のいつも楽しそうに笑ってくれる表情が素敵過ぎて生きてるのが辛い。俺と付き合ってほしい」
「ありがとー! 美樹すごーくうれしい!! ……でもダメで~す」
「くっそぉぉぉぉ! でも可愛い! 明日また来るからなっ」
未練がましく彼女の両手を握って涙する三年生の先輩を引き剝がしながら、僕は悩む。
「もちろん! 美樹のこと、もぉっと愛してねぇ~♪」
それは本当に『愛』なのだろうか、と……。
* * *
僕こと
それこそが僕と同じクラス、二年四組に在籍する
ふんわりと緩いウェーブがかったブラウンの髪をツインテールに縛り、何処か幼さを感じさせる容姿。けれども僅かに垂れた眉尻と左目の下の泣きボクロが年齢にそぐわぬ妖艶さを醸し出しており、にも拘らず見るもの全てを魅了してポカポカさせてくれる春の陽だまりのような笑顔が実にチャーミングなのだと友人であり同じクラスでもある
「つまり鳩山さんは天使。もしくは女神なわけ。OK?」
「そ、そうだね」
「だよな。お前もそう思うよな! わかるぜ」
「う、うん……」
入学式当日に新入生代表として壇上に上った彼女の姿を見て、その場にいた全男子学生が恋に落ちたという。
その日のうちに二桁以上の男子生徒が告白して、その全てが撃沈。それだけなら現代学園モノのラノベでよくあるような美少女ヒロインの逸話で終わるのだけれど、そうは問屋が卸さなかった。
『今日はピンと来なかったから断ったけど、
告白を断る際に、鳩山さんは全員にそう言ったらしい。
彼女曰く、『恋愛はフィーリング』。告白してくる相手の容姿なんて関係ない。人格も、頭脳も、運動能力も重視しない。ただただ相手からの告白を受けたときにピンとくるかどうか、それだけを判断材料にしているのだという。
だから、彼女は告白してくる相手に諦めるなと言う。今日はダメでも、明日なら大丈夫かもしれないからと。
だから、我が校の男子生徒は告白が失敗しても諦めない。諦めきれない。だって、彼女の気分次第で明日から学校一の美少女とお付き合いできるのは自分なのかもしれないのだから。
そこには学校内でのカーストも、先輩後輩という括りも、陽キャ陰キャなんて区別も関係なくて。誰もが平等で、公平な、誰しもがチャンスにありつける。そんな世界が広がっていた。
「なぁ、美樹。今日は俺とカラオケ行こうぜ? つーか俺と付き合っちゃおうぜ!」
「鳩山さん! これ、ボクが作ったお弁当なんだけど、よければ食べて! あと付き合ってくださいっ」
「デュフフ……。今日こそ美樹たんとカップルになってペロペロするぞい! 拙者と付き合ってくだしあ」
そして、彼女がこの高校に入学して一年が経過したけれど、未だにその熱は冷めなくて、今日も彼女は告白されている。
「……いつ見ても、この光景はスゴイね」
「まぁなあ……。休み時間の度にクラス中の男子が鳩山さんに群がってるし、なんだったら他所のクラスどころか他学年の男子が廊下に溢れかえってるしな」
杉戸君の言う通り、教室の中央あたりに座る鳩山さんの席には我がクラスの男子が集っていて、ちょうど昼休みということもあってみんなでワイワイ昼食をとりながら隙あらば告白をしている。
ちなみに他クラスや他学年の生徒が教室に入ってこないのは、去年一年間に渡って行われた告白大騒動の果てに暗黙のルールとして定着したものらしい。曰く、収拾がつかなくなるから休み時間の告白優先権は同じクラスの男子。その代わり、朝と放課後は他クラスと他学年の男子優先という取り決めが結ばれたんだって。別名『紳士協定』。どこら辺が紳士なのかは不明です。
「僕、去年は鳩山さんとは別クラスだったから実感なかったけど、毎日すごいバイタリティーだよね。……告白してる男子も、鳩山さんも」
「うん? 日高って一年のとき休み時間に告白したことねーの? 紳士協定が結ばれる前なら他クラスでも告白出来るチャンスはあったろ?」
「あー……。うん、ほら。偶に休み時間に廊下に出ても、鳩山さんが居たクラスっていつも人だかりが出来てたから」
「んだよ、ドンくせぇな。ま、確かに休み時間は激戦だったから厳しかったし、チャンスは朝とか放課後もあったしな。そっちで頑張ってたんだろ」
「え? え、えぇっと……その、」
休み時間に告白したことが無いと告げると一瞬怪訝な表情をした杉戸君だったけれど、すぐに自己完結したのかニカッと笑ってバシバシと僕の肩を叩いてくる。あの、正直…すごく痛いです。良い音がするからって肩パンはやめてっ!?
「うっし。んじゃ、メシも食い終わったし、俺らも鳩山さんのところ行こーぜ? さっさと今日の分の告白しねーと休み時間終わっちまう」
「あ、僕はいいよ。まだお弁当食べ終わってないし」
「そっか? じゃ、お先に…………って、あれ? そういや、昨日もそんなこと言ってなかったか、おまえ?」
席を立って鳩山さんの方へ向かおうとしていた杉戸君が、唐突に立ち止まって振り返り、不審げな眼差しを僕に向けてくる。え、なにこれ?
「……なぁ、日高。もう五月になるけど、そういや俺、日高が休み時間に告白してるのって見たことねーんだけど」
「そ、そうだね」
そこに気づくとは……やはり天才か。とでも言えばいいのだろうか。
というか、杉戸君とは四月からほぼ毎回一緒にお昼を食べてたんだけど、気づいてなかったの?
「ひ、日高……」
「……はい」
「なんだよ、だったらさっさと言えよ! のんびり弁当なんて食ってる場合じゃねーだろ!?」
「いや、お昼休みにお弁当は食べて然るべきだと思うんだけど」
「そーいうことじゃーねーよ!?」
いやいや、我が家ではお残しは許されていないのです。完食こそ我が人生。間食は偉大なり。
「……おいおい、まさかとは思うけどよ。一年生のときから今日まで休み時間に告ったこと無いって言ったりしねーよな?」
「無いけど」
「休み時間は昼休みだけじゃねーぞ? 一限と二限の間とか、他にも幾らでもチャンスはあっただろ…? さすがに一回くらいは……」
「……な、無いです」
「……」
「……」
なんなのこの沈黙。杉戸君がワナワナ震えて呆然としてるけど、またボク何かやっちゃいました? とか言えばいいのかな。そもそも一回もやらかした経験が無いわけだけども。
「……こ」
「こ?」
「来いっ!」
突然、僕の腕を掴んで立ち上がらせた杉戸君が賑やかな教室の中央へと僕を引きずって行く。ってちょっと待って!? なぜにっ!?
「おい、なんだよっ! 押すなって!?」
「わりぃ、ちょっと道開けてくれ!」
「は? おい、なんだよ?」
「どした、杉戸……と、日高?」
「なんだなんだ、どうしたよ?」
突然割り込んだ形になった僕たちに鳩山さんに群れていたウチのクラスの男子から顰蹙と疑問の声が上がる。けど、杉戸君はそれを無視して肩を怒らせながら人垣を掻き分けるように進むと声を荒げて叫んだ。
「こいつ、
その声に、教室中が静まりかえった。
ついでに僕の心もどん底まで沈み込みました。
休み時間告白童貞とは……?
「うっそだろ!? だってもう、二年になってから一ヵ月以上経ってるぞ!」
「いや、でも……確かに日高が教室で告白してるとこって、見たことない…よな?」
「一年ときは?」
「そういえば、オレ一年生のとき日高と同じ二組だったけど、いっつも教室で弁当食ってたような……」
いや、あの、ざわ…ざわ……みたいな感じで騒然としてるけど、そもそも休み時間告白童貞って何? なんでみんなそんなにも深刻そうなのっ!?
「たぶん、引っ込み思案なんだろ。あと、周りに気を遣ってるつーか」
「なんだよそれ、童貞拗らせすぎだろ」
「日高、おまえそんな遠慮してたら幸せなんて掴みとれねーぞ」
「止まるんじゃねぇぞ…」
なんかすごい憐れまれてるというか、励まされてるというか、とにかくひどい辱しめを受けたことは確実。あと最後にオルフェンズを混ぜ込んだの誰!? 使いどころ間違ってるよ!
「そーゆーことだからさ、わりぃけど童貞な日高にちっとばかし譲ってやってくれよ」
「……まー、そういうことなら」
「仕方ねーか」
「デュフフ……。しっかりキメるのですぞ、チェリー日高氏!」
待って待って。なんで急に僕が鳩山さんに告白する流れになってるの? やめて杉戸君、スゴイ爽やかな笑顔でサムズアップとかしないで! ……え、本当にこのまま告白の流れですか!?
「ほら、初めてで照れるのも恥ずかしがる気持ちも分かるけどよ。鳩山さんが待ってくれてんだから、さっさと告白しちまえよ日高」
「……へ?」
「えーと、ひだかくん?」
「は、はい」
杉戸君に促されて振り向いた先には、何やら思案気な様子の鳩山さんが僕の名前を呼んで佇んでいた。
彼女はそのパッチリとした大きな瞳と長い睫毛をパチパチと瞬かせたかと思うと、ジーと僕の顔を……次いで全身に目を向けて観察し、こてんと小さく小首を傾げた。なにその仕草かわいい。
「んー……。 ひだか…くん?」
「うん、そうだけど……」
「ひだか、日高…………ぅんん?」
何かを必死に思い出そうとしているのか、眉間に皺を寄せて唸る鳩山さん。そして、何故かその様子を固唾を呑んで見守る僕たち。なんだろうか、この状況。
体感で五分間ほど悩んでいた鳩山さんだったけど、やがて大きくウンウンと頷くと徐に両の掌を音を立てて合わせながら口を開いた。
「あのねー、美樹ねぇ。この高校に入学してから日高くんに告白してもらった記憶が無いんだけどぉ……合ってる?」
「あ、はい。そうですね」
微かに瞠目する鳩山さん。ポカンと口を開けて呆ける杉戸君&ウチのクラスの男子一同。そして、状況が飲み込めずに困惑する僕。
しーんと静まり返る教室の空気に耐えかねて、僕は戸惑い気味に呟いた。
「僕、高校に入学してから一度も鳩山さんに告白したこと無いです」
暫しの沈黙の後、驚愕の絶叫が学校中を突き抜ける勢いで響き渡った。