世間はそれを『愛』と呼ぶのだろうか   作:スポポポーイ

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前回のあらすじ
主人公は重度の隠れオタク


その男、オタクにつき

 

「僕は二次元の女性以外に興味がないので、鳩山さんのことは別に好きじゃないです」

 

 なんでだか流されるがままにカミングアウトしてしまった自らの性癖。

 すべてを投げ打つ覚悟で暴露したというのに、鳩山さんも、それ以外のクラスメイトも、全員が放心して誰も反応してくれない。あの、そういう反応されるのが一番困るんですけど。

 

 このままだといっそ殺せと叫びながら見悶えて不登校ルートまっしぐらだなと自分の中の冷静な部分が分析し始めたところで、ようやく鳩山さんが口を開いてくれた。

 

「……二次元?」

「あ、はい。二次元です」

「二次元が好きなの?」

「二次元の女の子が好きです」

「美樹は?」

「別に好きじゃないです」

 

「え?」

「え?」

 

 鳩山さんがキョトンとしながらこてんと右側に小首を傾げたので、僕もそれに倣って同方向に首を傾げてみる。

 

「なんで?」

「なんでって言われても、そういう嗜好ですとしか……」

 

 鳩山さんがポカーンとしながらこてんと逆側に小首を傾げたので、僕もそれに倣って同方向に首を傾げてみた。

 

「二次元の女の子は可愛い?」

「可愛いです」

「美樹は可愛い?」

「可愛いです」

「日高くんは、二次元の女の子が好き」

「好きです」

「日高くんは、美樹のことが好き」

「好きじゃないです」

 

 ハッキリと首を横に振って否定する。

 鳩山さんはううーんと唸りながら沈黙してしまった。

 

「いやいやいや、ちょ待てよ!?」

「あ、杉戸君が復活した」

 

 さてどうしたものかと僕も思考の海に沈みかけたところで呆然自失としていた杉戸君が再起動。ものすごい困惑しながら僕の肩を掴んで勢いよく前後に揺さぶるるるるぁぁぁぁぁ!?

 

「ちょ、待っ、揺れすぎて酔う! 酔うから!?」

「うるせぇ、馬鹿野郎コノヤロウ! おまえ、自分が何言ってんのかわかってんのか!?」

 

 思わず心の中で吐瀉物みたいな名前の博士に作り出された某人造人間のような気勢を上げてしまった。というか、本当に無理。吐く。気持ち悪い。ドクターの名前が比喩じゃなくなっちゃう。

 

「鳩山さんだぞっ! あの大天使だぞ!? おまえ気は確かかっ!?」

「正直、いまはちょっと前後不覚に陥ってます」

「だよな! そうだよな!? 一時の気の迷いだよな!!!」

 

 前後不覚に陥っている原因は杉戸君に現在進行形で揺さぶられ続けてるからなんですがそれは。

 鬼の形相で僕の上半身をブルンブルン揺する杉戸君だったけれど、いい加減限界に達した僕が酸っぱい臭いのゲップを出し始めたら慌てて離れてくれた。さすがに顔面に浴びるのは嫌だったらしい。うっ……、逆流した胃酸で食道がチクチクして痛い。

 

「……いいか。よく聞け日高」

「それよりちょっと水飲んでいい? いま口と胃の間の通り道が胃酸で炎上騒ぎでえらいこっちゃなんだけど」

「耐えろ」

「無慈悲」

 

 とか何とかやってたら気を利かせたクラスメイトが僕の机の上に置いてあったペットボトルのお茶を持ってきてくれた。ありがとう。そしてサヨウナラ。逆流性食道炎。君は強敵だった。

 お互いに色んな意味で落ち着きを取り戻した僕と杉戸君。僅かに迷ったような素振りを見せたものの、杉戸君は真剣な表情を作って僕に語り掛けてくる。

 

「あのな。俺だってまぁ、ライトなオタクだ。画面の向こうには嫁だっている。だから日高が二次元の女の子に現を抜かす気持ちも分からんではない」

「う、うん」

「けどな、所詮二次元の嫁は二次元なんだよ。画面の向こうからは飛び出してはくれない」

「どうしよう。真顔で常識を滾々と説かれることがこんなにも辛いことだとは思わなかった」

 

 一昔前ならこういうときはネタにマジレス乙とでも言えば良かったのだろうけれど、どうにもそんな空気だとは思えない。

 どうして僕は教室の中心で性癖を暴露した挙句に友人からガチテンションで諭されているのだろう。死にたい。

 

上尾(あげお)を見てみろよ。今どき漫画の世界にも存在しないようなステレオタイプなオタクを気取ってるアイツでさえ、現実に存在する鳩山さんに恋してるんだぞ」

「オウフwwwいわゆるストレートな指摘キタコレですねwww おっとっとwww拙者『キタコレ』などとついネット用語がwww」

「上尾、今はちょっと黙れ」

「アッハイ」

 

 杉戸君にギロリと睨まれた上尾君がお口チャックのジェスチャーをしながら固まってしまった。惨い。彼が何をしたと言うんだ。ちょっと空気読まずに教室内の空気を換えようとしてくれただけじゃないか。今のご時世、室内の換気は大事なんだよ。まぁ、僕は空気を読んでそんなことは言わないけども。

 

「日高。これを見ろ」

「スマホの画面だね」

「画面に映ってるのは?」

「黒髪褐色ロリババァ」

「可愛いか?」

「可愛いね」

「彼女は現実に存在するか?」

「存在しないね」

「そうだな。そうだよな。なら、ちょっとそっち向いてみろ」

 

 そう言って杉戸君が指差した先。そこに居るのは鳩山さん。

 未だに小難しげで悩ましげな表情でちょこんと女の子座りしながらウヌヌゥーと唸っている。そんな唸り声でも可愛いと思えるのだから美少女って得な存在だと思う。

 

「何が見える?」

「鳩山さん」

「そうだな。天使だな」

「鳩山さんだね」

「可愛いか?」

「可愛いね」

「……ここまで言えば、後はわかるな?」

「どゆこと?」

 

 【悲報】僕の友人の言語野がバグる

 

 どうしよう。杉野君がどうしてこれで分かってくれないんだって表情で僕を見てる。

 なんだか居た堪れない気分になるので切に止めてほしい。どうしてここ一ヵ月友情を育んだはずの友人から可哀想な目で見られないといけないんだ。

 

「……いいか、日高。二次元の女の子は可愛いよな?」

「可愛いよね」

「でも現実世界で彼女たちと触れ合えるか?」

「触れ合えないね」

「そこにパーフェクトプリチーな鳩山さんがおるじゃろう?」

「おりますね」

「可愛いよな?」

「確かに可愛い」

「鳩山さんには実際に触れるよな?」

「触れるね」

「鳩山さんは可愛い」

「うん」

「鳩山さんとは触れ合える」

「うん」

「なら当然告白するよな?」

「……ううん?」

 

 いや、そのりくつはおかしい。

 どうしちゃったの? 唐突に論理が飛躍し過ぎて理が因果地平の彼方に吹き飛んでしまってるんだけれども。

 

 心の底からクエスチョンマークを頭上に植毛し、本気で首を傾げる僕に杉戸君は愕然とした顔のまま燃え尽きたように崩れ落ちてしまった。一体、僕にどうしろと言うのか。もういっそのこと早退して不登校にでもなってやろうか。僕が半ば本気でそんなことを考え始めたとき、突如教室の窓際から盛大に嘲るような笑い声がこだました。

 

「ぶわっはははははは!」

 

 声のした方へ視線を向けてみれば、窓際の机の上に腰かけた金髪ギャルがお腹を抱えて大爆笑していた。

 それはもう見るからにギャルだった。典型的なギャルだった。ステレオタイプと言っても過言じゃない。具体的に言うと催眠術シチュが大好きな某エロ漫画家に速攻でわからせられて即堕ち二コマな感じと言ったら一体何人に伝わるのだろうか我ながら疑問である。

 根本から毛先まで綺麗に染め上げられた金髪を腰まで伸ばし、窓から降り注ぐ陽光をキラキラと反射させている。左の耳朶には三つのピアスが自己主張していて、ベージュ色のカーディガンを腰元に巻いて強気そうな釣り目には笑い過ぎたのだろうか、じんわりと涙が浮かんでいた。

 

「あーもー、マジウケる。最っ高!」

 

 彼女の名前は越生(おごせ)遥華(はるか)。他校と比べて校則が緩いウチの高校でも、ここまで堂々と目立つ色に髪を染めているのは彼女くらいのものだ。その如何にもギャルですといったスタイルと勝気な性格から、僕は同じクラスになってから今の一度も挨拶どころか目も合わせたことがない。だって怖いんだもん。

 

「鳩山、アンタ学校中の男を篭絡してたくせに、よりにもよってそんなチビデブオタクに振られたの!? ダサすぎっ」

 

 お、おおう。鳩山さんがディスられてるはずなのに、どうしてか流れ弾が僕に被弾したぞ?

 いや、確かに僕は身長も一六〇センチくらいしかないし、体系もポッチャリだし、顔も親戚曰く『柔和そう』『愛嬌のある顔』『優しい感じ』という相手の容姿に褒めるところが見つからないときに使う常套句みたいな評価しかもらえませんけども。……なんか改めて自己評価してみたら絶望しかなかった。滅びれば良いのにこんな世界。

 

「ねぇねぇ、こーんな見るからにイケてなさそうなヤツに振られちゃったけど、今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」

 

 うわぁ……。リアルNDKって存在するんだ。こんな光景は滅多に見れるもんじゃないぞ。もしかしたら、僕はいま歴史の目撃者になっているのかもしれない。惜しむらくは、そんな歴史の一ページに微塵も興味がないことだろうか。何なんですかこの地獄みたいな空間。誰得なのこの状況。

 そして何より恐ろしいのが、今までの鬱憤を晴らすかのようにものすごく活き活きとした笑顔で煽っている越生さんを止める女子が誰一人としていないこと。こわい。女子こわい。誰か助けてください(切実)。

 

 僕がそろそろ本格的に現実逃避をするために心に石仮面でも被せて『おれは三次元を捨てるぞ! ジョジョーーッ!!』とでも叫ぼうかと思い至ったとき、それまで越生さんにされるがままだった鳩山さんが徐に立ち上がった。

 一瞬ビクつくように怯んだ越生さん。しかし、そんな彼女に頓着することもなく、鳩山さん晴れやかな笑顔を浮かべて僕の方に歩み寄ってくる。

 

「ねぇ、日高くん」

「え、あ、はい」

「ちょっと提案が──」

 

「ねー、鳩山。なにウチのこと無視してるわけー?」

 

 朗らかに語り掛けてくる鳩山さんであったが、その言葉は彼女に見向きもされず放置されプルプル小刻みに震えていた越生さんによって遮られてしまった。

 もしかしたら、あれだけ敵意や悪意を向けた鳩山さんから相手にされず、しかも彼女が立ち上がったときにビビッて後退ってしまったことが越生さんのプライドをひどく傷つけてしまったのかもしれない。一言だけ言わさせてもらうなら、僕には一切関わり合いのないことなので、そういう女子同士の確執は僕のあずかり知らないところでやってもらいたい。いや、本当に。どうして二人は僕を間に挟んだような立ち位置で相対してるの。やめて。

 

「あー、もしかしてさっきので怒っちゃた? ごめんねー。でも、あんなの女子の間ではただの冗談だから。女子の友達がいない鳩山にはわかんないと思うけどー?」

「……」

「なに黙ってんの? まさか男子以外とは会話もしたくないって感じー? どんだけ男好きなわけ?」

「……はぁ」

 

 嘲笑を浮かべながらも、どこか苛立たしそうな越生さん。

 そんな彼女の言葉に鳩山さんは一瞬だけ心の底から面倒そうに溜息を吐くと、すぐに天真爛漫といった笑みでこう言った。

 

「美樹が日高くんから告白されなかったからってぇ、別に越生さんがモテるようになった訳じゃないですよねぇ」

「……は?」

 

 鳩山さんがまるでどこぞの色白セロリみたいなことを言い出して教室内の空気を凍らせる。

 突然の反論に、間の抜けたような顔で呆ける越生さん。鳩山さんは悩ましそうに、艶かしそうに息を吐くと視線を僕に向けて小悪魔のように微笑んだ。

 

「ねぇ、日高くん。越生さん、どう?」

「え?」

「日高くんから見て、越生さんはどう見える?」

「どう……とは?」

 

 いや、急にそんなこと聞かれても困るんですけども。

 鳩山さんの質問の真意を測りかねて困惑する僕に、彼女はまるで幼い子どもに優しく勉強を教える母親のような声音で語り掛けてくる。

 

「越生さん。どう? キレイ? 美人? カワイイ? カッコイイ?」

 

 その言葉に、僕は不躾だとは思いながらも越生さんをまじまじと観察してしまう。

 

「ちょっとアイシャドウもチークも濃いし、香水もつけ過ぎだけどぉ。顔は整ってるからキレイだよねぇ。スタイルもいいし、胸なんてDくらいはあるよぉ?」

「アッハイ」

 

 それまでのどこかほわわんとした語り口調から、急に饒舌となる鳩山さん。

 僕は勢いに押されるように彼女の越生さん評を聞いてただただ頷くだけの案山子に徹した。

 

「それで、どう?」

「……?」

「日高くん、越生さんと付き合いたいって思う?」

「いえ、それはまったく」

 

 確かに鳩山さんが言うように越生さんは美人だと思う。けれど、だからと言ってお付き合いしたいかと問われれば首を横に振るしかない。それとこれとは話が別だ。

 仮に僕が二次元だけじゃなく、現実の女の子にも興味があったとしても越生さんに告白することは無いと断言できる。だって絶望的に僕とは相性が悪そうだし。絶対にいびられる。僕にM属性は無いんだっ!

 

「そうだって、越生さん」

「は、はぁ……? アンタ、なに言って……」

「これでぇ越生さんも日高くんに振られちゃったねぇ? ねぇ、今どんな気持ちぃ?」

「っ……!」

 

 天使のような微笑みで平然とNDK返しを繰り出す鳩山さんが恐ろしくて仕方がない。

 あり得ないカウンターに歯噛みした越生さんが憎らし気にキッと鳩山さん……ではなく、僕を睨みつけて踵を返すと窓際の席へと不機嫌そうに戻っていった。なんで最後に僕がヘイトを向けられたんですかね。完全にとばっちりだと思うんですけども。

 

 果たして明日からの僕の学生ライフはどうなってしまうのか。越生さんグループに目の敵にされていびられる一年間とか嫌過ぎるんですけど。オタクとギャルの間に友好が芽生えるのはWEB小説の中だけなんだぞ。現実ではオタクバレした時点で社会的に詰む。

 

「それでねぇ、日高くん」

 

 僕が来年度のクラス替えまでどうやって生き残ればいいのかと頭を抱えていると、そんなことを一切気にした様子がない鳩山さんが脳をとろけさせるように甘ったるい声で僕の名前を呼んだ。 

 

「美樹からの提案なんだけどぉ」

「提案?」

「そう、提案。あのねぇ……」

 

 そうして、まるで世紀の大発見でもしたかのように晴れ晴れとした表情の鳩山美樹が、嬉しそうに、歌うように、今後の僕の高校生活を一変させる”提案”という名の爆弾を投下した。

 

 

「日高くんには、美樹への告白を管理するマネージャーになってほしいの」

 

 

 僕の平穏な高校生ライフ、終了のお知らせである。

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