主人公がスカウトされる
それは僕の平々凡々で穏やかな高校生ライフを木端微塵に吹き飛ばす提案だった。
「日高くんには、美樹への告白を管理するマネージャーになってほしいの」
正直、意味が分からない。
告白を管理するマネージャーってなに? 告白をされるのが嫌なら、そう宣伝すればいいだけなのでは? というか、みんなに告白を煽ってるのって鳩山さんだよね?
「えっ……と、ちょっと何言ってるか分からないですね」
「だからねぇ。日高くんにはぁ、美樹の告白を管理してほしいの」
「そういうことではなく」
別に鳩山さんが言っていることを聞き取れなかった訳じゃないんだ。ちゃんと聞こえてました。ただ、ちょっと意味が分からなかっただけなんです。
困惑しきりながら必死な僕の説明に純真無垢な少女のように微笑んで、鳩山さん『なるほど』と頷くと妖艶な人妻のような艶めかしい溜息を吐きながら理由を説明し始める。
「あのねぇ、日高くんは美樹が毎日たっくさんの男の子たちからぁ告白されてることぉ、知ってるよねぇ?」
「それは、まぁ、はい。知ってるけど」
「ならぁ、ここで問題でぇす。この学校に男子生徒は何人くらいいるでしょーかぁー?」
悪戯げにツインテールをぴょこぴょこ揺らしながら、鳩山さんがそんなクイズを出してきた。
けど、その問題だったらさっき計算したからすぐに答えを出せる。僕は戸惑い気味ながらもスマホの電卓を打ち込みながら答え合わせをする。
「ウチのクラスの男子が一八名。それが全学年共通だと仮定すると、一八名×六クラス×三学年で三二四名……かな」
「はい正解。おめでとぉー!」
「ど、どうも」
ニコニコ笑顔で拍手してくれる鳩山さんは可愛いけれども、そんなことよりこのクイズの意味を教えてください。
「つまりねぇ、美樹はまぁーいにち三〇〇人以上の男の子たちからぁ、代わる代わる告白されてるのぉ」
「へー、そうなんで…………え?」
「そぉなんだよぉー。まぁでもぉ、日高くんは美樹に告白してくれなかったけどねぇ……」
そんなことを言いながら両頬をハムスターのように膨れさせてふてくされる鳩山さん。
そんな仕草も当然のように愛らしいのは結構なことなのだけれど、僕はそれどころじゃなかった。なんだか背中から嫌な感じな汗がダラダラ流れている気がする。
そう、僕はとんでもないことに気がついてしまったのだ。
自他共に認める告白童貞な僕としては告白にどのくらいの所要時間がかかるのかは判然としないけれど、仮に一告白を一分間としてみよう。毎日三〇〇人以上の男子から告白されているとすれば、単純計算で三〇〇分以上の時間が必要ということになる。ようは五時間だ。……なにその拷問。毎日ヒマなの?
「あっ、その反応は美樹が抱えてる問題に気がついてくれたみたいだねぇ……?」
嬉しそうに無邪気に笑う鳩山さんの笑顔が、僕には獲物を見つけて嗤う魔女のように思えて仕方がなかった。
「みんなが告白してくれるのは嬉しいんだけどねぇ。このままだと美樹の学校生活ってぇ、授業と告白しかない三年間になっちゃうの」
「なら、その……みんなに告白しないようにお願いすればいいのでは?」
思わず本音がぽろりとこぼれてそのまま鳩山さんへぶつけてしまった。
だってそうとしか言えないんだもの。ぶっちゃけ、自業自得なのでは……?
けれど、そう思ったのは僕だけだったらしい。直後、鳩山さんと僕を囲んでいた男子のクラスメイトたちから怒号が飛んだ。僕に。
「てめぇ、ふざけんな日高! 何様のつもりだオラァ」
「そんなの認められるわけねーだルォォォン」
「ぶち殺すぞゴラァ!」
「童貞は黙ってろボケェェェ」
ホームなはずの教室が一瞬にしてアウェイに早変わりしてしまった。
それどころか、廊下に群がっていた他クラスの男子生徒たちからも僕に対する罵声が飛んでくる始末。
「このハゲーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
「ちーがーうーだーろーーーー! そーじゃねーだろーーー!!」
「吠えてンじゃねェぞ! 三下がァァァァ」
「屋上へ行こうぜ……。久しぶりに…キレちまったよ……」
教室どころか学校中がアウェイだった。
僕が狂信者たちから浴びせられる罵詈雑言という名の弾圧に身の危険を感じていると、見かねた鳩山さんがパンッと両手を強く打ち合わせ周囲を黙らせる。
「みんな、いまは美樹が日高くんとお話してるから……ちょっと静かに、ね?」
鳩山さんが上目遣いでお願いすると、僕に対して殺気立っていたザ・ビースト状態の男子生徒たちが即座にお口チャックのポーズで静かになった。鳩山さんは猛獣使いだった……?
「ねぇ、日高くん。こぉんな感じになっちゃうから、告白をさせないっていうのはダメかなぁ」
「えぇ……。それなら、メールとかラブレターにしてもうっていうのは?」
それなら、鳩山さんが都合の良いタイミングで確認して返事ができるのではないだろうか。
しかし、そんな僕の代替案は可哀そうなものを見るような目をした鳩山さんに却下されてしまう。
「告白はさぁ、お互いに顔を合わせた状態じゃないと。ほらぁ、美樹ってフィーリングを大切にしてるからぁ」
正直、知らんがなと言ってやりたい衝動に駆られるけども、えへへっと照れくさそうにはにかむ鳩山さんは確かに天使のようで文句を言う気も失せてしまう。
しかし、そうなるともう精神と時の部屋を用意するぐらいしか代替案はないのでは……? いや、用意なんてできないけども。
「美樹としてはねぇ。告白で運命の人を見つけるのはもちろん大切なんだけどぉ、休み時間とか放課後も大事にしたいの」
うまい解決法が見つからず、頭を抱えている僕を何故だかクスクスと笑って眺めていた鳩山さんだったけれど、やがて憂い気な目をして声を落して囁いた。
「お友達とお喋りしたりとか、そういう普通な高校生らしい日常がしてみたいの。青春って感じのやつ」
無理じゃないですかねぇ、それ……。
そもそも鳩山さんって、仲良くお喋りできるような女子の友達っているの?
「それにぃ、日高くんなら美樹のこと好きにはならないでしょ? ほら、適任だぁ!」
その言葉に僕は胡乱気な眼差しを向けるけれど、鳩山さんはそんな僕の視線は意に介さず、意味ありげに微笑むと大きな声で宣言した。
「まぁ、そぉいうことだからぁー。みんなも、これから美樹に告白するときは日高くんを通してねぇー!」
「え? 待って、僕まだ了承してな……」
「じゃぁ、美樹はこのこと他の人たちにも伝えてくるからぁ」
「ちょ、ちょっとまっ──」
「日高ァァァ!」
るんるん気分で鼻歌を歌いながら教室を出ていこうとする鳩山さんを止めようと手を伸ばすけれど、それを遮るように杉戸君が僕にモンゴリアンチョップで襲い掛かってきた。
「貴様ァァァ! 天使を前に告白しねーってだけで不敬だっつーのに、鳩山さんのマネージャーってどういう了見だっ!」
「いや、それを僕に言われても……」
必死に弁明を試みてみるものの、杉戸君は僕の言葉に耳を傾けてくれない。それどころか、他のクラスメイトたちも僕を取り囲んで追及してくる始末。
待って? 君たちも僕と鳩山さんのやり取りをすぐ側で聞いてたよね? どうして僕が不正をして鳩山さんに取り入った容疑をかけられているの? 検事である杉野君が僕を起訴し、裁判長の上尾君が神妙に頷き、陪審員なクラスメイトたちが全会一致で僕に有罪判決を突き付ける。僕の控訴権を無視しないで!?
「観念しろ日高。ネタはあがってるんだ」
「異議ありっ!」
「オウフwww異議は却下するンゴwwww」
「反論すら許されないっ!?」
容赦なく僕に冤罪を押し付けようとするクラスメイトたち。
それでも僕はやってないと必死に自己弁護していると、教室に備え付けらたスピーカーからピンポンパンポーンというお決まりな音色が鳴り響いてくる。
『みんな元気ぃー? 美樹だよぉー!』
「……はい?」
てっきり放送部か先生からの連絡だと思っていたのに、聞こえてきた声は先ほど僕に冤罪を被せるキッカケを作って行方を晦ませていた鳩山さんだった。
『これからぁ、大事なお話をするのでぇー、ちょっとだけ美樹のお話を聞いてねぇ』
なんだろう。なんだかよく分からないけれども、ものすごく嫌な予感がするぞ。
聞きたくないけど、聞いておかないと後でもっと面倒なことになる気がする。僕は冷や汗をダッラダラに流しながら鳩山さんの放送に耳を傾けた。
『イロイロあってねぇ……。これから美樹へ告白するときはぁ、マネージャーである二年四組の日高くんを通してから告白してねぇ』
そ、外堀を埋められた…だと……?
『以上、美樹からのお願いでしたぁー。みんな、よろしくねぇー!』
ぽわぽわした弾むように愛らしい声を響かせて、鳩山さんによる無慈悲な校内放送は終了した。
それは、僕のマネージャー就任が全校生徒に認知されてしまったことを意味する。
もしかしてこれは、鳩山さんのことを好きじゃないと言った僕に対する嫌がらせなのだろうか。
だとしたら、あまりにもオーバーキル過ぎる。もはや僕のライフはゼロだ。明日からの不登校が確定したと言っても過言じゃない。なんなら転校も辞さないぞ。
「よし、逃げよう」
実際にさっきから胃がキリキリしてすごく痛い。これはダメだね。早退しなきゃ……!(本物の使命感)
僕が使命感に駆られて駆け出そうとすると、先ほどまで鬼の形相だった杉野君が壮絶な──間違えた。爽快な笑顔で立ちはだかる。
「ごめん、杉野君。僕ちょっとお腹痛くて……」
「そうか。それは大変だな日高。そんなことより鳩山さんに告白したいから予約よろしく」
「ははっ……。うん、その件については早急に対応を検討して善処したい所存ではあるんだけれど、まずは僕を保健室に行かせてくれない?」
「逃がさん」
「……」
「……」
「保健室に」
「逃がさないゾ☆」
どうしよう。こんな嬉しくないウィンクをされたのは初めての体験だ。こんな初体験は心の底からいらないです。
「フッ……!」
「通さんっ」
「右…と見せかけて左!」
「もう一回遊べるドン!」
僕が右に動けば彼も右に、その逆をつけば彼も追いすがる。
そこには僕と杉野君が教室のど真ん中で真顔のまま向き合いながら反復横跳びをするという実なシュールな光景が広がっていた。誰得なのこの状況。
しかし、僕はもっと早くに気づくべきだった。
馬鹿正直に廊下から逃げようなんて思わずに、さっさと窓から飛び降りてでも逃げれば良かったのだ。
正直、僕は鳩山美樹という少女のことを甘く見ていた。
すごい人だなぁ……とは思っていても、それはやっぱりどこか他人事で、自分には関係ないことだと無関心を決め込んでいたのだ。
そんな僕の無知が、状況認識の甘さが、ウチのクラスに惨劇をもたらした。
「日高って奴は何処だぁーーーー!」
廊下から……いや、学校中から轟く僕を捜す声。
「急げっ! 他の奴らより先に日高ってヤツを確保するんだ!!」
「クソがっ、誰だよ日高って! 顔もわかんねーぞ」
「放送だと二年四組って言ってたはずだ。とりあえず二年生の教室がある三階に行け!」
「どけどけー! どけどけー! 邪魔だ邪魔だどけどけー! どけどけー!」
「ひき殺されてえのかバカヤロ、コノヤロオメェ!」
「コノヤロオメェ、葬式してえのかバカヤロコノヤロオメェ!」
大勢の人間がドタドタと津波のように押し寄せてくる足音が、校舎を揺らす振動が、僕たち二年四組の教室に迫りくる。
「ヒィッ!?」
突然、学校中の男子三〇〇人以上から浴びせられる殺気にも似た執念の濁流に、僕は身が竦んで動くことができなかった。腰が抜けたとも言う。
目まぐるしく変化する状況に僕の意識が周回遅れで置いてけぼりにされてしまったのか、どこか放心してしまったのかもしれない。
けれども、現実という名の悪魔は僕のことを待ってくれるほど、甘くはなかった。
「日高って、アイツだよな……?」
「あれ、これチャンスじゃね?」
「おい待てよ。でも『紳士協定』があるからオレら他クラスの連中は四組の教室には入れないだろ」
「だがちょっと待ってほしい。ヤツがマネージャーになるなら、もう『紳士協定』って必要ないんじゃ……」
「そこに気づくとは……やはり天才か」
昼休みが始まったときから廊下に群がっていた男子生徒たちの集団。彼らが僕を見る目つきがどんどんと鋭くなっていく。
「……オレは行くぞ」
名も知らない誰かが、はじめの一歩を踏み出した。
それに釣られるように、我も我もと、我先に、飢えた狼の群れが二年四組の教室に侵入した。
「っ……! 方円陣ッッッ」
真っ先に反応したのは、クラスのリーダー格である北本君だった。
「何としてでも日高を護るんだっ」
その言葉にハッとした数名のクラスメイトたちが僕を守るように取り囲み、残りは教室の出入口で侵入者を食い止めるために突撃する。
「どけっ、邪魔だぁ! 日高って奴をこっちに寄越せぇ!!」
「ディーフェンス! ディーフェンス!」
「死守するぞ! 絶対にとられたらダメだッ!!」
「どけやァァァ! オレは美樹に告白するんだよォォォ!!」
「死守だっ! シシューーーッ!!」
「うるせぇ、食べ残しのエビフライの尻尾ぶつけんぞオラァッ」
一瞬にして僕らの教室は阿鼻叫喚の地獄絵図と化してしまった。
「押せっ! 押せぇえええ!!」
「日高ってヤツを奪うんだ!」
「舐めんな! こっちも押し返せぇぇぇ!」
「三人一組で教室の前後の入口を固めて粘るんだ! 廊下側の窓にも注意しろよっ! 窓から入ってこようとする奴らは遠慮なく蹴り墜とせ!!」
北本君を司令塔としたクラスメイトたちが僕を守るために壁となる。
けれど、それでもやっぱり数の暴力には勝てなくて。
「いたぞ、ここだっ!」
「二年四組の奴らが妨害してやがるのかっ!?」
「人数ではこっちのが断然多いんだ。数で押し切れ!!」
二年四組男子:一八名 vs 学校中の男子:三〇六名
勝ち負けなんて、火を見るより明らかだ。
そのはずなのに……。
「悪いな。ここは通行止めだ」
押し寄せる大軍を前に、北本君がニヒルに笑って仁王立ちする。
「おいおい北本クンよ。いくらあんたでもこの人数をソロで喰うのは無理じゃね?」
「どうかな、試したことないから分かんないな」
……やめてよ。
「三分間時間を稼ぐ! その間に日高は避難梯子を使って教室の外へ!」
そんなこと、言わないでよ。
「立てよ、日高。もう避難梯子は準備してあるんだ」
「杉野君!? でも、北本君が…みんなが……」
「いいから、立てって。早く逃げるんだ。ここは俺たちに任せて先に行けっ」
ズルい。ズルいよ……。
どうして、どうしてみんな────ッ!
「逃げるんだよォ! ヒダーカーーーーーッ!! どけーっ女子どもーッ!!」
この状況を利用して、ここぞとばかりに人生で一度は言ってみたいセリフを好き放題叫んでるんだッッッ!?
「薙ぎ払えーーー!」
「推して参る!」
「悪りィが、こっから先は一方通行だ」
「オラオラオラオラ!」
「無駄無駄無駄無駄!」
僕を庇って助けてくれることには素直にお礼を言いたいし、大変感謝してるんだけれども。それとこれとは話が別だと思うんだ。
ちょっと君たちノリが良すぎでは……?
「……残像だ」
「くっ……! アバラ何本かいったか」
「かまわんっ! 俺ごとやれーーー!」
「駆逐してやる! この教室から…一匹残らず!!」
「ここから…! ここから……出て行けぇぇぇぇぇっ!!」
あーもうめちゃくちゃだよ。
いやホントどうするの、これ。誰が収拾つけるんだろう。……もういいか。いいね。きっと後で鳩山さんが何とかしてくれるはずだ。僕は知らない。
だから混沌とした教室に見切りをつけた僕は、窓に掛けられた避難用の梯子をありがたく使わせてもらうことにした。
「行くよ、杉野君」
けれど、このまますごすごと立ち去るのもなんだか悔しい。
同級生たちがあれだけはっちゃけてるのに、自分だけ除け者にされているという疎外感に釈然としないものがあるし。なので、僕は隣で護衛をしてくれている杉野君に向き直って不敵に微笑んでアイコンタクトを送る。
「ッ──! ああ…、今度こそ本当にあばよだ。行けよ、兄弟!」
杉野君は即座に僕の思惑を看破し、僕の望んだセリフを返してくれる。
「あばよじゃねぇ。……一緒だろ」
「あぁ!」
力強く頷く杉野君に頷き返して、僕は窓から延びる梯子へと足をかけた。
「行くぜ、ダチ公!」
とりあえず、僕的人生で一度は言ってみたいセリフランキング第六位を言えたので、ヨシ!
「お、おおぅ……。三階から梯子で下りるのってめっちゃコワイ」
極力下を見ないようにしながら、僕はどうにかこうにかカオスと化した学校から逃げ出したのだった。
この物語はノリと勢いと茶番で構成されています。