気がつけばそこは── 作:ようせいさん
──辛い。
二部六章後半を見た時の反応。
──何も見たくない。
さてエピローグ見た時の反応はいったいどうなるのやら不安と期待で一杯です。見終わったら、多分これだと色んな意味で死ぬんとちゃいますかね?(白目)
──よかった。気が付いたんですね。
俺が無事なことを喜ぶ女性の声が聞こえる。
一体誰なんだろう、少し気になった。
大事な人達の名前。その姿や声。その仕草、それら全てを深い深い霧の中に全部置いてきてしまったような気分になりながら、俺は意識を取り戻し、閉じていた双眸をパッと開いた。
一番最初に、俺の視界に映ったものは見知らぬ部屋だった。
そこは、簡易的に組み立てられたどこか素朴でいて質素と思わせる、ログハウスのような部屋。壁は布かなんかで代用してある。
どうやら俺は、ベットに散りばめられた木の葉の布団の上で寝ていたようだ。少し体が痛い気がした。
そして次に見たものは1人の小柄な少女だった。
灰色のキャスケット帽にふわりとした金色の髪。
両脇が見えてしまっているがどこか研究者を思わせる白い服を身に纏っている。宝石のような翡翠色の双眸は、ただ真っ直ぐ、俺を観察するように見つめている。
聞き覚えのある声、それに見覚えのある姿をしている少女を見て、俺はふと、ある事を思い出す。
とあるゲームの周回に、さらなる革命をもたらした我らプレイヤー側から人権と称される術師。俺も長らくそのゲームにてお世話になったと思う。ここがあの世界なのだという事を本格的に知る前だったからこそ、彼女を見て思わず俺は呟いてしまったんだ。
──ああ、キャストリアじゃん。って
俺の呟きがどうやら少女には聞こえていたのか、少女──否,キャストリア(仮)は翡翠色の双眸を濁し、
「わたし、そんな名前だった、のかな……?
でも丁度良かった。私も名前を忘れていたところだったので。キャストリア、キャストリアかぁ……」
と、俺が言ったあだ名のような何かを、なんの疑いもなく自分の名前として受け入れたのだ。
それが私の名前だと信じるように噛み締めて。
名を、忘れる。その言葉を聞いた時、とある考えが俺の脳裏を過る。
もしかすると、俺も名前を失っているんじゃないか?という考えだ。でもその考えは一瞬にして消え去った。つまるところ杞憂だったのだ。
俺は俺自身の名前を明確に、はっきりと思い出せた。そして心の内で、俺は○○なのだと自分に言い聞かせるように刻み込む。忘れないように、無くさないように。しっかりと。
胸の前で拳を握る俺を見ながらキャストリアは。
「でも私の名を知ってるって事は、あなたと私は仲間だったんですね!……よかったぁ!」
子供のようにはしゃいで喜ぶ彼女は続けて、
「おはようございます──ライサンダーさん。
ここが何処だか、わかりますか?」
ライサンダー。
それは一体誰のことを示しているのだろう、と俺は部屋の周りを見渡すのだが、この部屋には俺と彼女以外には誰もいない。
よって彼女が言うライサンダーさん、とはもしかしなくても俺なのでは、なんて考えが浮かんだ。
だから俺は、それ人違いでは?と彼女に聞いてみたんだ。
「え……ライサンダーさん、じゃない?
で、でも名札が、ついてるし──」
「あ、そうそう。わたしたち『名無しの森』で倒れていたそうですよ、ご存知ですか『名無しの森』?」
『名無しの森』
生きてきた中で一度も聞いたことのない森の名前。
はて、そんな森の名前聞いたことあったかなぁ、と昔の記憶を探るのだが、やはり無い。
俺が頭の上にはてなを浮かべていると、彼女は優しく『名無しの森』についてを教えてくれた。
曰く、入ったが最後霧に迷って出れなくなる。
曰く、迷う内に物覚えができなくなり最後には自分の名前と、その過去を無くしてしまう。
曰く、帰らずの森。このブリテンでも最悪の妖精領。
それらを聞いて俺はこう思うわけだ。
まるでネットにある都市伝説みたいだな、と。
この世の何処かにある異界だとかそんなものの類に近い何かを俺は名無しの森とやらに感じた。
怖いなぁ、近づかないようにしないとなぁって。
「ら、ライサンダーさん?
どうしたんですか、目が逝っちゃってますよ!?」
──あ、俺ライサンダーって名前じゃなくて、○○って名前なんだ。
「そ、そうなんですか!?で、ではこのライサンダーって名札は一体……」
──なんでこんな名札がついてるのかキミにも分かんないよね。うん、俺にも分かんない。
「それでいいのかなぁ……?」
──……うん、いいと思うよ。
俺と少女の何気ない会話は、一人の青年がこの部屋に訪れる事によって終わりを告げた。
「私も、そう思います」
ポロローンとハープの音が聞こえた気がした。
誰だ!?と俺はベットに座りながら、声が聞こえた方を見てみれば、そこには一人の青年がいた。
林檎の皮のように艶やかな赤く長い髪に、主君に使える騎士を彷彿とさせる白をベースにした西洋の鎧。
その手には楽器のハープに似た弓を持っている。
これまたどこか見覚えのある、
──否。どこからどう見ても、トリスタンじゃん。
そう、心の中で呟いた。
今度は口にすることなく。
まさか、自分がやっていたあるゲーム作品に出てくるキャラが目の前にいる、なんて事はない。
多分、そういった類のそっくりさんか何かだと思う。もしくはコスプレイヤーとか。
後キャストリアの時は間違えて口にしてしまって、なんやら危ない気がしたので例え似ていたとしても、例えコスプレだとしても、見知らぬ人に対してその名を言うまいと心に決めた。
「違うのですね、貴方は……
私は、何一つ思い出せないでいる」
トリスタン似の赤髪の青年は表情一つ変えずにそう言った。
因みにだが今この部屋には自身の名を忘れた人が二人いる。目の前にいる少女と青年の二人だ。
目の前にいる二人は俺とは違い、元は知り合いなのだろうかとちょっとだけ考えた。
だが二人とも名前を覚えていないという事を聞いて『名無しの森』の話を思い出し、過去の記憶も失ったんだと気がついた。
元は知り合いだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。
「覚えていることといえば、私は彼の従者だと言うくらいでしょうか……」
青年は俺の方を向いてそう言う。
至って平凡極まりない俺に従者なんて居るはずがない。それにこんなゲーム内のキャラにそっくりな知り合いは俺にはいない。
「『この命に替えても主を守る』……
その思いだけが、今も私を奮い立たせている……」
前世の俺は一体どれだけの徳を積んだのだろう。
こんな赤髪イケメンの糸目青年にここまで言わせてるって相当なものだ。
でも俺は、彼が俺の従者たという事に驚きを隠せずにいる。正直驚きしかない。
「無理をなさらずに我が主。私のことはどうぞイゾルデダイスキ──間違えました。そう、トリストラム、私の名前はトリストラムに相違いなく……」
青年は胸に付いた葉の名札を見せてドヤる。
葉の名札には古英語とやらでそう書かれているらしいが、俺には全くといって読めません。
トリストラムって実はすごかったり……?
「はい。なので貴方はライサ……いえ○○でしたね。私はトリストラム。彼女はキャストリア……ですね」
俺は青年の言葉に同意し、よろしくと告げトリストラムと握手を交わした。
「つまるところトリストラムさんは自分が何者であるかなどを思い出せないがやらなくてはいけない目的があって危険を承知で『名無しの森』に入ったと……」
「また、○○さんはここに至るまでの記憶はないが名前やある程度の記憶はあるんですね」
おかしいなー、とキャストリアは首を傾げて悩む。
キャストリア曰く名無しの森にて俺とキャストリア、それにトリストラムは倒れていたという。
そして、もう一度キャストリアは名無しの森の特性を一から振り返る。
キャストリアの説明でなんとなく理解はした『名無しの森』について。その特性として森に入ったならば最期、持っていた名前と過去の記憶を失う。
確かにおかしい事だよな。
仮に森に入ったならば、俺は彼らと同じように名前と記憶を失っていてもおかしくはない。
なのになぜ持っているのかって話だ。
考えても仕方ない。この話はまた今度にしよう、と俺はキャストリアとトリストラムの二人に話した後、話題を俺の話から二人の話にすり替えた。
結局分かったことはそんなにない。
トリストラムは詩人、もしくは超絶技巧の弓使いだった、かもしれないということ。
キャストリアは名前と一緒に色々と落としてきてしまったらしい。つまるところ二人とも何も分からないって事だな。
こういう記憶喪失系の奴って思い出した時がいちばん大変になることが多い。
思い出した途端、世界を滅ぼす──だとか人間を排除する──だとかゲーム系だとそうなっている事が多々ある。実際そういうゲームを昔やっていて、何度か度肝を抜かれた事があった。
二人の記憶が蘇ったとして、世界を滅ぼすだとか人間を排除するだとかそういう風にならなければいいのだが……
と、手頃なところに手を置くのだが何故か触り心地が良いのでそれを撫でて荒ぶる心を落ち着かせようとした。
サラサラな髪だ……な。……ん?
「あ──あ、あの」
俺、キャストリア、トリストラムの三人は同時に固まった。
「○○さん!?何してるんですか」
──いや手頃なところにこの子の頭があったから、つい、ね?……
「手頃なところにあったからって、見知らぬ子の頭を撫でませんよ……」
──えぇ……
「えぇ……じゃありませんよ……」
ごめんね、と俺は深い水色の髪を持つ女の子の頭から手を離した。
「──あ、もう少し、撫でても……」
少女は頭を撫でていたこの手を惜しむように言った。
俺はその少女の全身を見て驚いた。
頭のてっぺんにはアホ毛が生えており、水色の髪に隠れたエルフのように尖った耳。その背中には普通、人には生える筈のない──蝶の薄く綺麗な翅が生えていた。だがその翅は傷だらけで、切られた跡が至る所に残っている。
翅を模した黒のアクセサリーから伸びる灰色に汚れた白い羽衣に、肩を出すタイプの白いワンピースを着ている。
遺伝子のように連なるように重なる黒の模様を持つフィンガーレスタイプのグローブを着けている。可愛いなって若干思ってしまった。
俺がいるのは現実なのだろうかと、ものの数秒軽く現実逃避しかけた。
気がつけばそこは見知らぬ部屋で、名前も記憶も失った少女と青年と出会った後に、実はファンタジーが入った世界でしたなんて笑えないのだが……
「その……みんなが、あなたたちを呼んでこいって。もうすぐ夜になるから……」
翅の生えた少女は申し訳なさそうに言う。
少女の黄土色の瞳を覗くと軽く淀んでいた。
「(……○○。彼女とは知り合いで?)」
──知り合いでは、ないです。あんなファンタジー全開な知り合いはいません……!
トリストラムは少女と知り合いなのかどうか気になったのか、少女には聞こえないよう小声で俺に質問してきた。まあ当然っちゃ当然だが翅が生えた少女とは知り合いではないため、NOと即答する。
「(彼女から敵意は感じません。
善良な人間……いえ、あれはどう見ても)」
──コスプレ?
「(こすぷれ、ではなく……妖精かと)」
──……妖精っているんだ。か、架空の存在だと思ってた……
「……あ。あ、あ、あの。もも、もしかして、動けませんか?──うう、でもそれだと、私がみんなに……また、また役に立たないって、叱られちゃう……」
妖精の少女の尖った耳がしょぼくれるように落ち、開いていた黄土色の瞳は段々と薄目になっていく。この子は、見るからに自信が無いのかもしれない。いや、自信がないというよりも──
「大丈夫ですよ。ちょっとだけ話をして参りますので先に行っていてください。他の方にはあなたに呼ばれたと説明いたしますので」
キャストリアが咄嗟に機転を利かせ、妖精の少女が叱られないように立ちまわってくれた。
ナイス!とキャストリアに向かって小さくサムズアップするが、気がついていない。悲しい。
その横では妖精の少女は役に立てたと喜び、お待ちしてますと言い残し、大急ぎで広場とやらに向かって行った。可愛らしいなぁと後ろ姿を見送ったが、よく背中を見ると本当に翅が生えているのだ。
ここで初めて妖精っているんだと理解した。
とりあえず広場というところに向かってみようかと思い、二人に話す。
キャストリアはどこか引っかかる言葉を幾つか口にしたが、俺は気にする事なく二人の手を引っ張って妖精の少女の跡を追うように向かった。
▽
広場に着いたはいいが、そこはあまりにも現実離れした──つまるところそこだけ住む世界が違うように感じた。
まるで俺たち三人が童話の世界に紛れ込んだとでも言うべき現状に、またもや現実逃避しかけそうになった。
広場にはエルフやドワーフ、獣人といった面々が沢山いた。それはまさに異世界。
ファンタジーの世界だ。
──ありえない。
今すぐにでも言いそうになるが、すぐ様口を両の手で押さえ声をあげないようにする。
エルフらしき者が俺ら三人に話しかけてきた。
氏族、名前、どこの街出身かを尋ねるように。
名前はいいとして、氏族と街出身とは何なのかわからない俺とトリストラムを放置し、話が始まった。
「わたしたち、自分の名前しかわからないのです」
俺は名前も記憶もあるぞ、と言いそうになったが、キャストリアは自身の唇に人差し指を当てにっこりと微笑むことで俺は理解した。
それは俺たち三人以外には悟られてはいけないのだと理解した。と思ったが、どうやら口が動かない。
なんでだろうと不思議に思いながらも、俺はキャストリアを見つめ、エルフの者との会話を任せる事にした。
「どこから来たのか、どうしてここに来たのか、何が目的だったのかも、何も……」
キャストリアがそれを告げた後、この広場を不穏な空気が支配したがそれは束の間だった。
獣人っぽい者がヒャッハー!とばかしに騒ぎ立てた瞬間、他のエルフやドワーフといった者達が一斉に大はしゃぎ。
──なんだこれ。
思わず、こう呟いてしまった。
なんだこの世紀末っぷりの騒ぎようは。
祭りだ、祭りだ、と喜び踊る者や、俺ら三人を名前だけの落ちこぼれと呼んで跳び上がる者。
後者のヤローはぶっとばす。
「『おしまいの村』コーンウォールにようこそ!──ご同輩!」
ご同輩という言葉が何を指し示しているのかはさっぱりだが、このファンタジーの者共からは悪意や敵意といったものが感じられない。むしろ善意や喜び、同情といったものをこの広場の者達からは感じられた。不思議な者たちだ。
「──はい?」
その時見えたキャストリアの気の抜けた顔は、なかなかに可愛らしいものだったということを後で記しておこう。スマホがあれば撮りたかった、以上。
▽
──もう、食べられないヨ……
その日の夜に行われたお祭りは実に騒がしい者だった。大きな焚き火の前で肩を並べて踊る者たちや、飯を食らう者など沢山だったが、多くの者は俺たち三人の周りで一緒に楽しく会話をしてくれた。
その中には面白い話を聞かせてくれる者や、興味が湧く話を聞かせてくれる者もいた。
相槌を打ちながら葉の皿に盛りに盛られたご飯の山を食しつつ大いに楽しませてもらった。
「○○さんはとても会話上手で驚きました。
『風の氏族』や『土の氏族』とも分け隔てなく話をして。どちらかに肩入れするのが妖精國の常識なのに……」
ただ単に向こうからワラワラと会話をふっかけてくれるからそれに相槌を打ちつつ、話を聞いてるように立ち回っているだけなんだがな。
他には、気になった話があればそれを聞いてみたり──
「妖精國とは?」
「え?それも忘れてしまったんですか?」
キャストリアが妖精國とやらの説明をしようとしたところで祭りの終了の合図がなった。
みんなはスタコラサッサと片付けをしそれぞれの家に帰っていった。
──……終わった、のか?
妖精の少女にまたあの部屋──間違えた家に案内され、ここが今日から俺たちが住む場所なのだと説明してもらった。
「で、では、おやすみなさい」
ペコリと一礼して帰っていく妖精の少女。
待ってと言おうとしたが、それも虚しく残ったのは俺たち三人だけだった。
あの子の名前を聞きそびれた気がした。
その後はさっきの話の続きをキャストリアがしてくれた。
妖精國ブリテンについて。
妖精の氏族について。
いろいろ教えてくれたのだが、一つ触れてはいけない氏族の話を振ってしまった時キャストリアは。
「──!──!──!」
怒り狂うラージャンのようだったと言っておこう。
まあ、あの怒りはすぐに収まったのだが。
偏見が過ぎました、今のは忘れてくださいと言ったキャストリアの目が死んでいたため、俺はさっさと忘れようと心に誓う。
トリストラムの方をふと見てみると、あの祭りの時からずっと終始顔が強張っていたのだとわかる。
キャストリアがそれを指摘すると、トリストラムは理由を話してくれた。
妖精であるだけで恐ろしいのだと。
俺らを除く、あの場にいた者全て神秘を持ち合わせていて、無害ではあるがその力は人間を遥かに凌駕していると。
最後にその気になれば彼らは俺たちを容易く殺害できるのだと言って終わった。
この話を聞いて俺は背筋に冷たいものが走った気がした。
消灯時間が来たとキャストリアが言って話はまた明日にという事になった。
妖精の少女は可愛い、異論は認めませーん……!
続けるべきか?
-
続ける
-
続けなくてもいい