気がつけばそこは──   作:ようせいさん

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二話

──お、おはようございます、みなさん。

 

妖精の少女の優しい鈴の音のような声で俺は目を覚ました。

寝ぼけ眼で妖精の少女の頭に手を伸ばして、数十秒ばかり頭を撫でてしまった。

あうあうと言いながら雪のように白い頬を赤く染める妖精の少女。

 

──お、おはよう……えっと……?

「きき、今日は、む、村の案内を任されました」

 

ぐでっと木の葉の布団が敷かれたベットの上で寝ているキャストリアを起こしたトリストラムと、眠い目を擦るキャストリアと、ついさっき起きたばかりの俺を含めた三人は、早速妖精の少女に村の案内をしてもらう事にした。

 

「ここコーンウォールは昔にあった街を再利用したもの、だそうです。二百年前、コーンウォールの領主だった妖精が妖精騎士に倒された後、領主の呪いで、森に入った者の記憶を失わせる霧が立ちこめるようになって、この村は、ほ、放棄されたんです」

 

妖精の少女はどこか諦めの入った表情でここコーンウォールについてを説明してくれた。

ここはブリテンで一番の危険地帯だから、誰もこの場所には追っては来ないだとか。役割、価値、友人、目的、それらが終わり低くなり居なくなり、そして失ったそんなもの達が流れてできた集まりが此処なんだとかそういう類の話だった。

 

競い合うより助け合う、それらが好きな妖精たちではこのブリテンでは生きてはいけない。死んだ方が楽だからと、この森に来たと。

 

キャストリアはそれらを聞いて目を見開かせていた。

正直俺は話半分で聞いているから、全然話が頭に入ってこない。

 

妖精の少女の説明途中、横を通りすがっていく者たちが次々と俺に声をかけてくれた。

メシを旨そうに食べるだとか、声には命があるだとか、今日は詩を歌うだとか、服が破れたら修理してやるだとか、それら全てに対応し返事を返す。

 

ここにいる者たちは皆優しい者たちばかりで、何故か気分良く返事を返せる。なんでこんなに人に優しくできるのか逆に不思議でならない。

 

「なんだろう、この待遇の差は──私もほぼ同じ境遇なのに……はは……」

 

目が、死んでいる。

薄い翡翠色と濃い翡翠色が混ざり合って濁るモノだから、見ている側からすればかなり怖い。

 

──目が逝ってるよ、キャストリア

「昨日○○に言った言葉が、今日のわたしに帰ってきた気分ですよ……」

──まあまあ、そう言わずにさ。キャストリアは側いるだけで面──じゃなかった、楽しいから気にする事ないって。

「今、面白いって言いませんでした?」

──……いって、ないです。

「こ、こらー!目を逸らさずにわたしの目を見ていってみろぉ!」

 

捕まるものかと逃げる俺を、ぷんすかと怒りながら追いかけるキャストリア。さながら悪戯をした小鼠にキレて追いかけ回す猫ならぬ金色の獅子のようだ。

 

「ふふ、二人を見ていると、平和なあの頃を思い出して、懐かしい気持ちになってきます」

 

妖精の少女は目の前の光景を懐かしそうに見つめ、くすりと笑う。

 

「待てー!○○」

──待てと言われて待つ奴はいな……あっ

 

ぐるぐると妖精の少女の周りを回っていたせいかは知らないが、逃げる脚が滑り、見事顔面が雑草の生えた地面へ吸い付いた。

い、痛い……

 

「あ、あはは!」

──……さいあくだぁ

 

 

 

 

「以上が村の領域(なわばり)についてです。他に聞きたいことはありますか?」

 

後ろで俺の手を掴んで締め上げながら、キャストリアは自身が疑問に感じていたものの幾つかを妖精の少女に投げかけた。それに対し妖精の少女は途切れ途切れだが的確に疑問を明かしていく。

 

「そうでしたか……森から出るには何か機転が必要みたいだなぁ……」

「キャストリアさんは森を出たいんですか?」

「いえ?ぜんぜん?なんとなく聞いただけですよ」

「○○もそうですよね?だって、自分から『名無しの森』に来たんですから」

 

そんな急に俺に話を振られても、答えようがない。

名無しの森に来た時の記憶は既に消えているのだから。目的も、理由も。

分からずに今ここにいる。

 

そもそもな話寝て起きたら、ゲームのキャラにそっくりもしくはコスプレをした人と遭遇して、ファンタジー丸出しの異世界に居たんだから。

なんとも言えない状況にまだ自分も整理がついていない。

 

俺が今キャストリアに言えるとしたらこれだけだ。

 

──まだ、何も分からないんだ……

 

下唇を噛みしめ、両の手を深く強く握った。指先の少し伸びた爪が掌に当たる。力強く握っているせいか余計に爪が掌に食い込んで来て地味に痛いので、さっさと握りしめるのをやめた。

 

「何か必要なモノができたら言ってください。わたしにできるコトなんて道案内くらいですが、みんなに叱られない範囲なら、みなさんの力になりますので」

 

妖精の少女は柔らかそうなその頬を緩ませ微笑む。

そして俺たちにペコリと一礼した後、この場を去っていった。

 

「さて、村の地形も把握しましたね。ついてくる妖精もいない……ならばやることは一つですよね○○!」

──はい……?

 

この時、俺は後悔した。

キャストリアに手を引かれるまま森の中に入ったことを。

腕試しと称し、この異世界に来て初めての戦闘をすることになるなんて誰が知るものか。

 

 

まあ、結果は酷いものだった。

戦いとは無縁の日本で平和に暮らしてきたのだ、碌に戦闘なんてできるはずもない。だから俺は魔物擬きから必死に逃げた、それはもう死ぬ気で。

 

キャストリアの支援のおかげかいつもより早くかつ長く逃げていた気がしたが、多分気のせいだと思う。俺を追う魔物擬きはトリストラムの持つ弓から放たれた弓矢のような何かによって一撃で倒された。あれを見た時、トリストラムが言っていたことは本当だったんだなって確信した。

 

また、キャストリアは後方支援の魔法使いみたいな役職かなって思っていたら割と前線に出て不思議な形状の杖を使って魔物を物理で殴っていた。

物理攻撃も難なくこなせる魔法使い、それがキャストリア。見てて、最近の役職としての魔法使いはかなりハイブリッドなんだなって思う。

 

腕試しと称した戦闘を終えた瞬間、キャストリアは地面にぶつけるんじゃないかと思わせるほど頭を深く下げ、俺に謝ってきた。

 

「ご、ごめんなさあい!!」

 

キャストリアの顔を覗くように見てみると、その翡翠色の双眸は、ぐるぐると渦を巻いていた。

顔面はまさに茹で上がった蛸だ。頭からは湯気が出ているようにも見える。

ついには頭を抱え始め、ぶつぶつと呪文のような何かを捲し立てるように唱えていた。

すみませんすみません礼儀知らずですみません。と、その様がまるで電池が切れかけ、残った電気で起動するが起動音の途中で電源がなくなり、また起動するというループを繰り返すおもちゃみたいでなんか面白かった。でもそれを言うと殺されそうな気がする。

 

今のキャストリアにかける言葉は多分これだ。

 

──それを言ったら俺だって戦闘を二人に任せっきりにして逃げてたんだ。許すも何も始めからそんなんないに決まってる。

「で、でで、でも!そう言われたらわたしだって」

──ああ言われたら、俺だって!

「わたしだって!」

──俺だって!

「わたし!」

──俺!

「わたし!」

──どうぞどうぞ

「わた──え……?え、ええええ!?」

 

「フッ──お二人は大変仲がよろしいようで私は安心しました。それに○○、貴方はそれでいいのだと先程の戦闘から分かりました」

 

俺とキャストリアの漫才のような何かを見て、微笑ましく思ったのだろうか。トリストラムは保護者のような目つきで俺たちを眺めていた。

 

──それでいい?それは一体どういう……?

「何と言いましょう。そうですね、指揮官としての頼もしさとでもいうべきか……貴方がいれば最終的には何とかなっている、そんな確信すらするのです」

──イゾルデダイスキー……

「フッ──トリストラムですよ○○」

「──」

 

 

 

 

 

 

──もう、食べられないヨ……

 

この森に来て二日目。今日も焚き火をみんなで囲み祭りのような宴をあげる。

ご飯はたらふく、お腹がいっぱいになる程食べれて、後で知ったが──妖精のみんなとたわいのない会話をする。何でもないよくある会話だ。

それでも俺にとっては何より楽しかった。

 

そんな俺を、ここに来て信じがたい現実が襲った。

とある妖精の一言で俺はあの世界に来てしまったのだとようやく理解した。

 

「おまえさんの、その右手……変わっているが、それは令呪(・・)だろう?三角もつけられちまって……クソ」

 

令呪(れいじゅ)。とある物語において、それはサーヴァントと呼ばれる英霊たちと契約したマスターであることを証明するモノでもあり、三回限定の切り札とされ、使役するサーヴァントに対し絶対的な命令権を下すことが可能になる。

 

──それが令呪。

 

側から見たそれは完全に刺青。

命令権を行使することで浮かんでいた令呪は徐々に消えていく。逆に使わなければ消えることはない。

 

今も俺の右手の甲に刻まれている赤い盾を思わせる紋章、それもおそらく令呪なのだろう。

 

──は、はは……

 

乾いた笑いしか出なかった。

 

「○○……?」

「しかし令呪か……令呪……あと少しで思い出せそうなのですが……ああ、私はもどかしい……」

 

 

こうして俺は信じがたい現実にいるという事を知った。

 

どこ系列の作品なのかは知らない。

だが確実に分かることは一つ。俺がいる世界は少なくともいずれかの作品に属しているFate/の世界だという事のみ。

俺の右手の甲に刻まれた、盾を彷彿とさせる紋章を持つこの赤い令呪が、それを示している。

 

赤い盾模様の令呪、どっかで見た覚えがあるような気がするのだが、はて一体どこで見たのやら。

絶対にこの模様を俺は見ていた筈なのに、なぜ思い出せないのだろう……

 

嫌な気分になりつつある中、部屋の周りを見ると、俺以外の二人は既に寝ていた。

キャストリアは木の葉の布団に包まり、小さな寝息をたてて眠っている。

トリストラムは弓に抱くようにして床に座り眠っている。

 

もう、二人は寝てしまったのか。早いな。

いや、二人が早いんじゃなくて、俺がまだ寝付けていないだけなのだ。あの時からずっとこの令呪について考えていたから、今も眠れないのだろう。

明日もきっと朝は早い。ならさっさと寝て朝に備えるのが一番なのだが……

 

──この俺の手の甲に宿る令呪について、今、考えても仕方ないかぁ……

 

はぁ、とため息を吐き床に敷かれた木の葉の布団を下に眠ることにした。今日はもう考えるのはやめだ。これ以上考えても何か進展があるわけでもないのだ、ならばと今日はすぐに寝て、明日また考えることにした。

 

「──」

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、○○」

 

トリストラムの聞いているとなんだか落ち着くその声を聞き、今日は目が覚めた。

俺の名前を呼ぶときに、何か違和感があるのか何度か俺の名を言っていた以外は、なんともなさそうだった。

 

さあ今日も一日頑張るか、と両腕を天高く上げ、背筋を伸ばした、刹那──広場から誰かを怒鳴る声がこの部屋まで響いてきた。

何事だろうと俺とトリストラム。

そして急いでいたせいなのかは知らぬが、いつも頭に被っている灰色の帽子をつけ忘れたキャストリア。俺たち三人は急いで広場へ向かった。

 

 

そこでは獣人──だと思っていたが実際は獣型の妖精が、妖精の少女を罵っていた。

 

目の前の光景を見せられ、それでも動かないやつは相当のヤロウだ。だから俺は妖精の少女を庇いに行こうとしたのだが、キャストリアに腕を掴まれ動くことができずにいた。

何でだ、そう聞くと。彼女は言う。

 

「……ダメ、です。今はまだ私たちは部外者なのだから、もう少しだけ様子を見てからに──それに私たちの今の立場はよくないもの。もし何らかのトラブルが起きた場合、私たちには逃げ場はありません。だから──」

 

確かにキャストリアの言うことは正しいと俺も思う。何らかのトラブルを対処する力を二人は持ち合わせているかもしれないが、肝心の俺は──持ち合わせていない。

 

妖精の少女をもし庇った場合。

もしかしたらその危惧していたトラブルが起こる、かもしれない。それを偽善と言われてもおかしくはないし、自己満足だって罵られてもおかしくはない。

 

たかが半日の付き合いでなぜそこまでするのか。

別にやらなくてもいい、俺以外のこの場にいる誰かがそれをする筈と、知らない声が聞こえてくる。

 

でも俺はそれが一番嫌いだ。

 

ふざけんな。この場にいる誰かがそれをするわけがない。誰もしない。誰も庇うはずがない。

 

……だから。

 

だからこそ。

 

 

──俺がやるんだ。

 

キャストリアの静止を振り切って、騒ぎの中心へすぐさま向かおうとした。

だがその頃には──もう少女は何処かへ行ってしまっていた。

 

遅かった。

庇う暇も無かった。

少女はどんな思いでここを去ったのだろう。

不思議とそれが気になったが、ここにはもうその少女はいない。少し虚しい思いで、広場の中心に一人立ち尽くす。

 

よう、と妖精の少女を罵っていた獣人型の妖精に声をかけられた、このタイミングを見計らって俺は言った。

 

──……なあ、さっきの妖精の子は?

 

頭が真っ白になっていても不思議と声は出るものなんだなって、今はそう思う。

 

「ん?アイツのことか?おい、

──アイツの名前なんだったっけ?」

 

話の内容は詳しくは覚えていないが、少なくとも少女を散々怒鳴っていたのにも関わらず。誰一人として妖精の少女の名前を覚えていない、というこの不気味な状況に、血の気が引いた気がした。

 

「……名なし……彼女に名はないと?だから今の仕打ちをしたのですか?」

 

いつもと違う、トリストラムの声を初めて聞いた。

それは今朝聞いたあの凛とした落ち着きのある声ではない。その声色は鋭く洗練された剣のように──冷たい。

 

まるで首元に剣が突き立てられているんじゃないかと、錯覚しそうになる程に。

 

「名無しの妖精に価値はないだろ?だって、

──もういなくていい(・・・・・・・・)ヤツなんだから」

 

この妖精達の言動に、俺は怖くなってきていた。

彼らを直視しづらくなり、俺は後ろにいるキャストリアを見つめた。

 

彼女は怒っているのだろうか?

僅かだが気難しい表情を浮かべており、何か言いたげそうになりながらも、今はただ無言を貫くだけだった。

 

妖精達が運動場へ行くと言って去った後、この隙に俺たち三人は集まり、この後をどうするかを話し合う事にした。

 

「……どうしますか、○○?」

──少なくとも、俺はあの運動場へ行くことはない、と思う。それよりも気になることがあるんだ。キャストリアは分かる?名なしの妖精って

「──はい。その名の通り、名前を無くした妖精、です」

 

キャストリアはこほんと咳払いをした後、名なしの妖精についてを語ってくれた。

 

俺たちは『名無しの森』で記憶と同時に名前を失ってしまったが、妖精は自分で名前を失うらしい。

俺を指差し「○○の場合は例外ですよ?」と忘れずに後で付け加えていた。

妖精は基本不老で、人間や動物のように寿命はないという事を知った。

 

「ですが、生まれた時、胸に抱いた目的──"自分が夢中になれるもの"……それを失った妖精は名を失い、次第には衰弱していき、最後には息絶えます」

 

──多分ですが、彼女もその類でしょう。名前を失ったからずいぶんと経つようですが。

 

目的を失えば、妖精は名を失い、死ぬ。

この世界ではそれは当たり前のことなのだろう。

たとえそれがどんなに残酷な死に方だとしても。

ここでは日常的に起こる事なのだと。キャストリアの淡々とした言い方から、何となくだがわかった気がした。

 

人は──不老ではないとはいえ、目的を失ったところで自分がもらった名を余程のことがない限り死ぬまで失うことはない。

 

だが妖精は違う。目的を失うと言うことは名を失う事と同意義であり、失えば自分が誰かもわからず目的も無く衰弱していき、最後は死あるのみ。

 

人の身であり、記憶を失うという経験が無い俺からすれば、それは多分到底分かる事のない恐ろしいモノ。

 

だとしても、あの少女を助けてあげる事は出来ないのだろうか。

 

「また、名前を失った妖精は、他の妖精に嫌われます。……村の中に入れているだけここの妖精は寛大だとわたしは思います」

 

なら──

俺が言おうとした事を先に予想していたのか首を横に振った後、キャストリアは言う。

 

「わたしたちにできる事は、彼女の住処を見に行き、危険がないかどうかを確かめる事。危険があればそれを取り除く努力をする。村の中には招けませんが、その住処を村と同じように安全にする事はできます」

 

ものの数分程度でここまで考えられるキャストリアにかなり驚いた。どこか抜けていて可愛らしい子だと思っていたが、こんな一面もあるのだと知った。

 

──そっか……そう、だな。うん、ありがとうキャストリア!

 

思わず、キャストリアの手を握って、そのまま感謝を述べてしまったが、気にしない気にしない。

 

「──」

 

この時。

キャストリアは、顔を真っ赤に染め、宇宙を眺める猫のような表情を浮かべていた、とだけ言っておこう。

 

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