気がつけばそこは── 作:ようせいさん
▽
──何も、掴めなかったね……
ソールズベリーの街で半日程、鎧を着た少女についての情報を捜し回っていたが、得られた情報の殆どが『予言の子』についてと『厄災溜まり』についてばかりだった。
一日程度で手がかりが掴めるとは思ってはいないが、こうも予言の子ばかり話題になっていると、欲しい情報がなかなか出てこない気がしてならない。
にしても予言の子とは誰のことなのだろうか。
前にロリンチちゃんから聞いた話によれば、異聞帯の女王モルガンは今年で十六になる妖精を捕まえ始めているらしいが、未だに例の予言の子とされる妖精は捕まっていないらしい。
尚、ロリンチちゃんは、俺たちと共にマシュの情報を捜し回っていた中で散々妖精たちに聞かされた予言の子に、それはもう興味が湧いている様子。
終いにはマシュの捜索と並行して予言の子を探してみよっか?なんて言い出す始末。
行動力の化身か己は。
かく言う俺も、その予言の子について気になってはいる。現状、モルガン打倒の鍵になりうる存在だからな。
でもその予言の子が行動を示したという事は、妖精たちから聞いたモノの中には無い。
だから考えられる事は一つだ。その予言の子は今も何処かで力を蓄え続けているのだろう。
そう、きっと……
「…………うぅ」
それよりもさっきから俺の背中に顔を埋めているキャストリアは一体何を考えているのだろうか。
まるで己の恥ずかしい黒歴史がふと知人にバレてしまい、顔が合わせられなくなったという、そんなものを連想させる顔の埋め方だ。
こいつは何かあるなぁと思いつつ背中に張り付くキャストリアを引き剥がそうとするのだが、なかなか剥がれようとはしない。その手の握力のみでこの極地用カルデア制服に付いているのだろうか。
握力ゴリラかお前は……
「昨日ぶりだね。何やら楽しそうな事をしていると思えば……
──おや、アルトリアまだ言ってなかったのかい?」
予言の子を話題にしていたら、昨日ぶりに見たオベロンがこの酒場ににょろんと顔を出して入ってきた。その時言っていた彼の言葉が妙に意味深だった。やけに強調して言うものだから余計気になる。
「──君がその『予言の子』だって事」
予言の子という言葉に反応して、キャストリアはより俺の背中に顔を埋める。っておい、引っ付き過ぎだって。
何か妙に柔らかい二つのモノが背中に当たってる感覚に戸惑いながらも、俺はロリンチちゃんの言い分を聞く。
「いやまあ、そうだろうとは思うかもだけどさ。だってその──控えめに言ってアルトリアの魔力量、妖精たちの中でも平均以下だよね!?」
「魔術回路、いや妖精だから神代紋様かな。人間よりかは上だけど、妖精の中じゃ下の方だ」
「もしかしたらマイクの方が強いくらい!
アルトリア、ほんとに!?
キミが女王を倒す『予言の子』なのかい!?」
そう言われたキャストリアは俺の後ろからひょっこりと、顔だけを出して、
「そ、そうですよね、やっぱりそうですよね!?」
「ごめんなさいごめんなさい、わたしなんかが選定の杖を持っててごめんなさい……!」
「でででも、私が『予言の子』だって決まったワケじゃないっていうかぁ……」
「そもそもわたし、女王と戦う決意とか気魄とか、根性とかないし……」
「氏族の妖精でもないし……魔力も少ないなら、魔術でなんとか誤魔化すしかないし……」
「鐘を鳴らせって言われても、そもそもな話近づけないし……いえ、頑張ろうと言う気はあるんです。ええ、ありますとも、はい……」
「でも……現実はとても厳しくて……
はは……なんでわたしなんでしょうか?」
自嘲気味にそれらを捲し立てるように言うキャストリアを見ていると、どこか放っておけないような気がしてならない。
いつか自分を滅ぼす、そんな気がして……
──キャストリア……
「でも大丈夫。私が本当に『予言の子』であれば、戦う手段は残されていると思うんです」
「わたしはそのために生まれ、そういうふうに育てられたんですから──なーんて、カッコつけて言ってみましたが、なんの展望もないしダメダメなんですよね……!」
彼女の翡翠色に輝く双眸は激しく揺れ動く。
それでも、彼女は『予言の子』を背負うつもりなのだろう。今はまだ、俺と同じように迷ってばかりだけど──ツボミがいつか花を咲かせるように、彼女も迷いを振り切って選び取るのだろう。
自分の運命を……
「なるほど……それでかぁ。妖精たちは魔力の質も量も一目で分かっちゃうからなぁ……」
「そうなんですよね……氏族の長に認めてもらおうとしましたが、門前払いされちゃいまして……」
ロリンチちゃんにそう言われた事に、動揺しつつも同意してる辺り、他のとこでも似たような事があったのだろう。
物語的に言えば、まだ彼女は誰にも認められてないから、何かしら物事を解決して認められなければいけない、のかもしれない。
俺に出来ることといえば、精々キャストリアの手助けくらいか──
どうしようかと悩む俺たちだったが。
ここで、オベロンはキャストリアの悩みを今すぐにでも解決できると、まるで救いの手を差し伸べるかのように告げた。
「その程度なら今すぐにでも解決しようか」
「今だと、そうだなぁ……風の氏族長──オーロラへの謁見ならできるけど、する?」
俺ら一同、何が何だか分からないまま──
気がつけば、ソールズベリーの中心に建てられた鐘撞き堂もとい大聖堂の中にいた。
「ほら、簡単に入れただろう?」
とオベロンは平然に言い切り、上に行こうとするのだが、明らかにこの大聖堂内は俺たちを上へ行かせるという雰囲気では無い。
それに、人の身の俺を下等生物と罵り、受け入れようとはしない一人の妖精が現れた。
その妖精に指示されたのか、次々と俺たちの周りを鎧甲冑を着込んだ衛兵達がぞろぞろと囲み始めた。
「あれれ?思ってた展開とちょっと違うかな?」
──何が何だか分からないまま、俺たち囲まれちゃいましたね!?
「あはは、ごっめん」
この世界に来て三回目になる戦闘がまさかこのような形で始まるとは思いもしないぞ、この野郎。
▽
「どうだ、見たかコーラル!僕と彼の実力を!
貧乏王子とか人間如きとか甘く見てるから足を掬われるんだ!」
「(オベロンは何もしてませんよね)」
──(激しく同意、っても俺も何だよなぁ)
「(指示や援護は荒削りだけど、キミは変わらずしっかりできていたさ藤丸君)」
一人見栄を張るように声を張り上げるオベロンを他所に、裏では俺とキャストリア、そしてロリンチちゃんはこそこそと話し合っていた。
それらを少し離れた先で無言で見つめる先程の妖精が一人。
「わかりました。確かにその人間は"普通の消耗品"ではないようです」
「……特別に謁見を許しましょう。ですがあまり思い上がらないように。"珍しいもの"は見慣れてしまえば価値のないもの。謁見の機会はそう多くはありません、幸運を無駄に使わないよう」
コーラルとオベロンにそう呼ばれていた妖精は、どうやら俺たちを上の部屋へと招いてくれるようだ。
招かれるままにその部屋に行くと、そこには──
絵に描いたお手本のような外見を持つ妖精がいた。
薄い金色に輝く腰まで伸び切った髪に、春のような温かみを感じさせる背中の翅。黄色と赤が混じり合った暖色の双眸は、慈愛に満ち溢れる女神の如き視線を感じられた。
多分十人中十人が見たら必ずしも見惚れるに違いない。
本当に居るんだな、見惚れるほど綺麗な妖精ってのは……
彼女は元からオベロンがくる事を知らされていたのか、この部屋に来て早々に彼は話しかけられていた。まあ、オベロンが元々この機会を作ってくれたのだから当たり前と言えば当たり前なのだろう。
いくつかオベロンと話した後、
「はじめまして、オベロンのお客様。私は風の氏族の長、オーロラ。このソールズベリーの領主でもあります。──本日は私に何の訴えを?」
はじめは慈愛に満ち溢れた妖精なのかと思っていた。だが、それは彼女の側面に過ぎないのだと思わされるように、ほんの一瞬にして空気が変わった。
その変化にいち早く気づいたのはおそらくロリンチちゃんだろう。
ロリンチちゃんがこちらを見ながら、頑張れなんて表情をしながら訴えかけてくるものだから、これは俺が言うしかないんだと悟った。
言うべきこと、言うべきこと……
ああ、そうだ。
藤丸立香が、怒ることもなくただ人の夢の中に出てきて、勝手に俺に託して消えやがったアイツなら。
一番に優先すること、それは──
──人捜しで困ってて。何か知ってることがあれば教えてください……!
どうやらそれが彼女──オーロラに受けたのか。
放たれていた重圧感、それは唐突に消え失せた。
「まあ!人間の方に、そんな気さくに話しかけてもらえたのは何年ぶりかしら!」
「あなた、お名前は?もしかして自由市民かしら?血統書はどんな──ああ、ごめんなさい。あなたの従者なのね。私ったら失礼な事を」
妖精の方にこんなにも口早く語りかけられたのは、これが初めてですよオーロラさん……
若干目の前のオーロラさんのテンションに引きつつ、オベロンの方を振り返って助けを求めた。
「こらこら。弱ってる人間を見たらすぐに保護したがるクセは止めたほうがいいよ。そのうちブリテン中の人間ぜんぶソールズベリーに住むコトになる」
「でも、その子の目がね、助けを求める子犬のようだったから、つい……ね?」
「まったく──前に話したこと覚えてるかい?汎人類史という異世界とカルデアという集団のコト。彼はそのカルデアから来たマスターさ。後ろの二人は妖精じゃなくサーヴァント」
それを告げるのはあまりにも早いんじゃないかという目でロリンチちゃんはオベロンを見つめる。
「大丈夫、彼女は妖精國の妖精だが、考えは僕たち汎人類史の妖精に近いものだ。そこまで警戒する必要はない──」
異聞帯と汎人類史は相反する世界だ、お互いにお互いを受け入れられないものなのだ。
話し合いはできる。だが、俺たちは異聞帯を壊して、汎人類史を救う存在。本来なら下手にこの事を告げるのはオススメされないのだが……
それから、オベロンとオーロラ、そして俺たちの会話は続いた。
その会話の中で、オーロラは約束してくれた。
ノリッジ以外の他の街にいる風の氏族達と連携して、マシュ捜しに協力してくれることを。
後でコーラルと言う妖精に特徴を伝えなくてはいけないのだが、それさえできれば後は各地に散らばる風の氏族からの連絡を待つのみ。
無理に移動せずとも捜索が可能ということだ。
これならば、並行して異聞帯の調査も出来る。
でもやけに親切だから、この後何があるのやら不安で仕方がない。
念の為、本当にいいのか?と聞いたのだが、返ってきた答えがこれだ。
「私は、妖精國の存続よりも私たち妖精の在り方を大切に思うのです──女王陛下はとても立派な方ですが……このままだともっとよくない結果が待っているでしょうから……」
何を考えているのやら。
綺麗でキレ者な妖精って印象だったが、さらに意味深を付け加えたい。
ついでにモルガンのある程度の強さも知ったのだが、指先一つで風の氏族全滅は流石に笑えない。
世紀末救世主伝説ならぬ、女王歴モルガン伝説だ。
ただでさえ妖精は強いってイメージなのにその妖精達を指先一つで全滅って、強すぎるだろ。
それと同時に、オーロラは『予言の子』でもない限り倒すことはできないと言う。ここにくる前にも聞いたあの予言の内容と同じことを言っていた。
予言の子を待っているという発言に、オベロンはこれ見よがしにアルトリアが『予言の子』であるアピールを始めようとしたが、キャストリアがそれを察したのか、オベロンに体当たりをかます事で物理的に阻止した。流石、物理攻撃もいける魔術師だ。
素人目から見ても、見事な体当たりで実に惚れ惚れする。
だがオーロラによると、例えキャストリアが『予言の子』だとしてもそれを信じられる要素が少ないと言って、この街の鐘は鳴らさせないとの事だった。
それでも鳴らしたいのならばと、交換条件として、俺とキャストリアの二人で希望を示して欲しいと言われた。
それは──この國で百年に一度起こるとされる『厄災』。それも数ヶ月前に港町に渦巻く巨大なモース流の『厄災溜まり』とやらを打ち払う事だった。
▽
まだ日の明るい、と言っても空は相変わらず夕暮れのように赤い。
そんな中、酒場の二階にある俺の部屋に、ロリンチちゃんとトリスタン、そして俺の三人は昨日と同じように今後の対策を話し合うことになった。
「さて、報告も終わったことだし。私たちはこれまでのおさらいだ。と言っても議題はモルガンの事ではなく──」
「……『予言の子』、つまり彼女の事ですね?」
「そうだね。名前が同じなだけと思考停止していたけど、紛れもなく彼女は
「藤丸君も知っているが、カルデアは一度第六特異点でアーサー王にまつわる伝説と対決した。
復習がてらここでアーサー王伝説を説明するね」
そう言ってロリンチちゃんによる、アーサー王伝説の説明が始まった。途中トリスタンによる解説もちょいちょいあったが、それは割と簡潔に纏められていて、すうっと頭に入ってくる程に分かりやすかった。
終わった頃には既に辺りは暗くなっていて、夜を迎えた。結構長い時間聴いてたんだなと、あの話を聞いて尚興奮している自分が居ることに気がついた。
「藤丸君、やけに楽しそうに聞いてたね?
こっちも説明し甲斐があるというもの──さて、以上を踏まえて話を、このブリテン異聞帯に戻そう」
「汎人類史のアーサー王は『選定の剣』を抜いて、王の座を駆け上がった。一方、異聞帯のアルトリアはまだ誰にも認められていない状態だが、『選定の剣』の代わりに『選定の杖』を持ち、『予言の子』として一人、ブリテンを旅していたようだ」
「ここまでくるともう疑いようがない。アルトリア・キャスターはこの世界におけるアーサー王だ。ブリテンを救う救世主。それを人々に求められる立ち位置として……ね?」
この話を聞いていて分かったことが一つ。
どうやらキャストリアは、あの時俺が想像していたものを遥かに超えるモノを背負っていたという事だ。
汎人類史側のアルトリアはまだ選ぶ権利があった。
それでもアーサー王として生きることを選んだ。
だが異聞帯側のキャストリアはその選ぶ権利もなく、ただ生まれた頃から『予言の子』として妖精達の期待と希望を背負わされている。
藤丸立香と待遇がどこか似ている。
そして藤丸立香の代わりとして生きている俺とも──
通りで親近感的なのが湧くわけだ……
未だ、モヤモヤとしたものが心の中に渦巻きつつある中、数時間にも及んだ会議は終わりを告げた。
本編読み返してると、
オーロラ様黒幕説を唱える人がそれなりの数いるのがよく分かるネ!
続けるべきか?
-
続ける
-
続けなくてもいい