バトルスピリッツ parallel colosseum 作:よ~さん
「私にもバトルスピリッツの稽古をつけてくれませんか?ケイ先生」
最初はその一言だった。
蝶に似た透明の昆虫がひらひらと舞う日陰の庭園。
ケイと呼ばれた旅人の、この国に滞在する最後の日。
寝泊りの場を提供するかわりに息子たちにバトスピの稽古をつけるという
契約のもとバトルスピリッツの名門たるカイゼル家の離亭で数週間世話になっていたケイだが、当主の子女であるこの少女に特にこれといった印象は抱いていなかった。
名をレティーナ・カイゼルというこの少女は病弱の身であるためライフダメージに体が耐えられず、当然稽古に顔を出すことはなかった。せいぜい数回、稽古中のバトル風景を遠目に見に来ていたくらいだと記憶している。
最終日での急な願いに驚いたケイだが、笑顔でそれに応じた。
スピリットの召喚を行わなくてもカードのみでバトスピはできる。
だがこの国が渡り歩いてきた中でも特に実戦に価値をおく国であるがゆえに、バトスピの技術を修めたとしてもこの少女の未来が非常に厳しいことをケイは知っていた。
だからといって、断わることをする男ではない。
―――そして今、ケイは嵐のような驚愕に見舞われていた。
レティーナの付き人であろう数人の黒服が控える道場。
あぐらをかいたケイの腰あたりの高さで展開された天板の上で繰り広げられているのは、
同じカードが向かい合う、俗にいう「ミラーマッチ」。
使われているのはケイが世界を渡る中で長年連れ添ってきたデッキタイプであり、少女のデッキ
の動作は手に取るようにわかる。
故に気づいてしまった。手に取ったモノが、自分のモノより数段洗練されているということに。
異なる国の数多の強豪達と戦い、何年もの地道な研鑽を重ねてきたデッキ。
それを、今年でやっと12の年を数える少女はたった数度の観察で易々と再現し、あまつさえ改良を施している。
(間違いない。この子は本物の『天才』だ)
空色の髪をかきあげケイは唸る。
太陽のような瞳と旅装の腰につけたカラビナが動揺に合わせて揺れていた。
対してレティーナは和服に似た部屋着の裾をまくり色素の薄い瞳を手札にじっと落とす。薄紫の長髪が無造作に垂れるのを気にしていない。
ケイは興奮に唇を吊り上げる。
病弱故に満足にバトスピの相手を得るすることすら出来ていなかった少女が、ケイが旅立ってから15年に及ぶ日々以上の経験を積むなど物理的にあり得ることだろうか。
病弱という枷を嵌められ、世界の価値観に呑まれ隠れていようと、この少女は常人の道を嘲笑い歩く存在の一人だと悟った。
(なんて惜しい...!いっそ俺が連れ出して、この子の力が余すことなく引き出されるのを見てみたい...!!)
ケイの中に湧き上がる衝動。だがそれは許されることではない。
バトスピができない身であろうと、この少女の身分は名家の令嬢。
不要な存在として見放されることは無いだろうと、気難しい当主の接し方の中に感じ取れた。
何よりそれ以前に、この少女のか弱い身を連れまわすという責任を果たす能力をケイは持ち得ていない。
ケイの細かな情動を感じ取ったレティーナは首を傾げる。
「どうしたんですかケイ先生?そんな顔なさって」
おっと、とケイは咳払いをして、素直な賛辞を送る。
「いや、レティーナはすごいと思ったんだ。同年代でここまでのデッキを組める子なんて間違いなくいない」
それをきいたレティーナは途端にバツが悪そうな表情を浮かべた。
「ど、どうしてそんな顔をする...!?」
「...先生も兄さんたちと同じように、他人のデッキを真似るのは卑しい行為と思っているのでしょう?」
そうか、とケイは気づく。
まだこの国の理解が足りていなかった。この国の価値観がケイの言葉を歪めて皮肉として伝えていた。
「じゃあ一つ質問しようレティーナ。君がこのデッキを選んだ理由は何だ?」
少し口をつぐむレティーナ。叩かれるのを恐れる子供の表情。
「...このデッキが一番先生に勝てると思ったからです」
下手に相性を合わせて戦うのではなく真正面から叩き潰すという選択。
それはよほど構築に自信を持っていない限り選び取らない選択肢。心地のいい無自覚の傲慢だった。
「らしい」な、とケイは頷く。
「だったら責められる謂れは無いよ。ルールやマナーに反さない限り、勝とうとする姿勢は何であれ賞賛されるべきだ」
「そう...なんですか...」
納得していない様子のレティーナにケイはふむ、と顎に手を当てる。
デッキを真似ることは悪ではない。だがこの世界のバトスピの慣例が染みついた屋敷で12年を過ごしてきた少女の価値観を曲げるのはそう簡単なことではない。
だからケイは価値観をそのままに、その行動を肯定する言葉を探した。
なぜならこの少女は悪だと自覚しながらデッキを真似るという行為を発露させたのだから。
「レティーナ、アドバイスを一つおくろう。君みたいな『天才』は、強欲でなければいけない」
「そんな!私が天才だなんて買いかぶりで...」
「いいから聞きなさい。『天才』というのは誰よりも強くなれる素質を秘めた者だ。他と違うスタートラインに立てたのだから、その力を誰よりも伸ばそうとしなければ失礼ってもんだ。例え卑賤な手段と言われようと、本当に努力をしてきた者がそれを見たならなら積み重ねがわかる。重みを知っているからこそ批判することはないんだ」
「...」
「だがまぁその『強欲』も熱意が無ければ許されるものではない。
レティーナ、君はどうしてバトスピを強くなりたいんだ?」
悩む素振りを見せるレティーナ。
少ししてその色の薄い唇が動く。
「...笑わないでくれますか?」
「そんなことしないよ」
ぐっ、とレティーナは息を飲み込んで、喋り出す。
「私は、最高のデッキビルダーになりたいんです。自分で勝つんじゃなくて、誰かの戦う道を支え、勝利を分かち合いたい。だからそのためには、まず私自身が強くならないといけないんです」
ほう、とケイは息を吐く。
デッキとは勝とうという意思のもとに生み出されるもの。つまりはプレイヤーの従属物。
故にこの少女が口に出した言葉は倒錯している。だが、これこそが本心からのものだとケイは確信した。
なぜなら、生まれた世界の価値観との軋轢にあえいでいた少女の瞳はこの瞬間一切の曇りが無かった。身動きが取れない世界でせめてもの願いとして抱いたものではなく、魂が求める目的。
類いまれなる才能は、この夢を叶えるために備わったのだと思えた。
「そうか。じゃあ話は簡単だ。君が誰かと組んでデッキをつくるようになったとしよう。
その相手はこの国の人かもしれないし、別の国の人かもしれない。その時に、何かに縛られたデッキなんか作っちゃいけない。君の枷は相手の枷にもなってしまう。だから今は際限なく広く学び、経験を得なさいなさい。レティーナ。それは必ず君の未来をたすける」
「...ッ!はい、先生!!」
少女の瞳が見開かれ、そして熱意が宿る。
どうやら伝わったようだ、とケイは柔らかな笑みを浮かべた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『ちょっと兄さん、今どこにいるの!?もう最終便ホームに着いちゃってるんですけど!?』
オレンジ色の光が落ちる道場の畳の上。
稽古も終わりカードを片付けている最中、ケイの懐から女性の怒鳴り声が響く。
びくりと背筋を伸ばすレティーナをよそに、ケイは気まずそうな表情をして懐から黒いトランシーバーを取り出す。
「すまんまだ屋敷。俺は自力で渡るから向こうで待ち合わせだ」
『はぁ!?そんなッ...もう、どうしようもない!なんて身勝手な!!』
短く答えたケイに対し声の主は何かを確認するような逡巡の後に悲鳴を上げる。
『次の国は個人渡航はグレーなんだからね!?そこんとこ分かってないといつか捕まるわよ!?』
「すまんお叱りは後で受けるよ。どうしても見逃せないもんを見つけちまってな」
『大事だったら法なんて破ってもいいみたいな言い方ね。世界は兄さん中心に回ってるわけじゃないんだけど?』
「う、ごめんって」
トランシーバーから漏れるノイズが消える。
ため息をついてそれを胸にしまいこむケイへ恐る恐るレティーナは尋ねる。
「今のはもしかして妹さん...ですか?」
「ああ、そうだよ。レティーナは会ってないんだっけか。きいてのとおりせっかちな奴だよ」
自分が無茶言って稽古をつけたせいで、と申し訳なさそうな表情をするレティーナにケイは心配ないと笑いかける。
ケイの連れとして離亭に滞在を許されていた妹。
稽古にはちょくちょく顔を出していたがこの国に訪れた目的が少し異なるのか基本的には別行動を
していた。
「まぁ待たせても悪いし、俺ももう行くよ。当主殿と兄君弟君にはもう別れの挨拶済ましたけど、
改めて君とお付きの方々にも。俺らみたいな根無し草の面倒を見てくれてありがとう。おかげでとても有意義な時間を過ごせた」
「い、いえこちらこそ。急な申し出に答えてくださり本当にありがとうございました先生。名残惜しいですが、玄関までお送りします」
よいしょ、と立ち上がるレティーナ。和装に似た服の裾を踏んで少しふらつく姿にケイと付き人達が慌てる。
「お、おい無茶しなくていいんだぞ。長くバトスピやって疲れただろう」
「大丈夫です先生。恩師を送らないなんてカイゼルの名に恥じます。どうか」
「わ、わかったよ。気をつけてな」
家の矜持を果たす以上の強い意志をもった瞳にケイはうなづく。
見送られる側が心配するという奇妙な構図になりながら、ひんやりとした通路を歩いていく。
「改めてありがとうございましたケイ先生。どうか壮健で」
「ああ、レティーナ。君も」
玄関で靴をひっかけケイは引き戸に手をかける。
からからと音を立てて扉を開こうとした時。
「先生」
背後からかけられたその声は響きが違ってきこえた。
無言で振り返るケイ。
見守るような様子の黒服達と、まっすぐにケイを見上げるレティーナが目に入る。
その華奢な手には一つのデッキが握られていた。
「私のデッキを持って行ってくれませんか。ケイ先生」
ああ、とケイは息を吐く。
これは少女の『強欲』だと。
自分が強いだけでは最高のデッキビルダーになることは出来ない。
使い手との意識のすり合わせとフィードバックを得てやっと真の意味でデッキの改良は果たされる。
その経験を今、この少女は得ようとしている。
当然礼節を重んじる少女だ。教えを乞うた相手に自分のデッキを押し付けるなど無礼で図々しいと感じているだろう。
だがそれを差し置いても、そのデッキの第一人者であるケイから得られるフィードバックが最も良い経験値になると踏んで申し出た。早くも『強欲』を実践してくれたことをケイは非常に好ましく感じる。
そしてケイの『強欲』もまたその提案に惹かれていた。
自分の知恵知見をはるかに飛び越えた場所からもたらされた武器。使い慣らすことができれば今の自分より強くなれると断言できる。
欲しくないはずがない。
だが。
「すまないレティーナ。それは、できない」
苦々しく言い切るケイ。
「―――」
俯くレティーナへケイは引き戸を開けてその先の景色を見せる。
そこには夕暮れ染まる石畳は無く、かわりに青白く光る長く伸びた回廊があった。
「俺たち『異界の旅人』は別々の世界同士が重なる瞬間に世界を渡る。そしてそれらの巡りの周期は不安定だ。一度機会を逃せば10年以上目的の世界に巡り合わないなんてこともある。そもそもこの世界に再び来れるかもわからないんだ。そんな途方もない間、天才が努力する時間を奪うなんて、できない」
『異界の旅人』とは読んで字の如く異なる世界を渡り歩く人々の総称。
抱く目的はその定義に関係せず、使命に走る者、自由であるために旅をする者、何かを探し求める者と様々だ。レティーナの出生より少し前にこの国にも異界との道が開かれ、以来渡航のための次元列車といった設備が整えられてきた。そのため民間で異界の旅人の存在は既に奇異ではなくなり、ケイがそれであることもカイゼル家で周知のことだった。
ならば、とレティーナが次の言葉を口にするのは早い。
「いいえ先生、デッキは再現できます!先生が渡ってきた世界のカードだってなんとかしてもう一度...!」
「嘘はよくないよレティーナ」
宙を泳ぐレティーナの瞳をまっすぐ捉えるケイ。
「確かにカイゼル家の財力なら、俺のデッキに入っている別世界産のカード、そうだな、特にアルケーガンダムみたいなのは輸送団に依頼すれば取り寄せることは簡単だろう。でも、
「...!!」
稽古の最中に一度だけ目にしたカード。それは、文明が崩壊し『巡り』の周期から外れた世界のカードだと記憶している。
それも恐らく文明が崩壊した後に流失したもの。なぜならそのカードは、まだ文明が栄えていた時にケイが訪れた帝国の守護龍を担っていたスピリットだった。曰く、数年前にレティーナのもとへ流れ着いてきた代物だという。
うつむくレティーナ。
黒服たちは何か声をかけようとしてきょろきょろと目を往復させ、どうしようもないという事実に行き当たり結局口を閉じる。
空気が重く落ちる。
「...ッ」
このまま少女の『強欲』を踏みにじったままにするまいと、ケイは唇を噛んで頭を回す。
「...5年後」
「え...?」
「5年後に、巡りの中心にある『コロシアム』っていう小世界であらゆる世界から参加者を集め『バトスピ全世界最強』の名をかけて競う大会が開かれる。俺はそれに出るつもりだ。...よければその時に、君の力をかしてくれないか?」
顔を上げるレティーナ。
赤の瞳と薄紫の瞳が向き合う。
青年の瞳は少女を先までの教え子として宿していない。5年の研鑽を重ねたレティーナが辿り着く存在へ向ける尊敬があった。
その信頼を噛みしめ、レティーナはうなずく。
「是非、やらせてください先生。それまでに必ずなってみせます。最高のデッキビルダーに」
「ああ、約束だ」
かくしてケイはこの世界を去る。
引き戸が閉じられる音。
玄関のガラスを通して差し込む夕日を、レティーナは振り返らない。
ここまで読んでくれてありがとうございます。はじめまして、よ~さんという者です。
バトスピ二次創作を書いて身内に見せて結局エタるというのを繰り返していたので、とりあえず書き続けられるようになろう!ということで投稿を始めました。
とりあえずエタらないことを目標にゆっくり更新していけたらなと思います。
タグにもある通りオリカありの世界観です。
設定を説明すると、この作品のカードプールは「バトスピ背景世界を起源とするカード(全世界共通で入手可能)」+「各異世界に起源を持つカード」であり、後者は例えば地球でいうコラボカードのような文化に由来するものであったり、異世界の怪物がカードに封印されたものだったりで、これらがオリカとして登場します。そのため、出す頻度はあまり高くありませんがオリカはモチーフや既存カードとの関連性無しの「100%作者の妄想産」になります。苦手な方は無理せず避けていただけると幸いです。