空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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湧き上がる何か

 時は少しだけ遡る。

 

 調査隊が施設から出発して少し時間が経過した頃。あちらでは大体、宗谷が三日月型の髪飾りを発見したくらいのタイミング。

 春雨達は、いつものように施設のための作業に勤しんでいた。時間としては午前中、例え前日に艦娘達が宿泊していようが関係なく、その日の春雨は毎度お馴染みの農作業に精を出していた。

 たまには漁にも行ったりするが、中間棲姫と共に種蒔きから始めた野菜の成長を見るのが楽しみであり、農作業をやるとなった時には真っ先にその様子を見る程に可愛がっている。そのおかげか、農作業をやる比率の方が格段に上がっていた。

 

「これ、妹達に食べてもらいたいなって思って」

「ふふ、いいわねぇ。育ったらお漬物にして、あの子達に食べてもらえばいいわぁ。きっと喜ぶわねぇ」

 

 中間棲姫も春雨の希望を喜んで聞いていた。せっかく作ったのだから、自分達のみならず、仲間となった艦娘達にも振る舞いたいと考えるのも、優しい春雨ならではである。

 依存とは言わないが、春雨は妹達のことをとても大切に思っている。特に今は、危険な未知の海域へ調査に向かっているというのだから、無事に戻ってきてくれることを祈りながら作業を続けていた。

 

 だからだろう、中間棲姫とこんなことを話しながら、突然理由のわからない悪寒に襲われた。

 

「んぇっ!?」

「ん? 春雨ちゃん、どうかしたかしらぁ」

「い、いえ、なんだかゾクッとして……嫌な予感がしたというか……」

 

 農作業中だというのにこんなことを感じるなんて初めてのことである。ここで生活していても、悪寒なんて感じたことが無かった。ダメな時は発作が起きるため、予感などと言っている余裕がなく精神的に崩れる。

 しかし、今回は何かが違った。妹達のことを考えていた時にそれが起きたのだ。そんな状態で嫌な予感と来たら、どうしても調査隊の動向が気になってしまう。

 

「……海風達に何かあったのかも……で、でも、こんなの初めてだし、気のせいかもしれないんですけど」

「そうねぇ、心配なら今から追ってみる? そういう勘って、意外と当たったりするもの。特に、同胞(はらから)なら何かしらの力に目覚めていてもおかしくないのよねぇ」

 

 中間棲姫の溢れた記憶を読み取る力や、戦艦棲姫の海の記憶を断片的に読み取る力のように、春雨にもそういった特殊な力が芽生えているのかもしれない。

 そうだとしたら、今の悪寒は馬鹿に出来ない。本当に何かあったから起きたモノである可能性が非常に高くなる。

 

 一種の予知能力のような、意識したものの現状を良いか悪いかで感じ取れるような、そんな力。無いとは一概にも言えない。

 

「でも、良いんでしょうか。私達と艦娘が一緒にいるところを見られたら……」

「そうかもしれないけれど、妹達が心配なんでしょう? 後悔するくらいなら行った方がいいわぁ。本当に何かあったら、春雨ちゃんは向かわなかったことを絶対後悔するものぉ」

 

 本来ならやってはいけないことかもしれない。施設がここにあるということを、部外者に知られる心配すらある。

 だが、その施設の主人が良いと言ったのだ。素直に受け入れて、自分の感じた嫌な予感が気のせいであることを証明するべき。

 

「叢雲ちゃん、春雨ちゃんと一緒に行ってあげてちょうだい。あとは、漁をしてるだろう薄雲ちゃんとジェーナスちゃんにも声をかけていいわぁ」

「はいはい。春雨は独りでいられないものね。私がお守りしておくわ」

「ごめんね叢雲ちゃん。後からおやつ1品増やすからね」

「私のキャラ、何処まで崩せば気が済むのよ。貰うけど」

 

 その後、すぐに薄雲とジェーナスに声をかけて、施設を飛び出した。悪寒がただ心配しすぎであったと信じて。

 

 

 

 

 そして、今に至る。ここに到着する前から、叢雲が多数の反応を感知していた。本来いないはずの2人も含めて。

 まさかと思ってさらに急いだ結果、そこは大惨事だった。特に、仲間達の中にある黒い繭。仲間の1人が、自分達と同じように感情が溢れ、泥に包まれてしまったことを示している。

 

「……その繭、誰」

 

 震える声で春雨が尋ねるが、聞かずともわかった。見回すこともなく、この場に海風がいない。そして、黒い繭に山風を筆頭に妹達が群がっている。つまり、()()()()()()だ。

 

「……海風姉が……海風姉が……」

 

 強くあると涙を拭った山風だが、春雨の姿を見た瞬間にまた涙が溢れ出てきてしまった。江風や涼風も、心底悔しそうに拳を握り、唇を噛み締めている。

 

 春雨は一言、そうとだけ呟き、黒い繭に寄り添う。これが海風だというのなら、少し時間をかけた後、自分と同じように深海棲艦として孵ることになる。その時に適切な処置をしてあげれば、最低限の艦娘の心は失われないだろう。

 しかし、なんの感情が溢れたかは春雨にはわからない。伊47のように生活に支障が出るレベルのものかもしれないし、ジェーナスのようにトリガーからそのまま死を望むタイプかもしれない。

 

「……ごめんね海風。私達がもっと早く来れてれば……」

 

 黒い繭に触れながら、その表面に額を付けると、中にいる海風に向かって呟いた。まだ繭になったばかりなら、この声だって届くはずだ。そのためにも頭をなるべく近づけて。

 

 まずは謝罪からだった。悪寒を感じたからここに来ることが出来たのだから、早い遅いは言っていられないのだが、春雨はどうしても申し訳なさが先行した。

 もしもっと早く悪寒を感じていたら、海風はこんなことになっていなかったかもしれない。自分が側にいたら、また違った結末が用意出来たかもしれない。考えてしまうときりが無い。

 

「海風……同胞(はらから)になっても、私は一緒にいる。大丈夫。心が壊れてしまっても、必ず傍にいるからね。もう、海風と私は一蓮托生でいようね。辛い思いは絶対にさせないから」

 

 春雨も涙目になっていた。この声は届いていないかもしれないが、それでも言わずにはいられなかった。せめて心地よく、深海棲艦へと成れるように。

 

「ジェーナスちゃん、大丈夫だからね」

「そうよ。アンタのせいじゃないことくらい、誰が見ても明らかだから。自分を嫌う前に、海風をこうしたヤツに怒りを向けなさい」

 

 海風が被害者となったことで、自己嫌悪が溢れ出しそうになったジェーナスに対し、薄雲と叢雲が先んじて対策を取った。

 自分が気付けていたら、もっと速く動けたら、治す力を持っていたらと、有る事無い事で自分のせいにしていってしまうジェーナスだが、それはあり得ない。今回に関しては、海風を陥れた者が100%悪いのだ。

 

「……誰がやったの」

 

 春雨が山風達に問うた。その時、春雨の足下が小さく波打ったように見えた。

 

「……アレ……見て。嘘にしか見えないけど……海風姉は……白露姉を見ちゃったから……」

 

 その名前を聞いてビクリと震える。本来ならば、春雨の発作のトリガーとなり得る姉の名前。それがここで出てきてしまった。

 この場に現れて、黒い繭しか視界に入っていなかった。敵よりも仲間の状況の方が優先順位が高かったため、他には何も見えていなかった。

 

「白露……姉さん?」

 

 錆びついた歯車のように重い動きで首を動かし、白露がいるであろう場所を確認する。

 そこでは、山風達へ攻撃が届かないように必死に喰らい付いている島風と、それを嬲るかのように楽しみながら攻撃をしている白露の姿があった。

 

 それと同時に、春雨と一緒に来た叢雲もその姿を目の当たりにする。瞬間、燻っていた怒りが一気に燃え上がった。

 

「アイツ……()()()……!」

 

 叢雲が今の姿になったのは、2体の未知の深海棲艦が原因だ。そして片方は片目が輝く重巡洋艦。まさに、今目の前にいる古鷹と白露である。

 

 こうなってしまったら、叢雲はもう止められなかった。そして、誰もその行動を止めやしなかった。未来永劫燻り続ける怒りの原因を作り出した仇に対して、攻撃するなと言う方が無理がある。

 むしろ、()()()()()()と言わんばかりに後押しした。ここで怒りが発散出来れば、叢雲はさらに楽しく生きることが出来るだろう。

 

 それが、元々鎮守府にいた仲間であり、友人である春雨の実の姉であろうとも。

 

「うおっと!? 艦娘の次は同胞(はらから)まで来ちゃった!?」

 

 叢雲の突撃を受けても、まだ余裕を持っている白露。島風と拮抗しているように見えていたが、1人増えてもその態度は崩れない。

 屈指の力を持つ島風すらも、赤子の手を捻るようなものなのだろう。それなのにすぐに終わらせないのは、島風の実力が普通以上であることもあるが、白露がこの戦いを()()()()としているからに他ならない。今まで出会ってきた駆逐艦の中でもトップクラスの実力者を弄ぶことに、加虐の悦びを得ているようである。

 古鷹としては慢心するなと思いつつも、心を折って溢れさせるには有効なのではと止めることもしなかった。島風のようなタイプは、どれだけやっても敵わないと感じさせることが、一番わかりやすく感情を溢れさせると信じて。

 

 島風はこれまで個人プレイで白露の攻撃を引き付けてきたが、叢雲が乱入したことでチームプレイに移る。

 前に前にと向かっていたのを、叢雲をバックアップするように一歩下がり、的確な砲撃へとスタイルを変更。

 

「会いたかったわよ、アンタに!」

「んん? 何処かで見たことあるっけ?」

「アンタに殺された駆逐艦の1人よ!」

「覚えてないなぁ」

 

 ここまで来る経緯でピンと来るような相手──今の島風のような──は記憶に残っているかもしれないが、叢雲は捨て駒にされてあっという間に沈められている。そのせいで、白露の記憶の端にすら残っていなかった。

 どうせそうだろうと踏んでいたため、それに対して怒りは沸かない。だが、その存在がここに在ることが一番の怒り。

 

「別に覚えてなくていいわよ。どうせアンタはここで死ぬんだから!」

「あっはは、それは無いね。だって、アンタどう見てもあたしよりレベル低いでしょ。古鷹さん風に言うなら、格下だね」

 

 振り回される槍を軽々避けた後、その額に向けて主砲を突きつけ、間髪容れずにトリガーを引く。だが、今の叢雲はその程度ではやられない。眼前で撃たれても回避出来るだけのスピードを手に入れている。

 もう艦娘の時とは違う。その時から比べれば、数倍の力を得ている。あの時は手も足も出ずに抗うことすら出来ずに殺されたが、今はそんなことにはならない。

 

「へぇ、やるじゃん。格下は訂正しようかな。あたしはそういう理解は早いので。でも、あたしには勝てないよ。その程度じゃあさぁ!」

 

 突然スピードが上がった。抜いていた手を入れ直したように、ギアが上がったかのように、叢雲の槍を弾き飛ばす。

 それを手から離すようなことはしなかったものの、その衝撃でよろめいてしまった。

 

「愉しませてよ、もっとさぁ!」

「叢雲!」

 

 そこに即座に島風の操る連装砲ちゃんが飛び込む。砲撃をしながらの体当たりを仕掛けたことで、白露は嫌でもその場から離れる必要が出てくる。そのおかげで、叢雲への追撃は防ぐことが出来た。

 

「ったく、邪魔だなぁホントに。でも、そろそろあたしも本気出しちゃおっかな。持っていきたいけど、やっぱり瀕死にまでは持っていかなくちゃだし。どうせ皆殺しなんだから、心叩き折っちゃえば勝手にこっちに来てくれるでしょ」

 

 ニチャリとした笑みを浮かべて、叢雲と島風を見下す白露。

 

「私達は折れないよ! 叢雲、組んで戦おう!」

「ちっ、仕方ないわね。私はコイツを沈められればどうでもいいわ。手段なんて選んでられない。島風、足引っ張んないでよ!」

「おうっ! 任せてよね。心を入れ替えた私は、チームプレイも得意になってるんだから!」

 

 まだまだ折れる気配などない。島風は常に前向きだ。叢雲も溢れる怒りに身を任せつつ、その根源となる白露に向けての怒りのみに集中することで、冷静さを手に入れていた。

 

 

 

 

 叢雲と島風が組んで戦う白露を見て、春雨は絶句していた。あれは自分の知っている姉であることが嫌というほどにわかった。

 性格はあの時とは似ても似つかない。しかし、その戦い方は、自分が必死に食らいつき、共に戦えるようになっていた姉そのものだった。

 しかし、違和感を覚えるようなところもあった。()()()()()()()()()()()()。そんな感覚もある。

 

 あの白露は、止めなければならない。これ以上の暴虐は、許してはおけない。

 

「……海風、あとは私達に任せて。海風のためにも、私が……私が姉さんに……」

 

 最後に海風の入っている黒い繭に抱きつくように身を寄せ、頭がありそうな場所に小さくキスをする。

 

 

 

 

「引導を渡してくる」

 

 空気が騒めいた。

 




今回も無事、100話となりました。今後ともよろしくお願いします。
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