「新しく
春雨達がこの戦場に到着した時、古鷹はまだ余裕そうに金剛と比叡を相手取っていた。
戦艦が2人がかりで激しい砲撃を繰り広げているというのに、涼しい顔をしてヒラリヒラリと躱し、お返しと言わんばかりに強烈な一撃を撃ち続けている。
それでも手を抜いているのは丸わかりであり、こちらも金剛と比叡の心を折りに来ているのがわかった。必死にやらせるだけやらせて、それでも敵わないことを知らしめ、そこから全力で叩き潰すことで、瀕死にしながらも心を折って感情を溢れさせる算段だ。
溢れる感情なんて何だっていい。怒りでも、悲しみでも、無力感でも、自己嫌悪でも。それが何であれ、溢れて
「Yes. あの子達は私達の仲間デス」
「種族の差なんて、関係ないですからね!」
4人の仲間達がここに参戦したことで、金剛と比叡は俄然やる気を出していく。心が折れるなんて到底有り得ない。
特に春雨がここまで出張ってきてくれたのだ。元々の仲間の前で、無様な姿は見せられない。
「そうですか、そうですか。なら、どれほどの実力なのか見せてもらいましょう。手を抜くわけにはいきませんね」
「Hey, 私達はどうでもいいと?」
「いえ、そういうわけではないですよ。ただ、こちらも一応チームなので」
余裕は一切崩さない。当然金剛達相手でも慢心はせず、確実に心を折ろうとしている。故に、相手側に増援が来ようが、態度はそのままにその場で声を張る。
「白露さん! 持っていくのはどっちでもいいです! 全力で相手してあげなさい!
この古鷹の言葉に、待ってましたと言わんばかりに顔を歪め、その場でチームを組んだ島風と叢雲を睨みつけた。
今までは島風が
「だってさ。さっきも言った通り、本気出しちゃうよ。ここから生かして帰さない。そっちの
「誰がやられるか。死ぬのはアンタよ!」
と言った瞬間だった。叢雲も島風も相当素早い方だが、白露はそれに輪をかけて速かった。自らの真後ろに爆発したかのような水飛沫を撒き散らせる程の踏み込みで突撃し、一瞬で間合いを詰めた。
主砲を持っているのに、やたら接近戦を仕掛けてくるのは、その方が相手に恐怖を与えるからである。撃っても当たらず、圧倒的な力を見せつけるために眼前まで近付き、確実に当たるところからの砲撃。力を持たない者ならば、これで心が折れてもおかしくはない。
「近付くな!」
叢雲はそんな白露の特性を理解し、間合いを取るためにも槍を振るう。既にその距離からの砲撃だって相当危険なのだが、ゼロ距離に近付かれるよりはマシ。
しかし、それすらも見透かされて寸前でブレーキを掛けられ、直後に魚雷を放たれた。その爆発力は砲撃の比ではない。まともに喰らえば、どんな相手でも致命傷になりかねない威力を誇る。
「近付かなーい。自分だけで爆発してなよ」
「させるわけないでしょ! 叢雲、助ける!」
その魚雷は、島風の砲撃により事前に破壊。今の隙に白露自身に攻撃をするという選択肢もあったのだが、島風の中にそれを選択する思考は存在しない。仲間である叢雲が無事であることが最優先。
「いい仕事するわね! アンタは信用してあげるわ!」
その破壊による爆発を貫くように槍を突き出し、白露の喉に一撃を決めようとする。だが、その時には白露は大きく飛び退いており、叢雲に向けて主砲を構えていた。
「馴れ合ってるヤツらがそういうことするなんて予想出来るに決まってんでしょ。水飛沫に突っ込むことなんてお見通し。んで、足を取られて簡単には避けられない。怒り任せに動いちゃって、ホントお馬鹿さんだねぇ!」
白露の言う通り、叢雲は殆ど怒りに任せたことで、真正面から突っ込むという選択肢を優先的に取ってしまう。それ故に動きがあまりにもわかりやすく、読まれてしまっていた。
とはいえ、叢雲だって力を増している。その危機を瞬時に判断し、水飛沫を強引に振り払って、白露の思い通りにはならないようにする。元より叢雲もスピードには自信がある方だ。それだけの隙が出来れば、その場から抜けられるだろう。
「おっと逃がさないよ」
「ダメですよ、白露姉さん」
そこに乱入するのが、決意をした春雨。その主砲に狙いを定めて放たれた春雨の砲撃は、見事に命中し、木っ端微塵にした。その衝撃で白露の手もダメージを受けるかと思いきや、寸前で手放したようで、残念ながら無傷である。とはいえ、放つ瞬間に撃ち抜かれたおかげで、叢雲も無傷で済んだ。
春雨もちゃんと仲間のことを優先して行動が出来ている。しかし、その表情は深海棲艦化してからはともかく、艦娘の時代にもしたことがなかったような、冷酷なモノ。
邪魔をしたモノの方に頭を向けた白露だったが、その姿を見て大袈裟に驚きながら満面の笑みを浮かべる。
「あれ、もしかして春雨? わぁ、見違えたねぇ。ちっちゃくなった? あの後逃げきれずにのたれ死んだと思ってたけど、まさか
「私も驚いてます。姉さんは私の目の前で沈んだと思っていたんですが」
「いやぁ、運が良かったのかな。あの後にこの身体になっててねぇ。今は古鷹さんと一緒にいろんなところで遊んでるところ」
引導を渡すという決意はしたものの、面と向かって話してみなければわからないこともある。それを知るために、まずはただ話した。
そんな春雨に叢雲は邪魔をするなと文句を言おうとしたのだが、その背中から殺気のような気配を感じ取り、思わず口を噤んだ。元々春雨に対しては何処かマウントを取られることが多いのだが、今回はわけが違った。
怒りが燃え上がる自分とは違う、恐ろしく静かな怒りが、春雨からは感じ取れた。怒りに呑まれているからこそ、他人の怒りもわかった。
「遊んでる、ですか」
「そうだよ。艦娘を襲うの、楽しいんだよねぇ。あたしさ、この姿になってから、艦娘なんかの時よりもすっごく強くなっちゃって。適当な艦娘くらいなら片手で捻れるくらいになっちゃった。で、本当に捻ってみたら、それはもう気持ちよくて」
意気揚々と侵略と虐殺を武勇伝のように語る白露に、春雨はそろそろ限界だった。
「もういいです。話さないでください」
「んん? 何か気に障ったかな。春雨だってわかるでしょ。この身体、力が漲るじゃん。それに、深海棲艦は人間や艦娘を襲うモノでしょ。何艦娘とつるんでるのさ。そこのヤツは、なんかあたしが殺しちゃったから恨みくらい持ってても仕方ないかなーって思うけど、春雨はあたしの妹なんだし、仲良く出来るんじゃ」
「出来ません。もう、姉さんは姉さんじゃ無くなってます。死んだことで狂ってしまった」
辛いが、涙は流れなかった。怒りがどんどん燃え上がるが、逆に頭の中は冷めきっていた。身体は熱く、頭は冷たい。
あの憧れていた姉達は、やはりあの時あの場所で全員死んだのだ。目の前にいる姉は、姉の見た目と記憶を持った別物。艦娘の時に頑張って追い付こうとした姉ではない、ただの侵略者。人類の敵であり、平和を脅かすモノ。
「じゃあ何? どうすんの?」
「引導を渡します」
ただ冷静に、感情すら無い口調で、白露に意志を叩きつけた。その顔も、殆ど無表情だった。
脚が無いために見上げるようなカタチであり、白露は自然と見下すことになる。それだけでも白露は春雨のことを少しなめていた。
そして、白露は艦娘だった時から春雨のことを知っている。どのように戦ってきたのかも、どれだけの実力だったかも、全て覚えている。
「春雨が、あたしに? あっははは! 冗談キツいよ。いっつも後ろからついてきてたサポート専門のアンタが、あたしに引導を渡す? 寝言過ぎない?」
完全に馬鹿にしていた。これを慢心と言わず、何を慢心と言おうか。
過去を知っているからこそ、その実力を見誤る。春雨だって、黒い繭を経由して生まれ変わった深海棲艦。力は増しているというのに。
「そんなことを言っちゃう悪い子は、先にお仕置きしないとねぇ!」
叢雲も島風ももう視界に入っていなかった。目の前の変わり果てた妹に対しての興味しか無かった。
過去そんなことを言ったことが無いくらいに大人しく、姉の後ろからまず前に出てこない、性格としても控えめな妹。極端な話、MVPなども取ったことがない完全なサポート役。それでも懸命に努力して、4人の姉が戦いやすいように戦場を駆け回り、最高の場を提供し続けた縁の下の力持ち。
今の白露は、春雨と戦っていた記憶はあれど、その辺りの感情が壊れていた。侵略者気質に目覚めてしまったことで、その時の春雨が
艦娘だった頃の白露なら、春雨の真なる実力をしっかりと把握した上で、一緒に戦い続けていただろう。ここでもこんな慢心はしない。心が壊れたことが、力の強さを引き出すと共に、
「お仕置き、ですか。本当に白露姉さんはいなくなってしまったんですね」
先程の叢雲相手にもやった、爆発的な踏み込みからの突撃で、春雨のゼロ距離へと接近した白露。身長差も出来てしまったことで、踏み潰してやると言わんばかりに。
だが、春雨はそれを冷静に見ていた。怒りに呑まれつつある中で、しかし頭は冷めきっていたおかげで、その力は最高潮に達している。
「だから、そんな単調な動きしか出来ない」
逆に春雨からも突っ込む。脚が無い分、その頭は白露の腹の辺りになっているため、その間合いの詰め方はタイミングを狂わせるのに充分だった。
普段の虐殺ならば、突撃するだけで艦娘達は怯み、一歩以上下がろうとするのが常。いくら攻撃力の高い戦艦でも、近接攻撃なんて簡単にはやれない。駆逐艦なら尚更だ。
しかし、春雨は違った。まるで
「うぉっとぉ!? そこで前に出てくるなんて、度胸あんじゃん!」
「おかげさまで。これは夕立姉さんの教えです」
獰猛でやんちゃな四女夕立。何があっても退かず、常に前のめりで戦場に向かう姿に、春雨は憧れた。
「だけどぉ! それだけじゃあたしにゃあ勝てないでしょ!」
「わかってます」
ほぼゼロ距離で主砲を構えられた瞬間、まるで踊るようにクルクルと回りながら白露の真横に避ける。速さは変わらず、まるで惑わすように。
「村雨姉さんは言いました。搦め手も大事だと。白露姉さんと夕立姉さんが真っ直ぐ行きすぎるから、少し小狡い手も使わなくちゃって」
ムードメーカーな三女村雨。正面からだけでなく、その場の状況を見定めた搦め手を使う器用さに、春雨は憧れた。
「たかがその程度でぇ!」
殆ど真横にまで移動されたにもかかわらず、即座に反応して春雨の顔面に主砲を突きつけようとする。しかし、その時には春雨はさらに移動しており、その砲撃がかすめる程度に後ろへ。
その時の最善手は、強引に突撃したと見せかけてゼロ距離砲撃を誘発させ、隙を作ること。相手を押し潰すことに快感を覚えている白露は、その手段を使ってくるとすぐにわかった。
「どんな状況でも、冷静さは失うなと、時雨姉さんは話してくれました。みんなが熱くなりやすいから、自分だけでも冷たくいるんだと」
冷静沈着な次女時雨。常に状況を見続け、その時その時の最善手を掴み取るその頭脳に、春雨は憧れた。
「普通の艦娘なら、それだけで全部どうにか出来たんでしょう。こうなる前の私も、こんなに避けられることは無かったかもしれません。でも、今は違うんです。今の私は、今までの中でもいっちばーんに強い!」
そして、それを束ねる長女白露。常に前向きに一番を目指し続けるひたむきさと、その純粋な心に、春雨は憧れた。
その姉達は、白露は、この世にはもういない。壊れてしまって、元には戻らない。ならば、自分の手でケリをつける。引導を渡して、因縁と決別する。忘れるわけでは無いが、追いすがることもない。
姉がいないことへの寂しさは、もう感じない。発作のトリガーは引かれない。自分からそれを過去にし、記憶の中で眠らせる。
「なめんなぁ!」
だが、白露はそんなに簡単には終わらない。伊達に今まで虐殺を繰り返してきたわけではないし、深海棲艦化により艦娘の時からは格段に力を増している。
お互いに主砲を突き付けあい、そして引き金を引いた。