姉としての白露はもうおらず、ここにいるのはただの侵略者であると理解した春雨は、引導を渡すために相対する。今までの姉の教え、憧れを胸に、暴虐の使徒と化した白露と接戦を繰り広げ、最終的にお互いに主砲を突き付けあい、そして引き金を引いた。
「っく……!?」
「だぁっ!?」
撃った直後に回避行動を取ることは至難の技なのだが、2人とも深海棲艦化によってスピード以外に動体視力も異常に上がっているため、それによりある程度の至近距離でも致命傷を避けることは出来ていた。
白露は一撃で決めるために春雨の頭を狙っていた。対する春雨は、どうしてもそれだけは出来ずに腹を狙っていた。それは、お互いにそうしてくるだろうと予想もついていたため、撃たれてからでも回避の方向を選択出来た。
互いに砲撃を掠めることになり、春雨は耳を、白露は脇腹が抉られることになる。しかし、傷自体はどちらも浅い。春雨は片耳の鼓膜までやられてしまったために小さくふらつく。
「やるじゃんさぁ、春雨ぇ!」
撃たれたというのに、一切怯んでいない。むしろ、妹との戦いを楽しむように、狂気を含んだ笑みを絶やさない。回避はしても後退はしない。
「今の姉さんに褒められても、全く嬉しくないですよ」
春雨も耳を削がれたにもかかわらず、冷静なのは変わらなかった。むしろ、頭に近いところから血を流したことで、怒りによって昇っていた血が抜けてより冷静になれている。
元々が静かな怒りであるため、頭の回転は疎かにはなっていない。それがより冷たくなっていく。むしろ、冴えていくくらいである。
「もっと、もっともっと、愉しませてよねぇ!」
腹からの血を感じていないかのように、さらに突撃してくる。その速さは、先程からさらに上がっていた。
白露はこの場で成長していた。獰猛に、戦う
「お断りします。長々と付き合いたくありません」
もう記憶の中にしかいない姉の言葉を何度も反芻しながら、白露との対峙を的確に進めていった。
単純明快だが、その勢いによって強引に押し倒してくる白露には、村雨から学んだ搦め手が一番効くだろう。艦娘の時から、あまり頭を使う作戦は立てず、頭脳戦は時雨に任せっきりだった白露だ。そういう本質は全く変わっていない。
これまではその勢いだけでも充分に戦えてきたのだろうが、春雨にはそんなものは効かない。
「まるで闘牛ですね。突っ込むことしか脳がないんですか」
「何をぉ?」
「今までは自分より格下しか襲ってこなかったんでしょう。だからそんな拙い戦術でもやってこれたんですね。勝てる相手にしか手を出さずに、粋がっているだけの小物じゃないですか」
強い言葉で白露を挑発。これも村雨から学んだ搦め手の一種である。
相手がヒトの言葉を理解出来る相手ならば、口撃により乱すことも戦術の1つであると。深海棲艦相手にはなかなか効かないのだが、手段として覚えておくといいと冗談交じりに話していたのを思い出す。
それを今こんな時に使うことになるなんて、考えてもみなかった。しかも、相手はその話をしている現場にいた白露である。
「あっはは、春雨ぇ、そういうの似合わないよ。それ、村雨に聞いてた口八丁手八丁で相手の心揺さぶるって戦術でしょ。他の連中ならともかく、あたしは昔のアンタを知ってるんだから、それがそういうものってことはわかってんの」
しかし、効かず。やはり、間接的な攻撃は、事前に知られていると効果が薄すぎる。ただでさえ優しい性格だった春雨がこんな物言いをするのは違和感しかない。いくら深海棲艦化していても、本質は変わっていないのだから。
姉というだけで若干不利なのはもう仕方ないことだ。お互いの手の内を知り尽くしているのが元々の仲間であり姉妹というもの。
「でも、気分がいいモノじゃないよ」
流れるように主砲を放つ。その際に砲撃の威力で脇腹から血を流すがお構いなし。ダメージを受けたからと言って、撤退するという選択肢は出てきていなかった。
それは春雨も同じ。片耳は殆ど聞こえなくなってしまったが、この程度のダメージで姉に引導を渡すことを後回しにするわけにはいかない。
目的が快楽犯的なモノならば、こんな
「無理するんじゃなかったですよ」
これは本音。怒りに身を任せているとしても、
砲撃は回避出来るため、無い脚でステップを踏みながら、徐々に近付いていく。優雅に踊るように、だが確実な殺意を表に出しながら。
深海棲艦化しても、白露の砲撃の
「ほらほら、最初の勢いはどうしたのさ!」
砲撃に加えて魚雷も入り混ぜてきた。ただでさえ体勢が低い春雨には、雷撃そのものが危険極まりない。脚だけで済むものが、一撃で命を奪ってくる必殺の武器になってしまっている。
そもそも当たる気が無いにしても、魚影のように向かってくる恐怖は、他の追随を許さない。
そして、今の春雨にはもっと危ないことがあった。
艦娘達は敵の雷撃を
しかし、今の春雨には脚が無いので、
「……っ」
代わりに、海面に視界が近いためにその場所、その進行方向はよくわかる。白露に対しての砲撃は、一時的に魚雷の対処のために使われるようになった。
目の前で次々と爆発する魚雷で視界を塞がれるが、それ以上に素早く動くことですぐに視界が晴れた場所へと移動し、白露から視線を外さないように努める。
砲撃と同じように、魚雷の放ち方にもクセは存在する。むしろ、砲撃よりもわかりやすい。使用した者への反動が砲撃よりも強く、力む場所などが変わってくるのだ。
白露にだってその辺りは強めのクセがある。そして、それを見続けてきた春雨には、すぐにわかる。
──はずだった。
「えっ」
ここで初めて、白露の戦い方に違和感を覚えた。
しかし、今の白露の雷撃は、それでトドメを刺すために放たれている。精度も白露のそれとは違った。まるで、全ての攻撃を精密に繰り出す次女時雨のような。
「隙ありぃ!」
一瞬考えてしまったのを白露に看破され、その瞬間に砲撃でも雷撃でもなく、
白露の艤装から伸びた鎖が左腕に巻き付き、さらにその先端に備え付けられた錨。今までそんな装備は無かったのに、魚雷の爆発に隠れて生成していたようである。
「当たりませんよそんなもの」
その錨は砲撃で弾き飛ばして冷静に対処するが、内心では疑問が次々と出てくる。白露は鎖に繋いだ錨なんて使わない。使ったことがない。
それを道具として使っていた者といえば、搦め手として艦娘とは思えない手段を使う三女村雨。改装によって手に入れたそれを、時には攻撃に、時には拘束にと、器用に使いこなしていた。
当然それを使っている村雨を見続けていたのだから、春雨はそれの対処方法だって知っている。突然使われるから動揺するのだが、今の動体視力なら、
「っはぁっ!」
しかし、その錨を囮にするように、さらに自ら突っ込んで来ていた。その時には錨も消えており、勢いを殺すことすらない。
「っ……」
「もう片方の耳も潰してあげるよ!」
撃てばいいものを、勢い任せに強烈な蹴りを繰り出してきた。こんな強引な戦い方、獰猛な四女夕立くらいしかやらない。常に前のめりで、恐怖すら感じていなかったようにも見えた彼女は、どれだけ強い敵に対しても鉄砲玉のように突っ込んで、時には格闘戦まで繰り広げた。それを白露が説教する場面もよく覚えている。
そして、春雨はそれを見続けている。対処の方法は勿論理解している。格闘には格闘。春雨は徒手空拳は苦手ではあるものの、やらないよりはマシと、主砲を持つ腕でその脚を強引に食い止める。
「あっははは!」
だが、滅茶苦茶なことに、本来なら放っているであろう魚雷を
「ほらほらぁ!」
そして、その魚雷で殴りつける。わざわざ殴るために信管が抜かれているのか、直撃しても爆発することはない。
「っぎ……っ!?」
その殴りつけは、春雨のもう片方の耳に直撃。だが、肉を斬らせて骨を断つかの如く、返しに白露の肩を撃ち抜く。
ここで倒れないのは白露の戦い方だ。どれだけ傷付こうとも、一番を目指し続けて前向きに突き進むその姿勢。それを体現するために、どれだけ攻撃されても下がらない。
「っだぁっ……!?」
撃ち抜く瞬間に姿勢を崩したか、肩の一部を削ぐ程度に終わった。そして、腹からの血もより強く流れるようになり、白露もふらつく。
だが、狂気の笑みはそのまま。この命をかけた姉妹喧嘩を楽しむように、気分が昂揚し続ける。そのせいで流れる血は勢いを止めないのだが、白露はどこ吹く風である。
白露と戦っているのに、別人と戦っているような感覚に陥ったことで、若干調子を崩しかけたが、まだまだ冷えていく思考回路で分析を続けていた。もう片方の耳をやられたことで、そちらも鼓膜に傷がつき、もう殆ど音が聞こえない。白露が何を言っていても、詳細が聞こえない。
故に、この感覚に没入出来た。五感の1つが封じられたことで、他の感覚が鋭敏になる。春雨の場合、鋭くなったのは五感のどれでもなく、
「……4人分……?」
そして、答えに辿り着いた。白露は、死んだ姉4人分の力を使っている。本来の白露が持つ統率する力により、時雨の持つ精密な攻撃、村雨の持つ搦め手、夕立の持つ格闘戦、その全てを
何故そんなことが出来るのかはわからない。艦娘の時にそんなことしていなかったし、出来なかった。聞こうにも教えてくれないだろうし、教えてくれたとしても聞こえない。
春雨が姉達の教えを見続けてきたことで再現しているように、白露もどういうわけか再現出来ている。結果として、2人は同じ土俵に立っていることになった。
そうなると、最終的には根本的な力の差になる。そこはおそらく互角。同じ時期に深海棲艦と化しているのは間違いない。白露は今の今まで侵略と虐殺というカタチで経験値を積んでいる分、戦いに慣れているという意味では軍配が上がる。
最初は春雨のことをなめていたために後れを取りそうになったが、今は違った。真剣とも言えないが、なめてはいない。春雨のことを
「まだまだ終わらないでしょ! 春雨ぇ!」
白露は止まらない。どれだけ血を流そうとも、その勢いは落ちることはない。敗北していないのだから、引き下がることはない。
「まだ、まだ……!」
春雨も同じだ。この白露を止めなくてはいけない。その使命感と、壊れた姉を眠らせるために、引き下がることはない。
多くの血を流しながら、戦いは続く。