深海棲艦と化した白露との戦いは佳境へと向かっていく。度重なる攻撃により聴覚を失ってしまった春雨だったが、そのおかげか、第六感が研ぎ澄まされることになった。
それにより、白露には
「すごい違和感……白露姉さんだけなのに、4人と戦ってるみたい……っ」
時には精密な攻撃、時には格闘戦、さらに搦め手まで絡めて猛攻を仕掛けてくる白露は、
「何をぶつくさ言ってんのかなぁ!」
春雨にその声が届いていないことには気付かず、挑発じみた言葉を投げかけながら猛攻は続いた。
白露も肩と脇腹を抉られており、攻撃するたびに血が飛び散るくらいになっているのだが、本人は消耗しているようには見えないくらいにイキイキと、実の妹をこの場で殺すために動きを止めない。むしろ、勢いは増す一方である。
対する春雨も、その動きは鋭さを増していく。その全ての攻撃を紙一重で躱していき、時には夕立の如く大胆に、時には村雨の如く惑わしてと、白露ほどではないが、姉達の教えを忠実に再現しながら白露と互角に立ち回る。
勿論、潰された耳からの血は増える一方だ。脳に近い分、出血量も多く、あまり長々と戦っていたら白露よりも先に貧血に陥ってしまうかもしれない。
「最初にアレだけ
ここまで壊れているのなら、もう取り返しがつかない。妹だからといっても温情はかけず、殺害対象として嬉々として戦うその姿は、もう既にただの狂人とすら言えた。
そんなカタチでいっちばーんになっても意味がないだろうと、春雨は内心思う。
「そんな巫山戯た姉さんは、もう見ていたくありませんよ」
ここまで相対してきて、今の白露のクセはおおよそ見当がついていた。やはり、なんだかんだあっても艦娘のときのそれは抜けていない。そこに、白露以外の姉3人分まで加わっているのみ。
ならば、どのタイミングで入れ替わるその時その時で対処が出来る。長所もあれば、短所もあるのだ。ここまで来て、第六感が研ぎ澄まされるからこそ、直感的にそのタイミングがわかるようになった。
あくまでも感覚的なところだ。目に見えて変化があるわけでもなく、戦い方が変わる合図があるわけでもない。微妙にクセが変わる。その瞬間を見切る。
「見ていたくないのならっ、今度は目でも潰してあげるよ!」
聴覚については気付いてなくても、両耳をやられているのは見てわかる。故に、次はコイツで目を抉ってやると言わんばかりに、その手には魚雷が握られていた。
耳を片方潰したモノと同じように信管が抜かれた打撃専門のそれを、相変わらずの突撃からの格闘で、即座にゼロ距離まで詰めてくる。
春雨はそうしようとして瞬間が何となくだがわかった。動体視力などでどうにかしたわけではない。なんとなく、
「させない……」
狙ってくるのが顔面だったこともあり、さらに体勢を低くすることで完全に避ける。だが、ゼロ距離であることは変わらない。そのまま真下に振り下ろされたら、相当なダメージになってしまう。
それを防ぐため、伏せた瞬間に前へ。前のめりな姉の行動を参考にした低い姿勢のタックルで、白露の腹へまともに体当たりを決める。そんなことではダメージにすらならないかもしれないが、姿勢が低いためにバランスを崩すことは可能。
「っこの!」
それを読んでいるわけでは無かったが、白露はその体当たりを強引に受け止める。小さくバランスを崩したものの、春雨の動きを完全に止めることに成功してしまった。
こうなってしまったら、もう狙われるしかない。主砲だろうが錨だろうが魚雷だろうが、やりたい放題である。
「つーかまえたー!」
ここで、春雨は機転を利かせる。今ここで、春雨にしか出来ないことをやってのける。
艦娘のときの春雨の行動は、白露にも筒抜けである可能性はあった。しかし、深海棲艦としての春雨の行動は、初めての時だけは確実に効く。
「もっと……先へ!」
この短時間とはいえ、戦闘中は今の姿──脚が無い状態でしか戦いをしていない。故に、白露も狙いを普通より少し下げて対応してきている。深海棲艦の春雨とはこういうものなのだと見せつけていた。だからこそ、
今いる場所からさらに先へ進むように、脚を生成して前に踏み出した。脚を生やした状態での海上移動はバランスが取れなくなってしまっているが、ただ海面を蹴るだけならば問題ない。
文字通り、
「っがっ!?」
拘束しようとしても、その一歩は大きな衝撃だったために、白露は吹っ飛ばされる羽目になる。押さえ付けられた状態で、さらに押し出されたのだから、内臓が揺さぶられるのは当然のこと。それが艤装的な脚での踏み込みならば尚更だ。普通なら吐くほどの一撃。
そして、これにより白露が一瞬
しかし。
「っあっ」
血を流しすぎた春雨にも限界が訪れる。今の強引な踏み込み、さらには体当たりのような身体を普通以上に使うようなことをしたので、耳からの流れる血がより多くなってしまった。
結果、白露よりも早く貧血を起こしてしまった。冷め切っていた思考回路が、急激にボヤけ、まともに照準が定められなくなった。しかし、撃たないわけにはいかないため、震える腕で無理矢理砲撃。
「ぎぃっ!?」
確実に眠らせるために胸を狙ったはずなのだが、やはり狙いがズレてしまった。それでもすっぽ抜けるようなことはなく、片脚の腿を削ぐカタチに。これにより白露の出血量も増え、同じ状態に陥った。敵意も殺意も溢れんばかりなのに、血の流しすぎで身体がまともに動かない。
しかし、それを追撃することはままならなかった。春雨ももう身体がまともに動いてくれない状態。脚を消してもバランスを取ることが難しいくらいに消耗し、意識を保っているのが精一杯である。
「っの……春雨ぇ!」
脚をやられたことで立ち上がることが難しくなった白露が、狂気も余裕も無くなった形相で春雨を睨み付ける。白露も怒りに呑みこまれ、春雨への殺意のみでここにいた。
お互いに、主砲を構えようにも力が入らず、腕すら上がらない。これ以上の戦いは不可能である。
「春雨、もうやめときなさい。これ以上動いたら本気で危ないわ」
ここでようやく、この戦いを見守っていた叢雲が春雨に駆け寄った。春雨の怒りを理解し、この戦いは春雨にやらせてやらなくてはいけないと判断していたが、これはもう戦いも終わったようなもの。
叢雲だって怒りが限界に達しており、春雨がボロボロにした白露の命をこの手で奪いたいと思っていた。だが、春雨のことを考えると、やるだけやった後で自分が手柄を奪うようなマネは、最も愚かな行為であるとも理解している。それだけ今は怒りを制御出来ていた。春雨の怒りに当てられたからかもしれない。
だが、春雨は叢雲の声が聞こえていない。聴覚を失っているため、駆け寄ってこられても気にせずに白露に対して攻撃の意志を示し続ける。ここで終わらせるのだという気持ちだけで意識を残しており、気が抜けたらすぐに気を失ってしまうくらいの消耗。
「それはこっちのセリフでもあるんですよね」
そして、白露の方には古鷹が。今まで戦い続けていたはずの金剛達は、古鷹の猛攻により一気に消耗させられており、死にはしていないものの追いかけることもままならなくなっていた。
白露よりも格段に上の力を持っている古鷹は、まだまだ余裕を持ったままである。金剛達は全力で立ち向かってギリギリ拮抗を保ったが、古鷹が全力を出していないこともわかっていた。とは言っても手を抜いているわけではなく、金剛達の心を折るために戦っていたのは一目瞭然だった。
この戦いの始まり、古鷹は戦艦2人に
しかし、金剛も比叡も、そんなことで心が折れるような艦娘では無かった。何があっても絶対に諦めない。勝ち目が無くても後ろは向かない。どれだけ消耗していても、身体を動かし続ける。
古鷹はそんな2人を相手取って、俄然興味が湧いたようだったが、これ以上邪魔をされても困るため、欲しいとは思ったものの殺してしまえと考え始めた。しかし、そうする前に白露が春雨と殆ど相討ちのように倒れかけているのを見て、考えを変える。
「白露さんはまだまだ有用なので、今回はこの辺でお
今のは間接的に『次は鎮守府に行くぞ』と言ったようなものだ。せいぜい怯えて過ごせと言わんばかりににっこり笑うと、古鷹は白露を引っ張ってその海域から撤退していった。そのスピードは凄まじく、消耗しきった部隊では追いつけそうになかった。
まだ消耗していなかった山風達は、この今のタイミングでも海風の入った黒い繭を奪われかねないと、そこから動くことは出来ない。薄雲とジェーナスも、その護衛として動かなかった。
結果的に、2人の深海棲艦──溢れたであろう艦娘とは、引き分けというカタチでこの戦いは幕を閉じる。
悪虐非道な存在へと変わってしまった姉に、この場で引導を渡すことが出来なかったことは、春雨に大きな悔恨を残すことになる。そして、そのまま気を失った。
2人の深海棲艦がいなくなったことで、この海域に静かな時間が戻ってくる。だが、心境は散々だった。
「……皆サン、大丈夫……じゃないデスネ。海風が……こんなことになるなんて」
消耗しきった金剛と比叡が、フラフラと黒い繭へと近寄った。その周囲には、他の仲間達も集まっている。
特に山風は、ずっとその繭に触れ続け、泣きそうな顔で見つめていた。最愛の姉がこんな姿になってしまったことが悲しくないわけがない。春雨のように生まれ変われたとしても、それが元の海風のままとは限らないのだ。
「気休めにしかならないかもしれないけれど……海風ちゃんは私達が必ずそのままで
薄雲が震える声で山風に話す。施設ならば適切な処置が出来るため、今戦った白露のようなことにはならないはずだと。しかし、海風は心を壊してしまった。その壊れ方次第では、見る影もないモノになってしまう可能性だってある。だから、断定は出来ない。
しかし、ここでそんなことを言うわけにもいかず、せめてここにいる海風の妹達には、小さいながらも希望を持っていてもらいたい。
「……わかった。海風姉のこと……お願い」
耐えきれずにボロボロと涙を流す山風。一度ここで発散するためにも、声をあげて泣いた。
調査任務はここで終わる。いろいろありすぎて心がグチャグチャになってしまったが、先に進まなくてはいけない。