施設がバタバタしている頃、千歳と千代田により、鎮守府にも今回の調査任務の結果が報告された。
三日月型の髪飾りを発見したことが唯一の進展であり、それを帳消しどころかマイナスにするほどの出来事のオンパレードが語られる。
「……そう……か」
提督はかすれた声でそれだけしか言えなかった。唾を飲み込むことすら出来なかった。
敵の中に白露がいたこと、その白露に春雨が相討ちとはいえ重傷を負わされたこと、次は鎮守府を狙うと間接的に宣言されたこと、そして、海風が白露を見たことにショックを受けて黒い繭と化したこと。
その全てが重くのしかかり、強烈なストレスとなり、一気に喉がカラカラになってしまう。息もしづらく、苦しい。
「そんな……」
隣に控える五月雨も、言葉を失った。白露が敵となってしまったことも、海風の深海棲艦化が確定したことも、自分の姉妹に関わることであるせいで、ショックが大きかった。
「まだ施設にいるんだね?」
『はい、ある程度状況が固まったら帰投します。鎮守府に到着するのは暗くなってからかと』
「了解した。くれぐれも気をつけてくれ」
ここまではギリギリ話すことが出来たが、通信が切れた途端、大きく溜息を吐いた。話を聞くだけでどっと疲れた。
五月雨も力が抜けたかのようにその場に座り込み、泣きはしないものの複雑な表情で俯いていた。
「……ショックは大きいよ。本当に僕達の知る白露が敵となってしまったというのは、正直信じたくない」
「私もですよぅ……春雨がそのまま深海棲艦になれたんですから、白露姉さんも同じようになっててくれれば……」
「処置が出来なかった場合は……そうなっても仕方ないのかもしれない。春雨は運が良かったんだ」
そう割り切るしかなかった。信じたくないことでも、それは調査隊が見た真実。別個体の白露ならば良かったのだが、この鎮守府に所属する者にしか知り得ない情報すら持っていたのだから、本人以外にあり得ない。
心が壊れるというのは、春雨を見て知っていた。トリガーとなる事柄が発生することにより、錯乱する。しかし、白露はトリガーなど関係なく全てが壊れてしまっているらしい。意思も記憶も持っているが、そうであっても上から踏み潰すかの如く暴虐の使徒と化している。
そこまで来たら、それはもう別人のようなものだ。ただ記憶を持つだけの別個体。そう考えなければ、これ以降やっていけないまである。
「海風は……どうなってるんでしょう」
「姉姫が調査をしてくれているとのことだが、少なくとも良い感情が溢れ出したわけではないだろう。また戻ってきたら改めて話してくれるそうだ」
白露のことは大きすぎる問題なのだが、海風の方も大問題だ。昨日まで艦娘として共に戦っていた仲間が、今は仲間とも言えるか分からない状態へと変わってしまったのだから。
「……春雨に続いて、海風もと思うと……なかなかクるな」
1ヶ月も経たない内に、仲間のうち4人が沈み、2人が深海棲艦化。沈んだと思っていた4人のうちの1人が完全に敵に回っているというのもなかなか。
そしてその全てが白露型で起きてしまった。呪われているのではとすら感じてしまう。実際はたまたまなのだが、こうまで立て続けだといろいろ勘繰ってしまうものである。
「山風、山風はどうしてるんでしょうか。あの子、海風のことをよく見ていたから……今回のこと、すごくショックを受けているんじゃ」
「ああ、千歳も言っていた。今度は山風が大分憔悴しているようだ。江風と涼風がついているそうだが、人目を気にせず泣きじゃくったらしい」
代わりにそれである程度はケジメをつけているため、現段階ではメンタルケアをどうにかすることで山風は復帰は可能。しかし、根本的な部分は改善されない。
そこはやはり、海風が目を覚ますことが最も重要になってくる。繭から孵り、深海棲艦として生まれ変わったとき、どのような存在となっているか。
例えば、白露のような侵略者思考に支配されていようものなら、山風は連鎖的に崩れるだろう。そうでなく、壊れていようが艦娘と同じ立ち振る舞いが出来れば、崩れることは無いはずだ。
春雨という前例がある以上、海風にはまだ希望が持てる。しかし、何の感情が溢れたかをまだ知らないため、不安ばかりが募る。『絶望』であると知ったら、どんな反応をするか。
「調査隊の面々は、少しの間……せめて海風が目覚めるまでは、休暇を出しておこう。どういうカタチであれ、ケアは必要だ。カウンセリングなんてタマでは無いのだが、話を聞いてあげることは出来る。姉である五月雨の方が有効かな」
「はい、山風達は私が話をしてみます。金剛さん達は提督の方がいいですよね」
「だろうね。では、その方針で行こう」
提督として淡々と次のことを考えていくのだが、頭の中は思った以上にグチャグチャである。考えを纏められたから良かったものの、提督だってすぐにでも叫び出したいくらいに混乱しているのだ。
だが、鎮守府のトップなのだから、慌てふためくような姿は簡単には見せられない。ただでさえ、春雨が深海棲艦になったと聞いた時に大きく驚いた姿を見せているのだ。誰もそれを失態だの醜態だの言うことは無いのだが、上に立つ者として仲間達の模範となるように行動をしたい。結果が、我慢である。
「五月雨、ショックが大きいなら、今日はもう休んでいいよ。僕はこれから大将に連絡をしなくてはいけない」
「……そうですね。ごめんなさい、早いですけど、今日はここで終わりにさせてください」
ぎこちなく笑い、五月雨は執務室から出て行った。
五月雨は、姉達の駆逐隊が行方不明になったと言われた時も、大分ショックを受けていた。しかし、秘書艦だからというのもあって、すぐに気を取り直して職務に励んでいた。死に別れというのは、戦争をしているのだからある程度覚悟の上だからである。辛いものの、まだ納得は出来る。
だが、今回は訳が違う。海風の深海棲艦化は、春雨という前例があるからまだ耐えられた。それも勿論衝撃的なのだが、深海棲艦化して
「……私、目の前にして撃てるかな……」
その白露は、次に鎮守府を襲撃してくる。故郷と言っても過言では無いこの場所を滅ぼすことに、何の躊躇も無いだろう。むしろ、艦娘の時の記憶があるからこそ、嬉々としてそれを潰しに来る。そんな姿を見ることが一番の重荷だった。
勿論、五月雨だって姉達との交流はしていた。秘書艦業務もあったため、駆逐隊などに参加することは稀ではあったものの、やはり姉妹ということで戦いから離れたところではよく一緒にいたものである。そんな相手に、主砲を突きつけることが出来るか。
五月雨も優しい性格だ。戦いは戦いと割り切って、命を奪いに来る侵略者の命を奪うことは出来る。そうしなければ、こちらがやられてしまうのだから。しかし、次の相手は共に歩いていた姉だ。割り切る場所が違う。
「……ううん、悩んでても仕方ない。やらないと、みんな死んじゃうかもしれない。それは、ダメ」
それでも、五月雨は強い。ショックは受けたが、割り切ろうと決意する。いくら姉でも、その力で命を狙ってくるのなら話は別だ。戦わなければ止められない。何もせずに蹂躙されるなど以ての外だ。
今や、鎮守府に残された白露型は4人。春雨は生きているが、施設から出てくることなんて無い。そうなると、五月雨が長姉となる。妹達のケアは姉の務めだと意気込んで、今日のところは休息とした。
少し経ち、大将の鎮守府。提督に話を聞き、こちらはこちらでショックを受けていた。今までの戦いの中、敗北が無かったとは言えない。強大な力を持つ深海棲艦相手に、犠牲が出なかったことなど無かった。
しかし、今まで仲間だと思っていた艦娘達が、1つ間違えば敵に回るという事例が作られてしまったことが大きい。
「そんなことが……」
それは艦娘自身も知らないこと。大将の秘書艦吹雪も、自分に降りかかる可能性があるため、少なからず衝撃的だった。
「……これについては、全鎮守府に公開しましょう。知らなくてはいけないことよね」
この事実は早急に全鎮守府が知るべきことだと感じた。ブラック鎮守府の件でもそうだったが、艦娘を蔑ろにした場合はこちらに牙を剥いてくるという実例が上がったのだから、これは
ただでさえ、あの提督は艦娘達のことを愛し、その命を捨てさせることを許さず、伸び伸びと生活させているというのにコレだ。蔑ろにしている鎮守府には因果応報と言えるだろうが、考える限り最高の環境を与えている鎮守府に対してコレはあまりにも報われない。
「艦娘が知ることは無い方がいいでしょうね。私もその、自分にもあり得ると思うと気持ちが重くなりますし」
「そうね……吹雪には悪いことをしたわ。あと、現場に行ってもらった島風と宗谷も、辛い現実を見せられてしまったと思うの。何かあったら言ってちょうだい」
吹雪、島風、宗谷には、今回の件を艦娘達には秘密にするように通告されるだろう。それは、大将の鎮守府内でも変わらない。人間は知るべきことであり、艦娘は知るべきことでは無い。
大将だって艦娘を信用している。しかし、この事実を知った艦娘が落ち込むだけならまだしも、
人間と艦娘はあくまでも共存、協力関係の対等の立場なのだが、自分が死んだらこうなるんだぞと脅しをかけて、人間側を支配しようとする艦娘が出ないとは断定出来ない。
幸い、ここの吹雪は大将との関係が良好。お互いに信頼関係が築けているため、そんな考えが浮かぶことは無かったが、艦娘だって千差万別。何が起きるかわからない。
「私は、私は絶対そんなことにはならないようにしますから。そもそも死ななければいい話です」
「あちらの海風は死ぬことなく繭に包まれたそうよ」
「うっ……な、なら、心を強く持ちますからね。司令官の側に居続けたんですから、私だって成長してますとも!」
胸を張って宣言する吹雪を、大将は慈悲深い笑みを浮かべて頭を撫でた。この吹雪なら大丈夫だと信じられるくらいだった。
「あとは、彼の鎮守府ね……。なんでも敵の古鷹は、次は鎮守府を襲撃すると宣言したそうよ」
「っ……なら、相当危険なんじゃ」
「ええ。だから、島風と宗谷はそのまま鎮守府に派遣しようと思うの。宗谷はともかく、島風は
一度戦っているという事実は大きい。それに、一度大きな挫折を味わっているからか、やたらと心が強く成長しているのも島風だ。傲慢だった当初から比べると、全艦娘の鑑と言えるくらいにまで逞しくなった島風に対して、大将からの信頼も厚い。
宗谷も非戦闘員ではあるものの、その調査の力はまた今後も活かされるのではないかと考えられる。古鷹や白露が何処を根城にしているかなどを調査する時がくるかもしれない。その時には確実に活躍する。
「わかりました。なら、またあちらの鎮守府には話をしなくちゃですね」
「ええ。なんでも、今は取り急ぎ連絡してくれたみたいだけど、繭となった海風の調査は今まだ続いているそうだから、そのことが報告されると思うわ。先に姉姫に連絡をしてもいいと思うけれど、あちらもバタバタしているでしょうし」
施設側もこの事件が起きたことで、平和な日々が崩されようとしているのだから、慎重に事に当たらなくてはいけないだろう。温厚すぎるくらいの中間棲姫だって、今はピリピリしているかもしれないのだから。
「今回は、事が大分大きくなってきているわ。今までに無いくらいにね」
「はい。私達も、明日は我が身と肝に銘じておきます」
「そうね……お願いね」
ただの戦いでは無くなってきた今回の事件。真相はまだ闇の中かもしれないが、立ち止まる事なく進んで行かなくてはならない。
艦娘が自分の立場を利用して人間を支配しようとする……なんて事が起きてはいけないんですが、自分にそういう爆弾があるんだとわかってしまったら、ズル賢くそれを交渉に使いそうな艦娘もいるかもですね。誰かは見当つきませんが。みんな良い子だし。