空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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悔恨

 その日の深夜。姉との戦いによる消耗で気を失った春雨が目を覚ました。まだ身体は軋み、特にやられた両耳は身体を動かそうとするだけでも嫌な痛みが走る。

 それだけなら良かったのだが、()()()()()()()()()()()()()()。戦闘中でも途中で鼓膜がやられていたのは自分でもわかったが、それの後遺症のようなモノが今でも残っているようで、周囲に誰かがいるのはわかるのだが、全く音がないために恐怖感が増した。

 

「私は……」

 

 夜であるため、当然暗い。夜目が多少利くにしても、首を動かそうとしたら身体が軋んでうまく動かなかった。あの戦いの後に気を失ったのだとすぐに理解出来るのだが、それ以上に何も聞こえない中での昏闇というのが恐怖を掻き立てる。

 さらには、いつも添い寝してくれているはずの薄雲やジェーナスがいないことも不安に繋がる。温もりが無いため、寂しさのトリガーが引かれようとしていた。

 

「目を覚ましたのね、春雨」

 

 そんな春雨に声をかけたのは、春雨と同様に療養中の戦艦棲姫。こちらは大分回復したようで、槍持ちの時と同じようにベッドの外で艤装をベッド代わりにして眠っていたようだ。

 春雨が目を覚ましたことに気付き、すぐさまフォローするためにその手を握る。温もりを与えることで、発作のトリガーをうまく妨げた。

 

 今この施設には春雨と戦艦棲姫、2人の怪我人がいるわけだが、その2人は同じ部屋に入れられており、看病などは同時に出来るようにされている。とはいえ、戦艦棲姫は本調子ではないというだけで怪我らしい怪我はもう見えず、もう少し療養するだけで完治と言えるくらいになるだろう。

 

「多分聞こえないわよね。とりあえず、電気つけるわよ」

 

 戦艦棲姫が話しても、春雨は無反応。声が聞こえないのだから仕方ない。手を握ったことで何とか

 

「戦艦様……」

「大丈夫? まだ耳が痛いでしょうけど、身体くらいは起こせる?」

 

 そんな問いかけも全く聞こえていない。春雨からしたら、戦艦棲姫が口をパクパクしているだけで何を言っているかがわからない状態。だが、表情などから自分の心配をしてくれているのはわかった。

 

「耳が痛いですけど、身体の方は比較的大丈夫です。すごく疲れてるだけで」

 

 当たり障りのない、おそらくこういう回答を望んでいるのだろうという言葉を紡ぐ。

 その言葉を聞いて、戦艦棲姫は少しだけ安心したような表情を浮かべる。聞きたいことを答えられたようで、春雨も安堵。

 

「そうだ、私はこれを渡されてるんだった。筆談なら出来るわよね。書くのはこちらだけだけど」

 

 そう言いながら取り出したのは、小さなホワイトボードとそれ用の水性ペンとイレーサー。

 リシュリューやコマンダン・テストがダイニングに置くために陸で手に入れたもので、基本的にはダイニングで使われているのだが、今は春雨のために必要だろうということで、戦艦棲姫に預けられている。

 療養中は戦艦棲姫が常に側にいることになり、日が昇ったらまた他の仲間達が見舞いに来ることになる。その時に話せないのは辛いため、耳が聞こえない間だけこれを使うことに。

 

「一応夜食とかは置いてあるわ。帰ってきたから何も食べていないのだから、お腹も空いているでしょう。食べられそうなら食べるといいわ」

 

 話しながら、同じような文章をホワイトボードに書いて、春雨に意思を伝える。陸で人間の社会を楽しんでいるおかげで、戦艦棲姫も人間の文字くらいは書けるようになっていた。

 話されている声はわかっていなそうだが、それを見た春雨は、ああと納得したように頷いた。

 

「お腹、確かに空いてます。傷を早く治すためにも、ちゃんと食べなくちゃですよね」

「なら、こんな遅い時間だけれど、食べた方がいいわね」

 

 出されたのは、春雨が戦艦棲姫が旅立つときに渡したようなおにぎり。漬物まで添えられていたため、一気に空腹感が増した。

 

「おにぎりは薄雲達が作っていたわ。漬物は勿論、姉姫の手製よ」

「わぁ、美味しそうですね」

 

 疲れが溜まって軋む身体に軽く鞭を打って、ベッドから起き上がり、戦艦棲姫に差し出されたおにぎりに頬張る。程良い塩味で腹が満たされていき、疲れが吹き飛ぶかのような感覚を得る。

 

 しかし、少し気分が良くなったところで、気を失う前の戦闘を思い出してしまった。当然忘れているままではいられない。

 おにぎりを飲み込んだ後、すんと表情が暗くなったかと思えば、泣きそうな顔で俯いた。

 

「……戦艦様を襲った未知の深海棲艦……片方が私の姉さんでした」

 

 ポツリと呟く。

 

 一応、戦艦棲姫は古鷹と白露については聞いていた。自分を襲って、おおよそ返り討ちにした相手のことは知っておきたいと、帰投直前の調査隊達に聞いていたからである。

 春雨の、調査隊の駆逐艦達の、そして今繭として別室に安置されている海風の姉、白露。死んだ仲間だと思っていたら敵対していたとなれば、こうなっても仕方ない。戦艦棲姫はその辺りの理解もある。

 

「本当の姉さんは……ちょっとやんちゃが過ぎる時もあったりしたんですけど、強くて、勇敢で、とても前向きで、私達のことを引っ張っていってくれる、リーダー気質なヒトでした。ただ気持ち良くなるために艦娘を襲って沈めて回るなんて、絶対に考えないようなヒトです」

 

 この世界に生まれ落ちてから壮絶な人生を送っていたせいで性格が捻くれてしまったとかあったなら話は別だが、最初から深海棲艦みたいなことをやらかす艦娘というのはいない……とはいえないが非常に少ない。春雨はそう思っている。少なくとも姉達は絶対に違うと確信していた。

 春雨の姉達は、あの提督の下にいたこともあって、稀に子供っぽく暴走することがあるにしても、悪いところなど何処にもない人間との共存を愉しむ艦娘の中の艦娘である。裏表のない性格で、嘘すらつくようなことがないような4人だった故に、あんな姿を見せてきたことが大きなショックとなる。あの変わりようは酷すぎた。

 

 深海棲艦化がそれを誘発したと言われればそうかもしれないとは思う。心が壊れて適切な処置を受けることが出来なかったら、狂いに狂って性格が反転する可能性はある。自分の意思を失って、ただ感知の範囲に入った艦娘を襲うだけという叢雲(槍持ち)という前例があるため、変わってしまうのは仕方ない。だとしても、意思を持ってアレなのは違う。

 

「何が……あったんでしょう。少なくとも、私が知っている限り、姉さんの溢れてしまった感情に、あんなことになる要素は1つも無い……はずです」

 

 白露の死に際は、春雨も嫌なくらいに覚えている。あの古鷹に一方的にやられ、どうにか逃がそうとしてくれたその姿を。

 少なくとも、心が壊れるような感情は見られなかった。いや、死ぬ寸前に恐怖するということはあったかもしれないが、だとしてもあんな変貌を遂げるような感情ではない。春雨はそう信じている。

 

「それに……あの姉さんは何かおかしかった。まるで、4()()()()()()()と同時に戦っているような感覚がしたんです。演習で何度も相手をしてもらいましたから、これだけは確信を持って言えます」

 

 それが一番よくわからない。見た目は完全に白露だった。春雨のよく知る白露の姿を、自分と同じように深海棲艦化させたような、誰がどう見ても白露型。要所要所が別物に置き換わっていたものの、白露であると一目でわかるレベル。だから海風が壊れた。

 あれで外見がまるで違うというのなら、それはそれで納得が出来た。何も変わっていないのがさらに問題。

 

 そんな白露が、時雨、村雨、夕立と同じような力をその場で発揮してきたのだから、わけがわからない。まるで()()()()()()()()ような雰囲気すらあった。

 姉からの教えを再現している春雨とは違う、真に自分のモノとして使ってきていた。考えて起こすのではなく、考えずに起きる。クセまで完全再現されていた。

 

 戦艦棲姫は、そんなこと言われてもわからない。あの敵がどうであれ、自分を襲ってきたのなら返り討ちにするだけ。

 しかし苦戦はした。たかが駆逐艦とは思っていなかったが、隣にいた古鷹もあわせると、自分をここまで追い込む相手になってしまっていた。古鷹と1対1(タイマン)なら、おそらく戦艦棲姫が勝っていたかもしれないが、白露が加わったことでコレ。

 いや、むしろ古鷹相手でも勝ち切れていたかはわからない。戦艦棲姫が追い込まれつつある中でも、あの余裕そうな態度は最後まで崩していなかったようだ。

 

「確かに違和感はあったわね……妙にクセが変わるような、戦いづらい感じはしたわ。駆逐艦の方もだけど、重巡洋艦の方からも。返り討ちには出来たけど、あの重巡洋艦がさらりと諦めたから撤退させることが出来ただけなのよね……」

 

 戦艦棲姫も、春雨の言葉で思うところがあったようである。戦っている最中に別人に変わるような錯覚はあったようだ。

 

「……姉さんが何故ああなってしまったのか、私は知りたいです。鎮守府のためとか、人間や艦娘のためというよりは……私が私のために知りたいんです。私を逃がそうとして命を散らした姉さん達が、何であんな酷い性格になってしまったのか……謎を解きたいです」

 

 そう言いながら、布団の端をギュッと握る。あまり力を入れると、耳の痛みが増えるのだが、春雨にはそんなことが気にならないくらいになってしまっている。

 どうして白露は艦娘を襲って悦ぶようになってしまったのか。それを()()()()()()()()のは何故なのか。その全てを知りたい。あの憧れの姉が壊れた理由を。

 

「……どうであれ、あの場で姉さんを倒せなかったのは……すごく悔しいです。あんなカタチに変わり果ててしまった姉さんが、まだまだ世界で暴虐の限りを尽くすのだと思うと……妹としてとても辛い。なら、私が引導を渡さなくちゃいけないって、思いました。勿論、鎮守府にいる妹達も一緒に……()()()をつけたいと、思ったんです」

 

 姉の不始末は妹がつける。春雨はそう考えて、あの戦場では怒りに呑まれた。そして、寂しさのトリガーから姉を切り離すことが出来た。

 しかし、その姉はまだ生きている。決着はつけられていない。それが悔恨として春雨の中に残っている。寂しさの代わりに悔しさが心を支配しかけている。

 

「考えすぎよ」

 

 そんな春雨を見て、戦艦棲姫はそっと抱きしめた。聞こえないことはわかっていても、耳元で囁くように思いを伝える。

 

「気持ちはわかるけど、別の感情を溢れさせるのはよした方がいいわ。貴女は優しい子なんだもの。そうじゃなきゃ、寂しさが溢れるようなことなんてないの。悔しいのはわかるけど……貴女がケジメをつけないといけないわけじゃないのよ」

 

 聞こえずとも、戦艦棲姫の思いは伝わるようだった。温もりで心が落ち着いていく。

 むしろ、聞こえないからこそ、その心の声を感じ取ることが出来るようだった。五感の1つが失われたことで、第六感が研ぎ澄まされ、そんなところまでわかるようになっている。

 

「……戦艦様……」

 

 グスグスと鼻をすする音。耐えられそうになく、そのまま泣きじゃくる。戦艦棲姫は、それをただ受け止めるだけだった。

 

 

 

 

 まだ春雨の心は晴れない。

 




耳が聞こえない分、何かいろいろとわかるようになってきた春雨。
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