空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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目覚めつつある力

 改めて、朝。春雨は戦艦棲姫のおかげでもう一眠りすることが出来たようで、スッキリ目を覚ますことが出来た。この少しの時間でも、深夜に起きた時より耳の痛みが薄れている辺り、改めて自分の身体が深海棲艦だと実感することになる。

 深海棲艦は艦娘と違って、自然治癒能力が段違いに高い。それは春雨とて同様であり、入渠が出来ないデメリットを全て打ち消す程である。痛みが長く残るのも嫌なところではあるが、それもそこまで気にならない。

 

「おはよう、春雨。まだ耳はダメそうね」

 

 隣で眠っていた戦艦棲姫が声をかけるものの、やはりそれには反応は無い。痛みは薄れても、聴覚の修復はまだ完了していなかった。

 飛行場姫の予想では、今日いっぱいは耳が聞こえず、本調子に戻るまで2~3日というところ。今日から3日は、作業などもせずに療養に努めることになる。

 

 聞こえないため、戦艦棲姫はわかるように動いてまず手を取ってから、ホワイトボードでの会話を試みる。昨晩それが出来ているので、そうしてしまえばちゃんと意思疎通は出来る。

 起きた瞬間に独りと感じれば、嫌でも寂しさのトリガーが引かれてしまうため、スピード勝負。今回戦艦棲姫の方が一歩早かったおかげで、春雨は錯乱する前に落ち着くことが出来た。

 

「おはようございます、戦艦様。夜はすみませんでした」

「どうってこと無いわ。貴女は溜め込みすぎるタイプなんじゃないの?」

 

 大丈夫だと表すために、首を横に振る。少し大袈裟に表現するくらいが春雨に伝わりやすいと考え、意思を書きながらもまずはジェスチャーでどうにかする。

 

 と、春雨が何かに気付いたように扉の方を向いた。すると、戦艦棲姫でもわかるくらいに足音が聞こえ、部屋の前で止まる。音から感じ取れるのは、春雨が心配で少し急ぎ足で部屋の前には来たものの、まだ寝ているかもしれないと躊躇しているような雰囲気。

 

「みんなが来てくれたんですか?」

 

 戦艦棲姫にはまだ誰が来たかはわかっていない。しかし、春雨は部屋の前にいる人物が何者かを言う。

 そもそもここに誰かが来たかどうかは、音以外に判断材料がない。しかも、人数に至ってはさらに微妙だ。この部屋に来るものなんて、この施設にいる者なら誰だって考えられる。

 

「入っていいわよ」

 

 戦艦棲姫が部屋の外に声をかけると、ほぼノータイムで扉が開き、春雨が予想していた通りの者達、いつも一緒に寝ている薄雲とジェーナスが心配そうに部屋に入ってきた。騒がしくしないようにか、その後ろには少し呆れ気味な表情の叢雲まで。

 

「ハルサメ、大丈夫? って、今日だけは私達の声聞こえないのよね。どうすればいいんだっけ」

「戦艦さんがホワイトボードを持ってるって姉姫さんが言ってたけど……」

「アンタ達ねぇ……一応病人がここにいるんだから、あんまりわちゃわちゃするんじゃないわよ」

 

 三者三様の言葉を紡ぎ出すが、春雨にはそのどれもが届いていない。しかし、雰囲気だけは伝わってきた。

 

 3人が3人とも、叢雲ですら、春雨のことを心配していた。壮絶な姉との戦いで消耗して倒れたこともあり、精神的なダメージも受けているのではないかと考え、朝に真っ先にここまで来たわけだ。

 実際、姉を倒せなかったことを悔やんで戦艦棲姫にそれを溢し、思い切り泣きじゃくっている。それが無かったら、今頃この3人に泣きついていたかもしれない。

 

「ありがとう、みんな。まだ耳が痛いけど、大分良くなってると思う。今はみんなの声が聞こえないのが辛いけど……うん、大丈夫な方だよ」

 

 当たり障りのない返答。聞こえていないのだから、その状況から予測して、最善の言葉を紡ぎ出す。今回はおおよそ会話のようなカタチになったので、スムーズに事が進む。

 とはいえ、細かいことは判断が出来ない。そういうのはホワイトボードを使って伝えてもらう必要がある。早速それを使って薄雲が春雨に聞いたのは、朝食はここに持ってきた方がいいかだった。春雨はにっこり笑ってよろしくお願いしますと頭を下げた。

 

「今日1日は、基本的にこの部屋で過ごすことになると思う。耳のこともあるけど、身体もまだ本調子じゃないから、戦艦様みたいに療養中ってことになると思うんだ」

「そっか、仕方ないよね。昨日の春雨ちゃん凄かったし」

「疲れも取れてないわよね。うん、ハルサメ、今日はゆっくりするべき!」

「何も聞こえない状態で彷徨かれる方が鬱陶しいわ。大人しくしておくのが吉ね」

 

 春雨には休息が必要であると、すぐにそれを良しとした。叢雲が悪態をつくように言ったそれは大正論で、普通にしていても耳が痛く、何も聞こえないというのなら、今は何かをやらせるのは危険極まりない。

 

「あ、でも……海風の様子は見に行きたい、かな。繭、施設に運び込まれてるんだよね」

 

 勿論と頷くジェーナス。今は別室に安置されている海風の繭は、基本的に誰かが監視をするというカタチで安全性を保たれている。今は朝イチであるために部屋には誰もいないが、姉妹姫の監視下に置かれているようなモノなので安心。

 誰だってその様子を見に行くことは出来るのだから、動けるのなら春雨が見に行っても何の問題もない。一緒に寝たいと言い出してしまった場合は、中間棲姫が許可を出すかはわからないが。

 

 見に行くのなら誰かを付き添いでつけることが条件となるだろう。そもそも単独行動が出来ないのだから当然である。

 

「それじゃあ、私達は朝ご飯の準備してくるね。早く治るように、栄養いっぱいのご飯を作らなくちゃ」

「Testeも療養中だものね。今は私達が動かなくちゃよね!」

 

 コマンダン・テストも現在は発作の後の療養中。立て続けに起こしているので大分憔悴しているらしく、今もリシュリューが側にいることで精神的に落ち着けているところである。

 それもあるため、食事の用意は飛行場姫を中心に、料理の出来る駆逐艦達が手伝うことでそれを進めることになっている。こういう時は、松竹姉妹まで総出で準備するとのこと。

 

 と、そんなことを話している最中に、またもや春雨がピクリと反応する。

 

「コマさんかな。誰か来るからちょっと扉の前を空けてあげて」

 

 今回は足音すら聞こえなかった。ここにいる駆逐艦達が心配でバタバタと歩いてきたのに対し、こちらは足取りが重そうにゆっくりと向かってきていた。

 五体満足でも誰か来たかもという程度なのに、聴覚を失っている春雨が真っ先に勘付いた。その前に気付いていたのは、感知の力を持つ叢雲のみ。

 

「いや、確かにこっちに来てるけど、この部屋に来るとは限らな」

Excuse-moi(すみません). もう起きていらっしゃいますか」

 

 叢雲が否定する直前にその反応は部屋の前で止まり、その扉をノックした。声は勿論、コマンダン・テストである。

 死の危機に瀕した春雨を見たことで発作を起こしたため、その危機を脱したことを真っ先に確認しに来たわけだ。死から遠退いたことがわかれば、コマンダン・テストは落ち着きを取り戻せる。

 

「入ってきていいわ。春雨も目を覚ましてるから」

 

 戦艦棲姫の声を聞き、おずおずと扉を開く。少し顔色の悪いコマンダン・テストがそこにいた。勿論その後ろには、コマンダン・テストの看護役としてリシュリューもいる。

 流石にこれだけの人数が部屋の中に入ることは出来ないため、コマンダン・テストとリシュリューが入るために、叢雲と戦艦棲姫が入れ替わって部屋の外へ。

 

「Teste、ハルサメは今、耳が聞こえてないの」

「話は聞いております。私の声は届いていないのでしょうけど、元気そうで何より、ですね」

 

 普通に話している春雨の姿を見て、心底安心した様子のコマンダン・テスト。死の危機から遠退いたことがわかったおかげで、コマンダン・テストも発作から遠退いた。

 そんな様子を見て、春雨も安心していた。自分が危険だったことはわかっており、それがコマンダン・テストに悪影響を与えていたのは何となくわかる。それが払拭されたのは、素直に嬉しいところ。

 

「コマさん、心配かけてごめんなさい。治り切るにはまだ時間が必要ですけど、春雨はちゃんと生きていますから、安心してくださいね」

「Oui. 良かったです。あとは、ゆっくり身体を休めてください。私も全力でSupportいたします」

 

 話した瞬間、聞こえていないことに気付き、苦笑しながらホワイトボードにさらさらと書き連ねる。しかし、それが他言語だった上に物凄い達筆だったことで逆にわからない。春雨でなくてもリシュリュー以外は読めないという珍事が発生し、部屋の中は穏やかな空気に包まれることとなった。

 

 

 

 

 そんな光景を見ながらも、部屋の外に出た叢雲が眉間にシワを寄せて何か考えていた。それは勿論、先程の春雨のこと。

 

「叢雲、貴女の考えてること、私もわかるわよ。貴女達が部屋に来たこと、私よりも早く勘付いてた」

 

 誰かが来ているということは、叢雲なら手に取るようにわかる。切りたくても切れない感知の力のせいで、今でも施設内の仲間達の場所が常に頭の中に入ってくるのだから。

 しかし、場所がわかるだけであり、()()()()まではわからない。扉の前に来たところで、中に入ってくるか素通りするかは判断出来ない。春雨はそれを言い当てた。

 

「春雨、本当に耳が聞こえていないのよね」

「ええ。私が隣にいて話しかけても、反応はしなかったわ。それなりに近くで話したつもりだけど、今の私の声は届いてないわね。物理的な面で」

 

 それに関しては実証済み。音に反応したのではなく、直感的に何かが来たというのがわかっていた。そしてそれが駆逐艦3人であることも。

 足音だけでは誰が来たかなんて簡単にはわからない。戦艦棲姫は3人分くらいかということでジェーナス達かなと思えるくらいだが、春雨は確信を持ってこの3人だと言った。

 コマンダン・テストが訪れた時は完全に名指し。多少曖昧で、多分コマンダン・テストだろうくらいのニュアンスではあったものの、それは正解だった。

 

「あれ、なんなの」

「わからない。でも、同胞(はらから)って艦娘達とは違った力を持っていたりするから、春雨もそういう力を持っている……いや、()()()()のかもしれないわね」

 

 中間棲姫の繭から感情を読み取る力しかり、戦艦棲姫の海から記憶を読み取る力しかり、艦娘には無い能力を持っているのが深海棲艦である。叢雲の感知の力もそれに含まれていてもいいのだが、今の春雨のコレはそれに準ずるモノにも思えた。

 

「よく言うじゃない。感覚の1つが潰れると、別の感覚が鋭くなるって」

「そうかもしれないけど、春雨の場合はベクトル違わない?」

「そこが同胞(はらから)なのよ。人間や艦娘と同じ考え方をしちゃダメね」

 

 そう言われると言い返せない。自分もそのうちの1人なのだから。あと艦娘と同じという言葉で、叢雲は少しムッとする。そういう意味じゃないとわかっていても、怒りの対象と同類と扱われるのは気に入らないらしい。

 

「とにかく、この件に関しては少し様子見しましょ。耳が聞こえない今だけかもしれないし」

「……そうね。それに、別に気にするほどのことでもないわ。それが私に悪影響を与えるわけでもないんだから」

 

 あまり考えていても仕方ないし、春雨がそれで苦しんでいるわけでもない。仲間に迷惑もかけていないのだから、気にはなっても気にしなくていいようなことだ。

 

「ひとまずは元気になってもらわなくちゃね。叢雲、貴女もあの子のサポートしてちょうだい」

「わかってるわよ。どうせ薄雲に引っ張られるから」

 

 春雨の力に関しては、一旦そこで話を終わらせる。これ以上話していても何も変わらないのだから、今は現実に目を向けた方がいい。

 

 

 

 

 春雨に生まれた直感の力は、今後強力な武器となっていく。勘がいいだけでは済まなくなっていくことは、すでに確約済み。

 




春雨の直感は、今でこそ高確率で当たる勘みたいなモノですが、そのうち凄いことになりそう。
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