空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

11 / 506
焦燥、憔悴

 行方不明となった哨戒部隊の捜索任務も、第四次──4日目となっていた。

 

 ただ哨戒に向かい、以前に殲滅した侵略者の残党がいないか確認していただけのはずだった。なのに、哨戒任務に向かった駆逐隊が、誰一人として戻ってきていない。提督が言うには、現場確認の報告中に突然ノイズが入り、そのまま通信途絶。その後、待てども待てども戻ってこないという事態に発展した。

 激しい戦闘の中、通信途絶というのは無いことは無い。敵の攻撃の当たりどころが悪かったり、激戦であれば通信が混線して鎮守府とうまく連絡が取れなくなったりと、鎮守府側が不安になるようなことはそれなりにある。

 しかし、哨戒任務でここまでの大事は、未だかつて無かった。そこでの戦闘は終わったはずなのに、それ以上の残党がいたとしか思えないような状況。撤退すら許されていないのだから、そう考えるしかない。

 

「こんなに静かな海なのに……なんで見つからないの……」

 

 捜索部隊として毎日のように出撃している海風が泣きそうな声で呟いた。

 行方不明となったのは、海風にとっては大切な姉達。さらに言えば、鎮守府でも特に精鋭と言われている駆逐艦だった。慢心しているわけではないのだが、残党くらいに後れを取るだなんて考えられないくらいの力を持っている。それなのに、もう4日も姿を見せていない。

 

 最初は何かしらの問題が起きてしまい、無人島か何処かで救護を待っているのではと考えたものの、この海域には手近な島は存在せず、休息出来そうな場所すらない。

 そうなると、既に本当に強力な深海棲艦と遭遇してしまい、通信することも出来ずに沈んでしまっているかもと考えてしまうものの、遺留品すら見つからない。それが一番の不安だった。

 

「海風の姉貴……ちったぁ休めって。目の下、クマやばいよ」

 

 その海風を心配しているのが、その妹の江風。本来は勝気で男勝りなのだが、姉の憔悴する姿を見てそれは鳴りを潜めている。

 駆逐隊では一番の姉である海風が引っ張っているが、江風は精神的なリーダー気質。その明るさで周りを引っ張っていた。しかし、この現状ではどうしてもそういうことをすると空回りになってしまう。

 

「心配なのはわかっけどさぁ、身体壊してちゃあ意味ないよ」

 

 同じく、海風の妹である涼風も海風を気にかけていた。江風と同様に涼風も比較的喧しいタイプではあるのだが、姉が行方不明となってからは静かに。

 リーダーの座は海風に譲っているものの、駆逐隊の4人の中では最も古参だったりする涼風は、経験値が他の3人とは段違い。それでも今回の事態は初めてのことなので、大雑把ながらも慎重に事を進めようとしている。

 

「……海風姉の気持ち……わかるから……私も辛い……」

 

 そして、もう1人の妹、山風は海風の雰囲気にあてられ、涙目になっていた。元々後ろ向きなタイプだったのが、より一層後ろ向きになってしまっている。

 姉達が哨戒任務から戻ってこないと聞き、最初は引きこもりになっていた山風だったが、海風の懸命な捜索を手伝おうと第三次捜索部隊から自分の意思で参加した。

 

 この4人は春雨の妹達。春雨が深海棲艦化したことは勿論知らない。

 

「なんでもいいから痕跡が欲しい……千歳さん、千代田さん、お願いします」

「いいけど……江風や涼風の言う通り、集中出来ないのならちゃんと身体を休めた方がいいわよ?」

「ホント、後ろから見ていてもちょっと危なっかしいわ」

「大丈夫ですから……」

 

 海風の指示を受け、その焦燥感を心配しつつも言われた通りに動き出すのは、駆逐隊のみでは調査力不足であるということで編成された軽空母、千歳と千代田の姉妹。

 空母による航空戦力で視野を拡げ、今までの3日間で見つけられなかったものを見つけたいと、海風が提督に直談判をしていた。

 

 最初は捜索にここまで苦戦するとは思われていなかったため、海風が率いる駆逐隊のみで調査していたが、初日、二日目とまるで当たりがなく、三日目には調べられるところは調べ尽くしたといえるところまで来ていた。

 駆逐艦の足と目では、探せる範囲は限られている。海風としては夜までかけて徹底的に捜索をしたいと訴えたのだが、ただでさえ行方不明の原因がわからないところに、危険度が跳ね上がる夜の海を行かせるのは良しとしなかった。

 結果、日中でも調査範囲が拡げられる空母に頼ることにしたのだ。艦載機を飛ばして海風達では見えないところまで確認出来れば、何かしらの痕跡が発見出来ると信じて。

 

「それじゃあ、正面の方向に。あっちはまだ調査していないのよね?」

「今まではここまでが限界でした。帰投までに時間がかかるので……」

「了解。千代田、艦戦を半分出してちょうだい」

「オッケー千歳お姉」

 

 甲板を模した絵柄の箱を一撫ですると、正面が開く。その中にあるのは、ギッシリと詰められた艦載機の模型。逆側の手に持つ操り人形の吊り手のようなパーツを翳すと、何処からか糸が伸び、艦載機の模型に一本一本が貼りつく。

 その瞬間、命を持ったかのようにエンジン音が響き、手を振るうと同時に意識した数の艦載機が一斉に飛び立つ。舞い上がった艦載機達は、すぐさま散開して海風の手が届かない遠方へと飛んでいった。

 

「なるべく広範囲に、でも少し慎重に行くから、時間は貰うわね」

「大丈夫です。……これで何かしら見つかってくれれば」

「まだ別方向もあるんだから、あまり期待しないでよ」

 

 縋る思いで2人に託し、艦載機による広範囲捜索を開始。この間は動き回ることは控え、2人の軽空母に全て任せることとなる。

 

 艦載機には基本、『妖精さん』と呼ばれる搭乗員が存在する。空母はその妖精さんからの報告──と言っても声で聞こえるわけではなくモールス信号的な通信──で、その状況を把握出来る。先んじて飛ばし、敵の状況を確認してから進軍という流れが、空母を部隊に入れた場合の戦い方。

 一度発艦すると、艦載機の操縦は妖精さん頼りになるため、着艦するまではあまりその場所から離れられない。妖精さんと言えども万能ではなく、発艦した場所から大きく離れられると、着艦するのが難しくなるからである。

 代わりに艦載機は艦娘が海上航行するより速く移動し、1人の空母から多ければ数十機が飛び立つことが出来るため、その場から動かなくても自分達の足で稼ぐより広範囲かつ正確に調査が出来た。

 

「……こんなに静かな海なのに……」

 

 同じことを何度も呟いてしまう海風。それだけ切羽詰まっているのは誰が見ても明らかだった。

 先程江風が指摘したように、目の下にはクッキリとクマが浮かんでおり、まともに眠れていないことを如実に表している。そんな状態では正確な判断は出来ないのではと考えられていたが、捜索部隊の参加を見送ることは出来なかった。自分の手で姉達を救出したいという気持ちが、海風を奮い立たせていた。

 

「姉貴、一回マジでガッツリ休ンだ方がいいって。判断力鈍ってンじゃないか?」

「そうだそうだ。いっちゃん冷静でいなくちゃいけない隊長様がそれじゃあ、あたいらも不安になるってもんだい」

 

 そう言う江風と涼風だって、姉の行方不明は心配である。こんなに長いこと顔を合わせていないことが無かったため、日に日にその不安は蓄積されていく。

 

 何もそれは妹達だけでは無い。今調査に参加している千歳と千代田も、鎮守府初の被害者となってしまいそうな駆逐隊の行方には不安を覚えているし、頼まれた時に進んで調査に参加するくらいには心配している。

 鎮守府全体に大きな衝撃を与えているこの事件は、早急に解決する必要があるのは確かだ。それ故に、動けるものが率先して動き回っている。

 

「……海風姉まで倒れたら……私……嫌だよ……」

 

 スカートの裾をクシャクシャと掴みながら、俯いた山風が呟く。

 山風はこういう精神的な機微に非常に敏感だった。特にマイナスの感情への反応は人一倍早い。そのせいで山風自身も前向きになれず、いつも誰かの後ろにいるほど。

 今回の件、山風にとっては、鎮守府に苦痛を覚える程に辛い状況に変えてしまっている。最初は引きこもっていたが、鎮守府でも苦痛ならば外に出て調査をした方がまだマシであると考えたのも、捜索部隊に加わる一因だったりした。

 

 江風と涼風よりも重くのしかかる山風の言葉に、海風は返す言葉もなく俯くのみ。

 隠してはいるが、海風は既に体調に影響が出ていた。不眠症から始まり、出撃中は耐えられているが、嘔吐や腹痛、風邪のような症状まで出始めている。全てはこの数日間のストレスが引き起こしている問題点だった。

 そんな状態で冷静な判断が出来るわけがない。提督に休めと言われても、まともに休めていないくらいなのだから重症である。

 

「大丈夫よ山風。私は、大丈夫。姉さん達の痕跡を見つけるまでは、これくらい」

「大丈夫そうには見えねぇんだっての! 姉貴よぉ、気持ちはわかるけどマジで休めって!」

 

 ここでついに江風が爆発してしまった。心配に心配を重ねているのに、海風は聞く耳持たずで身体を壊してまで調査を続けている。山風が危惧している総崩れに向かって突っ走っているようなものだ。姉妹だからこそ不安になるのはわかるが、同じことになったら余計にダメになる。

 一番冷静に動けるからこそ駆逐隊のリーダーを仰せつかっている海風がこれでは、部隊そのものに影響を与えかねない。江風としては自己防衛のためにも海風には休んでもらいたかった。

 

「あたいも江風の意見に賛成。海風姉、ちょいとダメになってんだよね。いつもの海風姉なら、もう少し自分のこと考えて動いてんじゃないかな」

「涼風まで……私はまだまだ平気よ」

「そう言って倒れてるヤツ、結構いるんだよなぁ。あたい、海風姉よりも鎮守府見てんだよ?」

 

 古参ならではの言葉に、海風は口を噤むしか無かった。

 

 艦娘という存在が現れ、それを総括する鎮守府が設立して間もなく、暗中模索状態で運用されている時、今の海風のように体調不良を押し隠して出撃するものや、それを理解出来ずに出撃させるものが横行した。そのせいで勝てる戦いも勝てずに撤退ということもよくあり、艦娘をもっと人間のようにケアする方針になった程である。

 海風達の提督も、当然ながら部下である艦娘のケアは優先的に行なっている。だからこそ今まで被害者が出ずに済んできた。しかし、今回は海風の意思を尊重して捜索部隊に組み込んでいる。精神的な問題は簡単には対処出来ないがために、仲間、妹からの叱咤で休息を選択するように仕向けていた。

 

「私もあまりオススメ出来ない、かな。厳しい事を言うようだけど、そんな体調の艦娘が旗艦を務めている部隊なんて、普段の半分くらいしか力を発揮出来ないと思うわ」

 

 艦載機からの通信を待っている千歳も、海風には苦言を呈した。焦る気持ちも理解しているが、それを前面に押し出しすぎていて余裕がない。この状態でいざ行方不明の原因となった可能性がある強大な敵が現れた場合、まず間違いなく冷静な判断なんて出来やしない。

 1人でどうにかなるのならまだしも、今は部隊、団体行動中なのだ。1人の()()()()が、全滅に繋がる。それは誰も看過出来ない。それこそ、その原因になろうとしている海風ですら。

 

「妖精さんからの通信来た。今のところ何も発見出来ずって。千歳お姉は?」

「私の方も同じね。何も見つけられてないみたい。もう少し周辺を探してもらうわ」

「了解。こっちも同じ方針で捜索を続ける」

 

 話を遮るようになってしまったが、千代田からの提言で言い争いは一時的に中断。むしろそれを見越して割り込んだようにも思えた。千歳もそこは少し安心している。

 範囲を拡げ、目を増やし、それでもまだまだ何も痕跡を見つけられない。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()、綺麗さっぱり姿を消している。空母の目からしてもそれなため、疑問は深まるばかり。

 

「海風の姉貴、江風は諦めろなンて絶対に言わない。だけどさ、壊れるまで頑張るのは、違うと思うンだ。だから、今日帰ったら、一回ガッツリ寝た方がいいよ。提督に頼ンで入渠させてもらってもいいと思う。あそこなら眠れないとかないしさ」

「……そうするわ」

 

 ギュッと拳を握る音が、ここにいる全員に聞こえた。

 

 

 

 

 結局、第四次捜索部隊でも、行方不明者は発見出来なかった。今回は調査したい方向の半分しか捜せなかったため、翌日以降に逆方向を捜索することを決め、その日は終わる。

 海風は提督の計らいで入渠ドックによる休息を命じられた。

 




行方不明となった姉達を捜索する海風達のお話。春雨達との邂逅は、そう遠くないかもしれません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。