空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

110 / 506
壊れた海風

 深夜に黒い繭から孵化をした海風は、絶望を溢れさせた結果の深海棲艦化ではあったものの、目も当てられないような壊れ方はしておらず、元の性格を残したままの復活となった。

 しかし、艦娘であった時と大きく違う点として、()()()()()()()()()()()というのがあった。今までは仄かに秘めていただけであった春雨への感情を、何の躊躇もなく曝け出してしまう。

 

「姉さん、私の道標、いてくれて本当に良かった。愛しています。姉さん」

 

 心の底からの感謝と、強すぎるくらいの愛情。目の中にハートマークが見えそうなくらいに感情をぶつけてくるようだった。

 

「え、えーっと……」

 

 対する春雨、そんな海風の勢いに押されて、少しだけ混乱してしまう。

 

「姉さんがいなければ、私は今、悲惨なことになっていたと思います。絶望に身を焼かれ、死にたくなるほどの気持ちに苛まれ、まともに生活も出来なかったでしょう。それを救ってくれたのが姉さんなんです。流石は愛する姉さん、いつも私を導いてくれます。だから私は姉さんのことが憧れなんです」

 

 まだ目を覚ましたばかりだというのに、口がやたらと回る海風。今まで押し留めていた感情が、心が壊れたことによって箍が外れて垂れ流し状態となっていた。

 今の海風はもう止まらない。深夜という時間帯すら考えず、目の前の春雨に向けて想いをひたすらに伝える。それが春雨に全て伝わっていなくとも、言いたいから言う。ストッパーが壊れているとしか思えない。

 

「海風ちゃん、海風ちゃん、今は止まりましょうかぁ」

 

 その一部始終を見ていた中間棲姫が一旦海風を止める。今は夜というのもあるし、このままでいたら春雨がより深く混乱してしまう。

 

「あっ、ごめんなさい姉さん、今まで溜め込んでいた姉さんへの想いが次から次へと溢れてくるようで、止められそうにありませんでした。姉姫様も止めていただいてありがとうございます」

 

 春雨に固執するような性格に変貌してしまい、止めようとした自分にも食ってかかってくるようなことになっているのでは無いかと危惧していたのだが、そういうところの理性はまだ残っているらしい。中間棲姫としては、また少しだけ安心した。

 

「海風、まずほら、腕のこととか、服のこととかあるから、ね?」

「そうでした。姉さんへの想いでその辺りのことが完全に頭から抜けていました」

 

 こういうところも変に素直。思ったことが口から出て行っているのではと感じるくらいに、本心がダダ漏れにも見える。

 それが全てのことについてなのか、春雨のことについてだけなのかはわからない。中間棲姫に悪態をつくようなことはしないため、実際は後者だろうか。

 

「今からは寝るだけだから腕はまた朝でもいいかもしれないけど、服はね」

「はい、では姉さんとお揃いに。確か、イメージしたら艤装のように作れるんですよね」

 

 今まで施設で聞いていた話から察して、早速順応していく海風。艤装の生成は毎日のようにやっているのだから、服を作るくらい簡単だろうとやってみたところ、見事に春雨の着ているものと色違いのお揃いが出来上がっていた。春雨は脚のことを考慮したショートパンツ状だが、海風は腕を考慮した半袖になっている芸の細かさ。

 春雨は最初の頃はうまくイメージしたものが作れなかったものだが、海風はそういうところは器用らしい。

 

 初めてのことにわぁと驚きつつ、春雨と同じになれたことを素直に喜んでいる海風。春雨もそれには嫌な感覚もせず、同じように喜んでいた。

 

「細かい話は、朝にしましょう。眠くないかもしれないけれど、今は寝てちょうだいねぇ。あまり騒がしくするのもアレだもの」

「はい、海風、今は寝ようね」

「わかりました。姉さん、抱き枕にさせてください」

 

 そういうところまで垂れ流しであるため、春雨は苦笑せざるを得なかった。抱きしめられると寂しさも吹き飛ぶため、断る理由もない。

 

 

 

 

 そして、翌朝。海風の片腕でしっかり抱きしめられた状態で、春雨は再度目を覚ます。他者の温もりで落ち着くことも出来ているため、発作の兆しはカケラも無い。

 

「おはようございます、姉さん。寝顔を堪能させてもらいました」

 

 海風はもう目を覚ましていたようで、春雨の眠りを妨げないようにピクリとも動かなかったようである。

 

「おはよう海風。気分は悪くない? 昨日の今日だから、何かおかしくなってるとか」

「……その、眠った時に、やっぱり悪い夢を見ました。いろいろな記憶を走馬灯のように見せられて……正直なところ辛かったです」

 

 苦笑しながら語る海風。絶望を感じた瞬間を、その感情も一緒に思い出させられ、暗く沈んでいく感覚を味わう羽目になったそうだ。だが、すぐ傍に海風にとっての()()()()が存在してくれたことで、絶望の発作を起こすことなく事無きを得ることが出来たそうだ。

 それもあったせいで、海風は春雨よりも早く目を覚ましていたようである。魘されていたのなら春雨も気付いていてもおかしくないのだが、海風の寝相があまりにも良かったために気付くことが出来なかったようである。

 

「ごめんね、私が気付くことが出来れば、魘されてる最中に起こすことくらい出来たのに」

「いえいえ、そこまで手を煩わせるわけにはいきません。姉さんは私のことは気にせずにグッスリ眠ってくれれば。私も姉さんが近くにいるというだけでも発作が抑えられるので、今の距離感で充分です」

 

 海風のストッパーは、完璧に春雨の存在になっている。これはもう、依存と言っても過言ではない。松竹姉妹の共依存と殆ど近しいモノだろう。

 

「そっか。じゃあ、これからも一緒に寝た方がいいね。私も寂しくないから、一緒にいるのは大歓迎だし」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 春雨は海風のことが心配であるために持ちかけた添い寝ではあるのだが、海風の中では別の視点での喜びがある。違うとはわかっていても、春雨が受け入れてくれたのだという幸福が身体中を駆け巡るかのようだった。

 

「姉姫様は先に起きて朝の準備をしているそうです。私達もそろそろ」

「うん、そうだね。まず海風の腕の件と、あと鎮守府にも連絡しなくちゃ」

「はい。私のことで心配をかけてしまっていると思うので、無事……とは言えませんが、艦娘の心のままに深海棲艦となったことを伝えなくてはですね」

 

 春雨も海風も、山風の海風に対する秘めた想いのことは知らない。だが、海風のことを一番心配しているのは、紛れもなく山風であろうと理解はしている。故に、今この状況を山風には真っ先に伝えたかった。

 絶望が溢れ出す寸前まで気にかけ続けてくれた山風には、申し訳なさすら感じる。親身になってくれたのに、結局こんな結末になってしまったことを山風には謝りたいとさえ思えた。

 

「腕は服と同じで、イメージで構築出来るからやってみて。ほら、私の脚みたいに」

 

 まだベッドの上だったので構築していなかった脚を、海風の前で構築する。以前調査隊が1泊した時にも見せているが、今回はただ見せるのではなく教えるようにゆっくりと。

 海風もそれに倣って腕をイメージすると、元々持っていた細く綺麗な腕が機械的になった形で構築された。その掌を握り締めると、カチャカチャと小気味良い音を立てる。

 

「出来ました! でも、感覚が少し違いますね……」

「最初は細かい動きに苦労するみたい。妹姫様も片腕が艤装だけど、最初は苦労したみたいだよ」

「そうなんですね……でも、頑張ります。平常な毎日を、姉さんと共に過ごせるようになるために」

 

 朗らかに笑う海風。ここ最近、駆逐隊が行方不明になってからは、こんな表情など見せたことが無かった。そこも心を壊していることに繋がるのかもしれない。

 

 

 

 

 朝の準備を終え、部屋から出たところで海風のことを心配したジェーナス達と対面。海風が孵化していることに驚きつつ、元気そうに歩いているところを見れたところで大いに喜ぶ。無事に孵化が出来なかったことというのは今まで無いのだが、やはり短時間で深海棲艦として生まれ変わるというのは少しだけ不安は残る。

 それに、溢れ出した感情が『絶望』であると知っているため、生まれ変わってもまともに動けない可能性だってあった。見た感じ、そんな兆しは1つも無いので安心。

 

「ウミカゼ! ちゃんと孵化出来たのね!」

「はい、海風、無事同胞(はらから)となりました。身体の不調もありません。右腕はありませんでしたが」

「だから腕の部分を春雨みたいに隠してるのね」

 

 今の海風は、春雨と同様に比較的艦娘の時に近い姿をしている。制服も器用に作り上げたが、海風の制服は少し特殊で、元々がノースリーブ状のセーラー服とロンググローブだったのが、グローブが失われて首から下の上半身を覆うタイツのようなインナーとなっていた。

 これはまた春雨を意識しているものになっており、春雨がタイツで両脚を隠しているように、海風もインナーで両腕を隠そうと考えた結果である。春雨が脚なら自分は腕だと、姉妹艦であることを強調したがっているように。

 

「アンタ、同胞(はらから)になっても殆ど変わってないわね。もっと人生に悲観してるかと思ったわ」

「姉さん……もう少し言い方を」

「だってそうじゃない。海風の溢れた感情って『絶望』でしょう? 死にたがりになるか、私みたいになるかと思ってたわよ。元凶を叩き潰さないと気が済まないくらいにね」

 

 叢雲から言われると、海風は少し苦笑した後に瞳の中がドロリと濁る。

 

「勿論、元凶は潰しますよ。一応白露姉さんですけど、あのヒトは私に絶望を味わわせるのみならず、春雨姉さんを裏切ったようなものですから。万死に値します」

 

 嘘を一切ついていない、本気の言葉。これを見る限り、海風の中身は変わり果てているのだと実感する。

 見た目も言動も殆ど艦娘の時と同じではあるが、心持ちがまるで違う。春雨の敵は自分の敵。春雨を裏切った者は、春雨が許そうが敵。

 

 自分のことはどうでもよく、仲間のことを気にかける春雨と少し近いが、仲間ではなく春雨のことを気にかけるのが海風だ。

 普段は艦娘の時と同じでも、春雨が絡むと途端に変貌するようなモノ。そこに溢れ出した感情である『絶望』は全く関わりが無い。

 

「ふぅん、なら私と気が合いそうね。アイツらをぶちのめすために、協力しましょ。同胞(はらから)なわけだし」

「はい。姉さんを傷付けた報いを受けてもらわなくてはいけないので、協力しましょう叢雲さん。少し前にも仲良くなれそうでしたしね」

「……そうね。アンタにはいろいろ教えられたから、信用してるわよ」

 

 叢雲と海風はうまく同調出来ているようだ。艦娘であった頃から悪くない仲になれそうだったところを、同胞(はらから)となったことで完全に友人としての感覚になった様子。

 

「でも、本当に凄いね。海風ちゃん、発作とかも無いの?」

「そう……ですね。今のところは発作らしい発作は起きてません。姉さんが近くにいてくれるからだと思います。姉さんは私の希望、一筋の光、無くてはならない存在ですから」

 

 春雨のことを語る海風は、今までに見たことのない程に饒舌。次から次へとその良さが溢れ出して、春雨すらも圧倒する。言われる側は堪ったものではないようで、恥ずかしがりながらアワアワし始めた。

 

 この説明で海風がどうしてこんなことになっているかは察したようだ。絶望が溢れて世界が真っ暗闇に包まれてしまっているところを、それを救うように差してきた光に依存するのは仕方ないだろう。

 一日中、繭に向かって話しかけ続けたのが大きかったようだ。しかし、海風には0か100しか無かったというのがなかなか辛いところ。この依存体質に変貌しなければ、絶望に苛まれて人格や価値観までもが暗く落ちぶれていた。ならば、まだ明るく過ごせそうな今の方がマシ。

 とはいえ、何がきっかけで絶望が溢れ出して発作を起こすかはわからない。春雨が近くにいようが、それは関係ないだろう。こればっかりは、ここで生きていかなくてはわからないことだ。

 

「と、とにかく、海風は施設の一員となるよ。みんな、今後ともよろしくね」

「よろしくお願いします」

 

 改めてお辞儀する海風に、薄雲やジェーナスは握手したり抱き合ったりと思い思いの感情表現で受け入れた。

 

 

 

 

 海風は確実に壊れている。だが、明るくなっているのならまだいい方だ。生きていけるのだから。

 




海風が右腕を失ったのは、改二の状態で包帯を巻いているから。あれ、右舷をやられたからっぽいですね。深海棲艦化した海風はそれによって、黒インナーという名の武器を手に入れることに。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。