調査によって手に入れた三日月型の髪飾りの持ち主が判明した。その持ち主は、睦月型駆逐艦の4番艦、卯月。
駆逐艦の中では若干力は劣るものの、その燃費の良さを遺憾無く発揮し、鎮守府を支える縁の下の力持ち。戦うばかりが艦娘ではないというのを、その存在によって証明する者である。
その卯月が、ミシェルの正体なのではという疑惑が浮上している。この髪飾りは、ミシェルが発見された海域付近で発見されているので、髪飾り自体がミシェルの持ち物である可能性は無いわけではない。
それ故に、一度髪飾りを見せてみるということになった。調査隊が帰投したときは、春雨と海風の件もあってバタバタしており、そんなことをしている暇が無かったのだが、今ならば全てが一度落ち着いているため、そちらが進められる。
「じゃあ、お昼から来るということで良かったかしらぁ?」
『ああ、そうさせてもらうよ。こちらも少し準備してからそちらに向かう。昼食はこちらで済ませておくから、心配はいらない』
「あら、それはありがとう。来る子達は前と同じで良かったかしらぁ」
『ああ。島風と宗谷も派遣が続行されているのでね。調査隊に同行してもらうよ。万が一がある』
この調査隊の移動中、古鷹と白露が襲撃してくる可能性を加味した結果である。
あの戦闘から2日が経過したわけで、あちらも全回復している可能性は充分にあり得るのだ。今この時だって、鎮守府襲撃を企てているかもしれない。まさに向かっている最中かもしれない。むしろ、調査隊が鎮守府を出るのを待ち構えているかもしれない。
そのため、鎮守府から孤立することになる調査隊は、万全な態勢で向かうことになった。もし襲撃を受けたとしても、あちらがどういうものかわかっている者達で構成されている方がいい。分が悪くとも、善戦は出来るはずだ。古鷹はまだまだ底が知れないが。
「くれぐれも気をつけてちょうだいねぇ」
『お気遣い、感謝するよ。なるべく君達の手を煩わせたくは無いからね。なんて、僕が言っても仕方ないのだが。僕はここで無事を祈ることしか出来ないんだ。いつも頑張ってくれるのは艦娘達ばかりだ』
苦笑しながらも、提督は施設の者達になるべく迷惑をかけないことを約束して、通信を終えた。
「……すごいわね、彼。比叡が言ってた力を貸してくれって話、一度も切り出してこなかったわ」
飛行場姫が言うように、この通信の間に支援要請については一言も話さなかった。提督だって、比叡がそれを持ちかけたことくらい聞いているだろう。しかし、施設のことを思うと、鎮守府防衛の援護をしてくれなんて頼めなかった。
今回の事件に、施設は本来無関係。戦いたくないから隠棲しているのに、そんな戦いに駆り出すこと自体がまず違うのではと、提督は考えている。
「こちらのことを第一に考えてくれているわぁ。私達がそういうことを嫌っているのがわかっているから、あくまでも協力者であって戦力として見ていないんでしょうねぇ」
「ありがたいといえばありがたいけど、無理していないかしらね」
ここまで仲良くなれたのだから、何かしら協力してあげたいと思うのが、心優しい姉妹姫の内心である。しかし、最優先は勿論、施設の平和だ。
今でこそ、仇を討つために戦いを望む者も出てきてはいるものの、それによってこの施設の平和が脅かされるというのなら、処遇を考えなければならなくなる。気持ちはわかるが、戦いたくない者、戦えない者もいるこの施設が戦火に包まれるようなことがあってはならないのだ。
「貴女達は……どうしたい?」
春雨と海風に問う中間棲姫。これはもう、回答がわかっている者に対する問い掛けである。
「私は姉さんに従います。でも、鎮守府を守りたい気持ちは大きいです」
海風は即答。最優先は春雨の意志ではあるが、やはり鎮守府への支援が出来るのならやりたいというのが本心のようである。
艦娘の時の心を残したままでいられているおかげで、鎮守府への思い入れも失われていない。かつての仲間達、妹達が住まうその場所が
「姉さんはどうですか?」
「私は……」
春雨はというと、逆に答えがなかなか出せないでいた。理由は単純に、姉妹姫と同じようなことである。
鎮守府は当然守りたい。元々仲間だった顔と記憶を持つ敵と戦うなんて、簡単には出来やしない。躊躇いだって出てしまって、十全の力を発揮することはかなり難しいだろう。割り切れたとしても、心の奥底では抵抗が出てしまう。
だからこそ、深海棲艦として戦える自分が手伝いたい。既に完全に割り切って、白露と一戦交えているのだから、次も何の抵抗も無しに戦えるはずだ。
しかし、そのためにはこの施設から鎮守府に出向く必要が出てくる。鎮守府から施設にやってくるのとは、リスクが段違いだ。何せ、鎮守府は人間が住まう陸にあるわけで、近付けば近付くほど、嫌でも人間の目に晒される可能性が増える。
そんな中に深海棲艦が行ったとして、それがバレてしまった場合、鎮守府だって糾弾されるだろうし、春雨の出処すら徹底的に調査されるだろう。結果、施設が見つかって、何もしていないのに人類の敵認定すらあり得る。
「私は、どちらにとっても最善になる手段が思いつかないから、今は何とも言えない……かな。鎮守府は勿論守りたいよ。でも、この施設も、今の私には大切な場所だから、少しでも危険を引き込むようなことはしたくない……」
話している間も考え込んでいき、俯いていく。姉妹姫ですら迷っている問題を、春雨が即答出来るわけがなかった。
「流石は姉さんです。なんて慈悲深い考え。どちらも救うという難しいことのために心を痛めるなんて、姉さんは私だけでなく世界の希望となり得る存在ですね」
「海風……それは言い過ぎだよ」
「私は本心を包み隠さず話しているに過ぎませんから」
相変わらずの海風であるが、どちらも救うというのが誰が考えても難しいのは当たり前である。
どちらの優先順位を上にするかというのがヒトによって違うのは言うまでもない。まだ深海棲艦になったばかりの海風からしたら、所属したばかりの施設より今まで暮らしてきた鎮守府の方に重きが置かれるのはわかる。しかし、他の者達はそもそも鎮守府に思い入れがないのである。
それこそ、姉妹姫すらも鎮守府に対しての思い入れは無かった。優しさのみで悩んでいるに過ぎない。
どちらにも思い入れがある春雨は特に頭を悩ませていた。どちらも平和であってほしい。どちらかに偏らせると、もう片方の平和が脅かされる。どちらも平和にするためには、どちらも救う最善の選択肢を選び取らなくてはならない。
そんなこと、出来るわけが無かった。そもそも春雨は1人だけ。どちらも選ぶなんてことは不可能。
「アタシ達はもう少し保留にするつもりよ。切羽詰まったら嫌でも選ばなくちゃいけなくなるとは思うけど」
「そんな時が来たら、もう遅いって可能性もあるのよねぇ……悩みどころではあるわぁ」
「ホントに。平和のために戦うってのは、実際矛盾だらけよね。戦いが平和と真逆なんだから」
平和を勝ち取るために戦うのは仕方ないとしても、平和なところから戦いに向かうのはそれはそれで抵抗があるというものである。施設の平和を優先させる姉妹姫には、ここが大きな問題となっていた。
心優しい深海棲艦達は、仲間のために力を尽くすが、如何に優しくとも出来ることと出来ないことがある。
「私も……その時まで考えさせてください。何が最善か」
「ええ、そうしてちょうだい。他の子達にも意見は聞くけども、救ってあげたいという気持ちはあるのよぉ」
この問題の解決は、もう少し先延ばしとなる。そうこうしている間に鎮守府襲撃となってしまうかもしれないが、鎮守府側からの支援要請が正式に行なわれていない以上、勝手なことをしたら逆に迷惑をかけてしまいかねない。
「これはあの大将さんにもちゃんと連絡をした方が良さそうねぇ。提督くんよりも立場が上にいるって話だし」
「そうね。ある程度は相談しているとは思うけど、こちらからも直に聞いてみるのはいいかもしれないわね」
大将が上手いこと手を回してくれれば、堂々と鎮守府を支援出来るかもしれない。如何に深海棲艦でも、友軍として扱ってもらえる手段を用意してくれるかもしれない。そして、それが施設に一切の被害を齎さないならば最高である。
自分達の独断では絶対に出来ない以上、この辺りは慎重に事を起こしていかなければならない。
一方、鎮守府。通信が終わったところで、山風がソワソワしながら作戦指揮を待つ。
今この通信の最中に調査隊の隊長を任命されたことで、今からやることなんて大概わかっているのだが、正式な任務を言い渡されるまでは動けないのが艦娘の立場。
「さて、山風、ならびに江風、涼風。聞いての通り、調査隊としての任務を言い渡すよ」
「……うん」
来た、と身体を震わせて、提督を見据える山風。その姿はどうも隊長というイメージからは少し遠いものの、やる気だけはヒシヒシと伝わってくる。江風と涼風も、そんな山風の様子を後ろから見てニヤニヤしていた。
「大将に調査してもらったこの髪飾りを、施設にいる駆逐イ級、ミシェルに確認してもらう。もしこれで何かしらの反応があった場合、ミシェルは駆逐艦卯月の深海棲艦化した姿ということになるからね。そうなった場合、近隣鎮守府での卯月の轟沈事例を洗い出す必要が出てくる」
「……うん、わかった。みんなで行って、ミシェルに髪飾りを見せる。それが、
そうだ、と提督が頷いた。あくまでもこの調査がメインなのだが、実際の本題は次の任務。
「そして、深海棲艦化した海風の調査もお願いしたい。通信で見た感じでは、元気そう……元気すぎるようにも見えたが、何か内面にある可能性がある。深海棲艦化は心が壊れている1つの結果だ。海風も、何かしらの危険な兆候を抱えている可能性だってある。それを見てきてもらいたい」
口ではこう言っているものの、提督は単に山風に、海風と会って話してきなさいと言っているだけ。任務という仰々しい言い方になっているだけで、姉妹が離れ離れになるのは辛いことだろうから、定期的に顔を合わせてこいということだ。
山風は勿論、その意図を汲み取っている。小さく微笑みながら、大きく頷いた。調査隊隊長としての初めての任務は、変わり果てた姉との再会である。
「この結果次第では、こちらも大きく動かなくてはならなくなるだろうからね。穏健派の深海棲艦との付き合い方が、より良い方向に向かってくれる事を祈ろう」
これも、提督が今の最善を掴み取ろうとしている結果である。誰もが最も幸せになれる手段を選び、鎮守府も、施設も、どこもかしこもを平和でいられるようにするため。
だからこそ、施設側に支援要請はしていない。それが施設側の平和を崩さない手段だからだ。鎮守府のことは、鎮守府で終わらせる。それが敵わないくらいの強敵だとしても。
「では、今から調査隊には準備してもらう」
「……了解。行くね」
表情はあまり変わっていないが、山風のソワソワはウキウキになっている。海風とまた会えることがそれ程までに嬉しいようである。
しかし、気分としてはどうしても複雑なようだ。春雨至上主義となっていることは、先程の通信で痛いくらいに理解している。もう自分の方を向いてくれないかもしれない。だが、そんな海風でも、山風にとっては最愛の姉である。会えないより、こちらの方がいい。
「ンじゃあ、江風達も準備してくっかい」
「だねぇ。あたいは島風達に声かけてくるよ。正式に任務として言ってくれるんだろう?」
「ああ、放送してもいいが、呼んできてくれるならそれでも構わないよ」
「あいよ! それじゃあ、山風姉のためにもサクッと集めて準備しなくちゃあねぇ!」
2人の妹も、山風が元気になる事を願って動き出す。山風は少し恥ずかしそうにするが、2人の行動力に感謝した。
世の中の最善を掴み取るのは難しい。だが、今の選択が最善になるように努力していくのは、当然のことである。
施設側だって鎮守府の支援はしたいけど、なかなか難しいところ。周りの人間や艦娘は、深海棲艦=悪って考えになってもおかしくないですからね。