山風が隊長となった調査隊が施設に到着し、早速任務である三日月型の髪飾りをミシェルに見てもらう。しかし、ここで初めて見せる反応が起きてしまった。それを見たことで、感情表現が激しいものの表情というものを持たないミシェルが、突然泣き出してしまったのである。
それを見たジェーナスは大慌て。いつも楽しそうにしているミシェルがみせる、初めての悲観的な感情。一瞬、何が起きたのかわからないという顔すらした。
「Michelle,
泣き出したミシェルに抱きつくように触れ、泣き止むように撫でるが、ミシェルの眼からはボロボロと涙が溢れたまま。表情が変わらないため、何故涙を流しているかもわからない。
しかし、ミシェルの視線は髪飾りから動いていない。それを見て何かを思い出そうとしているようにも見えたが、それ以降はいつものような行動による感情表現すら無かった。
「そ、Sorry! ソーヤ、それ一度仕舞ってもらってもいいかしら!」
ミシェルを正気に戻すためには、髪飾りを一旦目の前から無くさなくてはと考えた。それを見ているからこんな状況に陥っているのなら、まず見せない方がいい。宗谷も慌ててそれを懐に仕舞い込む。
これでミシェルの目の前から髪飾りは無くなった。しかし、ミシェルの様子はなかなか元に戻らない。一度目にしてしまったことによって、それが何なのかをずっと考え込んでいるような仕草である。
「ジェーナスちゃん、ごめんなさいねぇ。ちょっと私にも」
そこへ中間棲姫が割り込むように入り、額の辺りに手を置いた。それはまるで、繭に触れて溢れた感情を読み取るような仕草。
当然、ミシェルがこの施設に滞在するとなったその時に、中間棲姫は同じように触れて、感情が読み取れるか試してみたことはある。しかし、その時には
だが、今回は明らかに挙動が変わったので、改めて実行した。それにより、前に同じことをした時とは違うことがわかる。
「なるほどねぇ……ようやくこの子の素性がわかりそう。前回わからなかった理由も」
安心したような、しかし少しの不安を残しているような、そんな複雑な表情の中間棲姫。
「姉姫、何がわかったの……? Michelleはどうしちゃったの?」
それをすがるように問うジェーナス。思い入れがある分、こんな状態になってしまったことを一番不安に思っているのはジェーナスだ。ミシェルがこうなってしまったのは自分のせいだと、自己嫌悪の発作を起こしてしまいかねないものの、今は理由を聞くためにギリギリで耐えている。
「ミシェルちゃんの溢れた感情が今、わかったの」
「じゃあ、Michelleは……ハルサメの言ってたのが正解で、繭そのものなの?」
「私の見解から言ってしまえば、そうなるわねぇ。この子は本当に、繭のまま
この辺りの予想は正解だったようである。繭から孵ることなく、繭のまま変化してしまった特異個体。
普通ならあり得ないことでも、その溢れた感情がそれを実現するに至るものであったようだ。それを伝えるために、中間棲姫は続ける。
「この子の溢れた感情は……『疑問』」
「
「そう、ここは私の憶測も入るけど、何故撃たれたのか、何故死ぬことになったのか、何故
わからないしか無い状態で沈むことになったことで、考えるための心が壊れた。その結果、疑問の感情が溢れ出して、繭となってしまったわけだ。
ならば、何故孵ること無く繭のまま深海棲艦化してしまったのか。ここからも中間棲姫の憶測が進む。
「『わからない』が溢れてしまったことで、この子は
心を壊した結果の記憶喪失。いや、記憶自体はあるのかもしれないが、それが何だかわからなくなってしまったと言う方が正しいかもしれない。
そもそも理解していることが少ない状態で、さらに訳の分からない状況に陥り、何もかもがわからなくなってしまった結果、自分という存在すらわからなくなってしまい、結果的に自分のカタチを作ることが出来なかった。そう考えるのが最も妥当だと、中間棲姫は語る。
髪飾りを見て涙を流したのも、他の施設の者達でいう発作である。わからないものを思い出そうとして、壊れた心が拒絶反応を起こし、涙となって溢れ出た。むしろ、何かわかりそうなのに、わかることが出来ないことに悲観した結果の涙かもしれない。
「もしかして、この子は元々ドロップ艦だったのかもしれませんネ。まだ何も知らず、海の上で発生したところで何者かに襲われて、そのまま……姉姫が今話した通りになったというなら、全部繋がりマース」
理解していることが少ない状態ということは、まず鎮守府などに所属していない状態と考えられる。この世界に生まれ落ちて間も無い時に、何かがあって沈む羽目になったと。
ならば、その沈む羽目になった何かとは何か。ここで思い当たるのは、今なら1つしかない。
「もしかして……仲間だと思っていた古鷹や白露に撃たれた……!?」
比叡が叫ぶように考えを口にした。そして、全てが繋がる。
古鷹も白露も、見た目だけで言えば少し変わった感じの艦娘と言っても差し支えがない。知識が無いのなら尚更だ。明らかな異形ならまだしも、自分と近しい存在であることなんて見たらわかること。
そのため、生まれた直後に出会った古鷹、ないし白露を、自分の仲間だと考えたミシェルの本来の姿である艦娘は、それこそ救援要請か何かをしたのかもしれない。自分はドロップ艦なので、保護してほしいなり何なり。
そして、疑問が溢れ出すようなことが起きたというのなら、まずその要請を受け入れたところで、油断しているところを撃った。ここまで来るともう卑怯である。生まればかり、戦い方もまともに知らないであろう艦娘を、信用をさせながらも裏切って殺してしまうだなんて。
「
「Yes. 私達はその違いがわかるからすぐに艦娘では無くなっていると判断出来マスが、ドロップしたばかりの艦娘だと……ちょっと判断出来ないかもしれませんネ」
古鷹のことを
しかし、生まれた瞬間というのはどんな艦娘だって知識が乏しい。自分が艦娘であるという根幹は理解していても、本来の敵と呼べるモノを一度たりとも見ていないのに、
「仮に判断出来たとしても、あの力の前では生まれたての艦娘ならひとたまりもありませんよ……多分一方的に嬲り殺されたとしか……」
知っているからこそ、事実を言ってしまうのが比叡である。素直すぎて嘘をつけず、やめておいた方がいいこともポロリと口から出る。
「でも、何故突然わかるようになったんデス?」
「そうねぇ……さっきの髪飾りを見たことで、『わからない』がちょっとだけブレたんじゃないかしらぁ。思い出しかけて、でも思い出せなくて、また溢れた……とかかもしれないわねぇ」
駆逐イ級というカタチを取っているが、未だに泥が溢れ続けているのかもしれないとも話す。既に繭から孵った元艦娘ではあり得ないことなのだが、繭のまま深海棲艦化しているという非常に特殊なパターンであるミシェルならば、そういう例外もあり得るかもしれない。
そうなると、ミシェルは
「ともかく、今はミシェルちゃんの発作を抑え込むのが先よぉ。ジェーナスちゃん、ミシェルちゃんの様子はどうかしらぁ」
「大丈夫。涙は止まったみたい。でも、さっきまでの元気は無くなっちゃったわ……」
発作の後だからか、どうしてもテンションが低くなってしまっているミシェル。今はこれ以上何かを知ろうとすることがよろしくなさそうである。
ただ、一度思い出そうとしてしまったことだ。今後、ミシェルが不安定になる可能性は否定出来ない。その在り方の謎が解けた代償が、明るく楽しいミシェルが失われるということに繋がってしまいかねない。
「……Michelle、貴女が何であっても、私達はみんな仲間だからね。わからないことはわからないままでいいのよ。MichelleはMichelleなんだから、過去のことなんて忘れちゃえばいいわ。今が大事なんだもの」
撫で回すだけではなく、頬擦りしながら刻み込むように囁き続けた。溢れ出してわからなくなってしまった過去より、生まれ変わって楽しく生きる今を見ていた方が、精神的にも健全だ。悩み続けて身を滅ぼすなんて以ての外。
それが簡単に出来ればいいのだが、簡単に出来ないのが知性ある生物の
「だから、元気出して」
ミシェルの額にキスをして慰める。ジェーナスの思いが伝わったかはわからないが、少しだけ元気を取り戻したミシェルは、ジェーナスに応えるように小さく身体を震わせた。
ジェーナスが側にいれば、少しは解消出来るかもしれない。出来ているかどうかを表情から読み取れないのは辛いところではあるものの、感情が身体で表現されるので、まだわかるはずだ。ミシェル自身が隠そうとしない限り。
「Michelleについては、姉姫の今の見解を鎮守府に持ち帰りマース。髪飾りに対して何かしら思うところがあるのはわかりマシタしネ」
「ええ、それでお願いするわぁ。これだけで何か進展するかはわからないけれど、わかっただけでも良しよねぇ」
「Yes. 少なくとも、今の敵は艦娘を無差別に沈めているということには繋がりそうデース」
ミシェルが理不尽に沈められた可能性は非常に高い。今までの中間棲姫の話はあくまでも憶測ではあるのだが、事実に基づいた憶測が多いため、真相に最も近い意見であることは間違いなかった。
ミシェル自身が、『疑問』が溢れ出した結果こうなったということは確定だ。それがわかっただけでも大きな進展とすら言える。
「山風、こっちはこんな感じで終わりそうデース。良かったデスか隊長?」
突然金剛に振られてビクッと震える山風。メンタルケアのために春雨や海風と戯れていたものの、ミシェルが髪飾りを見て泣き出してからは、そちらの方にも集中していた。
調査隊の任務のうちの1つなのだから、隊長としてその件もしっかりと確認している。会話には参加出来なかったものの、その内容はちゃんと理解していた。
「うん……大丈夫。話は聞いてた。調査の結果は、今言った通りのことを伝えるってことで……」
むしろ今から通信端末を使って伝えてもいいくらいだ。施設にもタブレットは用意されているし、調査隊は通信くらい出来るようにされているのだから。
「
「う、うん、わかった」
金剛がわざわざ振ったのは、山風がちゃんと隊長をやれているところを海風に見せてやりたいからである。それで山風のモチベーションも上がるのなら一石二鳥。
ミシェルの謎については一気に進んだ。未だにわからないのは、ミシェルが髪飾りの持ち主本人かどうかだけである。
しかし、ミシェルが自分自身をわかっていない状態なのだから、これに関しては仕方ないことだ。
ミシェルは自己認識すら出来なくなった結果、艦娘としてのカタチが取れなくなったということになります。『疑問』が溢れ出した結果、過去に関しては全て『わからない』になってしまいました。