空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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要らぬ過去は捨てて

 ミシェルが発作を起こしたことから、その素性の一部が判明した。やはりミシェルは繭そのものと言える存在であり、春雨達と同様に元々は艦娘だった存在。そして、溢れ出した感情が『疑問』であったことにより、自分の過去全てが()()()()()()()となってしまった成れの果てであった。

 本来の自分の姿すらわからなくなってしまったことで、繭のまま深海棲艦化したというのが仮説ではあるのだが、かなり有力であるため、ミシェルはそういうものであるという認識になっている。

 

「提督……今、調査の結果を伝えたい」

 

 金剛から推されて、今この場で鎮守府に連絡をすることとなった調査隊。金剛のちょっとしたお節介で、山風がちゃんと隊長をやれているところを海風に見せてあげるためである。

 隊長が持たされている通信機器で鎮守府へと連絡。勿論感度は良好、普通に話すことが出来る。

 

『そうか……髪飾りを見たことで発作を』

「うん……それで、姉姫さんが……ミシェルも元々艦娘だったって……」

 

 ここからは、中間棲姫が説明したことをそのまま提督に伝えていく。その言葉を聞くたびに、提督は驚きの声を上げているようだった。

 そもそも艦娘が深海棲艦化するということ自体がつい最近知ったばかりの事実だ。それなのに、新しい事例が次から次へと出てくる。繭から孵らないでそのまま駆逐イ級となるのは、施設の姉妹姫ですら初めて。

 

『了解した。では、その髪飾りは持ち帰ってくれて構わない。ミシェルに見せるのは酷だろう』

「うん……あたしもそう思う……。見るたびに泣いてたら……いつかおかしくなるだろうから」

『ああ。それはよろしくない。それに、今回の任務で、ミシェルについてはおおよそわかったようなものだ。深入りして彼女を辛い目に遭わせるのは、僕としても避けたい』

 

 ミシェルがドロップしたばかりの艦娘が襲われた結果だということは、仮説とはいえ非常に有力な情報。何処かの鎮守府に所属していたわけではないために、大本営の資料にすら残っていない。これ以上調査しようが無いというのが結論だ。

 何処でどの艦娘がドロップしたかが即座にわかるのなら話は別だが、大本営とてそうではない。今回のミシェルの件は、未知の海域でドロップしてしまったという相当運が悪いものである。

 

『ミシェルの件は一度ここで終わりとしておこう。我々の知る新たな被害者として認識すると共に、施設側で保護してもらえるのならば我々は今以上に関与することを控えた方がいい。また発作を起こしてしまうのは、よろしくない』

「わかった……じゃあ、この調査はこれで終わり……だね」

『ああ、任務完了だ。後で資料にすることで、ミシェルの件はおしまいとしようか』

 

 充分な進展として、ミシェルへの調査は完了ということとされた。髪飾りは被害者の遺留物として保管し、これ以上の追求はしない。これで終わり。

 

『では、任務も終了ということなら、頃合いを見て帰投してほしい。くれぐれも気をつけて』

「うん、了解……。暗くなる前に、戻るから」

 

 通信はこれで終了。やっていることは、いつもの提督との会話に過ぎないのだが、隊長としての責務を全うし、説明出来る部分は全て丁寧に説明もしている。前々から海風がやっていたことは、おおよそ出来ていると言えた。

 

「お疲れ様、山風。私の後、継いでくれてありがとう」

「……ううん、あたしはまだまだだから」

 

 謙遜する山風だが、海風に褒められたことで少し顔を赤らめてモジモジしている。金剛のお陰で海風にも認められたような感触を得ることが出来たので、表には出さないが心の中でしっかりと感謝していた。

 

 そんな姿を後ろから見ている江風と涼風は、あからさまにニヤニヤ。また、ミシェルの洗浄を手伝い一緒にここまで来ていた松竹姉妹も、同じようにニヤニヤ。

 海風が春雨に憧れていたように、山風が海風に憧れているのは周知の事実。その立ち位置に近付けることが出来たことを祝福する。

 

「……まだ時間、あるよね」

「そうデスネ。暗くなる前に帰るとなると、あと小一時間くらいはありマスヨ」

「だったら……少しだけここで休ませてもらってから、帰投する。それで……いい?」

 

 山風からの指示に、満場一致で賛成の意思。鎮守府から施設までは長丁場だ。ここまで来るだけでも多少は消耗してしまうのだから、帰りはそれを引きずりつつさらに消耗する羽目になる。

 ならば、少しだけでも疲れを取って、そこから帰ればいいだろう。幸いにも時間もあれば場所もある。

 

 というのは建前で、山風の中では勿論、もう少し海風と一緒にいたいというのがあった。海風だけではない。春雨ともだ。

 仄かな想いを寄せている海風が憧れ、一緒にいるだけで幸せそうな表情を見せる相手である春雨は、山風にとっても憧れの存在。話が出来るだけでも嬉しいものなのである。

 

「そう言うと思って、オヤツを用意しておいたわぁ。甘いモノで心身共に休んでちょうだいねぇ」

 

 前回の来島の時に宗谷が大将からの贈り物として貰った食材などから、簡単なオヤツを作っていた。貰った分をお返しするという信念で、艦娘達に還元する。

 リシュリュー特製のクッキーが調査隊に配られ、みんな心身ともに癒されるのだった。

 

 

 

 

 一方、発作を起こしたミシェルは、ジェーナスの献身により元気をある程度取り戻していた。笑ったりすることは出来ないが、身体の震わせ方による感情の表現は戻ってきている。

 

「はいMichelle、私達みたいなオヤツは食べられなかったけど、これなら大丈夫よね」

 

 いつもの生魚を口の中に放り込むと、それを嬉しそうに咀嚼する。

 以前にオヤツとしてクッキーを上げてみたものの、そもそも大きさ的に食べている感じはせず、首を傾げるように身体を傾けていたため、やはり生魚が一番だということになった。一緒に甘味が食べられればいいのにと思いつつも、生態系が違うのでそこは諦めていた。

 

 しかし、このミシェルの中には自分のカタチすらわからなくなってしまった艦娘が入っていると思うと、少し可哀想になる。

 本来ならここの面々のように甘味を楽しみ、農作業や漁をして楽しく生きることが出来ただろう。だが、駆逐イ級の身体ではそれも叶わない。

 

「さっきも言ったけど、私達はMichelleの仲間、友達だからね。わからないなら、わからないままでいいのよ。過去のことなんて全部捨てちゃって、今を楽しみましょ。大丈夫、ここにいればみんなで楽しく生きていけるんだから」

 

 生魚を食べているミシェルに抱きつき、身体を撫で回すジェーナス。それを受けて、気持ちよさそうに身震いした。

 

「そうだよー! 私も友達だからね!」

 

 友達という言葉に反応したか、島風も飛びつくようにミシェルに抱きついた。洗浄したばかりなのでスベスベでツルツル。肌触りも良かったか、ジェーナスと同じように頬擦りした。

 施設の者だけでなく、外の者にも受け入れられたことで、ミシェルはより嬉しそうに身体を震わせる。表情も変わらず、鳴き声すらないが、その感情は今まで以上にわかりやすくなっていた。

 

「みんな、ちょっと聞いてもらってもいい?」

 

 ジェーナスがここにいる者達に向けて自分の意思を話す。

 

「Michelleはそんな過去があったかもしれないけど、今のMichelleにはもう関係ないことだと思うの。だから、その時のことには触れずに、今のMichelleを見てくれないかしら」

 

 生まれたばかりの段階で不意打ちを受けて沈むことになったのだとしても、それはもう過去の話。ミシェルはそうであったことも思い出せない、わからない状態にあるのだ。そして、それを掘り返そうとしたことによって発作を起こした。

 ならば、もう過去のことには一切触れず、ミシェルはミシェルとして扱ってあげてほしいと願った。自分達も知らないことなのだから、わざわざ知ろうとする必要もないだろう。知ったところで何も変わらないのだから。

 

「私も最初はどんな子なのかなって思ったけど、そう思うこともやめる。だって、Michelleは何があってもMichelleなんだもの。こんなに可愛い、私達の友達なんだから」

 

 その言葉を聞いて、ミシェルはさらに嬉しそうに身を震わせる。抱きついている島風に合図するように身体を傾けて、放された瞬間にジェーナスに飛びついた。

 そこそこの大きさがあるのでジェーナスは押し倒されるようなカタチになるのだが、小さくとも深海棲艦であるジェーナスには、その程度はダメージにすらならない。ビショビショになるが今はちょうど水着姿なので都合もいい。

 

「あはは、Michelleもそうしてほしいのね! そうよ、わからないことはわからないままでいいの。今が大切なんだもの! 思い出さなくていいのよ!」

 

 辛い過去がわからないなら、捨ててしまえばいい。他の者達にはそんなことは言えないが、ミシェルに関してはそれが正解であろう。過去を思い出そうとすることで苦しむのなら、もう思い出さなくていいのだ。

 過去どんな艦娘だったのかはわからない。それこそ、髪飾りの持ち主である卯月かもしれない。だが、今ここにいるのは艦娘ではなく、ミシェルなのだ。ならそれでいいじゃないか。ジェーナスはそう語る。

 

「アンタがそれでいいならいいけど」

 

 最初に反応を見せたのは叢雲。多少投げ槍のように聞こえるが、洗浄にしっかり参加しているくらいにはミシェルのことを仲間だと感じている。オヤツをモフモフ食べながら、いの一番に意見を口にした。

 過去にあったことで怒りが途切れないのが叢雲。ミシェルをミシェルにした張本人が自分の仇であることはわかっている。ならば、ミシェルの分まで自分が怒ってやろうと、自分の怒りを肯定。

 

「そう……だね、うん。ミシェルちゃんはミシェルちゃんだもんね。誰であろうと、何も変わらないよ」

 

 薄雲も同意。本当にそれでいいのかと考えることはあるかもしれないが、発作を起こすよりは、過去を捨てた方が建設的だと思える。

 

 ここから全員が同意していき、ミシェルはミシェルであるというカタチで扱うのが、施設の総意となった。この世界には、捨ててもいい過去もある。

 

「みんながこう言ってくれてるわ。Michelle、一緒に楽しく生きていきましょ! ね!」

 

 勿論だと言わんばかりに、さらに身体を震わせた。

 仲間達に改めて友達として認識してもらえたのが嬉しかったようで、先程の発作で過去のことが少しチラついていたようだが、それを振り払って今の自分に向き合えていた。

 

 初めて、ここにいる誰もがミシェルが笑ったように見えた。動いていないはずなのに目を細め、口角が上がった。瞬きをしたらまたいつもの見た目だったのだが、確実に感情が表に出ていた。

 ミシェル自身も、ここで生活することで成長している。過去は何もわからないけど、仲間達が、友達が思い出さなくていいのだと言っているのなら、捨ててしまえばいい。ミシェル自身も、新しい自分になるのだと改めて決意していた。

 

「今! 今笑ったわよね! Michelle完璧に笑ったわよね!」

「おうっ! 私にもそう見えた!」

 

 ジェーナスが激しく反応し、近かった島風もそれにつられる。キャッキャッとミシェルを2人で抱きしめながら、その変化を素直に喜んだ。

 

 

 

 

 駆逐イ級であるミシェルだって、思考能力があるのなら成長をする。今回はそれが顕著だった。

 辛い過去を捨てて、明るい未来を見据え、ミシェルも施設の者達と一緒に歩いていくのだ。

 




ミシェルの過去は、正直縋るものでもないただ理不尽な記憶でしかありません。今のミシェルには発作にも繋がる不必要なモノ。新しい、明るい未来のために、要らない過去は捨てて、先に進んでいきます。
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