少しの休息を終え、調査隊は施設を発つことになった。任務自体は短時間ではあるものの、ミシェルの素性を知ることになり、大きく進展したといえる。
「それじゃあ……今日はこの辺りにする」
「ええ、ご苦労様でした。提督くんにもよろしく言っておいてちょうだいねぇ」
隊長である山風が改めて中間棲姫に挨拶をし、今回の調査任務は終了。あとは帰投するのみとなる。今の時間から鎮守府に一直線に戻れば、暗くなる前、夕方くらいには到着出来るくらいになるだろう。
「海風姉、春雨姉……また来るから」
「うん、待ってるね」
「調査隊の隊長、最後まで頑張ってね。鎮守府に戻るまでが任務だからね」
笑顔で見送る春雨と、少しだけ過保護な海風。山風は初めての隊長任務をしっかりとこなすことが出来ているものの、やはり妹のそういうカタチの初陣というのは嫌でも気になってしまうようで、ギリギリまで心配しつつもしっかりやるように言い聞かせていた。
対する山風は、そこまで言われなくてもやれると反論したそうで、でも海風に心配されるのが嬉しくて、なんだか複雑な表情でそれを受け入れていた。それをニヤニヤしながら江風と涼風、そして松竹姉妹が見ていたのは言うまでもない。
「……うん、調査隊、帰投します」
気が入ったか、最後に凛々しい顔を見せて、全員に指示を出す。その姿はまさに隊長。かつて海風がやっていたその立ち位置に、山風がちゃんと立っている証拠となった。
海風は帰っていく山風の背中を眺めながら、何だか懐かしい気分になりつつも、あの場所に戻れないことを実感する。
隊長の座は山風に明け渡して、自分は敬愛する春雨と共に隠棲。それが正しいことなのか、間違っていることなのか、そればっかりはわからない。しかし、身体がそれを許してくれないのだから、今の立場を受け入れるしかないだろう。
幸いにも、絶望ではなく春雨への依存へと変化しているおかげで、申し訳なさは若干緩和されていた。これが絶望側に倒れていたら、何があってもあらゆる負の感情に苛まれてしまっていた。それが無いだけでも、海風はまだ楽しく生きていける。
「海風、どうしたの?」
「……いえ、本当だったら、山風の場所に私がいたのかなと思って」
「そう……だね。でも、こうなっちゃったものは仕方ないよ。海風は何も悪くないからね」
ちゃんと海風の
「ありがとうございます、姉さん。私は、海風は、ここで姉さんと楽しく生きていきます」
「うん、気にしないで生きていこう」
2人笑い合って、調査隊の姿が水平線の向こう側に消えるまで、ずっと見送り続けた。
だが、ここで春雨にまたもや理由のわからない悪寒が駆け抜けた。
「ひぁっ!?」
「ね、姉さん? どうかしましたか?」
「今の……海風のときみたいな嫌な予感がしたんだ。ゾクッとするというか……」
「私のとき……って、もしかして私が繭になったときの」
この感覚は、海風が白露と対面したことで絶望が溢れ出したとき以来である。僅か数日前であるために、この感覚は変に覚えていた。
相変わらず発作でも何でもなく、ただ単に悪寒。虫の報せが来たと言っても過言では無い。
「じゃあこれは、山風達に何かが起きるっていう前兆なんじゃ……」
「か、かもしれない。あの、姉姫様」
「まだ今からならすぐに追いつけるでしょう。前にもそういう勘を当てているんだもの。次も何かあるかもしれないし、跡を追った方がいいかもしれないわねぇ」
今回は未知の海域に向かうのとは違う、陸に近付くような行為だ。慌てて飛び出すのには躊躇が出てしまうものの、あの激しい悪寒は、それだけ山風達調査隊に危機が訪れるのではという不安を呼び起こす。
中間棲姫は、調査隊の跡を追ってもいいと春雨に許可を出した。勿論、そのまま陸に行ってしまうのはよろしくないのだが、見送りということで絶対に人の目につかない場所までなら問題ないと考えて。
「ありがとうございます。じゃあ、私と海風が……」
「今回は俺らもついてくぜ」
「ええ、山風さんとは少し縁が出来たしね」
そこで加わってくるのが松竹姉妹。山風とは
「なら、春雨ちゃん、海風ちゃん、松ちゃん、竹ちゃん、この4人でお見送りに行ってあげてちょうだい。そう何人も行っても、あちらに迷惑がかかっちゃうでしょうし、人の目にもつきやすくなっちゃうからねぇ」
大人数の深海棲艦が群れをなして移動しているところを、何かの間違いで知らないものの目に留まってしまった場合、そのまま施設の特定に繋がってしまう可能性もある。
そのため、出来ることなら施設から全員向かわせたいところだが、そこは少数精鋭で抑えることにした。
「姉姫、悪いんだけど、私も行かせてくれない? 春雨がこういうってことは、
そこへ叢雲も参加表明。前回の春雨の勘が当たっていたことから、今回の悪寒も白露が戦場に現れると考えた。
叢雲にとっても白露は沈めたい天敵。自分の知らぬところで沈まれても気に入らないという、若干捻くれた感情を向けている。現れるというのなら、必ずその場に向かいたい。
「何事も無ければ何事も無いでいいのよ。でも、出てくる可能性があるなら私は必ずそこに行く。姉姫が何を言おうと知ったこっちゃないわ」
「そうねぇ、別に文句を言うことはないわよぉ。叢雲ちゃんの感知の力は役に立つでしょうし、ついていってもらいましょうかぁ」
叢雲のその感情に文句を言うつもりは無い。しかし、そのあと念を押すように1つだけ忠告する。
「叢雲ちゃん、この施設が他のヒト達に知られることのないようにお願いねぇ。ここはみんなの居場所、楽しく生きていくための場所なんだから」
「わかってるつもりよ。私だってね、ここでのんべんだらりと暮らすのは捨てたもんじゃないって思い始めてるんだから」
この施設にいる間は、燻り続ける怒りが多少は緩和されるようだ。餌付けのように甘いモノを出されたり、妹に懐かれたりする生活も、なかなかどうして悪くないと思っている。
「代わりに、向かう5人にお願いがあるの。なるべく、出来る限り艦娘のときの姿に戻ってちょうだい。制服を替えるだけでも多少は誤魔化せると思うから」
万が一、本当に僅かだとしても、最悪を招く可能性は潰しておきたかった。幸いにも全員が艦娘にかなり近い姿をしているため、制服を替えるだけで深海棲艦らしさが大分失われる。
言われるがまま、施設から調査隊のもとに向かう5人は制服を切り替えた。春雨と海風は、毎度お馴染みの白露型の制服に。春雨は脚を隠すためのタイツ、海風は腕を隠すためのインナーを身につけているため、正確には艦娘のときと同じ姿とは言いづらいが、そういう個性であると言えばまだ誤魔化せる。
叢雲は嫌々ながらも艦娘のときの制服、ワンピース風なセーラー服姿に。艦娘である自分が気に入らないから服を替えていたのに、またこれを着ることになるとはと苛立ちを隠していない。
そして松竹姉妹は、今までの簡素な黒いセーラー服から一転、非常に複雑な構造のセーラー服へと姿を変えた。竹に至ってはスカートではなくホットパンツ。この独特な見た目から、一目見ただけでは松型の姉妹であり深海棲艦とは思わない。
「艤装は誤魔化しようがないけど、それでも制服さえ艦娘なら、そういう部隊だと言い張れるでしょう。でも、危険なマネだけはしないでちょうだいねぇ。前の場所に行くのとは訳が違うから」
最後まで心配そうに語る中間棲姫。施設のことを考えてのこともあるが、優先順位は向かう5人のことだ。何かあった場合に、本当に取り返しのつかないことになりかねない。
「姉姫様、許可を出してくれてありがとうございます。施設には絶対に迷惑をかけません」
「気を張りすぎるのも良くないわぁ。でも、それを覚えておいてくれるなら、私は嬉しいわねぇ」
これで準備が出来たため、早速5人で出発。駆逐艦5人であるため、これだと即席の駆逐隊だなと思いながらも、春雨は調査隊に合流するために一気に速度を上げた。
一方、調査隊。施設から離れた後、鎮守府に今から帰投すると連絡を取り、真っ直ぐ帰路についていた。戻るだけではあるものの気は抜かず、だからといって速度を上げすぎることもなく、安定した速度を維持しながら航行を続けていた。
その先頭を駆ける山風は、短時間ではあるものの、施設での海風との交流を思い返していた。
姿は確かに深海棲艦のように色素は薄くなっていたが、話している感覚は艦娘そのもの。確かに心は春雨の方を常に向いているような感覚はしたものの、優しい姉であることは変わらなかった。
それだけは本当に安心した。全てが変わり果てていたら、山風の心も折れていたかもしれない。それが無かっただけでも、強くいられる。
「良かったな、山風の姉貴。海風の姉貴と大分話せたンだろ?」
それを冷やかすように江風が横に並ぶ。帰路であるため陣形などは殆ど考えておらず、合間合間に周辺警戒として千歳と千代田が哨戒機を飛ばすくらいで、後はかなり自由。遠征と言うより遠足になりつつあったが、今回の任務は戦闘目的ではないため、そんな雰囲気でも誰も咎めない。
しかし、古鷹と白露の出現はいつになるかわからないため、この任務中だって気を抜いていない。それこそ、この帰路を狙って襲撃してくる可能性だってあるのだから。
「……うん、短い時間だけど、結構話せた」
「全然変わってなくて良かったよね。あたいもちょっと安心したさー」
涼風もそこに加わる。妹達は海風が変わり果てているわけでは無いことを知れただけでも充分に安心出来たようだった。
タブレットによる通話越しでは、わかるものもわからない場合がある。やはり、直に会って話さなければ。そしてその結果、海風は何も変わっていなかったのだ。そうしてくれた施設の者、特に親身になって世話をしてくれた春雨に感謝した。
「毎日ってわけにゃ行かないだろうけどさ、行けるときは何度も行こうな。江風も海風の姉貴には会いたいしさ。勿論、春雨の姉貴にもね」
「次は五月雨も連れていきたいねぇ。直に会いたいって思ってるでしょアレ」
「だね。提督説得して、五月雨の姉貴も調査隊の一員にしちまおうぜ。でも隊長は山風の姉貴な! そこは変わっちゃダメだよ!」
2人で盛り上がっていくところを見て、山風も穏やかな気分に。鎮守府に残された姉妹は少ないものの、力を合わせて戦い抜ける覚悟は出来ている。
だからこそ、その姉妹のうちの長女が敵対していることが辛い。しかし、もう揺らがない。
ここにいる者達は、もうあの白露に対して一切の容赦をしないことを誓っている。記憶は仲間のモノを持っているとしても、やっていることは侵略者そのものなのだ。ならば、他の深海棲艦同様、撃沈しなくてはならない。
むしろ、白露の姿を取っているからこそ、鎮守府の艦娘達が一丸となって対処に当たらなくてはいけないとさえ感じている。仲間の不手際と言ってはアレだが、鎮守府の責任として。
「……うん、ありがと。あたし、頑張れる気がする」
心を強く持って、調査隊の隊長として、山風は改めて強く歩いていこうと決意した。海風の後を継いだのだから、恥ずかしくない生き方をしたいと。
「ちょっと待って。哨戒機から連絡!」
などと話しているところに、千代田が叫ぶように報告。その切羽詰まった声で、調査隊に一気に緊張が走る。
「嘘でしょ……本当に来ちゃったわけ!? 未知の……ううん、もうわかってる、古鷹と白露出現! って、あの2人だけじゃない! イロハ級とかも引き連れてる!?」
危惧していたことが現実になってしまった。念のためと鎮守府に通信しようとしたが、案の定通信妨害されているかのように声が届かない。まさにあの2人が現れるときの前兆。
しかも今回は、2人だけではなく周りに配下のようなイロハ級まで連れてきているという。完璧に鎮守府を潰すつもりで来ている部隊だ。
「このタイミングを狙ってたんデスかね……。いや、流石にたまたまでしょう。こちらを狙うタイミングなんていくらでもあったんデスから。でも、今回は迎撃の準備はしてありマース!」
「はい! こうなることを想定して、装備も調査ではなく戦闘用です!」
金剛と比叡が
前回は後れを取ったが、今回はそうは行かない。ここで決着をつけられるように準備をしてある。
「ええっ!? 施設からも来てる!?」
今度は千歳が叫んだ。施設側から虫の報せを受けた春雨を筆頭とした援軍が、交戦前から調査隊に合流をしようと向かってきている。
今までより敵が多いことを考えると、これは朗報。どうやってこの事態に気付いたかはさておき、来てくれること自体がありがたい。
このタイミングで、鎮守府防衛に繋がる戦いが始まろうとしていた。
支援絵をいただきました。ここに紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/94029961
MMDアイキャッチ風ちとちよ。この姉妹、妹の方がそういう感情を抱いている上に、割と押せ押せで行くから、こんな感じの場面が多くなりそうですよね。