「今から鎮守府を襲撃に行くつもりだったんですけど、途中で出会ってしまったのなら仕方ないですよね。貴女達を前哨戦とさせてもらいましょうか」
ニコリと笑うと、片目が雷光のように輝いた。
その輝きに見覚えがあるのは、春雨と叢雲。自分達をこうした元凶であり、最も強い恨みと憎しみがある相手。しかし、見ているだけでその強さがわかるほどであり、緊張感が支配した。
心の奥底に手も足も出なかったというトラウマが刻まれているというのも無くはない。それは深海棲艦化したとしても、拭えないものだ。
「姉さん……大丈夫です。私もいます。頼りないかもしれませんが、姉さんを支えます」
春雨の緊張を察したか、海風が小声で励ます。少しだけ緊張感は取れたが、やはり古鷹の威圧をヒシヒシと感じているせいで、冷や汗が止まらない。
それは叢雲も同じだった。艦娘の時と同じ姿をしているため、手には滑り止めの指抜きグローブを嵌めているのだが、それがギュッと小さな音を立てた。無意識に力んでしまって、槍を強く握りしめてしまう。
「後ろのイロハ級は私達がどうにかしておく! 本命は任せたから!」
「空襲は絶対にこっちにやらせない!」
千歳と千代田が筆頭になり、古鷹と白露が連れてきたイロハ級はこの戦場にまで来れないように抑え込んでいた。空襲も相当量あるのだが、そこは山風達が必死に拮抗状態を維持している。
他のイロハ級は松竹姉妹が一網打尽にしていた。自分達に害をなす者と判断しているため、それが
松竹姉妹も当然姫級。普通の艦娘とは一線を画した力を有しており、そんじょそこらのイロハ級では、それがフラグシップであろうがお構いなしに捻り潰す。数の暴力はあるかもしれないが、着実に数は減らしていった。
「後からそっちに加わっから、頼んだぜ!」
「さっきあれだけ大口叩いたものね。当然参加させてもらわなくちゃ」
「だな。だが、先にあっちやらねぇと話にならん。他の連中のためにも、きっちり仕事してからな!」
白露を沈めてもいいかと聞いたのは竹だ。なのにその戦闘に参加しないというのはよろしくない。
だが、イロハ級をどうにかしなければ、春雨達がまともに戦闘も出来ないだろう。仲間達が戦いに集中するためにも、松竹姉妹はサポートを買って出たわけだ。
「うーん、やっぱり
笑顔は崩さずに松竹姉妹のことを褒め称える古鷹。あくまでも『格』で表現するのは、元々の性格からは考えられないモノである。
深海棲艦化により性格が歪んでしまった結果なのはわかるが、どこかおかしな部分を感じ取れた。それが出来たのは、経験数が多い金剛と、直感から得体の知れない何かを感じた春雨。古鷹からも、白露と同じように何かを感じた。
「貴女達はどうでしょうか。艦娘の方々は……残念ながら。でも貴女達は
金剛と比叡、そして島風には、完全に見下しているような物言い。艦娘というだけで格下扱い。
事実、それほどの力を持っているのかもしれないが、それをひけらかすような真似をするのは、おちょくっているというよりは冷静さを欠かせようという策略。
「1つ、いいデスか?」
戦いの前にベラベラ喋っている古鷹に、金剛が問いかける。話がわかる相手では無いとわかっていても、会話が出来るなら一応試みてみるようだ。
「はい、何でしょう」
「貴女の目的は何なんデスか」
真に迫る質問。何故こんなことをするかをここで聞いておきたい。
「今から死ぬヒト達に、教える必要は無いでしょう。私、冥土の土産というのも差し上げたくないタイプなので」
しかし、古鷹は語らず。いくつもの可能性から考えて、こんな状況で気分良く真相を話すタイプではないらしい。余計なことを言いそうな白露が何も言えないように睨みを利かせるまであった。
そういうところからも、饒舌に煽ってくるのは策略だとわかる。精神攻撃も織り交ぜてくる上に、実力も相当高い。
「ですので、話すのもこれでおしまいです。白露さん、調子に乗って変なこと喋らないようにしてくださいね」
「はーい。お口にチャックしておこうかな。こんな感じで」
言いながら口元に艤装を生成。まるで狂犬が噛み付くのを防止するためにつけられるマスクのようなそれのせいで、白露は一切喋らなくなる。代わりに、その瞳は殺意と愉悦でギラギラと輝いていた。
「うん、そういう判断が出来るのは、ちゃんと
「んー」
話せない代わりに指を立てる。
「調整……? 白露姉さんは、何かされたってこと……?」
白露への『調整』。古鷹のそれは失言とも取れるが、わざと突き付けるために言った言葉にも聞こえた。これも精神的な揺さぶり。真偽はわからなくとも、そういう言葉が出ただけでも気になるモノである。
「姉さんに何かしたんですか?」
「何かって、まぁ、何かしましたね。暴れん坊でしたから、私が少々教育を」
含みのある笑みを浮かべる古鷹。教育という言葉を使っているが、まず確実にそれだけではないだろう。
つまり、白露はなるべくしてああなったわけではない。本来ならば、春雨や海風のような溢れ方をしていたのに、古鷹が
「そんなことどうでもいいでしょう。白露さんもどうでもいいと思っているでしょうし」
うんうんと頷く白露。今の自分が過去の自分とあまりにも違うことに何も違和感を持っていない。艦娘の時ならばあったであろう罪悪感もカケラも見当たらない。
「では、こちらから吹っかけたお喋りみたいなものですが、ここで終わりにしましょう」
二度目の切り上げ。そして、古鷹が早速動き出す。
「全員、ここで沈んでもらいますから」
片目が輝いたと思ったら、尻尾のような艤装から魚雷が放たれていた。その速度は普通のそれとは全く違う。さらには1人1人を確実に終わらせるための命中精度まで持っていた。
「甲標的!?」
島風が叫ぶ。見た瞬間に異質だと思えたそれに、島風は見覚えがあるらしい。その名前を聞いたことで、春雨達もその危険性を一瞬で理解した。
艦娘の甲標的は、その内部に妖精さんが乗り込み、艦載機のように操縦しながら敵に接近し、確実に当たると言える場所で搭載された魚雷を放つ兵装。妖精さんが見ながら放つのだから、精度は非常に高く、さらにはその高速性能から、敵の攻撃よりも前に放たれることが一般的。いわゆる、『先制雷撃』である。
古鷹という艦娘はそんなことは出来ない。深海棲艦化によるスペックアップで手に入れたものかもしれないが。
「それでは、行きましょう」
甲標的が放たれたかと思いきや、今度は艦載機が発艦。空母と同様のスペックを持つ艦載機が、春雨達目掛けて飛び立つ。
「どれだけ耐えてくれますかね」
それだけやったのに、そこから主砲を構える。その主砲も並ではなく、重巡洋艦なのに威力が戦艦と近いという詐欺。
先制雷撃、艦載機、そして砲撃。1人で3つの動きを同時にこなした。そんな深海棲艦がいないとは言わないが、艦娘でここまで出来る者は限られている。
「甲標的は私が壊すから! みんなで本体狙って!」
考えている暇もなく、速攻で動き出したのは島風。いの一番に甲標的をどうにかしなくては話にならない。上からの攻撃でも厳しいのに、下からの攻撃まで加わったら訳が分からなくなる。
「私が上をやりマース! 対空砲火だって、やれるんだからネ!」
そして艦載機には金剛が。本来対空が出来るであろう三式弾は装備していないが、金剛が持つ主砲は対空性能も持つ両用砲に近いモノ。
古鷹の艦載機だけでも、1人で抑え込むのはかなり厳しいが、やらないよりはマシだ。空襲が半分になるだけでも戦いやすくなる。
「お姉さまの思いを背に! 比叡は、気合、入れて! 行きまぁす!」
そして、真っ先に飛び出したのは比叡だ。古鷹の砲撃を潜り抜け、
「私の怒りと憎しみを! 思い知れ!」
それに続くように叢雲も緊張を振り払って突撃。比叡よりも素早く砲撃を潜り抜け、古鷹の喉元に槍の切っ先の狙いを定める。
叢雲のことを考えて、比叡は砲撃を選択しなかった。戦艦の主砲は範囲が広いため、叢雲も巻き込んでしまう可能性は高い。一緒に接近戦が出来るのなら、そちらの方が確実に戦える。
「貴女達の思いとかは私にはわからないですが、こちらからの攻撃に対して反撃してくるのは当然の権利だと思いますので、それを咎めることはしませんよ。当たるかはさておき」
叢雲の槍を軽く避けると、その柄を握りしめつつ、比叡の刀剣による斬撃を強引に止めるために槍を引っ張る。その握力は戦艦に匹敵するのではと思えるほどであり、叢雲は体勢を崩すことに。
比叡も叢雲のそれを見て、攻撃をほんの少し躊躇した。そのまま斬り下ろしたら叢雲を斬ってしまいかねない。
「その優しさが艦娘の強いところでもあり弱いところでもあると思うんですよね。そのまま振り抜けば私に一撃入れられたかも知れないのに」
笑顔を崩さず、叢雲を振り回して比叡にぶつけようとする。
叢雲も咄嗟に槍を消すことでそれを回避したものの、その時にはもう叢雲に力が伝わっていたため、大惨事にならないだけで吹っ飛ばされた。
しかし、その瞬間は隙になるもの。叢雲が振り回されたタイミングを見計らって、春雨と海風が回り込んでいた。誰もいない場所からの砲撃で、仲間に迷惑をかけずに古鷹のみを狙う。
ほとんど後ろからのようなものだが、その尻尾のような艤装が邪魔。それでもお構いなしに砲撃を放った。一撃で沈めることは難しくとも、生身が曝け出されている脚にならば攻撃は通るはず。
「チームですから、そういう戦い方をするのが当然ですよね。ですが、こちらもチームなんですよ。少し頼り無いですが」
「んー!」
異議を申し立てるように呻いて、白露が春雨と海風の前に躍り出た。その砲撃は白露の砲撃によって妨害され、古鷹には当たることはなかった。
「姉さん……!」
「んっんー」
何か悪態をついているようだが、自分で嵌めた口枷のせいで何を言っているかはわからない。だが、その目から何を言いたいのかはわかった。やらせるわけないだろ、と。
「白露さんはどうしても妹と決着をつけたいそうなので、頑張ってください。残りは私が受け持ちましょう。だとしても、前回より戦力は減ってしまっているようですが」
「貴女が仲間をいっぱい連れてきたからネ。でも、すぐにこっちに来てくれるヨ」
金剛も比較的余裕を持った言動で対応している。ここで焦っては、十全の力を発揮出来ない。
「貴女も全力でかかってくることデス。手を抜いて勝てると思っているんデスカ?」
「それはもう」
吹っ飛ばした叢雲に追撃をしようとする古鷹だが、それは比叡が刀剣によって強引に妨害。しかし、傷どころか当てることすら出来ず。
見てからの行動の速さが普通ではなかった。それこそ、その一瞬の速さだけで言えば島風すら上回っているようにすら見える。艦種詐欺が横行する深海棲艦の中でも、古鷹は特におかしい。
「でも、確かに格下とはいえ貴女達に失礼でしょう。いくら前哨戦でも、わざわざ長引かせる必要はありませんしね」
そう言った瞬間、古鷹は比叡との距離を詰めていた。そして、その尻尾のような艤装を振り回し、比叡を薙ぎ倒す。ギリギリのところで刀剣によるガードはしていたが、その強烈な質量による一撃で、なすすべもなく吹っ飛ばされた。
「まず1人」
そして追い討ちをかけるように比叡に主砲を放つ。1発や2発ではない。瞬間で何発も連射し、肉片も残さないと言わんばかりに的にし続けた。