深夜にトラウマが連鎖して総崩れを起こした春雨達だが、中間棲姫と飛行場姫の迅速な介護で事なきを得た。そこで2人の手が入らなかったら、おそらく全滅していただろう。
翌朝、発作も無くなってグッスリ眠った春雨達は、結局添い寝してくれていた中間棲姫と飛行場姫に平謝りである。仕方ないことだからという2人の言葉で、薄雲とジェーナスは終わったのだが、春雨は薄雲とジェーナスを巻き込んでしまったために罪悪感も酷く、それだけでは終わらずに土下座すらしそうな勢いだった。
「大丈夫、大丈夫よハルサメ、今ちゃんと目が覚めてるんだから、何も問題は無いわ」
「そうだよ春雨ちゃん、私も同じ爆弾抱えてるから、春雨ちゃんの辛さはわかるよ。ああなっても仕方ないんだから」
同じ立場だった薄雲とジェーナスも、春雨がそこまでしてきたことにアタフタし始めた。確かに巻き込まれた側かもしれないが、やってしまったことは同等。ひとまずは春雨を慰める。2人は春雨のことを責めてなんていないし、むしろ自分が同じ立場になる可能性がかなり高いのだから、これくらいならと気にもしていなかった。
慰めの言葉をかけられても、春雨の気は済まなかった。自分のことはどうでもいいとして、仲間を、友達を命の危機に晒してしまったことがどうしても許せなかった。溢れるまでは行かないまでも、自己嫌悪に押し潰されてしまいそうになるほどに。
「春雨ちゃん、落ち着いてちょうだいねぇ」
それを見越した中間棲姫が、相変わらずその母性を使って落ち着かせる。今は焦りに焦っているので義脚を構築すらしていないため、中間棲姫の腕力でも軽々持ち上げることが出来てしまう。
そのまま自分の膝の上に座らせて、後ろから抱きしめながら温もりを与えていく。春雨はそれでも震えが止まらなかった。
「辛いことを思い出しちゃったのよね。夢だもの、抵抗も出来ないわぁ。だから、今日からしばらくの間は私と妹ちゃんも一緒に添い寝してあげるわね。グッスリ眠れるように、落ち着けるように」
ただただ当たり障りのない言葉だけを選んで今後のことを説いていく。叱ってもらいたいと思っていたかもしれないが、中間棲姫がそういうことをしない人であることは、この短時間で理解している。
「……姉姫様……迷惑をかけてごめんなさい……」
謝罪の気持ちを口に出す。どうしても何度も言っておきたくて、謝罪の言葉が止まらない。これからも何度も何度も起こることだ。春雨の性格的に、こういう事態が起こるごとに謝罪の言葉を口にするだろう。
「1つだけ。お友達が慰めてくれているのなら、それは素直に受け入れること。甘えてもいいの。これだけは守ってちょうだいね」
それに対して、中間棲姫が耳元で呟いた。まるで子供をあやすような、優しい優しい口調。
「春雨ちゃんも、お友達が同じようになったら慰めるでしょう? それなら、同じことをしてあげればいいの。それで全部元通り。みんなそうやって割り切るの。それだけ」
一旦落ち着かせてから、たった1つの助言。説教でも何でもなく、深海棲艦として、この施設で生きていく上での処世術。むしろ、人類でも艦娘でも同じような生き方をするべきこと。自分がされたことを相手に返すというだけ。
全員が同じことをしたら、それだけでこの施設は平和。心の爆弾を抱えていない中間棲姫と飛行場姫がその信念を貫いているのだから、まず間違いなく問題は起きない。
それに、中間棲姫の言葉は、深海棲艦の本能に届くような感覚がした。春雨も、耳元でその声を聞き続けることで心が落ち着いていき、今の言葉を心に刻んでいく。
「……私がこういう
「そうよ、ハルサメ。気にしないで。私達もきっかけになっちゃうかもしれないけど、気にしないことにしてるもの」
「私は特に迷惑かけちゃうかもだけど、気にしないでね。私も春雨ちゃんの発作は気にしてないから」
薄雲とジェーナスも春雨に抱きつく。中間棲姫の温もりに2人分も加わったことで、心がより温かくなる。
「……あはは、わかった。みんなが何が起きたとしても、気にしないよ」
深夜の騒動はこれで決着。春雨は少しだけ心が強くなった。
朝食後は農作業の手伝い。ここに参加するのは以前と同じで松竹姉妹。薄雲とジェーナスは、飛行場姫の作業を手伝うとのこと。
いつもの3人組から1人外れての作業となるが、むしろ人数が増えたことで心は落ち着いたまま。孤独感など無い。
「こんな感じでいいですか」
「ええ、それなら作業出来るわぁ」
制服はおおよそ作業に向いていないということで、パジャマを作る感覚でジャージを構築。中間棲姫や松竹姉妹のそれを真似るようにしたことで、同じようなものがちゃんと出来ていた。麦藁帽子も完備。
義脚に土が噛むと面倒くさいことになるかもしれないという助言を受けて、普段使いのものよりもさらに厚手のタイツを身につけ、準備完了。実際は一度消して再度構築し直せば事足りるのだが、手間がかかるのでこの形に。
艦娘の時代でもこんなことをしたことがないため、若干緊張していた。陸での活動をしないとは言わないが、ここまでのことをする者はいない。趣味でやるにしても小さめの花壇や家庭菜園程度である。
「何かわからないことがあったら、いくらでも聞いてくれて構わないからね」
「俺らもこっちに関しては大分熟練者になってっからな。草の毟り方から鍬の使い方までいけるぜ」
その緊張を感じ取ったから、松竹姉妹がしっかりフォロー。真面目に励ます松と、少し戯けた話し方の竹に、春雨の緊張は少し解れる。
「今日は良さそうなお野菜を収穫するわぁ。果物も出来ているものがあるから、デザートに穫っちゃいましょうねぇ」
「姉姫様、小麦はどうしちゃいます?」
「そっちも良さそうなのは穫っちゃいましょうかぁ。パンが作れるわねぇ」
ニコニコしながら作業の指示をしていく中間棲姫。まるで小学校の教師のように優しくやんわりと丁寧に教えていくため、初めての春雨も楽しく作業が出来た。
コツを掴むのも早く、初めての作業だというのにあっという間に一人前と言えるくらいにまで覚えていく。みんなの教え方がいいというのもあるが、春雨の吸収力もなかなかのもの。
「自分で育てたモンを食うってのは、すっげぇ美味いんだよ。春雨もわかる時が来るぜ」
「そうなんですね……その時が楽しみです。私が一から始めるものはまだ無いですから」
「じゃあ、何か植える時は春雨さんにやってもらわなくちゃね。育っていくところを見ていると、我が子のように思えるのよ」
この作業を通して、松竹姉妹とも仲良くなっていく春雨。先々日、先日と、同じ境遇である薄雲、ジェーナスと親密になっていったが、同じ施設で暮らすのだから全員と仲良くなりたいと春雨は考えていた。お茶会は一緒にしたものの、やはりより親密になるのならこういう作業を一緒にやることが一番だろう。
この2人、溢れた感情がお互いに対する『依存』であり、距離感が他の仲間達よりも大分おかしいことになっているものの、根っこは真面目で優しく仲間思い。作業中の会話も今のように春雨に対して好意を以て接している。
施設の先輩として作業を覚えてもらいたいし、施設の仲間として親密になりたいという気持ちは一切隠さない。それこそ名前通り竹を割ったような性格。見た目は深海棲艦かもしれないが、心は艦娘のままであることが如実に表れている。
「あー、それとさ、俺達ともタメ口で頼むよ。薄雲やジェーナスとはそうしてんだろ?」
「そうそう、昨日のお茶会の時にも気になってたけど、ちょっと距離感じちゃうのよね。私達も仲間……友達なんだし、同じ駆逐艦なんだから、ね?」
「あ、は、はい……じゃなくて、うん、そうさせてもらうね」
「それでよし。俺達も楽しくやっていきたいからさ、お互い他人行儀は無しにしようぜ」
ニカッと笑って作業を進める松と竹に、春雨は心の底からの信頼が芽生えた。2人の発言は嘘偽りない本心であるため、何の抵抗もなく春雨の心に染み渡る。
深海棲艦化して春雨自身も理解しているが、本能のままに動くためか嘘が吐けない。心が艦娘であろうが、性質は深海棲艦なので、そういうところは気質が引っ張られるのは仕方なかった。そのおかげで仲間同士の信頼関係が築きやすいというのもあるのだが。
その様子を少し遠目に見て、穏やかな笑みを浮かべていた中間棲姫。短時間で春雨が施設に馴染んでいくのを見て、この施設を作ってよかったと実感していた。
実際、この施設を設立してそれなりの時間が経過している。それこそ年単位で成立しているからこそ、今のような畑や設備が整っているのだ。これは中間棲姫と飛行場姫の努力の賜物である。
「ふふ、よかったわぁ。これなら孤独を感じることもないし、楽しく生きていけそうねぇ」
何も隠し事がない、本心からの言葉。施設の住人のことを思っての、管理者としての言葉だった。
農作業もある程度終わり、今は収穫した野菜や果物を水で洗っていく時間。そのまま施設内に運び込んでもいいのだが、やはり余計な汚れなどは先に取っておいた方がいい。
畑にはしっかりと水道管まで用意されており、島の中のインフラ整備は完璧。4人で流し台を使っても余裕があるほどのサイズである。
何度も言うが、ここは陸上施設型深海棲艦の陣地の上である。ここまで整えている深海棲艦はまず確実にいない。
「これだけあれば、またしばらくは大丈夫ねぇ。妹ちゃんもお魚を釣ってきてくれるしねぇ」
「お漬物作っておかなくちゃ。糠ってまだ大丈夫でしたよね」
「ええ、大丈夫よぉ。松ちゃんと竹ちゃんのお漬物は美味しくて大好きだから、またお願いねぇ」
基本的には保存食にしているようだが、出来ないものは今日から消費していくらしい。足が早いものから消費していくのは何処でも一緒である。
「あー、でもそろそろ砂糖が切れそうなんだよなぁ。姉姫さん、サトウキビか甜菜育てねぇ?」
「育てたいのは山々なんだけれど、なかなか手に入らなくてねぇ。手に入ったとしても、ここの気候でどうにか出来るのかしらぁ」
ここで少し疑問が芽生えた春雨。そういった調味料とかはどうやって手に入れているのか。油とかはまだしも、砂糖は今の段階では簡単には出来ないようである。
お茶会の時にしても、茶葉は何処から出てくるのか。少なくともこの畑には茶葉の栽培をしているようなところは無かった。それなのに、春雨がここに来てから毎日ジェーナスの淹れた紅茶が飲めている。
「あ、あの、姉姫様、1つ質問いいですか?」
「あらあら、何かしら」
「その、明らかにこの施設ではどうにも出来ないようなものがありますよね……調味料とか、あとお漬物の糠とかも。そういうのってどうやって手に入れているんですか?」
春雨に聞かれて、話してなかったっけと驚く中間棲姫。てっきり飛行場姫がちゃんと説明しているものだと思ったらしい。
「春雨ちゃんは、今この施設からお出掛けしている子達がいるのは聞いているかしら」
「はい、妹姫様から少し」
「その子達が遠出している理由がそれなのよぉ。この施設で手に入らない食材とか消耗品とかを、纏めて手に入れてもらってきているの」
以前に飛行場姫が言っていた、ちょっと遠出してる子というのがそれの答えのようだ。
深海棲艦が老舗百貨店に買い物に来ているという噂の信憑性も、飛行場姫によって真実であると理解させられたのだが、この施設に同じことをしているものがいたということで、春雨は驚きが隠せなかった。
「勿論、人間の社会のルールに則ってよぉ。ここで作ったお野菜とかを持っていってもらって、ちょっと私はよく知らないんだけれど『ミチノエキ?』とかいうところでお金に替えて、それを使って私達のために買い出しをしてくれているの」
「なんかすげぇらしいよ。あの人達がそこに行ったら、歓声が湧くんだと。で、持ってったモンが飛ぶように売れて、あっちゅー間に買い出しが出来るくらいの金になるんだってさ」
「凄いわよね。料理もプロ級に上手だから、その場で調理して簡易レストランでも開いてるんじゃないかしら。しかも人間達には深海棲艦ってバレてないんだもの」
鎮守府にいるときには、流石にそんな噂は聞いたことがなかった。そこまで巧妙に自分の姿を変えられるものなのかもしれない。もしくは、バレていないと言いつつも協力者がそこにいたりするのかもしれない。
「そ、そうなんですか……」
「多分今日くらいに戻ってくるわよぉ。出て行ってからどれくらい経つかしらぁ」
「今日で半月くらいだな。いつもの調子なら、多分今日明日くらいだぜ」
その頃、施設近海。
2人の深海棲艦が大量の荷物を持って施設に向かって航行していた。本来の最短距離からは大きく外れつつ、誰にもバレないように遠回りに遠回りを重ねて、ようやく島の姿が見えてくる。
「久々に戻ってこれたわね」
「Oui. 皆さん、元気にしているでしょうか」
「あの子達なら大丈夫でしょ。喜ぶ顔が目に浮かぶわね」
松と竹も当然駆逐艦。春雨とは対等であり、友人です。
深海棲艦としての力は(ゲーム上では)春雨が一番スペックが低いですが……この話だとどうなりますかね。