空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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白露の中には

「姉さん、永遠に、眠ってぇ!」

 

 刀剣へと変化させたその脚を大きく振り上げたことにより、春雨の一撃は白露の胴を斬り払った。

 

「んぎっ……!?」

 

 身体が真っ二つになるようなことはない。そこまで深く出来たわけでも無く、白露自身も春雨が突撃した時点で後ろへと下がっている。

 しかし、その距離を見誤った。蹴りが斬撃になるなんて考えていなかった上に、刀剣へと変化した瞬間、本来の脚よりも()()()()()。結果、白露の胴は綺麗に斬り裂かれ、その口枷すらも叩き割った。

 その時に春雨の脚の刀剣もヒビが入り、そのまま砕け散ったが、あくまでもそれは今作ったばかりの仮初の脚だ。反動で少しの間はまともな脚が作れないかもしれないが、また壊れた状態で作られるわけではない。

 

「春雨に……やられるなんて……ね」

 

 口枷が破壊されたことで、再び言葉を紡ぐことが出来るようになった。今までは古鷹に従順に外すことなく戦い続けたが、口枷が無くなった時点で全てが自由になっていた。

 だが、白露の瞳にはまだ殺意が灯ったままだ。腹から胸にかけて斬り上げられたことで、制服はもう血塗れ。戦う力なんてそこまで残されていない。それなのに、まだやろうと倒れることすらない。

 

「だけど、だけどさぁ……あたしはまだ、やれる……やれるんだよねぇ!」

 

 狂気に染まった笑みを浮かべて、血塗れになりながらもまだまだ戦いは終わらないと言わんばかりに主砲を構えた。腕は震えているのに、力なんて殆ど入っていないのに、殺意だけは一人前。

 

「ならば、その心が折れるまで戦いますよ。私は春雨姉さんを守り続けるだけです。その砲撃は、絶対に届かせない」

 

 その主砲の前に立ち、腕を変形させた盾を構える。錨を受け止めたことで大きな傷が入り、海風自身もその衝撃でダメージを受けていたものの、致死量には全く届いていないのだから、春雨の側にいることを優先する。

 盾があることによって、お互いの身体は守られている状態。そのまま耐え続ければ、白露は勝手に消耗し切って倒れるだろう。

 

「あっはは、海風ぇ……あたしに同じことは二度も通用しないんだよ! 次はそれもぶっ壊して、アンタの目の前で愛しい春雨を殺してあげるよ」

「やれるものならやってみなさい死に体が。姉さんを守る盾で、もう何もやらせません」

「口だけは達者になっちゃってさぁ!」

 

 さも当然のように怪我をする前の速度で突撃を敢行。一度見た盾なのだから、真正面から破壊してやろうと、錨を振りかぶった。

 

「げほっ!?」

 

 だが、やる気だけではダメだった。春雨の渾身の一撃は内臓を傷付け、口からも血が吐くことに。そして、脚から力が抜けたか、その場で跪いて倒れ伏してしまった。

 海が血の色で染まるが、震える腕で上体を起こし、春雨と海風を睨みつけながら立ち上がろうとする。

 

「っは、はぁ……はぁ……負けてない、負けてないんだ。あたしはぁ……もっと……おぶっ!?」

 

 しかし、ここで白露に異変が起きる。吐き出されるものが血だけでは無かった。

 

 艦娘も深海棲艦も、血液の色は人間と同じ赤だ。強いて言うならば、深海棲艦の方が少し色が黒に近く、色素自体が薄いため、肌が白くなるようである。それでも、それが赤であることがわかるくらいには色付いている。

 だが今、白露の口から吐き出されたのは()()()()()。それは、春雨や海風にも見覚えのある色。()()()()()()()()()()()()()

 

「姉……さん……?」

 

 春雨が恐る恐る声をかけても、泥を吐き出すことをやめない。ゲホゲホと咳き込めば咳き込むほど、その量は増えていく。気付けば、胴から流れる血も、一部が黒ずんでいる程だった。

 

「っかはっ……え、え……」

 

 咳が止まった時、白露の瞳は今までと違っていた。一切の怒りも憎しみもない、綺麗な光が灯っている程である。

 

「あたし……()()()()()……」

 

 今までと確実に違う、正気に戻ったかのような言動。その言葉が聞こえたことで、春雨は大きく動揺した。今の白露は、自分の知る姉だった。

 

「姉さん、姉さん!?」

「あれ……深海棲艦……あれ……」

 

 目に光は戻ってきているが、今までの自分がわかっていないように震えている。たった今まで殺意を向けていたのに、目の前の春雨が春雨と認識出来ていないような表情。

 流石にそんな様子を見たら、海風すら動揺を隠せないでいた。春雨を苦しめた張本人である白露なのに、その怒りの対象から外れてしまった。

 

「私です! 春雨です! 今はこんな姿になってしまっていますが、姉さんの妹の、春雨です!」

「春雨……ああ、春雨、あの後、逃げ切れたんだね……でも、なんで深海棲艦に……あれ……」

 

 話が噛み合っているようで噛み合っていない。だが、春雨が逃げ切れたと言えるということは、紛れもなく春雨の姉であった白露であることに間違いはない。

 今話しているのは、春雨が直感的に気付いた5()()()()()()が失われたような存在。あの頃の白露なのだが、白露自身が頭の中がグチャグチャになっているようだった。さらには、未だに血は流れ続けているわけで、刻一刻と死に向かっている。

 

「なんか変……何これ……こんなの覚えがない……知らないことが……あたし、なに、何なの、何が、何が……起きて……」

「姉さん、落ち着いてください! 大丈夫です、私達がいますから! 海風!」

「は、はい、正気に戻ったなら、春雨姉さんのためにも生きていてもらわないと困りますから、まずは落ち着いてください」

 

 白露に駆け寄る春雨と海風。一度正気に戻ったが、今度は違う意味で正気を失いかけている。全く知らない記憶の奔流が頭を駆け巡っているせいか、許容量を大きく超えてしまっている。それにより、思考回路が焼き切れかけていた。パンク寸前どころか、既にパンクしてしまっているレベル。

 それを繋ぎ止めていたのが5()()()()()()なのだろう。それがいたから白露はまともではないがまともでいられたわけだ。

 

 つまり、先程さんざん吐き出していた黒い泥が、()()5()()()()()()()。そこに辿り着くのに、そこまで時間は必要なかった。

 

「泥に人格があったってこと……? 全然意味がわからない。でも、でも姉さんが正気に戻ったなら、話が聞けるかもしれない! 絶対に救う!」

 

 

 

 

「そんなこと、させるわけないでしょう」

 

 古鷹の声と同時に、主砲が放たれた爆音が戦場に鳴り響いた。

 

 

 

 

 古鷹と戦っていた4人──金剛、比叡、叢雲、島風は、古鷹たった1人に圧倒され続けて、今や満身創痍だった。

 

 最初に傷だらけにされた比叡は、その後も戦い続けた。気合だけで立っていたものの、刀剣は殆ど意味をなさないくらいに破壊されていた。主砲に切り替えて攻撃を続けたものの、戦艦の大振りな砲撃は古鷹に掠ることもなく、逆に撃ち返されて傷がより一層増え続けるのみ。

 爆撃を受けていた叢雲と島風は、対空砲火を集中させたおかげで致命傷は避けたものの、爆風を喰らい続けたせいで消耗が激しい。攻撃に転じようと、爆撃を潜り抜けて接近したが、それを甲標的に邪魔され、結局攻撃の対処に尽力せざるを得なくされる。島風は消耗しすぎて自分のスピードが出せなくなり、叢雲に至っては槍を杖にして膝をついてしまっている。

 そして金剛は、その3人の命を守るためにシールドを張り続け、攻撃すらさせてもらえないままにボロボロにされた。シールドは傷だらけで何とかそのカタチを留めているに過ぎない。仲間を守る術を失いかけており、戦う手段すらギリギリ。

 

「春雨ぇーっ!」

 

 金剛が叫ぶ。もっと体力が残っていれば、今の古鷹の砲撃は無理してでも止めていただろう。しかし、身体が動いてくれなかった。

 古鷹は白露諸共春雨達を葬ろうとしていたのだろう。白露自身も、本来呼び起こされないであろう記憶が戻ってきてしまいそうなので、()()()のために皆殺しを選択した。

 ここで春雨がやられたら、まず間違いなく戦況はグチャグチャになる。一部の者は感情が溢れて黒い繭となってしまうかもしれない。そうならなくても、トラウマになって再起不能になってしまうかもしれない。どうあっても、今まで通りにならないことは確実だ。

 

「姉さんは、姉さん()は、私が守ります!」

 

 その砲撃の前に、海風が立ちはだかる。腕を強固な盾へと変形させ、春雨と白露を包み込むように作られたそれにより、古鷹の砲撃は完全に防いだ。

 しかし、その衝撃でグラリとふらつくが、春雨のためにと踏ん張る。守るための力を得たのだから、最愛の者を守り切るために。

 

「へぇ、そういうことも出来るんですね。厄介極まりないですし、貴女達はここで確実に始末してしまいましょう。艦娘は正直後からでもどうとでもなりますが、貴女達はダメです。やたらと成長が早い」

 

 満身創痍な4人に背を向けて、海風の張る盾を叩き割るために、爆撃も魚雷も全てを集中させた。

 砲撃は盾で受け止められるだろうが、上と下からの攻撃まで手が回らない。全ての攻撃が同時に放たれると、覚えたての海風には重荷すぎた。

 

 だが、その攻撃は届かない。まずは真っ先に魚雷が破壊された。

 春雨は白露に寄り添い、それに対して反撃する手段はすぐには出せなかった。ならば誰が。

 

「おいおいおい、せっかく姉妹の仲が元に戻るかもしれないんだぜ。茶々を入れるんじゃねぇよ」

 

 その攻撃を食い止めたのは、竹。群がる同胞(はらから)の群れを全てどうにかしたことにより、ようやく戦線に参加出来るようになった。もう古鷹が連れてきた敵群はいない。松竹姉妹が筆頭になり、ここには古鷹しかいない状態にまで持っていった。

 

「上から下から器用ね。でも、春雨さん達には届かせない」

 

 爆撃は松が全て防いだ。艦載機は全て撃ち墜とし、爆撃そのものも消し飛ばした。これにより、春雨達には破片すら落ちてこない。

 

「俺達はさ、別にお前が何をしたいかとかはあんまり興味ないんだ。俺には松姉ぇがいりゃそれでいい」

「私も、竹がいれば他はどちらかといえばどうでもいいのよね」

「だけどな、俺達と同じように想い合ってる姉妹の仲を裂こうっていうなら、容赦しねぇよ」

 

 古鷹が放ったモノとは比べ物にならない量の魚雷が、竹から展開された。本来ならば、周囲の全てを殲滅するために放たれるであろう物量が、全て古鷹に集中しようとしている。

 

「これはこれは……もしや貴女達は格上ですか?」

「そんなこと知らないけれど、少なくとも、在り方は貴女より上なんじゃないかしら。静かに平穏に、竹と一緒に暮らしていければそれでいいんだもの。周りに迷惑をかけようだなんて、カケラも思ってないわ」

「おう。そういう意味では、お前は格下も格下だぜ。力だけで格上だっつってるヤツよか、俺達は格上だ」

 

 それだけ言い、魚雷が全て古鷹に向かっていく。あらゆる方向、あらゆる速度で、回避をさせる気が一切ない、密度しかない雷撃。殺意しかこもっていない。

 これを回避するためには、その魚雷全てを破壊する以外に無いだろう。だがそれは、松が許さない。魚雷と同時に同じくらいの密度の砲撃が古鷹目掛けて放たれていた。

 

「これは……流石に私1人では分が悪いようですね。残念ですが、一度退きましょうか」

 

 これだけされても古鷹は余裕を持っていた。松からの砲撃は、致命傷になるところのみ艦載機を盾にして防ぎ、迫りくる魚雷もしっかりと砲撃で対処。結果的に、古鷹は無傷のままだった。

 これだけやっても、疲れの1つも見せない。誰も死ななかったのはいいことではあるが、怪我人は多数である。

 

「白露さんも、そう長くはないでしょう。それに……別にその子が治療されたとしても、何の役にも立たないでしょうから。まさか()()()()()()()()とは思っていませんでしたよ。もしかしたら春雨さんは……ふふふ、また会いましょう」

 

 そしてそのまま古鷹は消えた。それを誰も追うことも出来なかった。

 

 

 

 

 戦いはここで終わり。白露は正気を取り戻したようだが、その命は刻一刻と失われていっている。

 




支援絵をいただきました。ここに紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/94140078
MMDアイキャッチ風金剛。艦娘も深海棲艦も導くお姉さん的存在である金剛。大敗したとしても、心が折れることは無さそうです。
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