空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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自分の仇

 古鷹が撤退したことで戦いは終わった。しかし、春雨と海風には、そんなことはどうでもいいことだった。今までアレ程までに敵意と殺意を振りまき、命の奪い合いをした結果、白露が最後の最後に正気を取り戻したのである。

 春雨渾身の一撃が入ったことにより血と同時に泥まで吐いたことで、今までのことを忘れてしまったかのように純粋な表情となり、深海棲艦化した春雨を認識出来ない程になっていた。春雨だと言われてすぐに受け入れることは出来ていたものの、頭の中には()()()()()()()()()が存在し、死にかけの身体なのにもかかわらず激しく錯乱していた。

 

「姉さん、姉さん! 今は落ち着いてください! 私がやってしまったことではありますけど、傷が酷いんです!」

 

 白露の錯乱に釣られて春雨も錯乱しかけていた。そもそも白露が死にかけているのは春雨が与えたダメージによるものだ。

 こうやって正気に戻るなんて思っていなかったから、永遠に眠っていてほしいと命を奪うつもりで一撃を入れたのだが、今やなんてことをしてしまったのだと後悔しか無かった。こんなもの、()()()()でしか無いし、こうしたことで泥を吐き出すことが出来たとも考えられる。

 

「っぐ……なに……何これ……わけがわからない……あたし、いったい……」

「白露姉さん、春雨姉さんのためにも落ち着いてください。傷は深いですが、()()()()()()、まだ治療出来る範囲内のはずです」

 

 古鷹が去り際に、白露はもう長くないと言っていたが、適切な処置を施せばこの傷も治せると海風は考えていた。むしろ、そうなってもらわなければ春雨が傷付く。そんな姿を見たくない。故に、白露の治療に専念する。

 しかし、今ここにあるのは戦うためのモノだけだ。血を止めることも出来なければ、包帯すらない。

 

 いや、それはすぐに調達出来る。

 

「応急手当程度ですが、クルーザーにある程度は積み込んであります! 使ってください!」

 

 非戦闘員であるためにこの戦場から逃げ回っていた宗谷が、戦いが終わったタイミングを見計らって戻ってきていた。怪我人が出たときに鎮守府に戻るまでの時間をどうにか稼ぐため、あらゆる手当ての手段をクルーザーに載せていることがここで役に立つ。

 それに、艤装を消せば満身創痍な仲間達を運ぶことも出来るだろう。そういうことをするためにも、宗谷がいてくれるのはありがたい様子。

 

「春雨さん、使うのは包帯だけでいいわ。薬はむしろダメ。多分逆効果」

 

 そこへ松が口を出す。

 

「傷口をしっかり押さえつけて塞いだ方が治りやすいわ。内臓まで行っちゃってるとしても、まずは完全に塞ぐこと。出来ることなら、白露さん自身に艤装なり何なりで塞いでもらいたいんだけど」

 

 冷静ならば、服や艤装を作る感覚で傷口を押さえ込むように何かしらのモノを作り出すのだが、今の白露は錯乱し続けている。例え冷静だとしてもすぐに出来るかと言われればそうでもない。

 結果、宗谷が用意してくれた包帯で傷口を覆うようにグルグル巻きにしてやることで自己再生に頼ることにした。傷が開いていたら一生治らないが、閉じていたら修復が始まる。そうなれば後は白露の体力と気持ち次第。

 

「姉さん、少し我慢してください……!」

 

 傷が開かないように、それこそ文字通り血が止まるくらいに包帯を締め付ける。当然それも激痛を伴うため、白露は悲鳴のような呻き声を上げた。

 巻かれた包帯はあっという間に白露の血に染まり、白い部分の方が少なくなる。しかし、それ以上血が出なくなれば死からまた遠のくので、なるべくキツくキツくと強く縛った。

 

「わけがわからないとは思いますが、事情は後からいくらでも説明します。今は私達の施設に来てください。そして……一緒に生きてください」

 

 春雨の言葉に対して、まともな反応は見せられない。頭の中がグチャグチャな状態に、激痛まで加わってしまっている。

 だが、視線は春雨の方を向いていた。自分のことを心配してくれる妹の姿は、ちゃんと目に入っていた。

 

 白露の頭の中には、白露も含めた4人分の思考が混じってしまっている。そのせいで、白露には知らない記憶もあり、白露の考え方とは違うモノが湧き上がる。

 思考と感情が4人分あっても、その全てが1つの方向を向いていることもある。それが春雨の存在だ。4人を常にサポートしていたからこそ、4人が常に頼りにしていた最高の裏方。信用と信頼しかないのだから、錯乱していても春雨の言葉は心に響く。

 

「……よく、わからないけど……生きるさ……っが……」

 

 まだ自分のことすらよくわかっていないが、春雨の言うことは聞いた。死を望むようなことはせず、むしろ生きようとする意志を感じる。激痛で気を失うことも出来ず、だが体力は削られていくので、苦痛以外の何ものでもない。

 

「そいつは俺か松姉ぇで運んでやるよ。なるべく揺れない方がいいだろ」

「私達の艤装は、そういうことには優秀だからね。任せてよ」

 

 そう言う2人の艤装は、他の者達と明らかに違うところがある。それが、僅かに()()()()()ことだ。空高く舞い上がることは出来ないのだが、海面ギリギリを滑空するように移動している。故に、うまく持てば一切揺れることなく怪我人を運ぶことが出来るだろう。

 自分の姉は自分で運びたいと考えるかもしれないが、今の春雨は脚が生成出来ていないため、怪我人を運ぶには少し向いていない。強いて言うなら海風の方が上手く出来そうだが、おそらく気持ち的な問題で難しそう。

 

「じゃあ、私が白露さんを運ぶわ。竹は叢雲さんを」

「っといけねぇ、アイツだって満身創痍だもんな。ちょっくら行ってくる」

 

 松が白露を艤装に乗せる間に、竹は古鷹と戦ったことで動けないほどに消耗している叢雲の方へと向かう。同じように宗谷も向かい、金剛達の応急処置へ。

 金剛と比叡は、誰がどう見てもかなり危険な状態ではある。死には至らないまでも、もう戦えない状態だ。島風も疲れ切っているために自力で動くことは難しいだろう。鎮守府まで安全に運ぶためにも、宗谷のクルーザーを使って鎮守府に戻ることに。

 そして叢雲。島風と同様に疲れ切っており、立ち上がることすらままならない。傷は少なくとも、これでは施設に戻ることは難しいだろう。

 

「叢雲、俺の艤装に乗りな。施設まで運んでやるよ」

「……悪いわね……クソッ……」

 

 古鷹に一方的にやられたことで、怒りがまだまだ滾ったままのようである。

 竹も苦笑しながら引っ張り上げた。自分の力で自分の身体を支えられないくらいに消耗しているため、乗せられても支えが無いと厳しいようである。

 

「Sorry, 宗谷……貴女のクルーザーを血で汚すことになりマース」

「汚れは後でいくらでも取れますが、命は今救わなければ取り返しのつかないことになりますから。何も気にせず乗り込んでください」

「私達はまだ死なないよー!」

 

 島風が元気に返すが、言葉だけで身体は動かない様子。そこは松竹姉妹と同じように周囲の敵を処理していた山風達がサポートしていた。しかし、山風は海風の方が心配な様子。

 

「あー、山風。悪ぃんだけど、叢雲がずり落ちないように支えてやってくれ。あっちまででいい」

「あ……う、うん」

 

 機転を利かせた竹が、山風にサポートを頼んだ。こうすれば、叢雲を運びつつも山風が海風の側に行ける機会が作れる。

 

「松姉ぇ、叢雲は回収したぜ」

「うん、ありがとう竹。これで撤収出来るわね」

 

 山風に支えてもらいながら、施設の仲間達と合流。その間も、叢雲の苛立ちは増す一方だったのだが、応急処置をされて松の艤装に乗せられている白露の姿を見たことで、その怒りは一気に爆発した。

 

「そいつ……何助けてんのよ! そいつは」

「姉さんは、何かよくわからないものに操られてただけなの!」

 

 叢雲の叫びに対して、春雨が叫び返す。自分の姉だからというのもあるのだが、実際に黒い泥を吐き出したことで正気に戻っている。そして、言動からしてその時のことを覚えていないようにも見えた。錯乱しているだけで全て覚えている可能性もあるが。

 そんな相手から何も聞かずに葬るなんて出来やしない。怒りで動いている叢雲には申し訳ないが、ここは納得してもらうしか無いのだ。その時の白露と、今の白露は、()()()()()()()()なのだから。

 

「だから、お願い。話だけは聞いてあげて。このまま()()死ぬなんて、あんまりだよ……」

 

 松の艤装の上で激痛に呻く白露に縋り付くような春雨の姿に、叢雲は口を噤んだ。

 怒りは最高潮に達しようとしているが、身体が動かない分、何処か冷静に物事を見ることが出来るようになっていた。

 

 正直なところ、叢雲としては春雨の言い分なんて知ったことでは無い。自分を殺した相手なのだから、こんな状況になっていたらザマァ見ろという感情が先立つ。あれだけのことをやらかしておいて、いざ重傷を負ったら救うだなんて都合が良すぎる。まだ死んでいないのなら、そこから自分がトドメを刺してやってもいいとさえ思えた。

 だが、春雨の言いたいことが理解出来ないわけではない。叢雲は古鷹と交戦していたために白露のその時の様子を知らないのだが、よくわからないものに操られていたと言うのなら、何故そうなったかくらいは聞いておかないと気が済まない。それが納得出来ないのなら殺してやる。叢雲はそう考える。

 

「……いいわよ。ならちゃんとそいつ自身に全部話してもらうわ。それで私を納得させなさい。なんで私を殺したのか」

「うん……そうして。でも、姉さんは操られていた時のこと、あまり覚えていなそうなんだ……」

「はぁ? だからコイツは私を殺した白露とは別人だっていうわけ? そんなのは納得出来ないわね」

 

 怒りのボルテージは下がることを知らない。白露(自分の仇)が目の前にいるのだから、下がる理由すらない。

 

「叢雲さん、春雨姉さんを困らせないでください」

 

 そこに海風が淡々と言う。今の海風の中では、白露が助かるかどうかより、春雨が悲しむかどうかの方が優先度が高い。ただでさえ白露のことで心を痛めている春雨が、叢雲のせいでさらに落ち込んでしまった場合、海風にとっての叢雲は()となってしまいかねない。

 海風の威圧で叢雲は怯むことはないが、気分の良いものではない。そのまま睨み合いに。

 

「海風姉……抑えて。今はそんなことしてる場合じゃないから……。叢雲も……今は我慢してくれると……嬉しい」

 

 そんな2人の状況を見兼ねたか、山風が口を挟んだ。完全な第三者になるとはいえ、現状を客観的に見ることが出来ていたおかげで、2人を諫める方向に自分を持っていけた。

 

「……まぁいいわ。そいつが助かるかどうかはそいつ次第なんでしょ」

「うん、姉さんは今頑張ってる。ギリギリだけど、生きてくれるって、言ってくれたから」

「じゃあ、私の怒りを晴らすためにも生きなさい。意地でも死ぬな。私が殺せなくなる」

 

 それだけ言って、叢雲は白露達に背を向けた。話しているだけでも消耗はしていくようで、これ以上の言い争いは体力の無駄だと考えたようだ。

 施設で暮らしていくことで、怒りの制御は多少出来るようになっているようで、ここで体力のことを考えずに向かっていかなくなったのは成長とも言えるだろう。

 

「姉さん……死なないでください。みんなのために……姉さん自身のためにも……」

「……わ、わかってらい……あたしが何したかあたしだって知りたいんだい……」

 

 

 

 

 白露の消耗は激しいが、応急処置のおかげで多少は保つようになった。それでも死に向かっているのは確かなのだが、白露の意地でそれを払拭する。

 




叢雲にとって、白露を救うことは喜ばしいことなのかどうなのか。
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