春雨達は戦場で調査隊と別れ、各々自分達の施設へと帰投。調査隊で消耗が激しい金剛、比叡、そして島風は、鎮守府で入渠による回復に努めることになる。
そして施設側。元艦娘の中で最も消耗しているのは叢雲だが、大怪我を負っているわけではないので休息によって翌日には全回復となるだろう。
しかし、重傷を負って危険な状態である白露は、救出されたとはいえかなりギリギリなところになっている。意地でも死んでやるものかと話していたものの、施設に運ばれたときには衰弱著しく、気合でどうこう出来る状況では無かった。
「死んで……やるもんか……」
寒気すら感じるのか、白露はガタガタ震えながらも激痛によって意識を繋いでいる。包帯で身体を締め付けて傷口が塞がるのを少しでも早めているだけであるため、気を緩ませたらおしまいの可能性すらある。
そして、白露は
「ごめんなさい……姉さん……私が……私のせいで……」
致命傷を与えたのは、他ならぬ春雨だ。故に、この白露の惨状を一番悲しんでいるのは春雨。
ここで白露が息絶えてしまった場合、春雨には致命的なトラウマが残ることになるだろう。
「大丈夫だっての……むしろ……春雨のおかげであたしは……正気に戻れたんでしょ……だったら誇りな……あたしは春雨に感謝してんだからさ……」
話すことにより体力を消耗してしまいそうだが、話し続けることでも意識を繋ぐことは出来る。こんな時でも、白露は春雨のことを思って、絶対に悪いことは言わなかった。トラウマを残すことを避けている。
今までの白露とは雲泥の差である。白露型の長姉としての威厳とカリスマ性が戻ってきており、他者を虐げることに悦びを得るような侵略者では無い。正しく艦娘白露の心を持っている。
やはり、春雨に斬られた時に吐き出した黒い泥が白露を狂わせていたのだと考えるのが妥当であり、アレを口から傷口から全て外に排出したことで、白露は元に戻ったとするのが良さそうである。
「あたしは絶対に死なない……春雨のためにも……みんなのためにも……あたしの……ためにも……!」
その目は光を取り戻し、前を向き続ける。そんな白露を見て、春雨は本当に姉が帰ってきたのだと実感した。
なんとか施設に到着したものの、そこからは重傷の戦艦棲姫が運び込まれた時や、聴力を失った春雨が運び込まれた時よりもてんやわんやだった。
春雨が直感から出て行ったことで、みんなが心配そうに岸で出迎えたのだが、今までで一番
「
「ええ、事が済んだら後からアタシもそちらに行くわ。最近はその子に酷な事が多すぎるわね……」
リシュリューがコマンダン・テストを抱きかかえて退場。死に近いことをトリガーとするのは、現状が最も辛い状況であろう。
施設はそういうことが無いから安心出来るというのに、ここ最近は立て続けだ。リシュリューも、少ししたら陸に遠征に向かうことも考えている程であった。
竹の艤装に乗せられた叢雲は、施設に戻るまでに少しだけ回復しており、フラフラではあるものの身体が自分で動かせないということは無くなっていた。
艤装から降りた叢雲は、薄雲の肩を借りてすぐに休息に入る。しかし、先に退場する前に、白露の方を睨み付ける。
「死ぬんじゃないわよ。私に殺されるまでは生きてなさい」
「……ったりまえ……」
もう話すのも辛そうだった。意識を失うまいとしていたが、その分消耗し続けてしまうのは否めない。白露はそれ程までに疲れ切っている。
「後から全部話します! 姉姫様、妹姫様、姉さんを、姉さんをどうか……!」
「春雨ちゃん、落ち着いてちょうだい」
「アンタが焦っていても仕方ないわ。戦艦、この子運んで」
「ええ、うちの子なら丁寧に運べるわ」
まずはそのまま外で何かするわけにもいかないので、戦艦棲姫の艤装が松の艤装に乗せている白露をやんわりと抱え、まだ空いている部屋へと運んだ。
その迷惑になるわけにはいかないと、春雨はそこで足を止めた。白露のことは心配だが、自分がやれることはおそらくしばらくはない。ならば、白露のためにも今は一度離れて、無事に助かることを祈るのが懸命であろう。
「春雨姉さん……白露姉さんはきっと大丈夫です。あれだけ死なないと断言したんですから。白露姉さんは艦娘の時に一度も嘘をついたことないじゃないですか」
白露は艦娘のときから、自分で言ったことを違えたことは無かった。やると言ったことは、成功するにしろ失敗するにしろ必ずやり遂げるし、約束も必ず守る。嘘だってついたことはない。
それだけ、『いっちばーん』に拘っているのだ。一番誠実で、一番正しく生きる。それが本来の白露。個性的な妹達に少し埋もれてしまうところもあったが、それでも妹達が白露を慕うのは、その精神面があったからだ。だからこそ、ああなっていたことに心を痛めていた。
だが、今の白露ならば、命の灯火が燃え尽きかけているとしても、そこから盛り返すだろうと信じられる。意地でも這い上がってくると。それが白露なのだから。
「……だよね。うん、あの姉さんだもんね」
「そうですよ」
海風も投げ槍になって言っているわけではない。春雨程ではないが、白露のことを理解しているからこその発言だ。無論、最優先は春雨ではあるのだが。
「……待とう。きっと姉さんのことだから、ケロッとした顔で私達の前に来てくれるよね」
「ええ。いっつも前に出ては夕立姉さんと同じくらいに汚れたり怪我したりで大変だったんですから。今回も同じように、戻ってきますよ」
「うん……そうだよね。うん」
春雨も心を強く持って、白露の治療を待つことにした。
部屋に運び込まれた白露の傷を見て、中間棲姫は驚いた。
「鋭利な刃で、一太刀で斬り裂かれてる……逆にこれなら、すぐにくっつくわぁ」
「本当だわ……断面が全然傷付いてない。まるでそのままくっつけてくれって言わんばかりじゃない」
春雨の一撃は惚れ惚れする程の斬れ味だったようで、傷の断面が見たことのないほどに綺麗なのだという。飛行場姫の言う通り、そのままくっつけてしまえば、深海棲艦特有の自己再生能力のおかげで傷痕一つなく元通りになるだろうとまで。
しかし、それが内臓の一部にまで達しているのは問題。腹を掻っ捌いて無理矢理くっつけるわけにもいかず、縫合すらも難しい。
「どんな手段でも……いい。あたしが痛いだけなら、耐えられるから……何をしたら……すぐに治るのかな」
呻くように白露が問う。朦朧としているようだが、気合のみで生きながらえているようなもの。
「……アンタは自分がもうアタシ達と同じモノってことは理解してる?」
「一応……はね……」
「なら話が早いわ。いい、アンタには大分辛いことをさせるけど、治すために何でも出来るのなら耐えなさい。いいわね」
飛行場姫に言われて、小さく頷いた。
「アタシ達は艤装がイメージで作れるの。春雨の脚や海風の腕は見た?」
「……うん……機械になってたね……変形もしてた……」
「アンタもそれをやるの。いい、内臓をピッタリとくっつけるイメージで、
とんでもないことを言い出した。腕や脚は見えているところだからこそイメージがしやすいのに、内臓を艤装で補うなんて出来やしない。
だが、白露はぼんやりした頭で飛行場姫の指示を受け、何の疑いも抵抗もなく、言われた通りにイメージする。内臓を包み込むように、薄い艤装の膜を作るような感覚で。
自分の身体の中なんて、どんな構造になっているか知るわけが無いのだが、常に一緒にあり続けたそれは抽象的なイメージだけでもそれなりに補完が出来た。
代わりに、白露に新たな激痛を伴って。
「っぎっ、いぁあああっ!?」
「大丈夫、出来てるわ。傷付いた内臓が、正しく真っ直ぐにくっついてる。イメージの仕方も正しい。簡単にただくっつけと考えた方が、今のアンタには合ってるみたいね」
傷付いた臓器がコーティングされるように艤装の被膜が生成されていき、斬られる前の状態で押さえつけるように固定されていく。
だがこれは、麻酔無しで腹の中を捌かれているようなもの。しかも、自分の意思で自分の手で腹を捌いているのだ。これは余程の度胸が無ければ出来ることではない。
「んぎぎぎぎ……!」
「アンタ……すごいわね。死にかけの状態でも、そこまでやれるだなんて。何処にそんな根性があるのよ」
あまりにも凄惨な光景。しかし、生きるために痛みすら厭わない白露の意地に、飛行場姫は感嘆の息を漏らしながら聞いた。
激痛に次ぐ激痛に耐えているため、その問いに対する回答はすぐには出来ない。しかし、白露はそんな状況でも口角を上げて言い放つ。
「あたしは……お姉ちゃんだからね……っぐぐぐ……妹を泣かせるわけにゃ、いかんのさ……っがぁっ!?」
たったそれだけのため。無実を弁明するためなどの自分のためではなく、あくまでも妹のため。
春雨のように自分のことがどうでもいいという壊れ方をしているわけではない。10人姉妹の長姉としての意地だった。妹にカッコ悪いところを見せたくないし、自分のせいで妹が泣くのも気に入らない。そういう意味では、白露も他と大差なくシスコン気味な部分はあるのかもしれない。
「……っはは、いいわねそういうの。なら、アタシもアンタの回復を全力で手伝ってあげる」
「じゃあっ、もっと痛み無くすこと、出来ないかなぁ!」
「出来ないわ。耐えなさい」
「無茶言いなさる!」
冗談のようなことも言えるようだが、そういうことを言えるくらいで無ければ挫けて意識を手放してしまいそうだった。今ここで気を失ったら、そのまま命まで失われてしまうような気がして、白露は我慢し続ける。
腹の中をコーティングし、さらには腹自体もコーティングし、傷口をピッタリと合わせることにより、最低限くっつくのを待つしかない。自己再生能力が高くとも、ある程度の接着には半日くらいはかかるのではと考えられる。
つまり、白露は今から日を跨ぐまでは苦しみ続けるわけだ。眠ることも出来ず、痛みが引いていくわけでもなく、ずっと。
「お姉、お湯とか用意しておくわ。この子の身体とか拭いてあげた方がいいでしょ」
「ええ、そうしてあげましょうかぁ。不衛生なのもよろしくないものねぇ」
怪我人の介護は当然経験済み。ここまでの重傷患者は初めてみたいなものではあるが、適切な処置をするために、姉妹姫も奮闘する。
白露がここで力及ばずとなったら、施設は半壊するだろう。春雨が姉の死によって壊れ、それに連動して海風が跡を追う。そして死をトリガーとしてコマンダン・テストが限界を超えてしまう。パッと考えるだけでもこれだけあるのに、まだまだ不安要素は多い。
「白露ちゃん、だったわねぇ。この施設の平穏のためにも、貴女には元気になってもらいたいの。ちょっと辛いと思うけれど……頑張ってちょうだいねぇ」
「もちろん、さぁ……!」
歯を食いしばりながら、自らを治療する痛みに耐え続ける。それを見守るしかない中間棲姫は、歯痒い思いをしつつも、適切な処置に動き出す。痛みを伴うのはもう仕方ないこと。それを耐えてくれるというのなら、最低限命を続けさせるための処置を施すしかない。
「これ以上痛くなることは無いはずだけれど、そうなっちゃうことも覚悟してちょうだいねぇ」
「嫌だなぁその宣言!」
ここから半日。白露は喉がおかしくなるまで叫び続けることになる。なるべく他の部屋にいるもの達に聞こえないようにしたかったが、壁が薄いわけでなくともこれは響いてしまうもの。
とはいえ、声が聞こえるということは白露が生きている証拠ともなる。
艤装が好きに作れるということは、見えないところに補助も出来るということになります。内臓の補完も出来るわけだけど、異物を体内に作り上げるとか死ぬほど痛いでしょう。最悪、腹を突き破ってしまう可能性すら。それが一発で出来た白露は、それはそれで才能があるのかもしれません。