空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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器と中身

 白露の中に潜みその性格を捻じ曲げ、吐き出された後もその場に残り続け、伊47を襲撃したという泥。その正体について、『観測者』によって語られた。それは、何者かの無念の塊。その念が強すぎて、他者を侵す存在となっているモノ。この世界の摂理に反した存在。

 そして、その存在が何者であるかという問題に真っ先に辿り着いたのは、ここ最近で直感が凄まじいことになっている春雨。『観測者』から振られて、少し自信なさげに言い放った。

 

「その敵は……()()()()()()だったんじゃないでしょうか」

 

 この言葉に対して、『観測者』の従者達が拍手を送った。つまり、その考えが正解であることを示している。

 

「私の……中身?」

 

 そう言われて一番おどろいているのは、他ならぬ中間棲姫である。白露や伊47に対して甚大な迷惑をかけた泥と自分との関係性が、言われたところでまるでピンと来ない。当然、中間棲姫だけでなく、そこにいる者達は誰もが騒然とする。

 

「姉姫様……以前に言ってましたよね。自分は空っぽの存在だったって」

「ええ、確かにそう話したわねぇ。その状態から彼に育ててもらったってことも」

「姉姫様は、もしかして()()()()()()だったんじゃないですか? だから、中身が何も無くて、空っぽ……記憶も本能も何も無い、身体だけの存在だった。じゃあ、本来入っていたはずの()()は……?」

 

 それがあの泥。むしろ、泥はその存在の一部であり、本体は泥を生成し続けている何者か。春雨はそこに辿り着いた。

 中間棲姫は本来、記憶も本能も持って生まれるはずだったのだが、何かの手違いで器と中身が別々になってしまったという結論である。

 

 目の前の中間棲姫が器を持っているのだから、中身の方は肉体すら持っていない概念的なモノ。記憶と本能だけの存在。故に、泥という流動体、不定形でその存在を保っている。

 そしてその泥は、泥故に分離可能。他人に与えることによって侵蝕し、自分のその本能を植え付け、侵略者へと変える。概念となっているのなら、それくらいは可能だろう。

 

「……言われてみれば、全部辻褄は合うわねぇ……困ったことに。なるほど、私はただの器で、本当はそちらの中身の方が『中間棲姫』なのかもしれないわぁ」

 

 それには誰も何も言えなかった。今みんなの前にいる中間棲姫は、本来悪虐非道の限りを尽くす侵略者の深海棲艦であったのかもしれないと思うと、言葉を失ってしまう。

 しかし、そんなみんなの反応を見て苦笑しつつ、中間棲姫は続ける。

 

「でも、私はみんなの姉姫だから、気にしなくていいわよねぇ。今の私には新しい中身があるんだし、それが間違っているとも思っていないもの。もう、器だけの存在じゃ無くなってるわぁ」

 

 全員が納得する。本来はそうだったかもしれないが、今の中間棲姫は誰もが認める優しいお姉さんだ。侵略なんて絶対に考えることはない。そんな深海棲艦が、自分の島で農作業を楽しんでいるだなんてあり得ない。

 ここでまだ1日しか生活していない白露ですら、このヒトが侵略者だなんて考えられなかった。自分がそういう感情を持たされたせいで、尚更だった。

 

「だから、あの泥の持ち主は私とは完全に別モノって考えればいいわぁ。極端な話、私が死んだとしてもあちらは死なないし、逆も然り、よねぇ?」

 

 少し物騒なことを『観測者』に問うたところ、その通りだと頷いた。

 

 器から抜け落ちた中身は、その時点でもう別の存在だ。離れているために関連性もなく、生まれが同じでも繋がりは無い。本を正せば同じかもしれないが、()()()()()()ため、繋がることは二度とない。

 

「じゃあ、尚更気にしなくていいわぁ。幸い、艦娘にも同胞(はらから)にも、同じ顔の別人という概念があるんだもの。つまり、そういうことよぉ」

 

 今まで考えていた通りのことだ。艦娘達には最悪の姫として名高い中間棲姫のイメージがあるが、この中間棲姫はそのイメージとは真逆の存在と言っても過言ではない。穏やかで優しく、戦いを嫌う、今までの深海棲艦という概念を打ち払うような女性だ。

 それを知ったのだから、その中身である泥は中間棲姫かもしれないが、別個体として認識出来る。2人同時に存在しているのに同一とみなす方が難しいのだ。

 

「そうよね。ここにいるお姉がおかしいわけじゃないもの。その泥になってるヤツがおかしいだけ。長いことお姉に付き合ってるけど、そんな巫山戯たヤツとなんて同じなわけがないわ」

 

 真っ先に飛行場姫が肯定した。妹として生まれたのだから、別モノがいると言われても姉はこの中間棲姫1人だけだ。泥の持ち主、器の中身がいくら侵略者気質を体現する者であっても、姉はこのヒト以外にあり得ない。

 

「あの……『観測者』様、でいいんですか?」

「ふむ、そう呼んでくれて構わない」

「なんとなく、なんとなくなんですが……姉姫様は空っぽで生まれたと話していましたが……その、それは本当に()()()()んですか?」

 

 またしても突拍子もない発言。生まれる時に器と中身が分離したというだけでも相当なのに、そもそも生まれたかどうかすら危ういとなると、訳がわからなくなる。

 

「何故そう思ったんだい?」

「……私達は、中間棲姫という存在を知っています。過去にあった大きな戦いで現れた、最悪の姫と称されている中間棲姫を。姉姫様は同じ顔の別個体だと思っていたんですけど……()()()()()()()なんてことはありませんか」

 

 春雨の直感はまた別の答えを導き出そうとしている。

 

 過去にあった戦いで現れた、海戦史上でも類を見ないために『最悪の姫』と称されている深海棲艦、姉姫と同一個体である中間棲姫。資料ではその中間棲姫を撃破することにより戦いを終えることに成功した旨が記載されており、逃がしたという表記は一切されていない。

 しかし、実はその時に生き延びていたのだとしたら。本当は倒し切れておらず瀕死の重傷を負っただけであり、それがきっかけで器と中身が分離されたのだとしたら。

 

 奇しくも、最初に提督が思い浮かんだ消息不明となった調査隊の犯人像と同じところに辿り着いた。提督は悩みに悩んだ末に、藁にも縋るような思いで出した1つの仮説。

 その言葉に対し、『観測者』はほんの少しだけ驚いたような表情を見せる。従者に至っては、吃驚仰天と言わんばかりに身体で表現。

 

「そこまで辿り着けるのか。流石といえば流石だ」

 

 この解答により、過去脅威だった中間棲姫と、施設の主である中間棲姫は()()()()であることが確定する。自分から明確な情報は言わない代わりに、答え合わせくらいはしてくれるらしい。

 

「でもでも、姉姫様は()()とは別人ですよね。中身が違うんですから」

「その認識で構わない。人間も、艦娘も、深海棲艦も、それを決めるのは器ではない、中身だ。彼女の魂は、君達に姉姫と呼ばれている魂が定着している。新たに生まれたそれは、もう最悪の姫ではない。安心してくれたまえ」

 

 心底ホッとした春雨。そんな姿を見て、海風も安心する。

 ここで中間棲姫の真実に辿り着いたことで気に病んでいるような雰囲気を出していたが、すぐにそこから正しい選択を出来たおかげで気分が沈むことはなかった。

 

 まだ他の面々よりは中間棲姫との付き合いは短いが、その短い間でもその寛大で温かな内面に触れ続けてきたのだから、この中間棲姫があの中間棲姫と同じとは全く思えない。悪意がカケラもなく、真に平和を望む気持ちに偽りもない。隠している感情すら存在しない。

 ならば、あの泥を生み出す中身とは確実に違うモノであると断定出来る。『観測者』もそう言うのだから間違いない。この中間棲姫は、姉姫という完全な別個体であると思えばいいだけの話である。今までもそう思えていたのだから、何も変わらない。

 

「とりあえず、私達の真の敵は、その泥を生み出している姉姫から分かれた中身ってことでいいわけ?」

 

 静かに話を聞いていた叢雲が、苛立ちを抑えずに口に出す。叢雲にとっては姉姫が何者かというのはどうでもいい話であり、自分の怒りの矛先が何者かであることの方が重要。それを斃したら姉姫が死ぬと言われても、今の叢雲は容赦なく戦いを挑むだろう。

 対する『観測者』も、首を縦に振る。敵味方の概念自体、中立である『観測者』には少し曖昧ではあるものの、叢雲、延いては施設、鎮守府の敵という表現をするのであれば、中間棲姫の中身が真の敵ということで間違いない。

 

「じゃあ、あの古鷹はなんなの。アイツが姉姫の中身ってわけじゃあ無いのよね」

「彼女もまた、白露と同様に魂を侵蝕され、魂を混成された存在だ。それを実行した者こそが、君達の敵と言えるだろう」

 

 施設の者達は知らないことだが、あの古鷹と交戦して生き残り、トラウマを刻まれて艦娘としての活動がほぼ出来なくなった者の1人、加古の証言でも、あの古鷹は古鷹であって古鷹ではないと言われていた。白露のように、他の艦娘が混ぜ込まれていることからそう感じたのだろう。

 古鷹が張本人だった場合は、おそらくそんなことにはなっていない。真の黒幕によって処置を施された結果が、あの膨大な力を持ち、悪虐非道の限りを尽くす古鷹だ。

 

「春雨が叩き斬ったら、あの古鷹も白露みたいに正気を取り戻すかもしれないってわけ?」

「可能性が無いとは言わない。春雨の刃に、彼女の呪縛から解き放つ力があるのかと言われれば、それは確実では無い。しかし、実際に白露からは泥が吐き出されている。これは私にも不可解なんだ」

 

 みんなの視線が春雨に向いた。急に注目されて慌て出す春雨と、それを庇うように前に出る海風。しかし、海風も春雨のその力には尊敬以外の感情を持っている。

 

 あの時は脚を刃に替えるという荒技を咄嗟に思いつき、白露を終わらせるつもりで斬ったに過ぎない。今でこそ救われた白露であるが、その時には()()()()()()戦った。

 だが、結果として仲間にとって最善な結末を掴み取っている。白露は正気を取り戻し、覚悟を持って死を乗り越えた。そこは白露の努力の結果ではあるが、そのスタート地点に立たせたのは、他でも無い春雨だ。生かして泥の呪縛から解き放ったことで、それが叶った。

 それ自体が春雨の力かと言われればそうではない。しかし、直感だけでは言い表せない何かが働いているようにすら思える。

 

「君達は、深海棲艦となった時に何かしらの力に目覚める者が多いことは理解しているね」

「ええ。私は感知の力があるわ。白露は傷が1日で治るってヤツ。それに、姉姫はアレでしょ、繭に触れたら感情が読み取れるのよね」

「そうねぇ。あと戦艦ちゃんも、海から記憶を読み取るなんてことが出来るわぁ」

「春雨にも、目覚めた力が存在する。それは彼女自身にも一部自覚があるだろう」

 

 それが直感、第六感。なんとなくこうなると感じたことが、本当にそうなっていることが多々ある。

 最初は白露との戦いで耳を潰された時。白露の中に複数人が入っていることを直感的に勘付いたこと。そこから音も聞こえないのに誰かが部屋に来ることを察知したり、叢雲よりも先に誰かが島に向かってることに気付いたりと、いろいろと正解を引き当てていた。

 

「これを中立である私が伝えるのは憚られるかもしれない。しかし、今回はあえて伝えさせてもらおう。おそらく、春雨には自分のことには辿り着くことは出来ないだろうからね」

 

 心が壊れていることにより、自分のことに興味がないという大きな欠陥を抱えているため、春雨は周囲には敏感でも自分のことには鈍感だ。そのため、自分の力が何であるかは周囲が気付くしかない。

 叢雲や戦艦棲姫は少し気付いていたが、それだけではないことも理解していた。その時は聴覚を補うために発達した直感であると考えていたが、今はそれだけでは例えようがないレベルになっている。

 

「春雨、君の力は、辿()()()()()だ」

「辿り着く……?」

「今はまだ確実性が無い確率の高い直感という程だろう。だが、真に覚醒したとき、君は凄まじい力を発揮する。そしてそれは、間違った道には乗らないはずだ。君は優しい。正しくその力を使うことを祈るよ」

 

 

 

 

 やはり曖昧。言葉には表したものの、それがどういうものかは春雨を含め首を傾げるのみだった。

 




当初に出ていた、最悪の姫と姉姫は同一人物説。それが正解でした。だけど、中身なしの器だけであり、最悪の姫=中身であるため、姉姫は見た目が同じ別人。別個体という特性がある艦娘や深海棲艦なら、すぐに受け入れられる事実です。
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