空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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彼女と彼

「では、我々はこれで失礼するよ」

 

 しばらくして、『観測者』は施設を去ることになる。姉妹姫との団欒はとても有意義な時間となったようで、何処かツヤツヤしているようにも見える。

 

「また来てちょうだいねぇ。せっかくなんだし、もっとお話ししたいもの」

「善処しよう」

「その言葉って、まず来ない奴がいう言葉よ。いいから絶対来なさい。お姉のためにも」

 

 飛行場姫が圧をかけるが、『観測者』は素知らぬ顔。とはいえ、道化の方はまた来たいと表現するように手を振るので、おそらくまた来ることになるだろう。余程ここで飲んだお茶に思い入れが出来たようである。

 今は中立を保つために行動しなくてはいけないというのもあり、頻繁に海底から浮上してくることもあるだろう。今回こそ白露が吐き出した泥であったが、もしかしたらまた海中に泥が漂っているかもしれない。そちらの観測が必要になる。

 

「今まではただ見ているだけだった。しかし、あの怨念の塊をばら撒かれるようなら、摂理が完全に乱れる。それはよろしくない。こちらは先んじて排除をする必要がある。海は広い。常に観測する必要があるだろう」

「そうねぇ。そればっかりは私達にはどうにも出来ないものねぇ」

「我々の目ならば、アレを誰よりも早くどうにかすることが出来るだろう。摂理に反するモノに対してならば、我々はいくらでも対処方法を持っているのでね」

 

 今のところ、『観測者』による観測でも他の場所に泥がばら撒かれていることは確認されておらず、実は既に誰かに入り込んでいるということもないようなので安心出来た。

 しかし、これ以降にそういうことが行なわれないとは限らない。今までやってこなかった理由はさておき、あの古鷹ならば手段なんて選ばないだろう。こちらが困ることを優先的に実行する。

 

「しかし、我々も見ての通りの頭数しかない。その全てを排除することは難しいだろう。あちら側は、アレを君達をどうにかするための手段として用いてくる可能性もある。その時は」

「こちらで対処する。泥は触れずに撃てばいいのよね」

 

 ある程度の火力の砲撃であれば、泥は霧散するとのこと。海中にいる場合でも、砲撃の衝撃さえあれば、ある程度は対策になるらしい。

 しかし、その動きはなかなかの速度。命中率などを考えると、雷撃や爆撃などは当たらないと見た方がいい。そういう意味では、伊47はあらゆる理由で不利だったようだ。

 対処に最も適しているのは、強大な火力を持つ戦艦であるリシュリュー。それ以外でも、海上艦ならば大体どうとでも出来る。何せ、駆逐艦とはいえ艦種詐欺と言われるほどに強化されてしまっているのだから。

 

「『観測者』たる私が君達にここまで話すのは適していないとは思う。だが、君達は摂理のままに生きていることを理解している。ならば、あるがままに生きてほしい。姉姫、特に君は、自らの手で自らの思う幸せを掴み取るんだ」

「勿論。今の私は楽しく生きることが出来てると思うわぁ。私の本来の中身が世界に迷惑をかけているのは気にかかるけれど、大丈夫よぉ。今は人間さんとも仲良くさせてもらっているんだものぉ」

 

 施設の平和を脅かされるのならば、姉妹姫は本気で抵抗をするだろう。『観測者』の話を聞いている限り、施設が狙われることすらもあり得そうなのだから。

 

「ならば、君達は君達の道を行ってくれたまえ。君達ならば、その道を違えずに進むことが出来るだろう。今の君達には、辿()()()()()もいるのだから」

 

 相変わらず曖昧で、根幹には答えは自分で見つけ出せという厄介なところはあるものの、今回の言葉は非常にわかりやすかった。『観測者』なりに、これからの施設を激励してくれているのだ。

 それに、『観測者』は春雨の存在をかなり大きめに見ていた。白露を救った実績と、その目覚めた力は、『観測者』にとっては想定外であり頼れるモノであった。

 

「さらばだ。……()()()()()

 

 最後の一言に、中間棲姫は声を上げる程に喜び、その後ろ姿に大きく手を振った。こんなに子供らしい姿を見せるのは滅多になく、仲間達も心が温かくなるような感覚を覚えた。

 道化達は最後まで施設に向けて手を振っていた。まるで『観測者』の内に秘める気持ちまで体現するように。

 

「また会おう、ですってぇ。二度と来ないなんてことは無いわねぇ」

「そうね。数年待たせたんだから、次はすぐに来てもらいたいものよ。明日でもいいくらいだわ」

 

 飛行場姫も静かに喜んでいた。それはまた『観測者』と会えることよりも、姉が再会に喜んでいることに対してであることは言うまでも無い。

 

 

 

 

「Hey, 姉姫。『観測者』とはどんなことを話したの?」

 

 お茶会が行なわれたダイニングの片付けをしながら、ジェーナスが中間棲姫へと問う。その時の空間を邪魔しないように誰もがダイニングに近付くことすらしなかったが、やはりどんなことを話していたかは気になるようである。

 同じように片付けをしていた中間棲姫は、少し考える素振りをしたものの、いつもの柔らかな表情を崩すことなく、実に簡単な言葉でその時の時間を表現していく。

 

「本当に世間話よぉ。今まで会えなかった時のことを、延々話していたわぁ。勿論、観測されていたから全部知ってることなんでしょうけど、ちゃぁんと正面から聞いてくれたのよねぇ」

「それじゃあ、とっても素敵な時間が過ごせたのね!」

「ええ、おかげさまでぇ。いっぱいお話が出来て、いつになく楽しんじゃったわぁ」

 

 今までで一番いい笑顔をしているとさえ思える。なんだかんだ、中間棲姫は『観測者』にずっと会いたいと思っていたようだ。

 それは親愛か、敬愛か。少なくとも、『観測者』には特別な感情を持っているのは確かである。育ててくれたことに感謝をしているのは当然あるのだが、それ以上の気持ちがあるかは誰にもわからない。

 

「本当に、本当に積もる話があったんだもの。もっともっと時間が欲しいくらいだったんだけれど、彼にもいろいろとやらなくちゃいけないことがあるんだから、ワガママ言っていられないわよねぇ」

「そんなことないと思うわ! 姉姫は彼にくらい何でも言ってもいいのよ! また一緒に住みたいとか、せめて1泊くらいしていけとか!」

「そうしたいのはやまやまなんだけれどねぇ」

 

 苦笑する中間棲姫。

 

「私が引き留めている間は、あのヒトは観測が出来なくなるの。その間に、もしまた()()()()が何かやらかしてたら、私が後悔しちゃうわぁ。引き留めなければよかったって」

 

 自己嫌悪の塊であるジェーナスには、そんな中間棲姫の気持ちが痛いほどわかった。

 自分のワガママで相手の仕事を止めて、その間にとんでもないことが起きていたら、確実に落ち込む。後悔は一度してしまったらずっと心に残り続ける。そんな苦しい思いを、中間棲姫にはしてもらいたくない。

 

「本当はね、提督くんや大将さんにも顔を合わせてほしかったのよぉ。提督くんには捜索まで依頼しちゃってるからねぇ」

「でも、それは流石に嫌だって言われちゃった?」

「やんわり断られちゃったわぁ。本来表に出るような存在ではないし、自分の存在が世に知れ渡りすぎるのもよくないってねぇ。道化ちゃん達も、こればっかりはやめてくれって感じでジェスチャーしてたわぁ」

 

 とはいえ、こういう存在がいたということだけは伝えているので、それ以上の拡大はやめてもらいたいということになったようである。道化の存在も秘密にしておいてもらいたいとまで。

 再会することが出来たということと、今のところ伊47が襲われた以外に泥がばら撒かれていないこと、そして泥への対策は聞けたということが鎮守府側に伝われば、今回の件はひとまず良しとする。

 

「彼の存在を知るヒトは、少なければ少ない方がいいわよねぇ。本来のお仕事がやりづらくなっちゃうもの。あのヒトのお仕事は、あくまでも世界の均衡を整える観測。私の中身が摂理に反してそれを崩そうとしているから表に出てきただけなんだもの」

「でも、姉姫にはちょっと違う感じあったわよねー。やっぱり育てたっていうのが結構大きいのかも」

「かもしれないわねぇ。むしろ、私がおかしくなったらそれこそ摂理に反しちゃうのかもしれないわぁ。彼にはそれ以上でもそれ以下でも無さそうじゃないかしらねぇ」

 

 中間棲姫としては、『観測者』が自分に構ってくるのは、元々が最悪の姫と呼ばれていたような存在だからではないかと思っている。

 

 中身が空っぽになったとはいえ、そのまま新たな魂を得たときに、今までの魂をもう一度構成してしまう可能性だってあった。何せ、身体はそのままなのだから。

 中身が怨念の塊として残っている状態で器がまた新たな中身を得たら、それはただの増殖である。それは摂理に反していそう。

 

「うーん、私としては、『観測者』は姉姫にもっとLoveな感情を持っていてほしいわ」

「無いわねぇ、それは。あのヒト、多分そういう感情はそもそも持ってないわぁ。だって中立なんだもの。誰か1人に靡くことなんてあり得ないわねぇ」

 

 少しだけ諦めたような表情を見せた。それはもう、靡いてほしいと言っているようなものである。

 姉姫にもそういう感情があるのだとわかり、ジェーナスはだんだんとテンションが上がってきていた。『観測者』の立場上、どうしてもその思いが成就することは無いだろうが、それでももっといい雰囲気にしたい。艦娘でも深海棲艦でもなく、1人の女の子としてそんな感情を持っていた。

 

「姉姫、私は応援してるわ! 姉姫なら『観測者』ともっと仲良くなれるはずよ!」

「そうねぇ、もう少しお話はしたいし、一緒に暮らしていた時間は恋しいけれど」

 

 これは本音。『観測者』としての立場を捨てろだなんて絶対に言えないが、もう少しこの施設に来てくれると嬉しい。あちらは何でも知っている全知な存在かもしれないが、一緒に同じ部屋で話している時間が大切なのだから。

 

「また来てくれたときも、今日と同じようにお茶会がしたいわねぇ」

 

 小さな願望ではあるものの、中間棲姫が姉姫として確立していることで証明するような感情であることは間違いなかった。

 

 

 

 

 本来の居場所に戻ってきた『観測者』も、何処か今までよりは雰囲気が明るいように見えた。道化達もそんな主人の様子を見て、戯けるように周囲を踊る。

 

「私としても、有意義な時間を過ごせただろう。彼女は、本当に良き成長を遂げていた。観測だけではわからないこともある」

 

 直に話したことで気付いたこともあった。見ていた以上に、中間棲姫は独自の魂を成長させていた。最悪の姫に戻ることは絶対にないと断定出来るほどに。

 

「では、我々は我々の役目を全うしようじゃないか。器はもう心配はいらない。問題は中身だ」

 

 施設とは真逆の方を向く。その視線の先には()()()()()()()がいた。

 

「悪しき成長は止まらない。摂理に反するのならば、我々も手を出さなくてはならない」

 

 当然だと言わんばかりにシャドーボクシングを始める道化達。施設でお茶を貰ったからか、2人の情は完全に施設側に向いている。『観測者』の従者だというのに、中立という立場のことはまるで考えていないようだった。

 

「我々は、()()()()()の排除を優先する。今でこそこの海には存在していないが、何がきっかけで世界にばら撒かれるかは、私にはわからない」

 

 勿論だとサムズアップをする道化達。そして、大袈裟なポーズでそこら中の海を観測し始めた。何処にもそれが無いことを確認し、万が一発見したら即座に排除。

 それによって、鎮守府と施設の戦いをサポートすることになる。これでは本当に中立かわからないが、摂理に反するものは全て排除するという方針で、『観測者』はこれからも海を観測していくだろう。

 

 

 

 

「また会おう、か。ガラにも無いことを言ってしまったか」

 

 クスリと笑い、『観測者』もその役目に戻る。また施設に向かう日は、そう遠くない。

 




今のところ、前以て泥にやられているという艦娘や深海棲艦はいない様子。しかし、いつそういう輩が生み出されるかはわかりません。『観測者』の目が届かないところで何かやっている可能性だってあるし。
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