施設側が平和を維持するために行動を起こしている頃、鎮守府の方でもいろいろと準備が始まっていた。今は既にわかっている敵である古鷹と、未だ姿はわからない黒幕である最悪の姫の魂への対策を練っているところだ。先日の戦いから全員の入渠も終わっているため、改めて対策会議が開かれている。
黒幕の方はさておき、当面の問題は強大な力を持つ古鷹。鎮守府ではトップクラスの力を持つ金剛や比叡、さらには大将の援軍である島風、そして施設の叢雲が加わった4人がかりでも手も足も出ず、あちらは無傷で疲れすら見せていない。これは大問題である。
一応、松竹姉妹による総攻撃を受けたことで撤退を選択してはいたものの、まだまだ余裕はあった。姉妹のことを格上とは言っていたようだが、雰囲気からして一切本気を出していない。
「困ったものデス。まるで戦艦レ級を相手にしているみたいでしたネー」
「あれは、恐ろしく賢いレ級という感じでした……お姉さまも私も手も足も出ないなんて……」
金剛が言う戦艦レ級は、イロハ級の順列を与えられた雑多な兵隊の中で、屈指の力を持つ存在。数が少ないために精鋭であろうそれは、戦艦という名目ではあるものの、古鷹と同様に航空戦と雷撃を仕掛けてくるトンデモ戦力である。
しかし、古鷹はレ級とは比べ物にならない程に強い。何故なら、レ級は明らかに
「重巡なのに火力も深海の戦艦並みだったよねー。それに、すごく速かった。私の攻撃も当たんなかったもん」
島風も忌々しそうに呟く。スピードに自信がある島風が速いと言うくらいなのだから、古鷹はその全てが艦娘以上のスペックを誇っているのだろう。
火力は戦艦、スピードは島風と同じかそれ以上。そして何人分かの能力すら持っている。1人を相手取っているのに、4人はいるようだった。
「速すぎて空母があまり役に立たないんですよね……絨毯爆撃が出来ればまた変わるかもしれませんが」
「そんなことやっちゃったら、みんなに迷惑がかかっちゃいそうだもんね」
千歳と千代田も、今回の戦いでは周囲の敵部隊を蹴散らすくらいしか仕事が無かったことを悔やんでいた。絨毯爆撃なんてやろうものなら、あのとき最も近くに寄っていた比叡と叢雲が巻き込まれて大変なことになっていただろう。
「全てのスペックのトップクラスを1人に掻き集めている、と考えればいいのか」
「Yes. それが一番わかりやすいデス。しかも、トップクラスを1段階上に上げてるくらいに考えるべきデス」
「白露と比べると別格だよアレ。どっちともやった私は身に染みてる」
白露も相当なモノではあった。4人分が混じり合っているだけあり、春雨と海風の救援と、未だ知らぬ渾身の一撃が入ったことでどうにかなったに過ぎない。知れば知るほど強化されていく白露は、あそこで倒せなかったら古鷹並みかそれ以上に厄介な敵になっていただろう。初見の島風相手でも対応されたのに、そもそも手の内がバレている鎮守府の艦娘達は、白露にも勝つことが出来なかった。
それでも古鷹は別格となると、それこそ勝ち筋は1つも見えないのではないか。何かやっても即対応される。
「でもでも、絶対何処かに弱点があるよ」
「島風としては、何が弱点に見えましたカ?」
「うーん、例えば、あんなに有利だったのにさっさと帰ったから、実は体力が無いとか。アレだけやれるんなら、燃費が酷くてもおかしくなくない?」
一切の疲れを見せていなかったのに何をと考えたものの、金剛はその意見を一蹴するわけでもなく、そうかもしれないと考え込む。
実際、戦いの最中も余裕で、表情に疲れなども一切出していなかったのに、あんなタイミングであっさり帰ったのは少し疑問ではあった。いくら松竹姉妹が古鷹よりも格上だったとしても、軽々と回避していたのは確かだし、何故か反撃しなかったくらいだ。
疲れを見せていないのは演技だったのか、それとも、本当にギリギリまで表情に出ないタイプなのか。もしくは本当に疲れていなかったのか。
「全力を出せと言っても手を抜いていた気がしマース。島風のそれ、もしかしたら当たってるかもデース」
「だよね。むしろそれくらいしか穴が見えないよ。それが無かったら、本当に完全無欠になっちゃう」
何処の誰にでも長所があれば短所もあるはずだ。あっちが立てばこっちが立たぬというのが常。全部出来るということは、何処かに皺寄せが行くのでは無かろうか。
「……島風さんの言うこと、あながち間違いではないかも知れません」
ボソリと、非戦闘員であるが故に一歩引いた位置から話を聞いていた宗谷が呟く。
あの時の戦いでは、戦えないために逃げ回っていた宗谷だが、持ち前の調査能力を使って古鷹のことを見ていたのだ。必要なくなるかも知れないし、焦りながらの観察だったために正確ではないかも知れないが、ほんの少しだけ違和感を覚えたところを話す。
「どちらかといえば受動的な戦い方をしていたように見えます。必要な時にのみ自分から動くというか……」
「なるべく体力を温存するようにということか」
「はい……私が慌てながら見ていたことなので、信憑性はそこまでですが」
比叡は突撃を受けているが、それ以外では基本的に自分から向かっていくようなことはなかった。激しい動きを極力抑えているように見える。
考えてみれば、まず白露を突っ込ませるのもそれが理由なのではと考えた。あの場では突撃したことを説教するなんて言っていたが、体力温存のために容認している可能性もあった。
「宗谷姉ちゃんが言うんだから間違いないよ。戦ってる私達より見れてるもん。だから、弱点はそれ!」
島風が断言。宗谷の言うことは基本的には正解であるという認識。
「ふむ、では持久戦の方が有効ということになるのか」
「かもしれないデース。でも、その分攻撃は猛烈デース」
「アレ相手にどれだけ耐えられるかもありますよね……」
砲撃を刀剣で弾き続ける羽目になった比叡には、あれを耐え続けるのはかなり厳しいと感じた。
比叡でそれなら、他の者はさらに厳しい。金剛は変形させたシールドで食い止めることが出来るかもしれないが、それでもあの戦いの後は艤装もボロボロにされている。
などと話し合っていると、会議室の扉をノックする音。
「提督、お客様が」
「ああ、もうそこに来ているのかな。入ってもらってくれ」
その声は大淀。提督はこのタイミングでの客に見当がついたが、他の者達はこの会議に割り込む形で入ってきた客に怪訝な表情を浮かべる。
この対策会議よりも大切な客、むしろ対策会議の場に入ってくるような客。そうなると、大概誰が来たかはわかるものである。
「直接はお久しぶりね。端末越しではよく話していた気がするけれど」
その来客は大将である。秘書艦の吹雪に支えられながらも、会議室に入ってきた。
その姿を見た鎮守府所属の艦娘は驚きを隠せなかった。むしろ緊張が走る。逆に島風は満面の笑みで手を振って歓迎した。
「おばあちゃん!」
「島風、元気にやれてるようで何よりだわ。宗谷も力になれているようね」
「はい、おかげさまで」
流石に抱きつくなどは出来ないため、吹雪の支えで椅子に座るのを手伝うだけに止める。
何故そんな大物がこの場所に突然現れたのかと騒つく一同。何故教えてくれなかったのだと疑問の視線を送る金剛のそれを尻目に、提督は大将に先程まで話していた古鷹対策について説明する。
「そう、持久戦を」
「はい。勿論、攻勢に出られるならそれに越したことは無いと思うんですが、消耗を強いるためにも、耐久力の増強は必要不可欠かと思います」
それならば、と大将は今回ここに来た目的を話す。
「私がここに来たのは、この鎮守府で
そう言うと、吹雪に合図。小さく頷き、後ろ手に持っていた鞄から書類を取り出して並べる。
そこに記載されていたのは、専門の者でなければ読み解くことが出来なそうな計算式の羅列。そしてその真ん中に、金属のイラストと艤装への組み込みのような図が描かれていた。
「新たな艤装用合金よ。ここで言えば、金剛と比叡に必要な物だと思うわ」
「今まで以上に強固で、攻守どちらにも使えるという話だ。金剛のシールドと比叡の刀剣に練り込めば、前回のようには行かなくなるはずだ」
だからといって今までよりも重くなるのかと言われればそうでもなく、むしろ少し軽くなるほどらしい。そんな合金を裏で開発していたとは、艦娘の誰も聞いていなかった。
それもそのはず、これはここ最近ようやく完成した第一号である。艦娘のそれよりも強固な深海棲艦の装甲を解析し、艦娘でも扱えるようになるようにデメリットを排除して再現した、いわば
ちなみにこの兵装の最大のデメリットは、生産コストである。金剛と比叡のために使う合金で、鎮守府1つの艦娘の艤装が全て生産出来るくらいなのだから笑えない。
「攻撃に使えばありとあらゆるものを斬り裂く矛に、防御に使えばありとあらゆる攻撃を防ぐ盾になるでしょう。貴女達にピッタリだと思うのだけど」
「Yes! これなら打倒古鷹もやりやすくなりマース!」
「はい! お姉さまと私が、前線でみんなを守れます!」
金剛と比叡の新装備に関しては、既に今工廠に深海合金が持ち込まれたことで実装中。組み込むだけならばそこまで時間がかからないらしく、今日中にはそれを使って戦えるようになるとのこと。
「でも、2人だけが強くなっても意味が無いわよね。だから、いろいろと最新鋭の装備を持ってきたわ」
「通信でも話しましたけど、そこまで力を貸してもらっていいんですか?」
「ここは乗り越えなければいけない正念場でしょう。それに、姉姫達の平和を守るためにも力を尽くす必要はあるわ。出し惜しみしている場合ではないの」
大将も、姉姫達の手を煩わせることなく、今回の一件を終わらせたいと思ってくれているようだった。それ故に、解決に向かって出せる力は全て出し、惜しむことなく投資する。
大将がそう言うということは、これは大本営の総意と考えてもいい。この鎮守府が巻き込まれたこの事件は、今後の深海棲艦との戦いに大きな変化を齎す可能性があると考えられたのだ。
「勿論、これだけじゃ終わらないわ。新しい装備をただ渡されただけでは意味が無いでしょう。演習のための人員も連れてきているわ」
「何から何まで……ありがとうございます」
「いいのよ。私も姉姫達の平和を望む者だもの。戦いを避けたい者達を駆り出すなんて言語道断。なら、全力で私達だけで戦わなくちゃいけない」
大将も提督と同じ気持ちでこの戦場に立っている。施設の者達がいくら深海棲艦だとしても、平和を望むのならその思いを尊重しなくてはいけない。戦いたくないものと戦う趣味はないし、仲間だからといって共闘を強要するわけもない。
演習くらいなら手伝ってもらえるかもという淡い期待も、それが戦いに繋がるのなら避けるべきだと考え、あくまでも艦娘のみでの対策で決戦に挑む予定である。
「抗うわよ。そんな摂理に反しているような輩の襲撃なんて」
「勿論。我々は全力で抵抗し、それを上回らなくてはいけない」
「そのためなら、大本営は協力を惜しまないからそのつもりで」
これ以上ない後ろ盾を得て、鎮守府は対古鷹への準備を進める。その時は近付いてきているのだ。
金剛は最強の盾を、比叡は最強の矛を手に入れることとなります。その矛で盾を攻撃したらどうなるんだい?とか聞いちゃダメ。多分お姉さま相手にしてる比叡が手を抜くんで貫けないというのが答えになるけど。