保護施設の最後の仲間、リシュリューとコマンダン・テストが帰投。施設内では賄えない食糧や消耗品を大量に購入してきたことで、施設の運営がより一層盤石のものとなった。
午後からはその荷物の片付けをここにいるもの全員で行う。春雨は勿論それも初めてのことなので、薄雲やジェーナスに聞きながら仕事をこなしていく。
「結構量あるね」
「だね。私達だけだと時間がかかるんだ」
「綺麗に並べておくと、後から使いやすいからお願いね。あ、茶葉はこっち。砂糖はあっちよ」
いつもの3人組は小さいものを食糧庫に並べていく係。細かい作業ではあるが単調でもあるので、初心者である春雨にも難易度は低い。とにかく数が多いので、人数で攻略していく。
ここでの料理担当は専ら飛行場姫なのだが、オヤツ程度ならジェーナスが作ったりするので、その辺りの配置は少し細かく指示していた。そのうち春雨も料理のためにキッチンに立つことになるかもしれないため、ここで場所を把握しておく必要はある。
「今度お菓子作りしましょ。これだけ用意してもらえてるなら、多少は使ってもいいはずだから」
「うん、やってみたい。一応私、料理は出来る方だよ。薄雲ちゃんは?」
「私は少しだけ、かな。教えてもらいながらなら多分出来るよ」
いかにも女子トークというものをしながら作業を進めていく。3人の相互監視は今はいい方向に向かっているため、総崩れになる心配は無い。むしろこの3人が組んでいる理由の一番いい状態を維持出来ていると言えよう。
「でも、今日のお夕飯は多分RichelieuとTesteが作ってくれると思うわ」
「あ、松ちゃんからプロ級に上手だって聞いたよ」
「ええ、半端ないわね。お夕飯っていうより、dinnerよアレは」
話題はやはり、帰ってきた2人のことに。春雨は今日初めて出会ったのだが、薄雲とジェーナスは勿論面識がある。そのため、春雨の知らない2人のことをいろいろと教えてあげていた。
松が言っていた通り、リシュリューとコマンダン・テストの料理の腕前は並ではなく、施設内では間違いなくトップクラス。人様に出しても恥ずかしくないどころか、相手が平伏するレベルだと2人は語る。
この施設で使える材料はかなり限られているのだが、それでそこまで言わしめるのだから、余程なのだろう。なんでも飛行場姫ですらリシュリューから学んだ部分があるらしい。
「……素敵な人だったなぁ。なんだかいい匂いがしたし」
そこまで聞いて、春雨の中のリシュリューに対する憧れにも似た感情は膨れ上がる一方だった。
「春雨ちゃんはリシュリューさんにお熱かな?」
「さっきも
今まではほぼ同年代だけで構築されていた元艦娘達の中に、突然現れた大人の女性。薄雲やジェーナスから見ても彼女らは美女であるという認識ではあるのだが、春雨の中ではさらに上位の存在に位置付けられたようだ。
あれでも自分と同じで心が壊れて深海棲艦と化したというのが、春雨には信じられなかった。見た目は深海棲艦かもしれないが、その振る舞いは明らかに淑女然としていたし、前兆というか、
「溢れた感情を聞いても、あの人達が私達と同じって全然思えないよ」
「壊れるトリガーが私達と違って物凄く限定的だからね。戦わなければ何も起きないってことだし」
「ここは戦いとは無縁だもの。あの2人にはある意味一番いやすい場所よね」
事実、2人がこの施設に住まうことになってから、発作が起きたことは
薄雲はまだしも、古参であるジェーナスすらそれくらいしか知らないレベル。トリガーが限定的というのはそれだけでも生きやすいようである。
「そういえば、その2人は何処に行ったのかしら」
「ああ、姉姫さんと妹姫さんに遠征先のことをちょっと話してから合流するって言ってたよ」
「人間のいるところで活動していたんだもんね……なんだか尊敬しちゃう」
もうそれを隠さない辺り、やはり春雨の中ではリシュリューは敬意を払う相手として認識されたようである。薄雲もジェーナスも苦笑するしか無かった。
一方、姉妹姫達に人間の社会の話をすることになっているリシュリューとコマンダン・テストは、2人の私室と言える部屋──地下設備の傍らに造られた寛ぐための場所へと訪れていた。
本来ならダイニングでお茶でも飲みながらとかが普通なのだが、今は片付けの最中であることと、他のメンバーに聞かれると少しまずいことを話す可能性があるため、なるべく離れた場所で話すことに。
「悪いわね、本当ならここで話すなんてあまりしないと思うけど」
「構わないわぁ。ここは飾りっ気が無いから話していても楽しくないと思うだけよぉ」
中間棲姫の艤装が真ん中に鎮座しており、それ以外は施設全体の管理のために配線が伸びているような部屋の隅であるため、本人が言うように何か面白いものがあるかと言われれば何も無い。
寛げるように机とソファくらいは用意されているが、それ以外は何もない管理室のようなものである。それすらももう不要なくらいに艤装は安定稼働中。
「それで、アタシとお姉をここに連れてきてまで話すことって何かしら」
「ここに戻る最中、Commandant Testeが
「知らないもの?」
いつも野菜などを売るために使っている人間の社会から施設までは、それなりに距離がある。それこそ、一昼夜に近いくらいの時間をかけて移動しなくてはいけないほどだ。2人は合間に無人島での休憩を挟んで、かつ、本来の最短距離から遠回りして施設まで戻ってきているくらいである。
その道中、コマンダン・テストが何やら見慣れないものを発見したらしい。その航路は何度も使っているのだが、それを見たのは今回が初めてだと言う。
「アレは間違いなく
中間棲姫が珍しく真剣な表情でその話に耳を傾ける。いつもはのほほんとしたお姉さんなのだが、今この時は、施設の仲間達を守るために動く管理者そのものだった。
ここからは中間棲姫の思考の邪魔をしないように、飛行場姫がコマンダン・テストから話を聞き出していく。
「あの辺りには
「近くに艦娘ないし深海棲艦がいたかもしれないってことね」
「Oui. あの艦載機は艦娘の……空母系のもの……おそらくサイウーンという偵察機です。以前に見たことがあるものでしたので」
その艦載機を見たのは、休息のために立ち寄った無人島から出て、この施設に戻るまでの間。遠回りを重ねている最中である。つまり、今日の午前中。水平線の向こう側にチラリと確認出来たと、コマンダン・テストは話す。
深海棲艦と化したコマンダン・テストは、極端に目が良かった。元々水上機母艦であり、艦載機も使って周囲の探索なども出来ていたのだが、今のコマンダン・テストは裸眼でも普通ではない視力を持ち合わせている。リシュリューには見えなかったそれを詳細に捉える程に。
それで見たものは彩雲。艦娘が扱う艦上偵察機の一種である。広範囲に高速で索敵をかけられる、敵情偵察に長けた機体。
「Richelieuには確認出来なかったわ。でも、艦載機を飛ばして細かく確認するわけにはいかないでしょう。Commandant Testeのおかけでやり過ごすことが出来たけれど、本来よりも余計に遠回りにしたわ」
「お互い、余計な
「ええ、助かったわ。最悪トリガーが引かれていたかもしれないんだものね」
もし帰投中に艦娘達と戦闘に入ろうものなら、厄介なことにしかならない。本人達は心が艦娘のままで戦うつもりが毛頭ないとしても、艦娘側からしたら深海棲艦が妄言を吐いているくらいにしか思わないだろう。
それに、この時は施設の者のための荷物をこれでもかというほど輸送している状態だ。戦闘をするということは、それが全て失われてしまうかもしれない。勝ってもそれなのに、負けたら尚更だ。
リシュリューもコマンダン・テストも、自分達が施設の明日を支えているという自負があった。その発作のトリガーとの兼ね合いもあるため、戦闘は確実に避けている。
「それにしても……この辺りに艦娘が来ることなんて基本的には無いはずだけど、何かあるのかしらぁ。妹ちゃん、毎日周りを見てくれているのよねぇ」
「ええ。最低限、島の周りは哨戒してるわ。本当にざっとだけど」
中間棲姫が施設の管理をしている分、飛行場姫が施設の周囲を管理している。基本的には飛行場姫から発艦される艦載機で360度全てを見回し、施設に危害を及ぼしそうなものが無いかを監視。時には伊47の力も借り、海上も海中も全てを確認している。それを朝昼晩と3回、毎日繰り返しているのだ。
それでも、不審なものは何一つとして見つかっていない。当然気を抜いているわけでもなく、ざっととはいえ常に丁寧な仕事を心がけている。
「
「探している……か。まぁ、サイウーンなんて出してきている時点でそうよね。問題は、
この施設は他者の目に触れることを極端に避けている。そのおかげでトラウマを刺激されることを防ぎ、今まで平和に暮らしてきているのだから、そこに一番の力を注ぐのは当然のこと。
黒い繭だって、たまたま近海にまで来ることが無い限り、基本的には放置。わざわざ探し出してまで保護することはしない。それによって足がついたら元も子もないからだ。
中間棲姫としてはなるべく全員を保護したいとは思っているものの、そもそもこの施設にも限界がある。今はまだまだ余裕があるものの、手当たり次第救うとなったら、すぐさまパンクしてしまうだろう。
「ここを探してるなんてことは無いわよね」
「無いでしょ。まだ誰にもバレていないのよ。とはいえ、別のものを探しているついでに見つかることもあるかもしれないけれど」
「こんな海の真ん中で何を探すのかしらねぇ」
今まで現れなかったような場所に艦娘が現れたのは何故か。艦載機を持ち出して探しているものは何か。この施設の存在に気付いていないか。考えても考えても答えは出ないし疑問は尽きない。
「うん、ひとまずは保留としましょう。ここまで来ないことを祈って、でも万が一のことがあったら……ううん、無いと信じて過ごしましょう。このことは私達だけの秘密にした方がいいかしらねぇ」
「あの子達を不安にさせない方がいいでしょ。アタシは秘密がいいと思うわ」
「はい、
大人組と違って、子供達はより不安定である。妙なことがあれば、そのまま総崩れがあってもおかしくない。ただでさえ3人組で眠らせたら連鎖が起きたくらいなのだから、余計な心配はかけない方がいいだろう。
こういう時に一番まずいのはジェーナスだ。ストレスから自己嫌悪という最悪な流れが無いとは言えない。
「哨戒の回数を少し増やすわ。あとヨナにも勘繰られない程度にさりげなくお願いしておく。海中の目があった方がそういうことはわかりやすいでしょ」
「そうねぇ。その辺りは妹ちゃんに一任するわぁ」
「ありがと。コマ、アンタも手伝ってもらえる? アタシ、アンタほど目が良くないから」
「Oui. お任せください。この
秘密裏に進められる施設防衛作戦。何事も無いことを祈りながら、子供達の明日を守るために大人は戦い続ける。
前回の段階で施設の元艦娘が揃ったので、ここで一度纏めておきます。
・春雨
駆逐棲姫。溢れた感情は『寂しさ』。
・薄雲
深海千島棲姫。溢れた感情は『寂しさ』。
・Janus
アンツィオ沖棲姫。溢れた感情は『自己嫌悪』。
・松
駆逐林棲姫。溢れた感情は『(竹への)依存』。
・竹
深海竹棲姫。溢れた感情は『(松への)依存』。
・伊47
五島沖海底姫。溢れた感情は『諦め』。
・Richelieu
戦艦仏棲姫。溢れた感情は『復讐心』。
・Commandant Teste
水母水姫。溢れた感情は『(生への)執着』。