鎮守府で行なわれている演習は夜間まで続いていた。付け焼き刃で詰め込んでいるというのもあるのだが、あらゆる状況で戦えるようにするためというのもある。
あちらはどんなことでも躊躇なくやってくるくらいの侵略者。それが高度な知性を持っているようなもの。鎮守府としては最も戦力が減るであろう夜に襲撃してくる可能性もあるのだ。
夜戦は覚悟の上。そのための準備も当然してある。だが、今以上に練度も必要であろう。そのため、大将の演習艦隊の旗艦である武蔵も『その意気込みや良し』と夜間演習に付き合っていた。
「武蔵さんは元気だねぇホント。あたしゃもう休みたいよ」
などとボヤいているのは、演習艦隊の北上である。この艦隊の中では最も
「私達は演習には参加していないんですから、休んでいるようなものですよ」
「そうかもしんないけどねぇ」
その隣に付き従うのは北上の相方である大井。今は北上も大井も演習に参加することなく、武蔵、サラトガ、そして鎮守府側ではなく演習艦隊側として島風も参加している夜間演習を現場で眺めているだけ。
その演習は、金剛、比叡、山風、江風、涼風の5人が、演習艦隊の3人に立ち向かうだけという実に単純なもの。古鷹の艦載機の量から鑑みて制空権争いで参加出来ないことも考慮して、千歳と千代田は北上と大井のように休憩中。
本来、空母は夜間に艦載機を飛ばすことが出来ないのだが、サラトガは専用の艦載機を使用することで夜間でもそれを可能としている。深海棲艦の空母は夜でも容赦なく航空戦を仕掛けて来るために、それを意識した装備だ。
「北上さんとしては、誰か
「そうさねぇ……あたしが見る限りだけど、やっぱ涼風かねぇ。あいつは年季が違うからね。ほら、殆ど被弾してないっしょ」
今回は演習であるためペイント弾を使っており、涼風以外は至るところにペイントが塗りたくられているような状況だが、涼風だけはかなり綺麗な状態で演習を続けている。
ただ1人、改二改装をされていない艦娘ではあるのだが、古参の意地をこういう場所でも発揮している。ある意味、上の姉達の駆逐隊でいう春雨と同じ立ち位置であった。
「島風みたいな最初から改二レベルのスペック持ってるわけでもないのに追い付けるってことは、あいつは
うんうんと楽しそうに話す北上。隠れた才能を発掘したような表情に、大井も少し楽しくなってくる。
「北上さんがそう言うのならそうなんでしょうね。それにしても、本当によく見てますね」
「いやもうそんなつもりはないんだけどさぁ」
北上は駆逐艦嫌いを公言しているような性格。なんでも、妙に懐かれるために鬱陶しく感じているそうだが、言葉とは裏腹に面倒見が非常に良い。だからまた懐かれて、そしてウザいウザいと言いながら、結局また世話を焼く。
そこから転じて、駆逐艦の様子は変に見守ることが多かった。結果的にその目は鍛えられ、そもそもよく見ているのか駆逐艦に対してはさらに強い目を持つに至っている。
「北上さん、子供好きですもんね」
「いやいや大井っち、それは違う。鬱陶しいから逆に目が行くだけ」
「ふふ、そういうことにしておきますね」
北上の良き理解者である大井は、北上のこの発言の真意も全て理解済み。だが、尊厳のために一切口には出さない。そんな北上の傍に居続けることが、大井が最も望むことなのだから。
夜間演習も終了。本来はもうとっくに夕食と風呂も終わっているくらいなのだが、参加メンバーはここでようやく1日が終わることになる。ある意味残業。
「はっはっは! 皆揃って筋がいい! この武蔵、かなり楽しませてもらったぞ!」
豪快に笑い飛ばすのは、演習艦隊旗艦の武蔵。夜間演習を快く引き受け、むしろ持ち前の若干好戦的な性格によって自分から夜間演習を持ち出そうとしていたまである。
今回の演習で、特に金剛と比叡を気に入ったらしく、演習で疲れ果てている2人に肩を組み、その健闘を称えるように激しく揺さぶった。ちなみに武蔵は息ひとつ乱していない。
「ムサシ、2人とも疲れているのだから、あまり激しくしちゃダメですよ」
「おっとすまない。気分がアガってしまった」
サラトガに指摘されて、パッと手を離す。金剛は苦笑していたが、比叡は目を回しかけていた。
この演習、特に動き回っていたのは比叡だ。近距離戦闘も遠距離戦闘もこなしつつ、周囲の動きも見ながらの大立ち回り。ある程度は金剛がシールドで食い止めてくれるにしても、攻撃手段が多いというだけでも体力を倍は使うことになる。
古鷹にスタミナが少ないという疑惑が上がっている一方、比叡もスタミナが必要である。
「
「はい〜……比叡はフラフラです……」
「なに、この程度であればそのうち慣れる。繰り返せば繰り返すほど身になるさ」
バンバンと肩を叩くが、その衝撃も普通ではない。そのため、サラトガが後ろからストップをかける。
「もう、ムサシったら、High tensionになるとすぐにコレなんだもの。
「いいんデスヨ。今日会ったばかりでこんなにFriendlyでいてくれるのは、こちらとしてもありがたいデス」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
旗艦がコレだからか、補佐として隣にいるサラトガの方が艦隊の重鎮みたいになっているのは仕方ないこと。しかし、武蔵は武蔵で恐ろしいほどの寛大さにより、それこそ一瞬でその懐に入り込んでくる。気付けば仲良くなっているようなものだ。
ここまで豪快でも、誰も嫌味を感じておらず、頼もしいリーダーとして存在感を示し続けている武蔵に、金剛も友人としての感覚を得ていた。
「あとは飯を食って風呂に入って寝る。これが一番の成長の近道だ。私もそうだったからな。無理して詰め込むのなら尚更だ」
「
「寝ることも大切だが、一番大切なのは飯だ。失ったものを取り戻すために、その分を取り入れる必要がある。寝るだけでは全快するだけで上には行けん。だからガッツリ食え。特に肉だ。血肉を喰らい、自らの身とするのだ」
妙に説得力があるのは、武蔵の体格のおかげ。戦艦の中でも特に大きく、筋肉質である。それでいて女性らしさも失われていないのだから、武蔵の肉体は完璧とも言えた。
それを作り上げたのが、今言った通りの生活を続けたこと。ガッツリ鍛えた後は、ガッツリ休む。一切の不摂生をしておらず、ここまでやってきたことの成果である。
「これはムサシの言う通りですね。まずは空腹を満たし、ゆっくりと身体を清め、失ったものを取り戻すためによく眠りましょう」
「はぁい……比叡はフラフラですが、なんとかやりまぁす」
「比叡、肩くらい貸しマスヨ」
「ありがとうございますお姉さま……」
最も消耗している比叡は、金剛の肩を借りて休息へと向かった。やはり最も身体を酷使したのは比叡。明日に響かせないためにも、ここは早急に休息をした方がいいだろう。
「いやはや、本当に筋がいい。攻守をハッキリと分けているおかげで、やることに専念出来るのはいいことだ」
その背中を追いながら、武蔵が呟いた。余程気に入ったのか、ずっと金剛と比叡のことを気にかけているようだ。
「特に金剛は素晴らしい。仲間を守るために尽力し、それが実現出来るに値する艤装を用意しているのは称賛に値する。もっと伸ばしてやりたいと思える程だ」
「でも、敵の攻撃の前に身を投げ出すなんて危なくないかしら」
「そうならないように鍛えるんだ。資本となる身体も、それをさらに尖らせる技もな」
自分を鍛えるのを好む武蔵は、仲間を鍛えるのも好むようで、金剛をここからどうやって育てるかずっと考えていたようである。
自分とは毛色が全く違う戦闘スタイルであろうが、むしろ相手をしたからこそわかることもあり、自分に勝てるように強みも弱みも全て教えるのだ。こうされたら辛い、こうあったらこちらが楽であるなども全て伝えることで、より精度が上がっていくだろう。
「むしろ、あんなことは金剛しか出来んだろうな。私でも躊躇ってしまいかねない」
「そうなんですか?」
「ああ。サラは敵の攻撃がどんなものかわかっていてもわかっていなくても、その目の前に身を投げ出せるか?」
言われてみればと納得する。
「金剛は、この鎮守府の中で最も心技体が高みにある艦娘だろう。特に心だ。仲間を守るために容易に身を投げ出すことが出来る。しかし、死ぬ気は毛頭ない。捨ててないんだよアイツは」
「それは……とても
「だろう。そんなもの、余程の度胸と覚悟が無いと出来やしない。何の躊躇もなく、仲間に傷を負わせないように自分が傷付く。だが、今までやれてきているんだ。何処か
そうなると危うさすらあるのだが、それを感じさせないくらいの力を秘めているため、心配すら起こらない。
ならば、その部分をさらに伸ばすべきだと考えた。より硬く、より強く、盾としての力を発揮すれば、戦場の中心で最も目立つものとして、その力を遺憾なく発揮出来るだろう。
「まぁいいさ。我々も明日のために休もう。くくく、明日は明日でより扱いてやれる」
「楽しそうですね、ムサシ」
「楽しいさ! 滾っているとでも言おうか!」
またもや豪快に笑い飛ばし、武蔵も鎮守府に戻っていった。その背中は本当に楽しそうで、サラトガもそれに釣られて微笑みながらついていった。
一方駆逐艦組もフラフラになりながら鎮守府へ。特に山風は、今はここにいない姉達に負担をかけないようにと静かにやる気を出していたためか、消耗が激しい。大将からの新装備も扱っているため尚更である。
「山風、大丈夫?」
心配する島風だが、山風は大丈夫だと証明するように手を上げて反応した。どう見ても疲労困憊なのだが、ここまで自分の足で帰ってこれたのは意地か無意識か。
「こらこら、そこまで無理しちゃあいけないよ」
そんな姿を見ていた北上が、山風の同意を得る前に抱き上げた。突然のお姫様抱っこに慌ててジタバタするものの、疲れ果てているせいで力もない。
「気負うのは勝手だけど、それで身体壊しちゃ意味ないから。明日のための体力くらい温存出来るくらいにサボんな」
「さ、サボ……」
「なんで最初から最後まで全力出さにゃならんのさ。任せられるもんは仲間に任せて、自分はちょい気を抜くくらいでいいんだよ。アンタだけで戦ってるわけじゃあないんだから」
北上の愚痴なのかアドバイスなのかわからないような言葉に、山風は黙ってしまった。
確かに、今や調査隊の隊長として任命され、姉達の平和を維持するために戦わなくてはと気負っていたところはあった。演習ですらその気負いは表面化されていたらしい。
「北上さんがここまで親身になってくれてるんだもの。素直に言うことを聞いておきなさいな」
「親身になっちゃあいない。あたしの前で倒れられたらウザいだけ」
「素直じゃないんですから。でも、倒れるのは本当によろしくないわ。山風、今は北上さんに身を任せて、ゆっくり休みなさいね。あ、でもご飯だけはちゃんと食べること。身体が資本だから。江風も涼風もよ」
まるで母親のように気遣う大井に、江風も涼風も何も言わずに言うことを聞くほど。
「あ、そうそう、涼風」
「あたいかい?」
「アンタ、明日はあたしが鍛えてやんよ。その力を伸ばしてあげよう」
北上からの名指しで、涼風が飛び上がるほどに驚いた。
「ほい、それじゃあ休め休め。明日は今日よりもっとしんどいぞー」
駆逐艦組もそのまま休息へ。思うところはいろいろあれど、まずは休まなくては話にならない。
鎮守府側も、仲間達によってより高みに向かっている。その成長は目を見張るものとなるだろう。
ここの武蔵はノブヨシ武蔵ではありませんが、脳筋気質は結構あります。