翌日、施設の方は先日と同じように戦艦棲姫先導で哨戒を続けている。今回のメンバーは、戦艦棲姫と伊47は変わらず、薄雲と叢雲が便乗。
残された者達は、平和である時と同じように農作業と漁に勤しむことになる。基本的にやる仕事というのは変わらないもので、松竹姉妹は農作業、ジェーナスとミシェルが漁というのはほぼ固定。そこに春雨、海風、そして白露の姉妹が何処かに加わるという形になる。リシュリューとコマンダン・テストは基本的に施設の中で食事の用意や掃除洗濯をやっている。
「それじゃあ、あたしは漁に行こうかな。ジェーナスとミシェルがいるんだよね?」
「そうですね。村雨姉さんの得意なところを使ってあげてください」
「あいよー。なんかあたしも釣りはやりたいんだよね。多分村雨の気質だと思うよ」
3人が纏まってどちらかの作業に向かうのはバランスが悪く、海風は春雨から離れようとしないため、結果的に白露が漁、春雨と海風が農作業となる。春雨はなんだかんだ漁より農作業の方を多くこなしているため、この分配がちょうどいいだろう。
それに、白露は変装する必要があるとはいえ、ミシェルとの交流を望んでいた。ミシェルは気付いていないが、白露にはあちらに対しての罪悪感がどうしても付き纏う。それを逆に望み、むしろ仲良くなろうと前向きに取り組んでいた。
「ジェーナスとミシェルが仲良くしてくれるなら、あたしはここでも楽しく暮らしていけるよ。叢雲も今のところは何も言わないしさ」
白露と叢雲の仲も比較的良好だ。怒りの抑制が大分出来てきている叢雲は、自分の仇である白露に対してその怒りを露わにしない。例の泥が全ての原因であることは理解しているし、白露に何かしたところで怒りは絶対に晴れないのだから、やるだけ無駄。
なので、白露が誠実であることを一生見せ続けることで決着をつけている。少なくとも白露が一員となってから、叢雲の怒りを湧き上がらせるようなことは今のところない。話し合うことも殆ど無いが、喧嘩腰になることも無いのだ。若干の緊張感はあれど、それで終わるだけ。
「姉さんは被害者ですから、ここで心を落ち着けて一緒に楽しく生きましょう。私達もサポートしますから。ね、海風」
「勿論です。この施設は平和に暮らすための場所ですから。白露姉さんも例外では無いですよ」
春雨至上主義の海風も、白露のことは当然気遣っている。優先順位がおかしいだけで、姉に対して姉妹愛が無いわけではない。優先順位がおかしいだけで。
「うん、そうだね。みんなに託されたんだし、その分も楽しく生きるよ。まずは村雨の分ってことで、釣りを楽しませてもらうね」
「はい、釣果期待しています」
「まっかせて。いっちばーん大きい魚釣っちゃうよ」
若干空元気なところも見え隠れしているが、前向きになろうとしている気概も見えるので、春雨も海風も白露に何か言うことは無かった。
そのままジェーナスやミシェル、あと漁担当の飛行場姫と仲良くなっていければ、もっと楽しく生きていけるはずだ。それを期待して、漁の方へと送り出した。
「じゃあ、私達は農作業だね。海風、初めてだと思うけど大丈夫?」
「はい、姉さんに教えてもらえれば大丈夫だと思います。手取り足取り教えてください」
「早く慣れてほしいからね。頑張ろっか」
こうして施設の時間は流れていく。裏側では戦いの準備は進められているが、この施設は平和を貫くのだ。
勿論、春雨も海風も鎮守府が心配でないわけがない。だが、施設の平和を守ると言ってくれているのだから、それを信頼する。その信頼の証が、いつもの生活を続けるということだ。
何事もなく午前中の作業は終了。春雨は自分が植えた野菜が順調に育っていることに喜び、海風は慣れない作業ではあったが鍬の使い方くらいはしっかりと覚えることが出来た。
「こういうことを実際にやると、この施設の一員になったんだって実感が湧きますね」
「あはは、そうかもしれないね。艦娘の時には絶対にやらないような作業だし」
土で汚れた手で汗を拭ってしまったことで顔まで汚れてしまっている海風。こんな汚れ方はこの施設でなければ起きないことである。
鎮守府でも花を育てたりする者はいたりしたが、ここまで本格的な、生きていくための農業をすることは流石に無い。
「なんだか、気持ちいい疲れです。自分達の食べるものを自分達で作っているというのも新鮮ですし」
「そうだね。自給自足なんて縁が無いものだと思ってたけど、いざそこに足を踏み入れると楽しいよね。大変なこともあるけど」
「はい。私もそのうち、種まきから収穫までやってみたいですね」
この農作業をすることで、精神的にもっと穏やかになっているような気がした。叢雲だって農作業をしているときは怒りがより鎮静化されているようにすら思えた。
精神的に参ってしまっているときは、艦娘から最もかけ離れているであろう農作業に勤しむのは悪いことではないかもしれない。
「松さんと竹さんも仲良くしてくれますし」
「あー、なんかすごく仲良さそうにしてたね」
「私は
そこを共感するのは本当にいいことなのだろうかと春雨は思いつつ、自分以外の仲間達ともちゃんと交流出来ていることに素直に喜ぶ。
絶望が溢れ、春雨の献身により依存へと変わった海風は、その複雑な経緯から春雨以外には懐かないということだってあり得た。基本的には春雨と一緒に行動はしているものの、仲間達との仲は良好も良好。特に松竹姉妹は、海風に対して結構親身に接してくれているようだ。
「海風も施設に馴染んでくれて嬉しいよ。これからもよろしくね」
「はい、こちらからもよろしくお願いします。末長く、末長く」
春雨と海風には若干温度差があるようだが、お互いに幸せなので問題は無いだろう。今の問題は、それを脅かす敵の存在である。
「……姉さん、1つ聞きたいことがありました」
「んん?」
「鎮守府との通信のことです」
海風が途端に真剣な表情に。通信の時に話した内容といえば、敵にはまだまだ増員があるということ。白露を撃破し、こちら側に戻ってもらえても、その分の
「敵は減らないけど……でも、鎮守府のことは心配はいらないよ」
「そこは私も心配していません。今まで私もあそこにいたので、不安はあっても負けるだなんて考えていません。問題はそこではなく……もし
通信の最後。大将が中間棲姫に問うたこと。あの場に春雨もいたので覚えている。
古鷹も救えるのなら救う。白露と同じように泥を吐き出し、かつ生きようと命を繋いだ場合は、この施設で受け入れられるようにすると話していた。
古鷹は春雨にとっても仇だ。春雨を瀕死にまで追い込み、深海棲艦化するきっかけを作っている。そして、本来ならばあそこで死んでいた白露達を、どういうことをしたかはまだ全くわからないが蘇らせ、さらには泥を組み込むことで悪逆の使徒へと変貌させている。
恨みはこの施設の中でトップクラスに持たれていてもおかしくない。勿論海風らも古鷹に対しては堪えることが出来ないくらいの怒りを持っている。最愛の姉である春雨を心身共に傷付けた存在なのだから。
「この施設で受け入れると話していました。姉さんはそれでいいんですか」
端的に、真正面からぶつける。自分を痛めつけ、白露を狂わせた張本人を、春雨は許せるのかと。
「……いいよ。多分、古鷹さんも白露姉さんと同じように被害者なんだと思うし。泥が頭をおかしくしちゃってるんだよね。白露姉さんを見れば全部わかるもん」
古鷹だって、黒幕である『最悪の姫の中身』によって狂わされた哀れな子羊に過ぎない。古鷹が黒幕本人である、もしくは、何かがあって自分からその道に入ったと言われたら話は変わるが、その時はその時である。今は、白露と同じような存在と考えるのが妥当。
「私が恨むのは、その黒幕だけだよ。だから、古鷹さんがこの施設の一員となったとしても、別に大丈夫。むしろ、私達がケアしなくちゃいけないよ」
本心から言った。今の海風には、春雨の感情の機微はよくわかる。本当に、純粋な気持ちから、春雨は全てを受け入れようとしていることを。
海風としては怒りが冷めることは無いだろう。だが、春雨が大丈夫というのなら、それは大丈夫なのだ。春雨を困らせることはしたくない。
「……姉さんがそう言うのなら、私は何も言いません。姉さんの選んだ道が私の道ですから。でも、古鷹さんが姉さんを傷付けるようなことがあれば、私は容赦しません」
「まだここに来るかもわかっていないんだから、今から気負わなくてもいいよ」
少しだけ悲しい笑みを浮かべた。春雨からその表情を引き出してしまったと感じ、海風の鼓動は少しだけ速まった。
自分の言動が春雨にとって重荷になってしまったのかもしれない。そう思った瞬間、発作の予兆のような精神的な揺らぎが発生してしまったのだ。
海風の発作はここにあった。根幹となっている相手が自分から離れてもダメだが、自分の言動で根幹がマイナスの感情を得ることも良くない。自己嫌悪が一気に湧き上がる。
春雨もそれを察したか、取り繕うわけではないが海風の手をすぐに握った。海風は何も悪くないという思いを伝えるために。
「私のことを大切に思ってくれるのはすごく嬉しい。そういう性質になっちゃったんだとしても、思われて嫌だと思うことは無いからね。ありがとう海風」
手を握っているだけでは難しいと感じ、少し身長差はあるものの抱き寄せて背中を摩ってあげた。それだけで海風は落ち着けるはず。自分が発作を起こした時に姉妹姫によくやってもらったことをやり返しているだけなのだが、海風には大変効果的。
それだけでは足りないかもと、以前薄雲の発作を止めようとした時のように、温もりをもっとダイレクトに伝えられるように飛行場姫のボディスーツ姿に替わる。服越しだった温もりがさらに強くなり、海風の発作は見る見るうちに抑え込まれた。
「……ごめんなさい姉さん。私が変なことを聞くから……」
「大丈夫大丈夫。誰だって疑問に思うし、私や海風だけじゃないよ。多分叢雲ちゃんだってすっごく我慢してるだろうし、薄雲ちゃんがケアしてると思うよ。哨戒に出て行く時、なんかそんな感じしたからさ」
今の春雨と海風と同じようなことを、薄雲と叢雲が哨戒の最中にやっている可能性はそれなりにあった。戦艦棲姫もそこにいるため、何の心配もない。
「海風、そういうのも我慢しなくていいからね。海風の意思は、海風のモノなんだから。私のために意思を曲げるのは違うからね」
「……はい……はい……」
「私は、海風も楽しく生きてほしいんだ。一緒に、ね」
そのまま少しだけじっとしていたら発作は治まる。だが、海風はもう少しもう少しと甘え、気分を昂揚させることで精神的にも安定した。
海風の発作がどういうものかがわかり、春雨も姉として仲間として海風を守っていかなければと感じるようになった。
2人の仲は、これからより一層深いものになるかもしれない。それが海風の望む関係かはわからないが。
関係はより深く。春雨は姉妹愛が、海風は多種多様な愛が強くなりました。