空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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夜襲

 夜。施設は何の事件も起こらない平和な1日を過ごすことが出来た。近海哨戒という行動は本来必要のない仕事なわけだが、施設に何も無いことを保証するモノであり、今の状況で平和を維持するためには不可欠なモノ。それ以外は平和な時と同じことが出来ているので何も問題はない。哨戒の最中に発見した、()()()()()()痕跡に関しては、その全てを鎮守府に報告済みである。

 

「今日も1日お疲れ様ぁ。あとはみんな眠るだけねぇ」

 

 施設の者全員が夕食も風呂も終え、残り少ない今日という時間を満喫する。ダイニングに揃って適当に過ごしていたが、まず伊47が幸せアレルギー対策で自室に戻り、そこから解散の流れ。

 今日の平和を喜び、明日も同じように平和を望む。楽しく生きることが出来たと実感しつつ、この幸福の中で眠りにつくことで活力とする。本来なら毎日続けていたことだが、それも今は何事もない事を祈りながらになっているのが残念である。

 

「それじゃあ私達もそろそろ寝ます。おやすみなさい、姉姫様、妹姫様」

「ええ、おやすみ」

「明日もよろしくねぇ」

 

 今日という1日を終えるため、春雨もそろそろ切り上げて、海風と白露と共に自室に戻ろうと立ち上がった。

 

 その瞬間、言いようのない悪寒が身体中を駆け巡った。

 

「うぇっ!?」

 

 ビックリしすぎて腰砕けになってしまい、立ち上がった途端にまたしゃがみ込むことに。

 

「春雨姉さん!?」

「春雨!?」

 

 即座に駆け寄る海風。白露も春雨の声に驚いてその場で動けなくなっていた。あまりの不意打ちにダイニングは一時騒然となる。

 春雨がこういう反応をするのはこれで3回目。1回目は海風が黒い繭となった時。2回目は施設から帰投する調査隊が襲撃を受けた時。そして今回は。

 

「な、なんか、すごく嫌な予感が……」

 

 こんな夜中に虫の報せを受け取るようなことは無かった。しかし、感じたものは感じたのだから、また()()()()ことが起きようとしていると考えるのが妥当。

 

「私の感知には何も無いわ。施設に誰か来ようとしてるなんてことはないわよ」

 

 いち早く叢雲が答える。春雨がこうなった時は、たまたまではあるが毎回近くにいるため、何を求めているかはすぐにわかった。

 勿論それは叢雲だって望んでいる事。近場に古鷹が来ているようなら、誰かが止めようがお構いなしに出て行くつもりだった。だが、反応がないということは何処にいるかはわからない。

 

「じゃあ……もしかして鎮守府が危ないのかも……!?」

 

 その結論に辿り着くのはすぐだった。施設が危なくないのに虫の報せを受け取るということは、ここにいない仲間達に危機が迫っているということに外ならない。

 

「春雨、アンタ達の鎮守府の場所を教えなさい。あの古鷹がいるんだったら、私が殺しに行く」

「い、いやいや、流石に私達が陸に近付くのはダメだよ。これでもし何も無かったら、逆に私達が侵略者扱いだよ!?」

「知ったこっちゃ無いわよ。いなきゃいないでさっさと帰るだけ。アンタの直感はやたらと当たるんだから、今回も当たったんでしょ。だから、私は行くわ」

 

 すぐにでも出ていこうと立ち上がった叢雲だったが、それを止めるようにその手を取ったのは薄雲。

 

「流石にマズイですよ姉さん。気持ちはわかりますが、陸に近付くのは危険すぎます!」

「だからどうしたってのよ。そんなの関係」

「あります! 最悪、この場所から平和が無くなっちゃいます!」

 

 今でこそ、あの鎮守府にしかバレていないこの施設の場所。しかし、ここで不用意に出ていった場合、さらにバレる可能性が高くなってしまう。

 何せ、向かうのは陸。全く知らない人間の目があるのが問題。鎮守府の面々は、この叢雲が味方であることを理解しているが、普通の人間にとって深海棲艦はどんなものでも侵略者とイコールで繋がる存在。そこからそのまま施設の存在にまで繋がってしまう可能性だって無いとは言えない。

 とにかく、施設の者達が何の準備もなく陸に向かうのはよろしくないのだ。リシュリューとコマンダン・テストは、入念に準備をして陸に遠征に向かうが、そういう配慮が出来ない叢雲には不可能。

 

「ごめんなさいねぇ叢雲ちゃん。私からも、今ここから向かうのは許可出来ないわぁ」

 

 中間棲姫からも許可が下りず、理由を聞くために睨み付ける。対する中間棲姫はそんな視線に屈することなく、笑みを浮かべたまま叢雲を見据えていた。隣に座る飛行場姫も、いざとなったら手を出そうと構えつつ姉の言葉を待つ。

 

「提督くんがね、任せてくれって言ってくれたの。だったら任せるのが信頼よねぇ?」

「は? そんな理由で?」

「ええ、そんな理由。私は彼を、彼の艦娘達を信じているもの。もう次は負けることは無いわぁ」

 

 全く見ていないのに自信満々に語る中間棲姫。提督が大丈夫だと言ったのだから大丈夫。施設の平和を守るために尽力してくれているのだから、その思いが簡単に砕かれるわけがない。

 

 そんな言葉だけで納得はいかない叢雲だが、誰も向かおうとせず、さらには中間棲姫が鎮守府を信じてここで待つというスタンスに決めたため、動くに動けなかった。

 中間棲姫もそうだが、飛行場姫からの圧も相当だった。彼がやれると言ったのだからやれるのだと。

 

「……これで鎮守府が滅んでましたなんてことがあっても知らないわよ」

「そんなことにはならないから安心してちょうだい。信じて待ちましょうねぇ。春雨ちゃんも、それで良かったかしらぁ」

 

 叢雲以上に鎮守府の様子を見に行きたいのは間違いなく春雨。虫の報せを受け取った張本人であり、本来の居場所の危機を察知したのだから。

 ついさっきも提督と会話し、妹達が努力している姿もカメラ越しに見せてもらっている。それが自分の与り知らぬところで全て失われているなんて耐えられない。

 

 だが、中間棲姫の言うこともごもっともだと考えた。提督は、艦娘は、この施設の平穏のために力を尽くしてくれる。自分達が動かなくてもいいように。そして、力強くその意志を示してくれた。任せてくれと。

 

「はい……心配ですが……不安ですが……でも、みんなはもう負けません。いくら敵が強くても、いつもみんなで乗り越えてきました。誰も失わずに。だから……だから、私はここで、朗報を待ちます」

 

 春雨もあえてここから動かない事を決意する。それが仲間達を信じることになるのだから。

 

 

 

 

 一方、鎮守府。夜間演習も終えて、こちらも1日を終えようとしていた。提督も少し残業しつつ、しっかりと業務を終えたことで、落ち着いた時間を過ごしていた。

 だが、近々決戦の時が来るだろうという不安はどうしても拭えない。夜間演習をしているのも、今この時に襲撃が起きる可能性を考慮してのことだ。

 

「この緊張感もあちらの作戦なのかもしれないな……」

 

 あえて襲撃を匂わせたのも、精神的な攻撃なのかもしれない。来る来ると見せかけて来ず、気を抜いたところで総攻撃を仕掛けるなんてことすら考えられる。そして、そう考えさせたところでやはり早く襲撃するなんてことも。

 結局、どのタイミングで来るかわからないのだから、常に気を抜けないのは間違いない。それで消耗させられたら目も当てられないのだが。

 

「考えていても仕方がない、か。今やるべきことをやっていくしか出来ないからな」

 

 少しだけ弱気になりかけたが、提督という鎮守府の長がこれではいけないと、自ら頰を叩いて気合を入れ直す。あとは寝るだけという状態でも、気負っていたら眠ることすら出来ない。気持ちよく眠るために気合を入れた。

 

「提督ー、艦娘全員お風呂も終わりましたー」

「そうか。ありがとう五月雨。僕も身体を清めて休ませてもらうよ」

「はーい。夜更かしは良い作戦行動の大敵ですからね」

 

 ホクホクな五月雨が執務室の前から声をかける。部下達が心休まる時間になったのを見計らって、提督も執務室から出ようと立ち上がった。

 

 瞬間、窓の外にチラリと灯りが見えたような気がした。

 

「ん?」

 

 振り向いた瞬間、その灯りは明らかに大きくなっていることに気付いた。そしてそれは、()()()()()()()()()()()()()()

 

「まずい! 五月雨、()()()!」

 

 それが何かに即座に気付いた提督は、ゆっくりと落ち着いた状態から一転、人間が出せる最大のスピードを発揮して執務室から駆け出した。

 非武装の五月雨くらいなら持ち上げられるのだが、提督がここまで強く言ったくらいなのだからと五月雨もすぐに戦闘モードに移行。風呂上がりの寝間着姿ではあるが、瞬きする間に艤装を展開する。

 

「提督、執務室壊しちゃいます!」

「構わん! やってくれ!」

 

 以心伝心が出来ているかのように、提督が部屋から抜けた瞬間、五月雨が部屋の中へ突入。その時には窓から見えた灯りはより大きくなっていた。そしてそれが、明らかに深海棲艦の艦載機であることが理解出来る。

 窓から飛び出していてはもう遅い。だから、五月雨はそれを見越して執務室の破壊を宣言していた。室内から撃たなくてはおそらく間に合わないと判断した結果。

 

「撃ちます!」

 

 窓を破壊しながらの対空砲火。室内からでも猛烈な砲撃を連射することで、爆撃を阻止し、さらにはその艦載機を撃ち墜とすことに成功した。

 ここでこの判断が出来なかったら、執務室はこの程度の破壊では済んでいない。むしろ、執務室以外にも被害が出ていただろう。それこそ、鎮守府が半壊するレベルで爆撃を受けていた可能性もある。

 

 この五月雨の対空砲火の音は、鎮守府中に響いた。そしてすぐに警報が鳴り響く。

 鎮守府に備え付けられているが、滅多に使われることがない最大級の警報。鎮守府の近海にまで深海棲艦が侵入してきていることを報せる音。

 

「数が多いです! 撃ち続けますよ!」

「どんどんやればいい! 被害なんて気にするんじゃないぞ!」

 

 五月雨はそのまま前進。破壊された窓から飛び出して対空砲火を続ける。

 

「提督ぅーっ! 無事デスかーっ!?」

 

 いの一番に執務室までやってきたのは金剛。勿論比叡もその後ろから追うように駆けてきた。

 

「大丈夫だ! 今は五月雨が対空砲火をしてくれているから、金剛と比叡はそのまま海に出てもらえるか!」

「OKデース! 比叡、行けマスカー!?」

「勿論! 気合、入れて、行きます!」

 

 提督の無事を確認したため、その速度を落とす事なく半壊した執務室に突入し、そして五月雨と同じように窓から飛び出した。瞬間、その大型の艤装を展開し、一気に海に向かった。

 

 そうしたのは金剛だけではない。執務室に来る事なく、自分達の部屋から直接海に出たものが多数。特に演習によって強化されていた者、その強化を手伝っていた大将の艦隊の艦娘は、何か考えるまでもなく艦載機の発艦元を突き止めるべく動いていた。その先頭にいたのは、速さに定評のある島風である。

 

「あっち! 夜だから少しわかりづらいけど、あっちから飛んできてる!」

「流石は島風デース。いいSpeedデスネ!」

「もっちろん! 私、速いもん!」

 

 その持ち前のスピードを最大限に活かして、だが誰も追いつけないようなスピードは出さずに先導する。その間にも艦載機は次々と発艦されるが、この時には追いついていた山風達駆逐艦が対空砲火を始めていた。進路妨害と鎮守府の破壊は許さない。

 

「見つけた! やっぱり群れがいる!」

 

 そして、その敵の姿を発見する。前回と同じように、イロハ級の群れを従えた何者か。

 その片方は古鷹であることはすぐに確認することが出来た。特徴的な光を放つ片目が、夜であるせいでより爛々と輝いているのがやたら目立つ。

 

 そしてその隣にももう1人。白露はもういないため、新たな仲間であろう。もしくは、ここ最近で作り出された仲間か。

 

「なんや、あんなもんじゃあ死なへんかったみたいやぞ古鷹」

「みたいですね。少し意外でした」

 

 妙な喋り方をするその1人は、古鷹と比べると明らかに小柄であり、駆逐艦と見間違える程である。しかし、艤装を見る限りでは空母、いや、軽空母の構造をしていた。

 真っ黒な陰陽師のような姿をしたその少女は、甲板と思われる巻物をクルリと纏めると、小さく溜息をついて先頭の島風を見据える。

 

「よう生きとったな。そこは褒めといたる。古鷹には格下や聞いとったけど、うちはお前らのこと見直したわ」

 

 ニッと笑みを浮かべ、その巻物を島風に突きつける。

 

「でも、悪いけど死んでくれへんかな」

 

 その笑顔が邪悪に歪んだ瞬間、巻物が主砲へと変化し、不意打ち気味に砲撃を放った。

 

「おうっ!?」

 

 それを見てから避けるのが島風である。紙一重でそれを避けた島風は、すぐに迎撃態勢に。

 

「おうおう、面白いヤツやんけ。古鷹、アイツはしばいてこっちに使えばええんとちゃうか?」

「出来ればそれでお願いします。ここのヒトは素材に使えそうなのが多いので」

「さよか。なら、やっちまうで。ま、その前に名乗っとこか」

 

 主砲が再び巻物に戻る。

 

 

 

 

「うちは龍驤や。引導渡したるから、覚悟しとき」

 




定番の夜襲開始。新たな敵は龍驤です。

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